2025/09/19 - 2025/09/19
701位(同エリア10322件中)
mistralさん
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- 旅行記283冊
- クチコミ23件
- Q&A回答19件
- 384,948アクセス
- フォロワー111人
ロンドン滞在中、一度は大英博物館に行こうと思っていたので、早々に予約を済ませた。ホームページから日時を指定しての予約をする。入場料は無料だけれど、ドネーションのお願いがあるので少額だけれど協力させていただいた。それはそうだと思う。あれだけの規模の博物館の維持、管理だけでも巨額の経費を必要としていることと思う。
その後、バッキンガム宮殿で行われている衛兵交代式も見てみたいとの夫の希望を受けて、一旦済ませていた予約はそのままで、午後2時からの予約を再度取った。2度目のドネーションも。
衛兵交代式は11時からということなので、10時から取っていた大英博物館の予約は忘れることとなった。
mistralはすでに一度交代式を見ていた。確か早くから待機して門の中、宮殿前で行われる交代式も見えるような場所を確保した記憶があった。どのぐらい前から待機していたのかしら。1時間前以上前から待っていた記憶が。
(表紙写真は交代式が終わって帰るオールド・ガードさん達)
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
ロンドン到着の翌日の9月19日、
時差ボケで早朝に目覚める。
アパートにあるwashing machine を使わせていただくつもりだった。
9時から利用できるようで、様子を見に行ったらホテルのタオル類を洗っていたようで、終わるまでしばらく待機していた。
同じようにお洗濯する方が見えて、「日本人デスカ?」と聞かれてびっくり。オーストラリアからの方だった。日本にも何度かみえていて、一番好きな国だそう。
会話が弾み、おしゃべりしながらしばらく待っていたので、あっという間に次の順番がやってきた。
洗濯をしていたので、アパートはゆっくり出発。
グリーンパーク駅から宮殿方向へ歩いていくと(10時45分ごろ)軍楽隊の演奏の音が聞こえ始めていた。
今にして思えば、11時から交代式が始まるそうなので、宿舎からの出発はその頃になるようだ。 -
ゲートを通り過ぎるころには広場前は大勢の観光客で埋まっていることがわかってきた。
-
それはそうだよね、と納得。
もう行進してくる一隊が見えているんですもの。 -
軍楽隊の華やかな音色が響きわたる。
-
今日はお天気も良いので、黒い毛皮のお帽子も暑そう。
-
-
早くから待機していた方々の場所にはロープが張り巡らされていて、もうそこには入り込めないようになっている。そのロープの周りを沢山の人が移動していたり、取り囲んでいるので、門扉の中の儀式の様子はほとんど見えない。
しばらく最適な場所を求めて周辺を回ってみたが、すでに良い場所は見つからず。オールド・ガードが戻っていくのに合わせて、私たちも引き上げることにした。
途中から、携帯を充電していたままアパートに忘れたことに気づいた。更に、午後の大英博物館の予約をプリントした用紙まで忘れてしまっていた。予約状況のわかる携帯まで忘れているとなったら、一旦アパートに戻らなくてならないと思った。 -
オールド・ガードの人たち
セントジェームズ宮殿に戻るのか、ウェリントン兵舎に戻るのか?
背の高さはまちまちだった一隊。 -
ケンジントン宮殿の比較的近くに滞在していたので、時間に余裕があったらダイアナさんの散歩されたというルートに埋め込まれているプレート沿いを歩いてみようかなぁなど思っていた。
しかしそんな時間は結局ないままロンドンから移動。
バッキンガム宮殿ちかくで撮っていた写真があって、そのことを思いだした。 -
グリーンパーク駅のスタバでサンドイッチでランチ。
その後アールズコート駅まで引き返した。
そして再び、今度は大英博物館へ。
無駄足が多くなってしまった。 -
14時の予約時間には充分に間に合ってやってきた。
-
入場を待つ行列はなく、三々五々、博物館前の広場でくつろいでいる人々がおられた。
-
時間になったので正面入り口方面へ行ってみると、予約のある人は、左側へ回り込みセキュリティチェックを受けてから正面から入場、と告げられた。
-
入場してすぐのグレートコート。
夫にはここで別行動にしようと提案。
夫は定番のエジプト、ギリシャなどから見ていきたいそう。
mistralは、前回、この定番コースを見ていたので、ヨーロッパの中世部門をじっくりと見てみたいと思っていた。
それというのも、今は4トラにはアップされていない方の大英博物館の訪問旅行記が気になっていたからだった。
