2025/10/15 - 2025/10/15
1位(同エリア535件中)
FUKUJIROさん
- FUKUJIROさんTOP
- 旅行記453冊
- クチコミ159件
- Q&A回答111件
- 635,891アクセス
- フォロワー351人
この旅行記のスケジュール
2025/10/15
-
バスでの移動
埼玉県内の数ヶ所で乗客をピックアップ
-
高坂SAで休憩
-
バスでの移動
佐久平PAで休憩
-
きのこむら深山で昼食
-
七苦難地蔵堂に参拝
-
徒歩での移動
坂を上り、北向観音参道の入り口
-
回向柱に触れる
-
愛染堂
-
愛染かつらの木
-
バスでの移動
東部湯の丸SAで休憩
-
バスでの移動
上里SAで休憩、おぎのやの釜めしを購入
もっと見る
閉じる
この旅行記スケジュールを元に
長野県の別所温泉にある北向観音では、昭和36年(1961年)以来64年ぶりの前立本尊御開帳が行われると知り、早速参拝してきました。
はじめは列車で行こうと思っていたのですが、地元のつばさ観光がバスツアーを募集していたので、これを利用することにしました。時間的な制約はあるものの、お昼ご飯もついてるし、御開帳の拝観料も含まれているのでお得に参拝できました。
北向観音は、今年(2025年)、開創1200年を迎えます。
平安時代初期の天長2年(825年)、常楽寺の裏山に火口が出現しました。
比叡山延暦寺の慈覚大師円仁が朝廷の命によって修法すると、火口から紫雲がたなびき、火焔とともに金色の千手観音菩薩が飛翔し、北向山の桂の木の梢に留まります。
慈覚大師は、千手観音菩薩の出現霊地に常楽寺を、北向山の桂の地に北向観音堂を開創しました。
以来、常楽寺と北向観音は、天台教学の拠点として、また、現世救済の祈願寺として繁栄してきました。
現在、天台宗常楽寺が本坊であり、その伽藍の一部として北向観音堂を管理しています。
今回の御開帳は、令和7年10月11日(土)~11月9日(日)まで。拝観は9:00~16:00。
南向きに建つ長野の善光寺と向かい合わせになっていることから、善光寺と北向観音の二つを参拝すること(両参り)が良いとされています。
ただ、両参りの風習は、弘化4年3月24日(1847年5月8日)に発生したマグニチュード7.4と推測される善光寺地震の際、北向観音に参拝した者だけが災難を免れたとのフェイクニュースがきっかけだと言われています。
もしよろしければ、慈覚大師円仁の生誕地を巡った際の旅行記もご覧ください。
https://4travel.jp/travelogue/11431337
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 社員・団体旅行
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
-
今回はつばさ観光のバスツアーに参加しました。最初の休憩場所、高坂SAで撮影。
-
つばさ観光は埼玉県蓮田市に本社があります。バスには蓮田市の公式マスコットキャラクターが描かれていました。
-
一面の霧の中、幾つかのトンネルを抜けて、信州に到達。
2回目の休憩場所、佐久平PA(標高782m)まで来ると、お天気が良くなってきました。 -
東部湯の丸インターで高速道路を降りると、そこは東御市です。
昨年、東御市に残る北國街道の海野宿を歩いたことを思い出します。
よろしければ、海野宿の旅行記もご覧ください。
https://4travel.jp/travelogue/11903040 -
きのこと食のテーマパーク、きのこむら深山でお昼ご飯をいただきます。
-
