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 私は母方の実家が横浜市南区にあり、菩提寺は弘明寺です。また、私自身子供時代には横浜市戸塚区に在住していたことがあります。横浜は思い出の地なのです。<br /> 色々なことが起こり、思うところあって、6月の上旬に思い出の地である戸塚区、泉区、そして実家のあった南区を再び訪れ、そして祖父母が眠る弘明寺にお参りしてきました。肉親が一人、祖父母のもとへ逝ったことを報告したのです。<br /> 子供のころに通っていた小学校も、戸塚区ではなく「泉区」になり、思い出の地も、地形までが変わり野山はニュータウンになっていました。<br /> 弘明寺のお寺だけが、私が子供だった頃と変わらない風景のままでした。年月の移り変わりと人の命の無常さを改めて感じた旅でした。<br />

横浜市泉区・南区、思い出巡礼とお参りの旅

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2022/06/09 - 2022/06/09

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fmi(ふみ)

fmi(ふみ)さん

この旅行記スケジュールを元に

 私は母方の実家が横浜市南区にあり、菩提寺は弘明寺です。また、私自身子供時代には横浜市戸塚区に在住していたことがあります。横浜は思い出の地なのです。
 色々なことが起こり、思うところあって、6月の上旬に思い出の地である戸塚区、泉区、そして実家のあった南区を再び訪れ、そして祖父母が眠る弘明寺にお参りしてきました。肉親が一人、祖父母のもとへ逝ったことを報告したのです。
 子供のころに通っていた小学校も、戸塚区ではなく「泉区」になり、思い出の地も、地形までが変わり野山はニュータウンになっていました。
 弘明寺のお寺だけが、私が子供だった頃と変わらない風景のままでした。年月の移り変わりと人の命の無常さを改めて感じた旅でした。

旅行の満足度
4.5
観光
4.0
交通
5.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
1万円未満
交通手段
高速・路線バス JRローカル 私鉄 徒歩
旅行の手配内容
個別手配

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  • 戸塚バスセンター<br />戸塚区と泉区はバスを使わないといけない所が多い。<br />ここから弥生台駅へ行くバスに乗り、「領家」という住宅地に向かう。

    戸塚バスセンター
    戸塚区と泉区はバスを使わないといけない所が多い。
    ここから弥生台駅へ行くバスに乗り、「領家」という住宅地に向かう。

    戸塚駅

  • 横浜市戸塚区鳥が丘。<br />泉区との境目にある新興住宅地で、今は新興住宅地が隣接する泉区領家地区まで続いている。<br />この道は、泉区踊り場あたりで長後街道からまっすぐ北上、鳥が丘、戸塚斎場、領家を通り、岡津の旧市街地で柏尾瀬谷県道と交差、その先緑園都市のフェリス女子大横を通り万騎が原で突き当たる。<br />平成になって出来た新しい道だが、鳥が丘の住宅地付近は、昭和50年代に一部開通していた。<br />泉区の踊り場から岡津まで、昭和55年頃は、白百合と鳥が丘の一部だけ開発されており他は山と田んぼだった。

    横浜市戸塚区鳥が丘。
    泉区との境目にある新興住宅地で、今は新興住宅地が隣接する泉区領家地区まで続いている。
    この道は、泉区踊り場あたりで長後街道からまっすぐ北上、鳥が丘、戸塚斎場、領家を通り、岡津の旧市街地で柏尾瀬谷県道と交差、その先緑園都市のフェリス女子大横を通り万騎が原で突き当たる。
    平成になって出来た新しい道だが、鳥が丘の住宅地付近は、昭和50年代に一部開通していた。
    泉区の踊り場から岡津まで、昭和55年頃は、白百合と鳥が丘の一部だけ開発されており他は山と田んぼだった。

  • 鳥が丘の公園。このあたり、昔の尾根伝いに戸塚区と泉区の区界が通っている。<br />上記の道はちょうど山の尾根を通っているため。この公園の東側は下り斜面で工業団地になっている。<br />結構古くから開発されていた所。

    鳥が丘の公園。このあたり、昔の尾根伝いに戸塚区と泉区の区界が通っている。
    上記の道はちょうど山の尾根を通っているため。この公園の東側は下り斜面で工業団地になっている。
    結構古くから開発されていた所。

