弘前旅行記(ブログ) 一覧に戻る
天守を出て、北の郭子の櫓跡跡−二の丸丑寅櫓−三の丸東門へと歩き城外へ。<br /><br />(表紙の写真は、武徳殿休憩所の前にあった『たか丸くん』のパネル)<br />弘前市マスコットキャラクター『たか丸くん』<br />初代藩主の為信公の兜をイメージした兜をかぶっています。好きな食べものはアップルパイと、いがめんち。好きな色は白(城)だそう。

天守の見学後に東門から城外へ

29いいね!

2025/05/14 - 2025/05/20

355位(同エリア1550件中)

chemire

chemireさん

天守を出て、北の郭子の櫓跡跡−二の丸丑寅櫓−三の丸東門へと歩き城外へ。

(表紙の写真は、武徳殿休憩所の前にあった『たか丸くん』のパネル)
弘前市マスコットキャラクター『たか丸くん』
初代藩主の為信公の兜をイメージした兜をかぶっています。好きな食べものはアップルパイと、いがめんち。好きな色は白(城)だそう。

  • 天守を出てから、蓮池側に見えた岩木山を、またもや暫く眺めてしまった。きれいだなぁ。

    天守を出てから、蓮池側に見えた岩木山を、またもや暫く眺めてしまった。きれいだなぁ。

  • 昨日から、何度も眺めてるのに見飽きません。<br />でも、そろそろ進まなきゃ。

    昨日から、何度も眺めてるのに見飽きません。
    でも、そろそろ進まなきゃ。

  • 本丸戌亥櫓跡。東屋が設けられています。

    本丸戌亥櫓跡。東屋が設けられています。

  • 内濠を隔て本丸と北の郭に架かる鷹丘橋。弘前城は1628年(寛永5)に改称される以前は鷹丘城(高岡城)と呼ばれていたことから、城の旧名に因み名付けられたよう。<br />1670年(寛文10)4代藩主信政が母の屋敷のある北の郭を行き来するために架けたとされ、藩政時代は敵の侵入を防ぐため戦時には壊される架け橋でした。

    内濠を隔て本丸と北の郭に架かる鷹丘橋。弘前城は1628年(寛永5)に改称される以前は鷹丘城(高岡城)と呼ばれていたことから、城の旧名に因み名付けられたよう。
    1670年(寛文10)4代藩主信政が母の屋敷のある北の郭を行き来するために架けたとされ、藩政時代は敵の侵入を防ぐため戦時には壊される架け橋でした。

  • 武徳殿休憩所。<br />かつてこの場所には柔剣道の練習場として明治末期に建設された武徳殿がありましたが、両施設の老朽化が酷く2003年(平成15)に改修。土産物店やカフェとして開館し、北の郭からの出土品も展示されています。

    武徳殿休憩所。
    かつてこの場所には柔剣道の練習場として明治末期に建設された武徳殿がありましたが、両施設の老朽化が酷く2003年(平成15)に改修。土産物店やカフェとして開館し、北の郭からの出土品も展示されています。

  • 北の郭。<br />内濠を挟んで本丸の北側にあり、築城当初は弘前藩初代藩主・津軽為信の正室の御殿が置かれ、その後には、4代藩主・信政の生母の御殿があるなど藩主の私的な空間としての要素が強い郭でした。

    北の郭。
    内濠を挟んで本丸の北側にあり、築城当初は弘前藩初代藩主・津軽為信の正室の御殿が置かれ、その後には、4代藩主・信政の生母の御殿があるなど藩主の私的な空間としての要素が強い郭でした。

    弘前城(本丸 北の郭) 名所・史跡

  • 平成期に実施された北の郭の発掘調査によって出土された陶磁器、土器、木製品などの遺物。

    平成期に実施された北の郭の発掘調査によって出土された陶磁器、土器、木製品などの遺物。

  • 北東隅の土塁上には、子の櫓と呼ばれる三層の櫓がありました。いまは木製デッキが設けられ、礎石や土塁の様子を見学することができます。

    北東隅の土塁上には、子の櫓と呼ばれる三層の櫓がありました。いまは木製デッキが設けられ、礎石や土塁の様子を見学することができます。

  • 二の丸丑寅櫓。1610年(慶長15)築。<br />防弾・防火のために土蔵造りで銅版葺となっています。軒下や出格子の木部は素木のまま。

    二の丸丑寅櫓。1610年(慶長15)築。
    防弾・防火のために土蔵造りで銅版葺となっています。軒下や出格子の木部は素木のまま。

  • 丑寅櫓前の池山に建つ二宮金次郎の像(直接、弘前城に関係する人物ではありません)。季節に合わせて衣装を身に着けるそうですが、ねぷた祭りの時に見たはずなのに祭り衣装姿だったか思い出せないなぁ。

    丑寅櫓前の池山に建つ二宮金次郎の像(直接、弘前城に関係する人物ではありません)。季節に合わせて衣装を身に着けるそうですが、ねぷた祭りの時に見たはずなのに祭り衣装姿だったか思い出せないなぁ。

  • 金次郎像を見てからベンチでひと休み。<br />ここから北方面に進めば、亀甲門(北門)や津軽藩ねぷた村、藩政時代からの姿を留める武家屋敷などが軒を連ねていますが、以前見学したのと、今回は時間がないのでパス。

    金次郎像を見てからベンチでひと休み。
    ここから北方面に進めば、亀甲門(北門)や津軽藩ねぷた村、藩政時代からの姿を留める武家屋敷などが軒を連ねていますが、以前見学したのと、今回は時間がないのでパス。

  • 与力番所の前を通って、

    与力番所の前を通って、

  • 東内門へ。

    東内門へ。

  • 昨日、下見の時にも撮ったのに、化粧のための鏡板として張り付ける...を読み飛ばしていました。

    昨日、下見の時にも撮ったのに、化粧のための鏡板として張り付ける...を読み飛ばしていました。

  • なので、柱の様子を観察。<br />ふぅ~ん。なるほどね・・・。← 実は、よく分かってない。

    なので、柱の様子を観察。
    ふぅ~ん。なるほどね・・・。← 実は、よく分かってない。

  • 続いて東門も観察。<br /><br />園内の各所に置かれている傘立ては、弘前藩第4代藩主信政の時代に三の丸に建てられた御殿跡から出土した甕を模して作られたもので、津軽家の家紋である七つ葉の杏葉牡丹が施されています。

    続いて東門も観察。

    園内の各所に置かれている傘立ては、弘前藩第4代藩主信政の時代に三の丸に建てられた御殿跡から出土した甕を模して作られたもので、津軽家の家紋である七つ葉の杏葉牡丹が施されています。

  • あっ、木目が違う。<br />次からは、細部も見ていこうと思います。

    あっ、木目が違う。
    次からは、細部も見ていこうと思います。

  • 11:28<br />三の丸東門より城外へ。<br />前日に、無料区域の大部分を回っておいたけれど、入城してから3時間が経過していました。<br />お城の全体を巡ってから、ねぷた村や武家屋敷跡まで見学するのなら、1日がかりになると思います。

    11:28
    三の丸東門より城外へ。
    前日に、無料区域の大部分を回っておいたけれど、入城してから3時間が経過していました。
    お城の全体を巡ってから、ねぷた村や武家屋敷跡まで見学するのなら、1日がかりになると思います。

29いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

この旅行で行ったスポット

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

タグから国内旅行記(ブログ)を探す

価格.com旅行・トラベルホテル・旅館を比較

PAGE TOP