蘇州旅行記(ブログ) 一覧に戻る
蘇州二日目

2025年 二度目の中国出張 (10) 蘇州市 その3 怡園と蘇州博物館

27いいね!

2025/06/07 - 2025/06/07

102位(同エリア1012件中)

旅行記グループ 2025年 中国出張 (二回目)

0

103

kirinbxx

kirinbxxさん

蘇州二日目

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
グルメ
4.0
同行者
一人旅
交通手段
高速・路線バス タクシー 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • 蘇州日航ホテルではNHKワールド・プレミアムが見られました。本日のヨーロッパの最高気温はロンドンが17度でマドリードが33度ですか。ちなみにここ蘇州は27度の予想。昨日より5度も下の予想です。

    蘇州日航ホテルではNHKワールド・プレミアムが見られました。本日のヨーロッパの最高気温はロンドンが17度でマドリードが33度ですか。ちなみにここ蘇州は27度の予想。昨日より5度も下の予想です。

  • 朝食を食べに出かけます。目的のお店は、地下鉄1号線と4号線の「楽橋駅」1号口を出てすぐの所にあります。

    朝食を食べに出かけます。目的のお店は、地下鉄1号線と4号線の「楽橋駅」1号口を出てすぐの所にあります。

  • 昨夜もお邪魔した同得興の別の支店、嘉余坊店です。

    昨夜もお邪魔した同得興の別の支店、嘉余坊店です。

  • 営業時間 :<br />月曜~木曜は、7:00~13:00で金曜~日曜は7:00~13:00 と16:30~19:00です。

    営業時間 :
    月曜~木曜は、7:00~13:00で金曜~日曜は7:00~13:00 と16:30~19:00です。

  • 入り口には「店長のお勧めメニュー」が掲げてありました。

    入り口には「店長のお勧めメニュー」が掲げてありました。

  • 受付にはパネル表示があり分かり易いです。

    受付にはパネル表示があり分かり易いです。

  • 朝の7時半ですがすでに観光客が何組かいらっしゃいました。

    朝の7時半ですがすでに観光客が何組かいらっしゃいました。

  • 昨夜は紅湯を頂いたので今日は白湯を頂きます。トッピングは青菜と紅燜肉(とろとろ豚)。紅白両方いただいた結果、白湯のほうがより好みでした。

    昨夜は紅湯を頂いたので今日は白湯を頂きます。トッピングは青菜と紅燜肉(とろとろ豚)。紅白両方いただいた結果、白湯のほうがより好みでした。

  • 食後のお散歩にすぐそばにある怡園(イーユエン)に参ります。

    食後のお散歩にすぐそばにある怡園(イーユエン)に参ります。

  • 営業時間は7時半から17時(11月から2月)か17時半(3月から10月)まで。入園料は15元です。シニアは半額。

    営業時間は7時半から17時(11月から2月)か17時半(3月から10月)まで。入園料は15元です。シニアは半額。

  • こちらは東西に分かれた構成で、東側は建築庭院(書斎・廊下・石刻)、西側は池泉と回廊が中心。コンパクトながら、中国庭園の美学が凝縮された知る人ぞ知る穴場として知られています。<br />

    こちらは東西に分かれた構成で、東側は建築庭院(書斎・廊下・石刻)、西側は池泉と回廊が中心。コンパクトながら、中国庭園の美学が凝縮された知る人ぞ知る穴場として知られています。

  • 白壁と黒瓦の建築を中心に、植栽と石畳が静かな調和を見せています。

    白壁と黒瓦の建築を中心に、植栽と石畳が静かな調和を見せています。

  • 太湖石と石筍の配置が巧みで、自然と人工の調和美を体感できます。

    太湖石と石筍の配置が巧みで、自然と人工の調和美を体感できます。

  • 竹林も立派です。

    竹林も立派です。

  • 月洞門。円形の開口部は中国庭園でよく使われる意匠で、空間を詩的に区切り、風景を切り取る“窓”のような存在です。<br /><br />

    月洞門。円形の開口部は中国庭園でよく使われる意匠で、空間を詩的に区切り、風景を切り取る“窓”のような存在です。

  • 太湖石が円環状に配されており、囲炉裏のような守られた空間をつくり出しています。<br />

    太湖石が円環状に配されており、囲炉裏のような守られた空間をつくり出しています。

  • 怡園の象徴である池泉庭。蓮の葉がびっしりと生え、ピンクの蓮の花がちらほら咲いています。

    怡園の象徴である池泉庭。蓮の葉がびっしりと生え、ピンクの蓮の花がちらほら咲いています。

  • この池は、水景と石景が見事に調和しています。

    この池は、水景と石景が見事に調和しています。

  • 屈曲した石橋は、池泉庭園ならではの渡橋です。

    屈曲した石橋は、池泉庭園ならではの渡橋です。

  • 精緻な木彫家具、水墨書画、陶磁器などが調和し、清代文人の美学が凝縮された静謐な空間となっています。

    精緻な木彫家具、水墨書画、陶磁器などが調和し、清代文人の美学が凝縮された静謐な空間となっています。

  • 中国庭園では、こうした鉢の中の小さな風景(盆景)は、単なる装飾ではなく、「大を写す小」「水に映す心」といった哲学的・詩的意義を持つそうです。

    中国庭園では、こうした鉢の中の小さな風景(盆景)は、単なる装飾ではなく、「大を写す小」「水に映す心」といった哲学的・詩的意義を持つそうです。

  • こちらは樹齢約290年のイチョウの木です。

    こちらは樹齢約290年のイチョウの木です。

  • 立派な石組みです。

    立派な石組みです。

  • 白壁と木製の柱で構成された回廊、右手には自然石と植物が美しく配置された庭。このような回廊は、雨や強い日差しを避けながら庭を散策するために作られたそうです。<br />

