2025/11/20 - 2025/11/20
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kojikojiさん
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「オリオンホテル那覇」での一夜が明けて朝食はホテルでいただきました。1階のレストランではハーフビュッフェのスタイルで、メイン料理4種類から選択できます。カレーを選びましたがかなりスパイシーでとても美味しかったです。ビュッフェのスープやサラダやジュース類も充実していてなかなか良いと思えます。部屋に戻って出掛ける準備をしていると友人夫婦が車で迎えに来てくれます。奥さんが水着を買いたいというので「あしびなーアウトレット」に行くことになり、1時間ほど自由時間になります。「ラルフローレン」とか「BOSS」などを冷かしながら「アルマーニ」に入るとエンポリオですが40%オフになっています。アルマーニは西武百貨店が持っていたころから好きで、安く買えたこともあり長年愛用していたので懐かしいです。きれいなジャケットとジャンバーがあったので悩んでしまいます。2つ買うと結構な金額になってしまうけど、どちらも良いので悩んでいると、「2点お買い上げいただくとさらに20%オフになります。」と神の声が聞こえます。そこで即決しながらも妻が背後でハンガーを持っていないか確認します。さらにコール・ハンで靴、まで買ってしまい、突き合わせて悪かったと思っていた友人夫婦に思いっきり笑われました。お昼は昨日休みだった「海鮮食堂 太陽」でエビ天丼をいただきました。こんな辺鄙な所でも韓国や台湾から若い観光客がレンタカーで来ているのにはびっくりです。「美浜アメリカンビレッジ」も前から気になっていたのですが、我々が利用する旅行会社のツアーではここに来ることは無く、足の無い我が家にはなかなか来れないところでした。今回は連れてきてもらうことが出来て本当にありがたかったです。ここでもTシャツなど買ってしまい、さらに荷物が増えてしまいます。続いて「氷ヲ刻メ」というかき氷屋さんにも連れて行ってもらいました。ここも車が無いとなかなか来れないところです。そして「道の駅 嘉手納」にも寄ってもらい、米軍機の離陸を時間も忘れて眺めてしまいました。この日の夜は4人で「平和通り商店街」から「公設市場裏せんべろ横丁」に繰り出しました。ここも前から知ってはいましたが来るのは初めてで通りを歩くだけで楽しい気分になってきます。1軒目は「まいすく屋」、2軒目は「天」、3軒目の「ねま屋」を出るころにはすっかり出来上がっていました。ここでどうしても行きたい店があり、3人を連れて「桜坂劇場」の先の「BARサクラザカ」に行きます。午後9時から開店ですがこの日は30分くらい遅れていたようです。持ってきた100円玉で3台のジュークボックスの中から懐かしい曲を選んでかけまくりです。日付が変わる前に何とかホテルに戻り、楽しい1日が終わりました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 高速・路線バス 観光バス 船 タクシー JALグループ 私鉄 自家用車 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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「オリオンホテル那覇」での一夜が明けて朝食はホテルでいただきました。
オリオンホテル 那覇 宿・ホテル
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1階のレストランではハーフビュッフェのスタイルで、メイン料理4種類から選択できます。
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この日はカレーを選びましたがかなりスパイシーでとても美味しかったです。スパイスが苦手な方は止めた方が良いと思えるほどです。
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毎日用意されているジャガイモのスープも美味しかったですし、ピンク色のドラゴンフルーツヨ-グルトと緑色のミックスジュースと色どりもカラフルです。
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現在の「オリオンホテル那覇」は昭和48年の1972年に西武流通グループ(セゾングループ)の西武都市開発とオリオンビールの折半出資で「ホテル西武オリオン」を設立して、昭和50年の1975年に開業しています。
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昭和59年の1984年の夏に西武百貨店の当時の外商事業部の仕事で1カ月ほどホテルに滞在しながら客室の改修工事の監理を行っていました。今回はその時以来の宿泊でした。昨年宿泊した「沖縄ホテル」は昔の雰囲気が残っていましたが、このホテルには面影は残っていません。
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迎えに来てくれた友人夫婦の車に乗り込んで那覇周辺のドライブに連れて行ってもらいます。沖縄のツアーにはその後も何度か来ていますが、今回はツアーでは行かないようなところを案内してもらいます。
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まずは友人の奥さんが水着を買うというので「あしびなーアウトレット」へ行くことになりました。
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沖縄の方言で「遊び場」という意味のある「あしびなー」という名前がついた大型アウトレットモールで、那覇空港から車で約15分くらいの距離にあるようです。
沖縄アウトレットモールあしびなー アウトレット
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1時間ほど自由行動になりましたが、特に買い物などするつもりはありませんでした。何軒かの店を覗いていて、「アルマーニ」のショップでエンポリオのジャケットとコートが気に入ってしまいました。50%オフになっているのですが、どちらにしようか悩んでいると、店員さんが「2点お買い上げいただくとさらに20%割引になります。」というささやきで両方買ってしまいました。
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さらに妻が見たいと言って入った「コール・ハーン」でも靴を1足買ってしまいました。5月に行ったイギリスの旅行でも「ポーツマス」のアウトレットで羽目を外してしまい、トランクまで買うことになってしまいました。今回はもう宅急便が必要になりました。
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昨日は休みだった浦添市の牧港漁港内にある「海鮮食堂 太陽(ティーダ)」に行ってみました。すでに何台もの車と待っている人の姿がありました。
海鮮食堂 太陽 グルメ・レストラン