  • 戸塚斎場裏や領家中学校あたりが頂で、結構標高があることが分かる。<br />今いる場所が区界で、東側を望む。白百合の住宅地や遠く中田の住宅地が見える。<br />子どもの頃は白百合の住宅地意外、山だったのに。<br />このあたり標高は65m。<br />

    戸塚斎場裏や領家中学校あたりが頂で、結構標高があることが分かる。
    今いる場所が区界で、東側を望む。白百合の住宅地や遠く中田の住宅地が見える。
    子どもの頃は白百合の住宅地意外、山だったのに。
    このあたり標高は65m。

  • 稜線を走る幹線道路から西の谷間に下る。バス路線があり、弥生台へ行くバスは西へ左折し谷底の住宅地にある白百合台バス停を通り、また西へ向かい坂を登って、山の上にある相鉄の弥生台駅に向かう。<br />泉区白百合。1975年頃にはこのあたりの谷あいだけが宅地開発されていて、戸塚区岡津町の「白百合台団地」とよばれ、路線バスの「終点」だった(県道瀬谷柏尾線の岡津小学校前の交差点から写真の古くからある道を南下し、白百合台バス停で折り返すパターン。バス折り返し状の周囲は、「山林と田んぼ」だったのが昭和55年頃。この道はそのまま南東へ進み坂を上がり、戸塚区斎場付近まで通じていた。今のようにそこから長後街道の地下鉄駅まで幹線道路が伸びたのは平成になってからである。<br />この谷間の河川沿いの道だけは、わずかに昔の面影を残していた。<br />現在のバス路線だが、このあたりで、戸塚バスセンターから弥生台駅へ向かう路線と、戸塚駅東口や緑園都市駅から南下してきた路線が合流する。<br />折り返しの戸塚駅東口行バスが1時間毎に走っていたのはもう、40年も前か。<br />

    稜線を走る幹線道路から西の谷間に下る。バス路線があり、弥生台へ行くバスは西へ左折し谷底の住宅地にある白百合台バス停を通り、また西へ向かい坂を登って、山の上にある相鉄の弥生台駅に向かう。
    泉区白百合。1975年頃にはこのあたりの谷あいだけが宅地開発されていて、戸塚区岡津町の「白百合台団地」とよばれ、路線バスの「終点」だった(県道瀬谷柏尾線の岡津小学校前の交差点から写真の古くからある道を南下し、白百合台バス停で折り返すパターン。バス折り返し状の周囲は、「山林と田んぼ」だったのが昭和55年頃。この道はそのまま南東へ進み坂を上がり、戸塚区斎場付近まで通じていた。今のようにそこから長後街道の地下鉄駅まで幹線道路が伸びたのは平成になってからである。
    この谷間の河川沿いの道だけは、わずかに昔の面影を残していた。
    現在のバス路線だが、このあたりで、戸塚バスセンターから弥生台駅へ向かう路線と、戸塚駅東口や緑園都市駅から南下してきた路線が合流する。
    折り返しの戸塚駅東口行バスが1時間毎に走っていたのはもう、40年も前か。

  • この谷間だけは、両側の丘陵が全くの別世界となったのとは対照的に、このように農地も残ってたりして、本当、子ども時代の思い出の片りんを残している。

    この谷間だけは、両側の丘陵が全くの別世界となったのとは対照的に、このように農地も残ってたりして、本当、子ども時代の思い出の片りんを残している。

  • ......  こういうのを見ると、一気に現実に引き戻されちゃうね。<br /> そうだ、ここは神奈川で参院選だった。さすが菅のお膝元。<br /> 私がこの泉区(当時戸塚区)に住んでいた頃、このセンセイは、某教師ドラマでスケバン役をやっていたんだよね。<br />

    ...... こういうのを見ると、一気に現実に引き戻されちゃうね。
     そうだ、ここは神奈川で参院選だった。さすが菅のお膝元。
     私がこの泉区(当時戸塚区)に住んでいた頃、このセンセイは、某教師ドラマでスケバン役をやっていたんだよね。

