2019/07/12 - 2019/07/19
94位(同エリア216件中)
ミズ旅撮る人さん
- ミズ旅撮る人さんTOP
- 旅行記692冊
- クチコミ161件
- Q&A回答23件
- 1,031,934アクセス
- フォロワー48人
「通常のドイツツアーでは訪れることの少ない街へご案内」
この一言で、北ドイツのツアーに参加しました。
8回目は、ベルリンから35kmほど南西にあるポツダムにあるサンスーシ宮殿です。
世界史の授業では「無憂宮」と習いました。
フランス語で「憂いのない」という意味だからです。
階段状になった庭園が有名なサンスーシ宮殿は、外観と庭園の散策をし、
同じサンスーシ公園の中と言えども2.3kmも離れて建つ新宮殿は、
宮殿内に入って見学して来ました。
どちらもプロイセン王国のフリードリッヒ大王が建てた宮殿ですが、
大王は小さい方の宮殿が気に入っていて、そのすぐそばに大層簡素な墓があります。
これは、彼の墓が転々としたからで、1786年に亡くなって、ここに安住したのが
1991年だったからでしょう。遺体は大事にされ過ぎて、疎開までしていました。
新宮殿は、22年後に七年戦争に勝って、プロイセンの威容を誇るため、
殊更に豪壮に建てられました。
新宮殿の写真がたくさんあるため、今回はサンスーシ宮殿の外観と庭園を中心に、
新宮殿の途中までにします。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 交通手段
- 観光バス
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
-
ベルリンでカリーブルストの昼食を取った後、
バスで35km離れたポツダムにやって来ました。
ポツダムという地名は、日本人にとっては「ポツダム宣言」の地と
結びついていることでしょう。
第二次世界大戦の終結を協議し、宣言を採択した場所は、
ポツダムの中にあるツェツィーリエンホーフ宮殿でした。
宮殿といっても、普通の屋敷にしか見えない建物です。
写真はポツダムの北部ハイリガー湖(Heiliger See)の湖畔にある
ハウプタインガング・ノイアー・ガルテン(Haupteingang Neuer Garten )です。
ここから湖の北まで行くと、ツェツィーリエンホーフ宮殿があります。 -
今回のツアーでは訪れなかったので、2013年12月の写真です。
ツェツィーリエンホーフという名前は、
ここに住んでいた皇太子妃の名前です。ツェツィーリエンホーフ宮殿 城・宮殿
-
皇太子妃ツェツィーリアの写真です。
ホーエンツォレルン家最後の皇太子妃です。 -
さて、サンスーシ公園の駐車場に来ました。
広大な公園は289haもあり、サンスーシ宮殿と新宮殿は
同じ公園内にありながら、2.3kmも離れています。
園内を走る695番のバスで行き来が出来ます。
駐車場のそばに、大きな風車があって、中に入ることが出来ます。
サンスーシ宮殿を建てる時、製粉業者がフリードリッヒ大王に嘆願して
取り壊されずに残ったそうです。ドイツのパンは美味しいですね。
公園内を1時間かけて巡る馬車ツアーがあるようです。10ユーロ。歴史的風車 建造物
-
駐車場からサンスーシ宮殿へは、簡単にアクセス出来ます。
仰々しい門や参道など一切なく、突然、建物の横に出るのです。 -
初めて来た時は、え!?これが宮殿?と思ったものです。
平屋の全長100m程度で、写っている部分でほぼすべての宮殿です。
もっとも、こちらは宮殿の裏側で、何故こちら側に来るのかと言えば、
有名な庭園があるからです。サンスーシー宮殿 城・宮殿
-
サンスーシ宮殿は、外観は割合シンプルですが、
内装はフリードリッヒ2世(1712~1786年)独特の
ロココ様式となっています。
夏の離宮として王が自ら設計し、クノーバルスドルフが
その設計をもとに1745年に建設に着手し、1747年に完成させました。 -
この宮殿の部屋数はわずか12。
中心に楕円形の大広間があり、左右に5室ずつ並んでいます。
東側は、書斎・居間・音楽室・謁見室で、西側は客間でした。
こぢんまりした宮殿は、王の執務室ですら、寝室兼用となっています。
ただ、音楽室だけは他の部屋とは違い、豪華な装飾を施しました。
芸術を愛する母親の影響と言われています。
王は、自らフルートの演奏もしたそうで、