それぞれの希望を二人で一緒に見て行ったとしても、この広大なミュージアムでは疲れ果ててしまいそうに思ったからだった。 -
Upper Floor 中世ヨーロッパ部門 Room No.41(?)から見学を始めた。
最初に目に入ってきたのは柱頭彫刻群。
コメントはそばに掲げられていた掲示を撮影、google翻訳アプリなどの助けを借りてまとめました。
<グロテスクな頭部>(左上部のもの>
舌が突き出たこのグロテスクな頭部は、 ソールズベリーのロジャー司教(1107~1139 年)の城のために彫刻された可能性があります。司教はシャーボーンとデヴィゼスに城を所有していました。グロテスクな装飾は教会建築にも見られるので、おそらく純粋に装飾的な意図で造られたものかもしれません。
1130~1140年頃
イングランド -
<絡み合った蛇の柱頭>
この柱頭彫刻には、尾を噛む蛇が絡み合っている様が施されています。ロンドンのチープサイド近郊で発見され、1100年から1200年の間に建てられた教会、オール・ハロウズと関連があると考えられています。この教会は1666 年のロンドン大火で焼失しました
1125~1150年頃
イングランド -
<竜退治の柱頭>
この彫刻は、人間と神話上の獣が戦っている 様子を描いています。短いチュニックを着た男が竜の尾にまたがり、首をつかみ、槍を胸に突き刺しています。これは、人間と悪の闘いの寓意であると考えられます。この彫刻はサフォーク州ベリー・セント・エドマンズの修道院で発見され、おそらく出入り口の 一部だったと考えられます。
1130年頃
イギリス、サフォーク州ベリー・セント・エドマンズ -
<トリング・タイル>
以前から実際に自身の目で見たいと思っていた。
どこにあるのかと探してみたら、部屋の片隅に展示されていた。
この中世の壁タイルのシリーズは、イギリス、ハートフォードシャー州トリングの「骨董品店」で発見されたそう。
聖書には書かれていない物語で、若き日のキリストの日常を描いているとのこと。そもそもキリストにも少年時代があったなんて、なかなかイメージがついていかない。福音書の記述には幼少期の場面が欠けており、それを補うために創作されたものだそう。
・イエスが幼い頃に行ったとされる奇跡や出来事などが描かれている。
・作中、イエスが奇跡を起こして死んだ子供(逆さまに描かれている)を生き返らせる場面が複数ある。
・イエスがいたずらや遊びを通して奇跡をおこす様子が描かれている。
・聖母マリアが介入することで物事が正常に戻っていく。
などなどの記述が興味深い。 -
そばに一枚一枚の図柄への解説があった。
文面そのままに訳していますが、意味不明の箇所もあります。
左:真夏にトウモロコシが 収穫されています。
右:両親は子供たちがイエスと遊ばないように、 オーブンの中に閉じ込めてしまいます。
(どうしてイエスとは遊ばせないようにしたんだろう?) -
左側のタイル
左:イエスは遊んでいるライオンの子を指差し、両親の後ろにいる 二人の男をからかっている。
右:イエスが見守る中、斧を持った親方が梁を短く切りすぎ た作業員を叱責している
右側のタイル
左:イエスは梁を適切な長さに引き延ばす。
右:梁は牛が引く鋤に使われます。 -
イエスが最初の公の場での軌跡を行う場面。
カナの婚礼で水をワインに変える。 -
左:イエスはヨルダン川のほとりに池を作りました。いじめっ子がそれを壊して死んでしまいました。
右:イエスは足で少年に触れて生き返らせました。
(イエスの作った池を壊したために、いじめっ子は死んでしまう…ということは、イエスがそうなるように呪ったのか?) -
左:少年がふざけてイエスの背中に飛び乗り、死んでしまう。
右:イエスが少年を生き返らせる間、2人の女性がヨセフに不満を言う。
(これもそんな感じで、イエスにちょっかいを出した為に、その少年は死ぬこととなったような。) -
左:父親がイエスと遊ばせないように、息子を塔に閉じ込める。
右:イエスが奇跡的に鍵を外して、一緒に遊ぶことが出来る。
(イエスと遊んではいけなような理由があったのかしら?) -
左:イエスは教師のレヴィに顔を平手打ちされる。
右:イエスは教師たちを驚かせながら病人を治す。
タイルの絵柄がかわいらしく、冗談かと思われるようなストーリーとも相まって、どんな作者?の方が書いたのか、いたずらをしてみようかと思われたのか、想像を膨らませられたトリング・タイルだった。
ちなみに残りの2枚はV&Aミュージアムにあるようですが、このことは帰国後に知ったことでした。 -
<セント・オールバンズの初期レリーフタイル>
