2026/02/20 - 2026/02/20
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fmi(ふみ)さん
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この旅行記スケジュールを元に
東京都区内の梅の見どころを検索すると、必ず目立ったところに出てくる世田谷「羽根木公園」。
いったいどんな所かと、試しに行ってみることにした。
聞きしに勝る梅の名勝であった。前回の池上梅園より敷地も広い。区立の都市公園とは思えない、見事な梅園だった。
そのほか、まねき猫で有名な彦根井伊家の菩提寺、豪徳寺も散策した。春節の為か、中国人観光客が多かったが、意外や白人も目立った。
天候も花見日和だった。詳しくは画像をご参照ください。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.5
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
-
小田急梅ヶ丘駅。各駅停車しか停まらない。
今回はここからスタート。梅ケ丘駅 駅
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駅から徒歩数分の所に、世田谷区立羽根木公園がある。
もう公園の入口からして見事なしだれ梅。
「梅ヶ丘」という地名は、この公園の梅から名付けたのかなと思ったら逆で、「梅ヶ丘」という地名にちなんで、昭和42年に区がこの公園に梅を植樹したのが始まりだそうな。羽根木公園 公園・植物園
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羽根木公園の案内図。梅まつりの最中。
世田谷区立羽根木公園、高台から小田急線に向けて斜面になっており、その高台と斜面一帯に梅の木が多く植えられている。梅の植樹エリアは植え込みがあって中には入れないようになってるが、細かく散策路が張り巡らされてるので何不自由なく梅を撮影できる。中国人観光客も多く結構な人出だが混雑感はあまりない。
戦前は東武鉄道で有名な根津財閥が所有していた土地を、昭和30年代になって公有化し、公園にしたものである。 -
羽根木公園の風景
650本、60品種の梅が咲く。白梅の方がやや多い。 -
羽根木公園風景。
江戸時代のこの地域は、甲州街道(国道20号)と矢倉沢往還(国道246号)の中間にあり、農村と山林しかなく、六郎次という野鍛冶が住んでいたことから六郎次山と呼ばれていたらしい。
今では想像できないが、大正後期に関東震災、そして昭和初期に小田急が開通したことで、開発が始まった模様である。付近には、歌人、斎藤茂吉(北杜夫の父)が院長を勤めた病院もあったらしい。 -
羽根木公園風景、奥に茶室がある。
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丘陵上になっていることが分かる。
梅の樹々の向こうを、小田急の電車が通っている。 -
イチオシ
羽根木公園中央部。
公園は予想以上に広く、梅林があるエリアは全体の三分の一程度である。
梅だけでなく、桜並木もあり、つつじも結構植えられていた。紫陽花も結構植えられているようだ。 -
羽根木公園、丘の上広場。
出店が幾つか出店しており、甘酒、飲み物、コーヒー、酒類、フランクフルト、安倍川餅やお汁粉、等々が売っていて、机や椅子もあり、ちょっとした腹ごしらえが可能。 -
羽根木公園は、長方形の上に正方形を置いたような形をしており(ちょうどドイツ連邦共和国の形を逆さまにした感じ)、南北450m、東西300mくらいはある。園内の高低差は10m程度。
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小田急梅ヶ丘方向の入口を望む。南西方向を向いている。
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羽根木公園は、北側は、小田急梅ヶ丘駅よりも、京王井の頭線東松原駅の方が近い。
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斜面に梅の樹々。
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公園の梅1
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イチオシ
公園の梅2
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公園の梅3
満この日は満開ではなかったな。七分咲きくらいか。
二月中には盛期を過ぎてしまうと思う。 -
公園の梅4
さて、次の目的地に行くか。 -
小田急線側の出口。小田急側の入口はここだけなので少ないように見えるが、実は北側中心に10か所ほどある。
梅まつりは3月1日の日曜日まで。大体例年ひと月くらいか。祭り催行中は平日も模擬店やイベントがあるようだ。 -
梅ヶ丘駅から小田急の各駅停車で、隣の駅、豪徳寺駅に行く。
目的地は駅名にもなっている豪徳寺だ。梅ケ丘駅 駅
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豪徳寺駅。東急世田谷線の乗換駅でもある(駅名は違う)。
梅ヶ丘駅と違い、この駅は駅前が狭隘。小田急線の複々線区間の駅の中では乗降客は少ない方だが、それでも1日27000人以上は乗降する。京成の都内の普通しか停まらない駅で、ここより乗降客が多いのは、お花茶屋と立石だけ。