上田市塩田平の静かな風景の中に佇む「きのこむら深山」は、30年以上にわたる自家製のきのこ栽培を中心とした料理を堪能することができると評判です。
-
レストランへ向かう通路から、きのこ栽培施設の見学もできます。
ぶなや杉のおがくずにフスマや米糠を加えた培養基を準備します。 -
30年以上にわたるきのこ栽培の実績を誇ります。
-
培養基を詰めたビンを殺菌してから、きのこの種菌を植えます。
初期培養30日間、熟成培養60日間を経て、発芽させて25日間成長させます。 -
25日間成長させて収穫します。
思ってたよりも手間暇がかかるものだと知りました。 -
メニュー看板を見たら、きのこむら深山さんの最高級料理、松茸御膳「鳳凰」~ほうおう~25,000円(税込)とありました。
松茸づくしの逸品が並びますが、高価過ぎてとても手を出せません。 -
うなぎ弁当ならFUKUJIROでも買えそうです。
-
こちらが今回いただいた団体専用メニューのきのこ御膳「葵」~あおい~です。
きのこの柳川鍋
信州そば
きのこ天ぷら
深山煮(凍み豆腐と椎茸の煮物)
信州サーモンの刺身
きのこ飯(500円を追加して松茸飯に変更してもらいました)
きのこの辛子漬
とても美味しくて完食しました。 -
松茸飯。香りは弱目でした。
-
きのこの柳川鍋。
いろんなきのこから美味しい出汁が出ています。 -
信州サーモンの刺身。
長野県水産試験場がニジマスとブラウントラウトを交配させた養殖品種です。
肉厚で美味しい刺身です。 -
休憩スペースのイスもきのこです。
陶器の台に木製の座面が乗っていますが、座り心地は悪いです。 -
バスで10分ほど移動して、大きな駐車場に駐まりました。
すると、明治19年創業の鎌原まんぢゅうの女将(30歳)からご挨拶と試食用の厄除招福まんぢゅうの提供がありました。 -
鎌原まんぢゅう将軍塚店。
すごい名前だなと思ったら、写真には写っていませんが、お店の右側に「維茂将軍塚」があるようです。全く気づきませんでした。
平維茂は、北向観音堂などの伽藍を整備した人物ですが、この塚自体はもっと古い古墳時代のものと推定されています。 -
上田電鉄別所線の別所温泉駅から徒歩でお参りすることもできます。
-
七苦難地蔵堂。
-
かつてこの辺りは「ななくりの里」と呼ばれていました。そして別所温泉は、七つの苦しみから離れた楽土であるとされていました。
その温泉のありがたさを象徴するお地蔵様が祀られています。 -
常楽寺に伝来の六道能化のお地蔵さまを奉安しています。地獄、餓鬼、畜生、阿修羅、人間、天上の六道を輪廻してやまない衆生の苦しみを除いていただくため、古い地名にちなんだ七苦離地蔵尊です。
-
隣にも小さなお堂があります。
-
聖観世音菩薩が祀られています。
-
駐車場から西方向へ約10分の上り坂が続いています。
-
別所温泉駅から北向観音までシャトルバスも走っています。ただし、1時間に2本。
-
別所温泉の地図。
信州・塩田平の別所温泉は、景行天皇の時代に開湯した「日本最古の温泉」とも言われています。
「別所」という地名が初めて登場するのは13世紀で、その由来は「将軍塚」の平維茂(たいらのこれもち)が戸隠の「鬼女紅葉」の退治を北向観音に祈願したことに因むそうです。能の「紅葉狩」でよく知られた話です。
鬼女紅葉を退治した平維茂は、そのお礼として北向観音堂などの伽藍を整備、また、この地に別業(別荘のようなもの)を建てたとされ、別所と呼ばれるようになったそうです。
鎌倉時代には、北条義政がこの地に移住したことから「信州の鎌倉」とも言われました。
昭和51年公開の「男はつらいよ 寅次郎純情詩集」では、別所温泉で豪遊する寅さんの様子が見られます。 -
しばらく上り坂が続いています。
北向観音に参拝するのはおよそ40年振りとなります。 -