チャプターハウスは修道士たちの毎日の会合に使用されていた。ロバート・オブ・ゴーハム(1151~1166年) の在任中、セント・オールバンズのベネディクト会修道院のチャプターハウスに高浮き彫りのタイル張りの床が設置されました。タイル張りの床の様式から、建物の年代を特定することができるそう。このような初期のレリーフタイルはフランスでは知られていないようだが、ドイツ、デンマーク、ポーランド、 さらに東の地域では一般的だったそう。 -
<インチャフリー修道院の紋章>
パースシャー州クリフ近郊のインチャフリーにある オースティン修道士会は、1200年に設立されました。
この紋章の両面、 表側には、修道院の守護聖人である聖ヨハネが羽根ペン、または手のひらと本を手に、ゴシック様式の建物の中に立っている姿が描かれている。裏側には、彼のシンボルである鷲が描かれてい ます。
1269年頃~1399年頃 -
<二人の修道士を描いたタイル>
修道士たちは世俗世界から隔絶していることを示すために、 独特の衣服を着用していた。修道会の中には、修道服から識別できる会もある。 プレモントレ修道会は、ウェスト・ミッドランズのヘイルズ オーウェン修道院の鉛釉タイルに示されているよう に、白く染色されていない修道服を着用していたようだ。彼らは白い修道士として知られ、一方ベネディクト会の修道士は黒を好み、フランシスコ会の修道 士は茶色を着用していた。 -
<ビザンチン金貨>
ビザンチン帝国は、西暦740年から787年、 そして814年から842年にかけて、聖像破壊論争によって揺さぶられた。宗教的人物を人間の形で描き、崇拝することが適切かどうかについて、激しい論争が繰り広げられたそうだ。
ビザンチンの貨幣はこの闘争を反映していた。キリストは690年代に初めて貨幣のデザインに使われ始めた。しかし、最初の聖像破壊皇帝であるレオ3世は、貨幣からすべての宗教的シンボルを削除した。聖像破壊は最終的に皇后テオドラの摂政の時代になって否定された。
その後、キリストの像がビザンチン貨幣の標準的なデザインとなっていった。
1.ユスティニアヌス2世の金ソリドゥス貨幣
(在位685~695年、705~71905年)
2.レオ3世(在位717-741年)の 金ソリドゥス
3.ミカエル3世(在位842-856年)の金 ソリドゥス -
<バイランド修道院の舗道>
この精巧なモザイクの舗道は、イギリス、 ヨークシャーのバイランド修道院から出土したもの。この修道院は人里離れた田園地帯に位置し、一帯は羊の飼育で有名な地だった。修道院の教会の大部分を覆う豪華なタイル敷きの舗道は、羊毛の販売によって資金が賄われていました。
修道士たちは舗道の上を行進しながら瞑想し、祈りを捧げていたそうだ。 タイル職人はおそらく修道院共同体から派遣されて来たようだ。修道士や修道院長の中にはローマを訪れた者もおり、このようなモザイクは地中海の色彩豊かな石畳の影響を受けている可能性があります。 -
バイランド修道院の跡地と所在地
-
<中世のチェス>
チェスは戦略と技能を競うゲームとして考えられていました。 中世では、チェスは騎士の戦術能力を磨くために用いられ、騎士の七つの技の一つとされていました。一方、教会は聖職者によるチェスのプレイを禁じていましたが、1200 年頃までに徐々にその見解をゆるめていきました。男女も一緒にチェスをプレイし、中世の恋愛詩では、チェスは浮気や男女の戦いと結び付けられるようになりました。
スコットランドのルイス島で発見された。
1150年~1200年製 -
チェスは西暦500年頃にインドで生まれ、 南スペインとイタリアのイスラム教徒を通じてヨーロッパに伝わりました。 ボーン(歩兵)はイスラム版のゲームから 直接派生した抽象的な駒です。
-
<キング、クイーン、ビショップ、ナイト>
中世ヨーロッパのチェスセットは、封建社会の秩序を反映していました。膝の上に剣を置く王、顎を手に乗せる女王、ミサのために正装した司教、馬に乗った騎士、徒歩の歩兵(ルーク)が描かれています。女王は、 おそらく当時の聖母マリアの表現のような威厳のあるポーズをとっています。 盾を噛むルーク(番兵)は、北欧のサガで バーサーカーとして知られる、非常に獰猛な 架空の英雄を表しています。 -
<どのように作られたのか?>
セイウチの象牙とクジラの歯は非常に硬い素材で、金属製の道具で加工する必要があります。牙はのこぎりで切断され、ノミで慎重に彫られました。 職人は、牙の歯髄腔を満たしている二次象牙質を避ける必要があったため、高度な技術を必要としました。
ほとんどの作品で、製作者は海の腹足類によって損傷を受けた象牙を使用しており、牙が収集された時点ではセイウチはすでに大分前に死んでいたことを示しているようです。 -
<ガラスのカメオ>
1 全能のキリスト
1200~1300年頃、ビザンチン帝国、ガラス