  • で、3年前の統一地選で、千葉県へ応援遊説に来られた時の、そのセンセイですw

    で、3年前の統一地選で、千葉県へ応援遊説に来られた時の、そのセンセイですw

  • このあたりが古くからの地名「領家谷(りょうけやと)」<br />この谷筋の道沿いの家は古くからあり、その背後両側は、山林だった。<br />特に画面右側(東側)は平成になるまでは全く未開発の丘陵だった。この丘陵が昭和63年以降、徐々に開かれて、幹線道路が通じ、「領家」という地名になり、住宅地となった。

    このあたりが古くからの地名「領家谷(りょうけやと)」
    この谷筋の道沿いの家は古くからあり、その背後両側は、山林だった。
    特に画面右側(東側)は平成になるまでは全く未開発の丘陵だった。この丘陵が昭和63年以降、徐々に開かれて、幹線道路が通じ、「領家」という地名になり、住宅地となった。

  • 領家谷のバス停前の交差点を東に曲がり、坂をぐいぐい登っていくと、「領家公園」という大きな遊水地のついた公演につく。

    領家谷のバス停前の交差点を東に曲がり、坂をぐいぐい登っていくと、「領家公園」という大きな遊水地のついた公演につく。

  • 領家公園全景、北から南方を見る。西側が谷底になり、東が丘陵。

    領家公園全景、北から南方を見る。西側が谷底になり、東が丘陵。

  • 紫陽花咲く公演

    紫陽花咲く公演

  • その領家公園から尾根筋に北上する。尾根の北、阿久和川と県道のある谷間へ降りる斜面全体に、寺院と霊園が広がる。<br />普光寺だ。<br />光応山普光寺(東光院)、高野山真言宗のお寺です。<br />

    その領家公園から尾根筋に北上する。尾根の北、阿久和川と県道のある谷間へ降りる斜面全体に、寺院と霊園が広がる。
    普光寺だ。
    光応山普光寺(東光院)、高野山真言宗のお寺です。

    普光寺 寺・神社

  • 本堂と紫陽花

    本堂と紫陽花

  • 本堂南の鐘楼のある頂のあたり、本当に眺めが良いんです。<br />北東方向を望んでいる。遠くの山は戸塚区の上矢部の森。<br />戸塚区上矢部から泉区岡津の県道(瀬谷柏尾道路)の南側が見事に切り開かれたのにたいし、北側は、奇跡的に里山のままで残っている。上矢部の森として整備するらしい。<br />このお寺からすぐ東側は戸塚区だ。このあたりの標高は47mから55m。さっきの領家谷の交差点当たりが27mだ。<br />

    本堂南の鐘楼のある頂のあたり、本当に眺めが良いんです。
    北東方向を望んでいる。遠くの山は戸塚区の上矢部の森。
    戸塚区上矢部から泉区岡津の県道(瀬谷柏尾道路)の南側が見事に切り開かれたのにたいし、北側は、奇跡的に里山のままで残っている。上矢部の森として整備するらしい。
    このお寺からすぐ東側は戸塚区だ。このあたりの標高は47mから55m。さっきの領家谷の交差点当たりが27mだ。

  • その頂に、普光寺の鐘楼が建っている。

    その頂に、普光寺の鐘楼が建っている。

  • 紫陽花が綺麗です

    紫陽花が綺麗です

  • そのお寺裏の山、一番高い所から見た景色。<br />標高55m、<br />南西、白百合、領家谷から弥生台駅方向。

    そのお寺裏の山、一番高い所から見た景色。
    標高55m、
    南西、白百合、領家谷から弥生台駅方向。

  • 北西方向を望む。<br />画像右端、岡津小学校と岡津中学校、横浜緑園高校(旧岡津高校)ね。その奥の山は、新橋の森かな。

    北西方向を望む。
    画像右端、岡津小学校と岡津中学校、横浜緑園高校(旧岡津高校)ね。その奥の山は、新橋の森かな。

  • 新橋、まほろば方向(西)をのぞむ、これから行く西林寺の屋根が見える。

    新橋、まほろば方向(西)をのぞむ、これから行く西林寺の屋根が見える。

  • 山を西に降りて谷あいの道を渡り、反対側の山の斜面にある、西林寺と言う寺に今度は来た。

    山を西に降りて谷あいの道を渡り、反対側の山の斜面にある、西林寺と言う寺に今度は来た。

    西林寺 寺・神社

  • このお寺も紫陽花が咲いていた。

    このお寺も紫陽花が咲いていた。

  • 白百合から来る道がここ岡津小学校の目の前で、県道瀬谷柏尾線につきあたる。<br />この県道は、戸塚駅から相鉄三ツ境駅や弥生台駅へ向かうバス路線のメインルートで、昔からバスの本数が多かった。<br />40年前に比べバス路線はかなり再編された。<br />

