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「マルタ共和国」という小さな島国が地中海のど真ん中にあります。<br />イタリアのブーツが蹴飛ばしたシチリア島の南、約100kmに位置する国で、<br />淡路島の半分、東京23区の半分の面積しかありません。<br /> ツアー4日目。午後は首都ヴァレッタに戻って観光です。<br />どこを向いても金尽くめの「聖ヨハネ大聖堂」の見学を終え、<br />次はすぐそばにある「騎士団長の邸宅」に行きます。<br />ヨハネ騎士団がマルタに本拠地を構えた当初は、スリーシティーズの中の<br />ヴィットリオーザにある聖アンジェロ砦に陣取っていました。<br />やがて1565年のオスマン・トルコによる大包囲戦を耐え抜き、<br />翌年、シヴェラス半島に新しい都市ヴァレッタの建設を始めます。<br />大聖堂が建てられたのは、1572~77年ですが、<br />「騎士団長の邸宅」は1574年に完成しています。<br />設計したのは大聖堂と同じ、ジェラーロモ・カッサールです。<br />マルタ・ストーンで建てられた建物は、ヴァレッタの中心にあり、リパブリック通り<br />とセントジョージ広場に面しています。玄関前では衛兵交代が行われます。<br />現在は、大統領府と議会が置かれているので、見学は一部分になります。<br /><br />

地中海の真ん中にあるマルタ島(11)   ヴァレッタの「騎士団長の邸宅」

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2018/01/26 - 2018/02/01

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旅行記グループ マルタ島周遊記

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「マルタ共和国」という小さな島国が地中海のど真ん中にあります。
イタリアのブーツが蹴飛ばしたシチリア島の南、約100kmに位置する国で、
淡路島の半分、東京23区の半分の面積しかありません。
 ツアー4日目。午後は首都ヴァレッタに戻って観光です。
どこを向いても金尽くめの「聖ヨハネ大聖堂」の見学を終え、
次はすぐそばにある「騎士団長の邸宅」に行きます。
ヨハネ騎士団がマルタに本拠地を構えた当初は、スリーシティーズの中の
ヴィットリオーザにある聖アンジェロ砦に陣取っていました。
やがて1565年のオスマン・トルコによる大包囲戦を耐え抜き、
翌年、シヴェラス半島に新しい都市ヴァレッタの建設を始めます。
大聖堂が建てられたのは、1572~77年ですが、
「騎士団長の邸宅」は1574年に完成しています。
設計したのは大聖堂と同じ、ジェラーロモ・カッサールです。
マルタ・ストーンで建てられた建物は、ヴァレッタの中心にあり、リパブリック通り
とセントジョージ広場に面しています。玄関前では衛兵交代が行われます。
現在は、大統領府と議会が置かれているので、見学は一部分になります。

旅行の満足度
4.5
観光
4.5
交通手段
徒歩
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行あり)
利用旅行会社
阪急交通社
  • 大聖堂を出て、リパブリック通りを北東に進んで行きます。<br />リパブリック広場の向こうに、「騎士団長の邸宅」が見えて来ました。<br />昨日はヴァレッタの街歩きで、外観だけを見て回りましたが、<br />前回から3回続きで、3つの施設を見学します。<br />その第2弾が「騎士団長の邸宅」です。<br />ガイドブックには「宮殿」と書かれていますが、<br />「Palace」には「邸宅」という意味もあります。<br />騎士団長という役柄を鑑み、「邸宅」と表記します。<br />

    大聖堂を出て、リパブリック通りを北東に進んで行きます。
    リパブリック広場の向こうに、「騎士団長の邸宅」が見えて来ました。
    昨日はヴァレッタの街歩きで、外観だけを見て回りましたが、
    前回から3回続きで、3つの施設を見学します。
    その第2弾が「騎士団長の邸宅」です。
    ガイドブックには「宮殿」と書かれていますが、
    「Palace」には「邸宅」という意味もあります。
    騎士団長という役柄を鑑み、「邸宅」と表記します。

  • 頑丈な壁の続く建物には、セントジョージ広場に面して、<br />2つの門があります。<br />向かって右側の門から入るのですが、左側は衛兵が警護しています。<br />衛兵交代の模様は後ほど。

    頑丈な壁の続く建物には、セントジョージ広場に面して、
    2つの門があります。
    向かって右側の門から入るのですが、左側は衛兵が警護しています。
    衛兵交代の模様は後ほど。

