2025/05/22 - 2025/05/22
47位(同エリア4199件中)
ポテのお散歩さん
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この旅行記スケジュールを元に
長く続いたローマ帝国が強大になり過ぎ、統治が難しくなった事もあり弱体化し、西ローマ帝国と東ローマ帝国に分断され、やがて西ローマ帝国はゲルマン民族により滅ぼされてしまいました。
一方、東ローマ帝国はビザンツ帝国とも呼ばれ、首都をコンスタンチノープル(トルコのイスタンブール)に置き、分断後も巨大国家として存続します。
※以下 ビザンツ帝国と表記します。
そんな時代背景の頃、もともとベネチアは葦の生える湿地帯でした。
その湿地帯の島々の中では少数の人々が細々と暮らしていましたが、周辺のイタリア半島に住む人々が ゲルマン民族が攻めて来る恐怖から逃れる為に湿地帯へ逃げ込むようになりました。 こうして421年3月25日がベネチア共和国の建国の日とされ、ベネチアの歴史が動き出しました。
初めはトルチェッロ島に多くの人が住み着きましたが、元は湿地帯。
陸地の河川から流れて来る土砂などで沼地化し、マラリアの蔓延などで、人々は周辺の島々へ移る事を余儀なくされ、最終的に多くの人々が住みついたのが 今のベネチア本島のリアルト周辺でした。
421年、日本では仁徳天皇の時代でした
**********************************
間違っている事がありましたら、すいませんm(__)m
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
- 利用旅行会社
- JTB
-
5月22日(木) 二日目
この絵はベネチア共和国の景観画家 カナレットが1760年に描いた絵で、
キリスト昇天祭の日に行われるベネチアの伝統的なお祭りを描いています。絵画展のポスターを写しました。
1760年の日本は十代将軍 家治が就任し、御用人に田沼意次を任命。
江戸大火があり、大河『べらぼう』の時代と重なります。 -
イチオシ
こちらは5月29日に撮った写真です。
カナレットの絵と、ほぼ同じアングルで写しています。
絵画では誇張されている部分があったり、1912年に鐘楼が再建されたので、若干の違いはあるものの、全く同じ所に同じものが写っています。 ベネチアは12世紀から15世紀の建物がそのまま残り、
他に類を見ない都市として存在しています。 -
早朝散歩から戻り休息後、サンマルコ広場へ向かいます。
-
前日に見たスタバの先の、小さなサン サルバドール広場に着いたら、
-
目印は傘のランプ。 (Marforio Dragon Lamp)
南に延びるメルチェリア通りに入ります。
政治・文化の中心であるサンマルコ広場と、経済の中心である
リアルト市場。 この二大中心地を結ぶメインストリートです。
早朝は通勤する人が通るだけなので静かですが、
昼間は人がすれ違うのも大変です。 -
新たに任命された行政官や書記官・総大司教が祭礼の装飾品を
身にまとい パレードをする華々しい道でした。
逆に 罪人などに対し、見せしめとして鞭打ち引き回しの刑を
科す際にも この道が使われました。 -
中世のある時期まで、馬や 荷を運ぶ動物が通っていました。
国会議員である貴族達や行政官達は、この道を馬に乗って
政治の場である総督宮殿(ドゥカーレ宮殿)へ通っていたそうです。
1292年、メルチェリアとサン マルコ広場での馬の使用が
禁じられ、人間だけが往来する都市空間となりました。 -
道の両側のショーウィンドウには現代の商品が陳列されていますが
ほとんどが当時のままの建物です。
メルチェリア通りの名前は、『小間物屋が並ぶ通り』という意味があり、
貿易で栄えたベネチアの賑やかな商業軸でした。 -
メインストリートは幾度も折れ曲がりながら
-
やがて時計台のソットポルテゴ (建物の下をくぐるトンネル) を抜けて
-
サンマルコ広場に流れ込みます。
目の前にサンマルコ寺院やサン マルコ寺院 寺院・教会
-
鐘楼がそびえ
-
サン マルコ寺院の奥には、左手に総督宮殿(ドゥカーレ宮殿)と
右手にサン マルコ図書館が建つ小広場が見え
その中央に2本の円柱が立ち、広場は海に向かって
開かれています。 -
鉄道が走っていなかった時代、ベネチアの玄関口は
このサン マルコ広場だけでした。
船で訪れた人々は、街が海に浮かんでいる様な光景に驚き、
その美しさに魅了されたのでした。 -
船から降りて 小広場に入った人々は、まだその奥に大広場が
控えている事に気付いていません。
大広場は鐘楼を軸にしてL字型に折れた所に広がっているので
海から見えないのです。
サンマルコ寺院の前に立ち、その前に広がる大広場を見て
再び驚くのでした。サン マルコ広場 広場・公園
-
海の玄関に立つ2本の円柱は、12世紀に東方からの略奪品として この地に運ばれたものだそうです。 元は3本運ばれ、途中で3本共 地中海に落ち、2本しか引き上げる事が出来なかったと云われています。
この2本の円柱の間にロープを渡し、公開処刑が行われていた時代があり、生粋のベネチア人は 縁起が悪いと 今でも円柱の間を通ろうとしないそうです。 -
海に向かって右の円柱には、龍を退治する聖テオドーロが
飾られています。
ベネチアの創成期はビザンツ帝国に庇護されていたので、
ビザンツの聖人である聖テオドーロが ベネチアの守護聖人でした。 -
海に向かって左の円柱には、聖マルコ(サン マルコ)を表す 翼のあるライオンが東を向いています。 アドリア海を、そして東方を睨みつけているのです。
ビザンツ帝国の勢力下で 成長していたベネチアは、
もっと『格』が上の守護聖人を求めるようになります。
そして828年、ついに聖マルコの遺骸を迎え、
それ以来 聖マルコが守護聖人となりました。 -
ヨーロッパの歴史ある街の広場には、立派な時計塔があります。
複雑なしかけと芸術性の高い装飾が施された時計は、
15~16世紀には、富と繁栄の象徴でした。
ベネチアの時計塔も、15世紀の最も繁栄していた頃に作成されました。 -
大時計は、サンマルコ広場とリアルト橋とを結ぶメインストリートで、更に海からアプローチした時に 真正面に見える、メルチェリア通りの入口に建てられました。
美しい天文時計の文字盤はラピスラズリ。
金の浮き彫りの十二宮による1年の暦。
内側には太陽と月の位置関係が示され、海の都として大切な
月と潮の満ち引きを表しています。
その上の聖母子像の部分は、からくり時計になっています。 -
上部にはベネチアの守護聖人を表す、翼を持つライオンの像が飾られ
最上部は2体のブロンズ像が決まった時刻に鐘を鳴らし 時を告げます。 -
鐘楼はもともと航海用の見張り台として 888年に着工され、幾度となく天災に遭いながらも1517年に完成しましたが、1902年7月に突然崩壊しました。幸いにも死者はなく、サンマルコ寺院には全く被害はありませんでした。
現在の鐘楼は1912年4月に元の姿に再建され、
新たにエレベーターが設置されました。 -
広場を囲む建物は、色々な時代に作られています。
築年数が古いほど地盤沈下しているので、それぞれの建物の
古さの比較は、アクア・アルタの時に見て取れます。
サン マルコ寺院(11世紀)が一番初めに冠水し、
次に北側に建つ旧行政官。(15世紀末に建て替え)鐘楼 建造物
-
南側に建つ新行政官(16~17世紀)と 西側に建つナポレオンの翼(19世紀初め)は比較的新しい時代に建てられているので1階の床が高く、めったに冠水しないそうです。
『ナポレオンの翼』とは、サン マルコ寺院に対面する建物で、ナポレオンが舞踏会などの会場として建てさせたので、その名が付いています。 -
広場の地面には『リストン』と呼ばれる幾何学模様のパターンが
白く浮き出ています。
イストリア産の白い石で飾られ、広場にエレガントさを
与えています。 -
創業1720年の『カフェ フローリアン』は、サン マルコ広場の南側に建つ新行政官の1階に店舗を構える 現存する世界最古のカフェです。13世紀には すでにアラブの国々で飲まれていたコーヒーを、アラブ諸国との交易を通じ、ヨーロッパに最初に持ち込んだのはベネチア人でした。
17世紀にサン マルコ広場にコーヒーを提供する店が初めて出来てから、店舗は増えて行きました。カフェ フローリアン カフェ
-
カフェは著名人が集う社交場であり、賭け事や愛人との密会の場にもなりました。風紀が乱れるのを恐れた当時のベネチア共和国の政府は、様々な法令を出しますが、コーヒーもカフェもベネチアの人々に浸透し、文化になっていました。
ベネチアのカフェ文化と共に歩んできた『カフェ フローリアン』と、1775年創業の『カフェ クワドリ』の2軒の老舗が向かい合い、生演奏で人々を楽しませています。 -
イチオシ
ドゥカーレ宮殿前の運河沿いから見えるのは
サン ジョルジョ マッジョーレ教会と -
サンタ マリア デッラ サルーテ教会
