2026/05/12 - 2026/05/28
300位(同エリア886件中)
クリスさん
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2026年のスペイン旅行はバレンシア往復で、アラゴン、カステリア・ラマンチャ、カステリア・イ・レオンのセゴビア県、エストレマドーラ、アンダルシア、ムルシア州の3000km近くを車で巡る周遊旅行となりました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 徒歩
- 航空会社
- JAL
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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5月22日。 NH コルドバ カリファで朝食をいただいてから、市内観光へ出かけます。朝食は、明るく落ち着いた雰囲気の食堂でビュッフェスタイルで提供されていました。
NH コルドバ カリファ ホテル
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朝食は館内の食堂だけでなく、アンダルシアらしいパティオでいただくこともできます。馬蹄形アーチを模した装飾が施された中庭は、コルドバらしい雰囲気が感じられる素敵な空間でした。
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NH コルドバ カリファの朝食は、口コミでも高く評価されています。当初は朝食なしのプランを予約していましたが、その評判を見て追加することにしました。品数も豊富で、追加して正解だったと思います。
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アンダルシアのホテルは、どこもフルーツが美味しく、つい食べ過ぎてしまいます。
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ユダヤ人街を通ってメスキータへ向かいます。ユダヤ人街西側の入口にあたる「アルモドバル門(Puerta de Almodóvar)」近く、アルマンソル通り(Calle Almanzor)の角に、1919年創業の老舗タベルナ「Taberna Ágora Casa Bravo」がありました。まだ開店前でしたが、店名が面白くて思わず写真を一枚。「広場(Ágora)のブラボさんの店」といった親しみやすい名前で、夜には地元の人たちで賑わうのでしょう。
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こちらがアルモドバル門です。世界遺産・コルドバ旧市街を守る城壁に残る中世の城門で、もともとは10世紀のイスラム統治時代に築かれ、14世紀にキリスト教徒によって堅固な門へと再建されました。かつてコルドバには9つの城門があったとされ、その中でも当時の姿をよく伝える数少ない現存例の一つです。
アルモドバル門 建造物
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メスキータの無料入場時間は、月曜日~土曜日の8:30~9:30です(日曜・祝日は対象外)。この時間帯は西側の「ディアネス門(Puerta de Deanes)」から入場し、9:30には完全入替制のため退場しなければなりません。私が訪れた日は、入場開始から少し時間が過ぎていましたが、行列はほとんどなく、スムーズに入場することができました。
円柱の森をさ迷う、美しき歴史のモザイク by クリスさんメスキータ 寺院・教会
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朝のオレンジの木の中庭です。イスラム時代に造られた地下の貯水槽(アルヒベ)と、石畳に刻まれた細い水路が今も現役で使われています。この水路を通して水が流れ、中庭にある約98本といわれるオレンジの木すべてに、一斉に行き渡る仕組みになっています。
オレンジの木の中庭 散歩・街歩き
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柱の森は何度見ても飽きません。と言っても、まだ2回ですが。
入場口から少し奥へ進んだ南西エリアは、785~786年に建設されたメスキータ最初の礼拝室にあたり、現存する部分では最も古いエリアとされています。建築には、ローマ時代や西ゴート時代の神殿・教会から運ばれた転用材(スポリア)が数多く使われました。そのため柱の高さや太さ、柱頭のデザインは統一されておらず、高さを補うために考案された二重アーチが、このメスキータを象徴する特徴となっています。後の増築部分では柱や柱頭が新たに製作されるようになり、全体の寸法や意匠も次第に統一されていきました。 -
この創建部分では、柱の高さや太さ、柱頭のデザインが少しずつ異なっているのが分かります。これは転用材を組み合わせて建てられたためで、高さの違いを補うために考案されたのが、上下二段に重ねられた特徴的な二重アーチです。その後、アブド・アッラフマーン2世、アル・ハカム2世、そしてアルマンソルによる増築では、柱や柱頭も新たに製作されるようになり、寸法や意匠は次第に統一されていきました。そうした違いを見比べるのも、メスキータの大きな見どころの一つです。