2 聖デメトリウス
1200~1300年頃、ビザンチン帝国、ガラス、W.O.スタンリー寄贈
3 神の母エレウサ(慈悲の女神) 1200~1300年頃、ビザンチン帝国、ガラス
4 聖ヤコブ
1200~1300年頃、ヴェネツィア、ガラス、 F.スレイド寄贈
5 竜を槍で突く大天使ミカエル 1200~1300 年頃、ヴェネツィア、ガラス
F.スレイド寄贈
コンスタンティノープルは1204年の第4回十字軍の間に略奪され、1261年まで西方支配下に置かれ ました。この時期に、ガラスカメオの生産はビザンチンからヴェネツィアへと移りました。 おそらく巡礼者のためのお守りや土産として使われていたのでしょう。
半透明のガラスで作られたものはビザンチン(1~3)、不透明 のガラスで作られたものはヴェネツィア(4~5)です。 -
<4つの教会の祝祭を描いたイコン>
このイコンは、 コンスタンティノープルに次ぐ、ビザンチン帝国で最も重要な芸術
の中心地であったテッサロニキで描かれたと考えられています。キリストの生涯における4つのエピソードが描かれており、これらは重要な宗教的祝祭として祝われていました。
「受胎告知」(左上)では、 聖母マリアは糸を紡いでいる最中に、大天使ガブリエルの突然の到来があります。「降誕」(右上)では、聖母マリアはキリストの子を宿した飼い葉桶の隣で眠っています。
「変容」(右下)では、 預言者モーセとエリヤがキリストの前に現れ、キリストの顔と衣服が超自然的に輝いています。
1310~20年頃 -
<サットン・フー>(Sutton Hoo)って?
始めて出会ったことばであり、少々の説明が(自分自身に対して)必要でした。
サッとン・フーは
イブスウィウィッチ(リヴァプールから約1時間20分かかる)からメルトン駅へ、そこからはバスで20分、更に徒歩で25分ほどかかる。
7世紀の墳墓群サットン・フー は、中世イギリスに関する考古学史上最大の発見と言われている。(1939年に発見された。)ここで見つかった副葬品は、大英博物館のアングロ・サクソン時代の展示の中心となっている。
西暦600 年代初頭に遡るこの墳墓は、長さ27 メートルの船の中央に建てられた木製の部屋の中にあり、更に全体は高い土塁で覆われていたそうだ。これは中世初期ヨーロッパで発見された中で最も豪華な墓だそう。墳墓群はアングロサクソン王国イースト・ アングリアの王など、主要人物を埋葬したものと考えられているそうだ。
<サットン・フーの兜>
完全な兜。これはアングロサクソン時代のイングランドから出土した、現存するわずか4つのうちの1つ。発見時の破損した状態から、丹念に復元された。サットン・フー の兜は、その並外れた保存状態と印象的な外観 により、中世初期を象徴する貴重なものとなってる。 -
<レプリカの兜>
このサットン・フー兜のレプリカは、オリジナル の壮麗さをそのまま伝えてくれている。表面は明るい銀色で、台座は金箔と鮮やかな赤いガーネットで装飾されている。
兜は、紋章付きの鉄帽、ネックガード、 頬当て、フェイスマスクで構成されていて、元々は錫メッキの銅合金板で覆われ、動物や戦士のモチーフで飾られていました。
兜の全体的なイメージは、ゲルマン、スカンジナビア、 ローマ由来のモチーフが組み合わされている。更によくデザインされおり、機能的にも完全なものだった。
<生き物のパズル>
兜の「顔」は様々な生き物で構成されている。「眉毛」「鼻」「口ひげ」は、ガーネットで縁取られた翼と目を持つ空飛ぶ獣の形を形成してい ます(次の写真)。その獣の鼻先は、兜の頂上を形成している蛇のような生き物の鼻先と接触し、翼の先端には獰猛なイノシシの頭が描かれている。
ゲルマンのイメージで人気のあるこれらの恐ろしい動物は、戦士に ふさわしいシンボルであり、おそらく守護の力を持っていると考えられてい たようだ。
(1970年代。ロイヤルアーマリーズ製、SHR3) -
上記冑の中央にある空飛ぶ生き物の図
-
<リュクルゴスの杯> ローマ 帝国後期、西暦 300 年代
このガラスの籠型の杯には、 トラキアの王リュクルゴスの神話の場面が描かれている。リュクルゴスは、ギリシャのワインの神ディオニュソス、そしてメナデス (ディオニュソスの女性の従者)、そしてニンフ のアンブロシアを襲いました。 アンブロシアは母なる大地に助けを祈ると、大地は 彼女を蔓に変え、王に巻き付くようにしたそう。杯には、蔓に捕らわれたリュクルゴスと、 ディオニュソス、パン、そしてサテュロス (ディオニュソスの男性の従者)が彼の邪悪な行いを責め苦にかけている様子が描かれてい ます。
ダイクロイック(特定の波長のみを透過するガラス)として知られる非常に特殊な種類のガラス製で、完全な形で現存する唯一の例だそう。光にかざすと、不透明な緑色から透明な赤に変わる。