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午前11時過ぎですでに店内は満席になっています。韓国から来た若い女性たちはレンタカーでここへ来ているようです。SNSの力はすごいと思います。
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まずはメニュー表を見て何を食べるかを決めておきます。
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「エビだけ天丼」美味しそうです。先に食券を買って待つことになりますが、10分ほどで中に入れました。
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まずは生ビールをジョッキでいただきます。11月とはいえ暖かな沖縄ではビールが美味しいです。
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友人のおすすめの「エビだけ天丼」にしてみました。プリプリの大きなエビはとても美味しいです。
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昨日の「うみちか食堂」も美味しかったですが、ここの沖縄そばも美味しいです。
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友人の注文した「天丼」も美味しそうでした。
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次に行くことがあったら「海鮮丼」も良さそうです。
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牧港漁港内の白い「製氷」の建物が青空に映えます。
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お昼を食べた後は前から行ってみたかった北谷町(ちゃたんちょう)の西側に広がる「美浜アメリカンビレッジ」に連れてきてもらいました。
美浜アメリカンビレッジ 名所・史跡
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自分より大きなものや太いものとはこうやって写真を撮らせてくれます。
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カラフルな建物が海沿いに並び、ショッピングセンターや飲食店、カフェ、ホテル、アミューズメント施設などが並んでいます。
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妻は長年ハワイへ行きたいと言っていますが、いつになったら叶えてあげられるのか分かりません。
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なかなか面白いショップがたくさんあり、ここでもTシャツなどを買ってしまいました。
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買ったTシャツの入った袋はすぐに日傘の代わりになりました。アルマーニで買い物するなんて言われなかったので安く済んでよかったです。
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長年来たいと思っていたところなので友人たちに感謝です。
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次の機会があれば夜に来てみたいと思います。
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続いて連れてきてもらったのは「氷ヲ刻メ」というかき氷屋さんです。
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総合格闘技家とカフェオーナーをされている方のお店だということです。駐車場が一杯だったので少し離れたところに友人が停めに行ってくれました。
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お店には先客が2組いらっしゃいました。若い頃によく通っていた「福生」辺りのアメリカンハウスを改造したような雰囲気を感じます。
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普段はかき氷など食べに行くことは無いので不思議なメニューです。
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「自家製焦がしキャラメル」を2人で食べることにします。
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なるほど今まで食べたかき氷の概念が変わる食感と美味しさです。アイス好きの妻はもうスプーンが止まりません。
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友人夫婦は何度も来ているようで、お店の方とも顔見知りでした。こちらは「本日の裏メニュー」で、少しいただきましたが、ナッツが香ばしくて美味しいです。
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懐かしいフォルクスワーゲン・タイプ3が駐車してありました。同時代の「プアマンズ・ポルシェ(poor-man's Porsche)」と呼ばれたカルマンギアとともに子供の頃はカッコよく思えました。
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車は宜野湾市の「沖縄コンベンションセンター」の辺りに差し掛かります。大谷幸夫の設計した美しい建物は来るまで走っていても何度も見ることが出来ました。
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車はアメリカ軍の「嘉手納飛行場」の近くを走りました。このフェンスの形には見覚えがありました。
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共同通信社に勤めていた父が昭和44年の1969年に返還前の沖縄にあった支社の視察に行っていた写真が残っていました。そのフェンスと形が現在も同じです。
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残されていた写真の中にはボーイング B-52 ストラトフォートレスの姿も写っていました。「成層圏の要塞」の意味を持つこの戦略爆撃機は、当時の小学生の間でも誰もが知っている機体でした。ベトナム戦争のニュースは子供心にも暗く思え、「北爆」なんて言葉が新聞紙面にもよく見られました。
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「道の駅かでな」で休憩することになりました。
