2023/12/22 - 2023/12/22
122位(同エリア666件中)
kojikojiさん
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- 旅行記1761冊
- クチコミ1205件
- Q&A回答73件
- 3,463,138アクセス
- フォロワー169人
この旅行記スケジュールを元に
昨晩遅くに着いた「ラマダ・バイ・ウインダム・ジャイプールノース」での夜が明けました。部屋から表を見ると町外れの郊外であろう立地と、周囲には広大な空き地しかないことが分かりました。20数年前の上海の浦東の風景を思い出しました。ここでもガッツリとインド料理の朝ご飯をいただき、ホテルを出発します。まずはジャイプール市内に向かいますが、バスの車窓の風景が面白過ぎて目が離せません。自由に街を歩き回る牛や犬に、荷車を牽く馬やラクダ、古いバスやオートリキシャー、路肩の露天やそこに集まる人々…。しばらくすると城壁や門が現れて、旧市街が近いことが感じられます。シティ・パレスの中に入ると途端にサーモンピンクの建物が延々と続き、歴代マハラジャのパワーを感じます。建物の多くはかなり傷んでいますが、往時はどれほど素晴らしい町並みだったかは想像できます。残念ながら今回のツアーではマハラジャが現在も住む「シティ・パレス」の見学や有名な「風の宮殿(Hawa Mahal)」の見学はありません。唯一バスのドライバーさんが「風の宮殿」の前をゆっくり走ってくれたくらいです。バスはそのまま旧市街を走り抜け、郊外の「アンベール城(Amber Palace)」に向かいます。道中の右手に「マン・サガ―湖(Man Sagar Lake)」が見え、湖上には「ジャル マハル(Jal Mahal)」という赤い砂岩で造られた壮大な宮殿が浮かんでいます。この辺りからバスは山道に差し掛かり、車道を歩く象にも出会います。「アンベール城( Amber Fort)」というと象に乗って城まで上がるのが有名ですが、過去に落下で死亡事故があったりで、日本の大手の旅行会社はジープによる見学にしかしていないそうです。バスはアンベール王国の君主ラジャ・マン・シン1世の息子の1人シャム・シンによって整備された「パリヨン・カ・バーグ(Pariyon Ka Bagh)」でバスを降ります。そして待っていたジープ4台に分乗して乗り込みます。上手いこと助手席に座れたのでフロントガラス越しに写真を撮ることができました。「マオサ湖(Maotha Lake)」越しのアンベール城の美しさは言葉になりません。荷台に座ってしまうと後方に開け離れたところからの視界しかありません。ジープは城下町のようなところを走り抜け、さらに小道をどんどん登っていきます。象に出会わないのは後で分かりましたが、象専用の道が設けられているからでした。高度が上がるにつれて車窓からは山の稜線をつなぐ長大な防御のための城壁で、万里の長城のミニチュアのようです。途中にある城塞や見張塔もとても美しい姿を見せています。ジープの降り場からさらに坂道を登ると城門が現れて「チャンド・ポール(月門)」だと分かります。「ジャレビ・チョーク(Jalebi Chowk)」という広場に出ると正面には象が入城してくる「スーラジ・ポール(太陽門)」が見えます。ガイドさんに促されて「スィン・ポール(獅子門)」への階段を上がり、長めの良いテラスに出ます。ここでしばらく「アンベール城」についての説明を聞きます。周囲では結婚式の前撮りの写真撮影がいくつも行われているので、民族衣装を着た美しい花嫁さんに目が行ってしまいます。装飾された柱や象のデザインの梁の美しい「ディーワーネ・アーム(一般謁見の間)」から「ガネーシャ・ポール(ガネーシャ門)」から宮殿の見学に入ります。宮殿内の廊下は白漆喰で塗り固められ、ミラーのような光沢仕上げになっています。これはスリランカのジェフリー・バワの設計した「ヘリタンス・カンダラマ」というホテルのフロントの脇にも採用されているものでした。またシーギリア・ロックのミラー・ウォールも現在はその公宅は失われていましたが、同じ仕上げだったそうです。庭園に沿って「スク・ワニース(歓喜の間)」を見学し、再びミラー・ウォールの廊下を通り、一番の見どころの「ジャイ・マンディル(勝利の間)」というミラー張りの部屋を見学します。ここの内部は入場できないのですが、内部は良く見えるので、写真を撮るにはこの方が理に適っているなと思えました。掃除をしていた男性が話しかけてきて、ミラーを利用して自分の写真を撮る方法を教えてくれようとしましたが、その前に掃除のおばちゃんに「写真を撮って。」と言われたので撮ってあげたら、「お金ちょうだい。」パターンだったので聞かないでいましたが、彼は純粋に親切心だったようで疑って悪かったなと思いました。この辺は長年アジアを旅していてもどっちなのか分からないことです。最後に「ブナーナー・マハム(ハレム)」を見学して「アンベール城」の見学は終わります。同じルートをジープで戻り、バスに乗って旧市街の中にある「ジャンタル・マンダル」に向かいます。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 航空会社
