2022/10/14 - 2022/10/14
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mistralさん
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10月16日に高月の観音の里で、普段は予約をしたうえでないとお詣りができないお堂が、
一斉に参拝ができるという。
そのふるさとまつり、3年ぶりの開催のようだ。
この機会に、昨年暮れに訪れた琵琶湖周辺の町を再訪しようと計画を立てた。
その折には、たまたまの大雪に出会ってしまい、見損なった地が多数あった。
まずは大津へ行く前に、夫の希望を取り入れて彦根城へ。
以下は大まかな日程です。
10月14日(金) 昨年暮れには大雪で入場すらできなかった彦根城。
城内を見学ののち、大津へ。大津の町家を改装した宿へ。
10月15日(土) 近江八幡にて途中下車。ラ・コリーナ近江八幡から
ヴォーリス建築をめぐり、長浜へ。
長浜にてレンタカーをチェックアウト。
湖北、木之本町にて宿泊。
10月16日(日) 高月、観音の里、ふるさとまつり 見学。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
10月14日
新幹線で米原まで行き、乗り換えて彦根までやってきた。
以前の雪に埋もれた景観とはうって変わっていた。
東京発 9:33 米原着 11:47
米原発 11:59 彦根着 12:04
駅から遠くに彦根城がみえていた。
大雪だった折には、彦根城が見えたのは唯一この地点からのみ
だったことを思い出す。 -
彦根滞在は限られた時間だったので、タクシーでやってきた。
表御門を渡って城内へ。
前回はこのあたりは大雪で閉鎖されていた。 -
-
券売所にて彦根城と博物館のセット券を購入。
(更に玄宮園入場もセットされていたが、時間不足、
暑さの為の体力不足の為、パスしてしまった。
セット券は1200円だった。)
左が入場ゲート、突き当りは博物館。
履物を入れるビニール袋が用意されていて、ゲートで
各自持つようにと渡される。
更に必要な方には杖の用意もあるので、これからは登り
が続くことが想像される。 -
立て看板に、全国的にも珍しい登り石垣が、ここ彦根城には
築かれているとの説明が。
山の斜面を登るように石垣が築かれているとの説明があり
周囲を見渡すと、丁度この写真の中央あたりにある石垣が
それに当たるようだった。 -
登り石垣の左側がくぼんで見えているが、
「竪堀」と呼ばれ、斜面を移動する敵の動きを阻止する役割
があるようだ。
豊臣秀吉の朝鮮出兵時、各地で築いた城でよく見られるようだ。 -
このような石段も造られているが、進入禁止となっている。
もともとの彦根城は実戦を想定して築かれた城だそう。 -
石段をのぼり進んでいくと、天秤櫓と廊下橋が見えてくる。
更に橋をくぐって進む。 -
振り返ってこの廊下橋を見ている。
いざという時には落とす構造になっていたそうだが -
実際に彦根城が攻められたことはなかったようだ。
-
回り込んでこの橋を渡る。
正面に見える天秤櫓は、豊臣秀吉が築造した長浜城大手門を移築
したものといわれているそうで、ちょうど天秤のような形を
していることから天秤櫓と呼ばれている。
この形式は国内城郭では彦根城ただ一つとされているようだ。 -
右側と左側では石の積み方が異なるようだ。
右側が古式のごぼう積み、左側は足元から積み替えるほどの大修理が
行われたそうで、積み方も異なり、新式のおとし積みと呼ばれているそう。
「鐘の丸」から渡された橋は、往事は両側に壁がある屋根をもった
橋で、中の人の動きが見えないようになっていたそうだ。 -
-
櫓をくぐって更に天守方面へ進む。
-
櫓内部は公開中のようだ。
-
内部に入ってみた。
先ほどのビニール袋に靴を入れての入場。
出る際も、次に備えてビニール袋は持参する。 -
ちょうな跡の残る柱
-