北向観音参道の入り口。ここから南方向へ向きを変えて、石段を下ります。
-
湯川を渡ります。
上流の西方向。 -
別所温泉のマンホール蓋。
別所温泉に伝わる「岳の幟(たけののぼり)」というお祭りをデザインしています。
上部に「別所温泉」「岳の幟り」と刻まれています。
カラーバージョンはここだけのようです。 -
北向観音参道。
30mほどの参道の両側には、土産物店や飲食店が並んでいます。 -
お土産屋さんのウィンドーに展示されていた「河童の夫婦」。
-
同じお店の「河童の館」。
塩田平に古くから伝わる民話の一つに「 甲田池の河童」があります。 -
無料休憩所の温泉むすめ、別所愛染(あいせ)です。
今年(2025年)のバレンタインデーに温泉むすめ129番目のキャラクターとして誕生しました。 -
別所愛染は、愛染観音でもあるようです。
-
北向観音参道。
-
境内への最後の上り石段。
-
境内案内。
回向柱が描かれているので、御開帳に合わせた特別な案内図です。 -
洗心(手水舎)。
水ではなく、湧き出る温泉で清めます。飲用も可能。 -
回向柱。
御開帳の一週間前、10月4日に回向柱(えこうばしら) が建立されました。
重さ約200kgの檜の柱で、回向柱は前立本尊と「善の綱」で結ばれ、この柱に触れることで仏さまの手に触れるのと同じ功徳が得られると伝われています。 -
北向山 北向観音堂。
北斗七星が暗夜の指針となるように、この北向きの御仏は衆生を現世利益に導く霊験があるとされています。北向のお堂は、日本でほとんど例がありません。
観音堂は正徳3年(1713年)に焼失し、8年後の享保6年(1721年)に再建されたお堂です。昭和36年(1961年)に増改築を施して現在の建物となりました。 -
左から、北向観音堂、護摩堂(不動堂)、鐘楼堂です。
護摩堂は通常中に入れませんが、護摩祈祷(護摩焚き)を申し込むと中に入ることができます。 -
北向観音堂。堂内は撮影厳禁でした。
御本尊は秘仏の千手千眼観世音菩薩です。
今回の御開帳期間中は、普段は厨子にしまわれている前立本尊(お身代わり像)ですが、厨子の扉が開かれ、その御姿を特別に拝観できました。3mほど離れた位置ですが、10cm位の前立本尊をしっかりと脳裏に刻んで参りました。ここまではっきりと拝むことは、これまでにはなかったそうで、とても貴重な経験でした。
旅行記を読んでいる皆さまにも観音様の功徳が伝わることと思います。
本堂内陣は幕で覆われていますが、御簾(みす)越しに御本尊の千手千眼観世音菩薩 のシルエットも拝むことができるようになっています。正直言ってあまり良くわかりませんでした。
特別拝観料は千円(ツアーに含まれていました)。
厄除け観音とされていますが、恋愛・結婚運、夫婦円満、健康のパワースポットにもなっています。 -
北向観音堂の夫婦杉。
観音堂の左に立ち、夫婦円満の象徴とされています。 -
奉納酒樽。
佐久市にある千曲錦酒造株式会社の主力商品・千曲錦です。創業は、天和元年(1681年)という凄い蔵元です。 -
境内から東側(駐車場の方向)の景観。
-
額堂。
観音堂の東側に建ち、仁王像が安置されています。
仁王像の前には、巡礼者が履いていた草履が括られています。 -
仁王像(阿形)。
元は赤く塗られていたようで、赤ら顔になっています。 -
仁王像(吽形)。
鋭い眼光で睨みを効かせています。 -
正面にはたくさんの馬が描かれている「絵馬」が掲げられています。
戦国時代の合戦のようにも見えます。 -
その対面(入り口の上部)にも同じようにたくさんの馬が描かれた絵馬が掲げられています。
-
「社の褄(おくみのつま)」。
着物の腰の部分にふくらみを持たせるよう縫いつける為に作られたものです。
