2026/05/12 - 2026/05/28
461位(同エリア1577件中)
クリスさん
この旅行記スケジュールを元に
2026年のスペイン旅行はバレンシア往復で、アラゴン、カステリア・ラマンチャ、カステリア・イ・レオンのセゴビア県、エストレマドーラ、アンダルシア、ムルシア州の3000km近くを車で巡る周遊旅行となりました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- レンタカー
- 航空会社
- JAL
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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5月23日の朝、ホテルの朝食風景です。この日も暑くなりそうですが、今日はハエン県のバエサ(Baeza)に立ち寄り、その後グラナダへ向かいます。
NH コルドバ カリファ ホテル
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朝食には、みずみずしいアンダルシア産のフルーツも並びます。暑い一日に備え、しっかり朝食を済ませてホテルを後にしました。
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チェックアウトを終えて地下駐車場へ下りると、ホテルからうれしいサービスが用意されていました。暑さへの気遣いが添えられたメッセージカードとともに、ミネラルウォーターのペットボトルが入った袋です。ホテルの口コミでこのサービスがあることは事前に知っていましたが、これまでの道中でも何度も水を買い足していただけに、本当にありがたい心遣いでした。
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最初の訪問地はペドロ・アバー(Pedro Abad)。アンダルシア州コルドバ県に位置する基礎自治体(ムニシピオ)です。人口約3,000人ののどかな町で、グアダルキビル川沿いの肥沃な平野に位置し、野菜栽培を中心とした農業が盛んです。コルドバからは西へ約40kmの距離にあります。
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町のメインストリートであるサンタ・ラファエラ・マリア通り(Calle Santa Rafaela María)の中ほどには、聖ラファエラ・マリア(ラファエラ・マリア・ポラス・アイリョン)の生家があります。彼女はカトリックの聖人で、「聖心侍女修道会(Esclavas del Sagrado Corazón de Jesús)」の創立者として知られています。写真はその入口です。
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生家のすぐ隣には、1950年に建築家フランシスコ・レンシーナ・ロペスの設計で建てられた聖ラファエラ・マリア教会があります。
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ブザーを押して来訪を伝えると、内側から鍵を開けてもらい、パティオでしばらく待ちます。Googleでは博物館と表示されていますが、実際には聖心侍女修道会が所有・管理するコミュニティ住宅で、巡礼者を迎える聖地となっています。
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決められた営業時間はなく、予約の有無にかかわらず、要件を伝えれば受け入れてもらえる施設です。私は「日本人です。長野から来ました」と伝えただけで通じました。というのも、長野市にある私立学校「長野清泉女学院中学校・高等学校」や「清泉大学(旧・清泉女学院大学)」のルーツは、まさにこの生家で生まれた聖ラファエラ・マリアにあるからです。
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家の中を案内してもらいました。邸宅内には修道会および彼女の遺品や功績、生涯の歩みを展示する博物館が併設されています。
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修道会が長野で教育を始めることになった直接のきっかけは、第二次世界大戦中の疎開でした。戦後の1946年、その縁をきっかけに長野で教育活動を再開し、「長野清泉女学院」の前身となる学校を開設します。これが現在の長野市にある清泉の学校群の始まりです。
私の生家もこの近くにあり、幼い頃は修道女たちが街を歩く姿をよく見かけたものでした。 -
展示コーナーにあるこのパネルには、聖ラファエラ・マリアが姉のドロレスと共に、コルドバの「マリア・レパラドーラ修道院」で過ごした修練者時代(1875年~1877年)の歴史を紹介しています。
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聖ラファエラ・マリアの地上の生涯の終わりと、列聖にまつわる歴史を紹介するパネルです。左側の小さなフレームには、彼女が1977年に教皇パウロ6世によって聖人として宣言されたことが示されています。右側の大きなフレームには、晩年と遺体が安置されている様子などが時系列で紹介されています。