    白壁と木製の柱で構成された回廊、右手には自然石と植物が美しく配置された庭。このような回廊は、雨や強い日差しを避けながら庭を散策するために作られたそうです。

  • 伝統的な書斎・客座空間です。壁面に整然と並んだ書画の軸装と、中央の木製ベンチ、両脇の卓上植物──全体として非常に文人趣味に満ちた室礼(しつらい)が施されています。<br />

    伝統的な書斎・客座空間です。壁面に整然と並んだ書画の軸装と、中央の木製ベンチ、両脇の卓上植物──全体として非常に文人趣味に満ちた室礼(しつらい)が施されています。

  • こちらにも綺麗なトイレが完備されていました。しかも日本語表記付き!

    こちらにも綺麗なトイレが完備されていました。しかも日本語表記付き!

  • 足元を見ると、繰り返し並べられた四つ葉模様の石組が、美しくリズムを刻んでいます。

    足元を見ると、繰り返し並べられた四つ葉模様の石組が、美しくリズムを刻んでいます。

  • 中国庭園に特有の装飾窓「漏窓」です。何やら木の枝が伸びていますね。

    中国庭園に特有の装飾窓「漏窓」です。何やら木の枝が伸びていますね。

  • 伝統的な東屋(六角亭)。こちらの漏窓は六角形ですね。

    伝統的な東屋(六角亭)。こちらの漏窓は六角形ですね。

  • 怡園では、清代から民国時代の蘇州の文人による詩書石刻が数十点残されており、庭園の文化的核となっています。

    怡園では、清代から民国時代の蘇州の文人による詩書石刻が数十点残されており、庭園の文化的核となっています。

  • こじんまりとした、良いお庭でした。早朝で人が少ないのも良かったです。

    こじんまりとした、良いお庭でした。早朝で人が少ないのも良かったです。

  • 9時になったので、予約しておいた蘇州博物館に参ります。あいにく雨が降ってきました。こちらの博物館の入館は無料ですが、WeChatミニプログラムまたは公式アカウントからの事前予約が必須です。観覧希望日の7日前から予約可能ですので予約はお早めに。<br />

    9時になったので、予約しておいた蘇州博物館に参ります。あいにく雨が降ってきました。こちらの博物館の入館は無料ですが、WeChatミニプログラムまたは公式アカウントからの事前予約が必須です。観覧希望日の7日前から予約可能ですので予約はお早めに。

  • まずは西廊を見学します。

    まずは西廊を見学します。

  • 建築家・貝聿銘(I.M.ペイ)による伝統的な蘇州建築とモダンな幾何学デザインが融合された博物館だそうです。2006年10月6日に正式開館しました。

    建築家・貝聿銘(I.M.ペイ)による伝統的な蘇州建築とモダンな幾何学デザインが融合された博物館だそうです。2006年10月6日に正式開館しました。

  • 宋代(960-1279年)の青銅製の仏像。

    宋代(960-1279年)の青銅製の仏像。

  • 北宋(960-1127年)の仏舎利を納めた珠飾幢。細部まで精緻です。

    北宋(960-1127年)の仏舎利を納めた珠飾幢。細部まで精緻です。

  • こちらは元代(1271-1368年)に作られた女性用の金冠「金製婦人冠」です。曹夫人の墓から出土したもので、華麗かつ繊細な技巧が光る作品です。

    こちらは元代(1271-1368年)に作られた女性用の金冠「金製婦人冠」です。曹夫人の墓から出土したもので、華麗かつ繊細な技巧が光る作品です。

  • 明代(1368-1644年)の王錫爵(おうしゃくしゃく)の墓から出土したテーブル香几(こうき)と香具一式で、実際に明代の上級官僚が使用していたものだそうです。

    明代(1368-1644年)の王錫爵(おうしゃくしゃく)の墓から出土したテーブル香几(こうき)と香具一式で、実際に明代の上級官僚が使用していたものだそうです。

  • 明代(1368-1644年)に制作された「福禄寿(財神)」とともに鶴と鹿が並んだ三体構成の像で、これらも王錫爵の墓から出土したものです。

    明代(1368-1644年)に制作された「福禄寿(財神)」とともに鶴と鹿が並んだ三体構成の像で、これらも王錫爵の墓から出土したものです。

  • 王錫爵の墓から出土した瑪瑙(めのう)。松・鹿・老人が彫られているのだそうです。<br />

    王錫爵の墓から出土した瑪瑙(めのう)。松・鹿・老人が彫られているのだそうです。

  • 次の部屋は「江南錦繡(こうなんきんしゅう)」がテーマです。「江南」は長江の南側を指し、蘇州を含む地域。「錦繡」は「美しい織物」や「華やかさ」の象徴です。

    次の部屋は「江南錦繡(こうなんきんしゅう)」がテーマです。「江南」は長江の南側を指し、蘇州を含む地域。「錦繡」は「美しい織物」や「華やかさ」の象徴です。

  • 江蘇省江陰市周荘鎮から出土した唐代(618~907年)の「長沙窯貼花壺(ちょうさよう てっかこ)」。模印貼花という、粘土を型に押し当てて模様をつけ、型から離した泥片を「貼る(貼花)」ことで、模様を器物に貼り付ける技法で作られています。

