2024/12/20 - 2024/12/24
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chemireさん
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2024/12/20
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旅1日目 成田山大阪別院明王院を参拝
旅2日目 石清水八幡宮を参拝
石清水八幡宮で、お正月に向けて本殿前に御神矢を設置している場面に出逢えました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
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12月20日(金)旅1日目
京阪本線香里園駅前より徒歩15分(ホテルから徒歩約20分)の成田山不動尊を参拝。成田山不動尊 寺・神社・教会
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成田山を紹介しているのは、鉢かづき姫。像の顔は不気味な感じだけど、昔話に登場するお姫様だそうです。
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成田山不動尊とは、不動明王を本尊としていることによる通称。
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社殿
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千葉県成田市にある『成田山新勝寺』を大本山とした関西唯一の別院で、正式名称は成田山大阪別院明王院。
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成田山
2018年5月
成田山新勝寺を参拝した旅
https://4travel.jp/travelogue/11469153 -
参拝後、しばらく夕日を眺めてからホテル方面へ戻りました。
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ホテルインペリアル香里園。香里園駅から徒歩4~5分のホテルに1泊。ホテル付近の郷土料理やさんは定休日だったので、駅前のスーパーで夕食の買い物をして内食。この日は早めに休みました。
ホテルインペリアル香里園 宿・ホテル
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12月21日(土)旅2日目
ホテルに軽食があったようだけど、前日にスーパーで買っておいたサラダで朝食を済ませて、8:30頃にホテルをチェックアウト。
9:11
香里園駅から石清水八幡宮駅まで移動してきました。 -
改札口近くにあるコインロッカーに荷物を入れて、歩いて石清水八幡宮に向かいます。帰りはケーブルに乗ろうかな。
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土曜日だけど、9時を過ぎたばかりだからか案内所は静か。
八幡市観光案内所 名所・史跡
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エジソン通りから、石清水八幡宮へ。なぜエジソン? それは後で学びました。
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9:17
八幡宮の額が掛かる表参道入口の一ノ鳥居 -
859年(貞観元年)、豊前国の宇佐神宮に籠もった南都大安寺の僧・行教が、八幡神のお告げを受けて勧請したのがそのはじまり。
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一ノ鳥居
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扁額には背中合わせの鳩。八幡信仰では「鳩」は神の使い。
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9:21
頓宮 -
年に一度、社殿で重儀が斎行されます。
石清水八幡宮頓宮 寺・神社・教会
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頓宮・極楽寺跡。1868年(慶応4年)の鳥羽伏見の戦いにより周辺の建物は消失。
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高良神社 。徒然草に登場する古社。
『極楽寺 高良などを拝みて かばかりと心得て帰りにけり』
高良神社は、石清水八幡の付属の神社。仁和寺の僧は、石清水八幡宮と間違って「かばかり=これだけだ」と思って帰ってきてしまったという話を学び直しました。
徒然草を習った時は気にも留めなかったけど、古文や歴史に興味を持っていたら、大人になってからの旅の楽しみ方をもっと広げられたんだろうなぁ(地理もそうだけど、学生の時に真面目に勉強しておけばよかったと、旅先でいつも思います)。高良神社 寺・神社・教会
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ニノ鳥居
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駒返し。ここで馬を降りたのでしょうね。
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宿坊・泉坊(男山四十八坊のひとつ)があった場所。
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松花堂堂跡。1637年(寛永14)に石清水八幡宮の社僧・松花堂昭乗が晩年に構え、松花堂弁当の名の由来となった草庵跡地。
昭乗は、書道家・画家・茶道家として知られ、寛永の三筆にも数えられ・・・ 難しいので省略しますが、一ノ鳥居にかかる扁額は昭乗の書だそうなので、帰りに改めて見てみようっと。 -
石清水社
1636年に寄進された鳥居は、境内で残る鳥居の中で最古。 -
石清水井 霊泉
石清水の湧き出る創建以前からの聖地。 -
瀧本坊跡
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宝塔院(琴塔)跡
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大塔跡