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この部屋は、生家の2階にあるポラス家のサロンです。 聖ラファエラ・マリアの両親や兄弟たちの写真が、重厚な木製フレームに収められて飾られています。
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両親たちの生活していた部屋。聖ラファエラ・マリアの両親は、裕福な資産家でありながら、深い信仰心と地域社会への並外れた献身性を持った人物でした。彼女の優しい人格や、貧しい人々へ寄り添う精神は、この両親の背中を見て育まれたと言われています。
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部屋に貼られているアズレージョの記念プレート。「ここに、マニュエル・ジュラド先生が創立者たちに授業を行っていた部屋がありました。」と書いてあります。彼は母親が姉妹の教育のために特別に雇った家庭教師であり、司祭でもありました。
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この写真は、日本における聖心侍女修道会の活動拠点・関連施設の一覧を示すプレートです。
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生家の敷地内にあるこのパティオには、記念プレートが掲げられています。碑文は以下の通りです。
"POR ESTA PUERTA DEJARON LAS PIADOSAS FUNDADORAS LA CUNA A LOS POBRES DANDO A TODOS DÍA A DIOS"
日本語訳:信心深い創立者たちはこの扉から生家を後にし、すべてを貧しい人々に与え、自らの日々を神へと捧げた。
両親の遺産や慣れ親しんだ大邸宅をすべて手放し、正式にコルドバにある修道院へ入るために実家を出発したまさにその場所(勝手口・通用口の扉の跡)だそうです。 -
この写真は、生家の1階にある農具・生活道具の保管・作業スペースです。手前にある大きな甕は、当時は水やオリーブオイル、ワインの貯蔵に使われていたものです。
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聖ラファエラ・マリアが実際に生まれた部屋は現在、祈りを捧げるための礼拝堂になっています。
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室内には、彫刻家ラファエル・オルティの手によるブロンズ像が安置されており、静寂と心の平穏を感じられる空間として親しまれています。
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教会にも案内していただきました。写真は聖ラファエラ・マリア教会内にある、創立者・聖ラファエラ・マリアを祀る専用の美しい脇祭壇です。聖心侍女修道会の伝統的な黒い修道服を身にまとい、胸にはイエスの聖心のメダイをつけた彼女の立体像です。
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聖ラファエラ・マリア教会の堂内になります。天井から半円状に吊り下げられた複数のクリスタル・シャンデリアが、祭壇全体を神聖な光で包み込んでいます。
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主祭壇周り。 黄金の光背(後光)の中心には、美しいキリストの象牙の十字架が掲げられています。そのすぐ下、白い布で覆われた小さな扉があり、修道会の命である「聖体」が大切に保管されています。また地下には両親や家族が眠るクリプタがあるそうです。
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次に訪れたのは、バエサにある聖十字架教会(Iglesia de la Santa Cruz)。聖ラファエラ・マリアの生家があるペドロ・アバーから西へ約110kmの場所にあります。
バエサはアンダルシア州ハエン県に位置する人口約16,000人の歴史ある町で、隣接するウベダ(Úbeda)とともに、「ウベダとバエサのルネサンス様式の記念碑的建造物群」としてユネスコ世界遺産に登録されています。 -
バエサの聖十字架教会は、世界遺産に登録されている歴史地区の中心部にあります。すぐ近くに有料の地下公共駐車場があり、車を停めて最初に訪れました。
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西正面の半円アーチの門は、かつてバエサにあったロマネスク様式のサン・フアン・バウティスタ(洗礼者聖ヨハネ)教会から移築されたものです。元の教会は現存せず、この門だけが当時の面影を今に伝えています。
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1227年、フェルナンド3世(Fernando III)によってバエサが征服され、キリスト教支配が定着すると、市内にはいくつかのロマネスク教会が建てられました。聖十字架教会もその一つで、13世紀第2四半期(1230~1240年代頃)から13世紀後半にかけて建設されたと考えられています。