-
ドゥカーレ宮殿と監獄との間を流れる運河をまたぐ
パーリア橋のたもとのマリア像。
ゴンドリエーレ (ゴンドラを漕ぐ職業の人) 達にとって
信仰の対象となる大切な祠です。 -
ドゥカーレ宮殿とサン マルコ寺院の中を見学する為、
ここからガイドさんに案内して頂きます。
パーリア橋から見える『ため息の橋』
ドゥカーレ宮殿内にあった牢獄が手狭になったので、運河を隔てた宮殿横に新しい牢獄を建てる事になり、同時に宮殿内の裁判所と新しい牢獄とをつなぐ橋を造りました。警備上の安全を考え、屋根のある空中渡り廊下とし、1600年に完成しました。ため息橋 建造物
-
総督(ドージェ)の官邸であり、政庁であり、裁判所でもあるドゥカーレ宮殿。創建は8世紀で、14世紀~15世紀にかけて改築が行われ、現在の姿となりました。
外壁は白とピンクの大理石模様が美しく、イスラム建築の影響を受けたアーチ型のポルテコ(柱列)は、レースの様に繊細で優美ですが、潟の上に建っている為、軽くする工夫でもあります。
広場側からはもちろん、船でベネチアに来た人が最初に目にする建物
という事も意識して造られています。ドゥカーレ宮殿 城・宮殿
-
ドゥカーレ宮殿の中庭
★ゲルマン民族が攻めて来る恐怖から逃れ、421年にベネチア共和国を建国しながらも、建前はビザンツ帝国の属国として暮らします。それでも実質的な独立を守れたのは、物資の輸送に必要な船と船乗りを確保していたから。 海から得られる塩・魚の商いから始め、少しづつ交易を拡大していきました。 -
【黄金の階段】
金箔と漆喰で出来たドーム状の天井。
議員・貴族・外国からの客人など、限られたVIPしか
通ることのできない階段でした。 -
【元老院の間】
主に審議・情報収集・方針決定が行われていました。任期は1年。
天井の絵の数々は、ヴェロネーゼの作品。
★イタリアの貿易では欠かせない存在となったベネチア。
他国から攻められ、逃げて来る周辺の人も多く 人口も増え、
人々を纏める機関と皆を率いる長が必要になりました。 -
【上院の間】
ティントレットをはじめ様々な画家のフレスコ画が施されています。
★こうして697年、初めて住民投票によって、初代元首(ドージェ)を選出しました。任期は終身。1797年に失脚した最後のドージェまで、120代 約1100年続きました。
ドージェとはベネチアの国家元首・総督の事で、選ばれたドージェがこの官邸で暮らし、ベネチア共和国を治めたのです。 -
【大評議会の間】
ベネチア共和国の最高機関だった大評議会。
成年男子の貴族全員が議員で、重要な議題について
最終的な可決を行っていました。議員の任期は終身。
柱が一本も無い部屋は、2000人を収容できるのだとか。 -
正面にある絵画はティントレット作の『天国』。
この作品は8年かけて描かれた 世界有数の大きな油絵で、
ドゥカーレ宮殿の見所の一つだそうです。
35枚の天井画は、ティントレット、ヴェロネーゼなどの画家達が
手掛けています。 -
13世紀終わり頃に整備された 統治制度では、不正が行われたり
特定の人に権力が集中しない様に細心の注意が払われました。
それ以降 約500年にわたり、ベネチアの政治は安定していましたが、
それでも代表的な、独裁体制の画策が2度 起きました。
1つは、1310年にティエポロの乱が勃発しましたが失敗に終わりました。 -
【十人評議会の間】
ティエポロの乱後、十人評議会が設立され、
陰謀者たちを裁くための部屋が設置されました。 -
ドゥカーレ宮殿内の建物の入り口に、密告書を受け付ける
「ボッケ・ディ・レオーネ(ライオンの口)」がありました。
目安箱のようなものです。
街中にも設置されていたそうで、十人委員会は、
この密告書や情報網に基づき、秘密裏に調査を行いました。 -
【羅針盤の間 】(司法行政(裁判)専用のフロア)
にも『密告の口』がありました。
いいような、悪いような。。。
ある意味、怖いです。 -
2度目の陰謀は55代ドージェ『マリーノ・ファリエーロ』という
現役のドージェによって行われました。
十人委員会は情報をつかむと迅速に行動し、
陰謀者達を逮捕させました。
ドージェは罪を自白し、判決が言い渡され、
翌日 斬首刑に処せられました。
刑が執行された場所は、新任のドージェの戴冠式が行われる
「巨人の階段」でした。 -
大評議会の壁には、歴代のドージェが描かれていますが、
マリーノ・ファリエーロの絵は黒幕で抹消されました。
『ここはかつて罪を犯したマリーノ・ファリエーロの場所だった』と
ラテン語で書かれているそうです。
建国以来1000年もの間、決して独裁を許さなかった
ベネチア共和国の政治体制の一端を物語っています。 -
牢獄へ移動する為に『ため息の橋』を渡ります。
この橋の名前は、19世紀にイギリスの詩人ジョージ・バイロンが、「囚人が牢獄に入る前にこの橋から外を見て、この世に別れを告げてため息をついた」と著作に書いたことに由来しているそうです。
これから投獄される囚人がこの橋を渡るとき、もう美しいベネチアを見ることはできないと、別れを告げる悲みの ため息です。 -
ですが、恋人同士がゴンドラに乗り、日没時にこの橋の下でキスをすると、永遠の愛が約束される、という地元に伝わるロマンチックな伝説もあります。
ここから脱獄できたのは、ただ一人、
稀代のプレーボーイと云われる、カサノヴァだったそうで、
実際に投獄されていた部屋を見学出来るツアーがあるようです。 -
鉄格子の中の部屋には、落書きというには
悲しい文字が書かれています。
ガイドさんによれば、お母さん? 奥さん? 彼女? の
女性の名前が多く書かれているそう。 -
こちらには文字が彫られています。
-
ここは刑の軽い人が入る牢屋だったような。。。
-
どこが何の部屋だったのか、いっぱい過ぎて
わらなくなってしまいました(>_<)
ポルテコ(柱列)が巡る中庭を歩くとホッとします。 -
最後に、正式な入口だった布告門から入ります。
布告門 史跡・遺跡
-
守護聖人・聖マルコ(サン マルコ)を表す 翼のあるライオンに
ひざまずくドージェが描かれています -
布告門を進むと
-
1550年に完成した「巨人の階段」と呼ばれる大理石の階段。
階段の両脇には、海の神ネプチューンと勝利の神マルスの二体が
立っています。
この階段で新任のドージェ(元首、総督)の戴冠式が
行われていました。 -
サン マルコ寺院は、はじめはドゥカーレ宮殿の中に小さな教会が建てられ、ドージェの礼拝堂として使われていたそうです。
828年、ベネチアの二人の商人が、エジプトのアレキサンドリアから聖マルコの遺骸を盗み、ベネチアに持ち帰りました。
その聖マルコの遺骸を祀るために832年に建立されたのが「サン マルコ寺院」になります。その後、教会は現在の場所に移設され、11世紀頃に今の教会の基礎となる建物が完成しました。ビザンツ帝国の影響を受けた、ビザンツ様式を代表する建物ですが、長年にわたり幾度も改修・増築され、現在の姿になっています。
(ビザンツ建築= ドーム型の屋根と金地のモザイク壁画が特徴) -
キリスト教の聖人の階層は、
頂点に キリストの弟子である十二使徒
次に 洗礼者ヨハネ・聖パウロ
次に 福音書記者マタイ・マルコ・ルカ・ヨハネ
マルコは三番目の階層なので、とても位の高い聖人という事になります。 -
サン マルコ寺院の玄関アーチの4枚のモザイク画には、アレキサンドリアから聖人マルコの遺骸を運び出し、サン マルコ寺院に収められるまでのエピソードの4場面が描かれています。
これは聖マルコの遺骸がサン マルコ教会に運び込まれる場面です。 -
この絵は、左の二人のベネチア商人が、アレクサンドリアの税関で
カゴの中身を見せています。
税関のチェックから逃れるために、聖マルコの遺骸をカゴに収め、その上に豚肉を乗せて隠したのです。エジプトは多くがイスラム教徒なので豚肉を食べる事を禁じられていて、税関の役人が鼻をつまんでいます。
そして無事に税関を抜け、聖マルコの遺骸はベネチアへ運ばれました。 -
聖マルコの遺骸がベネチアに もたらされた時から
守護聖人が聖テオドーロから聖マルコに変わりました。
それは、ビザンツ帝国からの独立の主張でもあり、
ベネチア人の 心のよりどころ となりました。 -
教会内部は黄金のモザイクで飾られ
-
豪華絢爛です。
-
一番奥の
-
祭壇の裏側には
-
黄金の衝立【Pala d’Oro (パラ・ドーロ)】が隠れています。
七宝や、黄金、2,000個もの宝石が埋め込まれた黄金の衝立には、
聖マルコやキリストの生涯が描かれています。 -
サン マルコ寺院の正面に、4頭の馬が飾られています。
ベネチアの人々にとって守護神に近い存在で、
現在はレプリカが置かれています。 -
【4頭の馬の銅像の本物】
この馬達は数奇な運命をたどります。
紀元前300年頃に作成され、ローマのネロの凱旋門の上に飾られていたものを、ビザンツ帝国がコンスタンチノープルに首都を置いた時に4頭の馬も持ち込まれ、馬車競技場に飾られました。 -