    白百合から来る道がここ岡津小学校の目の前で、県道瀬谷柏尾線につきあたる。
    この県道は、戸塚駅から相鉄三ツ境駅や弥生台駅へ向かうバス路線のメインルートで、昔からバスの本数が多かった。
    40年前に比べバス路線はかなり再編された。

  • 瀬谷柏尾道路に沿って流れる阿久和川。下流方向を望む。<br />青い橋のあたりから先は、戸塚区になる。

    瀬谷柏尾道路に沿って流れる阿久和川。下流方向を望む。
    青い橋のあたりから先は、戸塚区になる。

  • 川をはさんで北側の側道を上矢部方向(東)に歩く。ここは戸塚区。<br />ちっとした高台から、岡津、領家の方向(南西)を望む。<br />山が切り開かれ、頂にマンションが屹立していた。

    川をはさんで北側の側道を上矢部方向(東)に歩く。ここは戸塚区。
    ちっとした高台から、岡津、領家の方向(南西)を望む。
    山が切り開かれ、頂にマンションが屹立していた。

  • でも川を挟んだ北側は、40年前とほとんど変わらなかった。<br />北の丘陵は上矢部市民の森として、横浜市が保全整備する予定であるため、自然がそのまま残されているのだ。<br />https://www.city.yokohama.lg.jp/kurashi/machizukuri-kankyo/midori-koen/midori_up/1mori/forest/guidemap.files/0106_20220704.pdf

    でも川を挟んだ北側は、40年前とほとんど変わらなかった。
    北の丘陵は上矢部市民の森として、横浜市が保全整備する予定であるため、自然がそのまま残されているのだ。
    https://www.city.yokohama.lg.jp/kurashi/machizukuri-kankyo/midori-koen/midori_up/1mori/forest/guidemap.files/0106_20220704.pdf

  • 本来は私有地。<br />この片曽の竹藪も40年前のまま。<br />この付近に子どもの頃住んでいたことがありました。

    本来は私有地。
    この片曽の竹藪も40年前のまま。
    この付近に子どもの頃住んでいたことがありました。

  • 第六天社付近の斜面。<br />ここも40年前と変わらない。ただ、このあたり、幾筋も湧水が流れ出ていたんだよね。それが消えていた。

    第六天社付近の斜面。
    ここも40年前と変わらない。ただ、このあたり、幾筋も湧水が流れ出ていたんだよね。それが消えていた。

    上矢部第六天社 寺・神社

  • 近くの日の森バス停から戸塚駅行神奈中バスで不動坂バス停へ。<br />バスは10分家格で来るが、道が富士橋の陸橋あたりで渋滞気味。

    近くの日の森バス停から戸塚駅行神奈中バスで不動坂バス停へ。
    バスは10分家格で来るが、道が富士橋の陸橋あたりで渋滞気味。

  • 旧東海道にある不動坂バス停で、反対方向の、横浜方面のバスを待つ。<br />戸塚駅から旧東海道を平戸まで行き、平戸桜木道路に入って六ッ川、弘明寺を通り横浜駅まで行く長距離路線が昔からあるのだが、本数も多いうえに乗客も多い。<br />この路線は10分から15分間隔で来る。<br />戸塚駅から不動坂までは本数が極めて多い。<br />

    旧東海道にある不動坂バス停で、反対方向の、横浜方面のバスを待つ。
    戸塚駅から旧東海道を平戸まで行き、平戸桜木道路に入って六ッ川、弘明寺を通り横浜駅まで行く長距離路線が昔からあるのだが、本数も多いうえに乗客も多い。
    この路線は10分から15分間隔で来る。
    戸塚駅から不動坂までは本数が極めて多い。