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イスラーム勢力からバエサを奪還したキリスト教徒たちは、勝利と、この地にキリスト教信仰を取り戻した証として「十字架」を最も重要なシンボルに掲げました。そのため、この教会には「勝利をもたらした聖なる十字架に捧げられた教会」という意味が込められています。
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後陣には15~16世紀に描かれた貴重なフレスコ画が残されており、近年、美しく修復されました。
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後陣から身廊を眺めると、まずバエサの強い日差しから一歩中へ入ったときの、ひんやりとした石造空間の静けさに包まれます。重厚な石造ヴォールトの教会とは対照的に、木製天井と細い柱、連なるアーチが織りなす空間は軽やかな印象を与え、イスラーム建築の影響を受けたアンダルシアらしい趣を感じさせます。
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身廊は太い円柱が連なる三廊式で、半円アーチが規則正しく続く素朴なロマネスク空間が広がっています。天井は石造ヴォールトではなく木造で、軽やかで開放感のある雰囲気を生み出しています。アンダルシアならではのイスラーム建築の影響も感じられ、北スペインのロマネスク教会とは異なる魅力があります。
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近づいて柱のてっぺんを見上げてみると、そこには植物模様の彫刻が施されています。
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これは古代ローマ時代の建築装飾を中世の職人たちが模したもので、ここは異なる文化や時代が見事に調和した、まさにコンポジット(混成)の空間です。
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主祭壇に向かって左側の側廊アーチ内側には、15~16世紀のフレスコ画が残されています。一見しただけでは判別できませんが、一人の聖人像が描かれています。写真ではわかりにくいものの、聖人像の白い衣服の胸から腹部付近をよく見ると、表層の彩色とは異なる、下描きのような線がうっすらと浮かび上がって見えます。
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そこには、左へ少し傾けた頭部と、それを抱くような小さな頭部や体の輪郭、さらに手を添えているような描写が確かに確認できます。これは幼子イエスに乳を与える「授乳の聖母」を描いた15世紀のフレスコ画で、その上から16世紀に現在の聖人像が描かれたとのことです。
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アーチの反対側には、聖セバスティアヌス(San Sebastián)の殉教図が描かれています。アーチの柱腹(内側)に描かれたもので、先ほどの重ね描きのフレスコ画とは異なり、鮮明な状態で保存されています。
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福音書側の側廊(左側廊)の突き当たり壁面には、車輪の拷問にかけられる聖カタリナと、二人の刑吏、それを見つめる王や人々、そして空の天使たちが描かれています。
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こちらも左側廊にある礼拝堂で、バエサで最も長い歴史を持つキリスト教平信徒組織「聖ヴェラ・クルス兄弟団(Ilustre y Venerable Cofradía de la Santa Vera Cruz)」の祭壇です。
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この写真は、聖十字架教会の内陣南側の壁に埋め込まれている西ゴート様式の馬蹄形アーチの遺構です。1990年の大規模な修復・調査の際に発見され、この場所にさらに古い中世初期(7~8世紀頃)の西ゴート聖堂が存在していた有力な証拠とされています。
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教会の斜向かいに建つハバルキント宮殿(Palacio de Jabalquinto)の正面ファサードです。中央の壁一面に施されたピラミッド状の突起は、イサベル様式を代表する後期ゴシックの装飾で、太陽の光の角度によって複雑な陰影を生み出します。現在はアンダルシア国際大学(UNIA)のキャンパスとして利用されています。
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こちらはハバルキント宮殿の内部にある、スペインを代表する詩人アントニオ・マチャード(Antonio Machado)の記念展示スペースです。