レプリカ越しの鐘楼です。
その後、第4次十字軍の時に ベネチアの策略で、本来は聖地奪還が十字軍の任務なのに聖地に向かわず、なぜか同じキリスト教のコンスタンチノープルを攻め、1204年に その戦利品として持ち帰りました。 そして約500年間、この略奪してきた4頭の馬をここに飾っていました。 -
聖マルコの遺骸がサン マルコ教会に運び込まれる場面の
モザイク画。
度重なる修復・増築が繰り返されていたサン マルコ寺院ですが、
このモザイク画は1200年代のオリジナルのものだそうです。
4頭の馬もしっかり描かれています。 -
【床の様々な色の大理石によるモザイク】
その後、1797年にナポレオンに侵攻され、
ベネチア共和国は消滅します。
同時にナポレオンによって、4頭の馬はパリに
持ち去られてしまいました。
そしてナポレオンの勝利を祝うために建てられたカルーゼル凱旋門に
飾られました。 -
その後1815年、ワーテルローの戦いでナポレオンを破った
イギリスの軍人、ウェリントン公爵によって、4頭の馬は最終的に
サンマルコ寺院に返還されました。
そして現在はサン マルコ寺院の2階の展示室に大切に保管されています。 -
十字軍とは、
ビザンツ帝国がイスラム側に聖地エルサレムを含む領土を奪われ、首都のコンスタンチノープルにも危険が及んだので、ローマ教皇に助けを求めました。
それに応じたローマ教皇が、西ヨーロッパのキリスト教諸国に対して、ビザンツ帝国を助け、聖地エルサレムを取り戻そうと呼びかけ、賛同して集まったのが十字軍です。
十字軍は、1096~1270年までの間に7回遠征しましたが、聖地エルサレムを取り戻すことはできず、失敗に終わりました。
ですがエルサレムは、キリスト教にとっても、イスラム教にとっても
とても重要な聖地には変わりありません。 -
二階から見るサン マルコ寺院
1204年の第4次十字軍遠征で行われたコンスタンチノープルへの略奪によって、寺院の宝物はさらに豊かになりました。
その財宝は4頭の馬を含め、多くの品々がサン マルコ寺院に保管されています。 -
こうしてベネチアは財政的にも豊かになり、十字軍にも影響力を持ち、貿易も盛んになり、「地中海貿易の、そして東方の覇者」として栄えて行くのでした。
黄金のドームの奥に、キリストがおられます。 -
ガイドさんと別れ、ホテルへの帰り道。
サン ルーカ広場にあるManchini Timeというお店で
昼食を取る事に。
地元の人に人気のケーキ屋さんです。
サンドイッチやクロワッサンなどの軽食があります。 -
空いているショーケースの前に陣取ります。
暑かったので、冷たいコーラと軽めのサンドイッチ。
イスやテーブルが無いので立食です。 -
ホテルに帰ると、まだ部屋の掃除が終わっていなかったので
ホテルのベランダで待機します。 リアルト橋が見えて良い眺め。
突然カモメがやって来たなと思ったら、急にバタバタと騒がしくなり
見るとカモメが小さな鳥の頭をくわえてます(@_@;)
隣のテーブルでランチをされていた御夫婦の御主人がカモメから鳥を引き離してくれました。 カモメって、鳥も食べちゃうんですね。 -
Despar Teatro Italia
ここは是非来たかったスーパーで、ちょうどお店の前を通ったので
入ってみることに。
デスパーというスーパーですが、1915年に建てられた
「チネマ・テアトロ・イタリア」という映画館だったそうです。
その後、ベネチア大学の外国語学部日本語学科が入り
現在はスーパーマーケットとなっています。 -
ベネチアのあちこちに店舗があるスーパーです。
-
OFFERIAという赤札は『お買い得』という表示だそうです。
-
頭上を見ると天井画。
-
壁にも美しい壁画が残っています。
-
一番奥には映画館のスクリーンがあったと思われます。
-
その下にはお惣菜が並び、ハムの量り売りコーナーになっています。
この日の夕食にお惣菜を買って帰る事にしました。
生ハムの産地は分からないのでお薦めのものを適量、
目の前でスライスしてもらいます。 -
出口はこんな感じで、映画館の時のままのようです。
何年経っても、何度リノベーションしても
当時の面影を残せるものは残すお国柄の様で、
それがとっても素敵です。 -
ガイドさんにお薦めして頂いていたワインとお水。
生ハムとワインは 産地にこだわっておられました。
ワインは確か、ベネチア近くの産地だったような。。。
お水は、イタリア在住の日本人の奥様方に、お腹に優しいと評判の
ミネラルウォーター(ガス無し)だそうです。 -
ホテルでさっそくプチパーティー♪
生ハムは、スライスされたばかりなので、しっとり美味しいです。
イワシの酢漬け。 バッカラ・マンテカートという鱈のすり身。
アーティチョークのお料理。 お米のサラダ。
それにパンを1個づつ。
アーティチョークとお米のサラダは。。。微妙。(個人的感想)
他は美味しかったです。
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この旅行記へのコメント (44)
-
- 前日光さん 2025/09/09 16:57:33
- すごいなぁ、ヴェネツィアの歴史!
- ポテさん、お久しぶりです!
今日も暑いですね( ;∀;)
京都もハンパない暑さのようですが、いかがお過ごしですか?
忙しさにかまけてご訪問を怠っておりましたが、やっと随筆の冊子が校正を待つのみとなり、コメントさせていただきます。
それにしてもヴェネツィアの歴史、お詳しいですねぇ。
世界史はいちおう勉強しましたが、結局日本史専攻だったので、ここまで色々なことは知りませんでした。映画「ベニスに死す」で、主人公のアッシェンバッハがこのサンマルコ寺院の広場を歩く場面では、たくさんの鳩が飛んでいましたが、今は鳩はいないのかな?
ため息の橋などは、老アッシェンバッハが美少年に魅せられて、今でいうところのストーカー行為に及ぶのですが、彼はただ美に魅入られた芸術家として描かれていたので、いやらしい感じはしませんでした。
映画では病んだ都市ベニス、コレラが蔓延し、石炭酸が巻かれた廃墟のような街をさ迷うアッシェンバッハの悲痛な表情と、マーラーの交響曲5番が鳴り響き、退廃の極みが映し出されていました。
やっぱり行くべきだったなぁと、この旅行記を拝見しながら思いました。
あんなに夢中になって観た映画の舞台を、おそらくもう行くことはないと思いながら、拝読させていただきました。
ありがとうございました<m(__)m>
前日光
- ポテのお散歩さん からの返信 2025/09/10 00:21:24
- Re: すごいなぁ、ヴェネツィアの歴史!
- 前日光さん こんばんは!
こちらこそご無沙汰しております。
随筆集が出来上がったのですね♪
お疲れ様でした。
夕方、陽が短くなってきて、秋の気配も感じられるのですが
気持ちが悪くなるほど蒸し暑い時があります。
10月の中旬頃まで この暑さが続く様な気がします(>_<)
ヴェネチアの事を詳しく書いた本に出合って、
その本を中心に歩いていたので
ほとんどが本に書かれてある事を参考にしているだけなのです(^-^;
その本は 道案内もされていて、そのルートを辿っているだけなので
何処を歩いているのかわかるんです。
同じような迷路と運河ばかりなので、その本が無かったら
ただ迷路をフラフラと歩いただけだったと思います。
ヴェネチアは迷路を彷徨うのが醍醐味なので
ただフラフラ歩くだけで良いのですが
見方を教えて頂くと、とても楽しい街歩きになりました(^^)
ヴェネチアは、ただ迷路と運河がある街だと思っていましたが、
千年の歴史がある共和国だった事に驚きました。
平安時代や鎌倉時代の建物が今でも現役で使われていて
当時と地図が全く同じで 街並みも同じという事が
奇跡の様に感じます。
オーバーツーリズムで大変ですが、奇跡の街並みを
観光客も地元民も一緒になって、大切に守って欲しいと
願っています。
鳩は沢山いて、カフェの中まで入って来るのですが
お店の人は全く気にしません(^-^;
衛生的にどうかと書いていらっしゃるクチコミも多いのですが
アクアアルタもありますし、気にしていたら生活出来ないのかも
知れません(^^)
コメントを下さって、ありがとうございます(*^-^*)
ポテ
-
- たらよろさん 2025/07/17 08:00:22
- わぁ~2度目ですか!!
- おはようございます。
2度目って、のんびりゆっくり、自身の行きたい場所を選択して行けるから
やっぱり、二度は行くべきですよね。
ベネチアはいつか行きたい、絶対に行きたい街。
そんな街に二度もうらやましいです~
迷路みたいで分かりづらいって言われるので、
こうして交差点の目印を確認するのって素晴らしいですね。
もし行けた暁には、マネしたいと思います♪
たらよろ
- ポテのお散歩さん からの返信 2025/07/17 08:55:44
- Re: わぁ~2度目ですか!!
- たらよろさん おはようございます!