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野國總管は農民が旱魃などで苦しむのを見て、1605年(慶長10年、万暦33年)に中国の福州(現在の福建省福州市)に渡った際に現地の人物から蕃薯(ばんしょ/さつまいも)を教えてもらい、鉢植えの苗を持って同年のうちに帰国して野国村で試作しました。悪天候に左右されない蕃薯は土地によく根付いたことから村の農民に広められ、これによって餓死など凶作による村人の災難は防がれました。
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「道の駅かでな」の屋上展望台からは「嘉手納飛行場」が良く見渡せました。喜多川から南に向かっての方向を眺めていることになります。
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B52は昭和40年の1965年から沖縄に飛来するようになります。同年からベトナム戦争へ本格的に介入した米軍は嘉手納基地を補給と出撃基地として利用し、昭和43年の1968年2月からB52を常駐させるようになります。
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手前側にはKC-135Rストラトタンカー医療輸送機が資材を積み込んでいました。ストラトタンカーは成層圏の燃料輸送機という意味があります。
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民間旅客機であるボーイング707の姉妹機として知られますが、実際には先行設計されていた輸送機型の367-80をベースにしつつ、開発中であったボーイング707の設計を反映させる形で造られたようです。鈍く光る機体の色にB-52の姿を想像してしまいます。
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MC-130J特殊作戦機はC-130 ハーキュリーズをベースに特殊作戦に従事するための改装が施された輸送機・特殊作戦機です。
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F-35BライトニングⅡの動きが盛んになってきました。単発単座のステルス多用途戦闘機で、ロッキード・マーティンを中心とする複数の企業によって開発されました。
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アメリカ軍の機体ばかりだと思っていましたが、航空自衛隊のT-4練習機の姿もありました。
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T-4は日本で開発された亜音速ジェット機で、航空自衛隊ではプロペラ機による初等訓練を終えたパイロットがつづいて訓練するための中等練習機として用いられています。航空自衛隊のアクロバットチームである「ブルーインパルス」の3代目機種がT-4です。
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F-35BライトニングⅡが2機づつ離陸していきます。目の前を通過した後の爆音の激しさには驚きました。
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MC-130Jが着陸してきました。思っていたよりも頻繁に離着陸するのだということを感じます。
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1945年4月にアメリカ軍やイギリス軍からなる連合国軍が沖縄戦で旧日本陸軍中飛行場を接収し、終戦後はさらに現地住民から土地を強制接収して拡張した基地です。
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4,000メートル級の滑走路2本を持ち、100機以上の軍用機が常駐する極東最大の米軍基地で、軍人やその家族、軍属や日本人従業員を含め人員2万人以上に上るそうです。
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離陸時には高速で排出されるガスによる「揺らぎ」が見えます。戦闘機などで使われるアフターバーナーは排気ガス中に燃料を再噴射して燃焼させるため、さらに大きな「ゆらぎ」や炎を見せることがあります。
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幼稚園の頃に「サンダーバード」をリアルタイムで観ていた世代としてはたまらない世界です。
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そして「ウルトラセブン」のウルトラ警備隊のウルトラホークに憧れて、子供の頃はそんな絵ばかりを描いていました。
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先ほどまで近くで機材を積み込んでいたKC-135Rストラトタンカーが離陸していきました。
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B-52はどれほどの機体だったのだろうか想像しても思い浮かびません。
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アメリカ海兵隊のUH-1Nでしょうか?アメリカ軍のヘリコプターを見ると頭の中にはコッポラの映画「地獄の黙示録(Apocalypse Now)」のシーンを思い出してしまいます。
https://www.youtube.com/watch?v=VE03Lqm3nbI&t=25s -
映画を初めて観た時には単純に映像として素晴らしいと感じましたが、後にベトナムを何度も訪れるようになって当時のベトナム戦争のことも学ぶようになりました。
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東西冷戦中のアメリカの軍事的な行動は100%否定できないことはあるのかもしれませんが、このところのアメリカ軍の軍事行動などには疑問も感じます。
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もちろん基地など無いに越したことはなく、沖縄の方々の思いも理解できますが、現在の日中関係を考えると地理的な軍備も必要なのかなとも感じます。
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展望台にはマニアの方々が無線放送を傍受しながらカメラを構え、中国人の観光客がたくさん飛行機を見に来ているちょっと不思議な空間でした。
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戦闘用の軍用機で無くこのような機体ばかりが飛ぶような時代は来るのでしょうか?その時は基地は必要なくなるのでしょうね。
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いろいろなことを考えさせられる「道の駅かでな」の展望台でした。
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「道の駅かでな」の建物の中には「嘉手納」の歴史についての展示もありました。