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マチャードは1912年から1919年までの7年間、ここバエサの旧大学(現在の高校)でフランス語教師として教鞭を執り、多くの美しい詩を残しました。
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マチャードや生徒たちが使っていた木製の机、椅子、黒板がそのまま残されています。また、壁には彼の詩「Desde mi ventana, ¡campo de Baeza, a la luna clara!(私の窓から見える、澄んだ月光に照らされたバエサの野原よ!)」が掲げられています。
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アントニオ・マチャードは、この黒板の前に立ち、フランス語の授業を行っていました。木製のフレームに囲まれた大きな黒板は、マチャードがチョークを走らせていた当時の姿をそのまま留めています。
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ハバルキント宮殿から大聖堂へ向かいます。写真は、宮殿からすぐのサンタ・マリア広場(Plaza Santa María)の中央に建つサンタ・マリアの泉(Fuente de Santa María)です。1564年、地元の建築家ヒネス・マルティネス(Ginés Martínez)の設計により築かれました。当時、人口増加に直面していたバエサに、約2.5km離れた水源から初めて上水道を引くことに成功したことを記念して建てられたものです。
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サンタ・マリア広場から眺めたバエサ聖母降誕大聖堂(Catedral de la Natividad de Nuestra Señora de Baeza)。印象的な八角形の鐘楼が青空に映えています。大聖堂はローマ時代のイシス神殿跡に建ち、西ゴート時代の教会、イスラム時代のモスクを経て、1227年にキリスト教の大聖堂となりました。16世紀半ばに一部が崩落した後、ゴシック様式の一部を残しながらプラテレスコ様式で再建され、現在は世界遺産「ウベダとバエサのルネサンス様式の記念碑的建造物群」の構成資産となっています。
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下から見上げるバエサ大聖堂の鐘楼。この鐘楼は11世紀にイスラム時代のミナレットとして建てられ、レコンキスタ後にキリスト教の鐘楼へと転用されました。1593年にはルネサンス様式の八角形の頭頂部が加えられ、現在の印象的な姿となります。その後、1755年のリスボン大地震の影響で損傷し、19世紀には上部が崩落する試練に見舞われましたが、1960年の復元工事により現在の姿へとよみがえりました。
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バエサ大聖堂の西側ファサードに位置する由緒ある扉、月の門(Puerta de la Luna)です。大聖堂の入口はこちらになります。この扉の周囲は、16世紀の大規模な再建でも崩落を免れた13世紀当時の貴重な遺構です。イスラム建築の影響を色濃く受けたムデハル様式の建築美を今に伝えています。
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月の門の真上にあるゴシック様式のバラ窓です。植物の葉や幾何学模様を組み合わせた精巧な石の透かし彫りが施されています。夜になると、この美しい透かし彫りを通して月明かりが聖堂内へと差し込み、幻想的な空間を演出します。これが、真下にある扉が「月の門」と呼ばれる由来です。
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この写真はチケット売り場から撮影したものです。
私が見学した5月の開館時間は以下の通りです。見学した日は土曜日でした。
月曜~金曜:10:00~14:30、16:00~19:30
土曜:10:00~19:30
日曜:10:00~18:30
大聖堂の見学は有料で、オーディオガイド付きの入場料は一般7ユーロ、シニアは6ユーロでした。 -
身廊から眺めた大聖堂の内部。ルネサンス様式の特徴である丸天井と、コリント式の装飾が施された高い柱が並んでいます。天井のドームからは、重厚な黒い鍛鉄製の円形シャンデリアが吊り下げられています。
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身廊から主祭壇に向けて進みます。鍛鉄製の円形シャンデリアとは対照的に、きらびやかなクリスタルガラスのシャンデリアが配置されています。
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中央身廊の天井を見上げた写真です。建築家アンドレス・デ・ヴァンデルヴィラ(Andrés de Vandelvira)による、ルネサンス様式の美しい丸天井です。
彼は、バエサと隣町ウベダを代表するスペイン・ルネサンス建築の巨匠として知られています。その優れた建築技術と幾何学的な造形美は高く評価され、2003年には両都市の旧市街がユネスコ世界文化遺産に登録されました。 -
