2026/05/25 - 2026/05/25
250位(同エリア302件中)
砂布巾さん
デンマークの正義とテレジン収容所(ユダヤ人、デンマーク)
(当HPを訪問してくださった方へ)
ご訪問有難うございます。
もし読者の方が根本的間違い、編集の際に発生したと思われる不整合、文法上の誤りなどを発見されたり、何か目新しい情報をお持ちの方、ご意見がおありの場合は、ご遠慮なく掲示板でもメールでも、ご一報くだされば幸いです。
心からの感謝を込めて 砂布巾
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*訪問は後でしたが、何と言ってもハイライトはこちらのMuzeum Ghetta(ゲットー博物館)です
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大塚信氏が1996年11月12日付朝日新聞に寄稿されている記事を参考にユダヤ人に寛容で、1940年の占領中も選挙が行われ宗教も保障されていたデンマークを紹介する。
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ヴァンゼー会議の計画が前年9月に伝えられると、救出作戦を実行した。夜のうちに漁船や貨物船を使って7千人のユダヤ人を隣の中立国スウェーデンに移すことになり、多くの人々が協力して海岸沿いの民家や農場に隠し、10月2日から船による救出が始まった。
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不運にも464人のユダヤ人がチェコのテレジン収容所に送られたが、政府は抗議を繰り返し、物資を送ったり赤十字などを通して視察を行った。45年4月、突然、白塗りのトラック35台が生き残った423人を救出するため収容所に向かい、彼らを連れ帰った。差別のマークを着用することなく、帰還したユダヤ人たちにすべての家財が返還された。
デンマークはホロコーストの苦難を受けた30カ国の中で、唯一、だれ一人としてアウシュビッツに行くことのなかった国である。 -
収容所にはフリードル先生の指導で子どもたちが密かに描いた絵が残されていた。未来の希望子どもたちにとって絵を描く時間は絶望を希望に変えてくれる時間だったろう。
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*上に描かれているのは移送用の線路なのだろうか?
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「収容所は楽園」とするプロパガンダ映画(生還した指揮者故カレル・アンチェルも出演)をナチスが製作、サラエボ事件の犯人プリンツィップが刑務所時代の1918年に亡くなったことでも知られる。
*正にプロパンダ映画製作の様子 プリンツィップの監獄は第一次大戦の項目に -
*収容所生活を描いた絵は当然モノトーンのものが多い
ほかユダヤ人を救った国をマイケル・ベーレンバウム著「ホロコースト全史」(創元社)から紹介する。
フィンランドは、1942年にヒムラーから最終解決の実行を迫られた時、「わが国にユダヤ人問題はない」と突っぱね、8人を除くユダヤ人はスウェーデンに避難した。ブルガリアでも国民の世論を背景に、国外の絶滅収容所に送られたユダヤ人はいなかった。 -
意外にもムッソリーニが支配していた間(後のドイツ傀儡期間は除く)、1人も移送されなかった。ユダヤ人の割合が0.1%と少数で反ユダヤ的風潮がなかった。イタリア人の「法律を無視する性向」も影響した。
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*最初子どもたちは身近で見た収容所での生活の絵を多く描いていたと言われている 当然色調はモノトーンで暗い しかしやがて子どもたちに希望が芽生え、或いは収容所での暗い生活をひと時でも忘れようと希望に満ちた明るい色調の絵を描くようになったと思われる
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*資料は野村路子氏の著作以外あまりないのだが、是非指導されたフリードル先生についても調べてみたいと思っている
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1か月前にプラハからのゲストを迎え、「泊まってもいいよ」と言ってくれていたので、ザックを列車内に忘れるというハプニングの後再会した。彼はテレジンに連れて行ってくれただけでなく、結果的に解決には至らなかったがハプニングを解決すべく尽力してくれるなど感謝の言葉もないほどお世話になった。(2026年5月25日訪問)
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*(AIによる説明)この展示は、テレジン(Terezín)収容所の中でも特に「子どもたちの生活と表現」をテーマにした一角のようです
写真パネルには、子どもたちが収容所内で行っていた演劇や音楽活動の様子が写っており、右側のモニターには当時の映像資料が流れています。壁面の淡い線画も、子どもたちの姿を象徴的に描いていて、全体として「抑圧の中でも文化的・精神的な抵抗があった」ことを伝える構成になっています
テレジンはナチスによって「模範的ユダヤ人居住区」として偽装され、国際赤十字などに見せるために文化活動が奨励された側面があります。しかしその裏では過酷な現実があり、展示はその「見せかけの文化」と「真の人間的抵抗」の二面性を示しています
つまりこの展示の趣旨は、子どもたちが芸術や遊びを通して希望を保とうとした姿を記録し、彼らの精神的な力を後世に伝えることにあります -
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*(AIによる説明)この写真は、テレジン(Terezín)収容所の展示の一部で、ヨーロッパ全域の地図を背景に、ユダヤ人の移送経路と到着地を示したパネルです
地図上には紫色の円や四角が描かれており、それぞれが収容所や移送先の都市(プラハ、ミュンヘン、ベルリンなど)を示しています。下部のドイツ語の説明文には、具体的な移送日と人数が記されています これは「1942年7月23日に以下の輸送がゲットー(テレジン)に到着した」という意味で、
ウィーン、ミュンヘン、プラハ、ベルリンからの移送列車の記録を示しています
展示の趣旨としては、ナチスによるユダヤ人移送の実態を地理的に可視化し、テレジンがヨーロッパ各地から集められた人々の中継地であったことを示すものです
地図の中心にあるチェコ領内のテレジンが、いわば「集約点」として強調されており、このパネルは「文化的な抵抗」よりもむしろ物流的・行政的な側面から見たホロコーストの構造を説明する展示です -
*(AIによる説明)この地図は、先ほどの「移送経路図」と似ていますが、焦点が少し異なります
こちらはヨーロッパ全体におけるテレジン(Terezín)の位置づけを示す地図で、ナチス占領下の領域と各収容所・ゲットーの分布を俯瞰的に表しています
?? 構成の特徴
中央に「Theresienstadt(テレジン)」が明記され、周囲にアウシュヴィッツ、ダッハウ、ブーヘンヴァルトなど主要な収容所が赤い点で示されています
