2020/06/25 - 2020/06/27
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あの街からさん
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withコロナの中で自分(たち)にとっても
“ 新しい旅の形 “となりました。
令和2年7月豪雨災害に見舞われた皆さまに
お見舞い申し上げます。
緑の美しい京都を訪ね歩いた旅・全5編
その第3編目です。
この日は、京都につゆ空が戻ってきました。
朝からどんよりとした曇り空でしたが
なんとか清水寺まで雨に遭わずに
歩き続けることができました。
そして
その後、幸い雨はバスでの移動中のみ。
四条河原町に着く頃にはあがっていました。
この日も、お寺さん巡りでは
観光客の姿は、まだまだ少なく
静かな京の都を
今後無いかもしれないなぁ。
と思いながらある意味贅沢な
散策となりました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
京都3日目
先ずは、東山山頂に
平成26年(2014年)10月に
落慶の「青龍殿・大舞台」
と「将軍塚」
を目指して歩きます。
ホテルを出発したのが9:00
鴨川に架かる四条大橋を渡って
八坂神社を正面に見て右へそれて八坂神社 寺・神社・教会
-
正面に「長楽寺」の山門が見えてきます。
-
「長楽寺」の山門前を
左に折れ山道に向かいます。 -
すると間もなく
山道の左手に
「将軍塚道」と書かれた
道標が建っています。
道には草木が覆いかぶさり
うっそうして
まるで阿闍梨さまの修行道のよう( ̄O ̄;) -
登り口はちと( ̄O ̄;)でしたが
少し歩くと山道は整備されていて
そこからまた少し歩くと
東山山頂と書かれた道標があり -
そこからは、なんら不安(⌒-⌒; )なく
歩くことができました。笑
左方向は「知恩院」へ
右方向は
「東山山頂公園」 -
分岐点から程なくして
駐車場に出ました。
駐車場とはいっても雑草が生えていて
コンクリート舗装の駐車場とは違って
ここはいかにも山の中と言った風。
公衆トイレのそばに自動販売機が
一台ぽっんとあるだけ。
周りを見渡しても大舞台らしき
所が見当たりません( ̄O ̄;)
駐車場の左手に柵の無い1m程の土手を
上がって畳2帖程の見晴らしの良さそうな
所に出てみました。 -
森の中のお社
-
駐車場に戻り、周りを歩いてみました。
すると、先程の所よりは広くなった所に
展望図と書かれた看板が設置されていて
たしかに、展望が開けていました。
しかし、看板には、イタズラ書きがいっぱいだし
地図もほとんど消されていて、まさか、ここが
大舞台ではないよなぁ。と -
さらに歩いてみました。
すると、「青龍院門跡」「福徳門」
の山門が見えました。
山門の右横には、お寺さんの駐車場が
在り、長楽寺の山道からここまでで
はじめて人に会いました。
お寺さんの方でした。将軍塚青龍殿 名所・史跡
-
山門をくぐり青龍殿に入ります。
-
中根金作の作庭した
回遊式の庭園が迎えてくれました。 -
苔が広がっています。
物音は
小鳥のさえずり
だけ。 -
苔むす庭園
小鳥のさえずり -
受付の窓口には
マスク着用、消毒等の注意書き。
拝観券とご案内と題した
チラシをいただきました。 -
青龍殿の前に拝観順路について
先ず、青龍殿
その後に大舞台へ
次に、将軍塚を経て
西展望台へ
最後に回遊式庭園を
と
説明の看板が掲げられてありました。 -
それでは、青龍殿に入ります。
高い天井。
ピカピカに磨き上げられている床
それを囲むように畳が三方を囲み -
お寺さんの方が売店に
お一人いらっしゃる他は
誰~れもいない床の真ん中に座って
しばし、無念夢想 に。 -
教科書にも紹介されている
「青不動明王二童子像」は
ご身体の色が青黒(しょうこく)なことから
通称「青不動」と呼ばれています。
平安時代の中期、11世紀頃の制作とされ
我が国仏教絵画史の最高傑作のひとつとして
いち早く国宝に指定されました。
青龍殿の奥殿に安置されてありますが
そちらは、撮影「禁止」となっております。 -
受付でいただいたチラシによりますと
「青龍殿(せいりゅうでん)」誕生
そもそも青龍殿は、大正2年(1913年)
大正天皇の即位を記念して「大日本武徳会京都支部式徳殿」
として京都北野天満宮前に建立された価値ある木造大建造物です。
戦後、昭和22年京都府に移管され、「平安道場」として
警察の柔道・剣道の道場となり、後に一般にも開放され
多くの青少年たちも武道修行に取組みました。
やがて
平成10年京都府は、平安道場を閉鎖し解体処分を決定し
その後、青蓮院が歴史的文化遺産の継承を決意し、
この地に(京都東山山頂)「青龍殿」として移築再建したものです。 -
【拝観】
時間 9:00 ~ 17:00(受付は16:30まで)
拝観料 大人 500円
(コロナの影響で)
2020.4.15から拝観中止
していましたが、6.1に再開いたします。
【交通アクセス】
将軍塚~ 三条京阪間にピストンバスを運行。
土曜・日曜・祝日その他、桜,ゴールデンウィーク、
年末年始等に臨時運行も有り。 京阪バス
その他に
循環バスの運行も有り。 運賃は大人230円 -
青龍殿 拝観の後
大舞台に行きました。 -
イチオシ
「大舞台」の誕生!
