2026/05/31 - 2026/06/23
1137位(同エリア17153件中)
マリアンヌさん
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憧れていた美しき薔薇の村、ブルターニュ地方、ロマネスク教会を訪れようと半年前に計画し航空券を予約しました。
昨年はペリゴール地方や南仏を1ヶ月旅行したのですが、ワールドカップサッカーを見るため3週間旅行となりました。
5/31 羽田発22:05 AF279
6/1 シャルル・ド・ゴール着6:00
6/1,2 パリ
6/3 ジェルブロワ
6/4 ルーアン
6/5 ヴール=レ=ロズ
6/6 ルーアン
6/7,8 ブーヴロン=アン=オージュ
6/9 グランビル
6/10,11 ディナン
6/12 レンヌ
6/13,14 ロシュフォール=アン=テール
6/15,16 ロクロナン
6/17 ヴァンヌ
6/18 トゥール
6/19,20ポワチエ
6/21 ナント
6/22 ナント発18:45 AF7507 パリ発23:00 AF274
6/23 羽田着 19:40
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早朝シャルル・ド・ゴール空港に到着。
渡航認証(ETIAS)オンライン事前申請は来年開始のようで、EES(入国審査時にパスポートスタンプの代わりに顔写真と指紋が電子登録される)導入とのこと。
早朝だったせいか、思いの外スムーズに入国審査を通過、指紋取らなかったなぁ。
そして久しぶりのパリ、Navigo Easyの購入方法をチェックしてきた。
券売機でモタモタしていたら駅員さんが、カードとRER B線片道切符の購入を手伝ってくれた。
フランス パリ 交通手段完全ガイド|海外旅行のSTW https://share.google/giyW0XqdLPxq4VbnO -
30分ほどでGare du Nord駅に到着。
地下の通路を歩いていて2日後の列車のチェックをしようかなと電工掲示をみたら、国際列車も発車する大きな駅らしくHall5まであり、すぐには確認出来なかった。
出発当日早めに来て確認すればいいやと地上に出ようとしたのだけどわかりやすい表示がなくて尋ねてしまった。
Sortieから改札を出たのだけど外に出るまで3回ほど改札にタッチ(数度カードを改札にタッチするイメージがなかった)やっと地上に出た。 -
Googleマップで徒歩15分荷物を曳いた。デコラティブな建物が。
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サン=ヴァンサン=ド=ポール教会の前を通り、グーグル先生の言う通り進んだらホテルまで20kgの荷物を持って階段を下がることに。
後でチェックしたら下の道から駅まで行けることがわかったのだけど。 -
パリのお宿。Hôtel du Pré 2泊お世話になった。
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2日後に北駅から移動するので駅から徒歩圏のこのホテルをチョイス。
コンパクトで使いやすく、レセプションのおじさまも感じが良かった。
荷物を預けてトイレを借りて、早速観光へ。 -
パリは5回目なのだけど、なんと最後に来たのは25年前。
Navigo Easyにパリ滞在時分の地下鉄利用分をチャージしようとしたが、機械が不良で窓口に行きチャージしてもらった。
そしてカードをタッチしても扉が開かず?強く押して!ということで入れた。 -
Poissonnière駅からメトロ7番線でPont Neuf駅へ。
Pont Neufは、修復中なのか?覆われていた。 -
シテ島へ。
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ここにもデコラティブな建物。
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シャンジュ橋を渡ってシテ島へ。
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コンシェルジュリーの建物の壁にあるパリで最古の壁時計だそう。
1585年にアンリ3世によって時計が取り替えられ、幾度の修復作業を経て今に至るとのこと。 -
サント・シャペルにやって来たのだけど、予約はしてなくて教会に入れるまで1時間半並んだ。一人だったら諦めて次に行ってしまったが、たまたまトリノ在住の日本人親子と遭遇、お喋りをしていたら待ち時間が苦にならなかった。
トリノ近郊の街や小さな村の話で盛り上がった。
入場料22ユーロ。 -
1248年フランス王ルイ9世(聖王)によって建てられた。 彼は十字軍の遠征で手に入れた「キリストの茨の冠」などの聖遺物を安置するために、この礼拝堂を設計させたのだそう。
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1階の礼拝堂。お土産屋さんが並んでいた。
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聖ルイは、遺物を盗み出したのではなく、1239年、コンスタンティノープルのラテン帝国皇帝ボルドワン2世に35,000リーブルもの大金を支払って、キリスト受難の貴重な聖遺物である荊冠を購入した。 1241年には、聖十字架のかけら、聖血や墓石などの聖遺物も聖ルイのコレクションに加えられたのだそう。
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階段を上がり2階へ。輝くばかりのステンドグラスの世界。
満員状態でした。
サント・シャペルは礼拝堂というだけでなく、王の信仰心を表す「宗教的な宝物庫」であり、またフランス王権の正統性を示す「政治的象徴」でもあったそう。
建築としても美術としても、フランス・ゴシック様式の最高傑作のひとつとされているそう。 -
聖王ルイ9世について以下HPから。
<幼い王の戴冠式>
「1214年4月25日生まれの彼は、わずか12歳で王位に就いた。1226年11月29日、ランス大聖堂で彼の戴冠式を執り行った。権威主義的な性格の母のブランシュ・ド・カスティーリャは、幼い国王に厳格な宗教教育を施した。」 -
<王と法律>
「彼の王国では、執行官や警視がフランス中を巡回し、王令を執行していた。1245年の「国王の検疫」として知られる法令は、私的な戦争を制限するために40日間の休戦を定めた。
1254年、第七回十字軍遠征中にエジプトで捕虜となった後、フランスに帰国した彼は、悔い改めの精神で自らの生活と王国を改革した。彼は「大勅令」を制定し、その中で、とりわけ、王室の役人に対し、差別なく司法を執行すること、自身や家族への贈り物を一切受け取らないこと、裁判なしに罰金を科さないこと、そして無罪推定の原則を確立することを命じた。 -
道徳規範が確立され、冒涜、売春、賭博、賭け事、サイコロ賭博、利子付き貸付が禁止された。神明裁判は廃止され、理性的な証言または証人尋問に置き換えられた。女性はもはや夫の罪のために罰せられることはなくなった。」
