2023/09/25 - 2023/09/25
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キートンさん
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アイスランドへの中継地として選んだのはロンドン。
ロンドンを起点のイギリス観光の4日間も今日が最終日。
ブリットレイルパスも期限が昨日までだったので、今日は1日ロンドン観光に専念します。
午前から昼過ぎにかけて、ウェストミンスター寺院、衛兵交替式、テート・ブリテンを見学し、あとの予定はナショナル・ギャラリーを残すのみ。
移動の途中はロケ地巡りを兼ねての街歩きで観光は終了。
ホテルで荷物をピックアップし、夜にヒースロー空港からシンガポールを経由して帰国します。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- 交通
- 3.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 50万円 - 100万円
- 交通手段
- 鉄道 徒歩 飛行機
- 航空会社
- シンガポール航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
テート・ブリテンの最寄り駅のピムリコからビクトリア線でグリーンパークへと向かおうとしたが、何かトラブルがあったのか列車がなかなか出発しなかった上にビクトリア止まりになってしまった。
仕方がないのでディストリクト線に乗り換えてエンバンクメントに移動し、徒歩でホワイトホールという通りに出た。
「007/スペクター」のラストシーンで、ボンド(ダニエル・クレイグ)とマドレーヌ(レア・セドゥ)が乗る車が走り去る通りである。
「007/スペクター」(2015年)
https://www.youtube.com/watch?v=ptcYIlDh4i0 -
ホワイトホールの西側には、通りの王室騎兵隊の司令本部となっているホース・ガーズが建っている。
-
ホース・ガーズをくぐり西側に出ると、広場があり北に旧海軍本部庁舎が建っている。
-
ホース・ガーズの通路から東側に戻る時、人が集まっていた。
このアングルも「007/スペクター」のラストシーンに出てくる。 -
14:00ちょうど、騎兵の交替式が始まった。
-
交替式は10:00から16:00まで1時間毎に行われるようだ。
これを狙って来たわけではないが、偶然見れてラッキーだった。 -
ホワイトホールを北に歩くと、ほどなくトラファルガー広場がある。
トラファルガー広場には噴水のある大きな泉が二つある。
「小さな恋のメロディ」では、ダニエル(マーク・レスター)とトム(ジャック・ワイルド)が、この泉の水をかけ合うシーンがある。 -
トラファルガー広場には、高さ55mのネルソン記念柱が立っている。
ここは「小さな恋のメロディ」のほかに、「007 スカイフォール」や「狼男アメリカン」などのロケ地になった。 -
イチオシ
トラファルガー広場の北側にナショナル・ギャラリーがある。
現在の建物は3代目で、1832年から1838年にかけて建築家ウィリアム・ウィルキンスがデザインしたもので、その後少しずつ拡張された。
現在ではトラファルガー広場に面するファサードだけが唯一当時の面影を残している。 -
エントランス付近の、バッカスとアポロのモザイク。
ナショナル・ギャラリーは入場無料。
2ポンドの館内マップを購入。 -
「大使たち」(1533年) ハンス・ホルバイン
ハンス・ホルバインはドイツのアウクスブルク出身、肖像画や木版画でも才能を発揮した画家である。
この作品は、イングランド王であるヘンリー8世の命令で描かれたもので、左側に立っているのが領主、右側立っているのが司教である。 -
この作品は、アナモルフォーシスという画法が用いられていることでも知られている。
床に転がっている細長い物体は、右斜め上から見るとドクロに見える。
そのほか、左上隅のカーテンの隙間に磔刑のキリストが隠れている。
一見、若さと富の象徴を描いているが、一方で死を暗示させているような作品になっている。 -
「愛の勝利の寓意」(1545年) アーニョロ・ブロンズィーノ
アーニョロ・ブロンズィーノは、イタリアのフィレンツェの画家で、メディチ家のフィレンツェ公コジモ1世の宮廷画家として活躍した。
この作品は、イタリアのメディチ家からフランス王フランソワ1世に贈られた。