青龍殿には清水寺の舞台の4,6倍の広さ
(延面積 : 1,046m2)の木造大舞台を
新設。眼下に京都市内が一望できます。 -
「大舞台」は
平成26年(2014年)10月
完成しました。 -
遠~くに見える
緑の森は京都御所です。 -
眼下には、知恩院、南禅寺や鴨川などのを見渡すことができます。
-
眼下に広がっている京都市内
-
東山の緑の海の向こうに
京都市内が広がっています。 -
青龍殿の横を通り
-
青龍殿を後に
-
「将軍塚」へ。
受付でいただいたチラシに興味引かれる
ことが書いてありました。
『京の都は「将軍塚」から始まりました。』
この地は、京都の中心四条通の真上に位置し
桓武天皇が都を定められる折り、和気清麻呂に
伴われ登られて、この京都を都とすることを
お決めになり、将軍の像に甲冑を着せ埋めて
都の安泰を祈ったと伝えてられています。
役20㎡四方の将軍塚が現存しています。』 -
東郷元帥手植え松との石柱と
将軍塚と書かれた掲示板がありました。
【将軍塚】
794年桓武天皇が平安京造営に際し
王城鎮護の為、高さ8尺(やく2,5m)
の像に甲冑を着せ、弓矢と太刀を持たせ
京都御所の方を向けて埋めるように命じた
塚であると伝えられている。
平安末期以後、天下に異変がある時は
必ずこの塚が鳴動して前兆を表すという
伝説が生まれ、「源平盛衰記」によると
源頼朝挙兵の前年、治承3年(1179年)
7月には3度にわたってこの塚が鳴動し
ついで間もなく大地震が起こったと言われる。
「鳥獣戯画」で有名な鳥羽僧正筆の「将軍塚縁起絵巻」
にその像を埋める図が残されている。
東郷元帥手植え松がありました。
およそ100年で松の木はこのくらい伸びるのかぁ。
と思いました。 -
将軍塚から西へ回りこんで
西展望台へ。
西展望台からは京都市内のみならず
大阪のビルまで遠方できるというのですが
どうだろう。 -
左大文字・船形・妙・法が
望め
大文字の送り火の日には
Hotel や旅行会社の鑑賞指定席
が並ぶとのこと。 -
東山の緑の海
その向こうに広がっている京都市内
絶景ですね。 -
東山の緑の海
その向こうに広がっている京都市内
絶景ですね。 -
西展望台から青龍殿に
降りてきます。 -
今度はゆっくりと
「昭和の小堀遠州」と称えられた
中根金作 作庭の回遊式庭園を
味わいます。 -
イチオシ
中根金作(なかねきんさく)
1917年~ 1995年
日本庭園に生涯を捧げた
世界的に有名な作庭家・庭師・造園家で
足立美術館やボストン美術館
ジミー・カーター元米国大統領記念日本庭園
等の作庭。また
金閣寺・銀閣寺・龍安寺・栗林公園
兼六園等の庭園修理も行った。 -
イチオシ
三段落ちの滝壺のそばには
織部灯籠が。
風情があります。
※「織部灯籠」
陶器(織部焼)で有名な茶人 古田織部が
考案した石灯籠。 -
もちろん、四阿(あずまや)も。
-
苔むす庭園には
紫陽花もありました。 -
大きな紫陽花庭園に群生する花
を眺めるのとは、また違った
趣きがありました。 -
庭園にひっそりと咲いている紫陽花。
-
小ぶりの花は
可憐(^ー^)でした。 -
庭園にひっそりと咲いている紫陽花。
-
木立ちの木漏れ日も
なかなかでした。 -
回遊式庭園を
ゆっくりと。 -
イチオシ
静まり返った苔むす庭園。
この時期ならでは
ゆっくりと鑑賞することができました。 -
静まり返った苔むす庭園。
この時期ならでは
ゆっくりと鑑賞することができました。 -
こじんまりとした庭園でしたから
また三段滝へ立ち寄り -
ここでも、グリーンシャワーを
いっぱい浴びて
苔むす庭園を楽しみました。 -
回遊式庭園を散策しました。
-
緑の世界(^O^☆♪
-
回遊式庭園を散策しました。
-
苔むす庭園の緑の世界
-
奥まで歩くと
枯山水の庭園があり -
緑に囲まれたこじんまりとした
枯山水庭園。ゆっくりと鑑賞することができるようにと
ベンチも在りました。 -