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光に包まれて崇高な雰囲気。
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<建設王>
「国王は建築家でもあり、国王が私たちに遺した数々の建造物の中でも、軍事面では、アンジェの要塞とエグ・モルトの要塞は国王の功績であり、聖ルイは1248年8月にそこから第7回十字軍に出発した。
市民建築においては、カンズ=ヴァンの施療院が設立され、オテル・デュー病院が修復された。宗教建築においては、ロワヨーモン修道院が設立された。 -
1239年、国王がコンスタンティノープル皇帝ボードゥアン2世から聖なる茨の冠を受け取った際、彼はこの聖遺物にふさわしい場所、すなわち「壮大な聖遺物箱」を要求した。それがサント・シャペルである。
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フランス革命期には多くの教会や修道院が破壊されたように、サント=シャペルも被害を受けました。
聖遺物の多くは失われ、尖塔や装飾の一部も破壊されてしまいました。
しかし19世紀、建築家ラッサスらによって丁寧な修復が行われ、現在のような姿が取り戻されました。」 -
<聖なる王>
「国王は1270年に第8回十字軍を開始した。十字軍はエグ・モルトを出発し、サルデーニャ島に立ち寄った。彼らはチュニスに到着し、都市を包囲した。国王は8月25日に56歳で死去したが、死因はおそらくペストか赤痢に似た病気だった。
新国王フィリップ3世は、父ルイ9世の遺体をフランスに送還することを望んだ。1271年5月21日、ルイ9世の棺はパリのノートルダム大聖堂に安置され、翌日、サン=ドニ大聖堂で葬儀が執り行われた。
生前から聖人として崇敬されていたルイ9世は、死後すぐに側近や臣民から敬愛されるようになった。国王の死後27年、教皇ボニファティウス8世は列聖手続きを完了させ、ルイ9世は聖ルイとなった。彼は列聖された唯一のフランス国王である。 -
1306年、フィリップ4世(美男王)は、聖ルイの頭蓋骨のために、金、エナメル、宝石を用いた豪華な聖遺物箱を、金細工師のギヨーム・ジュリアンに依頼した。この聖遺物箱は、すでにキリストの受難に関する22の聖遺物で満たされていたサント・シャペルの豪華な宝物庫に加わった。」
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<王室に奉仕する象徴的な物語>HPから。
「13世紀に作られた15枚のステンドグラスは、王室を暗示するエナメル装飾が施された物語パネルで構成されています。戴冠式の場面が数多く描かれ、背景や縁にはフルール・ド・リスやカスティーリャの城が点在し、キリストの冠を被ったルイ9世の姿、戦闘や偶像崇拝の場面などが描かれており、サント・シャペルの献堂後、国王が十字軍に出発する際に抱いていた使命を想起させます。 -
13世紀の信者たちが、これから目にするすべての絵をじっくりと鑑賞していたとは考えないでください。ですから、サント・シャペルにある数々の歴史的場面に圧倒される必要はありません。
ステンドグラスは必ずしも読むためのものではなく、見るためのものなのです。この記念碑に光を取り込むために! 」 -
<黙示録の薔薇窓>
「幅9メートルのその空間は、炎のような形をした石の塊へとあなたを誘い込む。それは特に複雑で、15世紀の華麗なゴシック様式を特徴づけている。
現在のバラ窓は黙示録を題材としています。これは1485年頃、カール8世の治世中に再建されました。実際、左下隅のメダリオンの一つには、カール8世の王冠を戴いた「K」の文字が見られます。これは、同じテーマを扱っていた13世紀の元のバラ窓に取って代わるものでした。15世紀の建築家たちは、当時の流行であったフランボワイヤン様式で作品を制作することを選びました。 -
お気づきかと思いますが、主要な色彩は変化しています。周囲のステンドグラスに見られるような青と赤ではなく、黄色と緑が主流となっています。14世紀以降、ガラスを着色する金属酸化物である銀染料が体系的に使用されるようになったことで、ステンドグラスの芸術は革命的な変化を遂げました。
このバラ窓は非常に保存状態が良く、87枚のパネルのうち、19世紀に修復されたのはわずか9枚だけである。
黙示録の薔薇は、特にキリスト教徒にとって、キリストの栄光ある再臨と、彼の王国、すなわち天上のエルサレムの到来を証しするものである。
黙示録を構成する無数の象徴の中で、特に注目すべきは、玉座に座り剣で口を貫かれたキリストの姿である。キリストの足元には預言者聖ヨハネがおり、キリストは彼に「この時代の神聖な意味と、神の民が間もなく救われること」を啓示している。
円形の開口部の下部には、黙示録に登場する4人の恐ろしい騎士のうち2人が描かれている。左側には、竜の口から現れる白い騎士(死)が、右側には、天秤を持つ騎士(飢饉)が描かれている。 」 -
<サント・シャペル、実に興味深い物語>
「サント・シャペルのステンドグラスには1113もの場面が描かれている。数々の聖書の一節が、まるで巨大な中世の漫画のように描かれている。北側の創世記から始まり、西側の黙示録を描いたバラ窓で終わる。
サント・シャペルの北側と南側のファサードは、「歴史のサイクル」を形成しています。そこには旧約聖書の主要人物が描かれており、北側にはアダムとイブ、ノア、アブラハム、モーセ、イスラエルの王たち、そしてヨシュアが、南側にはユディト、ヨブ、エステル、そしてダビデが描かれています。そして、この南側の最後の窓には、王自身が描かれており、こうして王は聖書の長い系図の中に位置づけられています。彼は民と神との間の、ふさわしい仲介者なのです。 -
聖歌隊席のステンドグラスには、預言のサイクルが描かれている。ダニエル、洗礼者ヨハネ、エゼキエル、イエス、イザヤが中央の窓を取り囲み、その窓にはキリストの受難が描かれている。そこでは、キリストの逮捕からペンテコステまでの苦しみが表現されている。」
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昨年、カルカソンヌの城壁内にあるBasilique Saint Nazaireのステンドグラスも素晴らしかったが、比べてサント・シャペルは小さめの礼拝堂に隙間無くステンドグラスが施されているように思う。
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床の美しいタイル。
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1時間半並んで待って入った価値はあったかな。
ちょっと人が多過ぎなのはしかたないけど。 -
ガーゴイルが見えた。
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パレ・ド・ジュスティス、市裁判所。