    江蘇省江陰市周荘鎮から出土した唐代(618~907年)の「長沙窯貼花壺(ちょうさよう てっかこ)」。模印貼花という、粘土を型に押し当てて模様をつけ、型から離した泥片を「貼る(貼花)」ことで、模様を器物に貼り付ける技法で作られています。

  • こちらは唐代(618~907年)に制作された「陶製十二支俑(虎・羊・鼠)」。十二支に基づいて作られた副葬用の俑(よう、人形)で、死者を守る役割をもっていました。虎・羊・鼠はそれぞれ、勇猛・温順・機知の象徴ともされ、中国古代の価値観が反映されています。

    こちらは唐代(618~907年)に制作された「陶製十二支俑(虎・羊・鼠)」。十二支に基づいて作られた副葬用の俑(よう、人形)で、死者を守る役割をもっていました。虎・羊・鼠はそれぞれ、勇猛・温順・機知の象徴ともされ、中国古代の価値観が反映されています。

  • 北宋時代(960~1127年)に作られた「六花弁口定窯白釉碗」。定窯は、宋代の五大名窯のひとつとされています。

    北宋時代(960~1127年)に作られた「六花弁口定窯白釉碗」。定窯は、宋代の五大名窯のひとつとされています。

  • 南宋時代(1127~1279年)に作られた紫石製屋形模型。屋根は「歇山頂(けつざんちょう)」という中国伝統建築に特有の形式で、中央に扉が開かれています。<br />室内中央に2束の銅銭が置かれ、これが富貴・繁栄の象徴とされています。死後の安寧と繁栄を願う副葬品として作られたと考えられます。<br />

    南宋時代(1127~1279年)に作られた紫石製屋形模型。屋根は「歇山頂(けつざんちょう)」という中国伝統建築に特有の形式で、中央に扉が開かれています。
    室内中央に2束の銅銭が置かれ、これが富貴・繁栄の象徴とされています。死後の安寧と繁栄を願う副葬品として作られたと考えられます。

  • 新石器時代の良渚文化(約紀元前3300~2200年)に属する石斧です。出土地は江蘇省昆山市の趙陵山遺跡で、当時の高い技術力と社会構造を物語っています。

    新石器時代の良渚文化(約紀元前3300~2200年)に属する石斧です。出土地は江蘇省昆山市の趙陵山遺跡で、当時の高い技術力と社会構造を物語っています。

  • こちらも良渚文化(紀元前3300~前2200年)に属する「大把手黒陶杯(おおばしゅ こくとうはい)」。

    こちらも良渚文化(紀元前3300~前2200年)に属する「大把手黒陶杯(おおばしゅ こくとうはい)」。

  • こちらは、北宋時代(960~1127年)に作られた「彩絵四天王木櫃(さいえしてんのうもくひつ)」です。イチョウ材に彩色された四天王像が描かれた美術工芸品で、宗教的・芸術的に極めて価値の高い作品だそうです。四天王はもともとインド神話由来の守護神で、仏法(ダルマ)を守る天部の神とされます。

    こちらは、北宋時代(960~1127年)に作られた「彩絵四天王木櫃(さいえしてんのうもくひつ)」です。イチョウ材に彩色された四天王像が描かれた美術工芸品で、宗教的・芸術的に極めて価値の高い作品だそうです。四天王はもともとインド神話由来の守護神で、仏法(ダルマ)を守る天部の神とされます。

  • 元代(1271?1368年)に作られた「表綿緞面絲袍(ひょうめん どんめん しほう)」、すなわち綿入りの緞(サテン)製の絹袍です。蘇州の有力者張士誠の母・曹夫人の墓から出土した貴重な衣装だそうです。<br />

    元代(1271?1368年)に作られた「表綿緞面絲袍(ひょうめん どんめん しほう)」、すなわち綿入りの緞(サテン)製の絹袍です。蘇州の有力者張士誠の母・曹夫人の墓から出土した貴重な衣装だそうです。

  • お次のコーナーは、昨日訪れた虎丘の宝蔵です。

    お次のコーナーは、昨日訪れた虎丘の宝蔵です。

  • 五代十国時代(907~960年)に制作された「秘色青磁蓮花形碗」です。非常に洗練された意匠と釉薬で知られる、越窯(えつよう)青磁の傑作だそうです。「秘色」青磁とは宮廷用に供されたとされる青磁で、「秘色(ひそく)」の名は唐代の皇帝によって命名されたという伝承もあります。越窯の最高傑作のひとつとされ、中国陶磁史上でも極めて評価が高い作品とのこと。<br />

    五代十国時代(907~960年)に制作された「秘色青磁蓮花形碗」です。非常に洗練された意匠と釉薬で知られる、越窯(えつよう)青磁の傑作だそうです。「秘色」青磁とは宮廷用に供されたとされる青磁で、「秘色(ひそく)」の名は唐代の皇帝によって命名されたという伝承もあります。越窯の最高傑作のひとつとされ、中国陶磁史上でも極めて評価が高い作品とのこと。