中央はヴィーナス、左がキューピッドで左下のハトとともに愛を表しているといわれる。
頭を抱えている男は嫉妬、右上の筋肉質の男は時、男児は快楽、その後ろの少女は欺瞞をそれぞれ擬人化しているという。
特に少女の顔と手の位置関係が不自然で、緑の服から出た下半身が不気味である。 -
「ヴァージナルの前に立つ女」(1670年~1672年) ヨハネス・フェルメール
ヨハネス・フェルメールは、オランダのバロック期を代表する画家の1人である。
ヴァージナルとは、ピアノの前身であるチェンバロの一種である。
ヴァージナルと後ろの壁のキューピットの絵は、音楽と性愛の関係性を表しているとされている。 -
「ヴァージナルの前に座る女」(1670年~1672年) ヨハネス・フェルメール
「ヴァージナルの前に立つ女」と対であるといわれる作品。
壁には、娼婦を描いたディルク・ファン・バビューレンの「取り持ち女」が掛けられている。
どのような意図で背景に描かれているのかは分かっていないが、おそらく音楽と性愛との一般的な関係性を意味しているのではないかと考えられている。 -
「デルフトの家の中庭」(1658年) ピーテル・デ・ホーホ
ピーテル・デ・ホーホは17世紀のオランダの画家で、フェルメールの作品にも影響を与えているともいわれる。
デ・ホーホの中期に典型的な市民階級の女性たちの家庭生活を穏やかな色調で描いている。
画面を左右の二つに分け、左側に建物と建物から外を眺める女性の後ろ姿、右側に子供の手を引いて外に出ようとしている女性の姿と、左右の女性が対照的に描かれている -
「宿屋の外で九柱戯をする人々」(1660年~1663年) ヤン・ステーン
ヤン・ステーンはオランダのライデン出身の画家で、農民を描いた風俗画で知られる。
九柱戯とは9本のピンに木製の球を投げ倒れたピンの数によって得点を競う、ボーリングに似た球技である。
田舎の宿屋における穏やかな一場面を描いた作品である。 -
「シュザンヌ・フールマンの肖像」(1622年~1625年) ピーテル・パウル・ルーベンス
ピーテル・パウル・ルーベンスは、フランドル(現在のベルギー周辺)のバロック期を代表する画家である。祭壇画、肖像画、風景画、神話画や寓意画も含む歴史画など、様々なジャンルの絵画作品を残した。
この作品はアントウェルペンの商人ダニエル・フールマンの娘シュザンヌを描いた肖像画であり、ルーベンスが描いた女性の肖像画の中でも特に有名な作品の1つである。 -
「サムソンとデリラ」(1609年~1610年) ピーテル・パウル・ルーベンス
この作品は、旧約聖書や士師記で語られている怪力のサムソンとデリラの物語を題材として、アントウェルペンの市長のために制作された。
この作品がフランドルおよびオランダ絵画に与えた影響は大きく、ヘラルト・ファン・ホントホルスト、アンソニー・ヴァン・ダイク、フランス・フランケン2世、ピーテル・サウトマン、レンブラント・ファン・レインなど、多くの画家が本作品に触発されて同様の場面を描いているという。 -
「34歳の自画像」(1640年) レンブラント・ファン・レイン
レンブラント・ファン・レインは、オランダのバロック絵画を代表する画家の1人である。
大画面に光と影の明暗を明確にする技法を得意とした。
約80点にもおよぶレンブラントの自画像の中で最も有名なものの1つである。 -
イチオシ
「アルノルフィーニ夫妻像」(1434年) ヤン・ファン・エイク
ヤン・ファン・エイクはブルージュで活躍した、初期フランドル派の宮廷画家である。
油絵の技法はヤン・ファン・エイクによって確立されたといわれる。
この作品は精緻な油絵の先駆けとして、西欧美術史で極めて重要視されている作品であるという。 -
背景の壁面中央には「ヤン・ファン・エイクここにありき」と書かれている。
その下の丸い凸面鏡には、アルノルフィーニ夫妻の後ろ姿の間にヤン・ファン・エイクの自画像と思われる人物が小さく映りこんでいる。
さらに、鏡の周りを囲む10個の円形に、キリストの受難が描かれている。 -
「バッカスとアリアドネ」(1520年~1523年) ティツィアーノ・ヴェチェッリオ
ティツィアーノ・ヴェチェッリオは、盛期ルネサンスのイタリア人で、ヴェネツィア派で最も重要な画家の一人である。
この作品はギリシア神話の酒神ディオニュソス(バッカス)とアリアドネを描いた神話画で、ティツィアーノがフェラーラ公爵アルフォンソ・デステのために制作した3つのバッカス祭連作の第2作目にあたる。
