2020/06/25 - 2020/06/27
181位(同エリア4665件中)
あの街からさん
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- 旅行記281冊
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緑の美しい京都を訪ね歩いて・歩いた旅。
全5編 その4編目です。
自粛解除後でしたが
ほとんど観光客とも遭わずに緑の嵯峨野路を
嵐山渡月橋~竹林~大河内山荘庭園~常寂光寺
~落柿舎~二尊院~祇王寺
そして京都駅~ 高倉 と
歩いてきました。
with コロナの中で自分(たち)にとっても
マスク・手洗い・うがいを励行し
三密を避けたコース選定する等して
“新しい旅の形”となった今回の京都の旅でしたが
市内の街中の商店・デパート・カフェでの対応も
マスク着用・アルコール消毒のうえでの入店チェック。
そのうえ店内ではテーブル席を半数にした
ソーシャルディスタンス等に配慮していました。
更に、検温をしてからというレストランもあり
街をあげてのコロナ対策を感じた旅でもありました。
令和2月7月豪雨災害に遭われた皆さまに
お見舞い申し上げます。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 交通手段
- 徒歩
-
この日、ホテルを出発したのが8:00
阪急嵐山駅から歩き始めました。
つゆ空から時々お日さまが顔を
出すまずまずの天候。
歩くにはさほど汗もかかずに
歩くことが出来ました。嵐山駅 (阪急) 駅
-
阪急嵐山から渡月橋を目指して
歩き始めて間もなく
桂川に架かる小さな橋を渡ります。
水音が涼しげで何より水がきれいで
(^ー^) -
渡月橋に出てきました。
ワンちゃんと散歩をしている人を
見かけましたが、そのほかには
人は見当たらず、こうまで人が
いないというのも・・・。 -
こんな事情でなければ
まだ、人が居ない。
この間に写真を
今日はラッキー! と喜ぶ
ところですが今日は哀しいと思う気持ちが
それを上まわっています。渡月橋 名所・史跡
-
いつもはにぎわっている
渡月橋。今日はがら~んとしていました。 -
渡月橋を渡って行きます。
ほぼ交通量がない
見たことのない風景が広がっていました。 -
屋形船もお客さん待ち状態。
桂川が若葉の緑をうつし深い緑色がきれいでした。嵐山の屋形船 乗り物
-
このあたりから嵯峨野路の雰囲気が
出てきました。 -
先ずは竹林へ向かいます。
陽が当たっている所と
日陰の所で緑のグラデーションが
綺麗でした。 -
あの分岐点からは
両側一面に竹林地帯に
なるはずです。 -
イチオシ
もう言葉は要らない(^ー^)
映像の世界へ
紛れ込んだようです。嵐山 竹林の小径 自然・景勝地
-
美しい!
と 立ち止まって -
イチオシ
歩くのが惜しいような
何度も何度もシャターを切っては
立ち止まっていました。 -
イチオシ
綺麗としか・・・
-
竹林撮影に気をとられ
いつの間にか「天龍寺」に着きました。
紫陽花 開花中の看板が出ていましたが
お庭は前に見ていたし、紫陽花は
このところ連日見てきたので
ここは先を急ぎました。
また、今来た道を引き返します。天龍寺 寺・神社・教会
-
と どうだろう!
来た時とカメラのとらえる
光線が逆になり
全く違う色彩を見せてくれ -
イチオシ
美しい!
-
少しずつ歩きながら
-
立ち去るのが惜しいような
しかし、満足!と
嵯峨野路を先へと・・・ -
【大河内山荘庭園】
これまで何度か嵯峨野路を
歩いたことはありましたが
ここ「大河内山荘庭園」は訪ねたことが
なく、今回の旅で予定に組み
楽しみにしていたところでした。 -
それと言いますのは、随分前に
沢木耕太郎が著書の帯に推薦文を
書いているのを目にし手に取った
のが始まりでした。
著者高峰秀子は、自分にとっては
女優というよりはエッセイスト。
歯切れの良い語り口で
エスプリに富んだ文章は
心地良く(^ー^) 何冊も手にしました。
その彼女のエッセイ集
『おいしい人間』(文春文庫)の
一編に「大河内山荘」を作った
人物が登場します。
ので
その中のごくごく一部分ですが
かいつまんで載せてみます。 -
「大河内伝次郎」という時代劇の大スターをまだ記憶している方も
あるだろうと思う。 私が大河内さんと共演した映画は5本で最初は
東宝映画の「新篇・丹下左膳」(昭和14年)。 私は左膳にほのかな
想いを寄せる商人の愛娘を演じた。まだ14歳のデコちゃんの頃である。
大河内さんは、同時代のカッコいい長谷川一夫や坂東妻三郎とは
違って、特別美男でもなく、小柄でズングリ、短足で、太い黒縁の
近眼鏡。スクリーンで見る精悍さや迫力などケも感じられない
というのが私の初印象だった。
撮影所内での御大、大河内伝次郎の偉力は演出家で言えば