説明レポートの様な旅行記になってしまったにもかかわらず
コメントを下さって、ありがとうございます(^^)
ベネチアは、ずいぶん昔に行って
4日間取ったのですが、真夏で熱中症になったりして
消化不良だったんです。
今回はお天気は今一つだったのですが
長袖で過ごせたので熱中症にならずに済みました(^-^;
好きな街は、一度で納得するのは難しいですね。
私の場合は、一度目はフワフワと気持ちが浮ついて
慣れて来た頃に帰国日となる感じです。
2度目でやっと地に足が付くような。。。
細い道が多くて、道の名前は覚えられないので
目印を決めて歩いたら、少しわかりやすくなりました♪
コメントを下さって、ありがとうございます(*^-^*)
ポテ
-
- yokoさん 2025/07/16 10:59:10
- 世界史の先生、ポテさんが良かったわ~(^○^)*
- ポテさん こんにちは!
私は日本史の先生は、面白くてけっこう聞いていたけど(初めの方だけ)、世界史は面白くなくて全く記憶に残っていません。ポテさんが先生なら、もっと真面目に聞いてたと思います!
カナレットが描いた絵の街が、変わらず残っているなんて凄いことですよね。『べらぼう』の時代と重なるんですね。観てる私には、分かり易い例えです(^_-)-☆
私はツアーだったので駆け足で巡りましたが、見覚えのある場所が出て来て「なるほどね」と頷きながら読みました。サンマルコ寺院はモザイク画の美しさに目を奪われましたが、ポテさんの説明で歴史の物語が見えるような気がします。
イチオシにされたサンジョルジョマッジョーレ教会のお写真、私も同じアングルで撮りました。ベネチアらしい場所で、一番のお気に入りです。
スーパーの上に天井画って、凄すぎます。壁画を見ながら商品選びができるなんて優雅ですね。スーパーも、ガイドさんと一緒に入られたのですか? 観光客には分かりにくい、生ハムのチョイスとか相談できて良いですよね。そして、ホテルでプチパーティ、そういう食事も自由旅ならではですよね。私も自由旅のヨーロッパ、また行きたくなりました(^^)
yoko
- ポテのお散歩さん からの返信 2025/07/17 08:33:29
- Re: 世界史の先生、ポテさんが良かったわ~(^○^)*
- yokoさん おはようございます!
旅行記ではなく、説明レポートのような
旅行記とも言えない旅行記にもコメントを下さって、
ありがとうございます(*^-^*)
これ、ベネチアに興味のない人が見たら
苦痛か眠たいかの どちらかなので、迷惑をかえりみず
投稿させて頂きました(^-^;
yokoさんや皆さんの優しいコメントに救われています。
私、日本史とか世界史の先生、どんな人だったか覚えてないです。
そんな授業があった事すら記憶にございません( ̄▽ ̄) アハ
1,800年は。。。とか西暦で説明されると
日本の何時代か わからないと、イメージが湧かないんです。
私も『べらぼう』の時代と知って、やっと イメージ出来ました(^^)
最近 乱視がきつくなって、カメラのピントがあっているのか
わからなくて、ボケボケの写真が多いんです。
本当はピントが合っていて、私の眼だけがボケてるのか?
モザイク画の写真で使えるのは、あの2枚だけでした(^-^;
サンジョルジョマッジョーレ教会、yokoさんも
撮られてましたか♪
曇っていて残念でしたが、あの景色は素敵なので
イチオシにしました。
yokoさんもお好きで嬉しいです(^^)
映画館から大学の、しかも日本語学科が入って、
次にスーパーって面白いですね。
天井画や壁画があるだけで、他の支店と同じものを売っているのに
高級に見えました!
スーパーのお惣菜を買ってみたかったので、嬉しかったです。
お惣菜は指差しと、メモで100gとか必要量を書いたら
解ってくれたのですが、生ハムは産地とかわからないので
ガイドさんにお任せしました♪
パックに入っているものもあるのですが、やっぱり
あの塊からスライスしてもらうと美味しく感じます(^^)
お惣菜は全部 味見してみたかったです!
コメントを頂き、ありがとうございます(*^-^*)
ポテ
-
- 164-165さん 2025/07/16 07:06:06
- 地盤沈下
- ポテさん おはようございます。
他の方が述べているようにベネチアの歴史とガイドブックを合わせた旅行記で感心しています。
杭を打って湿地帯に建築物を作ったのですが、杭の力はどの程度だったのでしょう?気になります。現在のような杭打機は無いので滑車につけて人力かな?大量の杭を打ってもたかが知れています。修繕するのも大変です。現在なら薬液注入で地盤を持ち上げることもできますが、修繕方法も気になります。
ナポレオンの侵略だけのようでしたが、破壊されず、凄い財力があったのですね。内容が理解できない私ですが、繁栄の華麗さは感じられました。すばらしい遺産でした。
【164-165】
- ポテのお散歩さん からの返信 2025/07/17 07:52:27
- Re: 地盤沈下
- 164-165さん おはようございます。
旅行記というより、説明レポートの様な
旅行記になってしまったにもかかわらず、
コメントを下さって、ありがとうございます(^^)
そのうえ、中途半端な説明で わかりにくく、すいませんm(__)m
※ご質問の1つ目
164さんは、建設関連にお詳しい方ですか?
でしたら、なおの事、湿地帯に杭を打ち込んで街を造った。。。
だけでは意味不明かと思います。
次回の旅行記では、もう少し詳しく書くつもりなのですが、
文章だけでは説明しきれません。
色んな人のブログや、旅行会社の説明YouTubeなどを観たのですが、
旅行記としての補足では 簡単な説明だけでした。
因みに、次回の私の旅行記の補足説明は
★ベネチアはアドリア海の北端の湾に浮かぶ大小120以上の島々に
約150の運河が縦横無尽に走り、400以上の橋で結ばれています。
★干潟の軟弱な地盤に樫・ブナ・カラマツなどの堅い木の杭を
隙間なく打ち込む事で、泥の中で空気が遮断され、木々は腐らず
その上に海水に強いイストリア産の石を敷き詰めて基礎を造り、
軽いレンガを積み上げ、化粧石を貼って家を建てているそうです。
程度になります。
色んな方のブログも、この程度です。
これ以上になると、
・私の知識が無い事が 一番の原因です。
・本格的になって、文章だけではなく
図や写真が必要となり、本当にレポートになってしまう事。
・書き手と読み手の知識レベル範囲を超えてしまう事。
・旅行記の範囲を超えてしまう事。
・間違った情報を拡散してしまう事。
になってしまいます。
それで、建設のプロが書いていらっしゃると思われるSNSを
探しました。
☆https://cucanshozai.com/2024/08/engineering-of-venice.html
☆https://karapaia.com/archives/516782.html
☆https://www.rfc.or.jp/rp/files/03-18.pdf
映像や写真・図と一緒に説明されているので
建設関連の知識のある方は、こちらの方がわかりやすいかと思います。
ザックリ探してみましたが、これ以上 詳しく説明されている物を
見つけられませんでした。
サラッと観て頂ければ、私の説明より わかりやすいと思います。
※ご質問の2つ目
ベネチア共和国に敵が攻めてきたことがあります。
ベネチアの周りはラグーナ(潟)なのですが実は浅瀬だらけです。
その潟に安全な航路を示す杭が打たれています。
どこに どれだけの大きさの船が通れるか、ベネチアの人は
その杭を見て判断出来ます。
潮の満ち引きでも 船の通り道は変わってきます。
それらを全部 理解しているベネチア人は、敵が攻めてくる前に
海の杭を抜いてしまったのです。
敵はラグーナの中にまで船で攻め込んできたのですが
大きな船なので、潟の浅瀬に乗り上げて座礁してしまいました。
仕方なく敵兵が船から降りても、潮が引いている時は泥の中なので
足が取られ、身動きが取れませんでした。
ベネチア軍は、ゴンドラで応戦します。
潟を知り尽くし、ゴンドラを自由に操るベネチア軍は
敵の船に火をつけて焼いてしまいました。
敵の方が圧倒的な兵力で、圧倒的に大きな船だったにもかかわらず
ベネチアの大勝利でした。
その後、ベネチアに攻め入る国は無かったそうです。
ベネチアは大勝利したのですが、その国に対し 自由な貿易を望みました。
敵国も その貿易により潤う訳ですからもちろん応諾します。
戦争が絶えなかった時代、自由に貿易が出来る相手が増えるだけで
その国は潤います。
相手を叩きのめすよりも、貿易によっての儲けを取ったのでした。
ベネチアは、したたかな商売人になる事を大切にする国でした。
近年になって、第一次世界大戦・第二次世界大戦などでも爆撃されず
ベネチアが壊滅しなかったのは、何故なのかは調べていないので
わかりません。
幸運だったのかな? と勝手に思っています(^-^;
本当は、もっと複雑な歴史があると思うのですが、
私のレベルで理解出来るのは、このくらいです。
旅行で知るレベルは、このくらいでもいいのかなと思っています。
これからも、中途半端な浅いレベルで旅行記に差し込んで行くので、
許して下さいね(*^-^*)
ポテ
- 164-165さん からの返信 2025/07/17 10:05:02
- Re: 地盤沈下
- 稚拙な質問に丁寧に返答いただき有難うございます。
以前の職業柄興味があったことに疑問を感じただけで、御迷惑をおかけしてすみませんでした。
石造りの街はいつまでも残りますね。日本の城の天守や櫓の建物は無くなっても石垣だけはいつまでも残っています。
戦争で爆撃されなかったのは本当に幸運でしたね。余り戦況に影響がない街(京都)だったかしら?それとも貴重な遺産(京都)だと敵国も知っていたのかも?(返信不要)
- ポテのお散歩さん からの返信 2025/07/17 10:56:44
- Re: 地盤沈下
- 164-165さん こんにちは。
返信、ありがとうございます(*^-^*)
ポテ
-
- フォートラベルユーザーさん 2025/07/16 06:33:54
- いにしえと変わらぬ風景が、そこに!
