2024/11/24 - 2024/11/24
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キートンさん
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死ぬまでに歩きたいトレッキングルート、それは世界の屋根ヒマラヤ山脈の奥地へと向かうエベレスト街道。
7日目は、このツアーの最終目的地、標高5360mのゴーキョピークを目指す、ツアーのメインイベントともいうべき日。
標高差600m以上の急登を登りきる体力が試されるのはもちろん、それ以前に動脈血酸素飽和度(SpO2)が一定以上回復していないと挑戦すらできない。
ゆっくり行けば登りきる自信はある。
SpO2がこのメインイベントの運命を決めると言ってもよい。
積極的に水分補給した成果は出るのか?
挑戦権獲得なるか?
ピークを極めることができるのか・・・
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 3.5
- グルメ
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 徒歩
- 航空会社
- タイ国際航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
昨夜も7時過ぎに寝袋に入り就寝体制に入った。
いつものように早くから目が覚めたので、6時頃、窓から外の様子を撮った。 -
6:30頃、ロッジの周りを散歩するのも日課になりつつある。
ドゥード・ポカリ(Dudh Pokhari)の湖畔から見たチョー・オユーに、朝日が差し始めていた。 -
山頂からではなく、右の小高い稜線から日が差している。
いったいどの高峰がチョー・オユーの山頂に影を落としているのか・・・ -
ドゥード・ポカリの夜明けはまだ。
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朝食前の動脈血酸素飽和度(SpO2)測定は、60~70の間と昨日より低い数値。
ゴーキョピークが遥かに遠のく結果だった。
食後にもう一度測るものの、劇的な上昇がない限り望みは薄い。 -
窓の外には、この上なく美しいチョー・オユー。
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朝食は、フライドエッグのブレックファーストセット。
ちょっとボリューム少なめ? -
食後の動脈血酸素飽和度(SpO2)測定。
70前後に回復したものの、目標の80には遠く及ばず。
実は、高山病に効果があるというダイアモックスを10錠日本から持参していた。
しかしガイドのS氏は、ダイアモックスの服用にはネガティブな考えを持っていた。
本来高山病の薬ではないし、服用のタイミングとしてはすでに遅いという。
利尿作用が強いので、服用すると大量に水分補給が必要になるし、副作用がでるかもしれない。
これ以上トイレに行く回数が増えると、日中はまだしも夜寝る間もなくなりそうなので、ダイアモックスの服用はあきらめた。 -
S氏と相談したところ、まずゴーキョピークを目指すのはリスクが大きすぎる。
今まで高山病の症状は出ていなくても、いつ体調が急変してもおかしくないので、もしもの時のことを考えとかないといけない。
とすると、多少なら上ってもゴーキョまですぐ戻れるし、救援に来てもらいやすいが、ピークに近付けば近付くほどそれが困難になる。
なので、昨日上ったモレーンの尾根くらいなら連れて行けるという。
ただ、私としては同じ場所に行くより違う場所から景色を見たいので、ゴーキョピークへの登山道を途中まで登ることを希望した。 -
というわけで、7:30に Gyoko Lake Side Lodge & Restaurant を出発するということで、それまで少し時間があったので、また散歩に出た。
今朝のチョー・オユーが美しすぎる。 -
ドゥード・ポカリの対岸には、標高6017mの Phsri Lapche 。
ドゥード・ポカリにはまだ日が当たらない。 -
7:30に Gyoko Lake Side Lodge & Restaurant を出発し、数分後にはゴーキョピークへの登山道を登っていた。
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イチオシ
真っ青なドゥード・ポカリと青空。
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遠くカンテガ(左)とタムセルク(右)を望む。
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ケルンとドゥード・ポカリ。
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北にはギャチュンカンが見えているが、チョー・オユーが隠れているので、見えるところまでトラバースすることにした。
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チョー・オユーが見えてきて、ギャチュンカンとの稜線がつながった。
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チョー・オユーからギャチュンカンへの尾根がネパールと中国との国境になっている。
近そうに見えて、まだここから国境まで10km以上の距離がある。 -
標高7952mのギャチュンカンは、8000m峰ではないので登頂数は少ないらしい。
初登頂は1964年に 加藤幸彦と堺澤清人という日本人によって成された。
しかし、なんといっても2002年山野井泰史、妙子の奇跡の生還がその名を広めた。
山野井泰史に興味を持つ者として、山野井が若い頃にフリークライミングの腕を磨いたアメリカのヨセミテ(2013年訪問)、世界初の冬季単独登頂に成功したパタゴニアのフィッツ・ロイ(2016年訪問)に続いて、山野井泰史を象徴する3か所目の山を見たことになる。
あくまで見ただけであって、訪れたとは言えないが。
余談だが、2002年山野井泰史、妙子がギャチュンカンに登った時のガイドがナムチェの近くのターモでロッジを経営しているという情報が、ほいみさんの旅行記で判明した。 -
東に見えるカンチュン(KangChung)の方には、ゴジュンバ氷河の手前に昨日午後に上ったモレーンの尾根が見える。
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鞍部に少しだけ白い山頂が見えているのは、標高7165mのプモリ(Pumo Ri)か?