現在の黒澤明天皇クラス。映画人は大河内さんの一挙一動に
ピリピリしていて、大河内さんに行き会うと小腰をかがめて
道をよける。というまでに気を使っていた。
が、当の大河内さんは威張らず・驕らず・ごく自然体の人で
お昼休みなどに撮影所内をブラついている時は、半袖の
チヂミのシャツにステテコ、腹巻、素足に下駄ばき
というスタイルであった。
その上、なぜか男ものの鼠色のこうもり傘を差しているのが
少し滑稽だった。
白亜のスタジオに緑の芝生、噴水のきらめくモダンな
東宝撮影所にはなんとなくピンとこなかった。 -
私が「牛若丸」を演ずることを大河内さんが
知っていたのかどうか、それも分からないが
ある日、丹下左膳のセット撮影でライティング待ちを
してきた時「デコちゃん、この刀は本身です。持って
ごらんなさい。」と言いながら左膳ではない大河内さんが
腰の脇差をスッと抜きとって私に手渡してくれた。
生まれてはじめて持った本身のあまりの重さに
私は両手に刀を捧げたままヘナヘナとしゃがみ込んで
しまった。
時代劇の俳優の使う刀は、ほとんどが竹光(竹製)
である。が、大河内さんだけは本身を使うことで
有名であった。優れた俳優のことだから、竹光を
本身に見せるくらいの芸はたやすいことだったろうが
大河内さんは頑固に本身を使うことで、かりそめの時代劇に
「精神」を吹きこみたかったのかもしれない。
時代劇を単なるチャンバラ映画にしたくない、と
大河内さんは口では言わなかったけれど、大河内伝次郎と
いう人をじっと見ているだけで、それは分かることだった。
丹下左膳が完成すると大河内さんは京都に帰っていった。
と言っても、家族の住む家ではなく、小倉山にある山荘の
道場にひきこもって座禅を組むのだそうである。
山荘はもちろん女人禁制で、めったに人を近づけないことから
大河内さんは映画界の「奇人・変人」と噂されてもいた。
「もう、これっきり大河内さんとは会えないのかなァ」と
思っていた矢先に突然私は「大河内山荘訪問」を許されて
雑誌のカメラマンと小倉山へ行くことになった。
「デコちゃんは、まだ女性の内には入りませんから」
と言うのがその理由だったと言う。 -
数千坪もあるという敷地に建てられた白木の道場で
大河内さんは私を迎えてくれたが、その日は純白の
綸子(りんず)の着物に白羽二重の帯というスタイルで
さながら有髪のお坊さん、撮影所で見る丹下左膳も
氷をすするチヂミのシャツのおじさんもそこにはいない。
「この人にはいったい、幾つの顔があるのだろう。?」
道場の廊下にスックと立った、磨き上げたような清潔な
素足が妙にまぶしいかった。
広い道場のほかに茶室風な別棟があり、お供は例によって
「正やん」と呼ばれていた男衆がただ一人、他には人影もなかった。
大河内さんが日活映画から東宝映画に移ってきた時から
大河内さんの居る所には必ず「正やん」が控えていた。
「正やん」
年は40歳の半ばだったろうか。常時、白いワイシャツに
紺木綿のパッチ、法被、という鳶職スタイルで
片足を少しひきずっていた。そして、ガッチリと肉厚の
肩の上に乗った丸い顔に・・・・・眉毛は無く片眼の瞼が
半分ふさがりつぶれたような鼻の下には「唇」という境?
のない口腔があいていた。あちこちが ひっつれてテカテカ
に光っている顔は、笑うと顔中が左右に歪んで
支離滅裂な形相になった。口を一文字に結んだ正やんは
めったに喋らなかったけれど、眼の光の優しい正やんに
私はなついた。話かけると、優しい眼がいっそう和んで
斜めに歪んだ口からゆっくりと簡単な答えが帰ってくる。 -
さすがに正やんに向かっては聞きにくかったことを
大河内さんのお弟子さんの一人が話してくれた。
ある時、日活撮影所のオープンセットで火事場のシーンがあった。
火事場を撮影するにはあちこちに灯油を撒いて
本番直前にスタッフが手分けをして火をつけてゆく。
スモークを焚くタイミング、二重(ライトなどを吊る足場)
から火のついた大道具などを落とすタイミング
火事場の本番は一回こっきりでNGは出せないから
綿密な打ち合わせと完璧な手筈が必要で、スタッフの緊張はピークに達する。
その映画の主役はもちろん大河内伝次郎さんで、やがては
炎に包まれるセットの真ん中に立って本番の「スタート」が
掛るのを待っていた。
監督の「用意!」と言う号令に
スタッフの持つ小さな松明から素早く火が点じられた。
が、どうした手違いか点火の順番が
乱れて大河内さんに最も近い大きな仕掛けから一気に
燃え上がった炎は、あっという間に広がった。
大河内さんは、どちらかというと不器用な人で、
おまけにド近眼だから眼鏡を外したら最後
どうなるか分かったものではない。
チャンバラの最中にセットの縁側を踏みはずしたり
石灯籠に衝突したりは、珍しいことではなかった。
思わぬ火勢に驚いて騒ぎ出したスタッフの中から
いきなり飛び出したのは「正やん」だった。