バッカスがクレタ島の王女アドリアネに一目惚れし、彼女に向かい戦車から飛び降りる場面を、躍動感豊かに描いている。 -
「レオナルド・ロレダンの肖像」(1501年) ジョヴァンニ・ベッリーニ
ジョヴァンニ・ベッリーニは、イタリアルネサンス期ヴェネツィア派の第一世代を代表する画家である。
レオナルド・ロレダンがヴェネツィア総督に就任した記念に制作されたといわれる。
身に着けている儀式用衣服の質感までリアルに描写されている。 -
イチオシ
「絵画が架けられた部屋にいるコグノセンティ」(1620年頃) 知られざるフランドルの画家
特に有名な作品ではなく、作者も不明なのに多くの人が注目していた作品。
個人のコレクションなのか品評会なのか、ギャラリーにたくさんの絵画、彫刻などが並ぶ部屋を描いている。
1辺1m前後(50号~60号くらい)のそれほど大きくないサイズの中に、絵画だけでも40点以上が描かれている。 -
左下部(上)と右下部(下)の細部。
細部をじっくり見ても、ディテールまで手抜きなし。
作者は一人ではない可能性もあるらしい。
例えば、絵画の部分、人物、背景など、パートによって担当の画家が違うということも考えられる。
作品としての価値はわからないが、少なくとも記憶に残る作品である。 -
「聖アンナと聖母子と幼児聖ヨハネ」(1499年~1500年) レオナルド・ダ・ヴィンチ
レオナルド・ダ・ヴィンチは、フィレンツェ共和国(現在のイタリア)のルネサンス期を代表する芸術家。
史上最高の画家の1人と評されるとともに、人類史上で最も多才との呼び声も高い人物である。
これは紙に木炭とチョークで描いたドローイングで、絵画作品の原寸大下絵として制作されたと考えられているが、このドローイングを直接の下絵としたダ・ヴィンチの作品は存在していないという。 -
「岩窟の聖母」(1495年~1508年) レオナルド・ダ・ヴィンチ
「岩窟の聖母」は、ほぼ同じ構図、構成で描かれた2点の作品があり、最初に描かれたといわれるヴァージョンはパリのルーヴル美術館に所蔵されている。
聖母マリアと幼児キリスト、そして幼い洗礼者ヨハネと天使が岩窟を背景として描かれている。
こちらの作品の特徴として、背景や衣装が青っぽい色使いになっていることがあげられる。 -
「アレクサンドリアの聖カタリナ」(1507年) ラファエロ・サンティ
ラファエロ・サンティは、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロとともに、盛期ルネサンスの三大巨匠といわれているイタリアの画家である。
アレクサンドリアの聖カタリナは、4世紀の殉教した聖人として名高い王女である。
聖カタリナの姿勢は、ダ・ヴィンチやミケランジェロ・ブオナローティの影響を受けているものの、自らのものとして昇華しているという。 -
「男の肖像」(1475年~1476年) アントネロ・ダ・メッシーナ
アントネロ・ダ・メッシーナは、ヴェネツィア派の初期のイタリアの画家で、肖像画や宗教主題を取り扱った絵画を得意とした。
この作品は、当時の中上流階級の衣服を身に着けた、特定されていない男性を描いている。
この肖像は、1979年から1983年に発行されたイタリアの5,000リラ紙幣に印刷されていた。 -
「エマオの晩餐」(1606年) ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ
ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョはバロック期のイタリア人画家で、一般には単にカラヴァッジョと呼ばれる。
一般にミケランジェロといえば、ミケランジェロ・ブオナローティの方を指す。
エルサレムの近くにあるエマオに復活したイエスがあらわれた場面を描いたこの作品は、カラヴァッジョの特徴である陰によって主体を浮かび上がらせる手法が使われている。 -
ナショナル・ギャラリーの一室の様子。
ナショナル・ギャラリーは、保険ブローカーで美術後援家であるジョン・ジュリアス・アンガースタインのわずか38点のコレクションを基に、1824年開館した。
現在、13世紀半ばから20世紀初頭までの2,300点以上の絵画を収蔵している。 -
「雨、蒸気、速度―グレート・ウェスタン鉄道」(1844年) ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー
J.M.W.ターナーはロンドン出身、18世紀末から19世紀前半にかけて活躍した、イギリスを代表するロマン主義の画家である。