-
建物の外面は、柱などを土壁で完全に塗り込める「大壁造り」、
内面は柱を見せる「真壁造り」となっている。
敵が攻め寄せる外側の壁は、防弾の効果を高めるために壁を
二重に造り厚くしていて(防弾が必要な壁面の真ん中より下
のあたり)厚さは30cmを超えるという。 -
-
-
太鼓門櫓。
内側は欄干がある珍しい造りらしい。 -
全貌が現れた。
-
花頭窓や高欄付きの廻り縁がつけられ、見た目にも
美しい天守の姿。
真っ白な漆喰壁がきれいだ。 -
鬼瓦に飾られている井伊家の橘の家紋。
-
天守でにらみを利かせているのは
(多分)鯱。 -
唐破風は寺社建築に用いられる格式高いもの。
黒漆で仕上げられ、ここにも井伊家の家紋である橘の飾金具が
輝いている。 -
天守の石垣と
その奥に広がる琵琶湖。 -
琵琶湖の静かな湖面が見渡せた。
-
1時半にひこにゃんが登場するということで天守閣前広場には
たくさんの観光客が集まっていた。
おもむろにスター登場。
左右二手に分かれて、そこからひこにゃんに近づかないようとの要請
がアナウンスされていた。 -
思ったより小柄なひこにゃん。
決めポーズをいくつかとって、愛想をふりまく。 -
ツーショットでの撮影は出来なくなっていた。
-
無事ご対面を済ませたので、天守閣に上がっていった。
途中の窓から見えたひこにゃん。
まだ別方向の観光客にご挨拶をしていた。
今日は着ぐるみの中は格別の暑さかも。 -
狭間 (さま) の説明。
鉄砲ざまは△と□、
矢ざまは長い□と違いがある。
外からはわからないように板がはめられ
漆喰で塗り込められている。
非常時にはその板を突き壊して攻撃するそうだ。
美観を損なわずに実用性も高められている。
(その為、隠狭間とも呼ばれる。) -
実際の狭間。
これら攻撃用の狭間は82ヶ所も設置されているそうだ。 -
上階への階段はかなりの傾斜で、足を踏み外しそう。
-
井伊直弼公の像。
-
天守は大津城の五重四階の天守を移築し
仕立て直しされたそう。
関ヶ原合戦の前哨戦の戦いで、落城せずに耐えたとのことから
縁起の良さも考慮されたのかもしれない。
湾曲した木を生かした小屋組みが見事。 -
窓からも琵琶湖。
-
最上階の南北面と二階の東西面にある隠し部屋。
千鳥破風の屋根裏を利用した隠し部屋。 -
小さな引戸が設置されている。
-
軒丸瓦?
-
城下町の様子は、こんなふうに見えていたのかも。
-
再び太鼓門を出て
-
-
時報鐘を通り過ぎる。
この鐘は江戸時代から定刻を知らせてきた鐘であり、
現在も一日5回、朝6時から夕方18時まで3時間おきに
撞かれている。 -
天秤櫓も通り過ぎ
-
苔むした石垣を見ながら
-
登りは大変だったけれど、下りはらくらく。
-
表門から出てすぐ前にある彦根城博物館との間に
停まっていた電気自動車。
トヨタの一人乗りEVのようだ。 -
彦根城博物館へ入る。
この博物館は、明治維新後に取り壊された彦根藩の表御殿を
昭和62年に復元したものだそうだ。
表御殿とは彦根藩の藩庁であったところであり、
藩の政務や対面、儀式に使われた公的空間と、藩主が日常
生活を送った私的空間とに分かれている。
井伊家ならではの赤備えの甲冑や刀剣、茶道具、その他
美術工芸品などの伝来の品々を展示しているようだ。 -
復元された表御殿奥向
藩主などが日常生活を送る空間が奥向と呼ばれるそうだが
復元には、平面を描いた古地図や発掘調査による成果が生かされ、
更に部屋毎の仕様を模型のように表現した「起こし絵」や、
庭園を見下ろすように細かく描いた鳥瞰図が役立ったそうだ。 -
展示品の一部を以下に載せます。
「黒楽白縁天目茶碗」
井伊直弼作 19世紀
直弼自作の楽焼天目茶碗だそう。
白い縁のある天目茶碗は、中国渡来の唐物天目茶碗などにも
見られるそう。 -
「井伊直弼の生涯」とのパネルが。
直弼が32歳の折、兄直元が、36歳の折には、兄直亮が死去した為
彦根藩主となる。
1858年4月 江戸幕府の大老となる。(44歳)