- おはようございます!ポテはん!
やはり、ヨーロッパは、
ベネチアは、素晴らしい!!
18世紀に描かれた景色を
今も見られるなんて!
鐘楼は建て替えられたそうですが、
遺そうという、文化的な思想がすごい。
ドゥカーレ宮殿。
外観がイスラム文化の影響をうけて
いるんですね?すごいー
中は壮麗な天井画があり、、
ライオンの口や、密告の口もあって。
この時代に、民主制がしかれ、
独裁政治を許さない姿勢がすごいー(何回目?)
聖マルコのエピソードにも、ビックリ!
わざわざ豚さんを被せて、
運んで来たなんて、、
しかし、これが市民の心の支えに
なったんですね。
きちんと、歴史や背景を学んでから
じっくり旅をすることで、
いっそう深まるのだな、と改めて思いました。
ベネチアのスーパーにも、
行ってみたくなりました(*^^*)
まいどおおきにね、
ポテはん!
コトラ
- ポテのお散歩さん からの返信 2025/07/17 01:10:58
- Re: いにしえと変わらぬ風景が、そこに!
- コトラはん こんばんは!
旅行記と言うよりも、説明レポートの様な旅行記になってしもたのに
コメントを下さって、おおきにどす。
こんなん、興味のない人が見たら苦痛か眠たいかどっちかなので
申し訳ないなぁと思いながら、出させてもらいました。
コトラはんはじめ、皆さん優しいので救われてます(*^-^*)
そうどすねん。←さっきの しおらしさは何処へ行った?
江戸時代の人と同じ景色を観てると思うと
感動的どしたぇ♪
イスラム圏の事は全く知らないんだけど
ビザンツ帝国と結びついていたから
建築様式とかイスラムの影響が大きいそうです。
目安箱はいいんだけど、無実の罪を着せられた人もいて
ある意味 怖いなと思いましたよ。
元映画館が大学の、しかも日本語学科になって
あの雰囲気で日本語を話してたん?
と思うと、ちょっと嬉しくて、
スーパーになると他の支店と同じ商品を売っていても
壁画や天井画があるだけで高級に見えるのが面白かったです。
お惣菜も買ってみたかったので、楽しかった♪
いつも おおきにね。
コトラはん(*^-^*)
ポテ
-
- rinnmamaさん 2025/07/15 22:49:37
- サンマルコ寺院
- ポテさん、こんばんは
私は2005年に姉とツアー客として訪問した時に、同じようなルートの見学だったと思うのですが、ぼ~とみていた私と違い、ポテさんは詳しく調べられていて、すごいな~と思いました。
今はサンマルコ寺院内部の撮影も許可されているんですね。
2019年時には素晴らしいな~と、みるだけだったので残念でしたから・・
イタリアは何回、行っても飽きませんね(^^)
季節によっても雰囲気は変わりますからね~~
ベネチアも観光客対策を始めているみたいですが、やっぱり訪問したいから押しかけてしまいますよね~~
京都と同じかも。。祇園祭はネットで楽しんでいます(^^)
京都新聞作成のSNSが丁寧です。。余分なおまけコメント失礼しました。
rinnmama
- ポテのお散歩さん からの返信 2025/07/16 21:38:22
- Re: サンマルコ寺院
- rinnmamaさん こんばんは!
いつもの事ですが、説明レポートの様な
旅行記と言えない旅行記にもコメントを下さって
ありがとうございます(*^-^*)
rinnmamaさんはトルチェッロ島へ行かれていますね♪
今回は参考にした本のルートを歩いたので
あまり教会や美術館には行けていません。
本当に、目的によって観るべきものが多くて
何度行っても行き足りないですね。
rinnmamaさんと同じく、過去に行かれた方のブログを拝見すると
お写真が撮れなかったとコメントされている方がおられます。
サンマルコ寺院はフラッシュ以外は撮影OKでしたが、
ほとんどの写真が没でした。
私の、カメラの設定が悪かったのですがボケボケでした(^-^;
ガイドさんがいて下さるので、要領よく連れて行って下さったのですが
ズンズン歩かれるので、床のモザイク写真もシャッターを切るだけで
精一杯でした。
また再訪出来るなら、ドゥカーレ宮殿はお腹一杯になったので
サンマルコ寺院だけマイペースで観たいです(^^)
長刀鉾の『ちまき』を玄関に飾っているのですが、販売日の初日に
朝の8時前に『ちまき』を買いに行ったら、
すでに長蛇の列で、四条烏丸から烏丸御池まで長蛇の列でした。
毎年 こんな長い列は初めてだと言っていますが
今年も言います。「こんな長蛇の列は初めてです!」
皆さん1時間以上並ばれるのだと思うのですが
私は諦めて帰りました(T_T)
コメントをありがとうございます(*^-^*)
ポテ
-
- ちーちゃんさん 2025/07/15 22:05:31
- 永久保存版!!
- こんばんは♪ポテちゃん(*^◯^*)
凄い!凄い!凄い!
こんな風に歴史と写真を組み合わせて、
解説している旅行記初めて!
出来上がるまで、本当に根気のいる旅行記ですよね。
見せてくれてありがとう!
あーでも私が先じゃなくて、ポテちゃん先がよかったな笑
だって私、どこ見てきたんだろう?
ただベネチアに行きたいだけで、歴史の事は全然勉強していかなかったのが悔やまれる…
ポテちゃんの様に、色々頭に入っていたら、
変な顔集めたりしなかった(^_^;)
でも同じ場所を見られた幸せを感じる事ができてとっても嬉しかったー!
あの丸いガラスの並んだ窓の場所、ポテちゃんが撮るとあんなにステキになるんだと感心してました!
私も見た海からのサンマルコ広場。
懐かしい、またいつか行きたいなあ!
スーパーであんなにステキなお店があったの知ってたらそこに行きたかった~。
古い物を大切に使う文化、
ベネチア人の考え方の凄さですね(^_^*)
また必ず行こうと心に誓っているベネチア。
その時は、またよーくポテちゃんの旅行記を読み込んで、頭に全て入れて行きたいなと。
でも根が不真面目だから覚えられるか、
今から心配σ(^_^;)
ホテルのお部屋でゆっくりご飯、のんびり出来てとっても良いねー♪
次はどんなところへ行ってどんなお話になるのかとっても楽しみ(*´∀`)♪
- ポテのお散歩さん からの返信 2025/07/16 20:08:56
- Re: 永久保存版!!
- ちーちゃん こんばんは!
毎度の事だけど、説明レポートみたいで
旅行記にもならない旅行記で、ベネチアに興味の無い方に
見て頂いたら苦痛でしかないので申し訳ないなぁと
思ってました。
ちーちゃんや皆さんに温かいコメントを頂いて
救われています。 ありがとう(*^-^*)
私は参考にしたい本があったので、そのルートと
自分の行きたい所を加えただけなの。
でも、ものすごくマニアックなので、興味のない人は(?_?)???
で、人迷惑になるかも(^-^;
それに、ちーちゃんはローマとフィレンツェも自力で行って
全部 自分達でやり遂げたんだから、凄いのよ♪
ドゥカーレ宮殿の丸いガラス、ちーちゃんはどれを撮ったのか
ずっと探してたのよ♪
ガラスの中の水泡を、『閉じ込める』と表現したお写真は
感動的だったのよ(^^)
ちーちゃんと同じ景色を時間差で観られて、嬉しかった~。
あの宮殿、まだ見ていない部屋があるそうだけど、
お腹一杯で 最後は頭がボーっとしてしまったわ。
サン マルコ寺院は、今度は自分のペースで観たいです。
ガイドさんが時間通りに連れてくれたから、要領よく観れたけど
もうちょっと撮影時間が欲しかったなぁ。
元映画館のスーパーは、よくブログに出ていたの。
デスパーだから どこにでもあるけど、店内に壁画があると
同じ商品が高級に見えるから不思議よね。
お惣菜は指差しして、生ハムはガイドさんにお任せしました(^^)
ちーちゃん いつもありがとう(*^-^*)
ポテ
-
- Decoさん 2025/07/15 20:59:11
- 海の都
- ポテさん、こんばんは。
ベネチアというと…塩野七海さんの「海の都の物語」は大好きで、何度も読み返しましたし、彼女の東地中海を舞台にした小説でもベネチアは必ず関わっていて、行ったこともないのになぜか親近感を持ってしまいます。
ゲルマン人の侵入によって相当に高い文化を持った人々が逃げ込み建設した町。古代ローマの高い文明を保ちながら、当時はかなりの強国であった東ローマの庇護の下で成長し、中世・ルネッサンス、オスマン・トルコとの難しい時代を耐え、そしてナポレオンに屈するまで独立を維持した…古代から近世までを繋いだ町。その長い時の中で、この小さな都市国家が存続したことに感動を覚えます。
都市国家として長く続いていたのには、様々な理由や状況や、時に幸運もあると思いますが、ポテさんの旅行記を読んで、その一つには独裁を許さない体制が堅く続いたことにあるのかも知れませんね。ポピュリズムになびかず、自らを律するという、とても難しいことを続けた国。なぜそれができたのか。建国時の厳しい状況があったからか、律しなければ国が存続できないという自覚があったからでしょうか…?
