2022/11/06 - 2022/11/06
420位(同エリア875件中)
kojikojiさん
- kojikojiさんTOP
- 旅行記1481冊
- クチコミ1138件
- Q&A回答73件
- 2,677,372アクセス
- フォロワー151人
この旅行記スケジュールを元に
全国旅行支援の旅の第2弾は8月上旬に申し込んだクラブツーリズム社の「民話のふるさと 遠野とイーハトーブの街 花巻5日間」というツアーでした。先行しての申込みでしたが支援が適用され、4泊分32,000円の返金とクーポンが12,000円と遠野市のクーポンが2,000円あったので実質53,000円で済みました。目的地である「遠野」と「花巻」には思い入れもあり、いつかはじっくり旅してみたいと考えていたところでした。高校生の頃に読んだ柳田国男の「遠野物語」の世界を体感したいと長年思い続けていました。また、花巻に生まれた宮沢賢治の童話は子供の頃に読んで心に深く残っていた物語です。小学5年生の誕生日に父に買ってもらった「銀河鉄道の夜」は50年の月日を経て、今年の夏に11歳の姪にプレゼントしました。親族の中でも唯一「注文の多い料理店」のディティールや「エルマーのぼうけん」のエルマーのリュックサックの中身について語り合える友人でもあります。この旅の前には盛岡のつなぎ温泉のツアーにも行き、盛岡における宮沢賢治についても妻と勉強してありました。その旅の帰りに買った”男の隠れ家”という雑誌の「水木しげる遠野物語の世界」は秀逸で、遠野物語だけではなく宮沢賢治についても網羅してあるので、今回のツアーの立ち寄り先の予習も出来ました。「遠野物語」については手持ちの古い本を読み返す元気も無く、口語訳を改めて買うのもはばかられ、こちらも「水木しげるの遠野物語」を買っていました。出発の数日前に添乗員さんから電話をいただき、ツアーが24名と知りました。このツアーは1名参加の追加料金の設定も無いので、1人参加の宮沢賢治や柳田国男に傾倒した詳しい方が多いのかと思っていましたが、年齢の割には何となく参加している方が多いようでした。当日は東京駅に午前7時10分に集合という早いものでした。そのお陰でお昼を食べる平泉で時間調整が必要になり、予定には無い「中尊寺」の参拝をすることが出来ました。さらに紅葉がベストタイミングで、山々が燃えるように赤く染まっていました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 観光バス タクシー 新幹線 JRローカル 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- クラブツーリズム
PR
-
日曜日の出発のツアーを申し込んだのは東京駅までの移動で通勤ラッシュに巻き込まれるのが嫌だったからです。4泊5日のツアーでしたが、平日の4泊になるので全国旅行支援が8,000円×4日で32,000円の返金があります。これが2名分とそれ以外にクーポンがあるのですから、実質半額に近い割引でした。
東京駅 駅
-
東京駅を午前7時44分発の「やまびこ205号」で仙台に向かいます。ツアーの24名は夫婦2人連れが4組で、それ以外は1名で参加された方でした。車内で同席に並んだ途端におばさんたちは騒がしくなって先が思いやられます。
-
座席はABC3列のABシートだったので大宮駅を出てしばらくすると筑波山が見えました。東京駅の日本橋口のコンビニで買ったサンドイッチを食べた後はDEの2人掛けが空いていたのでそちらに移りました。
-
筑波山を過ぎてしまうと、天気が良ければ車窓の左側の方が景色も良いです。日光を過ぎて女峰山から赤薙山が見えました。女峰山(にょほうさん)は日光市の北側、男体山の北東にある標高2,483メートルの日光三山の1つでもあります。
-
赤薙山の名前の由来は山の南斜面にある”薙”に由来するもののようで、薙ぎは崩壊地形を指す言葉で、日光市に多い地名でもあるようです。
-
