2026/05/31 - 2026/06/23
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マリアンヌさん
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ブーヴロン=アン=オージュからブルターニュの村への移動の中継地として、ノルマンディー地方のモンサンミッシェルの北に位置するグランビルに1泊することにしました。グランビルは、海の見える美しい街でした。
5/31 羽田発22:05 AF279
6/1 シャルル・ド・ゴール着6:00
6/1,2 パリ
6/3 ジェルブロワ
6/4 ルーアン
6/5 ヴール=レ=ローズ
6/6 ルーアン
6/7,8 ブーヴロン=アン=オージュ
6/9 グランビル
6/10,11 ディナン
6/12 レンヌ
6/13,14 ロシュフォール=アン=テール
6/15,16 ロクロナン
6/17 ヴァンヌ
6/18 トゥール
6/19,20ポワチエ
6/21 ナント
6/22 ナント発18:45 AF7507 パリ発23:00 AF274
6/23 羽田着 19:40
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ブーヴロン=アン=オージュの宿で朝食を食べ、あらかじめ宿に予約をお願いしたいたタクシーで駅へ向かった。50ユーロだった。
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Mézidon-Canon駅 10:00 Caen駅 10:14
Caen駅 11:06 Granville駅 12:41
列車に乗っていいるとSNCFから「あなたの明日の切符はキャンセルとなりました」と
メールが来た。えー!どういうこと?
どうもストライキらしい。 -
グランビルの宿は、駅に近い。
<Au Bout du Quai>
まずは荷物を預けて、ストライキの件を駅員に聞いてきますと出かけた。 -
窓口の女性駅員に「明日のストライキで切符がキャンセルになったようだけど?」と照会。
すると「そうね、ストライキになったの。明後日なら列車は動くわ」と。
代替のバスとかないかと聞いても無いとのこと。
「じゃあタクシーしか方法はないのね?」「そうね」ということで。
おまけにネットで切符購入してるので、払い戻しも出来ないとのこと。 -
しかたなくホテルに戻り、明日のタクシー予約をお願いした。
気を取り直して観光へ出発。
まずは、クリスチャン・ディオールの生家へ行こうとGoogle先生に従って歩くと、丘に上がる人気がない木々が繁る坂道など大丈夫?という道を駆け上がり・・・
大きな道に出てホッとした。 -
ディオールの看板が、着いたよう。
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クリスチャン・ディオールのヴィラへ。
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残念ながら博物館はお休みだったが、庭園には無料で入ることが出来た。
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きれいに整えられている。
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ちょうど薔薇が咲いていた。
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イギリス海峡を見下ろす、小高い丘の上に建つピンク色のチャーミングな邸宅。
誰でも良く知るフランスオートクチュール界の巨匠、クリスチャン・ディオールは、この場所で生まれ、38年間の月日を過ごした。 -
パリに住居を移してからは主に別荘として使われていたが、現在は彼の世界観を表現するモード美術館として営業している。
以前、東京で開催された「クリスチャン・ディオール、夢のクチュリエ」展
https://4travel.jp/travelogue/11821350 -
あらためてクリスチャン・ディオールとは。
1905年1月21日誕生。1947年の初コレクションで、細いウエストと丸みのある肩、ゆったりとしたフレアスカートを組み合わせた女性らしいスタイルを発表し、世界のファッション界を一変させた。
1957年に急逝したが、その後もイヴ・サンローランやジョン・ガリアーノといった著名なデザイナーたちに引き継がれ、現代に至るまで世界のトップブランドとして愛されている。
フランスの伝説的なファッションデザイナーで、彼が創業した高級ラグジュアリーブランドとして受け継がれている。 -
結構広いお庭を散歩。
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色々な花も咲いている。
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こんな看板が。
クリスチャン・ディオールのクチュリエとしてのキャリアは遅咲きでした。彼は1930年代後半、パリの主要クチュールハウスでデザインを手がけることでファッション界に足を踏み入れ、1946年までリュシアン・ルロンのもとで働きました。
1947年、クリスチャン・ディオールは初のコレクションを発表しました。このコレクションは「コロール」ラインと「アン8」ラインから構成され、中でも最も有名なのは「バースーツ」です。戦争による長年の困窮と緊縮生活への反動として、クリスチャン・ディオールは、長い生地をふんだんに使用した、洗練されたシルエットの凝ったデザインを提案しました。 -
このコレクションは、有名なファッション誌『ハーパーズ バザー』の編集長によって「ニュー・ルック」と名付けられました。その成功は瞬く間に世界中で起こり、1957年に亡くなるまで、ディオールが発表するコレクションはどれも同様の成功を収めました。クリスチャン・ディオールが自身のファッションハウスを率いたのはわずか11年間でした。
「私は建築家になりたかったのですが、クチュリエとして、建築の法則と原則に従わなければなりません。ドレスの構造について語ることは、決して空虚な表現ではありません。ドレスは生地の方向に沿って作られるのです。」
(1955年~1957年、ソルボンヌ大学講義より抜粋) -
海を望める薔薇園。
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ノルマンディーらしく空の色が変わり、それによって海の色が変わる。