  • 門の脇には、このような文言が刻まれています。<br />「マルタの人々へ、1964年9月21日、<br />これらの島々の独立を祝福します。」<br />マルタがイギリスから独立して主権国家になった日です<br />(英連邦に加入)。<br />マルタ共和国が成立したのは1974年12月13日で、<br />総督を廃し、大統領制となりました。<br />1979年3月末にイギリス軍は撤退を完了しました。<br />2004年5月にEUに加盟しました。<br />2008年1月にはユーロも導入されています。<br />2019年の人口は約51万人。マルタ語及び英語が公用語です。<br />

    門の脇には、このような文言が刻まれています。
    「マルタの人々へ、1964年9月21日、
    これらの島々の独立を祝福します。」
    マルタがイギリスから独立して主権国家になった日です
    (英連邦に加入)。
    マルタ共和国が成立したのは1974年12月13日で、
    総督を廃し、大統領制となりました。
    1979年3月末にイギリス軍は撤退を完了しました。
    2004年5月にEUに加盟しました。
    2008年1月にはユーロも導入されています。
    2019年の人口は約51万人。マルタ語及び英語が公用語です。

  • では、中に入って行きましょう。<br />右側の門から入って、「アルフレッド王子の中庭」に出ました。<br />中庭を見下ろす時計塔は、文字盤に様々なバリエーションがあります。<br />

    では、中に入って行きましょう。
    右側の門から入って、「アルフレッド王子の中庭」に出ました。
    中庭を見下ろす時計塔は、文字盤に様々なバリエーションがあります。

  • 中庭では、これからのシーズンに向けて、苗を育てているところです。<br />これは、何が咲くのかな?葵の葉に似てるけど。<br />ゼラニウムはあちこちで見掛けるから、そうかも。<br />赤い花が咲いている木は、ハイビスカスです。<br />

    中庭では、これからのシーズンに向けて、苗を育てているところです。
    これは、何が咲くのかな?葵の葉に似てるけど。
    ゼラニウムはあちこちで見掛けるから、そうかも。
    赤い花が咲いている木は、ハイビスカスです。

  • その中庭の一隅にガラス張りの階段があります。<br />それを上がって、見学コースに入ります。<br />邸宅には、大統領府と議会が置かれているので、<br />見学は2階の一部の部屋と廊下だけになります。

    その中庭の一隅にガラス張りの階段があります。
    それを上がって、見学コースに入ります。
    邸宅には、大統領府と議会が置かれているので、
    見学は2階の一部の部屋と廊下だけになります。

  • 2階の廊下です。<br />両側に、比較的新しい時代の甲冑が並んでいます。<br />騎士団長の邸宅らしいですね。<br />当時は本当の騎士団員が立っていたのかな?<br />

    2階の廊下です。
    両側に、比較的新しい時代の甲冑が並んでいます。
    騎士団長の邸宅らしいですね。
    当時は本当の騎士団員が立っていたのかな?

  • 廊下の天井部分を見ると、いきなりまるで絵画のような場面になります。<br />大聖堂と同じように、壁に直に絵を描いているのでしょう。<br />一見、彫刻のように見える部分も、たぶん殆どが絵です。<br />正面の紋章を掲げる盾も絵。壁や天井、柱の凹凸も殆どが絵です。<br />「だまし絵」などと言われますが、これだけ美しければ、<br />これはこれでいいなあ。<br />

    イチオシ

    地図を見る

    廊下の天井部分を見ると、いきなりまるで絵画のような場面になります。
    大聖堂と同じように、壁に直に絵を描いているのでしょう。
    一見、彫刻のように見える部分も、たぶん殆どが絵です。
    正面の紋章を掲げる盾も絵。壁や天井、柱の凹凸も殆どが絵です。
    「だまし絵」などと言われますが、これだけ美しければ、
    これはこれでいいなあ。

  • 平らな天井に奥行きが出来、豪華さを増します。<br />この邸宅が完成したのは、ヴァレッタの街が造られた当初の<br />1547年です。<br />中心になる建物なので、大聖堂より早く完成しました。<br />完成を急ぐ必要があったので、時間も費用も掛かる彫刻を<br />作っている余裕が無かったのでしょう。<br />それにしても、綺麗だなあ。<br />

    平らな天井に奥行きが出来、豪華さを増します。
    この邸宅が完成したのは、ヴァレッタの街が造られた当初の
    1547年です。
    中心になる建物なので、大聖堂より早く完成しました。
    完成を急ぐ必要があったので、時間も費用も掛かる彫刻を
    作っている余裕が無かったのでしょう。
    それにしても、綺麗だなあ。