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すぐ近くなのでノートルダム大聖堂に行ってみたけど、ものすごい行列。
昔、堂内に入ったことあるし、次の目的地に行きましょ。 -
ポルタイユだけでも写真を撮っておこう。
中央『最後の審判のタンパン』大聖堂の中で最も有名なタンパン。
キリストが世界の終わりに再臨し、魂の善悪を裁く様子が3層にわたり緻密に彫刻されています。キリストの足元では天使が死者を蘇らせ、大天使ミカエルが魂の重さを量り、天国と地獄へ振り分ける場面が表現されている。 -
向かって右『聖アンナのタンパン』聖母マリアの母である聖アンナに捧げられた扉口。マリアの生涯やキリストの降誕、そして聖アンナの物語が描かれている。
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向かって左『聖母戴冠のタンパン』聖母マリアの生涯や、天国でキリストによって聖母マリアが天の女王として戴冠される場面が描かれている。
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メトロ4番でCité駅からStrasbourg - Saint-Denisへ。9番に乗り換えてTrocadéro駅へ。
アール・ヌーボーなシテ駅がいいね。 -
ずっと来てみたかった「シテ建築遺産博物館」。
ネットでチケット購入したもののQRコード連絡メールが受信出来ず、HPのアカウントからチケット購入画面を示してGoogle翻訳で説明、無事に入館。
入場料13ユーロ。
古い歴史を引き継いだ建築遺産専門のミュージアムとして設立され、中世の修道院・教会建築のレプリカが展示されている。
1937年の万博の時に建設されたシャイヨー宮に入っている。 -
館内のキャプションより。
<モワサック(タルン=エ=ガロンヌ県)サン=ピエール修道院教会ポータル>
「 1120年~1130年
最後の審判におけるキリストの出現
このポータルは、ラングドック・ロマネスク美術の頂点を極めた作品です。側壁のレリーフ―キリストの幼少期と金持ちのたとえ話―は、黙示録の幻視を補完し、ティンパヌムに記されたヨハネによる福音書のテキストを尊重しています。彫刻家は、福音書記者と24人の長老の象徴に囲まれたキリストを描きました。バラ模様で飾られたラントー(まぐさ石)は、雌ライオンをあしらったトルモー(中央柱)によって支えられています。片側に預言者イザヤとエレミヤ、もう片側に使徒ペテロとパウロが描かれた2枚の扉は、旧約聖書と新約聖書の律法の融合を象徴しています。」 -
昨年、この素晴らしきロマネスク修道院教会を訪れることが出来た。
モワサックのフランスで最大かつ最古の美しきロマネスク回廊は素晴らしかった。
https://4travel.jp/travelogue/11990893 -
<スイヤック(ロット県)サント・マリー修道院教会 西側正面裏側の高浮彫>
預言者イザヤ。スイヤックの傑作と言われている。
民族の罪に対する神の裁きと、将来の救い(メシア預言)が語られる。
スイヤックも昨年、訪れることが出来た。
https://4travel.jp/travelogue/11991625 -
サント・マリー教会の正面裏側に設置されたこの彫刻された銘板には、中世に非常に人気があったテーマである<テオフィロスの奇跡>が描かれている。
名誉ある地位と引き換えに悪魔に魂を売ったテオフィロスは、悔い改め、聖母マリアに祈りを捧げる。すると、三人の天使に囲まれた聖母マリアが雲の中から現れ、署名済みの契約書を彼に返す。聖ペテロと無名の修道院長が場面を囲んでいるという内容。
写真は右の側柱。トゥルモー(中柱)だったよう。
独創的な解釈が数多く生み出されてきたが、最も有力と思われる解釈の一つが「罪、罪の結果」とのこと。 -
<オータン(ソーヌ=エ=ロワール県、サン・ラザール大聖堂)側廊のラントー(まぐさ石(解体済み)>
イヴの誘惑。 1125年頃~1135年頃。
一枚の石から彫り出されたこの高浮彫は、1866年に再利用されていた家屋の解体中に発掘されました。イヴの像は、1766年に聖職者の主導で解体された側廊のまぐさを飾っていました。アダムの像も添えられていましたが、現在は失われています。中世において珍しい裸体像であるイヴの身体は、台座の枠に完璧に調和しています。これは、ロマネスク美術の特徴の一つである、彫刻と台座の完璧な調和を示しています。
東方三博士の夢。夢の中で三博士にキリストの誕生を告げる天使が描かれています。
天使の右手は三博士のうちの一人に触れて起こし、左手は彼らを導く星を示しています。
オータンに行ってみたいなぁ。 -
エジプトへの逃避。
キリスト降誕の場面の一部で、ベッドに横たわる聖母マリアと桶の中で洗礼を受ける幼子イエスが描かれています。 -
<オータン(ソーヌ=エ=ロワール県)サン=ラザール大聖堂 西側正面入口のティンパヌム>
最後の審判。1132年
審判者キリストの右側には、聖ペテロに迎えられた選ばれた者たちが取り囲んでいます。左側には、悪魔たちと対峙する聖ミカエルが、罪人たちの魂を量っています。両端には、黙示録の天使たちが最後の審判の時を告げています。
大聖堂の装飾の大部分も手掛けたとされる彫刻家の名前は、まぐさ石の上部帯に刻まれています。1766年に覆い隠され、彫刻が取り外されたティンパヌムは、1837年に漆喰の下から再発見されました。1948年に再発見されたキリストの頭部が再設置されたことで、翌年には型が完成しました。 -
<シャルリュー(ロワール県)サン・フォルトゥナ修道院教会>
西正面ナルテックスの門。
サン・フォルトゥナ教会はフランス革命中に一部が破壊されました。北側門の彫刻群は、終末のキリスト像と変容、カナの婚礼の場面を組み合わせたものです。
この門の印象は、フランス芸術家協会の会員であった彫刻家フランソワ・エティエンヌ・カプティエによって記録され、彼は1886年に比較彫刻博物館にその重要性を報告しました。10年後に行われた調査では、この建造物に多色装飾の痕跡が発見されました。 -
栄光のキリスト(マンドルラの中のキリスト)によるキリストの昇天が描かれている。
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ティンパヌムを拡大して。
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最後の晩餐。
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拡大して。
この修道会はクリュニー会に属しており、彫刻は中世ロマネスク様式の傑作として知られている。 -
<アヴァロン(ヨンヌ県)サン・ラザール教会>
1 - 西正面南側入口:キリストの幼少期と受難、東方三博士の礼拝の場面
2 - 西正面中央入口右側の柱状彫像:預言者 -
南側入口(1)のティンパヌムは、植物モチーフで装飾されたアーチヴォールトの帯状装飾で囲まれ、東方三博士の礼拝とヘロデ王への訪問が描かれています。
まぐさ石には、キリストの復活と地獄降下がテーマとして描かれています。 -