駅名の由来となった豪徳寺は、実は(お寺の正門まで)900mくらい離れており、東急世田谷線の宮の坂駅の方がずっと近い。
しかも、道が狭く、そこを外国人旅行客(何故か白人が多かった)が結構往来する。豪徳寺駅 駅
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イチオシ
東急世田谷線沿いに狭い道を歩く。
日中7分30秒間隔で運行、便利。 by fmi(ふみ)さん東急世田谷線 乗り物
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世田谷線の沿道から回り込む感じで、豪徳寺の山門に到着。意外と歩く。
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豪徳寺仏殿。
大谿山豪徳寺、曹洞宗のお寺。境内は予想外に広いが、敷地の三分の一は墓苑。その墓苑の中に徳川重臣、井伊家の墓がある。豪徳寺 寺・神社・教会
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紅梅が1本、白梅が1本目立つところに咲いていた。
豪徳寺自体は室町時代から存在していたが、江戸時代の初期(寛永年間)に、徳川重臣で彦根藩主、井伊家の菩提寺になったさいに、寺の名前を豪徳寺としたようである。
井伊家の菩提になった経緯が有名な「まねき猫伝説」なのだが、この話の真贋は不明。
ただ、その伝説から、このお寺は「まねき猫のお寺」として有名になり、「招猫観音」、要は観世音菩薩としてまで祀られ、「招猫殿」というお堂まで建立されている。そこはまさにまねき猫だらけ。 -
仏殿と白梅。屋根に井伊家の旗印である「井桁紋」が幾つか輝いているんだよね。
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豪徳寺の白梅その2
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豪徳寺の庫裏と書院。
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御朱印状を貰うためか、結構列を作っていた。外国人が多い。ちょうど昼休憩の最中。
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豪徳寺梵鐘と紅梅。
紅梅の大きな木が境内で目立っていた。梵鐘と鐘楼は江戸時代のものがそのまま残っている。 -
豪徳寺三重塔
平成18年に建立されたばかりの塔。秋は周囲が紅葉で囲まれるらしい。 -
イチオシ
紅梅と背後に香炉・狛犬。
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井伊家墓地。一番奥に井伊直弼の墓がある。
井伊直弼という幕閣は、我が佐倉藩の名君、堀田正睦の政敵でもあり、直弼による安政の大獄で正睦は謹慎を命じられ、そのまま亡くなったので、我がいにわの民から見れば、殿様の仇でもある。
安政の大獄で堀田正睦が井伊大老に処罰された際の罪状は「無断登城」。武家諸法度に明記され法令にのっとった処罰なので筋は通っている。
直弼の日米通商の強行や14代将軍擁立に関して「一橋派」が登城日(大名はそれぞれ参勤中は江戸で幕府の役職に就いており、決まった日に登城する義務があったが、それ以外の日に登城すると謀反を疑われた)以外に江戸城に登城し、直弼を詰問したが、それが法度に背いたとされたのである。
墓所も菩提寺も我が堀田家と比べると広く立派なので尚更気分は複雑である。
NHKの大河ドラマで井伊直虎が主役だったが、その次の代に井伊家は徳川家康に仕えることになる。徳川四天王の一角、井伊直政は、後に彦根藩30万石の殿様となり、譜代大名筆頭となる。「大老」という名誉職に就ける家柄であった。時代劇では赤色で統一された鎧を着た家臣団がイメージされるところ。
対して我が堀田家はもともとは豊臣勢であり、家光の頃に譜代大名として取り立てられたので、老中にはなれるが井伊家に比べると譜代としての格は落ちる。まあそれは石高に現れ、井伊彦根30万石と堀田佐倉11万石と三倍の開きはある。井伊直弼墓 名所・史跡
-
直弼墓所の案内板。
井伊家は江戸時代通じてずっと彦根を治めたが、堀田家は紆余曲折があることは、以前
「成田、郷土史の「光と影」」ーhttps://4travel.jp/travelogue/11748434
で紹介した。
明治以降も違いがあり、最後は明治政府に寝返った井伊家は伯爵に列せられたが、明治維新でもどっちつかずだった堀田家は子爵だった。
戦後、16代目の井伊直愛は、おひざ元の彦根市長として36年にわたり彦根を治めたが、堀田家は色々あり、末裔である堀田正久が佐倉市長となり佐倉を治めたのは4期16年である。
両家は互いに市長だった時代に「和解」をしているが、佐倉の「領民」、いやその佐倉の役人だった私としては正直複雑な思いである。
彦根城は国宝として立派な天守が残っているが佐倉城にはなく、堀田家の菩提寺も墓地も、そして菩提寺に隣接する邸宅も、井伊家に比べると、質素である。 -
井伊直弼の墓。
現在の当主、井伊岳夫氏は、元彦根市役所職員であり、現在は彦根城博物館の館長である。私と大体同じ世代であり、彦根の役人になった時期も私が佐倉の役人になった時期と重なっている。
なんか、不思議な感慨だよね、私自身ももう今は役人ではないし(成田のある団体・協会の理事と言う肩書は持っている)。