  • 廊下の壁には、歴代の騎士団長の肖像画も飾られています。<br />「騎士団長の宮殿」を建設したのは、ヴァレッタを作った<br />ヴァレット騎士団長の次に就任したピエトロ・デル・モンテですが、<br />彼も邸宅の完成を待たずに逝去。<br />第51代目の騎士団長であるラ・カシエルから<br />代々公邸として使用されました。

    廊下の壁には、歴代の騎士団長の肖像画も飾られています。
    「騎士団長の宮殿」を建設したのは、ヴァレッタを作った
    ヴァレット騎士団長の次に就任したピエトロ・デル・モンテですが、
    彼も邸宅の完成を待たずに逝去。
    第51代目の騎士団長であるラ・カシエルから
    代々公邸として使用されました。

  • 重い甲冑を着たままでも、昇り降りのしやすそうな階段です。<br />あの先に行きたいなと、すごく思わせる魅惑的な階段でした。<br />

    重い甲冑を着たままでも、昇り降りのしやすそうな階段です。
    あの先に行きたいなと、すごく思わせる魅惑的な階段でした。

  • 最初の部屋は、あれ?なんかちょっと現代風。<br />ガイドブックにあるような歴史を背負った「~の間」とは違います。<br />

    最初の部屋は、あれ?なんかちょっと現代風。
    ガイドブックにあるような歴史を背負った「~の間」とは違います。

  • 中央のテーブルに向かってモニターが置かれているし。<br />現在でも、会議などで使っているのかな?<br />さしずめ壁の肖像画は歴代マルタ大統領?<br />日本国外務省のHPによると、現在は<br />ジョージ・ヴェッラ大統領(2019年4月4日就任)<br />ロバート・アベーラ首相(2020年1月15日アベーラ内閣発足)<br />が在籍しています。<br />2019年10月の令和の即位礼正殿の儀には、<br />ヴェッラ大統領が出席されました。<br />この時、千葉商科大学に於いて「A small Island State’s Contribution<br /> to Multilateralism: The case of Malta」<br />という講演を行っておられます。<br />1990年8月の平成の即位の礼には、タボーネ大統領が<br />出席されています。<br />

    中央のテーブルに向かってモニターが置かれているし。
    現在でも、会議などで使っているのかな?
    さしずめ壁の肖像画は歴代マルタ大統領?
    日本国外務省のHPによると、現在は
    ジョージ・ヴェッラ大統領(2019年4月4日就任)
    ロバート・アベーラ首相(2020年1月15日アベーラ内閣発足)
    が在籍しています。
    2019年10月の令和の即位礼正殿の儀には、
    ヴェッラ大統領が出席されました。
    この時、千葉商科大学に於いて「A small Island State’s Contribution
    to Multilateralism: The case of Malta」
    という講演を行っておられます。
    1990年8月の平成の即位の礼には、タボーネ大統領が
    出席されています。

  • ついでに両国の貿易の現状(2019年)は、<br />輸出(日本からマルタ):船舶類、自動車、半導体等電子部品 等 141億円<br />輸入(マルタから日本):魚介類、半導体等電子部品、電気回路等の機器<br />等 241億円だそうです。あれ、日本は貿易赤字だわ。<br />マルタからの輸入品目は意外でした。<br />日本車は市中でよく見掛けました。<br />同じ左側通行なので、日本車は使いやすいようです。<br />

    ついでに両国の貿易の現状(2019年)は、
    輸出(日本からマルタ):船舶類、自動車、半導体等電子部品 等 141億円
    輸入(マルタから日本):魚介類、半導体等電子部品、電気回路等の機器
    等 241億円だそうです。あれ、日本は貿易赤字だわ。
    マルタからの輸入品目は意外でした。
    日本車は市中でよく見掛けました。
    同じ左側通行なので、日本車は使いやすいようです。

  • イギリスのエリザベス女王ですね。<br />マルタ共和国は、1964年に英連邦に加入しています。<br />

    イギリスのエリザベス女王ですね。
    マルタ共和国は、1964年に英連邦に加入しています。

  • 次の部屋に移動します。こちらの廊下は一段と高く、立派ですが、<br />さっきの廊下の方が邸宅らしいかな。<br />

    次の部屋に移動します。こちらの廊下は一段と高く、立派ですが、
    さっきの廊下の方が邸宅らしいかな。

  • 窓の外を見ると、「ネプチューンの中庭」が見えます。<br />騎士団長アロフ・ドゥ・ワイグナーコートが、ジャンボローシャに命じて海神ネプチューンの銅像を設置しています。<br />100年ほど前までは、水飲み場として利用されていました。<br />

    窓の外を見ると、「ネプチューンの中庭」が見えます。
    騎士団長アロフ・ドゥ・ワイグナーコートが、ジャンボローシャに命じて海神ネプチューンの銅像を設置しています。
    100年ほど前までは、水飲み場として利用されていました。