この作品は、当時世界で最大の鉄道として名をとどろかせていたグレート・ウェスタン鉄道の黒色の蒸気機関車が、霧の中テームズ川に架かる鉄道橋を猛スピードで疾走してくる様子を、極端な遠近法で描いている。 -
「戦艦テメレール号」(1839年) ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー
この作品は、トラファルガーの戦いで活躍した最後の2等戦列艦であるテメレール号が、退役後の1838年にスクラップとして解体されるためにテムズ川をタグボートで曳航される様子を描いている。
「007 スカイフォール」で、ジェームズ・ボンド(ダニエル・クレイグ)が兵器開発課長のQ(ベン・ウィショー)から装備を受け取るのが、この作品の前の椅子である。
「007 スカイフォール」2012年
https://www.youtube.com/watch?v=LcgG_E9gQJM -
「空気ポンプの実験」(1768年) ジョセフ・ライト
ジョセフ・ライトはイギリスの画家で、科学と産業の姿を絵画に留めたことで知られる。
光と闇の対比を強調するキアロスクーロ(明暗法)に優れ、ロウソクで題材を照らした絵が有名である。
机の上の装置の上部には鳥の入ったガラス瓶、実験者である赤い服の男が空気ポンプのスイッチを入れると、瓶の中の空気が外に吸い出され、真空状態となるため鳥が窒息死するという、はなはだ残酷な実験である。
上記の「007 スカイフォール」のシーンで、ボンドとQの背後に、トマス・ゲインズバラの「朝の散歩」(右)とともに左側に映っている。 -
「睡蓮の池」(1899年) クロード・モネ
クロード・モネは、パリ出身の印象派を代表するフランスの画家である。
代表作「印象・日の出」(1872年)は印象派の名前の由来になった。
モネがジヴェルニーの自邸に造った「水の庭」の池とそこに生育する睡蓮をモチーフに描いた「睡蓮」は、晩年までの30年間で制作された連作である。
モネは浮世絵から刺激を受け、太鼓橋や柳や水面に咲く睡蓮などを描いた。 -
「睡蓮、その後」(1916年) クロード・モネ
途中に中断をはさんだ「睡蓮」の連作は、1914年から再開し、大画面の作品を70点も制作した。
さらに連作の集大成として、22枚のパネルで構成される8点の作品「大装飾画」を制作、すべてつなげると91mという長さになるという。 -
「サン・ラザール駅」(1877年) クロード・モネ
モネは1877年にパリのサン=ラザール駅とその周辺をテーマに描いた一連の作品を制作した。
この年の1月に絵を描くための部屋を借り、駅の構内やその周辺で絵を描く許可を得て、4月まで同駅の連作の製作に取り組み、12作品が確認されている。
この作品では、ノルマンディー線のプラットホームが描かれている。 -
「ウェストミンスターの下のテムズ川」(1871年) クロード・モネ
モネは1870年に普仏戦争の兵役を避けるため、パリからロンドンへ渡った。
1年足らずのロンドン滞在中に、イギリス風景画の第一人者ターナーやコンスタブルの作品を研究したが、室内画のほかテムズ川、グリーン・パーク、ハイド・パークを描いた数点しか制作していないという。
この作品では、テムズ川の光景と遠くにかすむウェストミンスター橋のアーチ、ウェストミンスター宮殿などが描かれている。
写実的な描写から脱却し、自然の光の変化や色彩の効果を独自のスタイルで描き出している。 -
「ゴッホの椅子」(1888年) ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ
ヴィンセント・ヴァン・ゴッホはオランダ出身のポスト印象派の画家で、主要作品の多くは1886年以降のフランス居住時代に制作された 。
感情の率直な表現、大胆な色使いで知られ、ポスト印象派を代表する画家で、20世紀の美術にも大きな影響を与えた。
この作品は、アルルでゴッホが住んだ黄色い家の部屋に置かれた椅子を描いたもので、椅子の上に置かれたパイプはゴッホの愛用のものといわれる。 -
「ひまわり」(1888年) ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ
ゴッホはパリ時代に油彩5点、素描を含め9点のひまわりの絵を描いているが、最も有名なのはアルル時代の作品である。
花瓶のひまわりは7点が制作されたことが確認されていて、そのうち6点が現存している。