丁度館内は明るい時間帯だったのか、赤色になっていた。
(かつてはロスチャイルド卿のコレクションにあったが、 1958年にアートファンドの援助を受けて購入されたもの。) -
<中世の時代は>
この時代はヨーロッパにとって大きな変革の時代でした。ローマ帝国は西では崩壊しましたが、東ではビザンチン帝国として存続しました。人、 物、思想は大陸とその海を越えて移動し、 キリスト教とイスラム教が主要な宗教として台頭しました。
1100年までに、いくつかの近代国家の前身が形成され、今日私たちが知っているヨーロッパが形になり始めました。
中世の時代の空気に浸って、堪能した後
グレートコートで夫と会う時間を約束していたので向かっています。
まだmistralは一部屋ぐらいしか見ていないので、更に見学時間の延長をしなくては、と想いながら。 -
お互いにもう少し見学の時間が必要だね、と話し合い、mistralは引き続き先ほどの41番から更に奥の部屋に進んでいくこととしました。
古代メソポタポタ文明の部屋へ
・メソポタミア文明は紀元前6000年から1500年にかけて発展し、小さな農業集落が世界初の都市や帝国へと進化しました。シュメール文化が都市国家の基礎を築き、書記(楔形文字)や青銅器が用いられ、アッカド人によって最初の領域国家が形成されました。この文明はチグリス川とユーフラテス川に挟まれた肥沃な土地で栄え、現代社会の基盤となる多くの革新をもたらしました。
・主な段階と特徴
シュメール文化(都市の誕生)
紀元前3000年紀にウルやウルクなどの都市が建設され、世界初の都市国家が形成されました。
楔形文字が発明され、書記文化が発展しました。 -
そしてNO.56の部屋あたりまで進んで行った。
この像も、前述した方の旅行記に登場していた小さき方。
黄金製だった?
ヒッタイトの神の金製小像です。紀元前1400年から1200年頃のものとされ、メソポタミアで神を描く際によく用いられる角のある頭飾りを身につけています。
虫メガネで見られるようにそばに置かれていた。 -
この小像は、トルコ中央部のアナトリア地方で発見されました。身につけている曲がった武器は、剣または狩猟用の武器である可能性があるそう。
-
雄牛の上に立つ嵐の神テシュブの青銅像。
紀元前16~13世紀、 ヒッタイト -
飛翔する鷲とペンダントディスクが付いた金のネックレス
紀元前14~13世紀 -
<裸の男性のブロンズ像> 左
紀元前8~6世紀
カリアまたはフリギア
トルコ西部または中央部
<尖った帽子をかぶったトランペット 奏者のブロンズ像> 中
紀元前8~6世紀、カリアまたは フリギア、 トルコ西部または中央部
<楽器を吹く男の像> 右
紀元前8~6世紀、カリアまたは フリギア
トルコ西部または中央部 -
<茂みの中の雄羊>
この像は「茂みの中の雄羊」として知られる。ヤギが餌を探すときのように、前足を花の咲いた植物の枝に乗せて立っています。これは一対のうちの1つで、ウルの大墓のPG1237、死の穴の墓で発見されました。もう1体は フィラデルフィア大学博物館 に所蔵されています。
ロゼットとつぼみのある植物、そしてヤギの顔と脚は金箔で作られてい ます。ヤギの耳は銅、ねじれた角と肩の毛はラピスラズリです。体の毛は白い貝殻です。
長方形の台座は、貝殻、赤い石灰岩、ラピスラズリのモザイクで装飾されています。
元々は木製の芯で作られ、象嵌細工はビチューメン(瀝青)で取り付けられていました。この動植物の描写は、自然と豊穣を象徴しており、これらはシュメール人にとって非常に重要な点だったようです。
紀元前2500年頃(初期王朝 時代III)死の穴、 PG1237号 の墓から発掘された。発掘調査は大英博物館とペンシルぺニア大学の合同発掘調査による。 -
<ウルのスタンダード>
これも必見だと思っていたことを思い出して、最後に捜した。
ウル(Ur)は古代メソポタミア南部にあった古代都市。
紀元前三千年紀にはウル第1王期が始まった。
紀元前一千年紀に入ると新アッシリア帝国、新バビロニア帝国の支配を受けたが、紀元前5世紀のアケメネス朝の時代に入ると衰退したそうだ。
スタンダードとは「軍の旗」という意味で、両面に絵が描かれている工芸品。
こちらの面は戦車や兵隊を従えたウルの王が中央に描かれ,敵を打ち負かす「戦争の場面」が描かれている。
下段:4頭立ての戦車が4両あり、左から右に向かって戦車が次第に速度を増していく様子が描かれている。
中段:冑をかぶりマントをつけた8人のウルの兵士、中央は敵を捕えた兵士、右側は負傷した敵兵の姿が描かれている。
上段:中央は王、左側は高官、右側は連行されてきた敵兵。 -
一部分を拡大。
上段、右端は王様?
