2026/06/12 - 2026/06/12
4002位(同エリア4114件中)
砂布巾さん
1939年11月30日 冬戦争とバルト三国の運命(奇妙な戦争期のソ連)
*写真は戦後大統領になるマンネルヘイム元帥
(当HPを訪問してくださった方へ)
ご訪問有難うございます。
もし読者の方が根本的間違い、編集の際に発生したと思われる不整合、文法上の誤りなどを発見されたり、何か目新しい情報をお持ちの方、ご意見がおありの場合は、ご遠慮なく掲示板でもメールでも、ご一報くだされば幸いです。
心からの感謝を込めて 砂布巾
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*お世話になったSさん(口コミを書いたと思ったら予言していた通りCSを脱退していた) 「戦争の時に我が家も被害を受けたのよ」と教えてくださった ソ連国境とは少し距離があるタンペレだが、軍需工場などがあったようだ
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*ヘルシンキへは10:34発12:50着の各駅停車で 特急に比べて値段が約半分
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*ヘルシンキ駅到着 ここがまたコインロッカーの使い方が良く分からない 30分近くかかった それが終わったら今度は港方面へ行く電車の番号が良く分からない 路線図を見ながら何となく見当を付けて乗ったら正解 港までそんなに遠くないのは経験上知ってはいたけど、方角もあまり自信がなかった
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*ヘルシンキ駅から近いマンネルヘイム広場に銅像はある
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*港から船に乗って世界遺産スオメンリンナ要塞へ向かう 市場 1990年にも訪問した 懐かしい
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*本土側を眺める 大聖堂、右端にロシア正教会が見える
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*教会に入ろうとしたら態度の悪いお姉さん3人組が居て「タダで入るな」みたいに言われたのでスルー
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*博物館が見えてきました
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*こちらも入口にはマンネルヘイム元帥
(ここから本文)
ヨーロッパ大陸で戦闘行為が一時収まっていたこの時期、ソ連はフィンランドに宣戦し、講和条約で領土を奪った。その経緯と影響を「歴史群像 2005年12月号」から引用する。 -
*戦前のフィンランド軍の配置
開戦の1年半前、在ヘルシンキのソ連大使館二等書記官が外相に面会を求めた。内容はドイツがソ連に対して戦争を仕掛けた場合のフィンランド政府の対応を問うものだった。当時の国境はレニングラードから最も近い場所で30キロあまり、北極圏の軍港ムルマンスクを結ぶ鉄道は80キロの場所を走っており、万一フィンランドがドイツと軍事同盟を結ぶ事態になった場合は、ソ連にとって重大な問題となることは明らかだった。 -
*ソ連軍が一斉に攻め込んでくる様子が伺える
1939年10月スターリンは最終的にフィンランド湾内の島々、レニングラード近郊のカレリア地峡などの領土を求め、代償として倍以上にあたる5千5百km2の割譲を申し出た。 -
*フィン・ソ両軍の動き
ソ連が獲得する場所が当時フィンランド第二の都市ヴィープリ(*1990年ラッペンランタからのノービザツアーに参加できなかった)など要地を含んでいたのに対し、ソ連側が提供するのは森と湖だけの未開拓地に過ぎなかった。このような条件をフィンランド側が受け入れるはずもなく、開戦へと至った。これを機にソ連は1934年に加盟していた国際連盟を除名された。 -
*赤い点はソ連軍の爆撃地点 南部はくまなく攻撃している
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両者の間には軍事力の差があり、ソ連は最終的に勝利を収めたものの、モッティ(包囲)戦術をはじめとする、フィンランド側のゲリラ的抵抗に苦しんだ。
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当初フィンランドに冷淡だった英仏両国は、チャーチルが支援のためノルウェー領ナルヴィクからスウェーデン北部(主にドイツ向けの多くの鉄鉱石を産出する)へ進駐するとの提案を行って以来、大きな関心を寄せるようになった。
鉄鉱石というアキレス腱を敵から教えられる形になったヒトラーは、1940年4月9日に北欧作戦を開始しデンマーク、ノルウェーを占領する。(大戦の第二段階) -
スターリンの領土要求で始まったこの戦争は、西部で辛うじて均衡していたドイツと英仏の軍事的均衡を傾かせ、西部戦線で新たな大規模戦争を早める結果をもたらした。またソ連軍の無様な戦いを刻み込んだヒトラーとドイツ軍首脳部は、後に広大なロシアの大地でその底力を見せつけられることになる。
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*黒い線が戦前の国境、赤が戦後の国境線
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後の独ソ戦では失地回復のための継続戦争としてフィンランドも参加したが、1942年6月にはヒトラーの来訪も受けたマンネルヘイム国防相(後に第六代大統領 2004年調査「最も偉大なフィンランド人」1位)は、ドイツ軍との共同行動は認めなかった。
*緑色はドイツ軍の動き -
*フィンランド軍がヴィープリに入城した様子
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*ここから4枚はグダニスクの第二次世界大戦博物館で撮影
左側は1939年10月11~12日にフィンランド代表団のモスクワ訪問 -
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*やがてソ連側が反撃に転じる
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*そしてソ連軍がヴィープリを奪還
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*スターリンのソ連に関する展示
これに先立ち、ソ連は来るべきヒトラーとの対決に備え懐の深い緩衝地帯確保するため9月末から10月はじめにバルト三国に圧力をかけて相互援助条約を結び、翌年7月には条約を口実に軍隊を進駐させ、21日から翌日にかけて三国を併合した。反対した多くの人々はシベリア送りとなったが、その中には後のイスラエル首相ベギンもいた。(リトアニア、カウナスからの退去を求められた杉原千畝がビザを発給するのはこの頃) -
*これは本当にどこでもよく見るポスター 当時大々的に使われていたに違いない
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*マンネルヘイム元帥が戦争中いつも着ていたという
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2026年ヘルシンキで世界遺産スオメンリンナ要塞にある博物館を訪問した。そこには大戦末期ドイツとのラップランド戦争の展示もあった。(2026年6月12日訪問)
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*裏手にも博物館が 内容的には補足的なもののようだった
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*戦艦ヴェシッコの展示も
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*恐らくストックホルムに行くシリア・ライン 1990年には西海岸トゥルクからストックホルムに向かう便に乗った
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