愛用のフルートが展示されています。 -
フリードリッヒ2世は、著名な文人や芸術家を集めて
サロンを催しました。
1750年からおよそ3年間、フランスの啓蒙思想家ヴォルテールが、
王の賓客としてこの宮殿に滞在したそうです。… -
外から見ると、たったこれだけの宮殿ですが、フリードリッヒ2世は、35歳から亡くなった74歳までをここで過ごしました。
-
フリードリッヒ2世のお墓です。またまた、え?これが??です。
プロイセン王国を発展・拡大させた最大の立役者で
「大王」と呼ばれる王の墓がこれです。
1786年に亡くなった時は、ポツダムのガルニソン教会に
葬られていました。
しかし、第二次世界大戦末期、遺体はチューリンゲンの岩塩坑に
隠されます。
大戦後、ソ連の管理地にあった遺体をアメリカが奪取して、
今度はホーエンツォレルン城に安置しました。
東西統一後の1991年にようやく遺体は、生前の希望通り、
サンスーシ宮殿のそばに葬られたのです。
とても大事にされて来たと思うのに、
最後にこんな簡素な石板一つになるとは。間違って踏みそうです。
王は、ジャガイモの普及に力を入れ、自らも農園を持っていたことから、
墓にはジャガイモが絶えないそうです。(左端がジャガイモです)
隣には愛犬の墓もあります。 -
2019年12月に撮ったホーエンツォレルン城の写真です。
素晴らしくロケーションのいい場所に建っていて、絵になる城です。
サンスーシ宮殿を訪れて半年で、またドイツに行ってしまいました。ホーエンツォレルン城 城・宮殿
-
優れたフルート奏者であり、作曲家であったフリードリッヒ2世が催す
演奏会では、ヨハン・セバスティアン・バッハの次男
カール・フィリップ・エマヌエル・バッハが即位の年から27年間、
チェンバロ奏者を担当しました。
1747年には父バッハが宮廷を訪問し、
大王の希望に合わせて即興演奏を披露しています。
後に改めて16の作品からなる曲集「音楽の捧げもの」を
作曲しています。 -
入って来たところにあったのと同じ鉄筋の東屋が、こちらにもあります。
-
このサンスーシ宮殿で最も有名なのが、階段状の庭園です。
-
全部で6段あるなだらかな段々は、縁にブドウが植えられているだけで、
あとはこのような草花が適当に咲いています。 -
最下段に大きな噴水があり、そこから宮殿を見上げる風景が
絵になります。 -
同じ風景を12月に撮った写真です。
雪が少し積もっていて、ガイドが滑って危ないからと
庭に降りるのを止めたため、下から見ることが出来ませんでした。
今回は、存分に見ることが出来ます。
噴水の周りにある小さな小屋の中身は彫像たちだったんですね。 -
ブドウの茂った葉の間に扉がいくつかあります。
ここにはイチジクが植えられています。
寒さに弱いので保護しているそうです。
ブドウは葉の形が美しい品種を選んでいるため、酸っぱいのだそうです。 -
サンスーシ公園は、とにかく緑に囲まれていて、
その中に宮殿などの建物が点在しています。
中国茶館には、陶磁器のコレクションが展示されています。
シノワズリ(中国趣味)のフリードリッヒ2世のお気に入りでした。
また、新宮殿だけでなく、オランジェリー宮殿や
シャルロッテンホーフ宮殿などの離宮や絵画館があります。
この公園の見学だけで丸一日掛かりますね。 -
6段の、ブドウとブドウの間は、何もない平坦な空き地です。
なんだかもったいないなあ。
でも、こういう考え方が庶民なんでしょうね。
余裕があるから、余計な物は要らないんだろうな。 -
最下段に来ました。ここは如何にも宮殿の庭園らしく設えられています。
そもそもベルサイユ宮殿を模範にヨーロッパ各国で、
大規模な宮殿と庭園を作った時代なので、フランス式庭園です。 -
広い芝生の縁に、色とりどりの草花が植えられています。
あまりきっちりと植えられていないので、堅苦しさは感じません。 -
クレオメのピンク色が華麗なる宮殿にぴったりです。
-
あなたもそう思いませんか?
美しい庭園で待ち合わせでもしているのかな? -
塔と噴水は庭園の必需品。
-
随分たくさんの種類の花が咲いています。
ピンク色のサルビアのような花がとてもキュート。 -
下から宮殿を見上げると、ブドウの葉が段々になっているのが
見えるだけで、その間の空き地は存在もわかりません。
夏は葉が茂って綺麗ですね。
ぶどうの実はワインに出来ないのかな?