エベレストは手前の黒い山の陰でこの標高ではまだ見えない。
エベレストが見え始めるのは、おそらく標高5000mをかなり超えてからだろう。 -
ドゥード・ポカリはこの上なく青く、青空には雲一つない。
ゴーキョピークでは今どんな絶景が広がっているのだろう。 -
ドゥード・ポカリの湖岸を西(右)へと上って行くと、その先には標高5360nのレンジョ・パスがある。
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斜面の岩に立つガイドのM氏。
その地点でS氏の腕時計の高度計機能で標高を見てみると、4850mだった。
ドゥード・ポカリの湖畔から100mちょっと登ってきたことになる。
高山病の症状はなく、標高5360mのゴーキョピークまで残りの標高差約500mを何事もなく登りきる自信が90%くらいはある。
しかし10%は、未知の標高でどんな異変が出るか、症状が出なかったとしてもどこかに過度な負担を与えていて後に不具合が現れる可能性も懸念される。
下手してヘリ搬送や入院なんて事態になると、体の心配だけでなく、後のカトマンズやバンコクの予定がつぶれるうえ保険の手続きやら無駄な出費やら面倒なことが色々出てくる。
そういうリスクを抱えながらピークを目指すほど、私にはこだわりがなかった。 -
通常ならギョーコピークまで往復するのに4時間程度を要するが、結局100mちょっと登って引き返したので40~50分ほどで済んだ。
天候は間違いなく最高のコンディションだ。
この最高の舞台で、メインイベントに挑戦できないとは、神様は意地が悪い。
途中で舞台を下りたのは、自分の意思ではあったのだが・・・ -
ドゥード・ポカリの向こうの山の鞍部がレンジョ・パスだろう。
2~3日前にあの峠を越えていったはずのS社のツアーは全員がゴーキョピークを極め、無事レンジョ・パスを越えられたのだろうか。 -
一旦 Gyoko Lake Side Lodge & Restaurant に戻り、9時ごろマッチェルモに向けて出発した。
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後にするゴーキョの集落の彼方には、相変わらず美しいチョー・オユー。
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美しいのはチョー・オユーだけではない。
もはや360°どこを見ても美しい。 -
振り返って見たゴーキョピーク。
動脈血酸素飽和度(SpO2)の問題さえなければ、今頃ピークで360°の壮大なパノラマを堪能していたかもしれない。
それが果たせなかったことで最も残念なことは、標高8463m、世界第5位の高峰マカルーが見れなかったことだ。
エベレストやローツェは途中でも見れたが、マカルーはこのツアーのルート上で、ゴーキョピーク付近でのみ見られる8000m峰である。
余談だが、たびたび話題に挙げた山野井泰史は言うまでもないが、山野井妙子(旧姓長尾)も引けを取らない日本を代表する女性クライマーの一人である。
2002年にギャチュンカンで奇跡の生還を果たす11年前の1991年10月にもマカルーで奇跡の生還を果たしている。
この時、妙子は男性隊員とマカルーに無酸素登頂に成功するも、下山中に嵐に巻き込まれ、8100m地点で二日間の露営を余儀なくされた。
男性は死亡し妙子は生還した。
沢木耕太郎の「凍」の中で、「亡くなった男性隊員は寒さと疲れで生命の中枢をつかさどる神経がやられてしまった。妙子は手足の指と鼻という末端を犠牲にすることで中枢神経を守り切り、生き延びることができた。」とある。 -
9:20頃、第二の湖が見えてきた。
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第二の湖付近の休憩ポイントで、チョーオユーをバックに記念写真を撮ってもらった。
無料レンタルのトレッキングポールがふぞろいなのは愛嬌ということにしておこう。 -
昨日は雲に覆われて全容が見えなかった第二の湖も、今日は美しい景色にとなっている。
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第二の湖からの流れに沿って歩く先に、標高6335mのチョラツェ(Cholatse)と標高6542mのタウチェ(Tauche)。
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10時過ぎ、最初の湖が見えてきた。
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最初の湖は小さく浅いためか、氷河湖特有のブルーではなくやや緑がかっている。
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小さなケルンがたくさんある風景は、日本の賽の河原と似ている。
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流れに沿ったトレイルを振り返る。
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ドーレ~ゴーキョ間で唯一ともいえる石段を下る。
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山から水が流れるところがヤクの水飲み場になっている。
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後ろからついてくるポーターのM君。
ガイドは前を歩き、私がある程度離れると当然待っててくれるのだが、わりと3人ともマイペースで歩いている。 -
休憩ポイントで休憩中。
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右に現れた峰は、ゴーキョからドゥード・ポカリの対岸に見えた標高6017mの Phari Lapche か?