高原山は宇都宮から那須塩原に至る間ずっと見えていますが、その姿を変えていくのが面白いです。
-
釈迦ケ岳と連なるミツモチ山辺りもきれいに紅葉しているのが分かります。1週間前に那須から日光を旅した友人が送ってくれた写真にも美しい紅葉が写っていました。
-
中央に飛び出たのが茶臼岳で、その右が朝日岳のようです。茶臼岳は那須岳の別称またはその主峰にあたります。山腹には九尾の狐と殺生石の伝説など、山岳信仰に因む逸話が数多く残されているところです。
-
まだ那須連峰の山々には積雪は見られないようです。
-
さらに列車が進むと安達太良山が見えてきました。この山の名前を聞く子供の頃に父に教えてもらった高村光太郎の「智恵子抄」を思い出します。
「あどけない話」
智恵子は東京に空が無いといふ、
ほんとの空が見たいといふ。
私は驚いて空を見る。
桜若葉の間に在るのは、
切つても切れない
むかしなじみのきれいな空だ。
どんよりけむる地平のぼかしは
うすもも色の朝のしめりだ。
智恵子は遠くを見ながら言ふ。
阿多多羅山の山の上に
毎日出てゐる青い空が
智恵子のほんとの空だといふ。
あどけない空の話である。 -
北海道で生まれ育った姪の1人に智恵子という名前の子がいるのですが、小学1年生の夏休みに東京へ1人で遊びに来ました。2人で都内のプールに行ったのですが、北海道のプールは屋内が多いらしく、「おじちゃん、プールに屋根がない」と叫びました。
”智恵子は東京のプールに屋根が無いといふ。私は驚いて空を見る。” -
吾妻小富士と一切経山を眺めていても高村光太郎の詩が頭を離れなく、「噴霧的な夢」の一節にある”ヴエズヴイオの噴火口”に見えてしまいます。
-
吾妻小富士(あづまこふじ)は標高1,707メートルの活火山で、すり鉢状の大きな火口があります。麓の福島市側から見るとあたかも小型の富士山のように見えることからこの名が付いています。
-
高村光太郎は「松庵寺」という詩で亡くなった智恵子のための法要について
奥州花巻といふひなびた町の
浄土宗の古刹松庵寺で
秋の村雨ふりしきるあなたの命日に
まことにささやかな法事をしました
と詠んでいます。 -
高村光太郎の駒込林町のアトリエを宮澤賢治が訪れたのは大正15年の1926年12月のことでした。2人を出合せた草野心平が前年に刊行された賢治の詩集「春と修羅」を紹介し、光太郎はその詩的世界を激賞しました。また、光太郎は詩人の黄瀛(こうえい)から同じ年に刊行された童話集「注文の多い料理店」を借り、その素晴らしさを広めるために水野葉舟に又貸しするなどしています。
-
この旅の4日目に行った「羅須地人協会」跡地に建つ「雨ニモマケズ」の詩碑の揮毫は高村光太郎のものでした。
-
宮沢賢治を訪ねる旅のスタートとしてはこの風景を見ることが出来てよかったように思えました。
-
仙台駅には午前10時5分の定刻に到着しました。ルートを考えると新花巻駅まで行った方が良いのですが、この辺りは大人の事情もあるのだと思います。
-
往復共に仙台駅発着だったのは観光バスを1日チャーターするのと新幹線の料金を鑑みて単純に安いということなのだろうと思います。このまま新花巻駅まで行っても、周囲の観光をしてしまうと5日間の旅程が成り立たなくなりそうです。
-
仙台駅の観光バスの乗り場は春の三陸の旅で利用しているのでルートは分かっています。その旅で一緒だった妻の友人とは天橋立と伊根の旅を考えているのですがタイミングが合わないまま年を越しそうです。
-
仙台駅東口です。元々栄えていた西口とは違った新しい建物が多いです。エスカレーターを降りたところにバス乗り場があります。
仙台駅 (JR) 駅
-
今回5日間お世話になる東日本交通のバスです。盛岡をこの日の早朝に出て仙台まで来たそうです。ツアーの3日目が完全フリーなので、2日目の夜に盛岡に帰って4日目の朝に遠野まで来て、5日目に仙台まで我々を送った後に盛岡に帰るわけです。
-