「サンスーシ・ワイン」があったら売れそうだけど。
ご当地ワインって、欲しくなりますね。
以前ハイデルベルクの城址で城のラベル付きのワインを買おうとしたら、
売り切れていました。欲しかったな。 -
噴水越しに見るサンスーシ宮殿の眺めが一番の定番。
-
同じ噴水を見る角度を変えると、新宮殿が見えます。すごいですね。
2.3kmも離れているのに、一直線なんです。
当然、計算の上なのでしょう。 -
冬の間は、小屋囲いされる彫像。
だから宮殿の建物に付いている彫像は傷んでいるのに、
噴水の彫像はとても綺麗なんですね(素材の違いもあるでしょうけど)。 -
それにしても、こういう眺めなら、
ブドウではなくバラを植えそうなものだけど、
どうしてブドウだったんだろう?食糧難対策じゃないよね? -
フリードリヒは1733年、父王が決めた縁談により、ブラウンシュヴァイク=ベーヴェルン家のエリザベート・クリスティーネと結婚します。
しかし、即座に別居をし始め、夏の離宮サンスーシ宮殿には
彼女の立ち入りすら禁止しました。当然、子供はいませんでした。
フリードリヒの跡継ぎは、弟とエリザベート・クリスティーネの妹の間に生まれた息子フリードリヒ・ヴィルヘルム2世がなりました。 -
それでもクリスティーネは、夫フリードリッヒ2世を
敬愛していたそうです。
この庭園を二人が連れ添って歩いたことはありませんでした。 -
サンスーシ宮殿に入れなかったクリスティーネは、
どこにいたのでしょう?
あの奥の新宮殿にはいたかもしれませんね。 -
さて、サンスーシ宮殿の隣に似たような平屋の
黄色い壁の建物があります。ノイエ カンマーン 建造物
-
生垣だけの前庭で、美しい庭園とは言えませんが
サンスーシ宮殿と同じように建物が斜面の上に建って、
庭を見下ろしています。ノイエ カンマーン 建造物
-
ここは、新迎賓館(Neue Kammern )です。
ノイエ・カンマーン(新しい小部屋)と呼ばれるこの館は、
1747年にオランジェリー(温室)として建てられました。
その後1771~1775年にかけて改装され、宴会広間や寝室を有する
来客のための迎賓館となりました。内部はロココ様式の華麗な装飾です。ノイエ カンマーン 建造物
-
サンスーシ宮殿のすぐ隣ですが、ほとんど観光客が来ない穴場でした。
まあ、中に入らない限り、目を引く景色はありませんからね。
一つ一つの施設で入場料を個別に払っていると高額になるので、
チケット・サンスーシ・プラスというポツダム市内のすべての宮殿に
入れるパスを利用するといいです。
ネットで購入すると見学の時間指定が出来ます。
人気のサンスーシ宮殿などは長蛇の列ということも多々あるそうなので、
時間指定が出来るのは助かります。ノイエ カンマーン 建造物
-
新迎賓館の脇から車道に出ると、岩門(Felsentor)がありました。
-
隣が風車です。
歴史的風車 建造物
-
マウルベールアレー(Maulbeerallee )から見た新迎賓館。
ここも坂になっているので、この道からの玄関は
2階部分に接続しています。ノイエ カンマーン 建造物
-
坂の上の方から見ると平屋建てですね。
これで、サンスーシ宮殿の見学を終えてバスに戻ります。 -
サンスーシ宮殿から新宮殿に向かうマウルベールアレーの右側に
オランジェリー宮殿(Orangerieschloss)が見えます。
オランジェリー宮殿は1851年から1864年にかけて、
プロイセン国王フリードリヒ・ヴィルヘルム4世の命により
建てられました。
2つの塔をもつ中央館は、ローマにある別荘ヴィラ・メディチを
モデルにして造られました。
フリードリヒ・ヴィルヘルム4世は、
ラファエロの絵画を飾りたかったのですが、
オリジナルは入手できなかったので、複製を飾ることにしました。
それが「ラファエロの間」で、複製が50点以上も飾られています。
徳島県鳴門市にある大塚美術館のようなものですね。
実はこの車道はオランジェリー宮殿の長い庭のど真ん中を
突っ切って通っています。
左側の庭は、車道のすぐ脇に丸い噴水があり、
その先はエプロンのように長く芝生が続きます。
これは、宮殿の屋上から眺めるとちょうどいい長さなのです。オランジェリー 現代・近代建築
-
少し行くと森の中に細い塔のような建物が見えました。