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左に標高6335mのチョラツェ(Cholatse)(左)と標高6542mのタウチェ(Tauche)(右)を見ながらの快適なトレッキング。
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このあたりはまだドゥード・コシ(Dudh Koshi)の近くを歩いているが、この先徐々に深い谷となり、トレイルと高低差が出てくる。
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イチオシ
快晴の空にはためくタルチョ。
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標高6335mのチョラツェ(Cholatse)と標高6542mのタウチェ(Tauche)の手前にNha という集落。
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11時頃、パンガに到着。
S氏はこれがこのあたりでの伝統的な家屋だという。
青いビニールシートは伝統ではないと思うが・・・ -
石垣で仕切られた区画がたくさんあるが、ロッジなどの主だった建物は3軒くらいしかない。
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歩いてきた方向。
チョー・オユーが相変わらずの存在感。
今回のトレッキングツアーの主役は、エベレストやローツェではなく、チョー・オユーになりそうだ。 -
ドゥード・コシ(Dudh Koshi)の対岸のルートが見える。
途中にトーレ(Thore)、ターレ(Thare)、コナール(Konar)、ポルツェ(Phortse)などの集落を結んでいるが、このルートを歩くトレッカーは少なそう。 -
歩いて行く先にカンテガとタムセルクが徐々に存在感を増してくる。
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蛇行しながら流れるドゥード・コシ(Dudh Koshi)。
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マッチェルモの集落が見下ろせる休憩ポイントに到着。
昨日マッチェルモを発ったばかりなのに、帰ってきた~って感じ。 -
ここからの景色もなかなか素晴らしい。
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5000m級の峰が連なる。
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尖峰の美しさではトップクラスだとも思える、標高6186mの Kyajo Ri 。
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12時前、一昨日宿泊した Yeti Lodge Machermo に到着。
まだ、本日ここに宿泊すると決まったわけではない。
動脈血酸素飽和度(SpO2)が低いままならば、標高を下げるため昼食後にドーレまで行かなくてはならない。 -
幸いSpO2は80以上に戻っていた。
これで一安心。
考えてみれば、今日マッチェルモでSpO2がこの数値ならば、往路でナムチェからドーレの間のモン・ラでも1泊入れていれば、SpO2の問題も発生していなかったかもしれない。
やはり高度順応に時間をかけるのは重要なことだ。 -
というわけで、本日の宿は Yeti Lodge Machermo に決定し、部屋も一昨日と同じだった。
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本日のランチは、確かシェルパのスープだったと思う。
なかなか具だくさんで美味しく、当たりだった。
というより、ナムチェを出てから食事ではずれがない。 -
今日は午後になっても天気が崩れる様子がない。
まだ体力が余っているので、少し長めの散歩に出かけた。 -
マッチェルモの真ん中を流れる川をさかのぼる。
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集落のはずれまで来て、渡れそうなところで対岸に渡った。
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所々、薄っすら雪が残っている。
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浅い淀みは氷が張っている。
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下流の方に戻ってくると、マッチェルモの集落を二分する谷となっている。
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散歩から戻ってからも好天は続いた。
風もなく、ロッジのスタッフも外でひなたぼっこをしている。 -
シャツや靴下などを干してから、外の椅子でうたた寝した。
ふと目を覚ますと、すぐ横にヤクがいたので驚いた。 -
本日の夕食はカレーと紅茶をチョイス。
復路のトレッキングは残り2日でルクラまで戻る。
全体的に下るとはいえ、途中長い上りも含むアップダウンが続く長丁場である。
高山病のリスクは減ったが、体力的にはタフな日が続く。
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この旅行記へのコメント (2)
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- ほいみさん 2024/12/16 22:45:55
- 山は逃げない・・・
- よく、そう言われました。
頭痛も無いのに高山病予備軍?に認定されてしまい、残念でしたね。10人のツアーでキリマンジャロに登った時に、4800mで休憩した際に、それまで元気だった方が突然変なこと言い始めて倒れちゃったことがありました。10分後にはレスキュー隊のカート(キリマンジャロスペシャル?)で降ろされ病院へ。夜には「治ってご飯食べてる」って連絡がありました。カートで降ろされてる時の記憶はほぼ無かったそうです。
私は10年位前、富士山登って北岳・間ノ岳を縦走して宿泊した勢いで、パキスタンのトレッキングに行ったら、3400mでけっこう酷い高山病に陥りました。夕飯時にSpO2が78位だったと思います。いつもよりちょっと低いかなと心配はしたのですが、翌朝は酷い頭痛と眩暈・下痢の3点セットで歩くのがやっと。幸い、その日は連泊で裏山ハイキングの予定だったので、山小屋で休んでました。
高山病って不思議なことが多いです。
- キートンさん からの返信 2024/12/16 23:53:05
- Re: 山は逃げない・・・
- こんばんは、ほいみさん。
書き込みありがとうございます。
確かに山は逃げないですが、人は歳を取り体力がなくなりますからね。
前触れなく突然発症する高山病は怖いですよね。
症状が出なくても、どこに過度な負担をかけているかわからないし、万一のことが起こって後の予定が狂うのも避けたいので、今回は安全策を取りました。
おかげで辛い思いもしなかったですが、夜中にトイレに何回も行くのは辛かったです。
次に高山に登る機会があれば、早めに水分を多めに摂って、余裕のある行程でしっかり高度順応させようと思います。
自分は比較的高山病に強いだろうと思ってましたが、今回の挫折といろんな体験談など教えてもらって、勉強になりました。
キートン
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