- ANA
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
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「ラマダ・バイ・ウインダム・ジャイプールノース」での夜が明けました。明るくなって気が付きましたが、部屋には額に入ったこんな写真が飾られていました。ノーズフルートの一種のようですが、どんな音色なのか聴いてみたい気もします。
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朝ごはんも同じホテルのレストランでした。キールというおかゆとベークド・ビーンズとサンバル(sambhar)とパコラ( Pakora)というスライスした野菜などにヒヨコマメ粉(ベサン)を水で溶き、スパイスを加えた衣を付けて油で揚げたパンのようなものです。飲み物はミルクシェイク2種にミックスとオレンジジュース。
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お腹もいっぱいになったところでチェックアウトして、午前7時30分にホテルを出発します。
ラマダ バイ ウインダム ジャイプール ホテル
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12月下旬のジャイプールの早朝はかなり冷え込んでいるので寒かったです。ただ日中は25℃以上あるので少し汗ばむほどです。
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朝早くにもかかわらず牛たちは町中を徘徊しています。
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ジャイプールのオートリキシャ―はフレームだけのスケルトンタイプでした。これで雨が降ったら悲惨なことになりそうです。これまで東南アジアや東アジアで数多く乗ってきた乗り物なので、インドで乗れないのは残念なことです。「Mini Metro Battery Operated E Rickshaw」というのが正式名称のようで、その名の通りバッテリーで動くようです。ネットで調べてみたら値段は145,000ルピーとありました。
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「アショック・レイランド (Ashok Leyland) 」のいい面構えの古いバスです。前にエンジンを積んだタイプのバスは魅力があります。インドのアショック・モーターズはイギリスのオースチン・モーターの支援を受けて1949年からマドラス近郊に設立した工場でオースチン車の組立を開始したことに始まります。1950年にはレイランド・モーターズとの間で同社のトラックを輸入、組立、製造する独占的な権利を受けることで合意が成立し、1955年にレイランドが資本参加して社名をアショック・レイランドと変更します。
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イギリスと関係の深かった地中海のマルタ共和国にもイギリス製の古い路線バスが走っていました。2回ほどの旅でその多くのバスの写真を撮りましたが、2011年に廃止されているのでレイランドやベッドフォードの古いバスは見られないようです。
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牛が歩くスピードと自転車のスピードはあまり変わらないようです。顔を覆うほどの涼しさなのに、素手でサンダル履きなのは理解できません。
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太陽を象徴する黄色や橙色はヒンドゥー教において、もっとも神聖視される色の1つで、神聖な色を持つマリーゴールドはインドではストゥーラプシュパと呼ばれます。ストゥーラには「不屈の」「頑強な」といった意味があり、プシュパには「花」という意味があるそうです。そんな花で造られたマーラー(花輪)は15ルピーくらいで売っています。
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ラクダが荷車を牽いているの見掛けました。背中の鞍の構造がよく分かります。1カ月ほど前にモンゴルの博物館で見てきたものと同じ造りです。改めてムガル帝国がモンゴルを意味するペルシア語の「ムグール」が語源だったことを思い出します。そしてこの旅の2か月後にはモロッコでラクダに乗る機会に恵まれました。
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小さな広場では露店の開店準備が始まっています。ポリタンクは牛乳を入れる容器なのでマサラチャイの店でしょうか?
