2024/11/28 - 2024/11/28
49位(同エリア1264件中)
キートンさん
この旅行記のスケジュール
2024/11/28
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KARMA Hotel Nepal
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OSAKA RESTAURANT
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エベレスト街道トレッキング10日間のツアーがなんとか無事終了し、本日はカトマンズ・トリブヴァン国際空港21:00発のフライトまでカトマンズ観光です。
半日は昨日午後に予定していたカトマンズのダルバール広場周辺の観光することにして、あと半日をどうするか?
ネパール最大のストゥーバ(仏塔)があるボダナートとかつて首都として栄えた古都パタンに行きたいところだったものの、どちらも外国人旅行者には難易度が高いバスか割高なタクシーを利用しないと徒歩で行くには遠い。
そこで、午前中に徒歩でも無理なく行けるスワヤンブナート、午後にカトマンズのダルバール広場周辺の観光をすることにしました。
良い意味でネパールらしくないランチにも注目です。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 3.5
- グルメ
- 4.5
- 交通
- 3.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 徒歩 飛行機
- 航空会社
- タイ国際航空
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7時からの朝食は、ホテルの1階の小さなカフェで。
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エベレスト街道のロッジと比べると、あっさりとした朝食。
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12時までにチェックアウトしないといけないので、それまでに戻ってくるつもりで8時前にホテルを出発。
スワヤンブナートに向けて西へと歩くと、未舗装の道。
珍しく重機を見かけた。 -
タメル地区の西に流れるヴィシュヌマティ川を渡る。
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ヴィシュヌマティ川を渡った後は概ね上りとなる。
9日間のトレッキングを終えたトレッカーを、地元の女性は軽々と追い越して上って行く。 -
Bijeshwari Temple という寺院が途中にあったので、のぞいてみた。
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建物の間から見えた、カトマンズの街並み。
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石畳の通りを上って行く。
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ホテルから徒歩45分程度で、スワヤンブナートの参道に到着。
ここから長い石段が続いている。 -
長い石段の9合目あたりの左側にチケット売り場がある。
外国人入場料は200ルピー。
当日の日付のハンコを押された入場証を首から下げて観光する。 -
石段を上り切ると、白い仏塔のドームの前にドルジェ(金剛杵)が安置されている。
ドルジェは、無明を打ち抜く雷で、真言宗でも使われる密教の法具らしい。 -
イチオシ
スワヤンブナートはネパール最古の仏教寺院といわれ、寺院中央には下部が白いドーム状で上部に高さ15mの黄金の仏塔がそびえ、八方へ5色のタルチョが伸びている。
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上部の仏塔は高さ15mで、四方に仏陀の知恵の目であるブッダアイをもつ。
なおこの仏塔は正確にはストゥーパではなく、マハ・チャイテャ(大チャイテャ)と呼ばれるという。 -
そのマハ・チャイテャ手前の両側に、インド・シカラ様式といわれる仏塔が建っている。
対の北側の仏塔は修復中で足場が組まれていた。 -
カトマンズ盆地がまだ湖だった太古からこの丘の上に建っていたという伝説をもつ。
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南側の見晴らしが望めるが、ひどく霞んでいる。
実際にカトマンズの大気汚染は深刻らしい。
2~3日前の夜中に咳が出た後は治っていたと思われたが、ここで再び風邪の症状が現れた。
この空気が無関係とは思えない。 -
西方向には、小高い山の斜面に住宅街が見える。
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イチオシ
中心の仏塔を時計回りに周ると、黄色と朱の巡礼者の宿がある。
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巡礼者の宿の南に、こじんまりとした博物館があり、仏像などが展示されている。
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巡礼者の宿は、1階が吹き抜けで2階はゴンパ(チベット仏教の寺院)になっている。