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メスキータの木製の格子天井です。
敷き詰められた木板には、イスラム建築の象徴である幾何学模様や植物文様(アラベスク)、精緻な彫刻や美しい彩色が施されています。 -
メスキータの創建当時(8世紀後半)から拡張期にかけて、レバノンスギなどの高級な木材が使われ、幾度もの修復を経て現在の姿が保たれています。見上げるだけでその圧倒的な手仕事の細かさに目を奪われる部分です。
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メスキータの歴史的・芸術的なハイライトであるミフラーブ(聖龕)と、その手前に広がるマクスーラ(カリフの祈祷席)のドーム天井です。10世紀後半、ウマイヤ朝のハカム2世による拡張工事の際に造られた部分で、メスキータの中で最も贅を尽くした空間となっています。
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正面に見える大きなくぼみ(龕)がミフラーブです。イスラム教徒が聖地メッカの方向に向かって礼拝するための目印となる場所ですが、コルドバのミフラーブには大きな特徴があります。通常のミフラーブは壁の小さなくぼみですが、ここはひとつの独立した八角形の小部屋(祈祷室)のようになっており、内部の天井は巨大な一枚の大理石から掘り出された「貝殻型」の美しい装飾で覆われています。また、イスラム教の規定ではメッカ(東~南東方向)を向くべきですが、このメスキータのミフラーブはほぼ真南を向いています。これには「故郷シリアのウマイヤ朝モスクの方角を模した」「ローマ時代の都市計画の区画に合わせた」など諸説あり、歴史ロマンを掻き立てるポイントです。
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ドーム天井は、イスラム建築史・美学の最高傑作のひとつといわれています。8本の太い肋骨(アーチの骨組み)が互いに交差することで、中央に美しい星型の空間を作り出しています。ドームの根元には窓が配置されており、そこから差し込む自然光が、ドーム内の金モザイクを神秘的に照らし出す設計になっています。
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手前のマルチフォイル・アーチ(多弁型アーチ)の複雑な重なりといい、上部のドームからミフラーブへ視線が吸い込まれるような垂直の空間構成といい、当時の職人技とカリフの権威が結晶化した傑作です。
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1236年、コルドバがレコンキスタによってキリスト教徒の支配下に入ると、メスキータは教会として聖別されました。しかし、現在見られる大聖堂が建設されるのは約300年後の16世紀です。それまでの長い間、この柱の森はイスラム時代の礼拝空間をほぼそのまま残したまま、キリスト教の聖堂として使われ続けました。
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ヴィジャヴィシオサ礼拝堂(Capilla de Villaviciosa)は、1236年のレコンキスタ後、メスキータで最初に主礼拝堂として使われた場所です。10世紀にアル・ハカム2世が増築したマクスーラの華麗な交差アーチに囲まれ、イスラム建築の美しさとキリスト教の祭壇が一つの空間に共存しています。中央に大聖堂が建設される16世紀まで、この場所がメスキータの中心的な礼拝空間でした。
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イスラム教徒の職人たちがキリスト教徒の注文によって手がけた「ムデハル様式」の装飾が色濃く残っています。ゴシック様式の要素を取り入れた木製の格子天井には、ギリシャ語で「Jesucristo(ジェズ・クリスト)」を意味するモノグラム(IHS XPS)が細かく刻まれるなど、二つの宗教の意匠が美しく同居しています。柱の上で、波打つような花びら型のアーチが何重にも交差し、幾何学的な美しさを生み出しています。イスラム建築の高度な構造美が最もよく表れている部分の一つです。
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1492年にグラナダ王国が滅び、イベリア半島でレコンキスタが完了すると、メスキータもキリスト教大聖堂としての性格をより強めていきます。内部には礼拝堂が次々と設けられ、建物は少しずつ姿を変え始めました。
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1523年、建物中央部にルネサンス様式の大聖堂の建設が始まりました。イスラム建築を大きく改変する計画には反対の声もありましたが、工事は進められ、現在見られるメスキータ大聖堂の姿が形づくられていきました。
