2020/02/17 - 2020/02/17
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FUKUJIROさん
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武漢肺炎が蔓延している中にも関わらず、というか、この時期だからこそ観光客が少ないことを期待して浅草寺に行ってきました。案の定、濃厚接触の場面はあまりなかったので、まずまず安心してお参りできました。
ところで、浅草寺にお参りするには、古来からまず駒形堂にお参りする習わしがあります。
推古天皇36年(628年)に檜前浜成・竹成(ひのくまのはまなり・たけなり)の兄弟が隅田川で浅草寺のご本尊である聖観世音菩薩を感得したのち、最初に祀られた場所がこの駒形堂の建っている地と云われており、浅草寺発祥の霊地となっています。
一説に寄れば、駒形堂こそ随一のパワースポットだそうです。
表紙の写真は、浅草寺境内にあったビュースポットと明示されていた場所から撮ったものです。写真の五重塔の最上層には、スリランカのイスルムニヤ寺院から昭和41年(1966年)に奉戴した仏舎利が納められています。
塔に入ることはできませんでしたが、十数日前にイスルムニヤ寺院を訪れたばかりの私には、感慨無量でした。
浅草寺の後、浅草神社(三社様)と被官稲荷神社に参拝しました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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東京メトロ浅草駅の4番出口を出ると、目の前に吾妻橋と隅田川の対岸にアサヒビールの金の泡が見えてきます。
因みに浅草寺に直行するなら1番出口です。 -
南に見えているのが駒形橋。そちらに向かいます。
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駒形橋の袂にきました。スカイツリーが半分だけ見えていました。上部は雲の中でした。
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駒形堂。駒形橋の袂にあるから駒形堂ではなく、このお堂があるので駒形橋と呼びます。ご本尊は馬頭観世音菩薩です。堂宇は平成15年(2003年)に再建。
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手水。
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戒殺碑(かいさつひ)。元禄6年(1693年)3月建立。
駒形堂の地が観世音菩薩の上陸の地であることから、生物の守護仏である馬頭観音を祀り、隅田川の南は諏訪町より北は聖天町までの漁を禁じていました。 -
浅草寺に向かうと見えてくるのが松屋浅草店。松屋といっても牛丼チェーンではありません。2階は東武鉄道の浅草駅になっています。
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雷門。相変わらず人は多いですが、ちょっと前に比べたら人と人との隙間がありますね。昭和35年(1960年)に松下電器産業(現パナソニック)社長・松下幸之助氏の寄進により、95年ぶりに再建されました。中央に巨大な提灯、向かって左に風神像、右に雷神像があります。
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やっぱり、浅草のシンボル、雷門は大人気でした。重量700kgの提灯は、三社祭のときだけ畳まれます。提灯の下輪に松下電器の文字が見えます。
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正式な名前は風雷神門です。内側から見ると、中央の提灯に風雷神門とあります。向かって左側に男性の姿をした天龍像、右側に女性の姿をした金龍像です。
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仲見世通り。260m続く浅草寺の表参道です。
見てのとおり、ぶつからずに歩けるほど人が少ないです。 -
仲見世通りの中間地点。
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左側には伝法院。一般公開されていませんが、回遊式庭園があります。
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仲見世通りと交わる伝法院通りには、法被の専門店もありました。
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宝蔵門(仁王門)。昭和20年(1945年)、アメリカ軍による東京大空襲で観音堂・五重塔・経蔵などとともに焼失。昭和39年(1964年)に大谷重工業社長・大谷米太郎夫妻の寄進により再建しました。
また、経典や寺宝を収蔵する経蔵を兼ねることから宝蔵門と改称しました。 -
五重塔と宝蔵門。
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久米平内堂。宝蔵門の手前にあります。
公式HPによると、久米平内は多くの人を殺めたので、その罪を償うために自分の姿を石に刻ませ、人通りの多い仁王門の近くに埋めて「踏みつけ」させ、後にそれが転じて「文付け」となり、恋の神様となったそうです。 -
平和地蔵尊。昭和20年3月10日の東京大空襲でアメリカ軍に殺された105,400余人の霊を慰めています。
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宝蔵門の阿形像。
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吽形像。
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日本橋小舟町奉賛会が奉納している宝蔵門の大提灯。
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この提灯の底にも、雷門と同様に龍の飾りが彫られています。
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宝蔵門の内側には山形県村山市奉賛会が奉納している大きなわらじがあります。延べ800人が2,500kgのわらで作ったものです。大わらじの下に普通サイズのわらじが吊されており、それに触れると健脚のご利益があります。