ポテさんのこの旅行記を拝見するに、「海の都の物語」を思い出し、視覚を伴ってさらに印象が深まるように感じました。
Deco
- ポテのお散歩さん からの返信 2025/07/16 18:45:39
- Re: 海の都
- Decoさん こんばんは!
説明レポートの様な、旅行記にもならない旅行記に
コメントを下さって、ありがとうございます(*^-^*)
塩野七海さんの「海の都の物語」を読まれたのですね♪
一度 読まなくちゃと思いながら、未だに読んでいません(^-^;
聖マルコの遺骸をアレクサンドリアで盗むシーンも
詳しく書かれているそうですね。
ベネチアの事をSNSで書いておられる方々も
「海の都の物語」を参考にされている方が多いです。
日本より歴史が長く、進んだ文明を持った国の事を
短い文章で、一夜漬けの知識で、あまりにも軽い説明ですが、
素人の旅行記として、許して頂こうと思っています(^-^;
元は、ゲルマン人の恐怖から逃げて来た人々が
人間が住める場所でない所に一から土地を造って
都市国家を存続させたのは凄いです。
ベネチアの美しさばかり目を奪われますが、ベネチア人の
根底にある強さや したたかさも、忘れる事は出来ません(^^)
「海の都の物語」も、やはり読まなくちゃと思います♪
ありがとうございます(*^-^*)
ポテ
-
- miroさん 2025/07/15 20:51:27
- 歴史がよくわかりました。
- ポテさん
こんばんは。
これだけの旅行記、書き上げるのすごく大変だったと思います。
まるで、映画かテレビ番組を見ているかのようで、歴史を交えながらの説明、すごくわかりやすくて勉強になりました。
カナレットの描いた絵とほとんど変わらない今、眺めると嬉しくなりますよね。
そして、最後のスーパー。映画館が大学にそしてスーパーへと変身。
天井絵や壁画が素晴らしいですね。
こんなすてきなところでお買い物、いいですよねえ。
お惣菜を買って帰るのも楽しそうだわ。
いろんな種類があって悩みそう。
生ハムおいしそうです。
サンマルコ寺院のモザイク画、印象的ですね。
お話になっているんですね。
黄金の衝立もゴー☆ジャスです。
床の大理石のモザイクもすてきだわ。
いつの日か、ベネチアに行った時には、こちらの旅行記参考にさせていただきますね。
miro
- ポテのお散歩さん からの返信 2025/07/16 16:10:55
- Re: 歴史がよくわかりました。
- miroさん こんにちは!
この旅行記を書いてる時、ベネチアに興味のない人が見て下さったら
説明レポートの様で、苦痛だろうなぁ。。。と
申し訳なく思っていました(^-^;
わかりやすいと言って下さって、救われます。
ありがとうございます(*^-^*)
数打ちゃ当たる方式で、写真をバシバシ撮っていて
カナレットの絵と同じアングルの写真を見つけたので
使いました♪
江戸時代の人と同じ景色を観ていると思うと嬉しくなります(^^)
映画館が大学に、しかも日本語学科♪
最後はスーパーに変身なんて、面白いですね。
時々、SNSにあがっていて、絶対に行きたいと思いました。
ベネチアの街にいくつも支店があって、どこも同じ商品なのに
壁画があるからか、とても高級に見えました(^-^;
お惣菜を買ってみたかったので、お買物も楽しかったです♪
割箸やコンビニでもらうフォークを持って行ってよかったです。
いつもコメントを下さって、ありがとうございます(*^-^*)
ポテ
-
- sukecoさん 2025/07/15 19:28:14
- ベネチアの歴史♪
- ポテさん、こんばんは~
旅行記を拝見し、とても勉強になりました!!!
ベネチアにはいつか行こうと思っておりましたが、ポテさんの旅行記でしっかり予習することにします(*´艸`*)ウフフ
海の玄関に立つ2本の円柱の間で公開処刑が行われていたとは。。。
美しい景色だーっとしか思っていませんでした。
縁起が悪い、、、確かに知っていれば避けるかもしれませんね!
ドゥカーレ宮殿の天井画、素晴らしいです!!
首が痛くなるまで見惚れそう~
サンマルコ寺院おモザイク画も豪華絢爛♪
見どころ満載ですね。
そしてスーパーにまで美しい天井画や壁画が!!
食材が美味しくなりそう(笑)
お部屋でプチパーティー、これやりたい~(≧∇≦)
ワインと生ハム・・・いい響き~♪
続きも楽しみにしています!!
sukeco
- ポテのお散歩さん からの返信 2025/07/16 15:12:06
- Re: ベネチアの歴史♪
- sukecoさん こんにちは~。
ベネチアは、いつか行く街の候補に入っているのですか?
良かったです。
説明ばかりになってしまって、興味のない人には
苦痛でしかない旅行記で申し訳ないなぁと思っています。
いつか行こうと思っている街と聞いて
救われる思いです(*^-^*)
2本の円柱の間、知っていたのに何度も通っていました(^-^;
ウロウロしている間に通てしまうんです(^-^)
ドゥカーレ宮殿は部屋がいっぱいで、最後は頭がボーっとなりました。
サンマルコ寺院は豪華絢爛でキラキラでした(・∀・)
元映画館のスーパーは、他の支店と同じ商品が置いてあるのに
高級に見えました♪
お惣菜を買って食べてみたかったので
お買物が楽しかったです(*^-^*)
ポテ
-
- HAPPINさん 2025/07/15 17:12:29
- 海から眺めるサンマルコ広場
- ポテさん、こんにちは
ベネチア・ステイ。楽しまれてますねえ
海から眺めたサンマルコ広場の写真。こんな風に見えるんですね。
水上タクシーで行ったことはあるんですが。まったくこんな景色覚えていませんでした(T_T)
ドゥカーレ宮殿の天井。圧巻ですね。息を呑むとはこのことを言うのでしょうか?
ポルテコ(柱列)が巡る中庭。確かにほっとしますね。イタリアにはこんなポルテコ(というんですか)を他の都市でもみかけたようなおぼろげな記憶があります。いい感じです。
地元のスーパーに入るのって楽しいですよね。スーパーにまで天井画、驚きました。
元映画館をそのままスーパーに。日本だったら取り壊して建て替えられちゃいそうですね。文化の違いを感じます。
京都にだったら、文化的価値のある建物をそのまま使っている所もおおくありそうですが
ありがとうございました
Happin
- ポテのお散歩さん からの返信 2025/07/16 14:29:21
- Re: 海から眺めるサンマルコ広場
- HAPPINさん こんにちは。
説明ばかりで旅行記にもならない旅行記なのに
温かいコメントを下さって、ありがとうございます(*^-^*)
写真は水上バスに乗っている時に撮りました(^^)
水上タクシーも、ローマ広場からホテルまでの
少しの距離でしたが乗って楽しかったです♪
ドゥカーレ宮殿に、あまりにもたくさんの部屋があり過ぎて
最後は頭がボーっとして、柱列の日影にホッとしました。
他の街にも、歩いていると見る事がありますね。
数日後にパドバに行ったのですが、その街にもありました(^^)
映画館を改装したスーパーは、他の支店と同じ商品が
置いてあるのですが、とても高級な商品に見えました(^-^;
日本だったら耐震の面で取り壊されるでしょうね。
お惣菜を買ってみたかったので、
お買物が楽しかったです(*^-^*)
ポテ
-
- ma-yuさん 2025/07/15 15:36:34
- サン・マルコ広場!!
- ポテさん
こんにちは!
ベネチア最大の見どころのサンマルコ広場や寺院、ドゥカーレ宮殿を中心ですね!
サンマルコ広場は大鐘楼、時計塔、ドゥカーレ宮など、見所が集まっていますね。
それに地面の幾何学模様のパターンや回廊のある建物等のエレガントで素敵です。
『カフェ フローリアン』の世界最古のカフェもクラシカルで良いですね。
「ドゥカーレ宮殿」の天井絵が美しく見とれますね!
【上院の間】や【大評議会の間】のティントレット作の「天国」は完成まで8年もかかった力作ですね。
罪を犯してマリーノ・ファリエーロの絵は黒幕で抹消されてるのが気になります。
ベネチアは独裁を許さなかったのですね。
サンマルコ寺院は入場の際は混んでいなかったですか?
玄関アーチの4枚のモザイク画や天井ドームの装飾、豪華絢爛そのものです。
祭壇の裏側の黄金の衝立もキラキラでゴージャス、宝石や黄金が埋められて美しい!