  • 五代十国時代(907~960年)の「石造小型仏像」。五代十国時代は唐の滅亡後、中国が北方と南方に分裂した時代。政治的には不安定ながら、仏教信仰や地方文化が独自に発展しました。<br />

    五代十国時代(907~960年)の「石造小型仏像」。五代十国時代は唐の滅亡後、中国が北方と南方に分裂した時代。政治的には不安定ながら、仏教信仰や地方文化が独自に発展しました。

  • 北宋時代(960~1127年)に制作された「十二支文青銅鏡」です。鏡の背面には、十二支や四神(青龍・白虎・朱雀・玄武)、八卦(はっけ)などが刻まれた象徴性豊かな意匠が施されているそうです。

    北宋時代(960~1127年)に制作された「十二支文青銅鏡」です。鏡の背面には、十二支や四神(青龍・白虎・朱雀・玄武)、八卦(はっけ)などが刻まれた象徴性豊かな意匠が施されているそうです。

  • 博物館にも竹林がありました。

    博物館にも竹林がありました。

  • お次は陶磁器のコーナーです。

    お次は陶磁器のコーナーです。

  • 清代中期(1736~1850年)に作られた「斗彩飛龍鳳凰文天球花瓶」です。非常に華やかで皇室的な意匠が施された磁器であり、景徳鎮の技術の粋を示す逸品だそうです。<br />

    清代中期(1736~1850年)に作られた「斗彩飛龍鳳凰文天球花瓶」です。非常に華やかで皇室的な意匠が施された磁器であり、景徳鎮の技術の粋を示す逸品だそうです。

  • 明代・永楽年間(1403~1424年)に制作された「青花纏枝葡萄文碗(せいか てんし ぶどうもん わん)」です。白磁に藍色の文様を描く「青花(コバルトブルー絵付け)」磁器の名品です。葡萄文様は、房が多く実ることから「繁栄」や「子孫繁栄」の象徴とされました。<br />

    明代・永楽年間(1403~1424年)に制作された「青花纏枝葡萄文碗(せいか てんし ぶどうもん わん)」です。白磁に藍色の文様を描く「青花(コバルトブルー絵付け)」磁器の名品です。葡萄文様は、房が多く実ることから「繁栄」や「子孫繁栄」の象徴とされました。

  • 明代・永楽年間(1403~1424年)に制作された「青花菊瓣心形碗(せいか きくべん しんけいわん)」です。この器は、実用性と審美性の融合だけでなく、永楽帝の治世下で育まれた精緻な宮廷文化を象徴する逸品だそうです。

    明代・永楽年間(1403~1424年)に制作された「青花菊瓣心形碗(せいか きくべん しんけいわん)」です。この器は、実用性と審美性の融合だけでなく、永楽帝の治世下で育まれた精緻な宮廷文化を象徴する逸品だそうです。

  • 明代・景泰~天順年間(1450~1464年)に制作された「青花纏枝蓮文梅瓶(せいか てんし れんもん の ばいへい)」です。華やかな青花磁器の代表作のひとつで、景徳鎮官窯で焼かれた可能性が高いとされます。<br />

    明代・景泰~天順年間(1450~1464年)に制作された「青花纏枝蓮文梅瓶(せいか てんし れんもん の ばいへい)」です。華やかな青花磁器の代表作のひとつで、景徳鎮官窯で焼かれた可能性が高いとされます。

  • 清代・光緒年間(1875~1908年)に制作された磁器「粉彩百鹿尊(ふんさい ひゃくろくそん)」です。粉彩技法で彩られた壮麗な装飾が特徴で、特に中国文化における吉祥と長寿の象徴がふんだんに盛り込まれています。

    清代・光緒年間(1875~1908年)に制作された磁器「粉彩百鹿尊(ふんさい ひゃくろくそん)」です。粉彩技法で彩られた壮麗な装飾が特徴で、特に中国文化における吉祥と長寿の象徴がふんだんに盛り込まれています。

  • 壺の形そのものが「倒れた鹿の頭」に似ていることから「鹿頭尊(ろくとうそん)」とも呼ばれます。<br />

    壺の形そのものが「倒れた鹿の頭」に似ていることから「鹿頭尊(ろくとうそん)」とも呼ばれます。

  • 清代・宣統年間(1909~1911年)に作られた「粉彩双龍団花文方皿(ふんさい そうりゅう だんかもん ほうざら)」です。<br />短い在位期間であった最後の清朝皇帝・宣統帝時代に作られた、貴重な宮廷磁器の一例だそうです。<br />

    清代・宣統年間(1909~1911年)に作られた「粉彩双龍団花文方皿(ふんさい そうりゅう だんかもん ほうざら)」です。
    短い在位期間であった最後の清朝皇帝・宣統帝時代に作られた、貴重な宮廷磁器の一例だそうです。

  • 20世紀前半に制作された「粉彩梅花喜鵲紋折沿碗(ふんさい ばいか しじゃく もん せつえん わん)」です。柔らかな色調の粉彩技法で仕上げられた作品で、蓮の花びらのように波打つ“折沿”形が特徴的です。<br />