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本堂(観音堂)です。現在の本堂は昭和33年(1958年)に再建されました。
土師真中知(はじのまつち)が私邸を寺として、聖観世音菩薩のお像を奉安したことが本堂の起源となっています。 -
向かって左手(西側)には五重塔。
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常香炉。香炉から立ち上る煙をいただくことで参拝前に穢れを落とすことができるとされ、また、この煙には魔を祓う効果があるともされています。
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志ん橋(新橋)大提灯。その左右に聯(れん)があり、右は「実相非荘厳金碧装成安楽刹」、左に「真身絶表象雲霞画出補陀山」とあります。
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御本尊が祀られている漆と金箔で造られた宮殿(くうでん=大きな厨子のこと)。左右の聯(れん)は、右に「仏身円満無背相」、左に「十方来人皆対面」とあります。
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天井絵、「龍之図」。
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天井絵、「天人之図」。「龍之図」の左右にあります。
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本堂から見た宝蔵門。
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本堂参拝の後、向かって左奥(北西方向)に進みます。
阿弥陀如来像。元禄6年(1693年)に建立された青銅製1.8mの坐像。当初は阿弥陀三尊像でしたが、本像のみ現存。 -
銅造宝篋印塔。宝暦11年(1761年)建立。青銅製、高さ8m。宝篋印塔にお参りする者は、計り知れない功徳を得るとされています。しかし、ほとんどの方は見向きもしませんね。
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石橋。元和4年(1618年)に架設された都内最古の橋です。
橋長7.16m、橋幅2.165m、欄干高1.1m。 -
西仏板碑(中央)、三尊名号供養塔(右)。
西仏板碑は、建立者・西仏が妻子の後世安楽を祈って建立したものと推測され、中世の信仰を知るうえで貴重な碑とされています。また、三尊名号供養塔は江戸町人の阿弥陀信仰が盛んだった証です。 -
影向堂(ようごうどう)。現在の影向堂は、平成6年(1994)に浅草寺中興開山慈覚大師円仁さまのご生誕1200年を記念して建立されました。
影向とは、神仏が姿かたちとなって現れることで、生れ年(干支)ごとの守り本尊八体(影向衆)を祀っています。内部は撮影禁止。 -
六角堂。室町時代(16世紀頃)の建立で都内最古の木造建造物です。本尊は日限(ひぎり)地蔵尊で、日数を決めて祈るとその願いが叶うとされています。
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三峯社。神仏分離令の前に埼玉県秩父にある三峰神社を勧請しました。
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仏頂尊勝陀羅尼の塔。梵字で「仏頂尊勝陀羅尼」と書かれています。唱えると息災延命の御利益を得られます。
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金龍権現。ご本尊の観音様がご示現の折り、100尺余りの金龍が舞い降りたことから、金龍山浅草寺となりました。
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九頭龍権現。長野県戸隠山の地主神である権現様を勧進しています。
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一言不動(ひとことふどう)。何か願い事一つに限って祈願すると、その願いがかなうとされています。 私も○○○をお願いしました。
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薬師堂。影向堂の南に建っています。慶安2年(1649年)、徳川家光公が本堂の北西に建立した建物で、浅草寺に残る江戸時代以前の建築では六角堂、二天門とともに古いものです。
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淡島堂。東京大空襲で浅草寺が焼かれた後、現在の本堂が建立される以前は、仮本堂としてご本尊が奉安されていました。ご本尊は阿弥陀如来像。虚空蔵菩薩。淡島明神。取子(とりこ)地蔵菩薩。
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加太淡島神社のご祭神は少彦名命で、淡島明神の俗称がありました。江戸時代、淡島明神は女性の守り神として信仰を集めていました。
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東京大空襲で浅草寺は焼かれましたが、ご本尊の観音菩薩像は写真の「天水鉢」の中に安置されて、観音堂の地下3mに埋められていたため被害を受けませんでした。昭和22年3月7日、ご本尊さまは再び地中より掘り上げられました。
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直径1mほどの天水鉢には金網がかけられています。
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天水鉢の内部。この中に観音様が匿われていました。
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石灯籠。淡島堂の前に置かれている「胎内くぐりの灯籠」です。江戸時代から有名なもので、子供がこの灯籠の下をくぐると、虫封じや疱瘡除けになると云われています。
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写経供養塔。平成6年(1994年)建立。総高8.8m。
浅草寺では昭和33年(1958年)以来、観音経百万巻写経運動を発願し、納められたお写経の経題と巻数を奉納しています。 -