そろそろ庭園を
後にしょうと思います。 -
自分たちのほか
誰もいない庭園を
ゆっくりと味わうことができました。
満足して青龍殿を後にしました。 -
青龍殿からの帰り道も
変化があって楽しかったので
先程登ってきた山道を降りて行くことにしました。
山道を下ると子どもたちの元気な声が響いていました。
見れば、数名の先生が引率した
幼稚園児が下っていました。
いゃあ 自分たちが多少ともフーフー言って
登ってきた道を
小さな子どもたち(⌒▽⌒)が
元気よく降りてゆく
姿に(^ー^) 元気をもらいました。 -
登る時とまるまる同じ山道を降りるのも
面白味に欠けるので
帰りは、分岐点から「知恩院」方向へと
降りてみることにしました。
山道を降っていくと
大きな釣鐘の堂に出ました。 -
あぁ ここが、大晦日の夜の
TV番組「ゆく年くる年」で
見たことがある「知恩院」の
釣鐘かぁ。
今にも「ゴ~ン!」と聞こえてきそうでした。
大晦日
と言っても日産とは無関係ですよ。笑 -
この時は、境内の地図は持って
いませんでしたから、釣鐘から
下方に降ることにしました。
小さな池にはハスの葉が。
その奥にはなにやら御堂らしき建物が。 -
こんな風景に出会うなど
予想していませんでしたから
若葉に囲まれ、建物の前には
池があり橋も架っている
突然のこの風景に
(⌒▽⌒)でした。 -
うっそうとした木立ちの
向こうに趣きのある建物(経蔵)が見え
あぁ京都を歩いている。
と、(⌒▽⌒) -
でも正直言って
山道を降りてきましたので
後で
Googleマップを検索するまでは
ここは知恩院の境内のどこか?
との思いが強く -
早く見たことのある知恩院の
風景に出会わないかなぁ。と
思いながらこの辺を歩いていました。(⌒-⌒; ) -
これまで何度か「知恩院」にやって来ましたが
これまでは、三門から入って来ていましたので
本堂の奥(北側)から来たのは初めてのことです。
突然目の前がひらけて本堂の広いお庭に出ました。知恩院 寺・神社・教会
-
本堂前の広いお庭に
参拝者の姿を
ほとんど見かけることがありませんでした。
(この後、本堂へ近づいていき本堂の中を
見た時に、参拝者を姿が数人見ることができました。) -
本堂前の広いお庭で人影を見たのが
お坊さんのグループひと組だけで
自然とそちらへ視線が向きました。
見れば記念写真を写しているようでした。
シャッターを押してあげたい
と、駆け寄りました。
先輩僧侶の方が、若いお坊さんたちを
並べて、何度かシャッターを押していました。
その姿は、和やかでホッコリとした
オーラでそのまわりが包まれていて
自分も、ほっこりとなって
思わずそこへ立ち尽くして
その場面(シーン)を眺めていました。
撮影が終了してから若いお坊さんと視線が合い
アイコンタクトの後、会釈を交わしました。
マスクの外からのぞいた瞳は
涼しげで凛々しく
優しく微笑んだお顔が(⌒▽⌒)
アップは止めておきましたが
記念にと写真を一枚写させていただきました。
お坊さんは記念写真を撮るときにも
合掌していました。(⌒▽⌒) -
お坊さんたちは
若葉が美しい境内を
穏やかで厳かなオーラを放ちながら
視界から消えてゆきました。 -
シ~ンと静まり返った境内。
こんな静寂に包まれた知恩院を
散策することができました。 -
【知恩院】
標高210mの華頂山を背後に控える
知恩院は、浄土宗の総本山である。
およそ24万m2にも及ぶ広大な境内地には
国宝の御影堂(本堂)や三門、重要文化財の
大方丈や小方丈など、歴史的に重要な堂宇が
百以上も立ち並ぶ。壮観な伽藍だ。
知恩院を開いたのは浄土宗の開祖
法然である。
承安5年(1175年)比叡山黒谷で
修行を積んだ法然は山を降りると
現在の知恩院の地に庵を結んだ。
そして
法然入寂後の文暦元年(1234年)
弟子の源智が諸堂を整え、知恩院大谷寺と号した。 -
室町時代には、
時の正親町(おおぎまち)天皇によって