仙台駅を出発して仙台宮城インターから東北自動車道を北上しました。お昼休憩は平泉と聞いていましたが、花巻駅から遠野駅まで乗る釜石線の時間を考えると時間調整が必要だと思っていました。その時間調整は平泉での昼食時間で、約2時間のフリータイムになりました。
-
以前ここへ来たことのある妻は「往復したら2時間ではお昼食べられないし、登り下りが大変。」と言っていましたが、金色堂下にある奥の駐車場までバスで送ってもらえました。この辺りから紅葉が一番良いタイミングだと思えました。
-
杉木立の参道を抜けて金色堂に向かいます。5年ほど前に母に平泉を含んだ東北のツアーを誘ったことがありました。その時は「今の覆堂が出来る前に参拝しているから行きたくない。」と言われたことがありました。無粋なコンクリートの覆堂を見たくなかったのですが、ちょっと残念なことでもありました。覆堂は昭和40年の1965年に完成しているのですが、それ以前に入った話は聞いたことありませんでした。
-
杉木立ちを抜けると周囲は真っ赤に染まったモミジに囲まれます。今までいろいろなところで紅葉狩りしましたが、そのどこよりも美しい状態だと思えました。
-
薄曇りで少ししっとりした空気が感じられたのも良かったと思います。さすがにチケット売り場の辺りは人が多く感じられました。
-
元々予定に無かった観光なので参観券は自己負担で購入します。棚から牡丹餅の観光なので800円も惜しくありません。最初に讃衡蔵(さんこうぞう)という宝物館から見学を始めます。もと本坊本尊の木造阿弥陀如来坐像、峰の薬師堂にあった木造薬師如来坐像、閼伽堂にあった木造薬師如来坐像の3体の巨像に圧倒されます。さらに奥に並ぶ奥州藤原氏由来の宝物は文化の高さを感じました。
-
紺紙著色金光明最勝王経金字宝塔曼荼羅図が一番印象に残った気がしました。経典の文字で書かれた宝塔は凄すぎました。宝物館を見学した後は売店で絵葉書を買って、この後の道中が長いのでトイレにも寄っておきます。
-
あまりに見事な紅葉なのでしばらく見入ってしまいました。
-
妻は親友と一度来ているので2回目です。
-
初めて見る金色堂ですが、テレビなどで見掛けるアングルなので初めて来た気がしません。
-
文治5年の1189年に奥州藤原氏は滅亡しますが、中尊寺は「鳥羽法皇御願」の寺とされ、源頼朝の庇護を得て存続しました。頼朝が藤原基衡の時の通り伽藍等を興隆するよう沙汰を残していたにも関わらず荒廃していると、中尊寺の僧侶から幕府に申し出があり、大江広元が奉行となり元のように年貢を送るよう寺領の地頭に命令を下されます。今年の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」が面白くて見ている最中なので、このタイミングで中尊寺に来ることが出来てよかったです。
-
金色堂は天治元年の1124年に建立したもので、平等院鳳凰堂と共に平安時代の浄土教建築の代表例であり、当時の技術を集めたものとして国宝に指定されています。薄暗い覆堂の中で目を凝らすと堂内に立つ4本の巻柱(まきばしら)の蒔絵と螺鈿で宝相華文(ほうそうげもん)と仏像の姿が浮かんできます。さらに「中央壇」「左壇」「右壇」の3つの須弥壇に藤原清衡、基衡、秀衡の御神体化した遺体が納められていたと思うと感慨深いものがあります。
-
中学校の歴史の時間に学んだ奥州藤原氏の滅亡の話しも心に残りましたが、それとは別に同じ頃に買い求めて持っていた日本庭園の本に載っていた毛越寺の庭園に心ひかれていました。
-
ここまで来る道中にも道路標識に「毛越寺」の文字を見つけると見に行きたくなります。距離も離れているので諦めるしかないのですが、中尊寺を参拝していても気になっています。
-
源義経が平泉に自害し、奥州藤原氏が滅亡して500年目にあたる元禄2年の1689年に松尾芭蕉は門人の曽良と2人で「奥の細道」の旅に出ます。「国破れて山河あり、城春にして草木深し」という杜甫の句を思い起こしながら芭蕉はしばらく高館に滞在します。中尊寺を訪れた芭蕉はかねてより伝え聞いていた金色堂に参詣し、「五月雨の 降り残してや 光堂」と詠みます。
-