魂針(こんしん)供養之塔。昭和57年(1982年)大東京和服裁縫教師会により建立。江戸時代、婦女子に淡島明神が信仰されていたことの縁で2月8日の針供養会が行われています。
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大平和塔。浅草地区の3万人余の戦災殉難者の霊を祀っており、台座の銘にはノーベル物理学賞の湯川秀樹博士の直筆「みたまよ、とこしえに、安らかに、われら守らん、世界の和」とあります。塔上部の「和」は浅草寺中興第24世貫首、清水谷恭順大僧正の筆です。昭和38年建立。
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新奥山。江戸時代、浅草寺本堂の北西一帯は「奥山」と呼ばれ、参拝者が興じる娯楽場でした。現在は、さまざまな碑や像が立てられています。
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映画弁士塚。
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群盲撫象の碑。
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喜劇人の碑。
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青蛙神像(せいあじんぞう)。中国の霊獣「青蛙神」です。
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半七塚碑。岡本綺堂の代表作「半七捕物帖」を慕う人たちが建立。
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戸田茂睡(とだもすい)墓。江戸時代元禄期の歌人。
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力石(ちからいし)。境内で行われた「力くらべ大会」で持ち上げられたもの。力石・熊遊の碑は、明治7年(1874年)に熊治郎が持ち上げた百貫(約375キロ)の巨大な石。
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こちらは三川島に住む伊勢松が持ち上げた60貫の力石。
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三匠句碑。西山宗因、松尾芭蕉、榎本其角の句が刻まれています。
ながむとて花にもいたし頚の骨 宗因
花の雲鐘は上野か浅草か 芭蕉
ゆく水や何にとどまるのりの味 其角 -
瓜生岩子(うりゅういわこ)像。福島県会津に生まれ、その半生を社会福祉事業に捧げた女性。岩子の善行を讃え、渋沢栄一らの助力で建立しました。この像は西洋人の女性に人気でした。エキゾチックに見えるのでしょう。
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慈雲の泉。朝倉文夫作。新奥山から五重塔へ向かう途中の植え込みにあります。雲に乗った大勢の人が前を見ている作品です。
視線の先は、スカイツリー!さすが、東洋のロダンと呼ばれる朝倉文夫氏です。 -
鳩ポッポの歌碑。明治33年(1900年)、東くめ作詞、滝廉太郎作曲の童謡「鳩ポッポ」の歌碑です。昭和37年(1962年)に建立、これも朝倉文夫作。
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迷子しるべ石。江戸の街ではこのような石を建て、張り紙で迷子の情報を伝えました。
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旧石灯籠。平成16年まで本堂前に建っていましたが、老朽化のため撤去、その一部が展示されています。
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平和の時計。五重塔の前にある時計です。東京大空襲を忘れることなく、平和を祈って建てられています。
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五重塔(ごじゅうのとう)。昭和48年(1973年)に再建された、鉄骨・鉄筋コンクリート造りの塔で、塔高48.32m。基壇状の建物(塔院)の上に建ち、地上高は、53.32mです。塔の最上層には、仏舎利が納められています。
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雲が取れてスカイツリーが見えてきました。
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旧五重塔跡。現在は境内の西側に建っている五重塔ですが、以前は東側にあって、石碑が残っています。アメリカ軍に焼かれる前の旧五重塔は、慶安元年(1648年)に建立された国宝でした。
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戦災公孫樹。本堂の東南に立つ公孫樹は、樹齢八百余年ともいわれ、天然自然記念物に指定されていましたが、昭和20年3月10日の東京大空襲で被災しました。アメリカ軍の攻撃に耐えたご神木として、多くの人に慕われています。
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旧仁王門礎石。徳川家光公が再建した旧仁王門も東京大空襲により消失しました。
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仁王門の礎石です。約1.2m角の礎石が18個使われていましたが、戦火により損傷し、原形を残す3個のみ保存されています。
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ビューポイント。位置情報が抜け落ちてしまいましたが、戦災公孫樹の北側にあります。
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ビューポイントから見た宝蔵門と五重塔。
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ビューポイントから見た本堂。
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ビューポイントから見た浅草神社。