昔、この地方は養蚕が盛んで、裁縫が上手になるために女工さんが作って奉納したものです。 -
札所観音堂。
額堂の隣に建ちます。
地元の篤志家・岡田新右衛門氏が、全国から集めた188か所の札所の尊像を、善光寺、戸隠の大昌寺、保科の清水寺、そして北向観音に奉納しました。
北向観音には、秩父34観音の尊像が置かれていましたが、堂の劣化により常楽寺に移されていました。札所観音堂を再建し、再び安置したものです。 -
それぞれの名前が書かれた札がありますが、どこの札所の観音像かはわかりません。
-
少し大きな観音像もあります。
かつて札所巡りは大変な事でしたので、ここでお参りしたようです。 -
愛染堂。
北向観音は、昭和13年(1938年)に公開の松竹映画「愛染かつら」で広く知られるようになりました。
この映画の原作を書いた第1回直木賞受賞者の川口松太郎氏は、北向観音を訪れていたときに、愛染堂の隣に立つ桂の大木を見たときに「愛染かつら」という名前を決め、小説を書いたとされます。
その後、映画化され田中絹代と上原謙の主演で大ヒットしました。 -
愛染堂ですが、扁額には「廿六夜」とあります。
これは旧暦26日の月待行事の名残りで、愛染明王を本尊としていました。関東地方以北に広まっていました。 -
御本尊の愛染明王を祀っています。
恐ろしい形相をした愛染明王ですが、様々な誘惑や困難を打ち砕く「恐れる仏」即ち「愛の仏」とされています。 -
鐘楼堂。
-
看板で見えなくなっていますが、鐘楼堂の手前には六地蔵尊です。
-
鐘楼堂と愛染かつら。
時間になると、自動で鐘を突きます。 -
梵鐘。
寛政5年に上田の鋳物師、小島久兵衛弘文とその子、国一の合作の梵鐘がありましたが、大東亜戦争時に金属供出となってしまいました。
現在の鐘は昭和24年に長野市で開かれた平和博覧会に出展された香取正彦の作です。
当時善光寺大勧進の副住職であった常楽寺半田孝海大僧正が求めて、この鐘楼堂に納めました。 -
不動堂の脇の斜面には、不動明王と二大童子。
-
不動明王。
-
向かって右に矜羯羅童子(こんがらどうじ)。
-
左に制多迦童子(せいたかどうじ)。
-
温泉薬師瑠璃殿。
急峻な斜面にへばりつくように建てられていて、とても目を惹く建物です。
琉璃殿とは、薬師如来を「瑠璃光如来」と呼ぶことからきており、温泉の薬効と薬師如来のご利益が結びついた温泉薬師信仰に由来しているそうです。 -
寛保2年(1741年)に湯川が氾濫し、この地に移されました。文化6年(1809年)の再建です。見事な木造の懸造(かけづくり)建築となっています。
-
「夕焼小焼」の歌碑。昭和37年の建立。
中村雨紅作詞・草川信作曲の「夕焼小焼」の歌詞が刻まれています。
作詞の中村氏は東京・八王子の人ながら善光寺の住職と知り合いで、いろんな縁がつながってここに歌碑を立てたようです。 -
松尾芭蕉の句碑。安永3年(1774)に建立。
観音の
いらか見やりつ
はなの雲
この句は、芭蕉43歳の貞亨3年(1686年)に江戸深川の草庵で詠まれたとされ、浅草の観音様を題材としているそうです。
その2年後に芭蕉は善光寺に参拝し、その帰途、坂本宿から上田宿を通過して追分宿に至っています。
この碑の揮毫は、加舎白雄(かや しらお)。 -
北原白秋の歌碑。昭和37年建立。
観音の
この大前に
奉る
絵馬は信濃の
春風の駒
大正12年に家族と別所温泉へ遊びに来た北原白秋は、近くの柏屋旅館に長期滞在をしていました。見合いで結婚し最期まで添い遂げた3番目の妻・菊子と長男隆太郎が満一歳を過ぎたころのことでした。
白秋没後20年の法要の際に建てられたもので、白秋の肖像も嵌め込まれています。 -
