2026/05/12 - 2026/05/28
273位(同エリア280件中)
クリスさん
この旅行記のスケジュール
2026/05/12
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サンタ・マリア・グラナダ教会
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この旅行記スケジュールを元に
2026年のスペイン旅行はバレンシア往復で、アラゴン、カステリア・ラマンチャ、カステリア・イ・レオンのセゴビア県、エストレマドーラ、アンダルシア、ムルシア州の3000km近くを車で巡る周遊旅行となりました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- レンタカー
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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5月20日。最初の写真は、ホテル・ユーロスターズ・グアダルキビルの朝食です。暑い一日になりそうなので、ジュースやスイカ、キウイなどのフルーツをしっかりいただき、水分補給を心がけました。
Eurostars Guadalquivir ホテル
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このホテルは朝食が評判とのことでしたが、バイキングのメニューは種類も豊富で、満足できる内容でした。
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このホテルは、ビジネスで利用していると思われる宿泊客が多いようでした。朝食を済ませた後は、昨日訪れることができなかった教会へ向かいます。
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最初の訪問地は、アンダルシア州ウエルバ県(Huelva)にあるニエブラ(Niebla)。セビリアから西へ約70kmの場所にあります。写真はニエブラ城(Castillo de Niebla)で、グスマン城(Castillo de los Guzmanes)とも呼ばれています。この名称は、この城を築いたグスマン家に由来しています。
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お城は市壁と一体化しており、市壁沿いには駐車場があります。そこに車を停め、城のすぐ脇にある街への入口、ソコーロ門(Puerta del Socorro)を目指します。
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ソコーロ門は、市壁に設けられた5つの歴史的な門の中で最も立派な門とされています。この門をくぐり、街の中へ入ります。
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城壁の内側には、白壁の家々が並ぶ静かな路地が続いていました。家々を彩るブーゲンビリアの花も美しく、アンダルシアらしい風景が広がります。ニエブラは人口約4,000人。「ニエブラ」はスペイン語で「霧」を意味し、ローマ時代にはイリパ(Ilipla)と呼ばれていました。
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路地を進むと、ニエブラの町役場(Ayuntamiento de Niebla)が見えてきました。歴史あるサンタ・マリア広場(Plaza Santa María)に面して建つ、3階建ての現代的な庁舎です。
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役場の向かい、広場の南側には目指す教会があります。サンタ・マリア・デ・ラ・グラナダ教会(Iglesia de Santa María de la Granada)は、スペイン最南端に位置する西ゴート時代由来の教会です。
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教会の隣には、ニエブラの文化センター(Casa de la Cultura)があります。こちらで教会の開閉時間を尋ねたところ、まだ10時少し前でしたが、「そろそろ開く頃ですよ」と係りの女性が表まで出て案内してくださいました。そのまま準備中の係の方へ引き継いでいただき、一足早く中を見学することができました。親切な対応に感謝です。
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サンタ・マリア・デ・ラ・グラナダ教会は、町を代表する歴史的建造物です。写真の塔は、モスク時代のミナレットをそのまま利用したもので、レコンキスタ後の13世紀に上部を鐘楼へと改築しました。現在もイスラム時代の面影を色濃く残しています。
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この教会の最大の特徴は、ローマ時代、西ゴート時代、イスラム時代、そしてキリスト教時代という四つの文明の歴史が、一つの建物の中に重なり合って残されていることです。
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この場所は、11世紀のイスラム教モスク時代に礼拝前の信者が手足を水で洗って身を清めた「オレンジの中庭」の遺構であり、ローマや西ゴート時代の遺跡から再利用された大理石の柱が中世イスラム建築の象徴である2連の馬蹄型アーチを支え、サンタ・マリア・デ・ラ・グラナダ教会の歴史の重なりを象徴する大変貴重な場所です。