下段、馬の下で横たわっているのは死んだ敵兵? -
反対側。
こちらの面は山羊や羊、穀物の袋など貢納品が運ばれ、王と家臣が宴会を楽しむ「平和の場面」が描かれている。
中段から下段:家畜、魚、穀物など献上品を運ぶ列
上段:左から3人目の人物はひと際大きく描かれているので、王ではないかとされる。 -
実際の形
博物館発行の日本語ガイドより。
サイズは高さ21.6センチx幅49.5センチx奥行4.5センチの箱。
前後左右の面にはラピスラズリ、赤色石灰岩、貝殻などでモザイクが施されている。 -
平和の場面の拡大。
右から2人目の楽師が手にする牡牛の竪琴は、同じ形の竪琴がウルの王墓から出土している。(竪琴は下記写真を参照下さい。)
1927年から28年にかけてレオナード・ウーリーが行ったシュメール初期王朝時代の遺跡「ウル王墓」の発掘調査で、遺跡内でも最大級の王墓から発見されたそうだ。
遺跡内には王や后だけでなく多数の殉葬者が副葬品とともに葬られていた。スタンダードは王墓でバラバラの状態で発見され、後に復元されたそう。 -
「ウルのスタンダード」のすぐ近くに展示されていた竪琴、2点
<銀の竪琴>
レオナルド・ウーリーはウル王家の墓地の墓で複数の竪琴を発見しました。これは彼がグレート・デス・ピットで発見した4つの楽器のうちの1つ です。楽器の木材は腐っていましたが、 ウーリーは消失した木材の跡に石膏を流し込み、その形状と装飾を保存しました。 -
楽師が弾いていたのはこんな竪琴ではないかと想像。
-
<ウル王家のゲーム>
王家の墓地にある少なくとも 6つの墓には、現在ウル王家の ゲームとして知られるゲーム用 の、貝殻、赤い石灰岩、ラピスラズリ が象嵌された木製のゲームボード が埋葬されていました。これは、 古代近東全域で約3000年間プレイさ れていたゲームの初期の例です。
初期王朝時代III、紀元前2600~2300 年 ウル PG513の墓から
このような状態で、mistralがじっくりと見学してきたのは約2部屋のみ。
これでは何十年かかっても大英博物館の制覇はできないだろうと疲れ果てて地下鉄でアールズコート駅まで戻ったのでした。
晩御飯は駅前の賑やかな通りでのイタリアンを。
大きなピザは2人でも食べ切れず持ち帰ってきました。
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この旅行記へのコメント (6)
-
- しにあの旅人さん 2025/10/10 18:55:15
- バッキンガム宮殿だあ!
- なつかしい場所がでてきました。
ロンドン初日は、はとバスで回りました。大都会の定番バスツアーをはとバスと勝手に呼んでおります。
日本人向けツアーで、ガイドさんは日本人。ここいらへんがいい位置と教えてくれたので、早めにツアーメンバーは占拠しました。たしか宮殿に向かって左端の角でした。
衛兵さんがこっちに向かって来て、目の前を通りすぎるのがよく見えました。
この位置は柵までの距離もなくて、宮殿前の交代の儀式も見えました。
さすがプロ、よく知っていると感心したのを覚えています。
写真の位置よりもっと右でしたね。
いずれにしてもすごい人でした。
終わった後広場の中央の何とか塔まで行って、写真を撮りまくりました。
博物館ではご夫婦別行動なのですね。
我が家もそうです。
ここで何時に集合と決めて、別々に回ります。
ときどきすれ違いますが「やあ、お元気?」などとあいさつします。
入場してすぐの丸い建物。ありましたね。
これ、なんでしたっけ?
トリング・タイルというのですか。
漫画みたいな絵柄。
イエジの記念館にあったフェデリコ2世の一代記もこんな感じの漫画タッチでした。製作年代は覚えていませんが、ヨーロッパ中世にはこういうコミカルな絵もあったのか、と感心しました。
しんきくさい宗教画ばかりじゃないんだ!
