2024/12/20 - 2024/12/24
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chemireさん
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天正7(1579)年に丹波を平定した明智光秀が築城した福知山城は、転用石を多用している個性的なお城でした。
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12月21日(土)
18:09
二条城前駅から福知山駅にやって来ました。改札前で出迎えてくれた福知山城天守閣鯱瓦(復元)に、明日お城へ伺いますとご挨拶。 -
JR福知山駅南口より徒歩1分の、アールイン福知山に1泊。福知山の名物が思い浮かばなくて、この日の夕食はコンビニで買って簡単に済ませました。
アールイン 福知山 宿・ホテル
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12月22日(日)
荷物をホテルに預かってもらいチェックアウト。小雨の降る中、徒歩で福知山城に向かいます。
雨が降っているし出歩く人はいないのかなと思いつつ、あまりに閑散としているのでルートを間違えたかとマップで調べようとしたら、市役所前で小さくお城が見えてきました。 -
9:35
福知山駅(ホテル)から徒歩15分くらい、お城通りを進んで来ると美術館向かいに福知山城の説明板が立てられています。
開館時間9:00~17:00/火曜日休館 -
本丸跡の丘の外周にある坂を登っていきますが、これは往時の登城ルートではなく、本丸に移された朝暉神社への参道として後に作られたもの。右側に少し写っている石垣も積み直されたものです。
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東側高石垣の途中にあった石段。本丸へと新しく作られたもので、ここはスルーして坂道を進みました。
写真を見て気付いたけど、釣鐘門が顔を覗かせています。 -
坂を100mくらい登ると菱櫓台が現れ、復元天守群のある広場に到着。
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小雨が止んで、日差しが。このまま晴れないかな。
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一度は廃城となり、昭和に市民が蘇らせた福知山城。
織田信長の命を受けて天正7(1579)年に丹波を平定した明智光秀が城を築き、城下町の整備に着手。明智の「智」の字を用いて「福智山」と名付けたとも伝わります。 -
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城主の変遷を経て、寛文9年(1669)に朽木稙昌が福知山藩主として入城して以降、朽木家13代がこの地を治めました。
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原寸大で復元された福知山城天守閣鯱瓦。
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天守閣に登らなくても、町がよく見えます。晴れてたらなぁ。
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先ずは、転用石を探しながら天守の外周を見学。
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こちらが、正面。
福知山城が建てられたのは天正7年(1579)頃。
今あるのは、昭和61年(1986)に江戸時代初期天守閣の様式を忠実に再現した3層4階望楼型の復元天守。光秀が築城した中で現在唯一 、天守閣が見られます。
写真では分かりにくいですが天守台に斜めに入る線があって、光秀時代の天守閣はもっと小さかったそうなので、右側の石垣が光秀時代に積まれたもの、左側が後で積み増しされたのではないかといわれています。福知山城(福知山市郷土資料館) 名所・史跡
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当初の天守は独立式だったそうですが、連郭式に改められ順次拡張されたため非対称となり、転用石が多いことも加わって、とても個性的なお城だなって思います。
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城の東側にある釣鐘門(復元)。
ここから続く階段は、美術館前の坂道へとつながっています。 -
朝暉神社
朽木稙綱公を藩祖として祀ったのが始まり。 -
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豊磐の井。深さ50m、地下の岩盤を掘り下げていて今も水が湧いているそうです。
井戸の向こうが天守入口。表示が控えめで、ちょっと分かりにくいかな。 -
9:54
やっと入城。 -
復元天守(資料館)内の重要資料以外は写真撮影可。
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天守最上階へ。
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雨は止んだけど、眺望はいまいち。
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光秀が由良川の勢いを和らげるために植えたという明智藪の名残り。
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風通しが良過ぎて、カラダ冷え冷え。早々に退散しました。
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展示物が充実していて、1時間以上も滞在。明智光秀の生涯を描いた映像2本も良くできていて、2度も見てしまいました。
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11:10
天守を出て、もう一度石垣を見学。 -
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転用石は宝篋印塔、五輪塔、石仏、笠塔婆、石臼などいろいろ。
転用石を多用した理由は、石材不足対策・築城期間の短縮のためとか、旧勢力の寺院を破壊し石垣に組み込むことで支配を示そうとしたとか諸説あるそうです。一方で、石材を提供した補償として代用になる石を配り、民衆の抵抗を和らげるような心配りがあったという話は興味深い。 -
墓石を用いるなんて罰当たりだと思ったりもしましたが、調べてみたら穢れが祓われ城が堅固になるよう願ったという説までありました。
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適当に詰めたようにも見えますが、模様や戒名が掘られた部分が下向きや外側になっているのは、水がたまらないようにするためだそう。
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銅門(あかがね)番所。現在に残る福知山城の建物のひとつ。
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帯曲輪の一角に、転用石が並べられていました。これは使われなかった「残念石」のようです。
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ここにも転用石が並んでいました。
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11:23
この門を通りお城を出ることにしましたが、門の名前やルートの説明板はなかったです。見落としたのかな。 -
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いつもの如く行ったり来たりしながら見たので、ここからの時系列はあいまい。
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本丸東側の高石垣は、近年の研究から天正時代初期のものといわれています。
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11:28
入城時にスルーした石段は、ここに至るルートでした。
(明智光秀を祀る御霊神社参拝へ、続く)
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