革命中に損傷を受けた後、教会会議の命令により1833年から1835年頃に大規模な修復が行われました。以前は、人型柱が入口を飾っており、ゴシック時代の柱状彫像の入口を予見させるものでした。
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<オータン(ソーヌ=エ=ロワール県)サン=ラザール大聖堂>
身廊の柱頭。
キリストの二度目の誘惑。
マグダラのマリアへの出現(私に触れるな)。 -
2本の柳に守られた聖ヴァンサンの遺体。
聖ステファノの石打ち。
ライオンの穴の中のダニエル。 -
<ヌイイ=アン=ドンジョン(アティエ県)聖マグダラのマリア教会>
西側入口のティンパヌム:東方三博士の礼拝。
このティンパヌムは、ソーヌ=エ=ロワール県内の他のいくつかの建築物にもその様式が見られる彫刻家の作品で、東方三博士の礼拝を描いています。
三博士は、二体の翼を持つ怪物を打ち負かす聖母マリアの膝の上に座るキリストの前にひざまずいています。
まぐさには、アダムとイブの誘惑と最後の晩餐の場面が描かれています。使徒たちは食卓に着席し、教会の守護聖人であるマグダラのマリアは、キリストの足に香油を塗るためにひざまずいています。 -
<モンソー・レトワール(ソーヌ=エ=ロワール県)聖ペテロ・聖パウロ教会>
西正面入口。 1125年。
この入口のティンパヌムにはキリストの昇天が描かれています。
二人の天使に支えられたマンドルラの中に描かれたキリストは、使徒たちと聖母マリアの上に昇天しています。
聖ペテロは、天と地を表す二つの大きな鍵を持っていることで識別できます。石積みの不規則性から、柱頭とティンパヌムは互いに調和するように設計されたものではなく、おそらく異なる工房で制作されたものと考えられます。例えば、左側の柱頭のアバカスは、使徒の頭部を収めるために改造されています。 -
<ドンジー(ニエーヴル県)ノートルダム・デュ・プレ教会>
西正面入口のティンパヌム:威厳ある聖母
天上のエルサレムを象徴する建築的な天蓋の下、威厳ある聖母は、片側に香炉を持つ天使、もう片側に預言者(おそらくイザヤ)に挟まれています。オリジナルでは、預言者の肩の高さと、天使が持つ香炉の鎖から伸びる滑らかな部分に金属製の装飾が施されていた可能性があります。瞳や二重線で描かれたまぶたなど、細部から一人の彫刻家の手によるものであることがうかがえます。 -
<ヴェズレー(ヨネル聖マドレーヌ大聖堂西正面ナルテックス中央入口)>1125年
聖マドレーヌ大聖堂は、プロスペル・メリメとウジェーヌ・ヴィオレ・ル・デュクの尽力により、荒廃から救われました。1840年に着工されたこのプロジェクトは、建築家メリメの初期作品の一つです。
ヴェズレーも行ってみたいなぁ。 -
ティンパヌムは12世紀のキリスト教世界の認識を反映しています。
地上の人々は、聖霊降臨祭以来福音宣教の使命を託された使徒たちに加わります。
人間と混じり合う異形の種族は、居住地の辺境にある未知の世界、あらゆる空想の地を想起させます。 -
<クリュニー (ソーヌ エ ロワール) サン ピエール サン ポール修道院教会>
聖歌隊の柱頭。
聖歌隊の柱頭。グレゴリオ聖歌
一番下は不明。 -
<ラ・シャリテ=シュル=ロワール(ニエーヴル県)聖母と聖十字架修道院教会>
12世紀半ば
入口のティンパヌム。
クリュニー修道会におけるラ・シャリテ=シュル=ロワール修道院の権威は、13世紀に「クリュニーの長女」という称号を正当化するものでした。
ヴィクトル・ユーゴーは『破壊者との戦い』(1825年)の中で、その荒廃ぶりを世間に訴えました。「その巨大な壁と豊かな建築様式は、ヨーロッパで最も有名な大聖堂に匹敵するはずだったが、半分廃墟と化し、石一つ一つが崩れ落ちている。」
1835年、メリメはこの変容を描いたティンパヌムを南翼廊に移設しました。
1840年に教会が歴史的建造物に指定されたことで、その遺構は取り壊しから守られました。 -
<ベルゼ=ラ=ヴィル(ソーヌ=エ=ロワール県) かつての修道院の礼拝堂、「修道士の礼拝堂」として知られる>11世紀後半
アプシス(後陣)。 -
律法の授与、聖ブラシウスの殉教、聖ラウレンティウスの殉教、聖人たち(12世紀初頭)
同時代のイタリアの教会で頻繁に描かれた「律法の授与」、すなわち聖ペトロへの律法授与の主題が、クリュニー修道院に属するこのベネディクト会礼拝堂の後陣ヴォールトを飾っている。
威厳あるキリストは使徒たちに囲まれ、聖パウロと聖ペトロがそれぞれ右と左に立っている。後陣の左右のアーチには、鉄格子の上で生きたまま焼かれた聖ラウレンティウスと、斬首された聖ブラシウスの殉教が描かれている。この二人の聖人は、クリュニー修道院のすぐ近くにあるベルゼ村の守護聖人です。 -
アーチ下には、サン・ブレーズの殉教場面として投獄され断頭されるシーン。
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ローマ皇帝の命令により鉄板の上で焼かれて殉教したとされる聖ローラン(聖ラウレンティウス)の殉教の場面。
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ヴェズレーの柱頭。神秘の粉挽き。旧約聖書の預言者モーゼが挽き臼に穀物を入れ、 新約聖書の聖パウロがそれを受け取っている場面。
クリュニーの柱頭。イサクの犠牲。
クリュニーの柱頭。アダムとイヴの堕落。 -
かなり多くのレプリカが収蔵されている。
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<ルーアン(セーヌ=マリティーム県)ノートルダム大聖堂 西正面北側入口>
12世紀末~13世紀初頭。
聖ヨハネの入口。 -
この入口は、12世紀末の建設初期段階から洗礼者ヨハネに捧げられており、基部に描かれた聖人の生涯を描いた場面がそれを物語っています。
同時期に制作された側柱と銃眼も、初期ゴシック様式の特徴を示しています。
一方、ティンパヌムは1240年に設置されました。
下部には、パリのノートルダム大聖堂西正面の「最後の審判」入口と様式的に類似した「サロメの踊り」と「洗礼者ヨハネの斬首」が描かれています。
ティンパヌム上部にはキリストの埋葬が彫刻されています。 -
<ランス(マルヌ県)ノートルダム大聖堂>
西正面北側入口の銃眼にある像。
微笑む天使像。
非常にきめの細かいシャンパーニュ産石灰岩から彫られたこの像は、その優美さと微笑みの繊細さで知られています。
1914年9月19日の大聖堂火災で首が切断されたこの像は、ドイツ軍の爆撃下におけるフランスの文化遺産の象徴として報道機関によって取り上げられました。
頭部は、フランス文化財博物館が保管していた型をもとに復元されました。
この微笑む天使は有名だよね。 -
これもランス(マルヌ県)ノートルダム大聖堂。
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<アミアン(ソンム県)ノートルダム大聖堂>
西正面北側入口の彫像:天使。 -
<パリ ノートルダム大聖堂>1260年頃
南翼廊入口のレリーフ。