母方の祖母の生まれた京都の二条陣屋の家は小川破立と縁があり、破立が若い頃に芭蕉庵に出入りし、芭蕉や宝井其角や服部嵐雪といった弟子との親しい交流があったらしいという話しを聞いたことも思い出しました。現在は博物館に預けてありますが、小川破立の造った破笠細工と呼ばれる蒔絵の作品が残っています。
-
経蔵は金色堂に隣接する国宝の一切経を納めていた建物で、一部は平安時代の古材が使用されていますが、建築年代は鎌倉末期と推定されています。内部にはかつて国宝の螺鈿八角須弥壇が置かれ、壇上には獅子に乗った文殊菩薩像と従者4体からなる文殊五尊像を安置していました。先ほど讃衡蔵(さんこうぞう)で見てきた像なので、先に見ておいて良かったと思います。
-
真っ赤に染まったモミジも美しいですが、緑の葉と混ざった感じも美しいです。
-
関山満天宮が祀られたこの場所は陸奥守の源頼清が天地の神を祀った霊地でした。
鎌倉時代に菅原道眞公14世の孫である五条為視が平泉に下向した時に生まれた乙王丸に授けた天満大自在天神の御真影と観世音菩薩を祀ったのが由来だそうです。地を這うような杉の根を見たら上まで上がるのが憚れます。 -
金色堂旧覆堂は1962年に金色堂の解体修理工事が始まるまでの約500年間、金色堂を風雨から守ってきた堂でした。1964年に100メートルほど北西の現在地に移築されました。
-
古くは「鞘堂」と呼ばれ、芭蕉をはじめ多くの文人墨客がこの堂内に入り、薄明の中に金色堂を参拝したと思うと感慨深いものがあります。母が参拝した時もこの堂内で金色堂を見たことでしょう。
-
西谷坊の当主の書かれた簡潔で読みやすい文字が魅力的です。
-
大長寿院は中尊寺の塔頭の1つで西谷坊とも呼ばれています。平安時代の嘉祥3年の850年に円仁の孫弟子である釈円教が創建したとも、藤原清衡が嘉承2年の1107年に創建した阿弥陀堂が始まりともいわれます。
-
この辺りまで来ると参拝者の姿も少なく、それどころか同じツアーのメンバーの姿も添乗員さんの姿もありません。一応同じルートで駐車場まで下っているはずなのですが。
-
中尊寺では境内をライトアップする「紅葉銀河」というイベントがあり、2022年は10月29日から11月13日まで開催されるそうです。この日11月6日はまさにその中日ですから紅葉も見事だったのだと思います。
-
釈迦堂は享保4年の1719年の再建で本尊は釈迦三尊です。正月6日には中尊寺の多くの僧侶達によって正月の法要が営まれるそうです。
-
ガラス扉に真っ赤に染まったモミジがきれいでした。お釈迦さまもこの時期は紅葉狩りのようです。
-
白山神社能楽堂は嘉永6年の1853年に仙台藩によって再建されたもので、近世の能舞台遺構としては東日本唯一のものとされるそうです。日本の芸能史上貴重な遺構として、2003年に重要文化財に指定されています。残り時間を考えると見に行っている時間は無さそうなので諦めました。
-
弁財天堂はいけの中に浮かんでいました。本尊の弁財天十五童子は仙台藩主の伊達綱村公(だてつなむらこう)の正室の仙姫によって1705年に寄進されたものです。この周囲もモミジが見事で、池に映り込んだ姿を探してしまいます。
-
阿弥陀堂は1716年に建立され、堂内には千手観音菩薩二十八部衆も安置されています。
-
旧鐘楼は康永2年の1343年に金色堂の別当である頼栄の発願により鋳造された盤渉調の梵鐘が納められています。撞座は長い歳月にわたる打鐘により窪み、鐘が撞かれることはめったにないそうです。銘文には建武4年の1337年に山内の堂塔が火災により焼失した旨を刻し、奥州藤原氏以後の歴史を伝える貴重な資料にもなっています。
-
月見坂のこの辺りは日当たりが良いようで、参道を覆うような紅葉が見事でした。
-
1つ300円の土鈴もかわいいと思いましたが、全部買ったら3,600円と計算するとあまり可愛くなくなりました。来年の干支の兎は銀座8丁目の東哉で買い求めてあります。
-
峯薬師堂は境内の別峯に建っていましたが度重なる野火にあい、元禄2年の1689年に現在地に移されました。
