2025/10/20 - 2025/10/24
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まつじゅんさん
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秋の九州の旅、6部作の最後です。
昨夜は、高千穂峡から別府温泉へ移動し、別府温泉 豊泉荘に宿泊、温泉と美味しい料理に癒されました。
翌朝も湯浴み三昧の後、別府温泉らしい景観を、湯けむり展望台から望み、別府湾SAで小休憩の後、宇佐に向かいました。
最後も、時間が足らなくなり耶馬渓を泣く泣くパスし、東九州自動車道で大分駅に向かい、レンタカーを返却して予約していた17時44分発のソニック50号にギリギリ乗車し、小倉駅で新幹線 のぞみ64号に乗り換え、新大阪21時21分に到着、JRで川西池田に出て、自宅に22時半頃に無事帰還いたしました。
Ver.6は、宇佐神宮から、中津城と福沢諭吉旧居、中津唐揚げ、というこの度ラストの備忘録です。
・Ver.1 出発からサンフラワー滞在+なにわ淀川花火2025編↓
https://4travel.jp/travelogue/12025563
・Ver.2 飫肥、鵜戸神宮から宮崎宿泊 編↓
https://4travel.jp/travelogue/12031923
・Ver.3 宮崎神宮、青島・青島神社 編↓
https://4travel.jp/travelogue/12032066
・Ver.4 高千穂神社、真名井の滝・高千穂峡 編↓
https://4travel.jp/travelogue/12032148
・Ver.5 別府温泉 豊泉荘から湯けむり展望台 編↓
https://4travel.jp/travelogue/12032199
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 船 レンタカー 新幹線 JR特急 徒歩
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別府ICから東九州道経由で宇佐ICで降り、宇佐神宮まで約1時間。
参道前の駐車場に車を入れ、神橋(表参道太鼓橋)を渡り境内に進みます。
向こうに見えるのが、2023年7月から4か月に渡って新設工事が行われた太鼓橋前大鳥居で、高さ10mだそうです。
全国に約44,000社ある八幡宮の総本社とされていて、京都の「石清水八幡宮」、福岡の「筥崎宮」と並び、日本三大八幡宮のひとつです。宇佐神宮 寺・神社・教会
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見えてきたのが、表参道大鳥居です。
前の鳥居は、1111年に建てられたと言われていて、1798年に御許山の杉で建て替え等行われていましたが、1934年の台風で破損した事から、1937年に昭和大造営によって、建立された大鳥居で、初めて宇佐鳥居の形式で建立されたコンクリート製で、高さ11m程あって、境内で一番高い鳥居です。
宇佐鳥居とは、宇佐神宮独自の形式で、笠木が反りあがっていて、先端が斜めに切られており、額束が無く柱の上部に黒い大輪が置かれているという特徴があります。 -
大鳥居前の狛犬は、左右どちらとも阿形で、左側の狛犬も口を開け、左前足の下に邪鬼を踏んでいるようです。
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表参道を歩いていくと、右手に宝物館や参集殿がありました。
1985年の第253回勅使奉幣大祭の記念事業として、宝物館及び参集殿が建設され、国 宝 孔雀文磬を始め、重要文化財6点、県指定文化財等、数百点の文化財を収蔵し、展示公開されています。
今回はパスして進んでいくと、春宮神社がありました。
春宮とは皇太子のことで、応神天皇(八幡大神)の子供である、莵道稚郎子命を祀っています。宇佐神宮 春宮神社 寺・神社・教会
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参道の左手には絵馬殿や菱形池、庭園があります。
こちらの池には、約1万株の古代蓮が繁殖していて、7月から8月にかけては美しい薄紅色の花を見られるそうですが、今の季節は水藻が一面を覆っていました。
鯉の餌を売っていたので、鯉好きの私達試しに投げ入れてみると、藻の間から鯉の口が現れました。