これら2つの鋳造品の原型は、聖ステファノの生涯を記念して南側入口正面の2つの控え壁の基部を飾る8つのレリーフ群の一部です。
殉教した聖ステファノに直接関係するわけではありませんが、四つ葉模様に描かれた場面は、司教の司法権を表しています。
しなやかな体つきと細身の手足、そして角張った動きを持つ人物像は、アーチと四つ葉模様の角の間に配置されています。 -
レプリカとはいえ、ロマネスク三昧の至福の時間。
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こちらはゴシックな感じ。
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ゴシックはササッと見学。
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<エクス=アン=プロヴァンス(ブーシュ=デュ=ローヌ県)
サン=ソヴール大聖堂> 16世紀初頭
西正面入口。
1513年に完成した入口の頂部には、聖母子像が玉座に鎮座している。
扉には、現在隠されているものの、12人のシビュラと4人の預言者が描かれている。それぞれがキリストの到来を告げる巻物を持っている。キリスト教世界に取り入れられた古代の予言者と旧約聖書の人物像の結びつきは、歴史におけるキリストの救世主としての役割を確固たるものにしようとする意図を反映している。
1887年、片方の扉のみを型取りすることが承認された。しかし、型取り前に木材を洗浄すると色が変わる恐れがあったため、1890年に両方の扉を型取りすることに決定した。
昨年、訪れたなぁ。
https://4travel.jp/travelogue/11999976 -
<シャルトル(ウール=エ=ロワール県)ノートルダム大聖堂>
南翼廊中央入口のティンパヌム。
最後の審判。
聖母マリア、聖ヨハネ、そして受難の道具を携えた六人の天使に囲まれた審判者キリストの視線の下、聖ミカエルが魂の秤量を行い、選ばれた者と罪に定められた者を分ける。ティンパヌムと楣石に描かれた最後の審判の描写は、装飾のないアーチボルトへと続き、死者の復活が描かれている。 -
<シャルトル(ウール=エ=ロワール県)ノートルダム大聖堂>1145年
西正面中央入口、通称「王の入口」。
この入口は、サン=ドニ大聖堂とシャルトル大聖堂で同時期に現れた初期ゴシック美術の特徴を示しています。ティンパヌムとまぐさは黙示録の伝統的なテーマに基づいて構成されていますが、アーキボルトは革新的なデザインを採用しています。
黙示録の長老たちはアーキボルトの帯状装飾に沿って配置され、柱の側柱を背景に、柱像が支柱から解き放たれたかのように見えます。
この自立への探求は、ゴシック彫刻の自然主義的な発展を予見させるものです。
1880年の時点ではティンパヌムと数体の像のみが鋳造されていましたが、1934年の入口修復によって、美術館所蔵の鋳造が完成しました。
シャルトルは若い頃に行ったのだけど、シャルトルブルーのバラ窓が印象的だったくらいで、フィルムカメラの時代で映像もたいして残っていない。 -
<オーネー=ド=サントージュ(シャラント=マリティーム県)聖ペテロ教会>
12世紀半ば
南翼廊入口。
ティンパヌムを欠き、4つの彫刻が施されたアーキボルトで構成されたこの入口は、フランス西部美術を代表するものです。 -
最初のアーキボルトには、絡み合う模様の中にグリフィンが配置されています。
2番目と3番目のアーキボルトには、それぞれ黙示録の長老、使徒、預言者が飾られています。
最後のアーキボルトには、動物寓話集が展開されています。この鋳造は、ポール・アバディ(1855~1859年)とアルベール・バルー(1909~1911年)による修復工事の間に行われました。 -
後陣窓。
オルネー教会は、サンチャゴ・デ・コンポステーラの巡礼路の一部だそう。 -
拡大して。
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<サント(シャラント=マリティーム県)サント=マリー修道院教会>11世紀頃
西正面入口。 -
サント=マリー修道院教会の入口は、イスラム美術の影響を受けた精緻な彫刻が施されたアーチヴォールトで囲まれています。入口上部には、6人の天使に囲まれた神の手が信者たちを祝福しています。
2段目のアーチヴォールトには、福音書記者たちの象徴の間に、キリストの犠牲を想起させる子羊と十字架が描かれています。 -
3段目のアーチヴォールトは幼児虐殺を題材とし、処刑人、母親、子供たちが描かれています。最上部の大きなアーチヴォールトには、楽器を奏でる黙示録の長老たちが描かれています。
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<コンク(アヴェロン県)サント・フォヴ修道院教会>1125年頃~1135年頃
西側正面入口のティンパヌム:最後の審判。
このティンパヌムは、オリジナルが黄土色の石灰岩でできており、ロマネスク様式において初めて「最後の審判」を主題としています。天に向かって掲げられたキリストの腕は、選ばれた者たちの約束を象徴し、地獄を指し示すもう一方の腕は、罪人たちの断罪を表しています。無数の地獄の刑罰は、信者たちに恐怖と悔い改めを促すことを意図しています。
コンクは昨年2度めの来訪だった。
https://4travel.jp/travelogue/11991750 -
<ボーリュー=シュル=ドルドーニュ(コレーズ県)サン=ピエール修道院教会>
ティンパヌム。
キリストの再臨は、終末におけるキリストの勝利の帰還を象徴しています。両腕を広げたキリストは使徒たちに囲まれています。二人の天使がラッパを吹き鳴らし、死者を蘇らせ、最後の審判の到来を告げています。
怪物たちは、キリストが悪の勢力に勝利したことを想起させます。
過渡期の作品であるこのティンパヌムは、苦しみを経験する神の姿を予兆しています。1883年には既に構想されていましたが、ティンパヌムが鋳造されたのは、建物の修復工事後の1957年のことでした。 -
<カレナック(ロット県)聖ペテロ教会>
西正面入口:使徒たちに囲まれた威厳あるキリスト。
ティンパヌムには、終末の時代に人類を裁くために凱旋するキリストの姿が描かれています。キリストは四福音書記者の象徴である鷲(ヨハネ)、雄牛(ルカ)、獅子(マルコ)、そして翼のある人(マタイ)に囲まれています。
両脇には使徒たちが二人ずつ座り、語り合っています。ビーズのリボンで作られた二重のギリシャ雷文模様が、9匹の馴染み深い動物を囲んでいます。
銘文には「石工ギルベールがこの入口を作った」と記されています。
長方形のパネルで構成されたこの構図は、1140年から1150年頃に彫刻されたカオールのサン=テティエンヌ大聖堂のティンパヌムとよく似ています。
こちらも昨年訪れることが出来た。
https://4travel.jp/travelogue/11991750 -
窓からエッフェル塔が見えた。
ちなみに5度目のパリだけど登ったことはない。 -
アンヴァリッドも見えた。