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巡礼者の宿の2階内部。
厳粛な雰囲気で包まれている。 -
巡礼者の宿の北側には、鬼子母神を祀るハリティ寺院がある。
内部は撮影禁止らしい。 -
ハリティ寺院の先には、いくつもの小さなストゥーバが並ぶ。
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その周りにはアート作品や民芸品などの土産店が多い。
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北側の最奥にはシャンティプルと呼ばれる寺院や金色の仏陀座像などがある。
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上ってきた参道とは反対の西側に少し下ると、ここにも白いドームの大小のストゥーパがあった。
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その近くに水のない円形の池。
別名モンキー・テンプルと呼ばれるだけあって猿が多い。
この寺院では猿も信仰の対象となっているという。 -
再び上に戻って時計回りに周ると、黄色いチベット仏教カギュ派のゴンバがある。
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ゴンバ内部の金色の仏像。
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白いドームを囲むように並んだマニ車。
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参道の石段を下りる途中で見かけたモンキー軍団。
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麓の道路沿いに並ぶ白いストゥーバ。
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往路とは違った通りを下ってきた。
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ヴィシュヌマティ川を渡る橋から見た上流側。
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カトマンズではバナナやパイナップルは吊るして売るもの。
実はこれ、理にかなっているのかも。 -
手織物の店舗がカラフル。
ほかのトラベラーさんが1カ月近く前に撮った写真と、店頭の商品があまり変わっていないもよう。 -
11時過ぎにホテルに戻り、12時前に荷物を預けてチェックアウト。
タメル地区の北へと歩いてきた。 -
ランチはここでと決めていた。
大阪府民としてはこの看板を見過ごすわけにはいかない。 -
ネパールにいることを忘れるような店内。
日本でもこんなノスタルジックを感じさせる店は少ない。 -
メニューをまとめてみた。(縦横比を編集してます)
ここはコスパ一番のTAKOYAKIを3皿注文。
それでも300ルピーだし。 -
イチオシ
日本人の経営者(店長?)は不在だったが、男性スタッフの一人は日本語堪能だった。
九州に留学、関東で就職、その後帰国して、日本語学校の先生をしながらここでアルバイトをしているという。 -
店内は日本語だらけ。
地域限定感も強め。 -
店内に謎の金魚すくい。
日本語と英語表記でネパール語がない。
ネパール人はターゲットにしてがないのかな? -
注文した3皿のTAKOYAKI。
水が最初にサービスで出されるところは、日本並みのおもてなし。 -
ただ、タコ焼きと素直に言えないのは、タコが入ってないから。
でも、内陸のネパールで本物のタコが入っていたとしたら鮮度は大丈夫だろうか?
実は、タコをウインナーで代用しているらしい。
その方が鮮度の心配をせずに安価に食べることができる。
タコが入ってるか入ってないかより、ネパールで粉もんを食べれることの方が重要なのだ。
看板やメニューに見られるタコにしか見えないキャラクターは、手作り弁当に入っていたタコさんウインナーなのだろう。
味にうるさい?大阪府民も納得の美味さでコスパ最高のランチで大満足。 -
昼食後、頭上にタルチョが続く通りを南下。
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13時頃、6差路の交差点となるアサン・チョークに到着。
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インドラ・チョークに向かうにぎやかな通りの途中にあった、三重屋根の寺院。
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そのすぐ近くに、セト・マチェンドラナート寺院の入口があった。
セト・マチェンドラナート寺院は修復工事中で足場が組まれていた。 -
インドラ・チョーク付近にあった、黒っぽい寺院。
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アカシュ・バイラヴ寺院の装飾。
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土産店などの売店が並ぶ向こうには、タレジュ寺院。
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13:20過ぎ、ダルバール広場の入口に到着。
外国人入場料は1000ルピー。
スワヤンブナートと同様に、当日の日付のハンコを押された入場証を首から下げて観光する。