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安心安全で清潔なツアーも気楽で良いのですが、こういった雑踏にひとり身を置いてみたい衝動には駆られます。50歳くらいまではどこにでも行けると思っていましたが、だんだんおっくうになっていく自分の衰えも感じます。
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バスは「チャンドポール門(Chandpol Darwaza)」から旧市街の中に入ります。バスの中ほどに座っているので門自体は写真に撮れませんでしたが、その鉄扉は年季の入った古い物でした。
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門を潜った瞬間から道の左右に広がる建物の色はサーモンピンクに輝いています。ちょうど日が昇ってきた時間帯も町を美しく見えるのに一役買っているようです。
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建物の1階には雨や陽射し除けのテラスが設けられています。そのテラス部には共通意匠の店名を入れるスペースが設けられています。これは現在のショッピングモールなどでも見られるデザイン規制にも通じます。屋上に東屋の乗った建物は後でグーグルレンズで確認してみると「スワミナラヤン寺院」と書かれてあると分かりました。
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ガイドさんによると前日に収穫された新鮮な野菜や果物が早朝から並べられるそうです。市場によってはその日に収穫されたものが夕刻から売られる場合もあるようです。
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インドのカレーパン「カチョリ」の乗ったワンプレートのカレーは15ルピーで食べられるようです。
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人の集まりそうな場所にはオートリキシャ―が集まってきます。
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「イサルラット・サルガソーリ(Isarlat Sargasooli)」はサワイ・イシュワリ・シンがサワイ・マド・シンに勝利したことを記念して建てられました。一般にサルガスリとして知られている塔はその高さから文字通り天国への通路を意味します。
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「トリポリア門(Tripolia Gate)」は唯一白さが際立つ建物でした。シティパレスの入り口として王室の家族のために用意されました。建築家のコロン・ジェイコブは、ムガル帝国やラージプート、ヨーロッパの建築様式をうまく組み合わせました。
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次のロータリーを左折すると「風の宮殿(Hawa Mahal)」が見えてきます。バスのドライバーさんが渋滞の中をゆっくりと走ってくれました。バスの左側に座っていた人だけが写真に撮ることができました。
ハワー マハル (風の宮殿) 城・宮殿
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1799年にこの街を治めていたラージプートの王のサワーイー・プラタープ・シングによって建てられました。「風の宮殿(Hawa Mahal)」はシティ・パレスの一部で、ピンク色をした砂岩を外壁に用いた5階建ての建造物で、953の小窓が通りに面しています。この小窓から宮廷の女性たちが自らの姿を外から見られることなく、街の様子を見たり祭を見て楽しむことができるようになっていました。
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この953の小窓を通して風( ハワー)が循環することにより、暑い季節でも内部は涼しい状態に保たれるような構造となっており、これがこの宮殿の名前の由来ともなっています。出来る事ならばここまで来たのですから内部を見学したかった場所の1つです。
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旧市街の城壁は今も健在で、高さ6メートルの全長10キロほどの壁が古都を囲んでいます。赤砂岩を使用した城壁はピンク色で城壁の門をくぐった先に続く建物も漆喰の壁がすべてサーモンピンク色に塗られています。建物の壁は19世紀後半にジャイプールを訪れた英国王室の王子を歓迎するために彼の好きな色に塗られたと言われています。
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ほとんどバスの幅と同じ程度の門を潜っていきます。インドのバスのドライバーの運転技術は実に見事です。ほとんどの場合アシスタントの男性が1名乗っているようです。
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外壁の修復や塗装の塗り替えの場合は竹で組んだ足場が使われるのがポピュラーなようです。よく見ると中国や香港とは違った、結構雑な組み方だということが分かります。
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牛たちが「Induslnd Bank」の前にお金でもおろしに来たように並んでいます。
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ここでも街路樹の苗は牛たちに食べられないように金網に覆われていました。露店に並んでいる野菜や果物は牛に食べられないのでしょうか?そんな場面には出くわさなかったのですが。
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ほんのわずかなスペースでも商売が出来るのだなと感心します。
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町中を抜けると右手に「マン・サガ―湖(Man Sagar Lake)」が見え、湖上には「ジャル マハル(Jal Mahal)」という赤い砂岩で造られた宮殿が見えますが、反対側なので帰りに写真を撮ることにします。するとインド象が歩いているのが見えました。「アンベール城」で観光客を乗せるための象だと分かります。
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よくカラフルに塗られた象の置物が売られているのを見掛けますが、本当にこのようにペインティングしているのだと知りました。ジャイプールには「エレファントフェスティバル」という祭りがあるので、普段からもペイントしているのかもしれません。
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山道をさらに進むと「パリヨン・カ・バーグ(Pariyon Ka Bagh)」の駐車場があり、ここでバスを降りて、ジープに乗り込みます。5人から6人づつ分乗するので4台のジープが必要です。
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ドライバーのおじさんが「モンキー!」と教えてくれます。たくさんの「ハヌマンラングール」が何かを食べていました。「ラングール」はサンスクリット語で「痩せた猿」を指し、「ハヌマン」の名前の由来はインドの叙事詩ラーマヤーナに登場する「ハヌマーン」からきています。
