二条・烏丸・河原町旅行記(ブログ) 一覧に戻る
2024年の締めの旅は、関西にある名城に行きたいなと検索していたら、二条城が目に留まりました。<br />二条城って文字通りお城だったんだと、目からウロコの気分。高校の修学旅行で初めて見学して、その後も何回か訪れたことがあるのに、博物館とか観光施設のイメージに近く、櫓や石垣などを気にしたことがなかったです。<br />今回は、二の丸御殿で大政奉還の表明が行われ、江戸幕府が終わりを迎えたという歴史も意識して見学に向かいました。<br /><br />二条城<br />正式名称は元離宮二条城。1603年(慶長8)徳川家康によって京都御所の守護と将軍が上洛したときの宿泊所として築城。1994年(平成6)には、ユネスコ世界遺産に登録されています。

二条城を見学。歴史を学び直せたけど、二の丸御殿の鶯張りの音が経年劣化によるものだったなんて。

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2024/12/20 - 2024/12/24

1803位(同エリア4353件中)

chemire

chemireさん

2024年の締めの旅は、関西にある名城に行きたいなと検索していたら、二条城が目に留まりました。
二条城って文字通りお城だったんだと、目からウロコの気分。高校の修学旅行で初めて見学して、その後も何回か訪れたことがあるのに、博物館とか観光施設のイメージに近く、櫓や石垣などを気にしたことがなかったです。
今回は、二の丸御殿で大政奉還の表明が行われ、江戸幕府が終わりを迎えたという歴史も意識して見学に向かいました。

二条城
正式名称は元離宮二条城。1603年(慶長8)徳川家康によって京都御所の守護と将軍が上洛したときの宿泊所として築城。1994年(平成6)には、ユネスコ世界遺産に登録されています。

  • 12月21日(土)旅2日目 続き<br />石清水八幡宮駅から二条城前駅へ。

    12月21日(土)旅2日目 続き
    石清水八幡宮駅から二条城前駅へ。

  • 13:16<br />駅出口1の前にある横断歩道を渡れば、二条城は目の前。東南隅櫓が現れました。<br />外堀の四隅には、かつて見張り台として隅櫓が建てられていましたが、1788年(天明8)の天明の大火により焼失し、現存する櫓は東南隅櫓櫓と西南隅櫓だけ。

    13:16
    駅出口1の前にある横断歩道を渡れば、二条城は目の前。東南隅櫓が現れました。
    外堀の四隅には、かつて見張り台として隅櫓が建てられていましたが、1788年(天明8)の天明の大火により焼失し、現存する櫓は東南隅櫓櫓と西南隅櫓だけ。

  • 東側の外堀の先に建つ東大手門が二条城の正面となり、ここでチケットを券売機で購入して入城。

    東側の外堀の先に建つ東大手門が二条城の正面となり、ここでチケットを券売機で購入して入城。

  • 東大手門は1662年(寛文2)頃に築造。  

    東大手門は1662年(寛文2)頃に築造。  

  • 城内より振り返って。

    城内より振り返って。

  • 東南隅櫓

    東南隅櫓

  • 唐門/築地<br />二の丸御殿の入り口となる唐門。1626年〔寛永3)の寛永行幸に際し、その前年に建立。<br />修復工事を経て往時の姿が再現されています。

    唐門/築地
    二の丸御殿の入り口となる唐門。1626年〔寛永3)の寛永行幸に際し、その前年に建立。
    修復工事を経て往時の姿が再現されています。

  • 唐門を城内より。

    唐門を城内より。

  • 二の丸御殿が現存するのは、二条城と掛川城(静岡県)だけ。すぐに入城するのが惜しくて、近付いたり離れたり、しばらく撮影してました。

    二の丸御殿が現存するのは、二条城と掛川城(静岡県)だけ。すぐに入城するのが惜しくて、近付いたり離れたり、しばらく撮影してました。

  • 二の丸御殿の出入口は、入母屋造の妻側に唐破風が付いた屋根があり、この建物部分は車寄と称されています。

    二の丸御殿の出入口は、入母屋造の妻側に唐破風が付いた屋根があり、この建物部分は車寄と称されています。

  • 装飾彫刻が美しい。

    装飾彫刻が美しい。

  • 13:40<br />いよいよ入城。<br /><br />1634年(寛永11)の徳川家光による上洛以降、第14代徳川家茂まで将軍は上洛していませんでした。<br />そして、第15代徳川慶喜により1867年(慶応3)二の丸御殿で大政奉還の表明が行われ、江戸幕府は終わりを迎えます。<br />歴史の場となった御殿への入城は、学生の頃のノリと違って緊張感がありました。

    13:40
    いよいよ入城。

    1634年(寛永11)の徳川家光による上洛以降、第14代徳川家茂まで将軍は上洛していませんでした。
    そして、第15代徳川慶喜により1867年(慶応3)二の丸御殿で大政奉還の表明が行われ、江戸幕府は終わりを迎えます。
    歴史の場となった御殿への入城は、学生の頃のノリと違って緊張感がありました。

