2026/05/20 - 2026/07/15
173位(同エリア250件中)
砂布巾さん
シベリア孤児救済と孤児記念小学校(ポーランド)
「ポーランド孤児・『桜咲く国』がつないだ765人の命」(現代書館)を参考に日本とポーランドとの友情物語をご紹介する。
(このページを訪問してくださった方へ)
ご訪問有難うございます。
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心からの感謝を込めて 砂布巾
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*朝5時に起きてStara Wiesに到着です
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*日本赤十字社の活動が記されています
長いことポーランドを支配していたロシアは、シベリアに多くのポーランド人を追放していた。彼らの生活は悲惨だった。シベリア出兵の最中1920(大正9)年に子どもたちだけでも救おうと最後に頼ったのが国交樹立間もない日本だった。僅か17日で受け入れを決定。子どもたちは日本で大歓迎を受ける。献身的に子どもに尽くした看護師松澤フミはチフスに罹り殉職した。全員が無事帰国した(一部は下船してアメリカに滞在)。 -
*唯一の犠牲者となってしまった松澤フミさん 21歳だったそうです 彼女は本来は隔離すべき病気になった子どもに付き添って看病し、子どもたちが旅だった数日後に亡くなってしまいました 船にその連絡が届くと子どもたちは泣きじゃくったと言われています でもきっと彼女は看病していた子どもが無事に回復して心から喜び、安心して旅立ったことでしょう
「人がその友のために自分の命を捨てること、これより大きな愛はない」 彼女に関する展示は非常にたくさんあり、思い入れの強さがうかがえます -
*この展示は「日本人看護師松澤フミの人道的活動を記念し、日波友好を芸術で表現したプロジェクト」を紹介するものです 日本文化祭を契機に、芸術家清勝氏がポーランドで記念作品を制作した経緯が記録されています(AIによる解説)
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*この展示は2024年11月19日にポーランドレシュノ市の学校で「松澤フミの人道的活動を記念し、ポーランドと日本の友好を芸術で表現した式典」を記録したものです 教育機関での文化交流と記念レリーフの寄贈を通じて両国の絆を後世に伝える意図が示されています(AI)
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*2024年11月20日に地域住民や、清勝氏、ポーランド側関係者がが参加し、学校の落成記念行事が行われ、「シベリアの子どもたち」への記念レリーフが贈呈された
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*この展示は、当時の写真を交えてポーランド孤児が救出された歴史が紹介されている。両国の絆を伝える内容となっている(参考AI)
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*AIの回答は異なったけど、上部に1996年の文字が見えるので、阪神大震災の孤児が招かれた際の写真と推測
阪神(1995)大震災が起こった後、今度は2度にわたって震災孤児が招かれた。その際、ポーランド婦人が語ったエピソードを。1人の男の子が小さなリュックサックを背負ったままで、一時も離さないのを見て、預かってあげようと言ったのに、応じようとしない。この子は震災の時に両親、兄弟を亡くし、家も焼けてしまった。リュックには焼け跡から見つけた家族の形見や遺品が入っている。この子が不憫で涙が止まらなかった。
2002年夏、両陛下がポーランドを訪問した際、招待された元孤児アントニーナ・リロさん(2006年7月死去)は「滞在は思いやりに満ちたものだった」と皇后陛下に語った。 -
*大正天皇の皇后が訪問されたエピソードや元孤児からの手紙など
ポーランドシベリア孤児からのメッセージ(下部中央のもの 原文のまま)
「私たちは、小さい頃に2カ月余りを日本で過ごさせていただきだけですが、日本は正に第二の故郷なのです。20世紀の初め、私たちを含む千人近くが日本政府によって救われたのです。当時戦地となっていたシベリアにいたポーランドの子供たちは空腹だけでなく、種々な劣悪な環境にありました。日本人はそのよう境遇にあった私たちをあの恐ろしい場所から彼らの美しい、優しい国 日本へ連れて行き、その後、私たちの祖国ポーランドに送り届けて下さったのです。私たちは日本滞在中、「熱田丸」「香取丸」という名の日本船で日本人が親切にお世話して下さり、細やかな心を持って私たち全員を大切にして下さったことせいを生涯決して忘れません。
私たちシベリア孤児たち全員は、いつも恩人の方々を心に浮かべてはその方々の為にお祈りしております。
1996年にスタニスラフ・フィラペック氏が阪神大震災の神戸の子供たちと私たちが会い、交流できる機会を作ってくださった、あの時のことがとても印象的です。
私たちはこの子たちと、とても温かい心の交わりを感じ日本の方々が私たち孤児に良くして下さったように、今度は日本の子供たちに恩返しをしたいと強く思いました。
私たちは高齢になり、身体も弱くなりましたから自ら日本に行くことができません。
そこで「ジェチ・ボーフカ」が私たちシベリア孤児に代わって、日本を訪問させていただくことが私たちの夢です。
彼らが言葉では表現し切れない日本への好感情、温かい心、そして感謝に満ち溢れた思い出を、日本の恩人方々のお子さんやお孫さんに運んで行っていただけることを心から信じています」。 -
*YouTubeでおなじみの入り口。今は入り口としては使われていないようです
遡るが1928年に元孤児イエジ・ストゥシャウコフスキ氏を中心に結成された極東青年会と日本大使館は密接な関係を持ち、青年会が隠れ蓑として使っていた孤児院をナチスが急襲した際、駆け付けた大使館員との連携で孤児たちに「君が代」を歌わせて退去させた一幕もあった。大戦中はイエジキ部隊(最大時1万5千人)を結成しレジスタンス活動を展開。ワルシャワ蜂起にも参加した。