それにしても各スポットを詳しく調べられて「アッパレ」ですよ(・∀・)イイ!!
デスパーというスーパーも天井絵や壁画等保存されて素敵ですよ。
お部屋でプチパーティーも旅の話で盛り上がったでしょうね。色々勉強になりました。
次回も楽しみにしています。
ma-yu
- ポテのお散歩さん からの返信 2025/07/16 13:45:43
- Re: サン・マルコ広場!!
- ma-yuさん こんにちは!
説明ばかりで旅行記にもならない旅行記なのに
温かいコメントを下さって、ありがとうございます(*^-^*)
サンマルコ広場と寺院、ドゥカーレ宮殿は
一度は中を見てみたいと思って見学したんですが
ドゥカーレ宮殿の中が広くて 部屋が多くて
最後は頭がボーっとしました(^-^;
カフェ フローリアンはお店を見るだけでなく、
入ってみたかったです~。
独裁を計画したドージェの肖像画を消す時に
ただ真っ黒に塗りつぶせば良いのに
黒幕をかけたように美しく描いて消す所がイタリアらしいなぁと
感じました(^^)
サンマルコ寺院は結構混んでました。
ガイドさんがいなかったら、どこを観たらよいのか
どう歩けば良いのかサッパリわからなかったです。
もう少し写真を撮る時間が欲しかったです。
どの写真も急いで撮ってボケてしまって、マシな物が
数枚しか無かったです(^-^;
映画館をスーパーにしてしまうのも楽しかったです。
商品は他の支店と同じものが置いてあるのに
どれもが高級に見えました( ^ω^ )
お惣菜パーティーをしたかったので
色々買うのが楽しかったです(*^-^*)
ポテ
-
- たまスケさん 2025/07/15 15:22:28
- ベネチアの歴史
- ポテさん こんにちは(^ ^)
すごく勉強になる旅行記、ありがとうございます!
ベネチアの歴史が丁寧にそしてわかりやすく書かれていて大変勉強になりました(o^^o)
ドゥカーレ宮殿の中、黄金の階段といい元老院の間の天井の絵といいすごく煌びやか!
これは空いた口が塞がらないなと思いました。
特定の人に権力が集中しない様に細心の注意が払われたそうですが、日本も学べることが多々ありそうだと感じました。
それでも独裁体制の画策が2度あったりしたのですね。
そして密告の口なるものもあって皆がそれぞれを監視する体制があったのかなとそれもそれで怖いなと思いました。
牢獄もあるけどそれを感じさせないほど美しい街の風景。
1760年に描かれた絵と今の風景にあまり違いがないのにも驚きました!
カモメが小さい鳥の頭をくわえてるなんて:(;゙゚'ω゚'):
意外に凶暴なんですね。
よくフェリーとかからかっぱえびせんをあげてるイメージなのでかなりのギャップを覚えました。
スーパーマーケットが元映画館とかなのも驚きです。
とても素敵なスーパーマーケットですね。
なんだか置いてるものもより美味しそうに見えそう☆
お部屋でプチパーティー、生ハムがとても美味しそう(#^.^#)
続きも楽しみにしています♪
たまスケ
- ポテのお散歩さん からの返信 2025/07/16 10:53:02
- Re: ベネチアの歴史
- たまスケさん こんにちは!
説明文ばかりで旅行記にもならない旅行記なのに
温かいコメントを下さって、ありがとうございます(*^-^*)
ドゥカーレ宮殿の中は部屋がいっぱいで、最後の方は
お腹がいっぱいになって、頭がボーっとしました(^-^;
キンピカの所と、牢獄の薄暗い所のギャップが大きかったです。
目安箱のような密告の口は、その情報が正しければ
とても良いシステムですが、無実の罪で密告されている人も
いるそうで、メッチャ怖いですよね。
私もカモメってカッパエビセンのイメージだったので
鳥を頭からくわえた光景はビックリでした(◎_◎;)
お隣の御主人が助けてくれて良かったです。
私達は、ただ騒いでいただけでした(^_^;)
スーパーにはワインの種類が豊富で
ハムやチーズを指定して欲しいだけ切ってくれるので
お酒が飲めたら天国だと思います♪
やっぱり たまスケさんが羨ましいです(*^-^*)
ポテ
-
- ユーユさん 2025/07/15 15:19:09
- ヴェネツィアの歴史
- ポテさん
こんにちは♪
1760年の景観と今、ほとんど変わらないのが凄いですね
海の玄関に立つ2本の円柱で公開処刑が行われていたなんて・・知らなかったわ。
地元の人は、その間を通らないんですね。確かに避けるかも
ドゥカーレ宮殿が白とピンクの大理石模様
ほんとにレースの様に繊細で優美で政庁の堅苦しさが感じられないですね。
ため息の橋の奥にある牢獄
実際に投獄されていた部屋を見学出来るツアーがあるんですね。
愛する人の名前が沢山書いてあるんですね。
そして、脱獄した人が1人いる。
脱獄後、どうしたのか興味があります。
海外のスーパーは見ているだけでも楽しくて陳列の仕方も綺麗で
私も必ず寄ってみます♪
ポテさんの説明、とても丁寧でへ~って何度も頷いてしまいました。
続きも楽しみにお待ちしています。
ユーユ
- ポテのお散歩さん からの返信 2025/07/16 08:57:21
- Re: ヴェネツィアの歴史
- ユーユさん おはようございます~
説明文のようで、旅行記にもならない旅行記にも、温かいコメントを下さって、ありがとうございます(╹◡╹)
2本の円柱の間を通らない地元の人。
私も地元民なら通りません(^^;;
ても、知っていながら忘れていて、何度も通りました(╹◡╹)
あれだけ観光客が歩いているので
昔の言い伝えのようなものですね。
牢獄から脱出した人は、プレイボーイだけあって、お話も上手だったので、ヨーロッパ各地で かくまってもらいながら過ごし、最後はベネチアで亡くなったそうです。
ベネチアが雇ったスパイだったという説もあるのですが、想像の域を超えません。
最後は親戚の方が面倒をみたそうです。
カサノバ自身の自己申告ですが、1000人の女性とウキナを流したそうです。( ◠‿◠ )
コメントを頂き、ありがとうございました
( ´ ▽ ` )
慣れないスマホかで入力してるので、不備があったら すいません。
ポテ
-
- マダムKさん 2025/07/15 13:01:08
- ベネチア歴史が深いです
- ポテさん
Buongiorno
ベネチアの歴史を詳しく教えてくださって
ありがとうございます。
こんなにたくさんお勉強されてすごいです。
長年のポテさんのベネチアへの思いが
感じられます。
カナレットが1760年に描いた絵と現在の風景が
ほぼ変わらないんですね。
当時の人々と同じ景色を眺めているとは
感動的です。
サンマルコ寺院入り口のモザイク画。
お話がつながっていたのですね。
なるほど(・_・D フムフム
ドゥカーレ宮殿の内部は豪華ですね。
ここにも入らなかったことに後悔。
天文時計も見なかったのです。
こんなにきれいな時計があったのですね。
見逃している景色をたくさん見せていただき
嬉しいです。
スーパーの天井画や壁画も
すばらしいんですね!!
量り売りの生ハム買ったりしたかったです。
1つの都市をゆっくり滞在するのは
いいですね。続きも楽しみです(^^♪
K
- ポテのお散歩さん からの返信 2025/07/15 22:27:16
- Re: ベネチア歴史が深いです
- マダムKさん こんばんは!
Kさん、
説明ばかりで旅行記にもならない旅行記にも
温かいコメントをありがとうございます(*^-^*)
昔の人と同じ景色を見ていると思うと
嬉しくなります♪
何百年も前の建物に住んでいるのが信じられません。
外観は古いけど、内装は現代のものなんだそうですが、
そんなに上手にリノベーション出来るの?
水道管とか破裂しないの?