    20世紀前半に制作された「粉彩梅花喜鵲紋折沿碗(ふんさい ばいか しじゃく もん せつえん わん)」です。柔らかな色調の粉彩技法で仕上げられた作品で、蓮の花びらのように波打つ“折沿”形が特徴的です。

  • 清代・康熙年間(1662~1722年)に制作された「斗彩海水龍紋盤(とさい かいすいりゅうもんばん)」です。青花(ブルー)による輪郭線の上に、多彩な顔料で彩色された斗彩(とさい)技法が用いられています。- 康熙年間の磁器は、景徳鎮窯によって非常に多くの名品が生まれた時代。色調が鮮やかでありながら、気品にあふれる作風が特徴です。<br />

    清代・康熙年間(1662~1722年)に制作された「斗彩海水龍紋盤(とさい かいすいりゅうもんばん)」です。青花(ブルー)による輪郭線の上に、多彩な顔料で彩色された斗彩(とさい)技法が用いられています。- 康熙年間の磁器は、景徳鎮窯によって非常に多くの名品が生まれた時代。色調が鮮やかでありながら、気品にあふれる作風が特徴です。

  • 清代・康熙年間(1662~1722年)に制作された「郎窯紅釉瓶(ろうよう こうゆう へい)」です。まさに青花磁器とは対照的な、単色釉の美を極めた逸品です。「郎窯紅」と呼ばれるこの赤釉は、技術的にも芸術的にも清代官窯の金字塔とされています。<br /><br />

    清代・康熙年間(1662~1722年)に制作された「郎窯紅釉瓶(ろうよう こうゆう へい)」です。まさに青花磁器とは対照的な、単色釉の美を極めた逸品です。「郎窯紅」と呼ばれるこの赤釉は、技術的にも芸術的にも清代官窯の金字塔とされています。

  • 清代・乾隆年間(1736~1795年)に制作された「青花紅彩海水龍文盤(せいか・こうさい かいすいりゅうもんばん)」です。伝統的な青花に加えて、鉄赤釉薬を用いた華やかな作品です。<br />

    清代・乾隆年間(1736~1795年)に制作された「青花紅彩海水龍文盤(せいか・こうさい かいすいりゅうもんばん)」です。伝統的な青花に加えて、鉄赤釉薬を用いた華やかな作品です。

  • 清代・乾隆年間(1736~1795年)に制作された「仿官窯式同心五管方尊{ほう かんようしき どうしん ごかん ほうそん}」です。宋代の「官窯(かんよう)」を模した造形と釉薬が特徴的な、乾隆帝の古典志向と審美眼が反映された器物だそうです。<br />

    清代・乾隆年間(1736~1795年)に制作された「仿官窯式同心五管方尊{ほう かんようしき どうしん ごかん ほうそん}」です。宋代の「官窯(かんよう)」を模した造形と釉薬が特徴的な、乾隆帝の古典志向と審美眼が反映された器物だそうです。

  • 清代・乾隆年間(1736~1795年)に制作された「仿官窯式三層葫芦瓶(ほう かんようしき さんそう ころびん)」です。乾隆皇帝の命により、宋代・官窯の青磁作品を模して再現されたもので、造形・釉薬ともに高度な技巧と審美眼が反映されています。<br />

    清代・乾隆年間(1736~1795年)に制作された「仿官窯式三層葫芦瓶(ほう かんようしき さんそう ころびん)」です。乾隆皇帝の命により、宋代・官窯の青磁作品を模して再現されたもので、造形・釉薬ともに高度な技巧と審美眼が反映されています。

  • 清代・康熙年間(1662~1722年)に制作された「虎皮三彩釉皿(トラの毛皮模様の三彩釉磁器)」です。色彩と釉調が特徴的で、中国陶磁の中でもやや珍しい「三彩素地」の技法を用いた作品です。<br />

    清代・康熙年間(1662~1722年)に制作された「虎皮三彩釉皿(トラの毛皮模様の三彩釉磁器)」です。色彩と釉調が特徴的で、中国陶磁の中でもやや珍しい「三彩素地」の技法を用いた作品です。

  • 清代・康熙年間(1662~1722年)に制作された「透かし彫り人物文青花磁碗」です。青花による絵付けと、外壁に施された透かし彫り技法が融合した、大変精巧な作品です。<br />

    清代・康熙年間(1662~1722年)に制作された「透かし彫り人物文青花磁碗」です。青花による絵付けと、外壁に施された透かし彫り技法が融合した、大変精巧な作品です。

  • 続いては玉器(ぎょくき)=「JADES」をテーマにした展示コーナーです。<br />

    続いては玉器(ぎょくき)=「JADES」をテーマにした展示コーナーです。

  • 清代中期(18世紀ごろ)に制作された「白玉雕漁舟人物(白玉製 漁舟と人物の彫刻)」です。新疆和田(ホータン)産の白玉を一塊使用し、漁民の日常風景を精巧に彫り出した作品で、清代の玉器工芸の粋がうかがえる逸品です。<br />

    清代中期(18世紀ごろ)に制作された「白玉雕漁舟人物(白玉製 漁舟と人物の彫刻)」です。新疆和田(ホータン)産の白玉を一塊使用し、漁民の日常風景を精巧に彫り出した作品で、清代の玉器工芸の粋がうかがえる逸品です。