正やんは炎のセットめがけて突っ走り体当たりで
大河内さんを突き飛ばした、と同時に焼け落ちた
天井の下敷きになり、火だるまになった正やんは
気を失って倒れた。
ベニア板でできたセットはたちまち燃え崩れ助け出された
正やんの背中は火傷で縮んで両腕が背中に張りついていたという。
病院にかつぎこまれる前に息を吹き返した正やんは
背中に張りついた両の腕を自力でベリベリとひっぺがして
再び気を失った。
九死に一生を得て退院した正やんを
大河内さんはすくい取るようにして自分の傍に据えた。
醜い顔になった正やんは、大河内さんの影へ影へとまわったが
大河内さんはどこへ行くにも正やんだけは連れて歩いた。 -
大河内さんは口数の少ない人だったが正やんも無口で
撮影期間中にも私は、二人がおしゃべりをしているところを
一度も見たことがない。
ロケ先で、ステージの中で、大河内さんは大きい
キャンバスの椅子にゆったりと腰をおろして
次の出番を待っている。
椅子の後ろには必ず法被姿の正やんが立っている。
お互いが、お互いの立場の節度から外れることなく
「敬愛」という美しい絆で結ばれた主従の姿は
私の眼にも尊く感じられた。
男に惚れらる男こそ、真の「男の中の男」だというけれど、
大河内さんと正やんの関係は
例えば、秀吉と千利休、劉備と諸葛孔明のような
「キナ臭さ」のいっさい無い、
静かで透明感のある信頼関係といったものだった。
正やんは、大河内さんの持つ大人の風格と
毅然とした生き方に惚れ、大河内さんは
誠実で勇気のある正やんに惚れたのだろう。
雑駁喧騒で、修羅場のような撮影現場の中で
大河内さんと正やんのいる一郭だけが
まるで切り取られたように清冽な雰囲気に
包まれているような気がしてならなかった。
大河内さんも正やんも、すでにこの世の人ではない。
小倉山の山荘は、今は「大河内山荘」として
公開され、観光名所のひとつになっている。
私は行ってみたい気持ちが三分で行きたくない
気持ちが七分である。人目にさらされている
山荘は、もはや大河内さんと正やんが愛した
二人だけの山ではない。
おいしい人間の思い出は、おいしいままで
胸の中にしまいこんで・・・・・
だから多分私は小倉山へは登らない。
以上ここまでが高峰秀子
エッセイ集『おいしい人間』(文春文庫)
から、ごくごく一部分を
「大河内山荘庭園」
観光の際のひとつの感じ方になればと
載せてみました。 -
国指定文化財【大河内山荘庭園】
※ 受付窓口でいただいた資料から
大河内山荘は百人一首で著名な小倉山の南面に
時代劇の名優大河内傳次郎(1898年~1962年)
が、昭和6年(34歳)から64歳で逝去するまでの
30年の歳月にわたり、消えることのない美を求めて
こつこつと創りあげた庭園でございます。
庭は回遊式借景庭園で、数多くの松、桜、楓などが
四季を彩り、大乗閣からは朝な夕な七色に変化する
嵐山、霊峰比叡山が仰がれ、徒然草にゆかりの
双ケ丘につらなる古都の風光が見られます。
また茶室、滴水庵を少し登ると保津川の清流が
眼下にみえ、これらは大河内が生涯求めて
止まなかった禅の境地とでも申しましょうか
皆さまにも是非この興趣を楽しんでいただければ
幸甚と存じます。大河内山荘庭園 名所・史跡
-
ありし日の大河内伝次郎と正やんをイメージして
大河内山荘庭園を散策してみたいと
門をくぐって直ぐにある受付窓口で
チケットを買ってもう一つ内にある中門を
くぐり石段を上がってゆくと
緑の若葉と苔が迎えてくれました。 -
「大乗閣」が緑の中に
-
少し乱暴な言い方ですが
城で言うとここが本丸御殿
「大乗閣」 -
少し回り込んで
-
順路にしたがって
ゆっくりの歩きます。 -
誰もいないことを幸いに
大河内傳次郎をイメージして
両腕を後ろに組んで
こんな風にして散歩をしていたのかなぁ。と -
歩いてみました。
-
イチオシ
緑の中に「滴水庵」が見えてきました。
-
ゆっくりと歩いて。
-
イチオシ
大河内傳次郎が消えることのない
美を求めて、こつこつと創りあげた庭園を。 -
青もみじと「滴水庵」
-
静かに散策できて
幸せな時間です。 -
大河内山荘庭園は小倉山に在る
ということを改めて知らせてくれる
プレートが見晴らしの良い
所に数カ所こんな風に
植木の中に掲出されています。 -
上の画像とは、また別の位置にある
プレート。
小倉山を囲む山々が紹介されています。 -
坂を登りつ
降りつして -
坂を登りつ
降りつして -
大河内傳次郎が消えることのない
美を求めて、こつこつと創りあげた庭園を。 -
緑の中を
-
清々しい気持ちに
-
庭園を散策したあと“妙香庵”へ
玄関口に
独座観心の会
~静かに座ってみませんか
開庵 10:00
閉庵 15:00
参加無料 -
お庭に咲いた花だろうか
素敵でした。 -
“妙香庵“
俳優 大河内傳次郎の没後、35年の間
ここに住み、この山荘を守った傳次郎の妻