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一見こわもてですが、気さくなおじさんでした。
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ジープはすぐに「マオサ湖(Maotha Lake)」に沿った道を走り抜けます。まずは稜線に「ジャイガル城(Jaigarh Fort)」とその城壁が見えてきます。
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そして湖に浮かぶような「キーザー・カヤリ・ガーデン(Kesar Kyari Garden)」とその上に「アンベール城(Amber Palace)」が朝日に浮かんでいます。
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ジープ乗り場は万カ所もあるようですが、ジープの車種はどこも同じもののようです。
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湖の先の集落に入ると、ここでも出勤途中の象に出会いました。
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アマー・ロードを左折してサガー・ロードに入り、「アンベール城」に向かいます。
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早朝から集落を歩く牛たちは貰った野菜を食べています。
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集落を抜けて細い道をどんどん登っていきます。既に城塞としての防御の要素も感じます。
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曲がりくねった道を登り詰めたところでジープを降ります。帰りもここから同じジープに乗るようにガイドさんから説明があります。
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かなり高い位置に「ジャイガル城(Jaigarh Fort)」が見えます。1726年にアンベール王国の君主ジャイ・シング2世が自身の名にちなんで建設しました。この砦は構造設計が「アンベール城」に似ており、南北方向に長さは3キロメートル、幅は1キロメートルあります。砦には「ジャイバナ砲」と名付けられた大砲があり、砦の境内で製造された当時の車輪付きの世界最大の大砲でした。「ジャイガル砦」とアンベール城」は地下通路で結ばれており、1つの複合施設と見なされています。
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「ジャイガル城(Jaigarh Fort)」から続く城壁の上は歩けるようになっていて、その先には「見張り台」が見えます。何となく雰囲気は万里の長城のように見えますが、「アンベール城」を中心に城壁が囲われているようにも見えます。
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「ジャイナ教寺院(Shri Digamber Jain Mandir Neminath Sanwla ji)」も城壁の内部に建っています。
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「Badrinath」というヒンドゥー教の聖地の名前をいただくヒンドゥー寺院が山の中腹に見えます。
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城塞の建物には「チャトリ(chatri)」という柱の上に屋根が乗っただけの東屋が乗っています。宮殿やモスクの上に乗っかっているインド建築の特徴的な要素といえます。
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ジープを降りた後は坂道を登り「チャンド・ポール(月門)」から城塞の中に入ります。
アンベール城 城・宮殿
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宮殿は6つの独立した主要なセクションに分かれており、それぞれに独自の入り口と中庭があります。メインの入り口は最初の中庭に通じる「スラジ・ポル(Suraj Pol)」と呼ばれる太陽の門があります。ここは軍隊が戦いから帰還する際に戦利品を携えて戦勝パレードを行う場所であり、格子窓越しに王室の女性たちもその様子を目撃していました。
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この門は宮殿への主要な入り口であったため警備員が備え付けられました。朝日の登東を向いていたためにこの名前が付けられました。王室の騎馬隊や高官はこの門から宮殿に入りました。現在は観光客の乗った象が入って来るのが見えます。
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今までに東南アジアで何度も象には乗っていますが、願わくばここへも象の背に揺られてこの門を潜りたかったです。この中庭「ジャレビ・チョーク(Jalebi Chowk)」はアラビア語で「兵士が集まる場所」という意味です。これはサワイ・ジャイ・シンの治世に建てられた宮殿の4つの中庭のうちの1つです。
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ガイドさんから上のテラスへ登るように促されます。
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「スィン・ポール(獅子門)」へと階段を登ります。最高の門とされるこの門は宮殿の敷地内の私室に通じており、強さを示唆する「獅子門」と名付けられています。サワイ・ジャイ・シングの治世に建てられ、壁面は美しいフレスコ画で覆われています。
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近づくにつれてそのフレスコ画の美しさが視界に入ってきます。それは庇の軒裏まで覆われています。
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木製の扉は修復されずに建築された400年前の状態が良く残されています。
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重厚な扉は何枚もあり、この門が重要な防御のポイントなのだと感じます。
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入ってきた「チャンド・ポール(月門)」の脇には3メートルほどの台があり、そこは象の乗り降り場になっています。記念写真を撮っている観光客が羨ましく思えます。
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するとそこへ猿が歩いてきました。先ほどジープを乗る際に見掛けた「ハヌマンラングール」とは違ったニホンザルに似たような容姿です。