-
ここは全国でも珍しい目にご利益があるお堂で、境内にはひらがなで「め」と書かれた絵馬や、「め」がいくつも描かれた旗が一風変わった雰囲気を醸し出しています。
-
この紅葉が何よりも目の保養になりました。
-
県内の菊愛好者らが丹精込めて育てた菊の大輪や盆栽菊などが飾られる中尊寺菊祭りが開催されていました。毎年10月20日から11月15日開催されているようです。
-
大菊三輪や懸崖など約350点を展示され、平泉小と長島小の4年生が育てた大菊一輪約80点も並んでいるようです。
-
大菊厚物(あつもの)の国華金山も見頃です。厚物は大菊の代表種で、数百枚の花弁が中央の花芯に向かって重なり、球状に盛り上がって豪華です。
-
平日の昼前のせいか訪れる人も少なく、閑散としているのでじっくり見ることが出来ました。子供の頃は京都の祖母や叔母と大阪の枚方へ菊人形を見に行ったのを思い出します。
-
ようやく中尊寺の本堂までやってきました。中尊寺というのはこの山全体の総称であり、本寺である「中尊寺」と山内17ヶ院の支院で構成される一山寺院です。この本堂は一山の中心となる建物で、明治42年の1909年に再建されました。古くから伝わる法要儀式の多くはこの本堂で勤められます。
-
本尊は釈迦如来で像高は約2.7メートル、台座と光背を含めた総高は5メートルに及ぶ尊像です。中尊寺の大壇主の藤原清衡公が「丈六皆金色釈迦」像を鎮護国家大伽藍の本尊として安置したことにならい、平成25年の2013年にに造顕と開眼供養されました。中尊寺は天台宗の天本山であり、本尊の両脇にある灯籠には宗祖伝教大師最澄以来灯り続ける「不滅の法灯」が護持されています。中尊寺の寺格は別格大寺で天台宗東北大本山です。
-
本堂の前には見事な枝振りの松が植えられています。多分両親も参拝したであろう本堂で手を合わせました。
-
白色は国華越山という名で、黄色は国華金山という名前だそうです。こちらは平泉商工会賞を受賞しています。
-
彩胡優美は花弁が管状で花弁の太さによって太管、間管、細管、針管に分けられます。開いた蛇の目傘のような形をしています。こちらは平泉町観光協会長賞を受賞しています。
-
こちらの国華北海は中尊寺貫首賞を受賞しています。受賞する菊とそうでない菊の差は素人には分かりません。どちらかというとこれから行く遠野の”国華の薫”という日本酒の方が気になります。
-
並んだ白と黄色の菊を取り囲むようにモミジが覆いかぶさっています。
-
庫裏の前には扇の形に仕上げた懸崖菊と千輪咲とまでは言えない菊が並べられています。そして黄色い五重塔も。
-
小菊が滝のように流れ落ちる懸崖作りが本堂の脇にいくつも飾られています。本堂を参拝した後は時計を見ながら坂を下りました。この後お昼も食べなければなりません。いくつもの堂を素通りし、有名な蕎麦屋も行列になっているので諦めます。
-
駐車場脇にある弁慶の墓には参りました。文治5年の1189年閏4月30日、源義経の衣川館が藤原泰衡によって攻められ、主君である義経とともに最期を遂げた武蔵坊弁慶の遺骨が葬られているといわれます。傍らには、後に中尊寺の僧である素鳥が詠んだ「色かへぬ松のあるしや武蔵坊」の句碑が建てられています。
-
今年の旅では能登半島でも義経伝説に出会いましたし、北海道の積丹半島でも義経伝説を知りました。源義経と弁慶主従は海を渡ったような気になっていましたが、やはり平泉で最期を迎えたのだと実感します。
-
集合場所の平泉レストハウスの駐車場に向かい、食事できるところを探そうとすると、駐車場のおじさんが「個人で食事できるのはここしかないよ。」とフードコート「門」を教えてくれました。
-
「弁慶ちからもちセット」は1,500円で、妻の食べた山菜そばは700円でした。お餅は2つづつ入っているので2人で分けて食べました。
-
柔らかいお餅が2つづつ入っています。こちらは大根おろしとなめこの入ったなめこ餅です。少しピリ辛のさっぱりした味です。
-