その後も祭壇や礼拝堂、装飾の整備は続けられ、17~18世紀にはバロック様式の要素も加わりました。こうしてメスキータは、イスラム建築を基盤としながら、各時代のキリスト教美術が積み重ねられた現在の姿へと変容していきます。 -
コルドバでは約5世紀にわたるイスラム統治の初期には、多くのキリスト教徒がモサラベとして信仰を守りながら暮らしていました。しかし、長い年月の中でイスラムへの改宗や他地域への移住が進み、その数は次第に減少していきました。
1236年にコルドバがキリスト教徒の支配下に入ると、メスキータの柱や壁には祭壇や壁画が設けられるようになります。「太陽の聖母」の壁画も、そのような時代の変化を今に伝える作品の一つです。 -
朝の薄暗いメスキータの柱の森。ステンドグラスから差し込む光の中に、「太陽の聖母(Nuestra Señora del Sol)」の祭壇が静かに浮かび上がっていました。内部には15世紀の壁画が残され、聖母の胸には光輪の中の幼子キリストが描かれています。この「待降の聖母(Virgen de la O)」の図像は、救い主の誕生を待ち望む希望を象徴しています。イスラム時代の柱に描かれたこの壁画は、メスキータが歩んできた長い歴史を今に伝えています。
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メスキータ内を歩いていると、太い柱や四角い壁面には、小さな祠や絵画、ミニ祭壇のようなものが数多く設けられていることに気づきます。
これは、10世紀末に後ウマイヤ朝の実力者アルマンソール(アル・マンスール)がメスキータを東へ大規模拡張した区域にある、聖クリストフォロス(San Cristóbal)の祭壇画です。モスク時代の美しい二重アーチの間に、キリスト教の大きな祭壇画がはめ込まれるように設置されており、イスラム建築とキリスト教美術が一つの空間に共存する、メスキータを象徴する景観の一つとなっています。
これらは、1236年にコルドバがキリスト教徒の支配下に入った後、メスキータが大聖堂へと改修されていく過程で設けられた柱の祭壇や奉納画です。イスラム時代の建築をそのまま生かしながら、礼拝に必要な祭壇や聖人像、宗教画が各所に加えられました。その結果、イスラム建築とキリスト教美術が幾重にも重なり合う、世界でも類を見ない独特の空間が生まれています。 -
こちらは『受胎告知のレタブロ(祭壇画)(Retablo de la Encarnación)』です。
15世紀後半に活躍した高名な画家ペドロ・デ・コルドバ(Pedro de Córdoba)が1475年に描き上げました。
注目したいのは、祭壇下部にある幾何学模様のタイル装飾です。キリスト教の祭壇でありながら、イスラム美術の影響を受けたムデハル様式の星形文様が用いられています。キリスト教の宗教画とイスラムの装飾技法が、一つの祭壇の中に取り入れられています。 -
こちらは、『受胎告知のレタブロ』のすぐ奥にある「聖ヨハネ・バプテスト祭壇(Altar de San Juan Bautista)」に残る、『キリストの洗礼(Bautismo de Cristo)』を描いた中世のフレスコ画です。
1390年頃のゴシック期に描かれたとされ、コルドバに現存する絵画作品としては最古級のものです。
1989年、『受胎告知のレタブロ』を修復するために取り外したところ、その背後の壁からこのフレスコ画がほぼ完全な状態で姿を現しました。約100年後に設置された『受胎告知のレタブロ』の陰に隠されていたことで、良好な状態のまま保存されていたのです。 -
朝の無料開放の時間帯は、カテドラル部分は閉鎖されており、見学できるのは柱の森を中心としたイスラム時代のエリアだけです。
ここまで見学したところで、9時30分の終了時刻となり、メスキータを退出しました。
カテドラルに関する写真や紹介が少ないのは、朝の見学では立ち入ることができなかったこともありますが、中世の建築や美術に興味が向いている私の性格なのかもしれません。 -
メスキータの次に訪れたのは、北西へ約5分歩いた場所にある**コルドバ考古学博物館(Museo Arqueológico de Córdoba)**です。古都コルドバの先史時代から中世までの歴史をたどることができる博物館で、ローマ時代や西ゴート時代、イスラム支配時代など、各時代の貴重な考古資料や文化財が展示されています。パエス・デ・カスティジェホ宮殿(Palacio de los Páez de Castillejo)の隣に建てられた新しい建物で、宮殿が本館、こちらが新館となっています。
考古学博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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私が訪れた5月の営業時間は、火曜日から土曜日が9:00~21:00、日曜日と祝日が9:00~15:00で、毎週月曜日は休館日です。入館料はEU市民は無料、それ以外の旅行者は1.5ユーロでした。
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考古学博物館の地下に保存されているこの遺跡は、紀元前1世紀末、初代ローマ皇帝アウグストゥス帝の時代に建設された古代ローマ劇場の遺構(Restos del Teatro Romano)です。この遺跡はもともと地中に埋もれていましたが、博物館の新館建設に伴う発掘調査で発見されました。館内の通路からは、当時の劇場の基礎部分をこのように見下ろすことができます。