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「沖縄戦」とは第2次世界大戦末期の昭和20年の1945年に沖縄諸島に上陸した米軍と英軍を主体とする連合国軍と日本軍との間で行われた戦いで、3月26日から始まり、主な戦闘は沖縄本島で行われ、沖縄本島での組織的な戦闘は4月1日に開始、6月23日に終了しました。
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「嘉手納基地」の前身の「中飛行場」は4月1日の占領後に随時整備拡張が行われ、同年6月には全長2,250メートルの滑走路が完成し、本土爆撃のためのB-29等大型爆撃機の主力基地として使用されました。
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第2次世界大戦の後の米ソの対立や中華人民共和国の設立、北朝鮮などを考えると地理的な「太平洋の要石」という位置づけを感じざるを得ません。
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複雑な気持ちで「道の駅かでな」を後にしました。入れ替わりにやってきた修学旅行の高校生たちはお土産物屋に直行していましたが何を想うのでしょうか?自分の高校の修学旅行では広島を訪ねましたが、事前に「丸木美術館」を訪れたり、ずいぶんと下準備をした記憶があります。
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ツアーで来ることの多い我々は「那覇空港」にある「A&W」に行くしかありませんがロードサイドの店も魅力的です。
A&W カーニバルパーク美浜店 グルメ・レストラン
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友人に立ち寄るかと尋ねられましたが、夕食のことを考えるとここで時間を潰してお腹を満たしている暇はありません。
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浦添市にある「アイム・ユニバースてだこホール」の前を通過しました。ネーミングライツをアイム・ユニバースが取得した文化芸術施設のようです。
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そして「浦添市美術館」の横も通過しました。この時は全く知りませんでしたが、日本初の漆芸専門美術館だと知り、連れて行ってもらえばよかったと思いました。タイやミャンマー漆器を始め琉球漆器も若い頃から集めているのに迂闊でした。
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この日の夕食は友人夫婦と4人で飲みに行くことにしていました。「国際通り」から「平和通り商店街」に入ります。
平和通り商店街 市場・商店街
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きれいになった「第一牧志公設市場」には何度も通っています。
第一牧志公設市場 市場・商店街
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夜になるとこの辺りは店の閉まるのも早く、それに伴って観光客の姿もめっきり減ってしまいます。
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無人のセルフの店を抜けると目指すエリアに到着します。
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「せんべろ」という言葉は2000年代初頭に若者を中心に広まり、作家の中島らもと編集者の小堀純が共著で「せんべろ探偵が行く」という本を出版したのが最初とされています。
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沖縄の「大衆串揚酒場 足立屋」が2010年以降に「せんべろ文化」を全国に広める火付け役になったと言われています。
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「せんべろ」という言葉は、「千円」と「ベロベロに酔う」を組み合わせた俗語で、主に1,000円前後でお酒と美味しいおつまみを楽しめる気軽な飲み方を指します。
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那覇では「せんべろ」文化が特に発展しており、多くの店で「3杯+1品で1,000円」といったシステムが提供されています。「国際通り」周辺や「牧志公設市場」の裏手などには、せんべろを楽しめる店が密集しています。
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昨夜は琉球の伝統的な料亭である「美榮(みえ)」で夕食をいただきましたが、この日は180度真逆の沖縄の文化を楽しみます。
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まずは「まいすく家」という店に入ってみます。壺屋の「弁当通り」に「そば処 まいすく家」という店もあるようです。
まいすく家 グルメ・レストラン
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ようやく友人夫婦と腰を落ち着けて飲むことが出来ました。といっても旦那さんの方はお酒飲めないのですが。
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ここに来てようやく海ブドウと島ラッキョウ、ポテサラなど沖縄らしい料理がいただけました。
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ゴーヤチャンプルーは家でも作りますが、やっぱり沖縄で食べるという気分も料理をおいしくしてくれます。
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鶏の塩麴から揚げも胡椒が効いてスパイシーです。
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昭和の飲み屋みたいな雰囲気が初めて来た店なのでに懐かしいです。
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年間を通して温かな気候の沖縄で食べられる「沖縄おでん」のそのルーツははっきりしていないようですが、食べられ始めたのは戦後になって日本の文化を積極的に取り入れるようになった頃だそうです。ここでは焼き軟骨ソーキと大根とソーセージが煮込まれています。店を出る時に気が付いたので食べられなかったのが残念です。
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ここが「せんべろ文化」を全国に広める火付け役になった「足立屋」です。混んでいたので他の店に入ることにします。
角打ち酒場 足立屋 グルメ・レストラン
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2軒目は「琉球酒場 てん」です。