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三女神社
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八角堂跡
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10:01
山道を進んで行くと石敷の参道に出ました。奥に見えるのは、どうやら三ノ鳥居のようだけど、そこを通らずに御本社に着いちゃった。
ところで、神職の方が本殿に向かい直立して何をされているんだろうと思いつつ楼門へ。 -
東総門
1938年(昭和13年)再建。 -
御祭神
東御前 神功皇后
中御前 応神天皇
西御前 比咩大神 -
極彩色の欄間彫刻 は外から見ることができず、4点が写真で説明されていました。
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社殿
愛媛の伊佐爾波(いさにわ)神社を参拝した時、社殿は石清水八幡宮を模したものであると学んだので、ならば本家を参拝しようと思ったのが、この旅を計画した理由のひとつです。
2024/08 伊佐爾波神社を参拝
https://4travel.jp/travelogue/11921317 -
天正8年 織田信長寄進の黄金の雨樋 。
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蟷螂の目が可愛い。
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目貫きの猿 。名工・左甚五郎の作。夜な夜な抜け出して田畑を荒らし回ったので、目に釘を打たれてしまったと伝わります。
粉河寺本堂で見た左甚五郎作「野荒らしの虎」も同様に、夜中に田畑を荒らしたため目に釘を打たれてしまったそう。
調べてみたら目に釘を打たれた龍や猿や虎など、日本各地に左甚五郎作と伝わる彫刻があるようです。それだけ彫刻が生き生きとしているということかな。
2023/04 和歌山・粉河寺を訪ねた旅
https://4travel.jp/travelogue/11822370 -
南総門から見える御本社が少し西側を向いているのは、参拝して帰る際に、八幡大神様に対して真正面に背を向けないようにするためといわれています。
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蟇股には阿吽の鳩。
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十六弁の菊紋。
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神社では、新年を迎える準備が進められていて、正月用のお守りやお札が国宝の本殿に集められ、ご神体の御霊を移す神事が行われていたようです。さっき石敷の参道に直立していらした神職の方は、そのために御本社を向かれていたのかな。
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石清水八幡宮
全国に3例しかない整った八幡造りの社殿で、現存する八幡造の本殿の中で最古かつ最大規模。
この時はまだ、向かって左にある足台は修理か掃除のためのものだと思っていました。石清水八幡宮 寺・神社・教会
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御本社を参拝
社殿は、寛永11年(1634年)に徳川家光によって再建。八幡造と呼ばれる独特の構造で、楼門から奥へと舞殿・幣殿・本殿(内殿・外殿)が続き、いずれも国宝。
参拝してから御朱印をいただきました。 -
摂社・末社を巡ります(行ったり来たりしたので、写真の順は曖昧)。
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東総門 江戸前期
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招霊(オガタマ)の木。1円硬貨の表面に描かれています。
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水若神社 江戸前期
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社殿
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北総門 江戸前期
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境内の北西隅にある校倉(宝蔵) 江戸中期
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築地塀 江戸前期
通称「信長塀」ともいわれる社殿を囲む土塀。以前、熱田神宮でも信長塀を見た記憶があります。 -
西総門 江戸前期
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社殿
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社殿
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塀の先にあるのは神楽殿。塀から見える大楠は、 楠木正成公が奉納し樹齢約700年だそうです。
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社殿
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社殿を巡ったあと参道に戻ると石燈籠の看板を見つけたので、
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門の手前から書院石庭を覗いてみました(石庭には、入れないようになっていたと思います)。
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西谷・小塔跡
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10:34
エジソン記念碑 -
エジソンの発明した白熱電球に男山周辺の真竹が用いられたことから建立。
ここで見学を終えて駅に戻るつもりだったけど、4トラでチェックしていた一ツ石や鬼門封じの石垣を見忘れたことに気づいて、再び社殿へ。エジソン記念碑 名所・史跡