浄土宗の本寺と認められるも、現在のような
壮大な伽藍を持つようになったのは
江戸時代に入ってからのことだった。
浄土宗を篤く信仰していた徳川家康は
生母、伝通院の菩提を弔うため
知恩院の寺域を大々的に拡張。
その後も、秀忠・家光と三代の将軍に
わたって整備され、大伽藍が現出された。
秀忠が、元和5年(1619年)に建立した
三門は、現存する木造楼門としては
日本最大の規模を誇る。 -
知恩院の図解MAPを見ると
「山門」ではなく「三門」との表記に
なっていてどちらが正式なのかと
調べてみたところ
~ 通常寺院の門は「山門」と書くが
【知恩院】では
「三門」の表記する。
これは、知恩院の門が
「空門」「無相門」「無願門」
という三つの悟りに通じる門で
あるということを意味している
ためだという。~
ことがわかりました。 -
知恩院の境内でも
ほとんど参拝者に遭うこともなく
東大路通方面へ降りてきました。 -
通りの案内掲示板を見て
ふむ・ふむと確認して
東大路にへと歩きます。 -
東大路通に出てきて
とある店に並ぶ大勢の人たちを見て
あぁ 人が溢れている所には
溢れているのだなぁ。と
ため息でした。 -
歩いて八坂の塔が
見える所まで歩いてきました。
こうして見ると電線が多いのだなぁ
と感じました。 -
ここも、人通りがありません。
いかにウイークデーとはいえ
11:30は回ったこの時間に
ちと寂しいと思いました。 -
この時節柄か
京都市内のあちらここちで
(四条通や新京極・寺町通等の店でも)
マスクを販売していました。
自分もこの店で
Cotton100% キシリトール入り
made in 京都
「ひんやり 接触冷感 マスク」
と書かれていた
見るからに
涼しげな和柄で生地・柄ともに一目惚れ。笑
買い求めました。 -
「前田珈琲」
もう少し歩かなければと
入らなかったぁ。 -
人の姿は見当たりません。(⌒-⌒; )
-
高麗ギャラリーカフェ
珈琲発祥の地
誇りある香り
音楽と詩
麗しい空間
と書かれた手書きの看板を
見たなら入らずにはいられませんよね。 -
そのうえ
中庭より眺める
八坂の塔は
絶景です。
と書かれてある。立て札も。 -
そうかぁ。
こんな風に見えるのか。
この日は、人通りがほとんどなく
どこからファインダーをのぞいても
塔を撮ることができ、さほどの感激もなく
この風景を見上げてしまいましたが
観光客で、混み合う時には
人影を気にせずにシャッターを切れますし
散策の休息するには良い所に在ります。
音楽は癒しのヒーリングミュージックが
流れていました。
珈琲は美味かったです。 -
二年坂に向かいます。
-
お土産さんは
営業中でしたが・・・ -
雲行きがあやしくなってきました。
-
二年坂でも人に会いません。
全く人通りのない
写真もつまらないなぁ。と -
しばし、待ってみました。
すると数人ですが人影を見る
ことができました。
でも手前の人は、商店街の方のようでした。二年坂 名所・史跡
-
三年坂あたりも
やはり人影が見えず -
やっぱり寂しい。
-
清水寺の山門前で
雨が落ちてきました。
カメラをしまってしまい
この先の画像は( ̄O ̄;)
その後
参道の下まで歩いて
清水寺下のバス停から四条河原町町下車。清水寺 寺・神社・教会
-
新京極の「かねよ」へ
名物 きんし丼を食べに
やって来ました。
暖簾の上にはり紙があり
一瞬 えっ( ̄O ̄;) 休みかな。
と思いましたが、い~い匂いが
漂っていますし近づいて
はり紙を見てみました。
コロナの影響でしょう
営業時間の短縮で
しばらくの間
ラストオーダーは
20:00となります。
とのこと。
ホッとして暖簾をくぐりました。京極かねよ グルメ・レストラン
-
今日は、午前中山道歩きをしましたから
いつもよりお腹空いています。
京風卵焼きと江戸焼きうなぎのコラボレーション。 -
京風卵焼きが
だし巻き卵とはまた違った
ふぁふぁ食感と