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オレンジの中庭から礼拝堂へ入る正面入口です。左右に立つ古い大理石の柱の上には、花びらのように波打つ装飾が美しい、イスラム建築特有の「多弁馬蹄形アーチ」が架けられています。かつて礼拝の前に身を清めた信者たちは、この神聖な扉をくぐり、祈りの空間へと足を踏み入れました。
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教会の北祭室は、「神の羊飼いの礼拝堂(Capilla de la Divina Pastora)」と呼ばれています。内部には、16世紀に描かれたオリジナルのフレスコ画が今も残されています。
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中央祭壇です。現在の主祭壇を含む内陣と身廊は、16世紀初頭に行われた大規模な改築によって造られたものです。
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中央祭壇上の天井です。16世紀初頭の大規模な改築により、イスラム時代のアーケードの大部分が取り壊され、この部分は星形交差リブ・ヴォールトを持つゴシック様式の天井へと造り替えられました。
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この教会の洗礼盤は、イスラム時代の噴水の鉢(洗面器)を再利用したものです。10~11世紀にモスクだった時代には、中庭で信者たちが礼拝の前に手足を清めるための水をためる鉢として使われていたと考えられています。1262年に教会へと生まれ変わった際、この鉢はそのまま洗礼盤へと転用されました。
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この石造りの台は、主祭壇の脇に置かれている西ゴート時代(7世紀頃)の遺物です。柱とアーチが並ぶめずらしい意匠が彫られており、現在は聖書を朗読するための説教台として用いられています。
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側壁のブラインドアーチの内側には、イスラム時代の馬蹄形アーチが残されています。
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大きな半円アーチの内側に残る馬蹄形アーチは、この教会が歩んできた歴史の変遷を静かに物語っています。
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また、教会の南壁にはイスラム時代のミフラーブが残されています。これは16世紀の改築で主祭壇が正しい東向きとなるように内陣が造り替えられ、建物の軸が変更されたためです。もともと正面にあったミフラーブは、その結果、南側の壁に取り残される形となりました。
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このチャペルは「サグラリオ礼拝堂(Capilla del Sagrario)」と呼ばれています。かつてこの場所にあったイスラム教のモスクの遺構であるミフラーブ(Mihrab)の馬蹄形アーチと柱がそのまま生かされており、現在はキリスト教の聖体(サグラリオ)を安置する礼拝堂となっています。
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サグラリオ礼拝堂の入口アーチに残る、向かって右側の柱と柱頭です。
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左の柱頭です。
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西ゴート時代(7世紀頃)の司教の椅子(Silla episcopal)が残されています。一つの石をくり抜いて箱形に彫り出したもので、このような古い形式の司教の椅子は非常に珍しいものです。
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床近くに展示されているこの石板は、西ゴート時代(6世紀後半~7世紀初頭)の祭壇板(Tabla de altar visigoda)です。アーチが連なる意匠が美しく彫られています。
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ニエブラの観光を終え、東へ約160km、2時間ほど移動します。目的地まではまだ1時間ほどあるため、途中で見つけたレストランに立ち寄り、昼食を兼ねて休憩することにしました。
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アンダルシア州カディス県のアルゴドナレス(Algodonales)にあるレストラン・カーサ・パコ(Restaurante Casa Paco)。A-384号線(アンテケラ自動車道)沿いに建つロードサイドレストランで、アルゴドナレスの中心部からはかなり離れた場所にあります。
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利用者のレビューを後でTripadvisorの口コミページで確認しましたが、炭火焼肉と手作りの家庭料理が好評で、スタッフはとてもフレンドリーで親切だと評価されており、4.2となかなかの高評価です。1品目はイカのフライ。
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2品目はイベリコ豚の生ハム。適度な塩味とほんのり甘さを感じる旨味のあるハムで美味しかったです。