  • 入城券・二の丸御殿観覧券

    入城券・二の丸御殿観覧券

  • QRコードをかざして二の丸御殿内へ。二の丸御殿では、北西方向に雁行形(ジグザク形)に配置された6つの大小の建物を廊下伝いに時計回りの一方通行で観覧していくことになり、建物内は撮影禁止。

    QRコードをかざして二の丸御殿内へ。二の丸御殿では、北西方向に雁行形(ジグザク形)に配置された6つの大小の建物を廊下伝いに時計回りの一方通行で観覧していくことになり、建物内は撮影禁止。

  • 14:10<br />見学を終えて出城。書院造の御殿内部は、狩野派による障壁画や多彩な装飾にあふれた「和」の美を感じる空間でした。

    14:10
    見学を終えて出城。書院造の御殿内部は、狩野派による障壁画や多彩な装飾にあふれた「和」の美を感じる空間でした。

  • 二の丸御殿内を見学していたのは日本人2割、インバウンドの方が8割くらいの印象。通訳の方の声を所々で聞いたおかげで、説明文を読むことに加え勉強になりました。<br /><br />でも、残念だなって感じちゃったことも。<br />二の丸御殿の廊下は「鶯張り」という仕掛けが施され、歩くとキュッキュッという音がします。これは忍びの侵入を防ぐために設けられたと修学旅行で聞いたことを信じていたのに、床板を固定する目鎹と釘が経年劣化により上下して生じている音と知ることとなり、説明文を読まなきゃよかったかなと思ったりして。<br />歴史はアップデートされると分かっているけど、夢を残しておいて欲しいなぁ。

    二の丸御殿内を見学していたのは日本人2割、インバウンドの方が8割くらいの印象。通訳の方の声を所々で聞いたおかげで、説明文を読むことに加え勉強になりました。

    でも、残念だなって感じちゃったことも。
    二の丸御殿の廊下は「鶯張り」という仕掛けが施され、歩くとキュッキュッという音がします。これは忍びの侵入を防ぐために設けられたと修学旅行で聞いたことを信じていたのに、床板を固定する目鎹と釘が経年劣化により上下して生じている音と知ることとなり、説明文を読まなきゃよかったかなと思ったりして。
    歴史はアップデートされると分かっているけど、夢を残しておいて欲しいなぁ。

  • パンフレット

    パンフレット

  • 車寄−遠侍−式台−大広間−黒書院−蘇鉄の間−白書院。ここで折り返し、黒書院−蘇鉄の間−大広間−式台−遠侍−車寄の順で見学。

    車寄−遠侍−式台−大広間−黒書院−蘇鉄の間−白書院。ここで折り返し、黒書院−蘇鉄の間−大広間−式台−遠侍−車寄の順で見学。

  • 城内も御殿内も、見学ルートは一方通行。

    城内も御殿内も、見学ルートは一方通行。

  • 14:18<br />二之丸庭園

    14:18
    二之丸庭園

  • 庭園内の通路は北西寄りの方向だけが観覧できて、外を歩いてみると分かるのですが、建物は雁行形になっていました。でも、建物の戸は全て閉められていて庭園の景色も見えなかったので、御殿内の見学中は四角い場所をぐるぐる回っていた感じ。

    庭園内の通路は北西寄りの方向だけが観覧できて、外を歩いてみると分かるのですが、建物は雁行形になっていました。でも、建物の戸は全て閉められていて庭園の景色も見えなかったので、御殿内の見学中は四角い場所をぐるぐる回っていた感じ。

  • 菊の御紋と葵の御紋が共存しています。<br />大政奉還の後、徳川家の威信を示す葵の御紋は次々と皇室を表す菊の御紋に変えられていきましたが、明治政府の予算が少なく、すべての葵紋を菊の御紋に置き換えることが出来なかったようです。

    菊の御紋と葵の御紋が共存しています。
    大政奉還の後、徳川家の威信を示す葵の御紋は次々と皇室を表す菊の御紋に変えられていきましたが、明治政府の予算が少なく、すべての葵紋を菊の御紋に置き換えることが出来なかったようです。

  • 徳川園で学んだ蘇鉄の菰掛け。4種類が紹介されていた中には京都二条城庭園風があって、やっと実物を見ることができました。また旅が繋がった~!<br /><br />2022/3名古屋の旅<br />https://4travel.jp/travelogue/11743205

    徳川園で学んだ蘇鉄の菰掛け。4種類が紹介されていた中には京都二条城庭園風があって、やっと実物を見ることができました。また旅が繋がった~!