この池の蓮は、東大阪市日下町の旧家井上家に伝わっていたものを、1973年に移植したものだそうです。 -
手水舎にあった、この水盤は「日本一の水盤」だそうで、山口県産の徳山御影石を使用したもので、重さが24tあって、国産御影石では国内最大の物だそうです。
ここまで歩くと結構な距離になりますが、まだまだお社は見えてきません。
宇佐神宮の創建は725年らしいですが、これは奈良時代 聖武天皇の時代で、約1300年の長い歴史があります。
敷地は物凄く広く、12世紀の頃には九州にある荘園の1/3以上あったそうで、当時から大きな勢力を持っていたことが分かります。
今でも、約14万坪 約50万㎡の領域があります。 -
表参道の突き当りは広場になっていて、上宮と下宮に分かれる参道があります。
それぞれの参道に、鳥居が立っていて、左の鳥居が、少し大きい上宮側の鳥居です。
主要な参拝スポットを優先的に回るとすると、表参道から「大鳥居」をくぐり、手水舎で清めた後、「西大門」を通って「上宮」へ進み、一之御殿、二之御殿、三之御殿の順に参拝し、その後「下宮」へとの事ですが、私達は帰りにこの道を通らないような気がして、先に下宮を参拝いたします。
参拝は、出雲大社と同じで、二礼四拍手一礼だそうです。 -
伊勢神宮の内宮と外宮と同じように、宇佐神宮も上宮と下宮の2つの神域で構成されています。
下宮・上宮は祭神は同じで、古来「上宮」は国家の神、「下宮」は民衆の神として、広く崇敬を集めているようです。
起源は810年で、嵯峨天皇の勅願によって創建され、農業や漁業等の一般産業の発展を見守る神様として、「御炊宮」とも呼ばれています。
上宮の分神を祀っているので、上宮と同じ八幡大神、比売大神、神功皇后の三柱です。
一説によると、昔は上宮は身分の高い者しか参拝できなかったため、下宮が庶民の参拝の場所となり、このような形になったと言われています。 -
左上:下宮の一之御殿です。
八幡大神が祀られていますが、相殿に大神比義命が祀られており、大神比義命は宇佐神宮の初代大宮司との事です。
右上:二之御殿で、比売大神、宗像三女神が祀られています。
楼門が建っていないので、奥に本殿が見えています。
左下:三之御殿には神功皇后が祀られています。
右下は摂社の若宮神社です。
除災難・厄難の神様として崇拝されていて、大鷦鷯命、大葉枝皇子・小葉枝皇子・隼総別皇子・雌鳥皇女の五柱が祀られています。
これらの神様は、主祭神である八幡大神(第15代天皇「応神天皇」)の子女で、大鷦鷯命は、応神天皇のあと第16代天皇となった「仁徳天皇」です。 -
若宮神社の手前の参道に、三角形の石が二つ並ぶ「夫婦石」という敷石があります。
二つの石が寄り添うように並ぶことから、縁起が良いといわれていて、夫婦やカップルは、手を繋いで左右の石を一緒に踏むと、幸せになるといわれています。
齢70前になる、私達(老)夫婦にも、ご利益がありますように。宇佐神宮 若宮神社 寺・神社・教会
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宇佐鳥居の中でも、一番有名な西大門前に鎮座する一の鳥居です。
正面の西大門は、約280年前の江戸時代中期に建築され、2025年5月に約80年振りに改修されて、朱塗りの美しい姿を見ることが出来ました。
木造のこの鳥居が境内の鳥居の規格とされていて、県の有形文化財に指定されています。 -
上宮は宇佐神宮の核心部で、小倉山山頂に鎮座する国宝の本殿です。
八幡大神をお祀りする、一之御殿が小椋山に建てられたのは、奈良時代の725年で、これが宇佐神宮の創建と言われています。
その8年後に二之御殿が建立され、比売大神をお祀りし、一之御殿造立から約100年後の823年に、三之御殿が建立され神功皇后をお祀りしたことで、3つの御殿が鎮座する現在の形となった様です。
朱塗りの鮮やかな3棟の社殿が連なり、多くの人の信仰を集めてきた宇佐神宮ですが、下宮も含め一乃御殿に、主祭神の八幡大神を祀っているのですが、社殿の中央、真ん中ではないのですね。
不思議に思いました。 -
建物は、宇佐神宮発祥の「八幡造」と呼ばれる建築様式で建てられていますが、現存する伝統的な木造八幡造の神社は10社に満たないようで、貴重な物ですね。
各御殿は、通路で繋がった別々の建物のように見えますが、2つの切妻屋根を持つ1つの建造物で、内部は、寝台を備えた内側の広間である「内院」と、御椅子が置かれた外側の広間である「外院」に分かれていて、神様は、日中は外院で人々の祈りを受け、夜は内院に移り休息するといわれていますが、???ですね。