ハヌマン・ドカ(旧王宮)のチケットも一緒に渡される。 -
ダルバールというのは、ネパール語で宮廷を意味する。
マッラ朝の統治時代の15世紀、カトマンズ、パタン、バクタブルがそれぞれ独立統治した。
3都市は競って美しい宮殿や寺院を建立した。 -
イチオシ
多くの人が記念撮影しているのは、カーラ・バイラブ。
愛嬌のある表情に見えるが、シヴァ神の化身のひとつである恐怖の神で、剣を振り上げ生首をぶら下げている。カーラ バイラブ 史跡・遺跡
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ジャガナート寺院(右)など、ネワール様式の独特の美しい寺院が並ぶ。
それにしてもハトが多過ぎ。 -
建物の窓、柱、扉などに施された繊細な彫刻は、ネワール建築の大きな特徴である。
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イチオシ
特に木彫りの彫刻や透かし彫りの窓は、まさに芸術作品。
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ハヌマン・ドカ(旧王宮)の南西部分はガッディ・バイタックと呼ばれ、19世紀のラナ家専制時代に増築された西欧風の白い建築で、周囲の建築とは異質である。
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ハヌマン・ドカ(旧王宮)のチケットで内部を見学。
そのまんま西欧風の大広間。
外国の高官と面会したりする時に使用されたようだ。ガッディ バイタック 城・宮殿
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ガッディ・バイタックの内部は、博物館にもなっている。
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ネパールの歴史についてのパネル展示。
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1956年9月22日、ネパールと日本の外交関係樹立に伴い、吉沢清次郎がネパール大使に就任した。
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ガッディ・バイタックから一旦屋外に出て、東に少し移動してゲートをくぐるとローハン・チョークに入る。
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2015年4月25日に発生したネパール地震で、多くの建物をはじめ歴史的建造物も大きな被害が出た。
ハヌマン・ドカの修復作業の概要が、中国語と英語でパネル展示されている。 -
ローハン・チョークの西側には、旧王宮の中心となるナサル・チョークがある。
今でも外国の元首が訪れた時などには、ここで国家行事が行われるという。 -
イチオシ
ナサル・チョークの北側に建つバンチャ・ムクヒ・ハヌマン寺院は、五重の円形屋根のユニークな建築である。
ナサルチョーク 散歩・街歩き
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ナサル・チョークの北側1階には、歴代王の肖像画が展示されている。
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ナサル・チョークの南側には、9階建てのバサタンブル・ダルバールがある。
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ナサル・チョークにネパールの地図が展示されていたので、今回のネパールの移動図を作ってみた。
赤線が飛行機移動、緑線がバス移動、オレンジがトレッキングルート。 -
折り返してローハン・チョークに戻る。
四方に透かし彫りの窓が見られる。 -
「中国援助」アピールがすごい。
あちこちでこれを目にすると、日本人の感覚ではイメージアップを損なうように思うのだが、ほかの国の人にはどう映るのだろうか? -
ローハン・チョークの東の庭にある緑の池。
どういう施設なのかは不明なのでコメントは控える。 -
緑豊かな庭。
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ハヌマン・ドカ(旧王宮)の見学を約50分で終え、南側の広場のベンチで休憩。
そこに小学生くらいの少女が寄って来て、「食べるものちょうだい」とジェスチャーで無言のアピール。
大阪のおばちゃんではないが、バッグのポケットから飴ちゃんのひとつを渡すと、「もっとちょうだい」のおねだり。
フライト降下中の耳抜き用に必要な飴ちゃんなので首を横に振った。
その時どこからか大きな声がしたので、少女は逃げて行った。
そういえば、スワヤンブナート付近でも物乞いを見かけたが、特に多いというわけではなく、アジア最貧国といわれる割にはむしろ少ないようにも思える。 -
ダルバール広場の南側にあるクマリの館。
女神クマリの化身として崇拝される少女が住むという。 -
イチオシ
入口前の両側には門番の白い獅子。
黒と茶色の繊細な彫刻装飾が見事。
しかし入口の扉が閉まっているようなので、今は入場不可なのか? -
その西側には、ナラヤン寺院(左)とシヴァ寺院(右)。
ナラヤン寺院は、17世紀末にパールティベントラ・マッラ王によって建てられた、ヴィシュヌ神を祀る寺院。
シヴァ寺院は、17世紀末のマッラ王朝にバクタブルの皇太后によって建てられた。 -