戦後イエジ氏は戦災孤児の教育に尽力し、「千人の子どもたちの父親」と呼ばれるようになった。1983年念願の再訪日を果たした。 -
2018年11月20日(ポーランドでは「希望の日」とされる)ワルシャワ市外Stara Wiesにある小学校(幼稚園併設)は、「ポーランド・シベリア孤児記念小学校」(Szkoła Podstawowa im. Polskich Dzieci Syberyjskich)と改名し、子どもたちは小学校3年生から日本語や日本文化も学び、驚くべきことに校章には日の丸も入っている。
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*日本から贈られた桜の木
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*銃撃で元総理が亡くなった直後に安倍昭恵さんが来訪されたそうです
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*敷地に入っていきます
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*校庭
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*掲揚台 驚くべきことに日本国旗が掲げられるとか
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*整備中の日本庭園
是非ともこちらの小学校を訪問したいと学校側と連絡を取り、ご厚意により実現した。 -
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*校内に入るとまず桜、富士山、そして当時シベリアに居たと思われる人々が迎えてくれます
校舎内は富士山やサクラなどが描かれた絵、両国の国旗、子どもたちが描いたポーランドと日本の友好を象徴する絵、松澤フミさん、震災孤児が訪問した時の資料などの展示など盛り沢山。時計の1つは日本時間。グランドの掲揚台には日本国旗も掲げられなど何と日本愛に満ち溢れた学校だろう。 -
*そして子どもたちが帰る際に利用したと思われるルートと両国の国旗が
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*ロッカーにも富士山が描かれています
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*驚くなかれ、1つは日本時間です
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*絵で歓迎してくれる子どもたち 着物姿の子も
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*日本語の授業の様子
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*校長先生にも大変お世話になりました
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*そして途中から細かい打ち合わせをしてくださったJ先生も一緒に
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*漫画にはJ先生も登場しています
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*ウクライナ国旗も見える
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https://www.youtube.com/watch?v=w0UpRXl6_r0
なぜポーランドの子供達は「君が代」を歌うのか? -
https://www.youtube.com/watch?v=jhd3qs0NjYU
ポーランド孤児救済から百年 -
https://www.youtube.com/watch?v=q_yY3epUhI8
ポーランド シベリア孤児記念小学校 -
*8年生の担任の先生から説明があります
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準備段階からお世話になり、ショパン空港に迎えに来てくださり、最初の晩泊めていただいたJ先生のサポートで8年生(日本では中学校2年生)のクラスで広島に関しての話をし(実はポーランド語訳の方が遥かに長かった)、
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学校に関するサイト https://siberianchildren.pl/ja/elementaryschool-jp/
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*こちらにも国の誇りワルシャワ蜂起の展示が
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その後訪問に際して何かと助けていただいたワルシャワ日本語学校の教頭先生にお会いできた。
https://www.facebook.com/japonski
*(重要)この旅行記を読んで訪問したくなった方がいらっしゃるかもわかりません。私が言うのもなんですが、先方は教育機関です。訪問客を受け入れるためにはそれなりの準備が必要となり、過大な負担を掛ける可能性があります。従って興味本位での訪問は絶対にお止めください。もしどうしても訪問したい場合は、明確な理由を明らかにし、先方様の許可を受け、お土産など(例えばけん玉は50個以上あるそうです)十分に打ち合わせをしてからにしてください。
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