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2階には壁画のレプリカもたくさん展示されていた。
キャプション撮り忘れたのだけどAIによると。
12世紀のロマネスク様式のフレスコ画である可能性が高く「受胎告知」の場面が描かれています。フランスのラヴォデュー修道院(Abbaye de Lavaudieu)にあるサン・アンドレ礼拝堂の壁画ではないかとのこと。 -
こちらは昨年、実物を見たなぁ。
フランス・アヴィニョンの教皇庁にある「鹿の間」を描いた、14世紀のフレスコ画です。この作品は「鷹狩りをする貴族」と呼ばれ、マッテオ・ジョヴァネッティによって制作された可能性があります。教皇クレメンス6世の書斎だった場所の壁を飾る、当時の生活様式を伝える貴重な壁画です。 -
<ル=ピュイ=アン=ヴレー(オート=ロワール県)ノートルダム大聖堂北翼廊>
11世紀後半
聖アンドリュー礼拝堂。
アレクサンドリアの聖カタリナの殉教 [11世紀前半]
10世紀頃、キリストとの神秘的な交わりを理由に皇帝マクシミヌスとの結婚を拒否し殉教した聖女の伝説がヨーロッパ中に広まった。聖女は、歯のついた刃がびっしりと並んだ車輪の中に立っている姿で描かれている。拷問器具の両側には、聖女がキリスト教に改宗させた50人の哲学者殉教者の遺体が横たわっている。 -
玉座に座る聖母マリアと彼の女に向かう天使や使徒たち。
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カオール大聖堂ののクーポラ。聖ステファノの石打ち刑が描かれているそう。
下のは不明。 -
<サン=サヴァン=シュル=ガルタンプ(ヴィエンヌ県)旧サン=サヴァン修道院教会、聖歌隊席円形部分>
向かい合う野生動物で装飾された柱頭。
聖歌隊席円形部分にあるこの柱頭の型は、おそらく1940年代にサン=サヴァン修道院教会の天井フレスコ画を模写した際に作られたものと思われます。サン=サヴァンの彫刻装飾の特徴である、簡素で飾り気のない様式をよく表しているこの柱頭は、元々は彩色されていました。
幸いにして旅の終盤、実物を見ることが出来た。 -
<ブリネー(サン=テニャン教会)>11世紀初頭
聖歌隊席、南壁。
カナの婚礼、荒野でのキリストの誘惑、天使に仕えられるキリスト [12世紀中頃]
上段には、イエス・キリストの最も有名な奇跡の一つであるカナの婚礼が描かれています。聖母マリアの願いにより、ワインが尽きた時、キリストは6つの水がめを6つのワインに変えました。下段には、荒野でのキリストの誘惑が描かれています。サタンに誘惑されたばかりのキリストに、天から来た二人の天使が仕えています。 -
拡大して。荒野でのキリストの誘惑。
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カナの婚礼。
下は不明。 -
<オセール(ヨネル大聖堂、サン=テティエンヌ地下聖堂、礼拝堂のヴォールト)>
「騎馬キリスト」(12世紀初頭)
「栄光のキリスト」(13世紀)
極めて珍しい主題であるこの「騎馬キリスト」は、フランスでは他に類を見ない作品です。十字架の四隅には、翼を広げた四人の天使が白い馬に乗って立っています。
このキリスト像は、ヨハネの黙示録(黙示録19:11-13-14)の記述と関連しています。「それから私は天が開かれるのを見た。見よ、白い馬がいた。それに乗っている方は、忠実で真実な方と呼ばれている。中略。その衣は血に染まっていた。天の軍勢は、白く白い亜麻布の衣を着て、白い馬に乗って、その方に従っていた。」 -
<サン・シェフ(旧サン・テュデール修道院教会、1793年に一部破壊)上部礼拝堂、北翼廊 > 12世紀初頭
天上の宮廷。
ヨハネの黙示録の幻視から着想を得た天上の宮廷の描写は、修道生活の大部分を聖歌と祈りに捧げていたベネディクト会修道士のために意図されたものでした。
天井のヴォールトに描かれた天上のエルサレムから、他の装飾が着想を得ています。後陣には福音書記者と大天使、西壁には族長、教会博士、殉教者、南壁には十二預言者と十二使徒、右壁には聖人たちが描かれています。 -
四国の大塚国際美術館も似たような感じでかなり多くの陶板絵が再現されていた。
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フランスのノアン=ヴィックにあるサン・マルタン聖堂のロマネスク様式の壁画を再現したもの。
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荘厳のキリスト。
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最後の晩餐。
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<タヴァン(アンドル=エ=ロワール県)聖ニコラ教会>11世紀末(12世紀前半)
地下聖堂壁画。
この作品の独自性は、人物の生き生きとした表情と躍動感に表れています。
まるで無名の画家が、自らの作品のスケッチを私たちに見せているかのようで、軽やかで自然なポーズが人物の身体に宿っています。 -
描かれた場面の中には、カインとアベルがそれぞれ犠牲を捧げる場面、アダムとイブの労苦、ハープを奏でるダビデなど、今でもはっきりと判別できるものがあります。
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なかなかプリミティブな感じ。
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フランスのアンジェ(Angers)にあるサン=ドーバン修道院(Abbaye Saint-Aubin)の回廊(Cloister)に遺された、12世紀のロマネスク様式のアーケード(連弧)です。
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フランス・ロワール地方のサニャン=シュル=シェル(Saint-Aignan-sur-Cher)にあるサニャン教会の地下クリプト(聖堂地下室)に描かれた12世紀のロマネスク様式のフレスコ壁画。
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フランスのモントワール=シュル=ル=ロワールにあるサン・ジル礼拝堂(Chapelle Saint-Gilles)の東側後陣を飾る、12世紀初頭のロマネスク様式のフレスコ画「荘厳のキリスト(Christ en gloire / Christ in Glory)」
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ロワール地方モントワール=シュル=ル=ロワールにあるサン=ジル礼拝堂(Chapelle Saint-Gilles)の後陣(アプス)に描かれた、12世紀のロマネスク様式の壁画《荘厳のキリスト(Christ in Majesty)》。
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<ル・ピュイ=アン=ヴレー(オート=ロワール県)ノートルダム大聖堂>12世紀末