右下は、大元神社遥拝所です。
大元神社がある御許山は、宇佐神宮の奥宮と呼ばれる神の山で、現在でも御許山の山頂は神域になっていて、立ち入り禁止だそうです。
御許山は標高647m、大元神社は9合目に位置していて、簡単に参拝することが出来ないので、境内に遥拝所が設けられているようです。宇佐神宮 大元神社遙拝所 寺・神社・教会
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奥様、八徳神おみくじなるものを引いていました。
おみくじと共に、宇佐神宮に祭られている御神徳の高い八神(八幡様・比売神様・神功皇后様・黒男様・北辰様・護王様・八坂様・若宮様)のお守りが入っています。
私達のは北辰様が入っていました。
北極星信仰の神で、我が家の近所にある妙見山も北極星信仰ですから、何かご縁を感じますね。
おみくじは「吉」でした。 -
ゆっくりと◇池の方向に降りていくと、亀山神社の傍に「御霊水」というものがありました。
亀山の麓、三つの霊泉からなる御霊水は、上宮御本殿の真裏にあって、常に清水が湧き出で絶えることのない霊泉のようです。
八幡大神が、御霊水の辺りに初めてご顕現になったと伝えられています。宇佐神宮 亀山神社 寺・神社・教会
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境内の中央にある大きな池は、菱形池と呼ばれていて、八幡大神が初めて現れたとされる御霊水に程近い場所にあり、宇佐神宮の歴史の始まりの場所とも言われています。
池にある島々には、小さな神社や能楽殿があり、一帯は公園のようになっています。宇佐神宮庭園 公園・植物園
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最初に入った鳥居の近くに、機関車が展示されています。
この機関車は、1894年に国鉄の前身で会った九州鉄道が、ドイツから購入し活躍していたそうです。
後に大分交通の宇佐参宮線を走り、1965年に廃止されるまで、71年間も走っていたそうです。
駐車場の向かい側には仲見世があり、お土産、和菓子、おもちゃ、乾物等のお店や、カフェ、飲食店等が軒を連ねています。
参道の是恒商店で、お乳飴を購入。
昔ながらの手作り製法を守り、唯一の「宇佐ブランド認証品」の様ですが、神功皇后が応神天皇を育てた際に、母乳の代わりにしたという伝承から「お乳飴」と呼ばれている、歴史ある飴です。宇佐神宮仲見世通り 名所・史跡
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宇佐神宮を出て、中津に向かいます。
R10、R213経由で約50分、中津城址の駐車場に到着です。
すぐ前に、中津大神宮がありお詣りさせて頂きました。
伊勢神宮の大神様の分霊が祀られていて、「豊前の国のお伊勢様」として親しまれている神社のようです。
この場所は、中津城の松の御殿跡にあるそうです。中津大神宮 寺・神社・教会
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この城址公園には奥平神社もあり、この場所は中津城本丸・上壇に建っています。
祭神は、奥平貞能公・信昌公・家昌公が祀られているそうです。奥平神社 寺・神社・教会
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公園内を進んでいくと、中津城がありましたが、こちらは観光施設(奥平家歴史資料館)のようですが、所有者は民間で市との間で、色々ゴタゴタがあったようです。
2007年に、奥平神社や奥平家子孫の所有していた土地、建物(展示物、奥平神社は別)を、市か民間企業に売却する方針を表明し、当初3億円としていた売却価格を中津市の希望の1億5,000万円に引き下げたが、中津市は1億3,900万円が上限と譲らなかったため、2010年に不動産会社を通じインターネット上で、一般に売却することになり、2010年に埼玉県の業者に、模擬天守等の建物を外客したそうです。
元の中津城は、黒田孝高が1588年から築城し、1600年に細川忠興が完成させた、梯郭式の平城でしたが、1870年に福沢諭吉の進言により、中津藩士は御殿を残して、建造物を全て破却してしまいました。