妙香(1909年~1997年)の菩提所
です。
近年、傳次郎逝去五十回忌に、有縁の人々に
よって建てられました。
庵内に掲示されていた文を書き出しました。 -
この時季広いお部屋は
襖を開け放されていて
両側からそれぞれの庭園が望め
しばし座ってとてもいい時間を
過ごしてきました。 -
奥の間(仏壇は閉じてありましたが仏間のようです。)
には、文机が並べてあり写経ができるよう一式が
置かれてありました。 -
小倉山に建つ大河内山荘
妙香庵の部屋から遠く街並みが望めました。 -
自分(たち)だけで
30~40分余 静かに過ごしました。
その間、スコールのような
葉音を響かせるような雨が降り
雨音だけを聴きながら
大河内傳次郎と正やんの暮らしを
思い浮かべていました。 -
雨に洗われて
木々の葉の緑が輝いていました。 -
雨に洗われた美しい緑の庭園を
写そうとカメラを向けました。
そうすると
部屋の中が暗らそうに写ってしまいます。
実際は明るいのですが
絞りやピントを優先にせず
まぁ ここで手をうってしまう(~_~;)から
精進したいと思います。( ̄O ̄;) -
「大乗閣」に戻ってきました。
-
別棟「お抹茶席」の建物で
入場券にセットされていた
お抹茶と菓子を
いただきました。 -
「大河内山荘庭園」を満喫して
「常寂光寺」へ向かいます。
直ぐに着く距離です。
が
途中に蓮の葉が浮かんでいる池
を通り過ぎます。 -
年期を感じる門に若葉が
覆いかぶさっていました。 -
ほどなく「常寂光寺」
山門をくぐって受付があります。
「常寂光寺」
文祿四年(1595年)豊臣秀吉が建立した
東山方広寺大仏殿の千僧供養への
出仕不出仕をめぐって京都の本山が
二派に分裂した時
日禛上人は不受不施の宗制を守って
出仕に応ぜず
やがて本願寺を出て小倉山の地に隠栖し
常寂光寺を開創した。
当地を隠栖地に選んだのは、古くから
歌枕の名勝として名高く
俊成、定家、西行などの
ゆかりの地であったからと思われる。
当時、小倉山一帯の土地は
高瀬川開削で名高い
角倉一族の所有であった。
上人は角倉了以の従兄である栄可から
寺の敷地の寄進を受けている。常寂光寺 寺・神社・教会
-
慶長11年(1606年)了以が丹羽の
物産を京都に運ぶため、丹羽世木村から
嵯峨に至る大堰川の俊さく工事を行なうに
上人もまたこれに尽力を惜しまなかった。
当初は、寺を以ってその期間の止宿所と
していたが、後に角倉家の好意にて
天龍寺小字大雄寺の荒廃地を開拓し
住居とした。現在の角倉町である。
嵯峨の夏の風物となっている
保津川下りの起こりである。 -
山門が緑に埋もれていました。
(⌒▽⌒) -
青もみじに覆われて
綺麗です。 -
イチオシ
「仁王門」
無心になって カメラを向け -
青もみじ あぁ 青もみじ (^ー^)
-
イチオシ
「仁王門」
木漏れ日に あぁ 青もみじ (^ー^) -
男坂 あぁ 青もみじ (^ー^)
-
階段の あぁ 両側は 苔むして (^ー^)
-
坂で回遊 小倉山 あぁ 青もみじ (^ー^)
-
竹林も魅せてくれ
美しさに しばし忘れて 小倉山(^ー^) -
木立ちの中も 苔むす寺(^ー^)
-
苔と青もみじと坂と階段 (^ー^)
-
「本堂」
を静かに -
「庫裡」
を回って -
苔むす寺を
-
緑の中を
-
緑の中を歩くと
清々しい気持ちになってきます。 -
小倉山を感じながら歩きます。
-
「多宝塔」
の先に展望台が -
小倉山に在る
お庭です。 -
緑の中を
-
緑の中を
-
階段の上から「仁王門」を
-
「常寂光寺」を後に
小倉山を歩きます。 -
「落柿舎」
松尾芭蕉の高弟である向井去来の庵。
敷地内には二名の他 高浜虚子ら俳人の
句碑もあります。落柿舎 名所・史跡
-
中岡慎太郎・坂本龍馬・武市瑞山・吉村寅太郎
四名銅像がありましたした。 -
嵯峨路お寺さんからお寺さんへの路も
趣きがあり(⌒▽⌒) -
つゆ空からお日さまが
-
「二尊院」の山門を右手に見て
「祇王寺」へと歩きます。二尊院 寺・神社・教会
-
【祇王寺】
祇王寺は竹林と楓に囲まれたつつましやかな草庵で
「平家物語」にも登場し、平清盛の寵愛を受けた
白拍子の祇王が清盛の心変りにより都を追われるように
去り、母と妹と共に出家、入寺した悲恋の尼寺として
知られております。
祇王寺は昔の往生院の境内にあり、往生院は法然上人の
門弟良鎮によって創建されたと、伝わっています。
山上山下にわたって広い寺域を占めていた
往生院も、後年は荒廃しささやかな尼寺として
残り、後に祇王寺と呼ばれるようになりました。 -
祇王寺は明治初年に廃寺となりましたが
残された墓と仏像は旧地頭の大覚寺によって
保管されました。
大覚寺門跡の楠玉諦師はこれを惜しみ再建を
計画していた時に、元京都府知事 北垣国道氏が
祇王の話を聞き、明治28年に嵯峨にあった
別荘1棟を寄付されました。