花柳章太郎供養碑。昭和37年の建立。
花柳章太郎は、戦前から昭和40年に急死するまで新派で活躍した女形で、人間国宝でした。
別所温泉には白粉中毒の湯治に来ていたようです。
北向に
かんのん在す
志ぐれかな
自作の句が彫られています。
発起人代表のひとりが川口松太郎氏となっており、川口松太郎作の「寒菊寒牡丹」が最後の舞台でした。
また、発起人代表には大映社長の永田雅一氏の名前もあります。 -
愛染かつらの木と鐘楼堂。
昭和12年(1937年)の大映映画「愛染かつら」のモデルとなりました。挿入歌「旅の夜風」も大ヒットしました。 -
愛染かつらの木。
樹齢約1200年。樹高22m、目通り周囲5.5m、枝張り14mで、樹勢は極めて旺盛です。
昭和14年6月5日、長野県の天然記念物に指定されました。
愛染かつらの作者・川口松太郎氏は宿の窓から毎日眺めていて 着想したそうなので、北原白秋と同じ柏屋旅館に泊まっていたと思われます。 -
ツアーのお土産に信州のりんごをいただきました。今回のツアーは、お昼ご飯と北向観音の参拝が目的なので、定刻14時に現地を出発しました。
-
東部湯の丸SAで帰路の休憩1回目。
-
2回目の休憩は上里SAでした。
おぎのや「峠の釜めし」を販売していたので(売り切れのことも多い)、迷わずに購入しました。 -
1,400円に値上がりしてましたが、やっぱり美味しいです。
電車に乗るのも好きなのですが、バスツアーは楽でいいですね。
最後までお読みいただきましてありがとうございました。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
旅行記グループ
甲信越の旅
-
新潟市歴史博物館で知的好奇心を満たす旅
2017/04/01~
新潟市
-
小雨の松本市内をぶらぶら歩いて松本城を見てきた
2017/10/27~
松本
-
日本三奇橋の一つ「猿橋」を渡りました
2019/01/25~
大月
-
家族旅行で山梨県へ~昇仙峡と山中湖・河口湖
2019/08/22~
甲府
-
石川雲蝶の作品を探して長岡市栃尾を行く
2021/05/14~
長岡・寺泊
-
石川雲蝶の菩提寺・本成寺、そして五十嵐神社へ
2021/05/14~
燕・三条・見附
-
石川雲蝶が13年の歳月をかけて作った仏の世界
2021/05/15~
魚沼・小出
-
石川雲蝶を訪ねて南越後を走る。2/3(西福寺開山堂)
2022/09/16~
魚沼・小出
-
石川雲蝶を訪ねて南越後を走る。1/3(瑞祥庵と龍谷寺)
2022/09/16~
越後湯沢・中里・岩原
-
石川雲蝶を訪ねて南越後を走る。3/3(番外編)
2022/09/16~
六日町・浦佐
-
日本で唯一といわれる「穴城」跡、雨の懐古園を歩きました1/2
2024/06/02~
小諸・御代田
-
日本で唯一といわれる「穴城」跡、雨の懐古園を歩きました2/2
2024/06/02~
小諸・御代田
-
北國街道の宿場町が残る海野宿を歩きました
2024/06/03~
真田・東御
-
長野に出張したので少しだけ街歩きしたら、石童丸の故事を知りました
2024/06/03~
長野市
-
新潟出張の帰りに長岡に寄って新潟県立歴史博物館を見学しました(1/2)
2024/06/06~
長岡・寺泊
-
新潟出張の帰りに長岡に寄って新潟県立歴史博物館を見学しました(2/2)
2024/06/07~
長岡・寺泊
-
64年ぶりに前立本尊が御開帳された北向観音へお参りしました
2025/10/15~
別所温泉
旅行記グループをもっと見る
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 甲信越の旅
0
80