かつての参事会室、通称「死者の広間」。
磔刑図(13世紀初頭)
十字架の足元では、聖ヨハネと聖母マリアが悲しみを表している。カントン(四隅)では、太陽と月が嘆き悲しんでいる。半身像で描かれた預言者ホセア、イザヤ、フィロン、エレミヤは、碑文を手にしたり、自らの預言の一部を前に描いたりしている。ホセアの預言は「おお死よ、汝の勝利はどこにあるのか?汝の滅びはどこにあるのか?」と宣言している。預言者たちの言葉は、キリストの復活を予示している。 -
かなり充実した博物館見学だったけど、もう一つ行きます。
Trocadéro駅からメトロ9番でChaussée d'Antin ? La Fayette駅へ。
そこから徒歩10分あまり。 -
ギュスターブ・モロー美術館へ。入場料8ユーロ。
かつてパリで芸術家たちが集まったエリアといえば、モンマルトルやモンパルナスがよく知られているが、それ以前、19世紀の前半から後半にかけて芸術家や文化人が多く住んだのは現在のパリ9区、オペラ座やギャラリー・ラファイエット百貨店から北側の高台だったそう。
その時代のパリはここ「サン=ジョルジュ」地区に芸術家村と呼べるような雰囲気があった。 -
集まったのは、音楽家のショパンやその愛人で女流作家の先駆けになったジョルジュ・サンド、そして画家のドラクロワなど。いわゆる「ロマン派」のアーティストたち。「ロマン主義」は個人の感情や異国への憧れ、恋愛や憂鬱、不安などを自由に表現しようという運動。
そんなロマン派に影響を受けて育ちながら、独自の作風を創りあげていったのが、画家ギュスターヴ・モローだった。 -
イチオシ
1826年、パリで生まれたギュスターヴ・モロー。20歳でエコール・デ・ボザール(国立美術学校)に入学するものの自主退学。
しかしその才能は早くから画壇で評価されて、1855年にはパリ万博に出展し、念願のローマにも私費で留学。イタリアを周遊して多くのものを吸収した彼は、帰国するやその頭角を現した。 -
テスピウスの娘たち。
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拡大して。
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モローは「象徴主義」の画家。ロマン派にも似た心の内面、生と死、宿命のような目に見えないものを、何かに象徴させて目に見えるものにするという感じ。
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拡大して。
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ザ・プリテンダーズ。
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神秘性を帯びた幻想的な情景に心惹かれる。
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壁一面に絵が飾られている。
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アルゴナウタイの帰還。
世界を照らすため父アポロンのもとを去るミューズたち。 -
1852年から72歳でこの世を去るまで彼が住んだパリ9区ラ・ロシュフーコー通り4番地のこの屋敷は、遺言により約1,200点もの油彩や水彩、約4,000点以上ともいわれる素描とともに、国立のギュスターヴ・モロー美術館として公開されている
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旅する詩人。
レダ。 -
テュルタイオス。
人魚と詩人。 -
人も少なくてゆっくり鑑賞できた。
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神秘の花。
プロメテウス。 -
上階にも溢れんばかりの作品。
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画家ギュスターヴ・モローが実際に暮らし、制作していた住居とアトリエを、自らの構想によってそのまま公開する形で残した場所、展示目的で後で作られた美術館ではないところが興味深い。
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ジュピターとセメレ。
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拡大して。
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拡大して。
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拡大して。
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拡大して。
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幻影。
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拡大して。
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ここでは「完成された名作」だけでなく、描きかけの作品や、何度も描き直された痕跡を含む絵も多く展示されています。完成よりも過程を含めて見せるという感じ。
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人類の生。
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貴婦人と一角獣たち。
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拡大して。
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レダと白鳥。
妖精とグリフォン。 -
美しい螺旋階段。
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低層階は画家の書斎や応接間、居間など、暮らしを感じさせるスペース。
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書斎。
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画家やその家族が手間をかけて揃えた部屋の調度品が残っている。
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初代館長はモローの教え子だったジョルジュ・ルオーだそう。
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モローとその母。