これが現在の祇王寺の建物です。祇王寺 寺・神社・教会
-
【平家物語】巻第一 祇王
『平家物語』の巻頭に
「祇王精舎の鐘の聲 諸行無常の響きあり。
沙羅雙樹の花の色、盛者必衰のことはりをあらはす。
おごれる人も久しからず、只春の夜の夢のごとし・・
・・」と美しく書き出してあるがさらに読み進むと
祇王・祇女のことが出てくる。これは平氏全盛のころ
平清盛と二人の女性の哀れな物語である。
このころ、都に聞こえた白拍子の上手に祇王、祇女
という姉妹があった。姉の祇王は清盛の寵愛を得て
妹祇女も有名となり安穏に暮らしていた。
ところが、仏御前と呼ばれる白拍子が清盛の屋敷に
現れて「舞をお目にかけたい」と申し出た。
清盛は門前払いをしようとしたが、祇王が優しく
取りなしたので、今様を歌わせることにした。
仏御前は声も節もすこぶる上手だったため、清盛は
たちまち仏御前に心を移した。昨日までの寵愛は
何処へやら、祇王は館を追い出されることとなった。
せめてもの忘れ形見にと
“ 萌え出づるも 枯るるも同じ 野辺の花
いずれか秋に あはではつべき“
と、障子に書き残して去ってゆく。
祇王・祇女・母刀自の三人、髪を剃って尼となり
嵯峨の山里今の祇王寺の地に世を捨て、仏門に入る。
※ “ 萌え出づるも 枯るるも同じ 野辺の花
いずれか秋に あはではつべき“
~春になって萌え出る若葉も、霜に打たれて
枯れる草も、元はと言えば同じ野辺の草。
一時、栄華の差はあるがいずれ凋落の秋に
会わぬわけにはいかないでしょう。~
-
さて、祇王寺
受付口で上画像のパンフレットをもらって
庭園へと向かいます。
大覚寺500円
祇王寺300円 計800円の拝観料が
2カ寺共通拝観券では 600円となります。 -
ひっそりと紫陽花が美しく
-
ひっそりと静寂の苔むす寺
-
~あまり広くもない苔の寺~
パンフレットにこの様な記述がありましたが
たしかに
嵯峨野路を巡ってきて
程よい広さでもありました。 -
イチオシ
昨日・今日と
苔むす寺を巡る旅
美しい若葉に京のにわか雨
そして何よりの静寂。
この先、
こんな恵まれた京の旅は
自分には無いのだろうなぁ。と
この辺からそんなことを感じながら
噛みしめるように
散策していました。 -
ゆっくりとかみしめるように
-
ゆっくりとかみしめるように
-
苔むすお庭を
-
イチオシ
苔むすお庭
-
-
苔むすお庭を
-
ところで、先程の【平家物語】の続き
その後の祇王・祇女そして仏御前はどうなったのでしょう。
~ 祇王が追われる様を見ていた仏御前も
いつかは自分もその時が来ると感じており
祇王が書いた
“いずれか秋に あはではつべき“ との歌を見て
この世は儚いものと思い知り、自ら清盛の元を
去り、祇王の元に尼姿となって現れ
祇王・祇女・刀自(祇王の母)と共に
祇王寺で暮らしたとされています。~
やれやれ、身勝手な男 清盛に翻弄されながらも
自らの人生を生きようとする女性たちの
健気さに心打たれますよね。 -
さて、祇王寺を出たのが
13:00を回って少し経った頃になっていました。
陽射しが強くなってきて
喉が渇き自販機を探しながら(⌒-⌒; )
歩きました。 -
帰路はJR線の嵐山駅から
京都駅へ向かいます。 -
『京都タワー』を改めて
昭和39年(1964年)東京オリンピック開催
東海道新幹線開通に合わせて完成。
オープン当時は、古都京都のイメージにそぐわない
と、多くの批判にあいましたが、今ではもう
すっかり京都のシンボルとして定着しました。
観光客としてこの地を訪れますと清水寺の境内や
東山山頂などから、その姿を見て自分が立っている
場所が実感として確認することができます。(⌒▽⌒)
設計した人は、モダニズム建築(曲線を巧みに
取り入れた建築技法)で知られていた
建築家 山田 守(1894年~1966年)
山田 守は『日本武道館』の設計者でもあります。
同時期に凄い仕事を二つも残してたことになります。
明日夕方、京都を立つので
ホテルをチェックアウト後
荷物を京都駅のコインロッカーにと
空き状況をチェックしておくことに
しました。
金曜日の昼下がりでしたが
コインロッカーは、どこも空いていました。
その後 屋外のエスカレーター(気に入りの)
を登ってゆき
11階のレストラン街へ行きました。
営業はしていましたがお客さんは
あまり見かけませんでした。
ランチは、困った時のイタリアン(^ー^)を。
今回の新しい旅の形で
いつものように15時半から16時には
ホテルに戻ってシャワー浴びて
しばし休息。京都タワー 名所・史跡
-
夕方になると高島屋の地下へ買出しに。
その前に(^ー^)
これもいつものように
高倉・三条・六角・四条通
エリアのどちらかを散策。
「大極殿本舗・栖園」
前日に六角を散策中「六角店」に
お土産を買いに入った際
「今日は甘味処は閉店しています。