  • 明代(1368~1644年)に制作された「双耳龍形白玉杯(そうじ りゅうけい はくぎょくはい)」です。宮廷文化や装飾美術の精華を凝縮したような、極めて技巧的かつ象徴的な玉器です。<br />

    明代(1368~1644年)に制作された「双耳龍形白玉杯(そうじ りゅうけい はくぎょくはい)」です。宮廷文化や装飾美術の精華を凝縮したような、極めて技巧的かつ象徴的な玉器です。

  • 清代(1644~1911年)に制作された「白玉製・寿桃・石榴・仏手柑の彫刻」です。ひとつの玉石の中に異なる果実を彫り出し、それぞれが異なる吉祥の意味を持つ、高度な技術と象徴性が結びついた玉器芸術の一例です。<br />

    清代(1644~1911年)に制作された「白玉製・寿桃・石榴・仏手柑の彫刻」です。ひとつの玉石の中に異なる果実を彫り出し、それぞれが異なる吉祥の意味を持つ、高度な技術と象徴性が結びついた玉器芸術の一例です。

  • こちらは、清代(1644~1911年)に制作された「白玉彫・牧童騎牛文(はくぎょくちょう・ぼくどう きぎゅうもん)」です。牛は十二支のひとつであるだけでなく、豊穣・春の到来・忠実さなどの象徴でもあります。特に中国古代では、「天地・山川・土地神・穀神」への犠牲として牛が使われるなど、神聖な動物とされてきました。<br /><br />

    こちらは、清代(1644~1911年)に制作された「白玉彫・牧童騎牛文(はくぎょくちょう・ぼくどう きぎゅうもん)」です。牛は十二支のひとつであるだけでなく、豊穣・春の到来・忠実さなどの象徴でもあります。特に中国古代では、「天地・山川・土地神・穀神」への犠牲として牛が使われるなど、神聖な動物とされてきました。

  • 明代(1368~1644年)に制作された「三陽開泰図白玉牌飾(さんよう かいたいず はくぎょく はいしょく)」です。新春と吉祥の到来を象徴する“三陽開泰”というテーマが、美術と思想を融合させた作品となっています。<br />

    明代(1368~1644年)に制作された「三陽開泰図白玉牌飾(さんよう かいたいず はくぎょく はいしょく)」です。新春と吉祥の到来を象徴する“三陽開泰”というテーマが、美術と思想を融合させた作品となっています。

  • 清代(1644~1911年)に制作された「翡翠彫花卉螽斯紋珮(ひすいちょう かき しゅうしもん はい)」です。翡翠(硬玉)ならではの色合いや技法が際立つ、精緻で吉祥的な美術工芸品です。

    清代(1644~1911年)に制作された「翡翠彫花卉螽斯紋珮(ひすいちょう かき しゅうしもん はい)」です。翡翠(硬玉)ならではの色合いや技法が際立つ、精緻で吉祥的な美術工芸品です。

  • 清代(1644~1911年)に制作された「龍形玉鉤(りゅうけい ぎょくこう)」です。龍鉤(りゅうこう)は、古くは戦国・漢代から見られる装身具・帯留具・武具の部品で、勾状の本体の先端に龍の頭部を浮彫または立体で表現するのが特徴です。<br /><br />

    清代(1644~1911年)に制作された「龍形玉鉤(りゅうけい ぎょくこう)」です。龍鉤(りゅうこう)は、古くは戦国・漢代から見られる装身具・帯留具・武具の部品で、勾状の本体の先端に龍の頭部を浮彫または立体で表現するのが特徴です。

  • 清代(1644~1911年)に制作された「紫檀彫・松林採薬人物図筆筒(したんちょう・しょうりん さいやく じんぶつず ひっとう)」です。非常に繊細な浮き彫りによって、道教的な世界観や文人趣味が表現された工芸品です。

    清代(1644~1911年)に制作された「紫檀彫・松林採薬人物図筆筒(したんちょう・しょうりん さいやく じんぶつず ひっとう)」です。非常に繊細な浮き彫りによって、道教的な世界観や文人趣味が表現された工芸品です。

  • 20世紀前半に制作された「象牙彫・八仙文装飾(ぞうげちょう・はっせんもん そうしょく)」です。道教における象徴的存在「八仙(はっせん)」の姿が精巧に彫り込まれた装飾彫刻で、長寿・吉祥・超俗的理想が込められた作品です。<br />

    20世紀前半に制作された「象牙彫・八仙文装飾(ぞうげちょう・はっせんもん そうしょく)」です。道教における象徴的存在「八仙(はっせん)」の姿が精巧に彫り込まれた装飾彫刻で、長寿・吉祥・超俗的理想が込められた作品です。

  • 清代(1644~1911年)に制作された「雕漆盖碗(彫漆蓋付き碗)」です。赤い漆層に細密な文様が彫り出された彫漆(ちょうしつ)技法が特徴で、使用と鑑賞の両面に優れた工芸作品です。

    清代(1644~1911年)に制作された「雕漆盖碗(彫漆蓋付き碗)」です。赤い漆層に細密な文様が彫り出された彫漆(ちょうしつ)技法が特徴で、使用と鑑賞の両面に優れた工芸作品です。

  • こちらは、20世紀前半に制作された「黄檀木彫・観音像」です。木彫でありながらまるで象牙のような質感をもち、観音菩薩の慈悲と静寂を讃える造形が極めて繊細に表現されています。

