2025/05/14 - 2025/05/20
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chemireさん
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天守の入城時間外だったので、南口券売所から下乗橋を抜け工事中の石垣の様子を眺めました。
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5月15日 (木)弘前城の下見/その1からの続き
17:58
蓮池を過ぎ進むと、南券売所へと続く階段があったので上りながら、 -
石垣をチェック。
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18:01
フォトスポットマークのあった先には、夕焼け空。 -
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階段を上り切った先で天守が小さく見えました。
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ズームアップ。明日、出直して来るね~!
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時間外だから入れないって分かってるのよ。
チェーンを跨いで天守の下まで行こうなんてことは、絶対にいたしません。 -
なので、迂回しながら下乗橋へ。
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下乗橋。1611年(慶長16)築。
本丸と二の丸に架かる橋で、二の丸側には下馬札が置かれ藩士は馬から降りるよう定められていました。 -
藩政時代は、戦になると敵の侵入を防ぐため壊される簡素な架け橋だったといわれています。
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18:11
修理中の石垣を見学。
弘前城が築かれたのは1611年(慶長16)。当時は石垣の一部のみが築造され、 本丸が石垣で囲まれたのは1699年(元禄12)のこと。
その後、曳屋という工法を用い1897年(明治30)から18年をかけて石垣普請工事がなされ、今回、100年ぶりに再び天守曳屋を伴った修理が行われています。 -
武者頓(むしゃだまり)御門跡。
建築年代不明。二の丸と下乗橋で区画され、本丸に連絡路で続くこの一郭が武者屯で、合戦の際には大将が軍装を整えて号令を発する場所。
現在は説明板だけですが、高麗門形式の2枚扉で、門の内側に番所、両脇には袖塀があったことが古い写真から分かっているそうです。 -
弘前城石垣修理事業。
弘前城本丸の石垣が外側に膨らむ「はらみ」がみられ、大地震などが発生した場合に崩落する危険性があると指摘されたことから、2013年(平成25年度)よりの本丸東側石垣(天守北側平場)の発掘調査を経て、現在、天守真下から本丸東面にかけての一部となる約100mと南面約10mの修理が行われています。 -
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本丸東面の石垣。
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石垣修理は天守の真下も行われるため、2015年(平成27)8月~10月にかけ、天守を元の位置から北西へ約78m離れた本丸中央部へと曳屋する工事(実質工事70日)を実施。
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奥に移動している天守が見えました。
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2014年(平成26 )より内堀の埋め立てが開始され、2017年(平成29)4月に石垣解体工事を本格着工。
最終的な解体石材数は2185石となり、2024年(令和6)12月に最終石の積直しが終了しています。
工事は天守曳戻し、本丸外構整備等という内容で、2027年度(令和9)まで続く予定だそうです。 -
18:23
二の丸東門与力番所。建築年代不明。城内の主要な箇所の見張り所として配置されたものが復元移築されています。弘前公園 与力番所 グルメ・レストラン
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弘前城の番所としては唯一の遺構。
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弘前城最古級のソメイヨシノ。
以前は、1879年(明治15)に植栽された弘前城のソメイヨシノが最古とされていましたが、福島県郡山市を開拓した開成社が1875年(明治11)、現在の開成山公園に植栽したソメイヨシノが樹齢150年以上と科学的に診断され日本最古となっています。
但し、両者とも一木が成長した訳ではなく、若い枝から不定根が出て複数回世代交代し長寿となったようです。
郡山市開成山公園を訪ねた旅
https://4travel.jp/travelogue/11897974 -
18:23
城内から見たニの丸東門。 -
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門を通り抜け、振り返って。
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東内門。南内門とともに、二の丸に現存する城門。1611年(慶長16)築。
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カスミザクラ。1715年(正徳5)に藩士が京都から苗木を持参し、城内に植えたものの1本。
二の丸東門付近では、多くの古木名木が見られます。 -
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18:27
石橋を渡ります。
中濠を隔て二の丸と三の丸に架かる、城内では唯一の石造りの橋。 -
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1848年(弘化5)に、それまでの土橋から石橋に架け替えられました。
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18:31
三の丸東門を城内より。櫓門形式の城門。1611年(慶長16)築。 -
御殿跡から出土した甕を模して作られた傘入れ。
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他の門と違い鋳鉄製の鯱があげられています。
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軒に反りがなく、装飾的なものがほとんどない簡素なつくり。
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東門だけが、番所出窓の位置が向かって右側に設けられています。
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18:37
濠を越え、文化センター方面へ。 -
津軽 為信(大浦為信)像。
戦国時代から江戸時代初期にかけて津軽地方を統一した戦国武将で、弘前藩の初代藩主。
1603年(慶長8)には徳川幕府の成立とともに外様大名のひとりとして津軽領有を承認され、高岡(現在の弘前)に新たな町割りを行い築城を計画するに至りますが、城の完成を見ることなく病没。弘前文化センター 美術館・博物館
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津軽為信の出生に関しては伝説めいた話があります。
為信の父、守信は跡継ぎとなる男児がいなかったため岩木山に祈願すると、夢に岩木山権現の神であるという翁が現れ、此れを以て子とするがよいと扇を与えられました。その後、間もなく内室が懐妊。為信は幼名「扇」と名付けられました。
この幼名が、扇型の弘前ねぷたの由来となったとの説もあるそうです。 -
18:51
時々、お城方面を振り返って空が赤く染まっていく様子を眺めながら駅へ向かいました。
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