国境線が赤や黒で描かれ、ドイツ占領地域(Reich)と併合地域(Protektorat Böhmen und Mähren=ボヘミア・モラヴィア保護領)が区別されています 北はスウェーデン・バルト海沿岸、南はハンガリー・ルーマニアまで広がり、ナチス支配圏の広がりと移送網の地理的スケールを視覚化しています この地図の目的は、テレジンを「単独の収容所」ではなく、ヨーロッパ全体の強制移送システムの中の中継点として位置づけることです。
? 意味すること
つまり、テレジンがウィーン・ベルリン・プラハなどから人々を受け入れ、さらにアウシュヴィッツなどへ送る「中間ステーション」であったことを示しています
? 展示の意図
このような地図は、訪問者に「個々の悲劇がヨーロッパ全体の構造の中で起きた」ことを理解させるために配置されています。
前の地図が「1日の移送記録」というミクロな視点だったのに対し、こちらはマクロな地理的・政治的視点からホロコーストを捉える展示です。 -
*さて向かうまでの様子と収容所への訪問記です 後述する事情で1日遅れの訪問となりました 事情は最後で触れます
もくじへ http://4travel.jp/travelogue/10681693
関連項目
福山ホロコースト博物館訪問記 http://4travel.jp/travelogue/10270451 -
*テレジン追悼式の案内板
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*さあ見えてきました
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*ガイドブックでよく見かける門が見えてきました
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*日本語の記述もあります 順番に拘るのも変ですが、ドイツ人が一番に見るべきなのでせめてドイツ語表記は2番目に、ヘブライ語は何番目が適当なのか微妙ですね
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*どこにもあるArbeit macht frei.の文字 果たして人々は信じていたのでしょうか、いや信じようとしたのですねきっと
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*ベッドルームは意外にもゆったりしていました 収容所として機能していた頃は違っていたかもしれませんし、そもそも収容所自体が人道的とは最もかけ離れたな場所ですから、そういう感想を持つこと自体が感覚がマヒしていますね
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*テレジンはどちらかというと中継所的な収容所だったので正真正銘のシャワールームと思われます
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*ギリシャ独立戦争の指導者イプシランティスを追悼する碑 彼は1823年から4年間幽閉されていたそうです その頃は監獄だったのでしょうが、どちらにしてもかなり歴史が古い収容所ですね
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*こちらは大人の方が描いた絵のようだ
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*同上
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*収容者の出身国が書かれています 奥の壁では多くの人が処刑されました
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*この線路を通って人々が移送されたのですね
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*中央にメノーラがあることで明らかなようにユダヤ教徒葬送の間 ナチス時代ユダヤ人がここを使うことは禁じられた
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*葬儀用礼拝堂 キリスト教徒の葬送の間
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*かつてのアメリカの女性国務長官オルブライトが自らの家族を追悼して設置した コルベル家の親族の記憶を永遠に残すために建てられた 彼女の父が外交官で戦前のチェコスロヴァキア政府に仕えた
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*出発前の食事 典型的なチェコ料理 最後だけは払わせてと2人分払い238コルナ でも彼がお土産と言って200コルナくれた 何か申し訳ない気分 なお写真掲載は彼自身が望まなかったので正面からの写真は掲載していません
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*こちらのお部屋でお世話になりました 家にはご両親も
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*フローレンツバスターミナル
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*15:10のニュンベルク行は遅延 せめてその情報も載せて欲しい 運航中止かと不安になってしまう
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*さてここからは前日テレジンに行けなかった裏話を ドレスデンからテレジンに近いBohusovice nad Ohriまでは途中の乗り継ぎ時間が5分、8分とかだったので、まず無理だろうと思っていた 実際大幅な遅延に出くわし、別の列車でDecinに着いた 駅員は「14:30の列車で行ける」という そこで隣に座っていた女性に確認し、女性はポカンとした様子だったけどその列車に乗った 後になって考えると「ウスティー・ナド・ラベムで乗り換えろ」という意味だったのだろう 相変わらずチェコ人は不親切だ
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*ちょっと気になったので地図を見てみたら行先の「ホムトフ」は全く方向が違う そこで彼女と一緒にホムトフで降りた そこでプラハに行く算段を考えている途中でバッグを列車内に忘れたことに気が付いた 何ということピンチが一気に二つ重なってしまった バッグには何よりも小学校、J先生から頂いた大事なお土産が入っている
彼女が走り回って駅員に聞いてくれたりした -
*そしてもう1つの問題はプラハに行くこと 駅からバス停までは遠いという 日曜だし、プラハまでの列車のチケットを事前にドイツ国鉄のサイトで購入するなど、当然チェココルナの準備もない それを知ると彼女がバス代15か25コルナをくれた ユーロのコインを差し出すが、彼女は受け取ってくれなかった 最後には日本語で「有り難うございました」と頭を下げた この旅で一番のピンチの場面だった ちなみに彼女が教えてくれたバス停は真反対
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*ボヘミアの草原地帯をプラハまでは約1時間 プラハまでのバスのチケットはネットで買えた そしてM氏には日程の変更を知らせ、駅まで迎えに来てくれた
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