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こちらは、古代ローマ時代(1~2世紀)に、コルドバの神殿や公共建築を支えていた柱の最上部(柱頭)の遺構です。地中海原産の植物「アカンサス」の葉が、深くダイナミックに彫り込まれています。後のイスラム建築(ザフラー宮など)のデザインにも大きな影響を与えた、高度な職人技が見どころです。
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こちらはアル=アンダルス時代の柱頭です。先のローマ時代のコリント式柱頭と比較した、ザフラー宮の時代の最も洗練されたイスラム建築装飾です。
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こちらは10世紀後半(後ウマイヤ朝時代)に作られた、大理石製のカリフ時代の噴水水盤(Pila de al-Rummaniyya / Pila califal)です。庭園や宮殿の中庭(パティオ)に設けられた噴水の水を受け止めて蓄えるための大きな水盤で、乾燥したアンダルシア地方では中庭の中心に置かれ、人々に涼をもたらす存在でした。
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この展示物は、10世紀(後ウマイヤ朝のカリフ時代)に作られた「アタイフォル(Ataifor)」と呼ばれる、イスラム文化圏を代表する陶製の大皿です。展示ラベルには「緑・マンガン彩(verde y manganeso)」と記されており、その説明から、当時のコルドバ(特にマディーナ・アッザハラ宮殿)を象徴する高級陶器であることが分かりました。
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古代末期~西ゴート王国時代(6~7世紀頃)のキリスト教聖堂の建築装飾を集めた展示エリアにはる発掘品。一番上にある大きな石彫は、聖堂の窓や通路の補強に使われていた「2連の馬蹄形アーチの窓まぐさ(Dintel)」 です。中央左の白い長方形の石版には、キリストの弟子(使徒)や聖人たちが横並びに配置された彫刻が施されています。右端は柱頭の断片あるいは壁面の装飾の一部と考えられます。
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こちらは、古代末期から西ゴート王国時代(6~7世紀頃)のキリスト教聖堂に使われていた、彫刻入りの石製建築部材の断片です。円の中にはキリストを象徴する聖銘(クリズモン / 車輪十字)が刻まれており、その下には4枚の葉を組み合わせたロゼット(花弁文様)が連続して配されています。平彫りによる幾何学的な構成は、当時の西ゴート様式に典型的な、素朴ながらも力強い彫刻技法を表しています。
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6~7世紀のキリスト教聖堂に使われていた粘土製の装飾レンガです。中央にはキリストのギリシャ語頭文字(ΧとΡ)を組み合わせた「クリズモン」、その左右には宇宙の始まりと終わりを意味する「Α(アルファ)とω(オメガ)」の文字が刻まれています。当時のコルドバにおける初期キリスト教の信仰の深さを伝える貴重な遺物です。
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こちらも西ゴート王国時代(6~7世紀)のキリスト教聖堂の梁(またはまぐさ石・障壁)の断片です。
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この写真は、コルドバ近郊のバエナ(Baena)から出土した、西ゴート王国時代(7世紀半ば頃)の装飾用レンガのスタンプ型(Molde-estampilla)です。
テラコッタで作られており、中央に「生命の泉(聖杯)」、その左右に対称に向かい合う「2羽の鳥」、そして足元に円形の「ロゼット模様」が美しく刻まれています。これは初期キリスト教美術の伝統的なモチーフで、イスラム勢力が到来する前のアンダルシア地方における信仰の形を今に伝える貴重な遺物です。 -
コルドバ周辺での発掘品で『ブラカリヴィのスタンプ付き装飾レンガ(Ladrillo estampado dedicado a Bracarivi)』という非常に有名な遺物です。西ゴート時代のもので製造工房(工房主)の名前が「ブラカリヴィ」であったということです。
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こちらは、コルドバのメスキータ(大モスク)から出土した、白大理石製の「窓格子(装飾透かし格子 / Celosía)」です。
プレートに「Califal. Siglo X(10世紀 カリフ期)」と記載があるとおり後ウマヤ朝の最盛期に制作されたイスラム美術の傑作です。