大丸の側の本店なら遅うまでやってます。」
と教えていただき
そうか大丸の側の店へも散策コースだし
行ってみようか。と -
この日、大丸デパート側にある
「大極殿本舗・栖園」にやって来ました。
こちらは
生菓子煎茶付き。 -
自分は、大極殿・栖園の名物
琥珀流しをいただいてみました。
琥珀流しは月替りになっていて
今月(6月)は、梅酒蜜。
するりと喉越しよく
爽やか梅酒に甘さ控えめの黒蜜。
もちろん珈琲は置いておいて
京都の甘味 (^ー^)
普段の暮らしでは、
なるべく(⌒-⌒; )間食は
控えているのだけれど、
やはり旅は
非日常 だ・か・ら(^ー^)
と、言いながら六角店で
夏の菓子
“レースかん“ と“ゆずしぐれ“
を土産に(⌒▽⌒)持って帰ります。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
この旅行記へのコメント (12)
-
- wakupaku2さん 2021/08/14 00:49:22
- 大河内山荘・・・
- あの街からさんへ
こんばんは。
私のつたない旅行記にいいね、有難うございました。
おかげで、あの街からさんの旅行記で大河内山荘を思い出すことが出来ました。
もう数十年前、大河内傳次郎さんの息子様の信州だったかな?宿に泊まりました。和食の美味しかったこと、いろいろ懐かしく思い出しました。その縁で、大河内山荘を訪れて、広大な庭園にビックリして、かつてのスターはスケールが違うって驚いたのでした。
高峰秀子さんのエッセイの紹介、興味深く読ませて頂きました。
素敵な嵐山の写真の数々、とっても楽しませて頂きました。
ゆっくり、他の旅行記も読ませて頂きます。
- あの街からさん からの返信 2021/08/14 08:26:07
- Re: 大河内山荘・・・
- wakupaku2さん はじめまして
こちらこそ 趣味趣向要素満載で、つたない旅行記に
おいでくださりカキコミをありがとうございます。
大河内山荘への旅を一時思い浮かべていただいた
だけでも嬉しい(⌒▽⌒)です。
高峰秀子さんのエッセイは
その視点と人間観察力に(⌒-⌒; )
大河内傳次郎の人となりが興味深く
綴られていて強く印象に残っていました。
大河内山荘を訪ねた旅行記にごくごく一部分
でしたが紹介でき自分としても(^ー^)でしたから
wakupaku2さんのコメントは身を乗り出して
しまいました。♪( ´▽`)
信州に在るという息子さんの宿
きっと雰囲気のいい宿なんだろうと推測します。
このところ、信州は「大人の休日倶楽部」での
コースの一つになっていますので
ぜひ、訪れたいリストファイルに入れておきます。
先程wakupaku2さんの旅行記に飛んでみたのですが
沢山の旅行記の中から探すことが( ̄O ̄;)叶いません
でした。お教えくだされば嬉しいです。
ありがとうございました。
あの街から
- wakupaku2さん からの返信 2021/08/14 11:01:35
- RE: Re: 大河内山荘・・・
- 信州の宿ですが・・
すみません。私も調べたんですが、見つかりません。
泊まったのはもう40年も前のこと・・
ネットのない時代です。大河内山荘が料亭もやっていて、そのスタッフをひきつれて、和食を提供だったので、美味しかったんです。客層の上品な大きくない宿でした。
- あの街からさん からの返信 2021/08/14 18:08:54
- Re: ありがとうございます
- お手数をおかけしてしまいました。(⌒-⌒; )
ありがとうございます。
情報をありがたく頂戴しました。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
-
- pedaruさん 2020/08/03 06:13:22
- 京都を歩く
- あの街からさん おはようございます。
お名前はいろんなところで見かけていましたが、旅行記を拝見するのは初めてです。
他の方の掲示板からあの街からさんを見つけ、最新作の竹林のすがすがしい画面に惹かれてお邪魔しました。
半世紀前の京都はこうであったかと思われるような、いえ戦前の京都ではないかとおもわれるような静かな佇まい、数々の写真とともに、味わい深い解説とともにご紹介くださいました。一歩歩くごとに、目に飛び込んでくる景色の移り変わり、シャッターを押さずにはいられない気持ちが伝わってきて、しかもそれ以上に写真のコメントが詩になっています。
幼いころから丹下作善でよく知っていた大河内伝次郎ですが、私の知らない丹下左善ではない大河内伝次郎を、高峰秀子の文とともに、教えて頂きました。
旅行記の中では長文になる本からの抜粋を引き寄せられるように読ませていただきました。
京都を一緒に歩いている気分になりました。嵯峨野の竹林から大内山荘庭園、常寂光寺
緑に空気も染まるのではないかと思われるような爽やかさ、しかも人がいない!