ゴッホにとってのヒマワリは、明るい南仏の太陽、ひいてはユートピアの象徴であったと言われている。
アルル滞在時に盛んに描いたひまわりを、精神病院での療養が始まってからは描いていないこともその根拠とされる。 -
「糸杉のある麦畑」(1889年) ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ
プロヴァンス地方特有の強風ミストラルから農作物を守るために、糸杉がよく植えられていた。
サン・レミ時代に糸杉が重要なモチーフとして登場し、この作品は入院直後の1889年6月に描かれた。
西欧では糸杉は死と結びつけて考えられているという。
アルル時代には生命の花であるひまわりに向けられていたゴッホの眼が、サン・レミ時代には暗い死の深淵に向けられるようになったことを物語るともいわれる。 -
「アニエールの水浴」(1884年) ジョルジュ・スーラ
ジョルジュ・スーラは、新印象派に分類される19世紀のフランスの画家である。
印象派の画家たちの用いた筆触分割の技法をさらに押し進め、点描という技法を確立した。
この作品は、夏のある日の午後の光景が描かれていて、右上にはセーヌ川の中州にあるグランド・ジャット島が見られる。
その年のサロンに出品したが落選したものの、同年春に催された第1回アンデパンダン展に出品したところ、大いに注目されたという。 -
「劇場にて」(1876年~1877年) ピエール・オーギュスト・ルノワール
ピエール・オーギュスト・ルノワールはフランスの印象派の画家で、後期から作風に変化が現れ始めたため、ポスト印象派の画家の1人として挙げられることもある。
これは印象派としてのルノワール全盛期に描かれた作品で、ルノワールらしい優しい人物描写となっている。
ルノワールの代表作「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会」と同時期の作品である。 -
「レディ・ジェーン・グレイの処刑」(1833年) ポール・ドラローシュ
ポール・ドラローシュは、パリ出身のフランスの画家である。
1833年に完成したこの作品は翌年、パリのサロンに出品されて大きな人気を獲得し、ドラローシュの出世作となった。
ジェーン・グレイは、1553年7月10日にイングランド史上初の女王となるも、わずか9日後にメアリー1世によって廃位させられ、その7か月後、16歳4か月の若さで処刑されたことで知られる。
地下牢のような場所が描かれているが、史実によるとジェーンはロンドン塔の屋外にある、タワー・グリーンと呼ばれる広場で処刑された。 -
「ベネチア:昇天祭の日のサン・マルコの港」(1740年頃) カナレット
カナレットは、ベネチア共和国の景観画家、版画家である。
本名はジョヴァンニ・アントーニオ・カナールで、父親であるベルナルド・カナールも画家であったことから区別するためにカナレットと呼ばれるようになった。
生地ベネチアをパノラマ風に描き、光や大気の効果を巧みに表現し、写真のような絵を数多く残した。
この作品では、ブチントーロと呼ばれる船から総督が海に指輪を投げ入れる祭りの様子が描かれている。
右にドゥカーレ宮殿やサン・マルコ大聖堂の鐘楼、左にサン・サルーテ聖堂、数多くの船など、非常に緻密に描かれている。 -
屋根がドーム状の部屋から見た建物の装飾。
最奥の部屋にジョージ・スタッブス「ホイッスルジャケット」という馬の絵が見える。 -
イチオシ
約1時間40分ほどでナショナル・ギャラリーの鑑賞を終えて、16:00頃トラファルガー広場に出てきた。
ここからピカデリー・サーカスの方へ向かう。 -
ピカデリー・サーカスの少し西にある通り。
「ミッションインポッシブル/ローグネイション」でイーサン・ハント(トム・クルーズ)が任務を聞くために入ったレコード店となったのが、左側の建物である。
「ミッションインポッシブル/ローグネイション」(2015年)
https://www.youtube.com/watch?v=CtoBGvU4JHY&list=PLdM370bC4nsQgne2R0CKtcii7dlIf5T3S&index=3 -
ピカデリー・サーカスの少し北に行ったところは、同じく「ミッションインポッシブル/ローグネイション」で、拘束されたイーサン(トム・クルーズ)が謎の女イルサ(レベッカ・ファーガソン)の協力で脱出に成功した後、ブラント(ジェレミー・レナー)に連絡を取った電話ボックスがあった場所である。
その電話ボックスは現地にあるものではなく、セットだったと思われる。