8つの八角形が複雑に交差する緻密な幾何学模様が特徴で、帯が交差する隙間には、イスラム建築特有の波型のアーチを思わせる空間が美しくくり抜かれています。 -
古代ローマ時代の「ミトラ神の彫刻(Mitra de Cabra)」です。この大理石像は、2世紀後半に造られたもので、コルドバ県のカブラ(Cabra)という町にあるローマ時代の別荘跡から出土しました。イベリア半島におけるミトラ教信仰を示す、最高峰の保存状態と芸術性を持つ傑作として世界的に知られています。
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考古学博物館が誇る名品といわれる「ヌエバ・カルテヤのイベリア獅子像(León de Nueva Carteya)」。この像は、紀元前4世紀(約2400年前)にイベリア半島に暮らしていた先住民族「イベロ族」によって造られた石灰岩の彫刻です。コルドバ近郊のヌエバ・カルテヤという町で、道路工事中に偶然発見されました。
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これは、古代ローマ時代(西暦1年~50年頃)に黒い微晶質石灰岩(カライト)で造られた『船首のモニュメント(Proa de nave)』です。コルドバ市内にある歴史的な「サン・ロレンソ教会(Iglesia de San Lorenzo)」の修復工事の際、回廊の壁の中に埋め込まれていたのが発見され、ここ考古学博物館に運ばれました。
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こちらは、古代ローマ時代(紀元1世紀)に作られた、大理石製のライオンをかたどったテーブルの脚(Pata de mesa en forma de león)です。
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これは、古代ローマ時代(2世紀頃)に造られた『ペガサスのモザイク(Mosaico de Pegaso)』の床装飾(エンブレマ)です。コルドバ市内のクルス・コンデ通り(Calle Cruz Conde)で行われた工事の際に、当時のローマ人の邸宅(ドムス)の床から発見されました。
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古代ローマ時代(2世紀頃)の『四神の救済レリーフ(Relieve de las cuatro divinidades / 別名:デメテルとコレーのレリーフ)』です。このレリーフは、古代ギリシャ・ローマで最も重要視された密教「エレウシスの秘儀」に関連する神話を表現した、お墓(石棺や記念碑)の装飾であったと考えられています。
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古代ローマ後期にあたる4世紀初頭の初期キリスト教(パレオクリスチャン)の石棺の断片です。この彫刻は、旧約聖書に登場する有名なエピソード「獅子の洞窟のダニエル(Daniel en la fosa de los leones)」のシーンを描いています。
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これは、4世紀(西暦330~350年頃)に造られた、初期キリスト教を代表する『コルドバのキリスト教石棺(Sarcófago paleocristiano de Córdoba)』の前面パネルです。コルドバ市内のコロン広場(Plaza de Colón)付近から出土し、当時のローマ絵画や彫刻の技法を用いながら、聖書の物語が連なるように彫り込まれています。ねじり柱で区切られた5つのアーチ(区画)の中に、旧約・新約聖書の重要なシーンが左から順に描かれています。
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博物館の隣に建つパエス・デ・カスティジェホ宮殿の正面玄関ファサード。パエス・デ・カスティジェホ宮殿は考古学博物館の本館になる建物です。
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コルドバ考古学博物館の本館として使用されているパエス・デ・カスティジェホ宮殿のパティオ です。
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中央には透き通った水をたたえる四角い噴水池(池)があり、周囲にはオレンジの木や季節の花々の鉢植えが美しく配置されています
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回廊にはローマ時代の発掘品が置かれています。手前の台座に並んでいる2体の頭部がない大理石像は、いずれもコルドバの古代ローマ劇場跡やその周辺から出土したローマ時代のトーガをまとった男性の彫像です。
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パティオの壁に展示されている、古代ローマ時代(3世紀頃)の『幾何学模様の床モザイクです。展示品に触れないでくださいという注意書きがありますね。