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最後はエスプレッソで眠気を払い出発です。
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セテニル・デ・ラス・ボデガス(Setenil de las Bodegas)が目的地でしたが、この後道路工事中でGoogleが示していたルートが閉鎖中だったためにさらなる回り道をしなければならいない羽目になりました。
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思わぬタイムロスにより、午後3時、ようやくセテニル・デ・ラス・ボデガスの地下駐車場に到着しました。地下駐車場は街の最も奥まった渓谷部にあります。街の入口付近から平日にもかかわらず路上の駐車スペースはすべて埋まっており、車を停められる場所はありませんでした。そのまま街の奥へ進み、ようやく地下駐車場にたどり着いたのです。
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街を見下ろす岩山の上には、城郭跡と教会が並んで建っています。セテニル・デ・ラス・ボデガスは、この天然の岩山を利用して築かれた城塞都市です。もともとはムーア人の要塞として発展し、レコンキスタの時代にはキリスト教勢力の度重なる攻撃を退けました。
セテニル(Setenil)の名は、「七度陥落しなかった町」に由来するといわれています。レコンキスタの時代、この天然の要害は幾度もの攻撃を退け、七回の包囲にも耐えたという伝承が、その名に残されているのです。しかし、1484年、カトリック両王の軍によってついに攻略され、グラナダ王国への重要な足がかりとなりました。 -
町は、写真下部を流れるトレホ川(Río Trejo)が刻んだ深い谷底にあります。この一帯は複数の川が合流する地形でもあり、巨大な岩壁に囲まれた独特の景観をつくり出しています。
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この独特の地形は、防御に優れていただけでなく、人々の暮らしにも巧みに利用されてきました。町は平地を切り開いて造られたのではなく、渓谷の岩の張り出し(オーバーハング)の下に築かれています。人々は自然の洞窟を拡張し、岩そのものを屋根や壁として利用することで、住居や店舗を造り上げてきました。
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トレホ川に架かる古い石橋(トリアナ橋付近)から、斜面に重なる白い家々を見上げた風景です。家々の壁は、消石灰を水に溶いた漆喰で白く塗られています。強い日差しを反射して室内の暑さを和らげるとともに、殺菌や防虫の効果も期待されてきました。
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セテニル・デ・ラス・ボデガスでは、岩の張り出し(オーバーハング)の下に家々が建ち並びます。自然の洞窟を広げ、岩そのものを屋根や壁として利用する独特の建築様式が、この町ならではの景観を生み出しています。
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お土産店や菓子店が並び、観光客で賑わう人気スポット「クエバス・デ・ラ・ソンブラ(Calle Cuevas de la Sombra/影の洞窟通り)」。巨大な岩の張り出しが天然のトンネルのように通りを覆い、昼間でも直射日光がほとんど差し込みません。その名のとおり、一日を通して影に包まれた幻想的な空間です。
Cafeteria bar sol y sombra 地元の料理
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この町では、目的となる建物を巡るよりも、岩に覆われた路地を気の向くままに歩くこと自体が一番の楽しみです。店先をのぞきながら歩いているだけで、この不思議な景観が旅の思い出として心に残ります。
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こちらは、セテニルで最も有名な「クエバス・デル・ソル(Calle Cuevas del Sol/日向の洞窟通り)」。先ほど訪れた「影の洞窟通り」の対岸にあり、川に向かって開けた明るい通りです。岩に覆われながらも太陽の光がたっぷりと差し込み、対照的な雰囲気を楽しむことができます。
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オーバーハングした岩がつくる日陰は、暑さを和らげるだけでなく、ワインや穀物などの貯蔵にも適していました。セテニル・デ・ラス・ボデガスの「ボデガス(Bodegas)」は、「貯蔵庫」を意味しています。
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トレホ川に架かる「トリアナ橋(Puente de Triana)」のすぐ前にある広場からの眺めです。この広場から地下駐車場までは急な上り坂が続きます。町歩きの締めくくりは、思いのほか体力勝負になりました。
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センテニアルからロンダまでは23kmで、通常なら30分とかからない距離ですが、工事による片側通行規制などもあり、到着まで1時間近くを要しました。ロンダでの宿泊はパラドールです。
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パラドール・デ・ロンダ(Parador de Ronda)は、アンダルシア州マラガ県の絶壁の町として知られるロンダにある、18世紀の旧市庁舎を改装した歴史ある4つ星の国営ホテルです。