ドラッケンハウス( Drachenhaus)というレストランでした。
フリードリッヒ2世がシノワズリ(中国趣味)の一環で、
中国茶館を建てた後、1770年から1772年にかけて、
カール・フォン・ゴンタードの設計により、
中国の塔を模倣するように建てられました。
4階建ての屋根の先には16匹のドラゴンが取り付けられています。 -
クラウスベルクのベルベデーレ(Belvedere Klausberg)
1769年にフリードリッヒ2世がゲオルク・クリスチャン・ウンガーに依頼して、古代ローマの建物を模して建設しました。
大王が建てた最後の建物です。
「ベルヴェデーレ」とは「美しい景色」を意味します。
クラウスベルクからは、サンスーシ公園だけでなく、
周辺の湖やポツダムの町並みまで見渡せます。
ローマ皇帝ネロの宮殿をモデルにした円筒形の建物の1階には20本の
イオニア式の円柱、2階には20本のコリント式の円柱があります。
ドーム天井には砂岩で作られた20体の神像があり、
2階の部屋には8つのフランス窓から光が差し込みます。
第二次世界大戦により破壊されましたが、現在では修復されています。
白いシレジア産の大理石の壁が美しい部屋です。
シレジアについてはフランスとプロイセンの因縁の土地なので、
後編で取り上げたいと思います。 -
新宮殿のそばの駐車場に着きました。
新宮殿付近の地図があります。上が東になっています。
真っ直ぐ東に進むとサンスーシ庭園の噴水に辿り着きます。
赤く塗られた新宮殿の向かい側に、
同じくらいの規模の建物Kolonnadeがあります。
ここから西はポツダム大学になります。 -
新宮殿のガイドツアーはツアー代金に含まれていますが、
写真撮影は別途有料で、3ユーロです。
これをカメラに取り付けて歩いていないと、注意されます。
三脚・フラッシュ撮影は禁止です。 -
世界遺産ですから、模型があります。
手前が新宮殿で、地図と同様に上が東になっています。
新宮殿に向き合っている建物群はポツダム大学です。 -
東側のサンスーシ宮殿付近です。
ガイドの左腕の下がサンスーシ宮殿と庭園で、
その左側には風車もあります。
更にその左にはオランジェリー宮殿も見えます。
また、サンスーシ宮殿のすぐ右側に絵画館と呼ばれる建物もあります。
1764年にフリードリッヒ2世が
コレクションを展示するために建設しました。
カラヴァッジョやルーベンス、ファン・ダイクなど17世紀のイタリア・
フランス・フランドルに活躍した巨匠たちの作品を中心にしています。
ここに収蔵し切れなかった絵画は、
ベルリンの絵画館に展示されています。 -
新宮殿は、プロイセン最後の宮殿です。
フリードリッヒ2世が七年戦争の勝利を誇示するために、
ヴェルサイユ宮殿を模して建てた巨大な宮殿は、
幅220m、部屋数200余という規模です。
それなのに、ただの廃墟に見えるのは何故でしょう。 -
屋根の上にはギリシャ神話の神々の像が立ち並んでいます。
屋根の上だけでなく、壁沿いにも塀の上にも像があります。
余程、彫像が好きだったのでしょうが、やり過ぎという気がします。 -
右翼はまだ、修復工事中のようです。
-
中央のドームの高さは55m。
これだけ建物が大きいと高さは感じません。 -
左翼も同じデザインになっています。
-
イチオシ
新宮殿に向かい合って建っているのが、こちらの建物です。
個人的な意見としては、こちらの方が見応えがあります。 -
修復されている新宮殿に対して、もっと廃墟感がありますが、
ゴテゴテし過ぎず、変化のあるデザインなので、
ついこちらに目が行きます。
何と言っても、エントランスが優美です。 -
ガイドによると、こちらは新宮殿に仕えていた使用人たちの
居住区なのだそうです。
それにしては立派という気もしますが、新宮殿の真ん前に
あまり貧相な建物を建てる訳にも行かなかったのでしょうね。
大まかなところは、新宮殿と同じデザインになっています。 -
この裏側は既にポツダム大学というのが、おもしろいです。
だから、ちらっと見える後ろの建物は新しいのですね。
この円形広場に向かって左側の建物は、大学図書館になっています。 -
円形広場の中央にあるこの門の向こう側は、芝生が広がり、
学生たちが闊歩する生き生きとした世界になっています。
こちら側の、豪奢な宮殿がありながらも、