  • まるでヨハン・セバスチャン・バッハ(1685~1750)のような<br />鬘を付けた騎士団長の肖像画。<br />全然「騎士団長」らしくないけど、そもそも王侯貴族がなるのだから、<br />こちらが普通なのかな。<br />

    まるでヨハン・セバスチャン・バッハ(1685~1750)のような
    鬘を付けた騎士団長の肖像画。
    全然「騎士団長」らしくないけど、そもそも王侯貴族がなるのだから、
    こちらが普通なのかな。

  • 天井を見上げると、まるで梁とドーム天井があるように描かれています。<br />これはこれで、遠近法を駆使して健闘しているなあ。<br />

    天井を見上げると、まるで梁とドーム天井があるように描かれています。
    これはこれで、遠近法を駆使して健闘しているなあ。

  • 「兵器庫通路」<br />

    「兵器庫通路」

  • ここから先は行かれないので、すっきり全景が撮れます。<br />中世の甲冑がこれだけ並んでいるのは、滅多に見られません。<br />チェスの世界に迷い込んだみたい。

    ここから先は行かれないので、すっきり全景が撮れます。
    中世の甲冑がこれだけ並んでいるのは、滅多に見られません。
    チェスの世界に迷い込んだみたい。

  • 「給仕の間」<br />黄色いタペストリーが全面に貼られているので<br />「黄色の間」とも言います。<br />10代の若い騎士たちが、年長の騎士たちの世話をするために<br />詰めていました。<br />

    「給仕の間」
    黄色いタペストリーが全面に貼られているので
    「黄色の間」とも言います。
    10代の若い騎士たちが、年長の騎士たちの世話をするために
    詰めていました。

  • マルタ島の絵地図です。南が上になっているので、<br />一瞬どこの地図だかわかりませんでした。<br />ヴァレッタは左下になります。ゴゾ島は描かれてなく、<br />コミノ島は右端に半分だけ描かれています。<br />

    マルタ島の絵地図です。南が上になっているので、
    一瞬どこの地図だかわかりませんでした。
    ヴァレッタは左下になります。ゴゾ島は描かれてなく、
    コミノ島は右端に半分だけ描かれています。

  • 左下の部分を拡大すると、下に真っすぐ伸びている半島が目に付きます。<br />これがヴァレッタを建設するシヴェラス半島です。<br />1565年の大包囲戦当時は、守護の要はヴィットリオーザだったので、<br />シヴェラス半島には先端に小さな砦があるだけ。<br />聖エルモ砦は1552年に建設されています。<br />ヴィットリオーザの先端に十字の旗が見えます。<br />ここに聖アンジェロ砦があります。<br />地図の右上に大きな要塞が見えます。<br />これは「城壁の町」を意味するイムディーナの町です。<br />ヴァレッタが建設される以前の首都でした。<br />イムディーナには、明後日行きます。<br />

    左下の部分を拡大すると、下に真っすぐ伸びている半島が目に付きます。
    これがヴァレッタを建設するシヴェラス半島です。
    1565年の大包囲戦当時は、守護の要はヴィットリオーザだったので、
    シヴェラス半島には先端に小さな砦があるだけ。
    聖エルモ砦は1552年に建設されています。
    ヴィットリオーザの先端に十字の旗が見えます。
    ここに聖アンジェロ砦があります。
    地図の右上に大きな要塞が見えます。
    これは「城壁の町」を意味するイムディーナの町です。
    ヴァレッタが建設される以前の首都でした。
    イムディーナには、明後日行きます。

  • こちらの地図は、北東が上になっています。<br />ヴァレッタに人が押し寄せ、町が建設されていく様子です。<br />

    こちらの地図は、北東が上になっています。
    ヴァレッタに人が押し寄せ、町が建設されていく様子です。

  • 拡大しました。中央がヴァレッタを建設するシヴェラス半島です。<br />1565年のオスマン・トルコによる大包囲戦で活躍した<br />ジャン・ドゥ・ヴァレット第49代騎士団長の名前を取った<br />ヴァレッタの街が翌年から建設されました。<br />三方を海に囲まれた天然の要塞です。<br />これだけ特異な土地があるのに、初代の首都は内陸部の<br />イムディーナに建設されたんですね。<br />元々、今朝見て来たハジャーイム神殿などの巨石文化は島の南部に<br />点在しているし、イムディーナも9世紀には町が出来ていたそうです。<br />