味わいで美味かった。です。 -
「かねよ」できんし丼を食べた後
一旦ホテルに帰りシャワーを浴びて
それから足を放り出して(⌒-⌒; )休息。
夕刻高島屋へ
弁当を買いに出かける途中
少しまわり道をして
イノダ珈琲の三条店で珈琲タイムとしました。イノダコーヒ 三条支店 グルメ・レストラン
-
本店も歩いて直ぐなのですが
三条店もまた違った雰囲気で良いのです。
自分は、三条店なら奥の大きな円形の
カウンター席が好きです。
イノダ珈琲は、80周年なんですね。
激戦区の京都の街で凄いことだなぁ。
三条店の方は、観光客率が低くて
地元のお馴染みさんがカウンター席で
ゆるりと新聞を広げカウンター内のスタッフさんと
話してはる。その語感がよろしおすなぁ。笑
もちろん
スタッフさんもマスク応対でシート(席)も
半数以下のソーシャルディスタンスを保っています。
さぁ 美味い珈琲も飲んだし、そろそろ高島屋へ行って
夕食の弁当などを買ってホテルに戻ります。
ソーシャルディスタンスと言えば
高島屋でも各玄関口でセキュリティが
立っていて、お客さまにマスク着用と
アルコール消毒を徹底していました。 -
さて、京都にやって来てから
初日が、 21,082歩
2日目が、 17,285歩
そして3日目の
この日は、 25,151歩
翌日は、 25,370歩
最終日の5日目は、18,529歩
と、京都5日間で107,417歩程
歩いて・歩いた 京都の5日間でした。
そんな旅の途中で心に残った風景といえば
ひっそりと静まり返った境内で
修行中の若いお坊さんたちが並び
先輩僧侶がカメラに収めている姿は
何かに例えようもないのですが
ほっこりとしたオーラに包まれてた
「知恩院」で出会ったあの風景でした。
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この旅行記へのコメント (2)
-
- rokoさん 2020/07/13 15:10:23
- 静かな京の都
- あの街からさん 初めまして
京都の旅
楽しませていただいてます。
この時期の鬱陶しさを吹き飛ばしてくれる爽やか旅行記
①②③すべて表紙の画像にうっとりです。
いずれも訪ねている場所ではありますが、
あの街からさんの旅記で改めて魅力再発見しています。
お食事されたお店やカフェもお馴染みのお店がでてきて
嬉しくなります。
緑美しい旅記をありがとうございます。
roko
- あの街からさん からの返信 2020/07/13 22:16:54
- RE: 静かな京の都
- rokoさん こんばんは
掲示板においでくださいまして
ありがとうございます。(⌒▽⌒)
rokoさんとお話しできるのだからと
ゆっくりと時間が取れたこの時間に
なってしまいました。(⌒-⌒; )
改めてrokoさんの旅行記のタイトルを
ズッーと見せていただきましたところ
もしかしたら、京都(もしくは近郊)
にお住まいなのかもなぁ。
うらやましいなぁ。と
将軍塚は2007年
三室戸寺が2008年
瑠璃光院が2016年 に旅行記をアップなさっていらっしゃる。
そのようなrokoさんに
ただただ京都が好きなだけで
ほぼ通りいっぺんの旅行記にやって来ていただき
嬉しいです。
> あの街からさんの旅記で改めて魅力再発見しています。
> お食事されたお店やカフェもお馴染みのお店がでてきて
> 嬉しくなります。
ありがとうございます。自分も、次回の京都旅用にと
rokoさんの旅行記で行ってみたい所やお店を
フォルダーにファイルしておこうと思います。
あの街から
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十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
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