何故か廃墟にしか見えない陰気な雰囲気とは対照的です。 -
絵になるので、ついこちら側ばかり撮ってしまいます。
さあ、後ろの新宮殿に向かいましょう。 -
正面の門は自由に出入りが出来ます。
左の門柱の中に観光客がいます。
彼は、壁に開いている穴から顔を出していて、
それを外から女性が撮っています。 -
こんな写真もおもしろいですね。
-
正面玄関のファサード。これだけ見ても、フリードリッヒ2世が
収集癖のある人だとわかります。
シュレージエン地方を獲得して豊かになったので、
お金は使い放題だったのでしょうが、
使い方が残念ながら違っていましたね。
だから結果的にプロイセンはヨーロッパの覇権を握れず、
産業革命と金融手腕で卓越していたイギリスに負けたのです。
ポルトガルも世界をスペインと二分するほど栄えたのに、
財力を新興産業に注がずに、豪華な宮殿や教会ばかり作っていたので、
斜陽の国になってしまいました。 -
正面玄関は、あまりエントランスとしての作りになっていません。
この宮殿がなにか物足りない感じがするのは、このためかもしれません。 -
新宮殿の見取り図です。
赤く塗られた部分が、通年グランドツアーで見学できる場所です。
オレンジ色は、4~10月だけのグランドツアー「living space」、
水色が同時期に見られる「King's Apartment」。
両者の違いがよくわかりません。 -
フリードリッヒ2世が「大王」と呼ばれていた時代、
ここはどんな風だったのでしょう?
華やかだった頃があるとは、ちょっと想像できません。
緑豊かで美しいサンスーシ公園の西の外れにポツンとある大宮殿。
あまり人気があるようにも見えない立派な建物です。 -
ところが、中に入ってびっくりです。
まさかこれ程、豪奢でキラキラしく、
美術品がびっしりと詰まっているなんて。 -
中身はヴェルサイユ宮殿並みなのに、どうして観光客が少ないのか。
やはり庭がないのも一因でしょう。
そしてやっぱりデザインがドイツ的なのかな?
規模は立派でも「おしゃれ」じゃない。
ちょっと見て、「わ、素敵」と思えない。 -
悲しいアンバランスな新宮殿に入った様子は後編にします。
あまりに被写体だらけで、クラクラする豪華な内装が満載になります。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
旅行記グループ
2019年7月 北ドイツ周遊
-
北ドイツの小さな街めぐり(1) デュッセルドルフ
2019/07/12~
デュッセルドルフ
-
北ドイツの小さな街めぐり(2) ハーメルン
2019/07/12~
ハーメルン
-
北ドイツの小さな街めぐり(3) ブレーメン
2019/07/12~
ブレーメン
-
北ドイツの小さな街めぐり(4) リューベック
2019/07/12~
リューベック
-
北ドイツの小さな街めぐり(5) シュヴェリーン城
2019/07/12~
シュヴェリーン
-
北ドイツの小さな街めぐり(6)ベルリン前編
2019/07/12~
ベルリン
-
北ドイツの小さな街めぐり(7)ベルリン後編
2019/07/12~
ベルリン
-
北ドイツの小さな街めぐり(8) 新旧のサンスーシ宮殿(前編)
2019/07/12~
ポツダム
-
北ドイツの小さな街めぐり(9) 新旧のサンスーシ宮殿(後編)
2019/07/12~
ポツダム
-
北ドイツの小さな街めぐり(10) レスニッツグルント鉄道のSL
2019/07/12~
ドレスデン
-
北ドイツの小さな街めぐり(11) ドレスデンのクンストホーフパッサージュ
2019/07/12~
ドレスデン
-
北ドイツの小さな街めぐり(12)エアフルト(前編)
2019/07/12~
エアフルト
-
北ドイツの小さな街めぐり(13) エアフルト(後編)
2019/07/12~
エアフルト
-
北ドイツの小さな街めぐり(14) フロイデンベルク
2019/07/12~
その他の都市
旅行記グループをもっと見る
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったスポット
もっと見る
ポツダム(ドイツ) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 2019年7月 北ドイツ周遊
0
70