    拡大しました。中央がヴァレッタを建設するシヴェラス半島です。
    1565年のオスマン・トルコによる大包囲戦で活躍した
    ジャン・ドゥ・ヴァレット第49代騎士団長の名前を取った
    ヴァレッタの街が翌年から建設されました。
    三方を海に囲まれた天然の要塞です。
    これだけ特異な土地があるのに、初代の首都は内陸部の
    イムディーナに建設されたんですね。
    元々、今朝見て来たハジャーイム神殿などの巨石文化は島の南部に
    点在しているし、イムディーナも9世紀には町が出来ていたそうです。

  • こちらの地図は、マルタ島の西半分を2面に跨って描いています。<br />左端が島の西端で、その更に西にコミノ島・ゴゾ島があります。<br />右下にはイムディーナの町が描かれています。<br />イムディーナの上の湾は、セントポールズ湾です。<br />現在では、イギリス人のリゾート地として発展しています。<br />

    こちらの地図は、マルタ島の西半分を2面に跨って描いています。
    左端が島の西端で、その更に西にコミノ島・ゴゾ島があります。
    右下にはイムディーナの町が描かれています。
    イムディーナの上の湾は、セントポールズ湾です。
    現在では、イギリス人のリゾート地として発展しています。

  • 紋章の両脇を4本の旗が囲むスタイルは、<br />大聖堂で見た騎士団長のモニュメントと同じです。<br />紋章の下の6枚の絵には、アダムとイブの誕生から、<br />エデンの園を追われるまでと、右端にノアの箱舟が描かれています。<br />

    紋章の両脇を4本の旗が囲むスタイルは、
    大聖堂で見た騎士団長のモニュメントと同じです。
    紋章の下の6枚の絵には、アダムとイブの誕生から、
    エデンの園を追われるまでと、右端にノアの箱舟が描かれています。

  • オスマン・トルコによる大包囲戦を描いています。<br />中央がヴァレッタ建設前のシヴェラス半島。<br />奥がヴィットリオーザの聖アンジェロ砦です。<br />

    オスマン・トルコによる大包囲戦を描いています。
    中央がヴァレッタ建設前のシヴェラス半島。
    奥がヴィットリオーザの聖アンジェロ砦です。

  • 電球に交換されていますが、素敵なシャンデリアです。<br />

    電球に交換されていますが、素敵なシャンデリアです。

  • 「給仕の間」には、マルタ共和国の国章をあしらった上座があります。<br />マルタの国章は、国旗とほぼ同じデザインです。<br />左上には、第二次世界大戦での功績を認められ、イギリスから贈られた<br />セント・ジョージ勲章をとり入れています。<br />白は純潔、正義、平和を、赤は情熱、犠牲を表しています。<br />

    「給仕の間」には、マルタ共和国の国章をあしらった上座があります。
    マルタの国章は、国旗とほぼ同じデザインです。
    左上には、第二次世界大戦での功績を認められ、イギリスから贈られた
    セント・ジョージ勲章をとり入れています。
    白は純潔、正義、平和を、赤は情熱、犠牲を表しています。

  • 隣の角部屋は「大使の間」です。<br />こちらは赤いタペストリーのため「赤の間」と呼ばれます。<br />この椅子を見ると、現在でも来客をもてなすのに<br />使われているんじゃないかな。<br />

    隣の角部屋は「大使の間」です。
    こちらは赤いタペストリーのため「赤の間」と呼ばれます。
    この椅子を見ると、現在でも来客をもてなすのに
    使われているんじゃないかな。

  • この部屋は、ガイドブックには載っていません。<br />見学できる部屋とされている「最高審議の間」には<br />立ち寄りませんでした。<br />「兵器庫」は、2017年から修復のため閉鎖されていました。<br />

    この部屋は、ガイドブックには載っていません。
    見学できる部屋とされている「最高審議の間」には
    立ち寄りませんでした。
    「兵器庫」は、2017年から修復のため閉鎖されていました。

  • 騎士団のコスチュームでしょうか。なかなか派手なデザインです。<br />

    騎士団のコスチュームでしょうか。なかなか派手なデザインです。

  • 絵と絵の間の彫刻に見えるのも絵なのが、すごいです。<br />

    絵と絵の間の彫刻に見えるのも絵なのが、すごいです。

  • もっとマルタの歴史に詳しければ、これらの絵がどの時代を<br />描いているのかわかるでしょうか。<br />

    もっとマルタの歴史に詳しければ、これらの絵がどの時代を
    描いているのかわかるでしょうか。

  • 「兵器庫通路」に出ました。今回の表紙はここです。<br />

    「兵器庫通路」に出ました。今回の表紙はここです。

  • おお、古めかしい大時計があります。<br />

    おお、古めかしい大時計があります。

  • これはすごい!貴族の生活風景を描いていますが、<br />どうやって描いているんでしょう?<br />箱根の寄木細工のような色合いで、模様が東洋風に見えます。<br />