とにかく景色が素晴らしい! by クリスさんパラドール デ ロンダ ホテル
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駐車場は本館から少し離れた場所にあるため、チェックインの後に車を移動させます。こちらはチェックイン・カウンターの写真です。
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部屋はモダンな内装のスタンダードルームで、公園側の景色を楽しむことができました。
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ありがたいことに、バスタブ付きの洗面所でした。
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時間がないので早速市内観光に出かけます。
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まずはパラドールの横から眺めたヌエボ橋(Puente Nuevo de Ronda)です。1793年に完成した高さ98メートル、全長約70メートルの石橋で、地元の石灰岩を用いて建設されています。旧市街と、パラドールのある新市街とを結ぶロンダの象徴的な建造物です。
ヌエボ橋/ヌエボ橋解説センター 建造物
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この写真は、ヌエボ橋の上から真下のタホ渓谷を見下ろした景色です。約100メートルに及ぶ断崖絶壁が広がり、奥にはアンダルシア地方の田園風景と雄大な山々が連なっています。
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橋の対岸、旧市街側から眺めたパラドールの風景です
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急いでやって来たのは、ロンダのアラブ風呂(Baños Árabes Yacimiento Arqueológico)です。街の南側、崖下の旧郊外サン・ミゲル地区に位置し、橋からの距離は約500mとありますが、急な下り坂を10分ほどかけて歩きました。
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水曜日は18時で営業が終了するため、残された時間は30分ほどでした。一般料金は一人4.50ユーロで、シニア割引は3ユーロです。
アラブ浴場 建造物
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浴場は13~14世紀のイスラム支配時代に建設されたもので、イベリア半島でも最も保存状態が良い公衆浴場遺跡のひとつとされています。
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半円アーチが整然と並ぶ光景は、どこかロマネスク建築を思わせます。しかし建築史では、これはロマネスクではなく、イスラム建築のアンダルス美術(ナスル朝様式)に分類されます。では、なぜこれほど似て見えるのでしょうか。それは、ロマネスク建築とイスラム建築が、ともに古代ローマから受け継がれた建築技術を土台としているからです。
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当時の職人たちの目線に立てば、「ロマネスク」や「イスラム様式」といった区別は存在しませんでした。こうした様式名は、何世紀も後になってから、歴史家が建築を整理・分類するために付けた名称にすぎません。
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当時の職人たちにとって一番大事だったのは、「どうすれば石の重さに耐え、崩れない天井を造れるか」という技術でした。その答えとなったのが、古代ローマ人が遺した半円アーチや頑丈な石壁などの建築技術です。キリスト教世界もイスラム世界も、その優れた技術を受け継ぎ、それぞれの建築文化へと発展させていきました。
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当時のイベリア半島では、キリスト教国もイスラム教国も、優れた技術を持つ職人を宗教にとらわれず迎え入れることがありました。そのため、建築技術や意匠は国境や宗教を越えて伝わり、それぞれの文化の優れた要素が自然に融合していきます。私は、スペインのロマネスクも、こうした交流の中から育まれた建築だと考えています。イベリア半島の宗教美術の魅力は、まさにこのような文化の継承と融合にあるのです。
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その具体例が、このトンネルヴォールトと星形の天窓です。ヴォールトの曲面は結露した水滴を壁際へ流し、星形の天窓は採光と換気を担うなど、ローマ浴場以来の合理的な建築技術が受け継がれています。
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半円アーチが連なり、石積みのヴォールトが連続する空間は、華やかさよりも構造そのものが前面に出ています。柱は単なる装飾ではなく荷重を受けるために立ち、天井の小さな開口は、光を落とすと同時に湿気を逃がすために穿たれています。
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ロンダのアラブ浴場は、その連続性がそのまま可視化された空間です。時代や宗教の違いを超えながら、石を積み、空間を成立させるという建築の根源的な営みが、ここには静かに残されています。