正面奥に、17世紀後半(1677年頃に完成)に作られた巨匠マヌエル・デル・アルモ(Manuel del Álamo)の手による壮大な祭壇画を見る事が出来ます。
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トランセプトの交差部にある天井ドームです。円形の装飾とともに、美しい色彩のフレスコ画が描かれています。ドームを支える四隅のペンデンティブ(三角形の壁面)には、新約聖書の四福音書を記した四福音記者が描かれています。
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説教壇は16世紀の意匠が凝縮された貴重な美術工芸品です。2025年4月に修復作業が完了したばかりで、現在は往年の鮮やかな色彩や輝きを取り戻した姿を見ることができます。六角形を基調とした説教壇は上下2層に分かれ、キリスト教の教えや物語が描かれています。
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主祭壇は、スペイン・バロックの極みとも言えるチュリゲラ様式(Estilo churrigueresco)による、金箔細工を施した華麗な祭壇です。チュリゲラ様式とは、17世紀後半から18世紀にかけて、スペインとその植民地(メキシコなど)で大流行した、スペイン・バロックの装飾性を極限まで追求した建築・美術様式のことです。
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まばゆい黄金の輝きに包まれた主祭壇です。中央には、この大聖堂の主祭である『聖母の誕生(Natividad de la Virgen)』の物語が立体的な彫刻で表現されています。精緻な彫刻と繊細な金細工が一体となり、職人たちの卓越した技術と深い信仰心を今に伝える、まさに息をのむような美しさです。
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この写真は、内陣左側(福音書側)にあるサンティアゴ礼拝堂(Capilla de Santiago)です。16世紀に建立された礼拝堂で、調和の取れたルネサンス様式から華麗なバロック様式へと移り変わる過渡期を象徴する意匠が見られます。
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こちらは、同じ福音書側の壁にある大天使ミゲルを祀るサン・ミゲル礼拝堂(Capilla de San Miguel)です。鉄格子の奥には、大きな盾を構え、悪魔(竜)を踏みつけて打ち倒す大天使ミゲルのドラマチックな絵画が掲げられています。
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こちらは聖アンドレの門(Puerta de San Andrés)と呼ばれる聖具室の入口です。16世紀前半に造られたスペイン独自のルネサンス様式(プラテレスコ様式)の傑作で、この扉の向こうには、銀の聖体顕示台などを収蔵する大聖堂博物館や回廊、そして鐘楼へと続くルートがあります。
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この写真は、堂内に展示されているバエサ大聖堂最大の至宝、聖体行列で用いられる聖体顕示台(Custodia procesional)です。深みのある紫色のケースに収められた純銀の塔は、ライトアップによっていっそう美しく浮かび上がり、静寂に包まれた堂内で神秘的な輝きを放っています。この聖体顕示台は18世紀初頭に制作されたバロック様式の傑作で、大聖堂を代表する金工芸作品として知られています。
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この写真は、聖アンドレの門をくぐってすぐの場所にある執事会室(Sala Capitular)の内部です。
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歴史的な家具や宗教美術品が展示され、中世から近世にかけての大聖堂の歩みを今に伝えています。
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こちらは、聖具室の奥にある大聖堂博物館(Museo Catedralicio)の展示室です。壁に並んでいるのは、かつて大聖堂内の祭壇や礼拝堂を飾っていた、中世からルネサンス期にかけての貴重な宗教美術品の数々です。
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バエサ大聖堂の回廊です。大聖堂の多くの部分が16世紀のリスボン地震による崩落で再建された一方、この回廊は被害を免れたため、14世紀後半に造られた中世ゴシック様式の姿を今に伝えています。
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アーチ越しに眺めた、バエサ大聖堂の中庭です。アンダルシアの眩しい陽光が降り注ぎ、静謐な空間が広がっています。