    これはすごい!貴族の生活風景を描いていますが、
    どうやって描いているんでしょう?
    箱根の寄木細工のような色合いで、模様が東洋風に見えます。

  • 船を中央に据えつつ、手前に配される草花がまるで日本画のよう。<br />これは、この邸宅の中で、私にとっての一番の宝物でした。<br />今更ながら気づいたのですが、<br />マルタでは宝飾品などの宝物を見ることはありませんでした。<br />なにしろ、国王がいたことがないので、<br />権力者が金に飽かせて貯め込んだ貴金属などは、<br />マルタ騎士団と共に持ち出されたか、<br />ナポレオンやイギリス軍に接収されてしまったのでしょう。<br />

    船を中央に据えつつ、手前に配される草花がまるで日本画のよう。
    これは、この邸宅の中で、私にとっての一番の宝物でした。
    今更ながら気づいたのですが、
    マルタでは宝飾品などの宝物を見ることはありませんでした。
    なにしろ、国王がいたことがないので、
    権力者が金に飽かせて貯め込んだ貴金属などは、
    マルタ騎士団と共に持ち出されたか、
    ナポレオンやイギリス軍に接収されてしまったのでしょう。

  • 最初の見事な天井の場所に戻って来ました。<br />

    最初の見事な天井の場所に戻って来ました。

  • 大きな帽子を被った騎士団長。<br />騎士団長の肖像画って、いかつい甲冑で身を包んだ<br />威張った感じの物だと思っていました。<br />意外と普通の貴族の肖像画なんですね。<br />

    大きな帽子を被った騎士団長。
    騎士団長の肖像画って、いかつい甲冑で身を包んだ
    威張った感じの物だと思っていました。
    意外と普通の貴族の肖像画なんですね。

  • 1547年に建てられた騎士団長の邸宅は、<br />1798年、騎士団がナポレオンにマルタを追い出されるまで<br />中心的役割を果たしていました。<br />イギリス統治時代には総督官邸となりました。<br />その後、1926~1976年まで、マルタ議会が置かれました。<br />

    1547年に建てられた騎士団長の邸宅は、
    1798年、騎士団がナポレオンにマルタを追い出されるまで
    中心的役割を果たしていました。
    イギリス統治時代には総督官邸となりました。
    その後、1926~1976年まで、マルタ議会が置かれました。

  • マルタ騎士団が去った後、マルタの歴史は大きく変わりました。<br />1799年にイギリス軍がフランス軍を追い出し、<br />パリ条約でイギリス領となることが決定。<br />第一次・第二次世界大戦を経て、1964年に独立しました。<br />有史以来、どこかの国の支配を常に受けて来たマルタは、<br />ついに独り立ちしました。<br />その歴史の場に、幾度もこの邸宅は登場したことでしょう。<br />

    イチオシ

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    マルタ騎士団が去った後、マルタの歴史は大きく変わりました。
    1799年にイギリス軍がフランス軍を追い出し、
    パリ条約でイギリス領となることが決定。
    第一次・第二次世界大戦を経て、1964年に独立しました。
    有史以来、どこかの国の支配を常に受けて来たマルタは、
    ついに独り立ちしました。
    その歴史の場に、幾度もこの邸宅は登場したことでしょう。

  • 「騎士団長の邸宅」は、マルタ政府が使用しているので、<br />たくさんのアンテナが立っています。<br />外観の変化はこれくらいですが、きっと公開されていない内部は、<br />かなりリフォームされているんでしょうね。<br />

    「騎士団長の邸宅」は、マルタ政府が使用しているので、
    たくさんのアンテナが立っています。
    外観の変化はこれくらいですが、きっと公開されていない内部は、
    かなりリフォームされているんでしょうね。

  • 再び「アルフレッド王子の中庭」に来ました。<br />昼下がりにここで憩う人々がたくさんいます。<br />

    再び「アルフレッド王子の中庭」に来ました。
    昼下がりにここで憩う人々がたくさんいます。

  • リパブリック通りにあるカフェ・コルディナ(Caffe Cordina)で、ちょっと遅めの昼食です。<br />いや、ケーキは見ただけですよ。<br />メインはブラジオリというマルタ風ハンバーグでした。<br />

    リパブリック通りにあるカフェ・コルディナ(Caffe Cordina)で、ちょっと遅めの昼食です。
    いや、ケーキは見ただけですよ。
    メインはブラジオリというマルタ風ハンバーグでした。