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考古学博物館を後にして、メスキータの東側を歩きながらローマ橋へ向かいました。
メスキータ東面に設けられたサン・ホセ門(Puerta de San José)。
この門が位置する東側の壁は、10世紀末に摂政アルマンソールによって行われた「第4次(最後)の拡張」の際に築かれたエリアです。
モスク内部のスペースを東側に大きく広げたため、この東壁にはアルマンソール時代の意匠を受け継ぐ美しい門が並ぶことになりました。
現在見られる門は16世紀にルネサンス様式で整えられましたが、赤と白のヴソワール(迫石)による馬蹄形アーチや、その周囲を彩るイスラム時代の装飾が巧みに取り入れられ、メスキータらしい意匠が受け継がれています。 -
南面の外壁には、増築された礼拝堂を支える控壁が規則正しく並び、内部の華やかさとは対照的に、要塞のような重厚な姿を見せています。写真中央付近に張り出しているのは、16世紀に造られたサン・クレメンテのバルコニー(Balcón de San Clemente)で、プラテレスコ様式を代表する装飾の一つです。このバルコニーは南面の外観の中でもひときわ目を引く存在で、イスラム建築を基盤としたメスキータに、キリスト教時代の意匠が重ねられていることを象徴しています。
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グアダルキビル川まで歩いてくると、ローマ橋のたもとにプエルタ・デル・プエンテ(Puerta del Puente)が姿を現します。16世紀にルネサンス様式で建設された記念碑的な門で、かつて街を囲んでいた城壁の北側の出入口として造られました。古代から続くコルドバの主要な玄関口であり、グアダルキビル川に架かるローマ橋へと続く堂々とした入口として、今も変わらぬ存在感を放っています。
プエンテ門 建造物
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コルドバのローマ橋(Puente Romano de Córdoba)は、クアダルキビール川に架かる築2000年以上の歴史を持つ古代ローマ時代の石橋です。全長約247メートル、幅約9メートル。16個の美しいアーチによって支えられています。2004年以降は完全な歩行者・自転車専用橋となっています。
ローマ橋 建造物
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橋の上は、世界中から集まった旅人たちの穏やかな足音と、色とりどりの話し声で満ちていました。リュックを背負い、気ままな夏服に身を包んだ人々が、川の向こうへと歩みを進めていくには先、陽光を浴びて輝いている、メスキータの壮大なシルエット見えます。
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グアダルキビール川の中ほど、生い茂る緑に囲まれてぽつんと佇んでいる石造りの建物は、イスラム支配時代に造られた歴史的な水車小屋の遺跡です。また中央に見えている四角い建物は、サン・アントニオの水車小屋(Molino de San Antonio)、さらに奥にはアルボラフィアの水車小屋(Molino de la Albolafia)の遺構があります。
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ローマ橋を渡ると、その南端には歴史的な要塞カラオーラの塔(Torre de la Calahorra)が建っています。
写真に写るアーチ状の意匠が施された壁面は、ローマ橋から直接つながる塔の城門入口です。塔は12世紀、イスラム王朝ムワッヒド朝の時代に、グアダルキビル川を渡って街へ侵入しようとする外敵を防ぐため、ローマ橋を守る防衛拠点として築かれました。
その後、レコンキスタを経て14世紀にカスティーリャ王国による改修が行われ、現在の姿へと整えられました。現在は「アル・アンダルス生きた博物館(Museo Vivo de al-Ándalus)」として利用されています。カラオーラの塔 建造物
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この写真は、キリスト教君主たちのアルカサル(Alcázar de los Reyes Cristianos)の外観です。14世紀にカスティーリャ王アルフォンソ11世によって再建された、ムデハル様式を取り入れた美しい城砦です。
もともとはイスラム時代のアルカサル跡に築かれたもので、レコンキスタ後は歴代のカスティーリャ王の居城として使用されました。また、1492年には、コロンブスがイサベル女王とフェルナンド王に謁見し、西方航路による航海計画への支援を求めた場所としても知られています。
私が訪れた時は大規模な修復・改修工事が行われており、宮殿内部や塔への入場は休止中でした。 -
次の目的地にやって来ました。写真は、カリフの浴場(Baños del Alcázar Califal)跡のすぐ前にある広場、カンポ・サント・デ・ロス・マルティレス(Campo Santo de los Mártires)に建つ恋人たちのモニュメント(Monumento a los enamorados)です。