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大聖堂の見学を終えた後は、裏手へ回ります。こちらの遺跡は、大聖堂から歩いてすぐの場所にあるサン・フアン・バウティスタ(洗礼者聖ヨハネ)教会跡(Ruinas de la Iglesia de San Juan Bautista)です。1227年のレコンキスタ直後、13世紀前半に建設され、当時のバエサを代表するロマネスク様式の教会の一つでした。
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1843年まで教会として使われていましたが、その後閉鎖され、建物はやがて崩壊し、風化が進みました。しかし、20世紀から21世紀にかけて大規模な発掘と修復が行われ、三廊式の空間と柱列が野外モニュメントとしてよみがえりました。
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ここは、かつて教会の正面入口や窓があった場所です。ロマネスク様式のアーチや石組みが残り、当時の面影を伝えています。ここにあった門は、前述した聖十字架教会の入口として再利用されています。
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サン・フアン・バウティスタ教会遺跡の敷地から南を望むと、緑に挟まれた小路の先に、かつて教会と一体の区画を形成していた司教宮殿(Palacio de los Obispos)が見えます。屋根に小さな鐘壁(エスパダニャ)を戴くこの建物は、レコンキスタ以降、歴代の司教たちが居住した広大な宮殿施設の一部であり、中世から続く聖職者の拠点として使われてきました。
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次に、大聖堂から旧市街の入口にあるポプロ広場(Plaza del Pópulo)を目指して歩きます。大聖堂から坂道を下る途中で見かけたこの記念碑は、16世紀後半から17世紀初頭にかけて活躍した三位一体修道会の改革者を記念したものです。彼のバエサ到来400周年を記念して、台座には「1606-2006」と刻まれています。
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この写真は、ポプロ広場の入口に立つハエンの門(Puerta de Jaén)です。中世、城壁に囲まれていた時代には、隣町ハエンへと続く街道の出発点であったことから、この名が付けられました。では、この門をくぐってポプロ広場へ入ります。
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ポプロ広場は、16世紀のスペイン・ルネサンス様式の建築美が凝縮された、バエサで最も歴史的価値の高い美しい広場です。この広場は、かつての中世の城壁のすぐ外側に位置し、公共の市場や祝祭、闘牛などが行われる街の賑わいの中心地でした。広場の一角には、バエサ観光案内所(Oficina de Turismo)が入る建物があります。中央には噴水が見えます。
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ポプロ広場にあるライオンの噴水(Fuente de los Leones)は、この街を象徴する代表的なモニュメントの一つです。
長い年月を経て表面がかなり摩耗しているため、一見するとすべてライオンの姿に見えます。しかし、近づいてよく観察すると、それぞれ異なる動物の姿が組み合わされていることに気づきます。
これらの彫刻は、近郊にある古代ローマ都市遺跡カストゥロ(Cástulo)から運ばれてきた、もともとは別々の彫刻や建築部材でした。噴水を造る際に、それらを台座や装飾として再利用したため、現在のような不揃いながらも独特の姿になったと伝えられています。 -
古代ローマ都市カストゥロから運ばれた遺物を取り入れて造られたこの噴水は、古代ローマの彫刻要素とルネサンス期の様式が融合した、バエサを代表する記念碑の一つです。
水盤を支えるライオン像と、中央に据えられた女性像が特徴で、この彫像は伝統的にイベリアの王女であり、ハンニバルの妻とされるヒミルケの姿であると考えられています。
ビジャラール門の隣に位置するこの噴水は、バエサに残る古代から近世へと続く歴史の重なりを象徴しています。写真の奥には、かつての城門の一つであるハエン門が見えます。 -
ここは、バエサの特産品である最高品質のオリーブオイルを専門に扱うショップ「ラ・カサ・デル・アセイト(La Casa del Aceite)」です。ポプロ広場のすぐ脇に位置しており、バエサ観光の際にお土産選びや試飲で立ち寄るのに外せない有名店です。
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棚には、バエサやハエン県が誇る、色とりどりのボトルに入った最高品質のエキストラバージンオリーブオイル(EVOO)がぎっしりと並んでいます。
ハエン県やバエサ周辺で生産された、数々の受賞歴を持つオイルが揃っており、少し試飲をさせていただいた後、お土産として数本購入しました。 -
この写真は、ポプロ広場からすぐのバエサのメインスクエア「コンスティトゥシオン広場(Plaza de la Constitución)」です。オープンカフェのテラス席がずらりと並ぶ、街で一番賑やかな憩いの場です。多くの椅子が並んでいますが、まだ利用している人の姿はあまり見られません。