- mistralさん からの返信 2025/10/12 15:55:20
- RE: バッキンガム宮殿だあ!
- しにあさん
いつもありがとうございます。
> なつかしい場所がでてきました。
はい、定番の場所ですね。
旅行記の表紙に載せるには、ちょっと気恥ずかしいくらいの定番です。
それでも衛兵さん達の出たちは写真映えしますから、ついつい採用。
> ロンドン初日は、はとバスで回りました。大都会の定番バスツアーをはとバスと勝手に呼んでおります。
> 日本人向けツアーで、ガイドさんは日本人。ここいらへんがいい位置と教えてくれたので、早めにツアーメンバーは占拠しました。たしか宮殿に向かって左端の角でした。
さすがはとバスの日本人ガイドさん!
ツボをきっちりと押さえてくださっていますね。
やはり早くから待っておられた事でしょうね。
前回友人と行っておりには、やはり早めに現地に到着して待機していました。
> 写真の位置よりもっと右でしたね。
> いずれにしてもすごい人でした。
> 終わった後広場の中央の何とか塔まで行って、写真を撮りまくりました。
人気スポットですから人垣が何重にもできていて、後から行ったらもう中には入れませんでした。
広場中央の丘にも鈴なりの人だかりでしたから、きっとそこからの見晴らしは抜群だったことでしょうね。
> 博物館ではご夫婦別行動なのですね。
> 我が家もそうです。
> ここで何時に集合と決めて、別々に回ります。
全く同じ行動パターンです。
> ときどきすれ違いますが「やあ、お元気?」などとあいさつします。
我が家では途中、すれ違いすらしませんでした。
> 入場してすぐの丸い建物。ありましたね。
> これ、なんでしたっけ?
上階には喫茶コーナーなどがあるようでしたね。
> トリング・タイルというのですか。
> 漫画みたいな絵柄。
そうなんです。
中世といっても早い時代の中世には、こんな面白い絵柄があったようで、とても惹かれます。
> イエジの記念館にあったフェデリコ2世の一代記もこんな感じの漫画タッチでした。製作年代は覚えていませんが、ヨーロッパ中世にはこういうコミカルな絵もあったのか、と感心しました。
おそらく1100年ごろから1200年ごろ?かと想像。まさにこのタイルが制作された年代と合っていると思います。この辺りの自由な気風を感じますね。
> しんきくさい宗教画ばかりじゃないんだ!
辛気臭い絵画にも惹かれますが、自由なこれらの漫画風タッチの絵もなかなか良いものです。
mistral
-
- 川岸 町子さん 2025/10/09 07:57:27
- トリング・タイル
- mistralさん、おはようございます。
大英博物館には圧倒されます!
ご主人さまと分かれての見学は、効率的ですね。
私もエジプトの展示を中心にまわったので、ほんの一部だけだったと思います。
トリング・タイルも初めて知りました。
ユニークなストーリー仕立てなのですね。
キリストがいたずらするシーンでは、キリストも普通の子どもだったと嬉しくなりました(笑)
お書きのように、どうしてキリストと遊ばせたくない親御さんがいたのでしょう?
しかもオーブンに閉じ込めちゃうなんて、ビックリ!
歴史には謎が多いものですね。
いったんアパートへお帰りになったお話ですが、旅先では何かとスムーズにいかないことも起こりますね。
私もそんな体験が何度もあり、「あぁ、分かるわ~」と思います。
次回も楽しみにしています(^_-)
町子
- mistralさん からの返信 2025/10/09 21:54:55
- RE: トリング・タイル
- 町子さん
こんばんは。
お返事が遅くなってしまいました。
> 大英博物館には圧倒されます!
> ご主人さまと分かれての見学は、効率的ですね。
そう思われますか!
別行動しましょう、と話しましたら、え~っ、と言われました。
お互いに独り歩き、が効率的だし、体力の温存にも効果的なのにね。
> トリング・タイルも初めて知りました。
マリアンヌさんとしばらくご一緒に通った、金沢百枝先生の講座で、このタイルのお話しがかつてあったようです。このタイルのことは、その講座にすでに在籍され、更に4トラでも旅行記を投稿されているお2人の方のうちのお1人の旅行記で知りました。
その方が旅行記に取り上げておられなかったのなら、今だに私も知っていなかったと思います。展示室の片隅にあって、何気なく通りすぎてしまいそうな位置に展示されていましたから。
> ユニークなストーリー仕立てまりなのですね。
> キリストがいたずらするシーンでは、キリストも普通の子どもだったと嬉しくなりました(笑)
> お書きのように、どうしてキリストと遊ばせたくない親御さんがいたのでしょう?