奇跡的な光景です。ここの寺の歴史も紹介されていますが、京都の寺は庭の一木一草までが歴史に裏付けされているような気がします。
祇王寺、平家物語の中の悲しい物語も寺の佇まいとともに胸をうたれました。
久しぶりに感動をいただいた旅行記に出会いました、ありがとうございました。
pedaru
- あの街からさん からの返信 2020/08/03 17:46:13
- RE: 京都を歩く
- Pedaruさん こんばんは
あれっ 何から書き始めたらいいのか・・・??
丁寧に書いていただいたのでその文面に沿って
と思ったところ(⌒-⌒; )
少しだけ整理をさせてください。
自分はPedaruさんを存じております。
お名前だけではなく何度かは、いいねをいただき
その都度飛んで行った記憶があります。
まぁPedaruさんの足跡が43回程(⌒-⌒; )ついておりました。
多分自分はこの年明けまでの2年程ほぼ休眠をしておりましたので
その前の頃でしたし、確かにお互いに掲示板でのやり取りは
これまで無かったように思います。
やはりこうしたやり取りがあると、印象に残してもらえるかな。笑
さて、それはそうと置いておいて
掲示板へのカキコをありがとうございます。 (⌒▽⌒)
こうして旅のお話しをするのは何より楽しいことですね。
今回の京都の旅は、何もかもが初めての旅仕様でした。
コロナが突然渦になって、やがて緊急事態宣言から自粛となり
やっと自粛解除。続いて県をまたいだ移動も可能となって
間もなくの旅で、京都の街には、まだまだ人が戻っておらず
あの様な旅となりました。
いつもの旅先でのコミュニケーションが今回はほとんど無い状態で
画像にコメントを入れようにも( ̄O ̄;)でした。
そこで苦肉の策として、随分前に読んで心に残っていた
高峰秀子のエッセイを登場してもらいました。
大内傳次郎と正やんを物語を通して大内傳次郎の人となりを
浮き彫りにした高峰秀子さんの文が素晴らしく
何処を抽出したら(⌒-⌒; )と、今回の旅行記の中では苦慮した
所でしたから、Pedaruさんに反応していただいた
箇所は素直に嬉しかったです。
自分は、冬眠から醒めてまだまだ浦島太郎状態で
心機一転!と、思っていたところに、コロナ渦( ̄O ̄;)
今は、みなさんの旅行記を拝見しつつ
これからも旅にPowerをもらって と、思っています。
あの街から
- pedaruさん からの返信 2020/08/04 05:29:38
- RE: RE: 京都を歩く
あの街からさん
ああ、恥ずかしや、恥ずかしや、(狂言かっ)なんともお恥ずかしい話です。
ビデオで昔の映画などを見ても、「お父さん、それって前見たやつじゃない?」
「いや、忘れてた、でもいつ見ても新鮮だよ」こんな風に間が空くと忘れてしまうことが
多いのは事実です。
掲示板でも「はじめまして」なんて書いて恥をかいたことは多々あり、なるべく書かないようにしています。逆に「お久しぶりー」なんて書いたらたいへんです。これはまだありませんが。
恥おおき人生ですが、今回の恥は生涯忘れることはないでしょう、大変失礼いたしました。
pedaru
- あの街からさん からの返信 2020/08/04 12:31:40
- RE: RE: RE: 次回は「旅」の話しをじっくりとしたいですね
- Pedaruさん おはようございます。
この様なことは 自分も日常茶飯事(⌒-⌒; )
あります。あります。
どうしょうかぁ。ここの所はスルーして
カキコのお礼から話を繋げようか
どうしようか。としばし悩みましたが
やはり、自分は、Pedaruさんを存じているのに
知らないことにして“はじめまして“ とは
書くのは何か・・・と 入ってしまいました。
まぁ この機会に
“あの街から“ を印象に残してもらおう
と、思ったことも(⌒-⌒; ) 事実ですが。
本来なら 旅行記で印象に残ってもらうべきですよね。( ̄O ̄;)
自分は、学生時代など随分前に観た映画をしばらくぶりで観ると
特に強く印象的なシーンを除いて
忘れているシーンがいっぱい出てきて( ̄O ̄;)
そのことによって
昔観た印象がまるで変わってしまう作品や
やはりい〜いなぁとまたまた感動したり
笑ったりする作品など様々。
これも新しい楽しみのうち(^ー^) だぁ。と自分に
言い聞かせながら観ています。
“あの街から“ は、こんな奴です。
よろしくお願いします。
丁寧なコメントをありがとうございます。
あの街から
-
- rokoさん 2020/07/22 22:54:48
- 嵯峨野路
- あの街からさん こんばんは~♪
緑の嵯峨野路
静かな今ならではの京都
いいタイミングで旅されましたね。。。