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中庭には「ディーワーネ・アーム(一般謁見の間)」があります。二重の柱で建てられた「謁見の間」は27の列柱廊を備えた基壇の上に建ち、それぞれに象の形をした柱頭が取り付けられています。名前が示すようにラジャ(王)はここに謁見を開き、一般の人々からの請願を聞き入れました。
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「アンベール城」はもともとラジャ・マン・シンによって建てられました。ジャイ・シンによって1600年代初頭に拡張工事が行われ、その後の150年間の間に歴代の統治者によって改良や増築が行われます。1727年にサワイ・ジャイ・シング2世の時代にカチュワ族が首都をジャイプールに移します。
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「謁見の間」の奥側は多分ラジャ(王)が座り、人々と会ったのであろうということが想像されます。
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柱の1本に対して四方に象の意匠が施されています。伸ばした象の鼻先は蓮の花のデザインになっているようです。
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よく見ると建物の内側の柱と外側の柱では材質も違うようで、デザインも微妙に差異があるのが分かります。
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柱の間からは広場の先に建つ美しい宮殿の建物が見えます。ガイドさんの話を聞きながらも、周囲で行われている結婚式の前撮り写真の撮影が気になってしまいます。
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「ガネーシャ・ポール(ガネーシャ門)」の外壁は美しいフレスコ画で覆われ、ニッチの鍾乳石装飾もカラフルに縁どられ、門の上にはガネーシャの姿も見えます。
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ガネーシャは太鼓腹の人間の身体に片方の牙の折れた象の頭をもった神で、4本の腕をもっています。障害を取り去り、財産をもたらすと言われ、事業開始と商業の神や学問の神とされます。マハラシュトラ州を中心にデカン高原一帯で多く信仰されています。州都のムンバイでは8月にガネーシャ・チャトゥルシー(ガネーシャ祭り初日)には、親戚や近所の人が集まってガネーシャ神に向けたプージャ(儀式)を行うとガイドさんに教わりました。
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ガネーシャは破壊の神様として知られるシヴァ神と妻のパールバティ女神の子供です。シヴァ神が留守にしているときにパールバティは門番に泥人形を作り、自分の入浴中には決して侵入者を許さないようにと命令しました。 泥人形が門番をしていると夫であるシヴァ神が帰ってきます。泥人形は「誰も入れてはいけない」と命令されていたのでシヴァ神に対しても侵入を許しません。 シヴァ神は見たこともない門番に止められたことに怒り、泥人形の首をはねてしまいました。 入浴を終えたパールバティは首をはねられた泥人形を見て怒ります。 妻を怒らせてしまって困ったシヴァ神はたまたま次に家の前を通りかかった象の首をはねて泥人形の頭に付けました。 そうして、新しく命を与えられた泥人形は象の頭と人間の体を持つガネーシャ神になりました。
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人生のすべての障害を取り除くヒンドゥー教の神ガネーシャ神にちなんで名付けられた「ガネーシャ・ポール(ガネーシャ門)」はマハラジャの私的な宮殿への入り口です。3層構造の建物はミルザ・ラジャ・ジャイ・シングの命令で建てられました。この門の上にはスハグ・マンディールがあり、王室の女性たちが「ジャリス」と呼ばれる格子状の大理石の窓を通して、ディワーニー・アームで行われる行事を見ていました。
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建物の屋根の上を猿が歩いています。インドの人たちはあまり猿に関心がないようですが、観光客は目で追ってしまいます。そんな放置されたサルですが、2023年のG20 の差異はニューデリー周辺のアカゲザルを追い払うため「モンキーマン」チームを配置されたそうです。その理由はサミットで世界の指導者を迎えるために飾った花を食べてしまうのも理由の1つだったようです。
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猿に気を取られてガイドさんの説明が左に耳から右の耳を抜けてしまいます。
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さらに新婚さんの前撮り写真撮影にも気を取られてしまいます。
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20数年前に中国を旅し始めたころ、上海やその周辺で結婚式の前撮りの写真撮影が見られるようになりました。その後の中国の発展は誰もが知るところです。その後タイでも同じようなことが感じられました。
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これはインドに投資するタイミングかもしれないと感じました。帰国してすぐに証券会社の担当者に来てもらい、TATA財閥系の投資信託を購入してみました。昔のミッソーニのジグザグのようなドレスが素敵です。
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「謁見の間」の並びには美しいテラスがありました。
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まだ太陽が高くまで上がっていないので、日差しがテラスの奥まで届いています。
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テラスからは先ほどジープで通ってきた「マオサ湖(Maotha Lake)」が見えます。
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「キーザー・カヤリ・ガーデン(Kesar Kyari Garden)」は上から見ると空中庭園のように湖に浮かんでいます。以前に旅したロワール渓谷のヴィランドリー城のスクエアな庭園を思い出します。
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城下の斜面には「スラジ・ポル(Suraj Pol)」、太陽の門へ至る通路が設けてあります。
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そこは象の歩く専用道路になっていて、お客を乗せた象がゆっくりと歩いています。ここまで来てこれに乗れないのかと少し悲しい気分になります。
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「アンベール城」には掃除をするおばさんがたくさんいるのですが、気を付けないと声を掛けられます。「写真を撮って。」と言われるのでとってあげると「お金ちょうだい。」というパターンになります。もちろんこちらからお願いしない限り払わないですけど。