昨年と今年の春にも松島で食べたずんだ餅です。枝豆の香りの甘さが何とも言えません。
-
しょうが餅も甘辛さの中にピリッとした味がアクセントになります。甘い餅と辛みのある餅を交互にいただきます。
-
どっぷりと甘いあんこ餅です。どれも味が違うので楽しめます。
-
名物のひっつみも美味しくいただきます。
-
妻の注文した山菜そばはシンプルに美味しかったです。
-
1階のお土産処では南部せんべいの実演もありました。箱入りのものを買っていたので誰かにお土産にするのかと思ったら、自分で食べるそうです。盛岡の旅で買ったせんべいが美味しかったので気に入ったそうです。
-
午後1時40分に平泉を出発して、東北自動車道に戻り花巻に向かいます。
-
北上する途中では雨が降った後だったようで、きれいな虹が見えました。
-
東京で虹を見ることはほとんど無いので、最後に見たのがいつだったかも思い出せません。
-
平泉で見事な紅葉を見ることが出来たので、花巻や遠野も期待できそうです。考えてもいなかった旅が広がりそうな予感です。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
旅行記グループ
2022平泉・花巻・遠野の旅
-
クラブツーリズム 民話のふるさと「遠野」とイーハトーブの街「花巻」 (1)昼食で立ち寄った平泉の中尊寺で最高...
2022/11/06~
平泉
-
クラブツーリズム 民話のふるさと「遠野」とイーハトーブの街「花巻」 (2)花巻駅からJR釜石線で遠野駅に向か...
2022/11/06~
花巻
-
クラブツーリズム 民話のふるさと「遠野」とイーハトーブの街「花巻」 (3)朝霧の鍋倉城趾に登り、かっぱおじさ...
2022/11/07~
遠野
-
クラブツーリズム 民話のふるさと「遠野」とイーハトーブの街「花巻」 (4)かっぱおじさんと伝承園を訪ね、遠野...
2022/11/07~
遠野
-
クラブツーリズム 民話のふるさと「遠野」とイーハトーブの街「花巻」 (5)遠野ふるさと村のマヨイガでお昼をい...
2022/11/07~
遠野
-
クラブツーリズム 民話のふるさと「遠野」とイーハトーブの街「花巻」 (6)早池峰神社に参拝し、錦秋の山口集落...
2022/11/07~
遠野
-
クラブツーリズム 民話のふるさと「遠野」とイーハトーブの街「花巻」 (7)卯子酉神社に参拝し、柳田国男につい...
2022/11/07~
遠野
-
クラブツーリズム 民話のふるさと「遠野」とイーハトーブの街「花巻」(8)柳田国男と佐々木喜善の遠野物語の舞台...
2022/11/08~
遠野
-
クラブツーリズム 民話のふるさと「遠野」とイーハトーブの街「花巻」(9)遠野市立博物館で遠野物語のベースとな...
2022/11/08~
遠野
-
クラブツーリズム 民話のふるさと「遠野」とイーハトーブの街「花巻」(10)生どぶろくを発送して「あんべ」の生...
2022/11/08~
遠野
-
クラブツーリズム 民話のふるさと「遠野」とイーハトーブの街「花巻」(11)宮守川橋梁(めがね橋)で汽車を見送...
2022/11/09~
花巻
-
クラブツーリズム 民話のふるさと「遠野」とイーハトーブの街「花巻」(12)宮沢賢治童話村に遊び、桜地人館と賢...
2022/11/09~
花巻
-
クラブツーリズム 民話のふるさと「遠野」とイーハトーブの街「花巻」(13)なめとこ山の熊を探して鉛温泉の藤三...
2022/11/09~
花巻
-
クラブツーリズム 民話のふるさと「遠野」とイーハトーブの街「花巻」(14)こども本の森 遠野で童心に返り、城...
2022/11/10~
遠野
旅行記グループをもっと見る
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
平泉(岩手) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 2022平泉・花巻・遠野の旅
0
86