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10:45
見たい場所があったので再び参りましたと御本社に手を合わせると、楼門を出て行かれた神主さんが戻られ神事が始まったので拝見することにしました。
報道陣や高価なカメラを持っている人が多かったので、何かあるんだろうとは思っていたけど、大切な行事のようです。 -
この時は、大きな矢(竹)を気に留めることもなく、その先の社殿に向かってお祓いをしていると思っていました。
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整列して一礼。
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大きな矢の1本を御本社に向かって運び出されたので、
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ここで、やっと行われていることを理解。御本社前に御神矢の設置が始まりました。足台が置かれていたのは、お正月の準備に向けたものだったんですね。
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矢に綱を回してゆっくりと立てていきますが、これがなかなか大変そう。足場の下にいる棟梁(と呼んでいいのかな)が、竹の向きとか綱を引っ張たり緩めたりするようにと大きな声で指示を繰り返しています。
作業の途中で、御本社裏の鬼門を見学。 -
御本社の石垣にある鬼門封じ。
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東北の角が切りとられています。
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御本社の正面に戻りました。
御神矢の設置中は賽銭箱が少し移動させられたので、皆さん傍に寄られて参拝されています。 -
11:27
金具に綱を巻き付け、固定部が見えないように白い布でお化粧して1本目の設置が完了。男山から切り出しされたという竹は「はちまんさん」に因んで高さ約8mもあり、ひとつの御神矢が立てられるまで36分かかっていました。 -
八幡御神矢は、鎌倉時代の元寇の際に亀山上皇が八幡大神に必勝祈願すると石清水より白羽の鏑矢が放たれ、蒙古軍がその音を台風と勘違いして退散したという故事に因むそうです。
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11:31
賽銭箱と足台を先ほどと反対の位置に移動させると、2本目の矢が運ばれてきました。
作業は同様のはずなので、見逃してしまった鳥居へ。 -
三ノ鳥居。
ここから東総門へと続く石敷の参道は、馬場先と呼ばれるそう。
本来ならニノ鳥居から三ノ鳥居へと参道を進むのだろうけど、石清水社あたりにあった標識の「→青少年文化体育研修センター」を見て、それなら反対に回ろうと思ったのがニの鳥居から東総門に着いちゃった理由でした。
分岐してる所に、三ノ鳥居の表示もあればよかったのに。 -
三ノ鳥居の近くには、一ッ石 (勝負石)と呼ばれる自然石が露出しています。この石が走馬・競馬の出発点となっていて、かつて南総門下にあった五ッ石が終点だったことが名の由来。
-
参道わきに古そうな標があったので、そちらへ。
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階段を少し下って、
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愛染堂と南谷の坊跡の説明を読んでから、再び御本社へ戻ります。説明板の後ろの石柱に何やら書かれているけど、意味が分かりませんでした。
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11:41
御本社では、2本目の御神矢の固定が始まっていました。1本目の作業でコツを得られた様子で、設置時間が短くなっています。足場に登っていた1人は若い方で、こうやって行事が継承されるっていいなって思いながら作業を少し見て、完了前にその場を離れました。
一対の御神矢は、節分まで本殿前に飾られるそうです。 -
ケーブルカーの案内表示もあったけど、裏参道が気になってしまって坂を下ることにしました。
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11:52
大師坂・萩坊跡。萩坊は狩野派として知られる狩野山楽が秀吉に追われ隠れ住んだ場所。今は裏参道となっていますが、古くは「太子坂」と呼ばれていました。 -
竹雨水。かつては山中の貴重な水場だったのかな。
階段は表参道が396段・裏参道は555段。階段の幅が狭いだけで、実は裏参道が御本社への近道のようです。御本社まで表参道なら20分、裏参道は15分くらい。ニノ鳥居を正面にして、まっすぐ進むと表参道、右側の階段が裏参道です。 -
11:59
安居橋(あんごばし)へ。江戸時代には四つの橋があり、五位橋の後に架けられた平橋で相五位橋(あいごいばし)と呼ばれていましたが、それが訛って安居橋となったといわれています。安居橋 名所・史跡
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鳥羽伏見の戦いで焼失した後、川下にあった高橋(反橋)を偲ばせる形で再興されたそうです。
放生川 自然・景勝地
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安居橋から八幡宮の外周を見て回ろうかとも思ったけど、時間がかかりそうなので境内を通って頓宮跡へと戻りました。
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ケーブルカーを発見。結局、乗れなかったな。
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12:04
扁額の文字を改めて見直して、一礼。駅に戻ります。 -
マンホールには向かい合った鳩。
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12:17
改札口の横に、石清水八幡宮駅からの主な観光地への乗り換え案内があったので、それでルートを確認。コインロッカーから荷物を取り出して、次は二条城に向かいました。
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