    カフェ コルディナ その他の料理

  • あんまり美味しそうだったので、しっかり撮っちゃった。<br />それなのに、とうとう食べられなかった・・・<br />昨日、パスティッツィは食べたけどね。<br />コルディナでのドリンク代は、地元のチスク(CISK)というビールが大4.8、小2.5ユーロ。<br />ジュース2.4ユーロ、水2.1ユーロ、グラスワイン3.75ユーロ<br />でした。<br />

    あんまり美味しそうだったので、しっかり撮っちゃった。
    それなのに、とうとう食べられなかった・・・
    昨日、パスティッツィは食べたけどね。
    コルディナでのドリンク代は、地元のチスク(CISK)というビールが大4.8、小2.5ユーロ。
    ジュース2.4ユーロ、水2.1ユーロ、グラスワイン3.75ユーロ
    でした。

  • 昼食後は、ツアーはアッパー・バラッカ・ガーデンを見学して<br />ホテルに戻ります。<br />それではおもしろくないので、レストランでツアーを離団しました。<br />最近のツアーでは、これが出来るので、すごく助かります。<br />前以て、添乗員にはどこで、いつまで離団するかを伝えておき、<br />声を掛けて店を後にします。<br />コルディナは、「騎士団長の邸宅」のすぐそばなので、<br />また前を通ります。<br />

    昼食後は、ツアーはアッパー・バラッカ・ガーデンを見学して
    ホテルに戻ります。
    それではおもしろくないので、レストランでツアーを離団しました。
    最近のツアーでは、これが出来るので、すごく助かります。
    前以て、添乗員にはどこで、いつまで離団するかを伝えておき、
    声を掛けて店を後にします。
    コルディナは、「騎士団長の邸宅」のすぐそばなので、
    また前を通ります。

  • マルタ島は、冬でも最高気温が平均で10℃を下回らないので、<br />他のヨーロッパ諸国より勤務は楽だね。<br />でも、マルタは朝晩の風がとても冷たいから、<br />しっかり防寒具を着込んでいます。<br />

    マルタ島は、冬でも最高気温が平均で10℃を下回らないので、
    他のヨーロッパ諸国より勤務は楽だね。
    でも、マルタは朝晩の風がとても冷たいから、
    しっかり防寒具を着込んでいます。

  • お!左側の彼、気合入ってるね。<br />

    お!左側の彼、気合入ってるね。

  • 彼らの間の門の奥には、ネプチューン像が見えます。<br />

    彼らの間の門の奥には、ネプチューン像が見えます。

  • 衛兵の立っている写真を撮っていると、おもむろに動き始めました。<br />おお!衛兵交代だ。<br />何時に行われるのか知らなかったのですが、<br />たまたまその時間に遭遇したようです。<br />

    衛兵の立っている写真を撮っていると、おもむろに動き始めました。
    おお!衛兵交代だ。
    何時に行われるのか知らなかったのですが、
    たまたまその時間に遭遇したようです。

  • ズボンの赤いラインが格好いいね。<br />交替する時の動きがキビキビして見えます。<br />

    ズボンの赤いラインが格好いいね。
    交替する時の動きがキビキビして見えます。

  • 向かって右の衛兵は、そのまま真っ直ぐ進み、<br />左側の衛兵は少し外側に膨らんで進みます。<br />

    向かって右の衛兵は、そのまま真っ直ぐ進み、
    左側の衛兵は少し外側に膨らんで進みます。

  • 二人が交差して、すれ違いました。<br />

    二人が交差して、すれ違いました。

  • そのまま、互いが立っていた位置に向かいます。<br />

    そのまま、互いが立っていた位置に向かいます。

  • 元の位置に来ると、回れ右をして振り返ります。<br />

    元の位置に来ると、回れ右をして振り返ります。

  • そして、また中央に向かって歩いて行って、交差するのです。<br />

    そして、また中央に向かって歩いて行って、交差するのです。

  • とうとう出発点に戻って来ました。あれ?交代しないの?<br />

    とうとう出発点に戻って来ました。あれ?交代しないの?

  • まさかの3回目、歩いて行きました。<br />今度こそは、そこで門の中に入るとか、するよね?<br />でも、そもそも交代要員が来ていません。<br />

    まさかの3回目、歩いて行きました。
    今度こそは、そこで門の中に入るとか、するよね?
    でも、そもそも交代要員が来ていません。

  • 4回目。いったい彼らは何をしているんだろう???<br />

    4回目。いったい彼らは何をしているんだろう???