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イチオシ
コバルトブルーの海と華やかな薔薇。
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美しい海、しばらく眺めていた。
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ディオールに似合う気品ある薔薇。
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パーゴラに白い小花。
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こんな看板が。
「クリスチャン・ディオールは非常に迷信深く、運命の兆しを信じていました。彼は占い師に相談せずに重要な決断を下すことはありませんでした。星はクリスチャン・ディオールの究極の幸運のお守りでした。それは彼が待ち望んでいた兆しであり、1946年4月18日の夕暮れ時、フォーブール・サントノーレ通りで、おそらく馬車の車輪の破片を踏んだときに彼の前に現れました。クチュリエにとって、それは繊維会社マルセル・ブサックからの申し出を受け入れるきっかけとなった吉兆でした。 -
クリスチャン・ディオールは自分の名前を冠したファッションハウスを復活させることを希望しました。私は占い師のブースの近くにいました。彼女は親切にも私の手のひらの線を読んでくれました。当時、私は彼女の予言をほとんど気に留めていませんでした。というのも、私にはそれがかなり理解し難いものだったからです。しかし、帰宅後、私はその言葉を忠実に伝えました。
「あなたは金銭的に困窮するでしょう。しかし、女性はあなたにとって有益な存在となり、彼女たちを通してあなたは成功するでしょう。彼女たちから大きな利益を得るでしょうし、多くの旅に出ざるを得なくなるでしょう。」
クリスチャン・ディオールの自伝『クリスチャン・ディオールと私』(1956年)より抜粋」 -
庭園の見晴台へ。
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こんな看板が。
<海辺の雰囲気>
この邸宅は、グランヴィルが北に開けるモン・サン・ミシェル湾を見下ろす場所に位置し、ヨーロッパで最も潮位差の大きい場所でもあります。この港町では海が圧倒的な存在感を放ち、住民に謙虚さを育み、潮の満ち引きに合わせて海辺の風景は刻々と変化します。自然の力に身を委ねたこの邸宅の庭は、まさに静寂のオアシスです。
当時、この邸宅は人影のない崖の上に建ち、かなり広い公園の真ん中に位置していました。その公園は今では公共の庭園となり、私と共に様々な困難を乗り越えて成長してきた若木が植えられています。邸宅からは、草原の向こうに広がる海が一望でき、私の人生のように、あらゆる嵐にさらされてきました。高さわずか50センチほどの松林は、幼い頃の私の夢の中で、原生林を象徴していました。その松林は、今や高く枝を伸ばし、私を見下ろすほどになっているでしょう。
クリスチャン・ディオールの自伝『クリスチャン・ディオールと私』(1956年)からの抜粋 -
美しい波打ち際。
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先日、ヴール=レ=ローズで見た海の色とは違う色。
変わりやすい天気のノルマンディー、空と海の色もくるくる変わるのでしょう。 -
ディオールの庭園から海辺の散歩道へ。
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グランヴィルの名の由来。
11世紀、イングランドを征服したノルマンディー公 ギョーム (ウィリアム1世) が、彼の征服に協力し た家臣のグラント (Grant) 家にこの沿岸の土地を 授けた。この「グラント家の町 (Ville)」という言葉が変形 して「グランヴィル (Granville)」と呼ばれるよう になったそう。 -
百年戦争での要塞化 。
1204年ノルマンディー公国が消滅した後の15世紀 (百年戦争中)、この地は一気に重要性を増す。 イングランド軍がこの岩だらけの岬(グランビルの先端=ポワント・ デュ・ロック)に目をつけ、近くにあるフランス側の要塞モン・サン=ミシェルを海上封鎖するための強固な城塞都市を築き上げた。これが現在の旧市街・高台の街(オート・ヴィル)の土台となっている。 -
北のモナコ。
後の時代 (16~18世紀)には、フランス王の公認を得た海賊(私掠船)の拠点として栄えた。海に突き出た岩壁の上の街並みがモナコ公国に似ていることから、現在は「北のモナコ」とも呼ばれる美しいリゾート地になっている。 -
海鳥が可愛い。
トイレのペールグリーンのストライプがお洒落。 -
カジノがあった。
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市街をそぞろ歩き。
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15世紀にイングランド人によって建設された街らしく、なんとなく英国の匂いを感じる。
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こちらに行ってみよう。
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通りの上にカラフルな装飾。
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広場にはメリーゴーランド。
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あたりをぐるぐる歩きまわる。
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いい感じの道標。
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木組みだけど可愛いブルーの建物。
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広場で人々が群がるテントの八百屋さん、私も並んでチェリーを買った。
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なんとなく英国を思わせる家並み。
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赤いショップ。