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食堂。
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さてと充実したパリ1日目だった。
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ホテルまではGoogleマップで徒歩16分。
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町並みを楽しんで帰ります。
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本物かな?植物が絡んでいい感じ。
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つい好きなベランダのアイアン装飾やドアの装飾に目が奪われる。
お花屋さんでは、こんな花束が売られていた。 -
ペールグリーンというか落ち着いたヨーロピアンカラーが良いね。
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パリ到着し、そのまま観光の1日。あまり食欲が沸かず、まずは身体を休めようとテイクアウトで何か買ったかと。
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ホテルに戻り鍵を受け取るとこんなお部屋だった。
パリをもう一日楽しみます。
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この旅行記へのコメント (4)
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- mistralさん 2026/07/02 14:21:04
- フランス旅
- マリアンヌさん
フランスからお帰りなさい。
お疲れのご様子もなく?旅行記のアップが始まりましたね。
Instagramに慣れていなくて、十分に拝見できないまま旅は終わってしまいましたが、
これから旅行記で詳細を見せて頂けますね。
私は大概、旅の終わりにパリに立ち寄る事が多いのですが、
マリアンヌさんはまずパリに2泊されたんですね。
ノートルダム大聖堂から、私も何度も通うサントシャペル礼拝堂へ。
何度行っても、輝くばかりの小ぶりの礼拝堂にはただただため息が出ます。
最初の頃は、ぼーっとして周りに座り込んで眺めるだけでしたが、
段々細部にも目がいくようになってきました。
そして「シテ建築遺産博物館」へ。
以前からこのような名前でしたっけ?
よくぞこれだけの建築物のレプリカを集めたと思いますが、まずは予習、
あるいは復習するには最適な博物館ですね。
マリアンヌさんはかなり多くのレプリカに、コメントをつけていらっしゃって
素晴らしいです。
私はずいぶん省略してしまいました。
中でのソーリュー、オータンあたりのレプリカの表情が、実物とちょっと雰囲気が
違うように思いましたが(現地では多分堪能してきて、その分の思い入れがあった
せいかもしれません。)それにしても素晴らしいところだなぁと思いました。
ギュスターブ・モロービ美術館はいつも行こうと思いつつ、時間切れとなって
しまい、旅行記にてじっくり見せて頂きました。
次の旅行記、楽しみにお待ちしてます。
mistral
- マリアンヌさん からの返信 2026/07/03 22:03:11
- RE: フランス旅
- mistralさん こんばんは。
習い性なのか夜帰国して洗濯もし、翌日から馴染みのカフェに行き、週末にはテニスと日常に戻りました。
お忙しいのにInstagramを覗いていただき、ありがとうございました。
以前ミラノで入管に時間がかかり列車がギリギリだったので、まずはパリに宿泊することにしました。
パリは5回目とはいえ25年ぶりなので、すっかりおのぼりさんでした。
mistralさんは火災後のノートルダム大聖堂にも行かれていましたよね。
私は、初サントシャペル礼拝堂でした。ちょっと観光客が多すぎでしたが、画像では見ていたもの自分の眼で見て感動しました。
細部のチェックには至りませんでした。
「シテ建築遺産博物館」たぶん以前は、建築・文化財博物館(Cite de l'architecture et du patrimoine)ではないでしょうか。
4トラの何人かの方々の旅行記で拝見したことがあります。
私は4トラやInstagramのロマネスク通の方々に比べたら初級レベルなので、まずは教科書のようなレプリカを見たいと思って出かけました。
その上、電車とバスでは今後いくつ見れるかわからず、こんな教会があるのねとレプリカでも良いから見てみたかったので。
キャプションを撮ってきたので、ノート代わりに貼らせていただきました。
☆ソーリュー、オータンあたりのレプリカの表情が、実物とちょっと雰囲気が違うように思いましたが(現地では多分堪能してきて、その分の思い入れがあったせいかもしれません。)それにしても素晴らしいところだなぁと思いました。
→やはり本物にまさるものはないので違うのだと思います。
私もスイヤックのイザヤに若干の違和感を感じました。
ギュスターブ・モロー美術館、ご興味をお持ちでしたか。
展示目的で作られた美術館ではなく、モローが実際に暮らし、制作していた住居とアトリエを彼の構想により公開というのが面白いですよね。
mistralさんの丁寧な考察に満ちた旅行記のようにはいかず、付け焼き刃的なものですが続きも見ていただけると嬉しいです。
マリアンヌ
-
- クリスさん 2026/06/28 07:26:06
- シテ建築遺産博物館
- フランスにお出かけでしたか。
Cité de l'architecture et du patrimoine 私はこの名前でしか認識がなかったのですが今は「 シテ建築遺産博物館」というんですね。というか、50年近くの昔にこの博物館を見て、ロマネスクに目覚め現地に出かけなければだめだとお思ったのがロマネスク巡りのきっかけでした。久しぶりにこの存在を認識した次第で、名前を知らないというのも、恐らくこの存在を長らく忘れていただけかの事かもしれませんが。
- マリアンヌさん からの返信 2026/06/29 19:38:39
- RE: シテ建築遺産博物館
- クリスさん こんばんは。
はい、いつものように電車&バスのヨチヨチ旅でした。
パリは5回目でしたが前回は25年前、ロマネスクにはまだ嵌っていなかったので。
Cité de l'architecture et du patrimoine 4トラで見たことがあり、私のような初心者、交通の便の悪田舎に存在する教会を感じるには良い博物館かなと行って見ました。
Instagramでクリスさんやemilia_romanicaさんの素晴らしい投稿を拝見すると、私にはとても行けないので、見せていただくだけで眼福だなと思っています。
それでも少しでも本物も見てみたいと思っています。
マリアンヌ
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