  • そして5回目。いや~、参った。何回、行き交うんだろう。<br />14:51。さすがにずっと見ている訳にも行かず、ここで諦めました。<br />ただ突っ立っている衛兵よりは、おもしろいですが、<br />まさか15時まで歩き続けるの?<br />国によって、衛兵交代にもバリエーションがありますね。<br />自由にヴァレッタの街を散策できる最後のチャンスなので、<br />先を急ぎます。<br />

    そして5回目。いや~、参った。何回、行き交うんだろう。
    14:51。さすがにずっと見ている訳にも行かず、ここで諦めました。
    ただ突っ立っている衛兵よりは、おもしろいですが、
    まさか15時まで歩き続けるの?
    国によって、衛兵交代にもバリエーションがありますね。
    自由にヴァレッタの街を散策できる最後のチャンスなので、
    先を急ぎます。

  • 「騎士団長の邸宅」の前のセントジョージ広場。<br />そこにセッテ・ジューニョ記念碑(Sette Giugno Monument)が<br />あります。<br />1919年6月7日に、イギリスの支配に対する市民の暴動によって、<br />4人が亡くなったことを表しています。<br />これを契機に、1921年、マルタ自治政府が発足します。<br />

    「騎士団長の邸宅」の前のセントジョージ広場。
    そこにセッテ・ジューニョ記念碑(Sette Giugno Monument)が
    あります。
    1919年6月7日に、イギリスの支配に対する市民の暴動によって、
    4人が亡くなったことを表しています。
    これを契機に、1921年、マルタ自治政府が発足します。

  • 道の先に聖エルモ砦が見えます。<br />そちらを目指して歩いて行こうと思います。<br />

    道の先に聖エルモ砦が見えます。
    そちらを目指して歩いて行こうと思います。

  • 聖エルモ砦に向かって、ぐぐっと下って行くリパブリック通り。<br />またまた見事な車の列が続いています。<br />

    聖エルモ砦に向かって、ぐぐっと下って行くリパブリック通り。
    またまた見事な車の列が続いています。

  • スキーのジャンプ台に立っている気分になる眺めです。<br />左の白い車はVitsですね。<br />この車列の中に何台日本車が停まっているんだろう。<br />

    スキーのジャンプ台に立っている気分になる眺めです。
    左の白い車はVitsですね。
    この車列の中に何台日本車が停まっているんだろう。

  • 聖カタリナ教会(St. Katharinen Kirche)です。<br />カトリックの国、マルタでは、町の至る所に小さな教会が隠れています。<br />

    聖カタリナ教会(St. Katharinen Kirche)です。
    カトリックの国、マルタでは、町の至る所に小さな教会が隠れています。

  • さて、3枚前の写真で、この看板に気が付きましたか?<br />大きな旗の看板で、大きさの割に色合いが控えめなので、<br />うっかり見過ごしそうですが、<br />「カーサ・ロッカ・ピッコラ(Casa Rocca Piccola)」と読めます。<br />16世紀に建てられた貴族の邸宅です。<br />「ピッコラ(小さい)」と言っても、<br />豪華な部屋が50以上もあるそうです。<br />聖カタリナ教会の真ん前にある小さな邸宅が、<br />通り過ぎようとする私を呼び止めました。<br />「ガイドツアーが、今から始まるよ。寄っておいき。」<br />現在も住民が住んでいるため、ガイドツアーでしか見学ができない<br />のですが、それがちょうど今から始まるようなのです。<br />こういう「神様のお導き」を無駄にしてはいけません。<br />こうして、予定していなかった「カーサ・ロッカ・ピッコラ」の<br />見学をすることになりました。<br />それは、次回にて。<br />

    さて、3枚前の写真で、この看板に気が付きましたか?
    大きな旗の看板で、大きさの割に色合いが控えめなので、
    うっかり見過ごしそうですが、
    「カーサ・ロッカ・ピッコラ(Casa Rocca Piccola)」と読めます。
    16世紀に建てられた貴族の邸宅です。
    「ピッコラ(小さい)」と言っても、
    豪華な部屋が50以上もあるそうです。
    聖カタリナ教会の真ん前にある小さな邸宅が、
    通り過ぎようとする私を呼び止めました。
    「ガイドツアーが、今から始まるよ。寄っておいき。」
    現在も住民が住んでいるため、ガイドツアーでしか見学ができない
    のですが、それがちょうど今から始まるようなのです。
    こういう「神様のお導き」を無駄にしてはいけません。
    こうして、予定していなかった「カーサ・ロッカ・ピッコラ」の
    見学をすることになりました。
    それは、次回にて。

    カーサロッカピッコラ 史跡・遺跡

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