って、いらぬ心配をしてしまいます(^-^;
私も初めてベネチアへ行った時は、ドゥカーレ宮殿も
サン マルコ寺院も、入らなかったです。
時計塔も観てるようで観ていませんでした。
でも見学すると、2時間から4時間くらい必要になるので
他の事が出来なくなるので諦めちゃうんですよね。
それに見学したら、あまりにも広くてお腹いっぱいで
頭がボーっとしてきます(^-^;
スーパーでお惣菜を買いたかったので、
買物するのは楽しかったです(*^-^*)
ポテ
-
- 万歩計さん 2025/07/15 11:37:07
- 3度目のヴェネツィア旅行をした気分になりました
- ポテさん 、こんにちは。
まさにサンマルコ寺院とドゥカーレ宮殿の完璧ガイドですね。解説、写真も素晴らしく、ヴェネツィアの歴史が余すことなく紹介されています。
私がサンマルコ寺院とドゥカーレ宮殿を見学したのは最初の海外旅行だったイタリアツアーの時、2回目の個人旅行ではパスしました。ツアーの時は30分程度でサッと見た感じですが、大評議会の間のティントレットの巨大な絵が印象に残っています。周囲に掲げられた歴代総督の肖像画で幕がかかっていたのは、独裁を画策して処刑されたためだったんですね。「独裁者を許さない」という強固な民主主義が、1000年以上前から行われていたのには感動しました。
この旅行記で3度目のヴェネツィア旅行をした気分になりました。しかも完璧な。ありがとうございました。
万歩計
- ポテのお散歩さん からの返信 2025/07/15 20:35:31
- Re: 3度目のヴェネツィア旅行をした気分になりました
- 万歩計さん こんばんは。
旅行記とは言えない様な旅行記に、完璧ガイドと言って頂き
恐縮しますが救われる思いです。
そんな旅行記にもコメントを下さって、ありがとうございます
(*^-^*)
ドゥカーレ宮殿とサンマルコ寺院の見学に4時間費やしました。
ベネチアを知るなら、この二つは観ておかねばと思ったのですが
最後の方はお腹がいっぱいで、頭もボーっとしてました(^-^;
再訪出来るなら、次回は自分のペースで好きな所だけ
見学したいです。
総督の肖像画で一人だけ幕がかかっていた事に
気付かれていたのですね♪
ガイドさんに言われないと気付きませんでした。
総督の任期は終身なのに、自分の命が尽きてからも
永遠に自分の親族に継がせたい気持ちが芽生えるのですね。
それにしても、目安箱は怖いです(*^-^*)
ポテ
- 万歩計さん からの返信 2025/07/16 00:13:40
- Re: 3度目のヴェネツィア旅行をした気分になりました
- 総督の肖像画に幕が掛かっていた所以はガイドさんが説明していたと思うのですが、写真を撮るのに夢中で聞いていませんでした。
民主主義は面倒で何かと手間がかかるものです。昨今その隙を突いて独裁の魔の手が進行しているように思えてなりません。
一度独裁を許すと、民主主義を取り戻すのに多大な血と汗を要します。結局国民の一人ひとりが、真剣に政治に向き合うしかないようです。
万歩計
- ポテのお散歩さん からの返信 2025/07/16 00:22:23
- Re: 3度目のヴェネツィア旅行をした気分になりました
- 万歩計さん こんばんは。
怖いですね。
世界のあちこちで、そんな感じがします(>_<)
ポテ
-
- エヌエヌさん 2025/07/15 09:00:42
- 興味深い。
- ポテさん
おはにゃんこ(=^ェ^=)
265年前に描かれた風景が現在でも大差ないってすごいですね。
サンマルコの地名は聖マルコからきているのかな?
ドゥカーレ宮殿ね内部の感じが素晴らしくしげしげと眺めてしまいました。
サンマルコ寺院も重厚な雰囲気
生ハムも美味しそう。
旅先のマーケットで調達しての部屋飯
大好きです。( ´ ▽ ` )
- ポテのお散歩さん からの返信 2025/07/15 20:18:37
- Re: 興味深い。
- エヌエヌさん こんばんは。
ガイドブックを右から左に移したような
旅行記とも言えない旅行記にもかかわらず
コメントを下さって、ありがとうございます(*^-^*)
何百年前の建物に、今でも普通に住んでいるのが
信じられないです。
外観は古びているけど、内装は今の時代にリノベーション
されているそうなのですが、水道管とかどうなっているのか
いらない心配をしてしまいます(^-^;
サン マルコの地名は、聖マルコが由来だと思います。
聖マルコも色んな宝物も、他所から盗んで来たものなのですが
1000年以上も経っているので時効なんでしょうね(^-^)
スーパーでお惣菜を買うのをやってみたかったので
楽しかったです(*^-^*)
ぽて
-
- pedaruさん 2025/07/15 07:17:53
- ため息のでるほど美しい街
- ポテのお散歩さん おはようございます。
あ~、残念、この旅行記を読んでからベネチアに行けばよかった。
ベネチアの公式案内書のような詳しい説明、感心しました。私の場合、スケジュールの都合でベネチアは省こうとしたくらいですが、娘にベネチア見ずしてイタリアを語るなかれ、と言われ、訪れました。
美しい街に感動しましたが、ポテさんの解説を前もって読んでいれば、もっと良かったと思っています。
広場と鐘楼が描かれた絵、私でも一見して分かりました、なつかしいですね~。
空腹で、街をさ迷い歩いた思い出、無実の罪で渡ったため息橋(妄想)どれも忘れがたい。男性3人がコメントしましたね。では
pedaru
- ポテのお散歩さん からの返信 2025/07/15 15:09:34
- Re: ため息のでるほど美しい街
- pedaruさん こんにちは。
本当に、ガイドブックをそのまま書き写したような
旅行記になってしまったにもかかわらず
コメントを下さって、ありがとうございます(*^-^*)
水上バスに乗っている時に、数打ちゃ当たる方式で
写真をバシバシ撮っていたら、偶然にも絵画展の絵と
同じアングルの写真があったのですが、
全く絵画と同じ景色だったので驚きました。
いったいいつまで、あの景色のまま時代が過ぎるのか
知りたいです。
たぶん、私の寿命だけでは見届けられないでしょうね。
あの目安箱、真実ばかりが投稿されたとは思えないので
pedaruさんの様に、無実の罪で渡った人も少なくないそうです。
秘密警察みたいで怖いです(^-^;
ポテ
-
- norisaさん 2025/07/15 06:22:59
- 葦の生える湿地帯
- ポテ様
おはようございます。
いよいよ本格的にベネチア探索ですね。
海に浮かぶ要塞のような勇姿。
しかし、ここが葦の生える湿地帯とは!
そういえば大きな建物を建設する際は杭を海に打ち込んで基礎を造ったと聞いたことがありますが、それが1600年くらいも安定しているのが驚きです。
ポテ様が撮った写真と200年以上前の絵とほぼ同じ。
実に安定した都市として栄華を誇っているのですね。
サンマルコ広場はもちろん玄関口として素晴らしいのですが、この天文時計はスゴイですね。
ラピスラズリで飾られているとは贅沢です!
路地もその他の建物も雰囲気満点。
しかし、この牢屋はそれらと対比してコワイです。
もうベネチアの街をみられない絶望感、分かります(って罪人になったことはありませんが(苦笑))
さて、元映画館だったというスーパー。
いろいろ美味しそうな物が満載です。
プチパーティーに参加してみたかったです(笑)
norisa
- ポテのお散歩さん からの返信 2025/07/15 14:51:35
- Re: 葦の生える湿地帯
- norisaさん こんにちは。
ガイドブックをそのまま移したような
旅行記になってしまっているにもかかわらず
コメントを下さって、ありがとうございます(*^-^*)
ベネチアの地面をひっくり返したら
森が出来ると云われているくらい
膨大な杭が打たれているそうです。
世界には、水上生活をする人や 高地で生活する人など
ビックリする民族がありますが、人間は何処でも工夫して
住むことが出来るんですね♪
水上バスに乗っている時に、数打ちゃ当たる方式で
写真をバシバシ撮っていたら、たまたま絵画展の絵と
同じアングルの写真が写っていたので、使いました(^^)
本当に、江戸時代と同じ景色だったので驚きました。
牢獄は湿気が多くて、数日過ごすと病気になりそうでした(^-^;
スーパーのお惣菜を買うのも楽しみだったのですが
どれも冷たいままなのが残念でした。
日本では、コンビニやスーパーにも電子レンジが置いてあるし
コンビニにはポットにお湯まで置いてくれています。
前半に宿泊したホテルにはポットが無くて
カップラーメンも作れなかったので
日本のコンビニの有難さが身に沁みました(^-^;
ポテ
-
- 旅猫さん 2025/07/15 05:45:22
- 中世の街
- ポテさん、おはようございます。
260年以上も前の景色が同じように残っていると言うのは素晴らしいですね。
石の文化ならではと言うか。
日本では、木造建築が多いので、大火で街そのものが焼けてしまうし、ほとんどの都市が戦災に遭っているので、江戸時代の街並みが残っている場所は数えるほどしかないので、羨ましい限りですね。
馬の乗り入れさえも禁じてしまうのもびっくり。
街は、人が暮らす場所なので、乗り物は無い方が良いと言う感覚ですかね。
それが現代でも車を通さないことに繋がっている。
日本では考えられないことです。
それにしても、街並みが綺麗ですね。
水路を通う船も中世のままのようで、美しい。
そして、千年以上も独裁を許さなかったところも素晴らしい。
旅猫
- ポテのお散歩さん からの返信 2025/07/15 14:28:04
- Re: 中世の街
- 旅猫さん こんにちは。
江戸時代にはすでに建っていた建築物に、
今でも住めるのが不思議です。
字委託も、外見は外壁が崩れたりしているのですが
内装は現代風にリノベーションされているそうなんです。
何をするのも人力で、少なからず江戸時代的な生活をされているので、
邪魔くさいなぁ 無駄だなぁ。。。と感じる事を
毎日 淡々とされている姿に頭が下がります。
その代わり、食べ物屋さんの店内にハトが歩いていても
トイレが すご~く汚くても、意に介さなくて
日本人には耐えられない事も平気だったりします(^▽^;)
今は便利になり過ぎているので、少し立ち止まって生活するのも
良いのでは? と思ったりします。
ガイドブックの様な旅行記になってしまっているのに
コメントまで下さり、ありがとうございます(*^-^*)
ポテ
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