    こちらは、20世紀前半に制作された「黄檀木彫・観音像」です。木彫でありながらまるで象牙のような質感をもち、観音菩薩の慈悲と静寂を讃える造形が極めて繊細に表現されています。

  • こちらは、20世紀前半に制作された「象牙彫・獅子文装飾)」です。勇ましくも愛らしいライオンたちが象徴的に配された、象牙細工の技巧と吉祥意匠が結びついた作品です。

    こちらは、20世紀前半に制作された「象牙彫・獅子文装飾)」です。勇ましくも愛らしいライオンたちが象徴的に配された、象牙細工の技巧と吉祥意匠が結びついた作品です。

  • こちらは、20世紀前半に制作された「象牙彫・四老人物図装飾」です。農村に暮らす4人の老翁の異なる日常風景を、象牙に精緻に彫り込んだ作品で、彫刻技法・民間文化・吉祥思想が融合した魅力的な工芸品です。

    こちらは、20世紀前半に制作された「象牙彫・四老人物図装飾」です。農村に暮らす4人の老翁の異なる日常風景を、象牙に精緻に彫り込んだ作品で、彫刻技法・民間文化・吉祥思想が融合した魅力的な工芸品です。

  • こちらは、清代・乾隆年間(1736~1795年)に制作された「象牙彫・龍文装飾」です。高い彫刻技術と象徴的な意匠が融合した、清王朝中期の象牙工芸の優品といえます。

    こちらは、清代・乾隆年間(1736~1795年)に制作された「象牙彫・龍文装飾」です。高い彫刻技術と象徴的な意匠が融合した、清王朝中期の象牙工芸の優品といえます。

  • こちらは、清代(1644~1911年)の画家・朱雺(しゅ ぶ)による「四季花卉図巻」です。画面の中には、柔らかな色彩と軽妙な筆づかいで描かれた草花が展開されており、文人画的な趣に満ちた作品であることがうかがえます。

    こちらは、清代(1644~1911年)の画家・朱雺(しゅ ぶ)による「四季花卉図巻」です。画面の中には、柔らかな色彩と軽妙な筆づかいで描かれた草花が展開されており、文人画的な趣に満ちた作品であることがうかがえます。

  • こちらは、清代(1644~1911年)の文人・王仿(おう ほう)による「団扇画・山水図」です。柔らかな山水の構図と、文人趣味に通じる詩情豊かな筆致が想定される作品です。

    こちらは、清代(1644~1911年)の文人・王仿(おう ほう)による「団扇画・山水図」です。柔らかな山水の構図と、文人趣味に通じる詩情豊かな筆致が想定される作品です。

  • こちらは、明代(1368~1644年)に制作された「風字形澄泥硯(ふうじけい ちょうでいけん)」です。文字そのものを器物化する造形美と、文房四宝の一つである「硯」の素材としての澄泥(ちょうでい)の魅力が融合しています。

    こちらは、明代(1368~1644年)に制作された「風字形澄泥硯(ふうじけい ちょうでいけん)」です。文字そのものを器物化する造形美と、文房四宝の一つである「硯」の素材としての澄泥(ちょうでい)の魅力が融合しています。

  • こちらは、清代(1644~1911年)に制作された「刻華仕女竹扇骨扇」です。王幼芳(おう ようほう)による作品で、仕女画(古代の貴族女性や宮廷の女性を描いた美人画)を題材に、竹製扇骨に彫刻として写した装飾芸術です。

    こちらは、清代(1644~1911年)に制作された「刻華仕女竹扇骨扇」です。王幼芳(おう ようほう)による作品で、仕女画(古代の貴族女性や宮廷の女性を描いた美人画)を題材に、竹製扇骨に彫刻として写した装飾芸術です。

  • こちらは、清代・任薫による「紫漆骨黄絹地花鳥画折扇(ししつぼね・こうけんじ・かちょうが・おりおうぎ)」です。工芸と絵画が一体となった折扇で、文人趣味・絵画表現・漆工技法の融合が見られる美術工芸品です。<br />

    こちらは、清代・任薫による「紫漆骨黄絹地花鳥画折扇(ししつぼね・こうけんじ・かちょうが・おりおうぎ)」です。工芸と絵画が一体となった折扇で、文人趣味・絵画表現・漆工技法の融合が見られる美術工芸品です。

  • こちらは、清代・嘉慶~同治年間(1796~1874年)に制作された「紫砂方壺(しさほうこ)」です。中国江蘇省宜興市・蜀山(しょくざん)出身の陶工、蔣徳麟(字:萬泉)による作品とされ、紫砂工芸の美学と詩的精神が見事に結実した逸品です。

    こちらは、清代・嘉慶~同治年間(1796~1874年)に制作された「紫砂方壺(しさほうこ)」です。中国江蘇省宜興市・蜀山(しょくざん)出身の陶工、蔣徳麟(字:萬泉)による作品とされ、紫砂工芸の美学と詩的精神が見事に結実した逸品です。

  • こちらは、20世紀前半に制作された「紅木嵌金絲鳥籠(こうぼく・かん・きんし・とりかご)」です。高貴な素材と精緻な細工によって、清朝末期から民国期にかけての上流階級の嗜みを体現した装飾品です。中国では、清代以降、上流階級や文人階層の間で鳥の飼育が優雅な余暇活動として発展しました。とりわけ高齢者や引退した官人たちにとって、人生の後半の静かな楽しみとして親しまれたのです。