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ここはまさにドリンク3杯とおつまみ1品で1,000円という店です。
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お酒を飲むのは3人だけなのでサイコロは9個でした。ドリンクの残りは1人2杯です。
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以外に美味しかったのはこの鮪の天ぷらでした。揚げたての熱々が出てきます。沖縄では鮪は冷凍しないのが当たり前なので、どこで食べても美味しいです。追加で注文したせーいかの刺身もねっとりして美味しかったです。
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妻は那覇の夜が楽しくて仕方なさそうです。若い頃はよく妻に新宿の「ゴールデン街」や東池袋「美久仁小路」なんて連れて行ってもらいました。そんなところに行きつけの店を持つ不思議な人でした。もう40年近く前のことですが…。
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若い頃はきれいで素敵なお姉さんで、気前良くおごってくれていい人だなと思っていましたが、その後の人生を考えたら高い飲み代を払うことになりました。
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どうも明るくて賑やかな店は敬遠してしまうのはなぜでしょう。
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3間目は「食べ?み処 ねま屋」という店に入りました。
食べ呑み処 ねま屋 グルメ・レストラン
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ここも千ベロの店ではありませんが、おつまみが美味しそうでした。
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キュウリの浅漬けは小さい峠の釜めしの器に入ってきました。
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口寂しくてフライドポテト。
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スティックもずく天はめちゃくちゃ美味しかったのでおかわりまでしました。
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あちち豆腐もとん平焼きのようですが、美味しいのでおかわりました。
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玉ねぎと紅しょうがの天ぷらも美味しかったです。
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最後に鉄火巻と梅紫蘇巻。
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閉めの0円スープで〆ました。
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3軒ハシゴしてお腹もいっぱいになりましたが、どうしても行きたい店があり、3人を誘います。
桜坂劇場 名所・史跡
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通りかかった「桜坂劇場」では見逃していた「プラハの春 不屈のラジオ報道」が掛かっていました。チェコには長年の思い入れがあり、妻と一緒に旅したことを思い出します。
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昨年「国際通り」の「久高民芸店」で買った眞喜屋修の緑釉のシーサーの方が出来が良さそうです。
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その下にあった上江洲史郎(うえず しろう)の厨子香炉が気になってしまいます。父親の上江洲茂生は沖縄随一の厨子甕陶工として知られている人で、壺屋の仁王窯で修業された方です。翌日会に行こうと思いながら忘れてしまったのを後悔しています。
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不定急だったりるするので電話しましたが繋がらずに心配していましたが、ちょうど開店の時間でした。先客が4名いらっしゃいましたが、カウンターに座ったので、4人でソファーの席に座れました。この店には1年前にも来ています。
BAR サクラザカ グルメ・レストラン
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ここでの目的はジュークボックスで懐かしい曲を掛けるということです。友人は2歳違いなので知っている曲も多いと思いました。
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「AMi MODEL D-80」
1909年にアメリカミシガン州に創設されたピアノ工場が1925年に「AMi Co.(Automatic Musical Instrument Company)」としてジュークボックスの開発に着手しました。2年後の1927年には世界初の電気アンプを使った選曲式のジュークボックスをリリースし、その後も美しいデザインと優れた技術力を併せ持つトップブランドとして君臨しています。 -
「AMi XJKB-100 Continental 2」
まずは中学生の時に初めて買ったヴァン・マッコイの「ハッスル」からスタートします。そして1970年代の曲をかたっぱしにリクエストします。
https://www.youtube.com/watch?v=5mYIQ0H0F3I -
WURLITZERは1856年にドイツ人のルドルフ・ワーリッツアーがオハイオ州にてピアノの輸入や自社製造を行う「Rudolph Wurlitzer Company」を設立し、1933年にコイン式のジュークボックスの製造を開始します。デザイナーのポール・フュラーによる色鮮やかなプラスティックやバブルチューブなど美しいデザインのモデルが大ヒットしました。40年ほど前に真剣に買おうとしましたが、当時400万円という値段に手も足も出ませんでした。
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こんな店に入った瞬間に昭和に戻れる店が近所にあったらいいのですが。
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3人は音楽よりも置いてあった宮沢りえの「サンタフェ」に気持ちが行ってしまっています。
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昨年に続いて「バーサクラザカ」へ来ることが出来て大満足です。いい気分で「国際通り」のホテルまで歩いて帰りました。
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