  • 横浜駅行のバスで、引越坂というバス亭まで行く。<br />ここは横浜市南区六ッ川町。<br />戸塚区や泉区が相模の国にあるのに対し、南区は武蔵の国にある。<br />ただし、この六ッ川町の一部分、ここ引越坂から西側は南区であるが相模の国である。このあたりややこしい。

    横浜駅行のバスで、引越坂というバス亭まで行く。
    ここは横浜市南区六ッ川町。
    戸塚区や泉区が相模の国にあるのに対し、南区は武蔵の国にある。
    ただし、この六ッ川町の一部分、ここ引越坂から西側は南区であるが相模の国である。このあたりややこしい。

  • バス降りて反対側。西側を望む。<br />この先、切り通しのあたりが引越坂という峠のサミットで、そのあたりが武蔵相模国境だ。<br />ここで降りたのは、子どもの頃に、南区に住んでいた母方親戚と行った、こども植物園の紫陽花を見るため。<br />ここから北へ徒歩で15分ほど。パークラウンという住宅地を突っ切る。

    バス降りて反対側。西側を望む。
    この先、切り通しのあたりが引越坂という峠のサミットで、そのあたりが武蔵相模国境だ。
    ここで降りたのは、子どもの頃に、南区に住んでいた母方親戚と行った、こども植物園の紫陽花を見るため。
    ここから北へ徒歩で15分ほど。パークラウンという住宅地を突っ切る。

  • こども植物園の南側入口にあるアジサイ園。<br />一面紫陽花だらけ。

    こども植物園の南側入口にあるアジサイ園。
    一面紫陽花だらけ。

    横浜市こども植物園 公園・植物園

  • こども植物園の紫陽花

    こども植物園の紫陽花

  • こども植物園、薔薇園

    こども植物園、薔薇園

  • 薔薇園と紫陽花

    薔薇園と紫陽花

  • 薔薇園

    薔薇園

  • こども植物園から、六ッ川三丁目の頂の上にある団地群を通り、六ッ川中学校、横浜パークタウンを通って、バス停に戻り、そこからバスで、弘明寺口バス停へ。

    こども植物園から、六ッ川三丁目の頂の上にある団地群を通り、六ッ川中学校、横浜パークタウンを通って、バス停に戻り、そこからバスで、弘明寺口バス停へ。

  • 平戸桜木道路が京急線をくぐる手前に弘明寺口バス停はある。そこから弘明寺駅も弘明寺も、徒歩5分くらい、そして駅西側の山の斜面は弘明寺の墓園、山の頂は公園になっている。<br /><br />..........  南区だなあ.....  さすがは神奈川二区、ガネーシャ帝国....

    平戸桜木道路が京急線をくぐる手前に弘明寺口バス停はある。そこから弘明寺駅も弘明寺も、徒歩5分くらい、そして駅西側の山の斜面は弘明寺の墓園、山の頂は公園になっている。

    .......... 南区だなあ.....  さすがは神奈川二区、ガネーシャ帝国....

  • 弘明寺駅間の踏切で京急を撮影。<br />弘明寺へはこの踏切を渡る。

    弘明寺駅間の踏切で京急を撮影。
    弘明寺へはこの踏切を渡る。

    弘明寺駅 (京急)

  • 弘明寺の参道、弘明寺も紫陽花が多く植えられ、綺麗だった。

    弘明寺の参道、弘明寺も紫陽花が多く植えられ、綺麗だった。

    弘明寺 寺・神社

    紫陽花きれいな横浜を代表する名刹 by fmi(ふみ)さん
  • 弘明寺の紫陽花

    弘明寺の紫陽花

  • 弘明寺の表参道の反対側は昔ながらのアーケード商店街。<br />本当にこの界隈は、50年前から、変わらない。

    弘明寺の表参道の反対側は昔ながらのアーケード商店街。
    本当にこの界隈は、50年前から、変わらない。

    弘明寺商店街 市場・商店街

  • 鐘楼と紫陽花

    鐘楼と紫陽花

  • 母方実家の菩提寺である、「瑞應山弘明寺」。<br />高野山真言宗の名刹。<br />祖父母も叔父も、ここに祭られている。<br /><br />....  祖父母はもちろん、母方兄弟は皆物故してしまった。そして今度は。<br /> それを祖父母に報告したくて、ここに来たのです。....生まれ育ったハマの地を遠く離れた下総の地で、真言のもとではなく法華経のもとに祭ることになりました。<br />