6月 日米修好通商条約を結ぶ。
9月以降 安政の大獄
1860年3月3日 桜田門外で襲撃され死去。
国学、和歌を学び、茶の湯の一派も立てたそうだが、
もしかしたら別の人生もあった方なのかもしれない。 -
瑠璃釉波千鳥図鶴瓶形花生
(るりゆうなみちどりずつるべがたはないけ)
個人蔵 江戸時代後期
波間に群れ飛ぶ千鳥。背景に瑠璃釉がかけられている。 -
博物館中央部にある能舞台は1800年に建てられた当時のままのもの。
その能舞台を周囲から見学できるようになっている。
過去の公演も設置されているテレビで見られるようになっている。 -
鏡板に描かれた老松。
このような能舞台は、江戸城内や大名家の屋敷に建造された。
御殿の能舞台としては現存する唯一の遺構だそう。 -
井伊家の家紋の橘紋がここにも見られる。
この能舞台は、表御殿が取り壊された後、井伊神社境内へ、
その後井伊家から彦根市に寄贈されて沙沙那美神社境内へ、
更に昭和38年に曳家によって護国神社へ移された。
昭和62年になって、博物館の建設を機に、本来あった場所へ
戻ってきた。 -
藩主が日常生活を送る「奥向」の空間の
復元にあたっては、古地図や発掘調査の成果が
活用されたそうだ。 -
御座之御間より庭園を見る。
-
朱漆塗朽葉糸威縫延腰取二枚胴具足
(しゅうるしぬりくちはいとおどし
ぬいのべこしとりにまいどうぐそく)
赤備えの甲冑がずらりと並んでいるのかと期待したが、
展示されているのは一組だけだった。 -
彦根藩井伊家11代当主 井伊直中所用のものと伝わる。
彦根藩主は代々、ベースとなる部分は朱漆塗で統一した
赤具足を着用した。
威糸(おどしいと)は藩主の好みで異なっていてそれぞれの
個性がうかがえるようだ。
この具足は、朽葉糸と呼ばれる薄茶色の縅糸を使用している
ため、落ち着いた雰囲気となっている。 -
表御殿の外に出てみたら、ひこにゃんがこちらにも
来ていた。 -
屋形船がのんびりとお堀を進んでいった。
桜の時期にはきっと素晴らしい景観が見られることだろう。 -
お城を出たところで、夫が人力車の方に声をかけられていて、
彦根駅までお願いすることになった。
人生初の乗車体験。
歩き回って疲れていたのでちょうど良かったけれど
駅から人力車に乗る人はきっと現れないだろうなと想像。 -
要所要所の説明もして下さった。
佐和口あたりを通過中。 -
この辺り、昨年の暮は雪ですっぽり覆われていた。
この後、大津駅まで向かいます。
彦根 15時33分 JR琵琶湖線快速にて
大津 16時26分 着
当日の宿へは駅から徒歩で向かった。
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この旅行記へのコメント (6)
-
- しにあの旅人さん 2022/10/26 17:12:25
- 階段ですね~~~
- 彦根城も階段ですね。行ったことはあるのですが、城門まで行って引き返しました。その前が犬山城で、これも山城で、階段。階段登りの体力払底で諦めました。
天守閣の階段は急ですね。防備のために登りにくいようにできているので仕方ありません。
確かこの天守閣は数少ないホンマものの天守ですよね。コンクリ製のレプリカではないやつ。
天秤櫓や天守閣は実に美しい。次があれば、お城は一つにして、体力のあるうちに登ることにします。
人力車、いいですね。タクシー代わりに駅まで行く人は、そうはいない。
ところでkummingさんの新作がアップされています。イタリア旅行。ヴェネティアの3、サンマルコ広場の動画、冒頭から数秒にkummingさんの声が出ています。
若々しい可憐な英語ですよ。
- mistralさん からの返信 2022/10/26 19:55:42
- Re: 階段ですね~~~
- しにあの旅人さん
こんばんは。
コメントをありがとうございます。
しにあさんの弱点は階段ですね。
そのことは、数々の旅行記にて告白されておられますから
知っている人は知っている!