一旦ダルバール広場から出て、南西に行くとカスタマンタブ寺院がある。
カトマンズの名前の由来となった、ネパール最古の建築物だといわれる。
2015年の地震で倒壊したが、再建された。カスタマンダプ寺院 寺院・教会
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ナラヤン寺院の西側にあるガルーダ像。
ガルーダはインド神話に登場する炎の様に光り輝き熱を発する神鳥で、ヴィシュヌ神の乗り物になる。
向こうに見えるのはシヴァ寺院。 -
イチオシ
ナラヤン寺院から見たシヴァ寺院。
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シヴァ寺院の上部から見たシヴァ・パールヴァティー寺院。
シヴァ・パールヴァティー寺院は、18世紀後半にゴルカ王朝(シャハ王朝)のバハドゥル王によって建てられた。 -
シヴァ寺院の上部から見たダルバール広場とハヌマン・ドカ(旧王宮)のガッディ・バイタック。
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シヴァ寺院の上部から見たナラヤン寺院とその左奥にクマリの館。
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シヴァ・パールヴァティー寺院の北側にある、1797年にバハドゥル王によって造られたタレジュ・ベル。
旧王宮で儀式などがある時に鳴らされ、悪霊を払うといわれる。タレジュの鐘 モニュメント・記念碑
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ジャガナート寺院の南東側、ナサル・チョーク北西角の王宮入口部は工事中で足場が組まれているが、そこにハヌマン像が立っている。
ハヌマンはインド神話の猿神で、この像は赤い衣装に身を包まれている。 -
西側の門から見たタレジュ寺院。
タレジュ寺院は、ダルバール広場周辺で最も高い歴史的建築物のように見えるが、入場もできそうにないしどういう建築物なのか情報も少ない。 -
15:20頃、ダルバール広場周辺の見学を終え、ヤトカ・トールという通りを北へ向かった。
右側のレンガ造りの建物の2階に注目。 -
1978年発行の切手の図案になった窓で、「Deshay Madu」(ネパール語で同じものはふたつとないの意)と呼ばれている。
ダルバール広場周辺の建築物を見た後のせいか、特筆するほどか?という気もする。 -
ヤトカ・トールから右(東)に折れた通りは、工事中なのか舗装がなかった。
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どうやら下水道の工事で、使い回しっぽいレンガでマンホールを造っているみたい。
マンホールにしては浅すぎるし狭い気もするが・・・
組み立てマンホールなどの既製品を使わないのか使えないのか理由は不明。
国の首都の街中で、ユンボも使わずに人力でこういう工事をしているのを目撃すると、これがネパールの現実かと感じてしまう。 -
左折して北へ歩くと、何千枚ものコインが釘付けされた「コインの木」がある。
この木は歯痛を治す神が祀られているという。コインの木 史跡・遺跡
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コインの木からさらに北へ歩き、左に入ったところにカテンシブー・ストゥーバがある。
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イチオシ
カテンシブー・ストゥーバは、スワヤンブナートを複製して1650年頃に造られたとあって、街中にしては立派なストゥーバである。
カテシンブー ストゥーパ 寺院・教会
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さらに北へ少し歩きタヒティ・チョークまで戻ると、交差点の真ん中にひと回り小さいストゥーバが建っている。
ここからホテルに戻り、18時頃に空港へ送迎してもらうまで近くで土産を探した。 -
空港までの送迎は800ルピーで宿泊費と一緒にクレジットカード支払い。
送迎車には男性フランス人の宿泊者一人が同乗していた。
そのフランス人はこれからクアラルンプール経由で関空に向かうという。
今までも数回来日したことのある親日家で、日本で撮った写真をたくさん見せてくれた。
というわけで、無事空港に到着しチェックイン、出国審査もすんなりいった。トリブバン国際空港 (KTM) 空港
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しかし誤算は国際線出発ゲート付近のラウンジがなくなっていたことである。
機内食は出るだろうが、21:00発なので軽食でも食べておきたい。
ルピーの残金は200ルピーだった。
売店で買えるものはあるのか? -
国際線出発ゲートの売店にしては意外と良心的価格で、ポテチとミルクティーがどちらも100ルピー。
ちょうどルピーも使い果たした。 -
バンコク行きTG310便は3時間30分のフライト。
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予想通り離陸してしばらくすると機内食が出た。
食後に回収が済むまで寝れないだろうから、その後に寝れたとしてもせいぜい2時間くらいだろうな。
明日は寝不足の観光になりそうだ。
ちょこっと寄り道アユタヤ 2024(11/29)に続く。
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