> しかもオーブンに閉じ込めちゃうなんて、ビックリ!
> 歴史には謎が多いものですね。
恐らく史実ではないと思います。どなたかが作ったお話しのように思います。
あのイエス・キリストが、いたずらガキ大将だったとは、ね、どうも信じがたい。
>
> いったんアパートへお帰りになったお話ですが、旅先では何かとスムーズにいかないことも起こりますね。
> 私もそんな体験が何度もあり、「あぁ、分かるわ~」と思います。
注意力散漫、というより衰えたんだと思います、すべてにわたって。
体力・気力・注意力などなどすべてです。
これは仕方ないことだと思っています。
自分たち相応の旅を、これからはしていかなくてはと思っています。
夜のミュージカル、この後の旅行記のコンサートなどの折は、一度アパートに戻り、
休息をとって体力回復をしてから出かけていました。
そうすると居眠りなどすることもなく、充実して聴くことができました。
さまざまな自身の身体の変化に気づいた今回の旅でした。
mistral
-
- pedaruさん 2025/10/09 05:11:36
- 大学博物館
- mistralさん おはようございます。
たいへんな仕事に着手なさいましたね。国内でも、たとえば私の町の博物館でさえも、縄文時代の土器だ、石器だ、古代の瓦だ、と一部門をとってもその説明だけで困憊します。
ましてや名だたる、世界の大英博物館、見て回るだけでも大変なのに、展示品の説明となると、想像を絶する苦労がありますね。
英語の説明をスマホをかざして翻訳するというアイディアはすばらしいです。私など苦手な英語を翻訳するのは地獄です、なのでついに途中で投げ出し大英博物館のように未解説の在庫が残っております。
しかしmistralさんの旅行記は専門書のように真面目に解説なさって、几帳面さを
うかがうことが出来ます。私が見なかった貴重な品を詳しく知ることができて嬉しいです。これは私の保存版として参考書にします。
私もこれに背中を押されて在庫品の整理のようにすこしづつ書いてみようかな?という気になりました。ぜひお続けになってください。
pedaru
- mistralさん からの返信 2025/10/09 07:59:02
- RE: 大学博物館
- pedaruさん
おはようございます。
コメントいただきまして嬉しいです。
> たいへんな仕事に着手なさいましたね。国内でも、たとえば私の町の博物館でさえも、縄文時代の土器だ、石器だ、古代の瓦だ、と一部門をとってもその説明だけで困憊します。
> ましてや名だたる、世界の大英博物館、見て回るだけでも大変なのに、展示品の説明となると、想像を絶する苦労がありますね。
大変な仕事、、、
評価していただき感謝です。
最初から、見てみたい箇所は決まっていました。ある知り合いだった方の旅行記の情報からです。
それぞれの展示品の解説を撮って、展示品を撮って、、、googleカメラの機能を使って翻訳、、、
と構想はありました。
ただ、実際に旅行記として始めたら、それは結構大変な事でした。
これまでは適当なところでおしまいにしていましたから。
それでも見てきた箇所が少なかったので、なんとか終わりまで漕ぎつけました。
面倒になって、幾つも取り上げませんでした。
> 英語の説明をスマホをかざして翻訳するというアイディアはすばらしいです。私など苦手な英語を翻訳するのは地獄です、なのでついに途中で投げ出し大英博物館のように未解説の在庫が残っております。
在庫がおありなんですね。
googleの翻訳、かなり能力が上がっているように思いました。
googleさんが翻訳されたら、それをコピーして、旅行記作成のページでの写真に貼り付け
そこで編集(勝手に言葉を補ったり、簡単にしてみたり)しました。
こんなことをして、良かったんでしょうか。
> しかしmistralさんの旅行記は専門書のように真面目に解説なさって、几帳面さを
> うかがうことが出来ます。私が見なかった貴重な品を詳しく知ることができて嬉しいです。これは私の保存版として参考書にします。
過大な評価をいただきまして、嬉しいです。
真面目に取り組み始め、途中で根をあげかけ、溜息をつきつつやっと辿り着きました。
取り上げた物の中には、博物館の簡単なパンフの中で、見るべき展示品として挙げられているものもありました。今回の、スタート地点の設定が、良かったのかもしれません。
> 私もこれに背中を押されて在庫品の整理のようにすこしづつ書いてみようかな?という気になりました。ぜひお続けになってください。
今回の旅では、この博物館編はこれでお終いになります。
pedaruさんも是非、在庫整理として取り組まれることをお勧めします。
pedaruさんの博物館編、どんなところを歩かれてきたのか、拝見したいです。
mistral
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