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空身の象が登っているということは朝一番のお客が途切れたのでしょう。あとは帰り道のお客を当てにしなければなりません。
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10分ほどの自由時間の後に宮殿の建物の中の見学に移ります。この門の上にはスハグ・マンディールがあり、王室の女性たちが「ジャリス」と呼ばれる格子状の大理石の窓を通して、ディワーニー・アームで行われる行事を見ていました。
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カラフルな花が描かれた鍾乳石のニッチとガネーシャの下から宮殿の中に入ります。
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入り口のホールの天井には美しいフレスコ画があります。
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万年青から眺めると黄土色のラインは、建物の中側から見ると金泥だということが分かります。これはガイドさんに教えてもらわないと分からないことでした。
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入り口ホールから続く長い廊下の壁は白い漆喰が鏡のような仕上げになっています。同じような壁はスリランカのシーギリアロックにも見ることができました。この仕上げはスリランカの建築家ジェフリー・バワもヘリタンス・カンダラマというホテルの通路にも採用しています。
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長い廊下を抜けるとムガル庭園が現れ現れます。ムガル庭園はペルシャの庭園、特にチャールバーグ構造の影響を受けており、人間が自然のすべての要素と完全に調和して共存する地上のユートピアの表現を作成することを意図しています。チャールバーグ構造は四辺形庭園のことで、伝統的に水路で区切られた4つの庭園からなるレイアウトで、コーランに記載されている4つの庭園と4つの楽園の4つの川を表しています。
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見学順路は「スク・ニワス」または「スク・マハル(快楽の殿堂)」に続いていきます。このホールには白檀製の扉があります。壁には大理石の象嵌細工が施されており、美しい壁龕が続いています。小さな水路はこの建物の前を通って流れ、夏の暑い日には周囲を涼しく保ちます。この水路から流れ出る水はチャールバーグの庭に流れ込みます。
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大きな庇とアーチの通路は真夏の日差しや雨を避けるためのものだと感じます。12月下旬であっても日差しはかなり強いです。
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壁面は美しい壁龕が連続しています。まだ朝早い時間なので、廊下の奥まで陽射しが差し込んでいます。
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ヨーロッパの城館ではこの壁龕に高価な中国陶磁器が並べられたりしますが、インドのマハラジャは何かを並べたのでしょうか。
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ガラス窓の中には王妃のための輿が置かれてありました。
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宮殿の中央には水路が見えますが、現在は強化ガラスのカバーが掛けてあります。グラナダのアルハンブラ宮殿の中ににも同じような仕掛けがあったことを思い出します。
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水路は広い廊下を渡り、庭園へと注がれています。
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小さな滝のような段々を流れた水は中庭のコーランに記載されている4つの庭園と4つの楽園の4つの川、地上のユートピアへと流れ込みます。
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白檀に象嵌された扉はかなり傷んでいましたが、そのためにその構造がよく分かりました。保護のためのガラスで覆われていますが、日差しが直接当たっているので劣化は免れないでしょう。
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ここで見た象嵌細工が印象に残り、年明けのモロッコ旅行では象嵌細工の大きな箱が欲しくなってしまいました。
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「スク・ニワス」の内部には入れないので回廊を歩いた後はまた細い廊下の中に入ります。
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歩いてきた回廊を振り返ってみます。朝一番で見学者が少ないのは幸いでした。インドに来て知ったのですが、インド政府は中国の個人旅行者にビザを発給していないそうです。
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庭園を挟んで反対側には「ジャイ・マンディール」と呼ばれる謁見の間が見えます。
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奥の通路は庭園側が「ジャリス」になっているのでかなり明るく感じました。
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先ほど見学してきた「スク・ニワス」の外観です。庭園の噴水を中心にシンメトリーのデザインになっていることが分かります。
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「ジャイ・マンディール」を囲む回廊の内部は宝石のような「ジャス・マンディール」と呼ばれる謁見の間があります。床は那種類もの大理石が貼られています。
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壁と天井は細かく割られたミラーが象嵌され、その周囲を漆喰で埋めています。鏡は凸型のもので、色付きの箔と塗料でデザインされており、建設当時はろうそくの明かりの下で明るく輝いたそうです。「シーシュ・マハル(鏡の宮殿)」とも呼ばれ、鏡のモザイク「ろうそくの明かりに揺らめく宝石箱」でした。「シーシュ・マハル」は16世紀にマン・シン王によって建設が始められて1727年に完成しました。
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壁面にはニッチが設けられ、モザイクミラーで花瓶と花がデザインされています。その周囲も花びらのような形に加工されたミラーで埋め尽くされています。
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床のモップ崖をしていた清掃のお兄さんが声を掛けてきて、写真の撮り方を教えてくれようとしました。先ほどチップをねだられたことがあったので、聞き入れませんでしたが、彼は近くにいた人に撮り方を教えて満足そうに掃除を続けていました。疑って申し訳ない気持ちになりました。