例年になく暑かったアンダルシアの強い日差しの中、ここで見つけた木陰は本当にありがたい休憩場所でした。 -
バーニョス・デル・アルカサル・カリファル(カリフの浴場跡)は、スペイン・アンダルシア州コルドバに残る、10世紀に建設されたイスラム宮廷浴場(ハンマーム)の遺跡です。当時コルドバを支配していた後ウマイヤ朝の第2代カリフ、ハカム2世によって建設され、王族だけでなく、王宮(アルカサル)に仕える人々のためにも利用されました。
アラブ浴場 史跡・遺跡
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訪問の際は曜日によって見学時間が異なるため注意が必要です。火曜から金曜は8:15~20:15、土曜は9:30~17:30、日曜は8:15~14:15まで開館しており、月曜日は休館日となっています。
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このアラブ風呂は1903年に偶然発見されましたが、その後いったん埋め戻されました。1961年から1964年にかけて発掘調査が行われ、再びその姿を現した浴場は、現在では博物館として公開されています。
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コルドバ最大かつ最も重要だったとされるハンマームで、イスラム教徒にとって礼拝前の沐浴の場であり、社交や政治的議論の場としても機能していました。
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浴場の中心となる温水室(Sala Templada)の内部です。入浴者が最も長い時間を過ごした場所で、身体を清めるだけでなく、髭剃りやヘアケア、マッサージなども行われる、イスラム社会の生活に欠かせない空間でした。
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赤大理石や黒大理石など、色とりどりの非常に高価な大理石で作られた円柱と、その上部を飾る精巧に彫刻された大理石の柱頭です。
これらの柱が並ぶ空間は、イスラム王宮の内部でありながら、一見するとロマネスク様式の聖堂や教会のクリプタ(地下聖堂)のようにも見えます。 -
この写真は、カリフの浴場跡に残るボイラーと炉(Caldera y Horno)が設置されていたサービスエリアです。10世紀当時、ここで水を温め、床下暖房や温浴室へ熱を送り出していました。
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こちらはその背面の写真です。中央にある縦長の穴が炉の口で、ここから薪や木炭を投入し、奥に設置されたボイラーの水を温めていました。
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カリフの浴場跡の内部に残る、かつての貯水槽(シスルナ)の遺構です。中央には、当時水などの貯蔵に使われていた水瓶(ティナハ)が展示されています。
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カリフの浴場跡に残る、脱衣室(Apodyterium)または浴室へと続く前室の遺構です。床には当時の大理石タイルの一部が残り、奥へと続く戸口には、当時の堅牢な石組みを見ることができます。
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脱衣室の床には、10世紀の後ウマイヤ朝時代に施された幾何学模様のモザイクが残されています。宮廷浴場にふさわしい華やかな装飾の一部を、現在も見ることができます。
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カリフの浴場跡の地上部分に残る屋根の構造です。地下の浴室へ光を取り込むための採光窓(ルセルナリオ)の突起が並び、結露を防ぐために工夫された丸みを帯びたドーム状の屋根を見ることができます。
長くなりましたので、今回はここまでとします。続きは次回に。
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この旅行記へのコメント (1)
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- マリアンヌさん 2026/07/20 16:49:55
- 考古学博物館
- クリスさん こんにちは。
アンダルシア地方は38年前にツアーで一度だけさらっと訪れました。
メスキータや内部のカテドラルは大変印象に残っています。
考古学博物館を見せていただき、興味津々でした。
ずいぶんローマ時代のものも保存されているのですね。
イベリア半島におけるミトラ教信仰を示す、最高峰の保存状態と芸術性を持つ傑作といわれるミトラ神の彫刻、素晴らしいですね。
一昨年、タルクィニアで首が欠けたものを見たり、カプアでミトレオの壁画は見ましたが、彫刻とても美しいです。
私には行けないディープなスペインの続きも楽しみにしています。
マリアンヌ
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