    2022/3名古屋の旅
    https://4travel.jp/travelogue/11743205

  • 本丸櫓門

    本丸櫓門

  • 雁木があると登りたくなってしまうけど、見るだけに。

    雁木があると登りたくなってしまうけど、見るだけに。

  • 14:33<br />本丸庭園

    14:33
    本丸庭園

  • 14:36<br />天守閣跡。1750年(寛延3)落雷により天守を焼失し、再建されることなく現在に至っています。

    14:36
    天守閣跡。1750年(寛延3)落雷により天守を焼失し、再建されることなく現在に至っています。

  • 天守台より。これは西南隅櫓かな。

    天守台より。これは西南隅櫓かな。

  • 南東方面

    南東方面

  • 南側には、石段が石垣の内側側面として延びています。

    南側には、石段が石垣の内側側面として延びています。

  • 本丸

    本丸

  • 北0度ぴったり。合わせるのが大変でした。

    北0度ぴったり。合わせるのが大変でした。

  • 真北に向いて見えたのは、内堀に架かる西橋。

    真北に向いて見えたのは、内堀に架かる西橋。

  • 14:45<br />1788年(天明8)には本丸御殿も焼失し、現在見られる本丸御殿は京都御所内にあった桂宮御殿を移築した建物。見学は事前予約の上、別途観覧券が必要です。<br /><br />今回は外観だけ。予約して、いつか見に来よう。

    14:45
    1788年(天明8)には本丸御殿も焼失し、現在見られる本丸御殿は京都御所内にあった桂宮御殿を移築した建物。見学は事前予約の上、別途観覧券が必要です。

    今回は外観だけ。予約して、いつか見に来よう。

  • 内堀と石垣を見ながら、

    内堀と石垣を見ながら、

  • 西橋を渡ります。

    西橋を渡ります。

  • 14:51<br />西門 。1626年(寛永3)頃に建設され通用門として使われましたが、天明の大火で周辺の櫓門等が焼失し、明治以降には外堀にかかる木橋も失われ、現在ではこの西門だけが残っています。

    14:51
    西門 。1626年(寛永3)頃に建設され通用門として使われましたが、天明の大火で周辺の櫓門等が焼失し、明治以降には外堀にかかる木橋も失われ、現在ではこの西門だけが残っています。

  • 水吐けは大切。

    水吐けは大切。

  • 北中仕切門<br />

    北中仕切門

  • 北中仕切門は、内堀の南側にある南中仕切門と対になっていて、規模もほぼ同じ。1626年(寛永3)頃の建築。

    北中仕切門は、内堀の南側にある南中仕切門と対になっていて、規模もほぼ同じ。1626年(寛永3)頃の建築。

  • ここに来て石垣の大きな石を見つけましたが、鏡石や巨石を配さなくても、二条城には徳川の権威があふれていました。

    ここに来て石垣の大きな石を見つけましたが、鏡石や巨石を配さなくても、二条城には徳川の権威があふれていました。

  • 14:59<br />加茂七石。高野川や賀茂川に合流するあたり一帯から産する石は、古くから最高の質を備えた雅石として名高いそうです。

    14:59
    加茂七石。高野川や賀茂川に合流するあたり一帯から産する石は、古くから最高の質を備えた雅石として名高いそうです。

  • 北大手門。築城時からこの場所にありますが、現在の建物がその時のものか、寛永行幸時に建て替えられたかは不明。

    北大手門。築城時からこの場所にありますが、現在の建物がその時のものか、寛永行幸時に建て替えられたかは不明。

  • セメント(漆喰?)で覆ったような不自然な瓦を発見。葵の御紋が刻まれていたのかな。

    セメント(漆喰?)で覆ったような不自然な瓦を発見。葵の御紋が刻まれていたのかな。

  • 15:10<br />約2時間の見学を終えて東大手門から出城。時期的に大混雑ではなかったけれど、それでも人出が多くて、じっくり見られなかったという思いが残ってしまった。

    15:10
    約2時間の見学を終えて東大手門から出城。時期的に大混雑ではなかったけれど、それでも人出が多くて、じっくり見られなかったという思いが残ってしまった。

  • 15:18<br />当初の目的のひとつだった外堀の石垣や刻印の見学は、時間の関係で断念。二条城の外周は約2kmくらいあるみたいなので、またの機会にゆっくり見ることにしようっと。

    15:18
    当初の目的のひとつだった外堀の石垣や刻印の見学は、時間の関係で断念。二条城の外周は約2kmくらいあるみたいなので、またの機会にゆっくり見ることにしようっと。

  • でも、すんなり駅に向かうのはもったいないと外堀の南側に沿って少し歩いてみたら、生垣を凹形にして建てられた石碑を見つけました。2つの離れた石碑には、平安京跡神泉苑東端線と西端線と記されています。神泉苑は源義経と静御前が出会った所と伝わるそう。<br /><br />ここで折り返して、駅へ。

    でも、すんなり駅に向かうのはもったいないと外堀の南側に沿って少し歩いてみたら、生垣を凹形にして建てられた石碑を見つけました。2つの離れた石碑には、平安京跡神泉苑東端線と西端線と記されています。神泉苑は源義経と静御前が出会った所と伝わるそう。

    ここで折り返して、駅へ。

  • 15:33<br />電車に乗る前に、和の美しさをもうひとつ。<br />駅出入口近くにあった刀剣専門店は、お城の存在感を高めるようでかっこいい。でも、店内に入る勇気はなかったので、飾られていた刀を眺めてから改札口へと向かいました。

    15:33
    電車に乗る前に、和の美しさをもうひとつ。
    駅出入口近くにあった刀剣専門店は、お城の存在感を高めるようでかっこいい。でも、店内に入る勇気はなかったので、飾られていた刀を眺めてから改札口へと向かいました。

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