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ブルーのショップ。
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ピンクetc.カラフルなショップ。
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通りには、大きな赤い花の装飾がされていた。
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キュートなピンクの扉。
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この通りにも赤い花。
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このあたりが中心なのかな。
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岬の先端、ポワント・ デュ・ロック方面に行ってみよう。
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魚屋さんやジエラード屋さん。
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ちょっとノルマンディー公国についてググってみた。
ノルマンディー公国は、911年にノルマン人(ヴァイキ ング)の首長口口によって北フランスに成立した中世 の公国。
フランス王の家臣でありながら独自の強 力な軍事力を持ち、後のイギリス(イングランド)の歴史を大きく変える契機を作った。 -
1.公国の誕生(911年)
背景: 9世紀からノルマン人がセーヌ川流域への侵 入、略奪を繰り返していた。
サン・クレール・シュール・エプト条約: フランス 王シャルル3世は、これ以上の侵略を防ぐため、ロロにセーヌ下流域の土地を与えた。
条件: 口口がキリスト教へ改宗すること、およびフランス王への臣従を条件とした。 -
2. フランス文化への同化
言語: ノルマン人は急速にフランス語を習得した。
戦術: 独自の剛毅な精神に加え、フランスの騎馬戦の技術を融合させた。
首都: ルーアンやカーンが中心都市として繁栄した。 -
3. イングランド征服(1066年)
ノルマン•コンクエスト: 7代目ノルマンデイームギ ヨーム(ウイリアム1世)がイングランドに侵攻した。
ヘーステインズの戦い: この戦いに勝利し、ウィリアム1世としてノルマン朝を開いた。
二重の立場: これにより「フランス王の家臣 (公爵 )」でありながら「独立国の君主(イングランド 王)」という複雑な立場が生まれた。 -
4. 公国の終焉 (1204))
大陸領土の喪失:1204年、フランス王フィリップ2世によって大部分の領土が没収され、フランス王領に 組み込まれた。 -
高台に登って来て街が見渡せる。
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カゼルヌ・バゼイユ(Caserne Bazeilles)という歴史的建造物で、かつては軍事施設として使われていたそう。
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ノートルダム・デュ・カップ・リフー教会(Église Notre-Dame du Cap Lihou)
近くのショゼー諸島から切り出された花崗岩で作られた、重厚な雰囲気の教会。船乗りたちの守護聖人を祀っており、美しいステンドグラスが見どころらしいが、残念ながら開いてなかった。 -
せめて周りをぐるっと眺めて。
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1113年に地元の漁師が網から聖母マリアの像を引き揚げたという伝説に基づき、翌年に最初の木造礼拝堂が建てられたのが始まりとのこと。
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教会内部には海の街らしく船の模型(エクス・ヴォト/奉納物)が飾られているらしい。
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オート・ヴィル(旧市街)の湾曲した通り。
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鮮やかなブルーの扉とテーブルと椅子。
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ルーアン近辺のコロンバージュとは違う風景。
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絵はがきなどが売られていたり、旧市街の広場。
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このあたりにもカラフルなショップ。
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石畳の狭い通りには、歴史を感じさせる石造りの建物が立ち並んでいる。
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ビザンチン様式に影響を受けたドームが特徴のサン・ポール教会(Église Saint-Paul)が見えた。
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美しい建物を調べてみると。
グランヴィルは「北のモナコ」とも称される海辺のリゾート地であり、写真に写っている洗練された白亜のファサード、華やかな出窓(ボウウィンドウ)、アイアンワークのバルコニーなどの建築は、19世紀末から20世紀初頭のベル・エポック様式やリゾート建築の特徴を色濃く残しているとのこと。 -
ピッツェリアは、まだ営業時間ではないようで、テイクアウトでバゲットなどを買って帰った。
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ストライキ対応でちょっと疲れたし、遅い時間からレストランに行くのが億劫でホテルの部屋でのんびり部屋食とした。
明日は、いよいよブルターニュに向かいます。
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