彦根城も最初は石段の登りから始まりました。
ゼーゼーと息を切らせて頑張りました。
努力すれば報われる、との言葉通り、
登りきった所、天守閣前広場は、折から青空をバックに
スタイリッシュな天守閣が素敵でした。
人力車で古い街並みをめぐるのは、それなりにマッチするのでしょうが、
私たちがお願いしたのは彦根駅まで、まさにタクシーがわりの利用でした。大変失礼致しました。
kummingさんのサンマルコ寺院前での動画、見てきました。
一度拝見した折には何気なく聴いていましたが、
なんて若々しいお声でしょう。
お知らせいただき、感謝です。
mistral
-
- わんぱく大将さん 2022/10/26 14:53:12
- 流石は徳川の四天王
- mistralさん
お久しぶりです。 米原は雪が、そう今年も2月位でしたか、名古屋に行くのにそのあたり通ったら、凄い雪でした。 毎月、そこを通るのに、そして又いまだ、バルセロナで仕事を頑張ってる私の友人の御父上が姫路出身で。その彼女とは昔サラマンカに留学した時にたまたま出会って、一度彦根のお宅にお邪魔したことはありますが、実はお城はまだでした。 なので、ああ、こういう所か、と読ませていただきました。
立派ですね、流石は徳川四天王の井伊家。(他の3人の酒井、本多、榊原家は姫路城の城主になってますが) 国学、和歌、茶の湯、能と。文化人でもありますね。戦闘にも
備えてあるのですが、ここは姫路城同様、攻められたことがないお城。そして割と小柄なお城ですね。
姫路のしろまる姫、ひこにゃんに負けてますね。 やはりお城のキャラの中では断トツです。割と小柄な。そうです、実はちょうどこの日、バイトで私がひこニャンやっていました。なんてことはありませんが。
ひこにゃんだけでなく、やはり彦根城は一度は訪れるべき、お城ですね。 大将
- mistralさん からの返信 2022/10/26 19:42:26
- Re: 流石は徳川の四天王
- 大将さん
こんばんは。
コメントをありがとうございます。
米原あたりはいつも、雪のため新幹線が徐行運転しているとのニュースになる地域ですね。
恥ずかしながら、昨年暮に滋賀県に行くまで、それほど大雪にみまわれる地域とは思ってもいませんでした。
大雪の中を歩くのは大変でしたが、それでも滋賀県には魅了されてしまい、今回の再訪となりました。
彦根にはいらっしゃっておられたのに、彦根城は未訪問だったんですね。
すぐそばまで行っていながら、チャンスが無くてそのままになってしまっている地、私もたくさん抱えています。
彦根は、関ヶ原の合戦で、それまで治めていた石田三成が佐和山城の落城とともに滅び、その後は井伊家によって治められた地。昔の武将は主君の命令があればそれまで慣れ親しんでいた地を離れて、別の地に移り住むことが当たり前だったことを思えば、今は本当に恵まれています。
姫路城にはしろまる姫がおられるんですね。
ネットで調べてみましたら、姫もお可愛らしいですね。
ひこにゃんは、当日のきぐるみの中は、大将さん?!
えっ、ほんとうに?と一瞬思ってしまいましたよ。
ひこにゃん、実物は思ったより小柄なニャンコでした。
mistral
-
- pedaruさん 2022/10/25 21:55:04
- 鎧と人力車
- mistralさん こんばんは
朱漆塗朽葉糸威縫延腰取二枚胴具足
(しゅうるしぬりくちはいとおどし
ぬいのべこしとりにまいどうぐそく)
習慣に従って記述したものかと思いますが、独特の表現で、面白いですね。
このような工芸品を身に着けて、死を覚悟して戦いに臨んだのですね。
美しく戦い、美しく死ぬ、これが武将の美学なのかと思いました。
人力車、いい経験をなさいましたね。
私の母は嫁入りの時、街はずれまで迎えに出た町内の人たちの、提灯の光を
目にして、夢うつつで人力車に揺られていたそうです。
乗りごごちはいかがでしたか?私も母の気持ちを推し量るには人力車も
いいものだと思いました。百年近く前の出来事です。
pedaru
- mistralさん からの返信 2022/10/25 23:09:40
- RE: 鎧と人力車
- pedaruさん
こんばんは。
涼しくなった、と思う間もなく、今度は寒くなりすぎですね。
> 朱漆塗朽葉糸威縫延腰取二枚胴具足
> (しゅうるしぬりくちはいとおどし
> ぬいのべこしとりにまいどうぐそく)
この漢字だけの表記でしたら2度と読めなくなると思って、かなも付けておきました。
朽葉色などと、日本の伝統色の名前は、それだけで情緒たっぷりの味わいがありますね。
全体的に派手な具足だから、朽葉色の糸を使って色調は渋めに抑えておこう、などと
思われたのでしょうか。
> 習慣に従って記述したものかと思いますが、独特の表現で、面白いですね。
> このような工芸品を身に着けて、死を覚悟して戦いに臨んだのですね。
> 美しく戦い、美しく死ぬ、これが武将の美学なのかと思いました。
工芸品といえるような武具を身につける。
死すら武将にとっては美学の一部だった、、、
だとしたらあまりに切ないことですね。
> 人力車、いい経験をなさいましたね。
> 私の母は嫁入りの時、街はずれまで迎えに出た町内の人たちの、提灯の光を
> 目にして、夢うつつで人力車に揺られていたそうです。
最初で最後の経験ですね。
お母さまの時代の幻想的な情景、提灯の揺れるような光を目にされながら、ゆめうつつの想いで
嫁いでいかれた、そんな時代とは大いに様変わりして、
今やすぐそばを車が追い抜いて行きました。
> 乗りごごちはいかがでしたか?私も母の気持ちを推し量るには人力車も
> いいものだと思いました。百年近く前の出来事です。
2人も乗せてしまい、人力車のお兄さま、さぞかし重たかろうと、遠慮がちに座っていました。
mistral
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