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タホ渓谷(El Tajo)を流れるグアダレビン川(Río Guadalevín)に架かるプエンテ・デ・ラス・クルティドゥリアス(Puente de las Curtidurías)に到着しました。アラブ浴場のすぐそばの崖上に架かる小さな橋ですが、ここまでの道は急な石段が続き、距離以上に登り応えがあります。
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橋の上から上流側を眺めると、グアダレビン川が長い年月をかけて削り出したタホ渓谷の険しい岩壁が続いています。ロンダの街は、この深い峡谷を利用した天然の要害として発展してきました。
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橋の向こうに見えるパドレ・ヘスス教会(Iglesia de Padre Jesús)は、旧市街のパドレ・ヘスス地区にある、15世紀末から16世紀初頭に建てられた歴史あるカトリック教会です。
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この一帯は、かつて革なめし職人の工房が集まっていた地区でもあり、グアダレビン川の豊富な水は皮革加工に利用されていました。その歴史から、この橋は「プエンテ・デ・ラス・クルティドゥリアス(革なめし職人の橋)」と呼ばれるようになりました。
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革なめし職人の橋から石段を登り、旧市街へ向かいます。途中で振り返ると、切り立った断崖の上に建ち並ぶロンダの街並みが目に入りました。天然の要害ともいえる地形を利用して発展してきたことが、この眺めからもよく分かります。
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さらに坂道を登っていくと、クエンカ庭園(Jardines de Cuenca)に到着します。渓谷の斜面を利用して造られた庭園で、ヌエボ橋を真横から見上げることができるロンダ屈指の展望スポットとして知られています。
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クエンカ庭園から見上げるヌエボ橋。橋の上では多くの観光客が渓谷を見下ろし、その両側には崖ぎりぎりまで建物が立ち並びます。断崖絶壁の上に築かれた街ならではの景観が、ロンダを象徴する風景となっています。
タホ峡谷 山・渓谷
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一度パラドールへ戻り、バーラウンジで休憩することにしました。広々とした落ち着いた空間で、しばらく歩き疲れた体を休めます。
とにかく景色が素晴らしい! by クリスさんパラドール デ ロンダ ホテル
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部屋から眺めたアラメダ・デル・タホ公園(Alameda del Tajo)方面の景色。木々の向こうには、ロンダ闘牛場(Plaza de Toros de Ronda)の姿が見えます。
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再び外へ出て、ロンダの歴史ある土産店をのぞいてみます。店内には闘牛士の帽子「モンテラ」やフラメンコ人形など、スペインらしい土産物が並んでいました。ミリタリー用品が多く見られるのは、近くにスペイン外国人部隊の基地があるためだそうです。
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パラドールの北側に位置するヌエバ通りのレストラン街。ヌエボ橋に近いことから、この名で呼ばれています。通りの両側には数多くのテラス席が並び、夜になると観光客や地元の人々で賑わう活気あるエリアです。いろいろと見て回りましたが、お昼の食事が重かったこともあり、結局この日の夕食はテイクアウトで済ませることにしました。
ホスタル ビルゲン デル ロシオ ホテル
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部屋で夕食を済ませた後、一人でアラメダ・デル・タホ公園の端にあるロンダ展望台(Mirador de Ronda)まで夜の散策に出かけました。こちらは、公園から眺めたパラドールです。
とにかく景色が素晴らしい! by クリスさんパラドール デ ロンダ ホテル
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夕暮れのロンダ闘牛場。1779年から1784年にかけて建造された、美しい闘牛場です。また、ロンダは徒歩の闘牛士が牛と対峙するスタイルを確立した、近代闘牛発祥の地として知られています。
ロンダ闘牛場 スタジアム・スポーツ観戦
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こちらは妻がパラドールのバルコニーから撮影したロンダ展望台(Mirador de Ronda)。夕日を眺めようと多くの人が集まり、一日の終わりを静かに楽しんでいました。
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ロンダ展望台から眺めた夕日。タホ渓谷が生み出した雄大な景観と、長い歴史を刻んできた街並みを胸に、ロンダの旅を締めくくります。
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