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日差しの強いアンダルシアでは、広場のアーケード下にある日陰の席が人気です。食事時の午後2時ということもあり、この日は日陰席には多くの人が集まっていました。
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昼食は、レストランバル「ロス・アルコス(Los Arcos)」でいただきました。コンスティトゥシオン広場のアーケードに店を構える、地元で知られる人気店の一つです。
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まずミネラルウォーターを注文すると、サービスで炭火焼きのような焼き目が付いた小さなパンとポテトフライが出てきました。
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これは、アンダルシア地方の夏の定番料理である冷製トマトスープ、サルモレホ(Salmorejo)です。
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こちらは、スペイン・カスティーリャ地方などで親しまれてきた伝統的なニンニクスープ、ソパ・デ・アホ(Sopa de Ajo)です。本当はガスパチョを注文しましたが、この日は用意がないとのことで、代わりにこちらをいただきました。
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メインはラボ・デ・トロ(Rabo de Toro)、牛テールの煮込みです。今回も二人でシェアしました。
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バエサを午後3時過ぎに出発し、グラナダへ向かいました。約140km、1時間半ほどの行程です。
写真は、この日から2泊するホテル・プラサ・ヌエバ(Hotel Plaza Nueva Granada)です。入口は広場側ではなく、横の通りに面しています。
ホテルは車両進入制限地区内にありますが、専用の地下駐車場が完備されています。事前に車両ナンバーをホテルへ通知し、登録してもらうことで制限地区への進入も問題なく対応してもらえました。ホテル プラザ ヌエヴァ ホテル
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アンダルシアらしいクラシックで落ち着いた内装のホテルです。無料Wi-Fi、テレビ、冷暖房などの設備も整っています。
最大の利点は、アルハンブラ宮殿やアルバイシン地区へのアクセスの良さです。坂道の多いグラナダでは、移動の負担を減らせる立地は特にありがたく感じました。
また、スマートフォンのアプリやデジタルキーを利用して客室の鍵を開けるスマートロック(モバイルキー)システムも導入されています。ホテル プラザ ヌエヴァ ホテル
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歴史ある建物を利用したホテルのため、洗面所などの水まわりの設備には多少の古さを感じます。ただし、水圧もしっかりしており、実際の利用では特に不便を感じるほどではありませんでした。
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ロビーを出ると、すぐ目の前に広がるのがヌエバ広場(Plaza Nueva)です。
広場中央の噴水(Fuente de la Plaza Nueva)は、もともとは別の場所に設置されていたものを移設し、20世紀半ばにこの広場のシンボルとして現在の姿に整えられました。ヌエバ広場 広場・公園
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写真はグラナダ大聖堂(Catedral de Granada)の正面入口です。
夕方だったため、この日は街歩きを楽しみながら外観を眺めました。内部見学は有料ですが、今回の旅で主な対象としているロマネスクや中世初期の教会建築とは異なるため、入場料を払って内部を見学することは見送りました。グラナダ大聖堂 (カテドラル) 寺院・教会
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土曜日の夜、ヌエバ広場周辺ではストリートパフォーマンスを楽しむ人々で賑わっていました。
フラメンコを踊る女性の姿とともに、手前でカホンを叩く少年のリズム感も印象に残りました。小さな身体から生み出される自然なリズムに、アンダルシアの人々の中に流れる音楽の血流を感じたひとときでした。 -
夜は19時から始まるフラメンコショーを見ました。ホテルのすぐ隣にあるタブラオ・フラメンコ・ラ・アルボレア(Tablao Flamenco La Alborea Granada)は、スペイン・グラナダの歴史的な中心部にある高い人気のフラメンコ劇場(タブラオ)です。
ショーの写真はNGで、今回の旅行記は終了です。
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