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梅の花。
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浅草神社の鳥居。明治18年9月に建立されました。
その傍らの社号標は、神宮大宮佐佐木行忠候に揮毫されました。 -
浅草神社の参道。
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狛犬「確定申告はお早めに!」
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狛犬「マイナンバーの記載を忘れずに!」
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浅草神社。慶安2年(1649年)に徳川家光公により、建立された社殿は350年経った現在も当時のままです。平成8年に工事費総額3億5千万円をかけて塗り直しを行い、色彩も鮮やかによみがえりました。
ご祭神は、浅草寺の創建に関わった土師真中知(はじのまつち)、檜前浜成(ひのくまのはまなり)、檜前竹成(ひのくまのたけなり)の三柱を主祭神としています。徳川家康公と大国主命を合祀しています。 -
三柱の石碑。平成30年3月に建立。社紋と海を表す意匠に三柱のご祭神の御名が刻まれ、観音様との御縁や浅草草創の経緯と信仰を伝え記しています。
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浅草神社の境内にはたくさんの塚や碑が建てられています。
扇塚。毎年4月8日に、古い扇子をお焚き上げする行事が行われます。 -
花塚。濁り流の花道の師、笠翁斉乱鳥の死を悲しんだ弟子達によって建立されました。
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花柳壽輔碑。花柳流宗家家元の襲名『雷ハ田町をよけて鳴りわたる』。
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初代市川猿翁句碑。明治から戦後にかけて活躍した歌舞伎役者『翁の文字まだ身にそはず衣がへ』。
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こち亀石碑。漫画「こちら葛飾区亀有公園前派出所」の主人公両津勘吉の石碑。
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久保田万太郎句碑。浅草出身の小説家、劇作家、俳人『生きるということむずかしき夜寒かな』。
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この奥に夫婦狛犬があります。
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夫婦狛犬。一般的に一対が参道を挟み向き合って設置されるものです。
この狛犬は江戸初期に作られ、形状が珍しく大変貴重なものであり、その寄り添って佇む様相から「良縁」「夫婦和合」「恋愛成就」のご利益があるとされています。 -
二天門。本堂の東に建つ朱塗りの門で、慶安2年(1649年)に浅草寺の東門として創建されました。当初は随身門でしたが、明治17年の神仏分離令によって二天門に改めました。(外側から)門に向かって左が増長天、右が持国天です。
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増長天。江戸時代前期の吉田兵部藤房作。昭和32年に上野・寛永寺の厳有院(四代将軍徳川家綱霊廟)から拝領した像で、寄木造りです。
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持国天。増長天と同時に奉納されました。増長天は南方、持国天は東方を守護するとされます。
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被官稲荷神社。浅草神社の北側に位置しています。
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安政2年、伏見稲荷神社からご祭神御分身を当地に勧請し、被官稲荷神社と名付けられ、現在浅草神社の末社として境内に祀られています。
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名称の由来は不明ですが、「被官」という言葉から就職・出世にご縁があると解されています。
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鳥居を挟んで両側にお狐さんが睨みをきかせています。
稲荷神社の御祭神は宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)とも書き、「宇迦」とは食(うけ)の意味であり、食料をつかさどり、稲の成育を守る神様です。 -
稲荷社は、現在では農業以外にも産業全般の神様とされ、五穀豊穣、商売繁昌、家内安全、諸願成就の神様です。
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被官稲荷神社のお社は安政2年の創建当時のままで、とても貴重です。社殿は杉皮葺で、間口1.5m、奥行約1.4mと小さいですが、覆屋を構えて保護しています。
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お社の周りはぐるりと一周できます。ずらりとお狐様が鎮座されています。
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表情もそれぞれ違います。お気に入りのお狐様を探してみましょう。
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浅草といえば「花やしき」です。少年の一時期、近所に住んでいた私は、こっそりと入り浸っておりました。
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帰路は仕事先へ向かうため、つくばエクスプレスの浅草駅を利用しました。構内にはこんな飾りもありました。
コロナウイルスが蔓延する状況では、今年の三社祭は開催が難しそうですね。私もしばらくは海外への渡航を自粛します。
最後までお読みいただきましてありがとうございました。
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