「ミッションインポッシブル/ローグネイション」(2015年)
https://www.youtube.com/watch?v=NWklmAHIeXk&list=PLdM370bC4nsQgne2R0CKtcii7dlIf5T3S&index=4 -
湾曲した電光掲示板が印象的なピカデリー・サーカス。
今は広告の動画が映されているが、40年ほど昔は単なる電光の看板のような広告だった。
そのころは、コカ・コーラやフィリップスとともに、富士フィルム、サンヨー、キャノンといった日本の企業の広告が電光掲示板に映し出されていた。
「狼男アメリカン」では、そんな時代のピカデリー・サーカスが惨劇の舞台となった。
「狼男アメリカン」(1981年)
https://www.youtube.com/watch?v=WjlGsCIqFH4 -
全ての観光を終えて、イビス・ロンドン・アールズコートに戻って預けていた荷物をピックアップ。
アンダーグランドのピカデリー線でヒースロー空港に移動し、自販機でオイスターカードを清算した。
結局チャージも含めて77ポンドを支払い、清算で8.8ポンドの返金があったので、68.2ポンド(約12,750円)かかったことになる。
空港まで2往復を含めたロンドン市内の6日間の交通費として、やはり結構高いなという印象だった。イビス ロンドン アールズ コート ホテル ホテル
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ヒースロー空港第2ターミナルでは、プライオリティパスで2時間利用できるプラザ・プレミアム・ラウンジで夕食を摂る。
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19:30頃のプラザ・プレミアム・ラウンジは結構混雑していて、一人利用でも席を見つけるのに少々苦労した。
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本日の夕食。
物価の高いロンドンで、無料で食事できるのだから、プライオリティパスの利用価値は高かった。
結局イギリスで外食したのはエジンバラのOinkぐらいで、あとは宿泊に付いている朝食、日本から持参したものとスーパーなどで購入した食品で済ませた。
おかげで、アイスランドとイギリスの13日間の飲食費のトータルは約15,000円に抑えるという、超節約旅となった。 -
ロンドン・ヒースロー空港20:50発のSQ319便で、シンガポール・チャンギ国際空港に翌9月26日17:00頃に到着。
約8時間30分の乗り継ぎ時間があるので、無料で参加できるシティ・サイト・ツアーを申し込むつもりだったが、さすがに人気のようですでに満席だった。 -
MRTなどを利用して自力で観光も可能だが、風邪気味で入出国するのも面倒だと思ったので、空港内でひまをつぶすことにした。
往路の時と同じアンバサダー・トランジット・ラウンジで過ごす。
プライオリティパスでこのラウンジを利用できるのは3時間以内である。 -
本日の夕食。
空港内で8時間以上過ごすのは退屈過ぎるかとも思ったが、店舗が多かったのでウインドショッピングなどしてるうちに時間は過ぎた。
翌27日の1:25発SQ618便で関西空港へと向かう。
シンガポール航空の機内で見れる映画などは結構多かったが、なぜだか見たいものが少なかった。
あまり予備知識のないまま見た映画がいくつかあったが、往路で見た中で「月の満ち欠け」は心の琴線に触れた。
復路でもう一度見ようと思っていたが、この12日の間にリストから消えていた。 -
関西空港にほぼ定刻の9:00前に到着。
着陸後、左耳の調子がおかしくなったので、その後3週間ほど風邪と航空性中耳炎で耳鼻科に通院することになった。 -
ロンドンでオイスターカードの返金でポンドの現金があったので、5ポンド札を円に両替した。
結局、オイスターカードのお釣り以外は、アイスランドとイギリスでの支払いは全てクレジットカードで済ませた。
飲食費は相当節約したものの、ただでさえ物価の高い2カ国へ超円安の時期に行ったことで、旅費総額は過去最高の約58万円になってしまった。
それでも、通常の観光に加えてオーロラを見れたことで価値のある旅になったと思えた。
出発直前の天気予報があまりにも悪すぎて、悲観的な旅立ちだったが、終わってみればそこそこ満足できる旅だった。
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