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内部に入れないのは残念な気もしますが、逆に表からの写真が撮りやすいので良しとします。
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掃除のお兄さんのおかげで床はピカピカの輝いています。
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部屋に入れないのでズームレンズでアップして見てみます。
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窓は南面に設けられているので奥の部屋はかなり明るいようです。
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観音開きの扉を開けると湖と「キーザー・カヤリ・ガーデン(Kesar Kyari Garden)」が見えることでしょう。暑い日でも湖面を渡ってきた風は涼しいのかもしれません。
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この謁見の間に通されたらそれだけで圧倒されてしまうと思います。
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この建物の周りだけ観光客がたくさん集まっていました。ちょうど高校生の伽回か見学のタイミングだったようで若い学生に囲まれました。
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「ジャイガル城(Jaigarh Fort)」に見守られているような安心感があります。
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ここで特に目を引くのは鏡の宮殿を囲む柱の根元にある「魔法の花」の彫刻が施された大理石のパネルで2羽の蝶が舞っています。花にはフィッシュテール、ハス、コブラオーキッド、レオノチス、ワスレナグサなど7つのユニークなデザインがあり、それぞれを手で部分的に隠す特別な方法で見ることができます。
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先ほど入り口で写真を撮っていたカップルはここでも写真撮影中でした。
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スロープと階段を登った「ガネーシャ・ポール(ガネーシャ門)」3階の裏側は美しいフレスコ画で覆われていました。
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妻は少しでも日陰に入ろうと必死です。
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古代インドでは寺院に入る厳しい日光を制御するために「ジャリス(jaalis)」と呼ばれるスクリーンを使用して光をフィルタリングして柔らかくし、神聖なイメージに注意を向けました。ジャリスを使用する伝統、ヒンドゥー教やジャイナ教の寺院を含む後のインド建築に存続し、時が経つにつれてジャリスのデザインは進化し、幾何学模様や自然主義的なパターンを取り入れました。
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「スハグ・マンディール」から王室の女性たちは格子状の大理石の窓を通して、「ディワーニー・アーム」で行われる行事を見ていたそうです。
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3階から中庭を見下ろすとチャールバーグ構造の伝統的な水路で区切られた4つの庭園、コーランに記載されている4つの庭園と4つの楽園の4つの川がよく分かります。
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2階建ての見張り台には人の気配はありません。以前行った北京郊外の万里の長城を思い出します。何も考えずに行ってしまった国慶節の八達嶺長城は人で埋め尽くされ、生きている巨大な龍のようにうごめいていました。
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化粧漆喰はかなり剥離しているようですが、美しいドーム天井が残されています。
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美しい宮殿は表向きの姿で、その機能を維持するためには付属する施設がたくさんあったのだと感じます。この通路は最後の出口へ続いています。
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「ジャイガル城(Jaigarh Fort)」の見張り台は美しい「チャトリ(chatri)」がデザインされています。
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4番目の中庭はゼナナ(側室や愛人を含む王室の女性)が住んでいたハレムのような場所です。上の階には女性たちが住んでいた居間がたくさんあり、すべての部屋が共通の廊下に通じているために王がどの王妃を訪ねているのかはわからないように工夫されていたそうです。
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ムガル帝国の宮廷のゼナナは特に王女や高位の人物に関連する女性にとって、非常に贅沢な条件で構成されていたようです。女性用宿舎への立ち入りが極端に制限されていたため、彼女たちの記述に関する信頼できる証言はほとんど残されていないようです。
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ゼナナは妻から妾、未亡人や未婚の姉妹や従姉、さらには扶養家族と見なされたさらに遠い親戚に至るまで、家族の女性メンバーの領域として機能しました。
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第4の中庭の周囲は宮殿の砦の最も古い部分であるマンシン1世の宮殿です。宮殿の建設には25年かかり、ラジャマンシン1世の治世中の1599年に完成しました。
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宮殿の中央の中庭には柱のあるバラダリ・パビリオンがあります。
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ここでも結婚式の写真撮影が行われていました。
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案内板にはヒンディー語でトゥルシー(Tulsi)、英語ではホーリーバジル (holy basil) と呼ばれる植物について書かれてありました。一般にアーユルヴェーダで使われる薬用植物やハーブティの材料として広く知られ、ヒンドゥー教のヴィシュヌ神崇拝のしきたりでは重要な役割を担っています。素焼きの囲いの中に植えられています。
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トイレ掃除のおばちゃんたちです。ツアーの女性が一緒に写真を撮るためにいくらかお金を払っていたので大喜びでした。