1877年には、西南戦争の際に増田宋太郎率いる中津隊の襲撃により、御殿も焼失(跡地は中津神社)しました。
その後、1964年になり本丸上段の北東隅櫓跡(薬研堀端)に観光開発を目的として、この模擬天守閣が建造されたそうです。
日本各地にある城郭とは、少し異なった経緯で建てられたお城のようですね。中津城(奥平家歴史資料館) 名所・史跡
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江戸時代の絵図には天守は描かれておらず、中津川沿岸の本丸鉄門脇に三重櫓が描かれているのみで、高さ、外観など含めて、このような天守であったかは分からないようです。
ただ、中津城に残る黒田孝高が普請した石垣は、1588年に普請された、現存する近世城郭の石垣としては、九州最古のものが残されていて、本丸上段北面石垣は、黒田家の石垣に細川家が石垣を継いだ境も見られ、本丸南の堀と石垣は、中津市によって修復、復元されているが、黒田・細川時代の石垣改修の跡を見ることができる等、石垣については古来の物を見ることが出来るようです。 -
お城も面白くないし、ランチタイムにしよう、となり調べていくと評判の良いカレー屋さんがあるとの事で向かいました。
こちら「諭吉コルリ」は、福澤旧居レストハウスにある、カレー食べ放題のお店で、日本に初めてカレーを紹介した福澤諭吉が、1860年に「Curry」を「コルリ」と紹介したという事から、店名が付けられたそうです。
私達に食べ放題が無理なので、サラダ、ドリンクバー付きの単品セットと、中津唐揚げを発注です。
カレーは優しい味のやや甘口で、名物の唐揚げも味噌が使われているとの事で、美味しかったです。諭吉コルリ グルメ・レストラン
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お腹も膨れ、福澤諭吉が幼少年期を過ごした旧居に向かいます。
国の史跡で、記念館が併設されています。
福澤諭吉が1歳6ヶ月の時、父の急死により1836年秋に、母子6人で大坂の中津藩蔵屋敷から藩地の中津に帰ってきた際、最初に住んだ家は現存していないようですが、その後移り住んだ、母の実家だったこちらが福澤旧居です。
福澤諭吉は大阪堂島の中津藩蔵屋敷で生まれましたが、出身地は出生地と違って、
「生まれた土地」よりも「育った土地」に重点が置かれていると思うので、福澤諭吉は大分県出身の偉人となるのでしょうね。福澤諭吉旧居 名所・史跡
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旧居に隣接して、福澤記念館がありました。
福澤諭吉の遺品・遺墨・書籍等の諭吉関連の資料が展示されていて、1階は時系列に福澤諭吉の一生を辿り、2階は福澤諭吉の人脈や事業等、様々な側面にスポットを当てて紹介されています。
福澤諭吉は、慶應義塾(慶應義塾大学)の創設者として有名ですが、他にも、商法講習所(一橋大学)、神戸商業講習所(兵庫県立神戸商業高等学校、神戸大学等の設立の嚆矢)、伝染病研究所(東京大学医科学研究所)、土筆ヶ岡養生園(東京大学医科学研究所附属病院、北里大学)の創設にも尽力し、新聞「時事新報」の創刊者でもあります。
敷地には、慶応大学野球部の記念植樹もありました。 -
福澤記念館が結構面白く、見学に時間を取ったので、耶馬渓に紅葉を見に行くというプランは、もろくも崩れました。
大分駅まで1時間ちょっと掛かるとの事で、16時前に出発します。
ナビの誘導で宇佐道路から東九州自動車道に入り、大分駅には出発50分前に到着しましたが、レンタカーの返却に少し手間取り、バタバタとしてしまい、駅でパンと飲み物を購入し、乗車はギリギリ10分前となりました。
大分駅発17時44分のソニック50号に乗車、小倉駅には少し遅れて到着、急いで新幹線ホームに移動し、19時16分発の「のぞみ64号」に無事間に合いました。
新幹線に乗ってしまえば楽ちん移動、新大阪駅に滑るように到着。
JR宝塚線で川西池田に向かい、能勢電に乗り換え、22時30分頃に自宅に到着しました。
九州の広さ、大分~宮崎の移動時間を軽く見積もっていて、バタバタだった感じがありますが、往路はサンフラワーで12時間の船旅、帰りは新幹線で5時間と、今までにない移動方法で、楽しい旅行となりました。
サンフラーワーで行く秋の九州、ここまで!。大分駅 駅
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