    こちらは、20世紀前半に制作された「紅木嵌金絲鳥籠(こうぼく・かん・きんし・とりかご)」です。高貴な素材と精緻な細工によって、清朝末期から民国期にかけての上流階級の嗜みを体現した装飾品です。中国では、清代以降、上流階級や文人階層の間で鳥の飼育が優雅な余暇活動として発展しました。とりわけ高齢者や引退した官人たちにとって、人生の後半の静かな楽しみとして親しまれたのです。

  • 清代(1644~1911年)の「鼻煙壺(びえんこ)」です。鼻煙壺は、単なる携帯用タバコ容器ではなく、ミニチュア芸術の極致ともいえる存在で、清代では宮廷から民間に至るまで広く用いられ、皇帝の嗜好品・贈答品・文人趣味の対象として愛好されました。<br /><br />

    清代(1644~1911年)の「鼻煙壺(びえんこ)」です。鼻煙壺は、単なる携帯用タバコ容器ではなく、ミニチュア芸術の極致ともいえる存在で、清代では宮廷から民間に至るまで広く用いられ、皇帝の嗜好品・贈答品・文人趣味の対象として愛好されました。

  • こちらは、清代(1644~1911年)に制作された「紫砂彫・彌勒仏坐像」です。日本でも布袋和尚の姿で親しまれています。笑顔・大きな耳・大きなお腹といった描写には、慈悲・寛容・福徳・未来への希望が託されています。<br /><br />

    こちらは、清代(1644~1911年)に制作された「紫砂彫・彌勒仏坐像」です。日本でも布袋和尚の姿で親しまれています。笑顔・大きな耳・大きなお腹といった描写には、慈悲・寛容・福徳・未来への希望が託されています。

  • 最後は、中国の伝統衣装および織物装飾のコーナー。

    最後は、中国の伝統衣装および織物装飾のコーナー。

  • 清代(1644?1911年)の宮廷服。

    清代(1644?1911年)の宮廷服。

  • こちらは、清代中後期(18世紀~19世紀頃)に制作された「龍袍(ドラゴンローブ)」です。宮廷の中でも皇帝や高官の正礼服として用いられた形式で、その意匠・構造・刺繍技術はいずれも当時の染織文化の頂点を示しています。<br />

    こちらは、清代中後期(18世紀~19世紀頃)に制作された「龍袍(ドラゴンローブ)」です。宮廷の中でも皇帝や高官の正礼服として用いられた形式で、その意匠・構造・刺繍技術はいずれも当時の染織文化の頂点を示しています。

  • またまた竹林。

    またまた竹林。

  • 写真スポットになっていました。

    写真スポットになっていました。

  • 博物館のお隣は太平天国忠王府。19世紀中葉の大規模な内乱「太平天国の乱」において、重要な拠点となった歴史的建築です。現在は蘇州博物館の一部として公開されており、中国に現存する最も完全な太平天国王府建築とされています。

    博物館のお隣は太平天国忠王府。19世紀中葉の大規模な内乱「太平天国の乱」において、重要な拠点となった歴史的建築です。現在は蘇州博物館の一部として公開されており、中国に現存する最も完全な太平天国王府建築とされています。

  • 1860年(清・咸豊10年)、太平天国後期の最高軍事指導者だった李秀成によって建設開始された官署・邸宅・庭園が一体となった複合施設で、軍事会議や礼拝、生活の場として機能しました。<br /><br /><br /><br />

    1860年(清・咸豊10年)、太平天国後期の最高軍事指導者だった李秀成によって建設開始された官署・邸宅・庭園が一体となった複合施設で、軍事会議や礼拝、生活の場として機能しました。



  • こちらが李秀成。1823年(清代・道光3年)生まれ、太平天国軍に参加し、武功を挙げましたが1864年、清軍に捕らえられたのち34歳で処刑されています。

    こちらが李秀成。1823年(清代・道光3年)生まれ、太平天国軍に参加し、武功を挙げましたが1864年、清軍に捕らえられたのち34歳で処刑されています。

  • 「萬古忠義(ばんこちゅうぎ)」=「永遠に変わらぬ忠誠と正義」。李秀成を単なる反乱軍の軍人ではなく、「義を尽くした聖人」的存在として顕彰する意図が込められています。1930年代に国民党は太平天国を賊ではないとし、その後、李秀成が獄中で記した供述書が広く読まれたりして、文革までは英雄視されていました。

    「萬古忠義(ばんこちゅうぎ)」=「永遠に変わらぬ忠誠と正義」。李秀成を単なる反乱軍の軍人ではなく、「義を尽くした聖人」的存在として顕彰する意図が込められています。1930年代に国民党は太平天国を賊ではないとし、その後、李秀成が獄中で記した供述書が広く読まれたりして、文革までは英雄視されていました。

この旅行記のタグ

関連タグ

27いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

中国で使うWi-Fiはレンタルしましたか?

フォートラベル GLOBAL WiFiなら
中国最安 273円/日~

  • 空港で受取・返却可能
  • お得なポイントがたまる

中国の料金プランを見る

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

PAGE TOP