以前も述べた通り、「安政の大獄」は幕府の法令に基づいた処分であり、筋は通っている。だが、本来名誉職である大老の地位を最大限利用し、法を厳格、いや私的に解釈し、横車を押すように当時の懸案だった「開国」も強引に押し通した。徳川将軍も朝廷もさしおいて権勢を振るいすぎ権威と化したのである。
率直に言うと、安倍晋三や今を時めく高市首相と同じニオイがする政治家なのだ。そして、私はそういう権威主義者は好きではない。
聖徳太子十七条の憲法で曰く、「天に二君なし」。井伊直弼も安倍晋三も「臣」であり「君」ではない。両者とも、その最期が「暗殺」、これは偶然なのだろうか。
.権勢を徒に振るう者、力を持ちすぎた者は、この国では神罰がくだるかもしれないと、奈良や宇治の紀行文でも私は記した。
また、江戸時代は「ゆるさ」を許容したからこそ長く続いたと別の紀行でも記した。「ゆるさ」というのは、我が国の政を安寧に治める際には無くてはならないものだと、行政に関わった身だからこそ強調したい。
....そんなことを墓前で物思いにふけった。 -
井伊家墓所は塀で囲まれており、一か所だけ出入口がある。
... 私は、この国のかたちは「権威」と「権力」が分立しているから長い歴史を保ってこれたと考えている。
本来「臣(おみ)」である権力者が権威「君(きみ)」を超克し権勢振るおうとするときに、何か大きな目に見えないものが動くのではないだろうがとふと感じる。
蘇我入鹿しかり、織田信長しかり、大久保利通しかり ...そして、安倍晋三。....このさい彼らの功績は問わない。またその多くは、当時の「法令」という筋ではなく「テロ」という犯罪行為で亡くなっている。
「法と権勢」の鎧を着た存在は「義であるが無法」で斃される... 創作の世界でもそんなのが多いんですよね。そんなのは邪道なんですよ、やはり。
権力を専横する存在に対して「義」を通すのはテロしかない、そんなの悲しすぎませんか。
佐倉宗吾や成田闘争も田中正造も大石内蔵助も違法行為でしたが、「義」がありました。直弼を斃した水戸のテロリストは犯罪者ですが、義はあったのでしょう。「人が死ぬことを受け入れ、時に反抗のうちで死ぬのは、それが自分個人の運命を超える『善きもの』のためだと信じているからである」とは、カミュの言葉だったか。 -
井伊直弼が眠る豪徳寺だが、井伊家の守り神、まねき猫のお堂があるのも豪徳寺である。
そのまねき猫の為のお堂、「招福殿」。
山門まである。立派。 -
招福殿の門前にはまねき猫のそれまた立派な像。
豪徳寺=ネコというのは、海外でも広く知れ渡っているようで、結構な数の外国人がここに集まっていた。洋の東西を問わない。
豪徳寺では「まねきねこ」に当て字をして「招福猫児」と呼び、観音菩薩として神格化している。 -
招猫殿は令和4年に改修されたばかりで新しい。その左脇(西側)に、無数のまねき猫の置物がある。
外国人が皆撮りまくる... -
あたり一面、猫猫猫.....
南無招猫観世音菩薩....
ここのまねき猫は、一般に見かける置物と違い、左手に小判は持っていない。右手は招いている。欧州にもまねき猫の置物は結構普及しているらしく、向こうのものは「Come on」と手の甲を相手に見せる動作をしている。英語圏では「Lucky cat」と言うらしい。
まねき猫は後述する通り、日本発祥であるが、海外にも広く普及している。
猫の外国語だが、中国では「猫(マオ)」、韓国では「???(コヤンイ)」、ドイツでは「Katze(カッツェ、雌猫)」、フランスでは「chatte(シャット、雌猫)」、ロシアでは「Кошка(コーシカ、雌猫)」 -
イチオシ
まねき猫の由来は諸説あるが、いずれも江戸時代の江戸周辺で発祥したことは共通している。
良く知られているのは、井伊直孝が鷹狩の帰りにこの寺に寄った際、住職の飼っている猫が手招きをするしぐさをしてたので、お寺の中に入ったら、雷雨を避けることが出来たという説である。以来、井伊直孝はこの寺を菩提寺に定めたという話。
彦根市のマスコットキャラ「ひこにゃん」はここのまねき猫がモデルである。
猫は犬と違い、自立心が高く、あまり群れないうえ、狩りをよくする。犬は食に不自由していない時は狩りはしない、人と共存した時期が長いせいか、犬は猫に比べると狩りは下手である。概して犬より数年長寿で足の構造で分かるが忍び寄り型に特化し、犬のように走り追い立てるのは苦手。身体はかなり柔軟で、犬では不可能な木登りが出来る。視力が高いが強い光は目を傷める、犬と同様色の識別は困難。香箱座りという独特な座り方をするが、これが可愛らしいと好評。
ムスリムの間では猫は喜ばれるが、欧州では不吉な生き物とされる時代もあった。我が国でも「化け猫」「猫又」「ねこ娘」など、犬と違い妖怪譚が多い。 -
庫裏の前に一本白梅が咲いていた。
-
納骨堂と紅梅。
納骨堂も令和になってから改築されたばかり。
全体的に建物は修築されたものが多く、この時点では本堂が改築中であった。 -
豪徳寺を後にし、宮の坂駅から東急世田谷線で三軒茶屋まで来た。
平成の頃に大きく改築し駅舎周辺に複合ビルが出来、逆に乗り換え先の東急田園都市線との距離がやや遠くなった。三軒茶屋駅 駅
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田園都市線三軒茶屋駅は地下にある。
これに乗って帰宅した。
羽根木公園は予想外に梅が見事であったのは、今回の紀行の大きな発見だった。 おわり。東急田園都市線 乗り物
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