嵐山に人がいない、 ほんとにいませんね。
竹林の美しいこと、これは素晴らしい~♪
>歩くのが惜しいような
何度も何度もシャターを切っては
立ち止まっていました。
画像から気持ちが伝わってきました。
大河内山荘庭園~常寂光寺~落柿舎~二尊院~祇王寺
この辺りは若いころから春夏秋冬 よく歩きました。
高峰秀子さんがエッセイ集出されてたのですね、
興味深く読ませてもらいました。
苔むすお庭の祇王寺など
静かなお寺さんの雰囲気にうっとりです。
琥珀流し
私も一度だけですが、食べに行きました^^
充実した一日を今日も過ごされて、ご一緒に楽しませていただきました。
roko
- あの街からさん からの返信 2020/07/23 15:14:11
- RE: 嵯峨野路
- rokoさん こんにちは(⌒▽⌒)
今日から4連休と同時にゴーツーキャンペーンも
始まりニュースを見ますと、渡月橋や三年坂にも
人が戻っていますね。
> 緑の嵯峨野路 静かな今ならではの京都
> いいタイミングで旅されましたね。。。
> 嵐山に人がいない、 ほんとにいませんね。
> 竹林の美しいこと、これは素晴らしい?♪
>
自粛解除後 間もなく 偶然のタイミングで
の旅でしたが
静かな京都を散策することができました。
旅行記を作りながら振り返ってみると
行くところ行くところ、歩くところ歩くところ
なんだか信じられない程のシチュエーションに
恵まれていたなぁ。と
自分にとって今となっては
夢のような旅になりました。
>
> 大河内山荘庭園・常寂光寺・落柿舎・二尊院,祇王寺
> この辺りは若いころから春夏秋冬 よく歩きました。
わぁ rokoさんの環境も凄く恵まれているなぁ。
と思います。
京都は見る所がいっぱいあって今回自分が歩いた所以外にも、
大原・貴船、鞍馬・醍醐・伏見・三尾等など、そこに
金・銀・哲もうもう挙げきれない。( ̄O ̄;) こう書くより
(^O^☆♪ 喜ぶべきなのでしょうね。
そこに季節を変えて・・うらやまし過ぎ! です。
> 高峰秀子さんがエッセイ集出されてたのですね、
> 興味深く読ませてもらいました。
>
自分的には、「大河内山荘」というと
あのエッセイが思い出され ついつい載せてしまいました。
>
> 琥珀流し
> 私も一度だけですが、食べに行きました^^
>
京都は食べものも 美味いものが いっぱいあって
(*´∀`)♪
ありがとうございます。
rokoさんの山・花・歩き
自分の4連休の旅とします。
あの街から
-
- たらよろさん 2020/07/21 12:37:22
- 緑にあふれてる
- こんにちは、あの街からさん
大河内山荘庭園は、嵐山の混雑の中において、
いつも比較的空いている(値段が高い(笑))から、素敵なんですよね~
とはいっても、あの街からさんが散策されたころは、
まだ人出も少なくて、竹林でも、見事な人のいない写真ですものね。
今は、もう人出は相当戻ってて、
いや、多分普通になってます(笑)
緑いっぱいのあちこちの風景を一緒に楽しませていただきました。
京都散策、私もコロナの中、地元を楽しめる機会を与えてもらってます~(笑)
たらよろ
- あの街からさん からの返信 2020/07/21 20:41:07
- RE: 緑にあふれてる
- こんばんは たらよろさん
私が京都を訪れたのが火曜日で
離れたのが土曜日の夕方の新幹線でしたが
日中緑の中に居て夕方街中に帰ってきて
四条通から高倉辺りを歩いてホテルに戻ったのですが
週末が近づくにつれ人通りは多くなってきたなぁ。
と感じました。
この数日の全国ニュースで、嵐山の渡月橋が
度々映し出されだいぶ人が戻ってきている様子が
わかります。
今回は、旅行会社からヨーロッパのホテルキャンセル
(キャンセル不可の予約でした)
が旅行クーポンで還付します。とのメールを受信して
いつもなら考えられない速攻で京都行きを決め
4日後には京都に(⌒-⌒; )
この偶然の旅が功を奏したのだろうと感謝しています。
ほんとうに何処へ行っても “緑” がきれいで
“苔むす庭園”も ほとんど人のいない静かな京都を
まさに堪能して帰ってきました。
やっぱり京都は い〜いですね。
ますます京都が好きになりました。
> 京都散策、私もコロナの中、地元を楽しめる機会を与えてもらってます。
京都在住のたらよろさんが羨ましいです。
このところ、またまた全国的にコロナが悪さをしだして
きていますが、早く終息してまた、昨年末までのような
楽しい旅ができると良いですね。
ありがとうございます。
あの街から
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