    母方実家の菩提寺である、「瑞應山弘明寺」。
    高野山真言宗の名刹。
    祖父母も叔父も、ここに祭られている。

    .... 祖父母はもちろん、母方兄弟は皆物故してしまった。そして今度は。
     それを祖父母に報告したくて、ここに来たのです。....生まれ育ったハマの地を遠く離れた下総の地で、真言のもとではなく法華経のもとに祭ることになりました。

    弘明寺観音 グルメ・レストラン

  • 弘明寺の祖父母に別れを告げ、今度は弘明寺駅の東側の山の上にある、弘明寺公園へ向かう。<br />境内裏の参道も、紫陽花の列。

    弘明寺の祖父母に別れを告げ、今度は弘明寺駅の東側の山の上にある、弘明寺公園へ向かう。
    境内裏の参道も、紫陽花の列。

  • 手前に弘明寺駅、その向こうに弘明寺、そしてsの向こうには、アーケードの商店街。<br />全く変わらぬ風景。

    手前に弘明寺駅、その向こうに弘明寺、そしてsの向こうには、アーケードの商店街。
    全く変わらぬ風景。

  • 緑豊かな弘明寺公園。そこにもアジサイが。<br />山一つを公園にして保全している。<br />稜線沿いに道が六ッ川まで続き、そこが、母親の実家だった.....

    緑豊かな弘明寺公園。そこにもアジサイが。
    山一つを公園にして保全している。
    稜線沿いに道が六ッ川まで続き、そこが、母親の実家だった.....

    弘明寺公園 公園・植物園

    駅前。春は桜が綺麗な展望公園 by fmi(ふみ)さん
  • 弘明寺公園の頂にある展望台。<br />標高50メートルはある。

    弘明寺公園の頂にある展望台。
    標高50メートルはある。

  • 展望台から井戸川や横浜駅方向、北東を望む。

    展望台から井戸川や横浜駅方向、北東を望む。

  • 遠くにランドマークタワーが見える。

    遠くにランドマークタワーが見える。

  • 東側、六ッ川、平戸、東戸塚の方向を望む。<br />ちょっと先はもう、相州。

    東側、六ッ川、平戸、東戸塚の方向を望む。
    ちょっと先はもう、相州。

  • 麓を、京急が走り去る。

    麓を、京急が走り去る。

  • 弘明寺駅も、子どものころに比べるとだいぶ変わっている。<br />今は急行も停まる。<br />

    弘明寺駅も、子どものころに比べるとだいぶ変わっている。
    今は急行も停まる。

    弘明寺駅 (京急)

  • 京急の電車がやってきた。これで、千葉に帰る。<br />産まれて子どものとき過ごした地、祖母や叔父、従兄弟がいた母方実家の地、ハマから北総に戻る。<br /><br />野山も里も年月を過ぎて変わっていく中で、数十年たっても変わらない土地も間違いなくあった。しかし、人は変わる、老いる、そして、去ってゆく。<br />そんな当たり前のことを実感し悟るのに、私は50年以上もかかってしまった。<br />思い出をいつまでも胸に込めて、去って行った肉親の分まで、私はこれからも生きていく。

    京急の電車がやってきた。これで、千葉に帰る。
    産まれて子どものとき過ごした地、祖母や叔父、従兄弟がいた母方実家の地、ハマから北総に戻る。

    野山も里も年月を過ぎて変わっていく中で、数十年たっても変わらない土地も間違いなくあった。しかし、人は変わる、老いる、そして、去ってゆく。
    そんな当たり前のことを実感し悟るのに、私は50年以上もかかってしまった。
    思い出をいつまでも胸に込めて、去って行った肉親の分まで、私はこれからも生きていく。

    京急本線 (空港線) 乗り物

    京急の撮影ポイント紹介 by fmi(ふみ)さん
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