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現代のトイレの横には昔のトイレが残されていました。その姿は10月にトルコのエフェソスの遺跡で見たギリシャ時代のトイレと全く同じデザインでした。
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ガイドさんの説明に沿っての見学が終わりました。個人で観ていただ分からなかったことも多いので、こんな時はツアーに参加して良かったと思います。
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出口の脇にはダンシング・シヴァの銅像が置かれてありました。ナタラジャを踊るシヴァはムヤラカという悪魔を踏みつけて右足だけで立ち、4本の腕を広げて優雅に踊ります。特徴的な髪形はコブラの姿に変わります。その中に女神ガンガの姿もあります。シヴァは地上に落下するガンガーを豊かな髪で受け止めヒマラヤ山中に注ぎ、人々に恵みを与えたとされます。この像を見てブリュッセルのサンカントネール博物館の秘宝を思い出しました。
サンカントネール博物館:https://4travel.jp/travelogue/11024445 -
巨大な鉄製の大鍋が通路に置かれてありました。こんな大鍋で料理をしないとならないほどの人々がここで働いていたのだと思います。
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出口へ向かってお土産物屋が軒を連ねていますが、その全てが休みなのか開店前でした。ツアーの場合気に入った工芸品や骨とう品を見ることができないのが難点です。
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アンベール城の見学が終わりました。
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最後に今一度「スィン・ポール(獅子門)」へ至る階段の写真を撮っておきます。
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再び同じジープに乗って駐車場まで移動です。
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おばちゃん歩きすぎて、1人ではジープから降りられなくなりました。
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「パリヨン・カ・バーグ(Pariyon Ka Bagh)」の駐車場まで戻り「マオサ湖(Maotha Lake)」の畔で記念写真です。象に乗れなかった以外大満足のアンベール城の見学でした。
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「マン・サガ―湖(Man Sagar Lake)」がいましくると観光客相手のラクダがいました。漠然と眺めていましたが、1か月後にはサハラ砂漠を月明かりの下でラクダに乗ることができました。
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湖上には「ジャル マハル(Jal Mahal)」がきれいに見えました。バスのドライバーさんが少しゆっくりと走ってくれます。宮殿はもともと1699年頃に建設されました。建物とその周りの湖は18世紀初頭にアンベールのマハラジャ、ジャイ・シン2世によって改装されて拡大されました。
ジャル マハル 城・宮殿
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地元の砂岩で建てられた宮殿は3階建ての建物で、3階は宮殿の東側にあります。東側は宮殿の西側であるこちら側からは見えません。湖が満水になると東側の下層は水中沈んでしまうそうです。テラスフロアには大きな木が植えられた庭園があり、庭園には東西南北に面した4つのティバリがあります。ティバリはベンガル屋根様式の建築で設計され、屋根の上の4つの八角形のチャトリは見えます。
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ジャイプールの町に戻ってくると朝の渋滞の時間に差し掛かっていました。自家用車にオートリキシャ―がクラクションを鳴らして騒がしいです。そんな中に大きなものが動いているのが見えました。
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背中に枯れたトウモロコシの茎を積んだ象でした。観光客を乗せた象ではなくて、運搬で生計を立てている本物の象です。(本物と偽物はあくまで個人的な主観です。)
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渋滞の中なのでバスはなかなか前に進めませんが、意外にも象の進むスピードはかなり速いです。
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すれ違いざまに写真を撮りましたが全体像はファインダーに収まりませんでした。
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それでも耳にペイントしてもらった姿は分かります。よく見るとお客を乗せる木製の台もあるので、観光用でもお金を稼いでいるようです。
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ピンクシティに戻ってきました。
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町中の小さな路地にも美しいサーモンピンクのゲートが設けられています。
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さらに大きなゲートが見えてきました。ゲートを潜る度に町の中心へと入っていくのが分かります。
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通りの真ん中を牛が立ち止まっています。日本だったらこれだけでニュースになるところですが、インドでは誰も気にも留めません。
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市内に戻って、次は「ジャンタル・マンダル」の見学です。
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この旅行記へのコメント (1)
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- ももであさん 2024/03/17 10:36:43
- 天竺先生
- kojikojiさん おはようございます
インドは少し歩いて回るだけで、いろんなことを
教えてくれるようですね
>50歳くらいまではどこにでも行けると思っていましたが、
>だんだんおっくうになっていく自分の衰えも感じます
身につまされる思いがしますが、そうなのでしょう...
さっさとリタイアして、好きな旅を存分に楽しもうか?
などと真剣に悩むお年頃になってきました
インドに行った時に線路で悠々自適に寝っ転がる
おじさまを見て、ますますその思いが募ります
はてさて。
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