2020/01/31 - 2020/01/31
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旅人のくまさんさん
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名古屋市農業センターのちらほら咲いた枝垂れ梅の見学の後、隣接する針名(はりな)神社に立寄りました。天白地区の古社です。帰り道としても、少しだけ近道になるコースになります。
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イチオシ
名古屋市農業センターに隣接する、針名神社の鳥居と狛犬の光景です。延喜式神名帳には『従三位針名天神』の記載があり、今から約1100年以上前に創建されたと推察されている古社です。主祭神は、『尾治針名根連命(おはりはりなねむらじのみこと)』とされます。古代豪族の尾張氏の氏神と考えられています。境内地は約1万2千坪を有し、名古屋市内でも有数の規模を誇る神社です。
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鳥居に向かって右手にあった石標のズームアップ光景です。『式内・針名神社』の文字がありました。その上に記されていた『村社』らしい文字は消されていました。配神として、『大巳貴命(おおなむちのみこと)』又の名を『大國主命(おおくにぬしのみこと)』また、記紀神話の国造りの際に全国を回って国土開拓を協力した神とされる『少彦名神(すくなひこなのかみ)』を祀っています。また、『八幡神(応神天皇:品陀和気命)』を明治42年に合祀しています。
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鳥居に向かって右手の、阿形の獅子像です。口を開けた雄獅子です。鳥居の方角が、神門と、本殿方向になります。南に位置する紋ですが、境内図には名粗油は死すされていませんでした。西参道が表参道になるようです。古代インドのサンスクリットの梵字おいて、『a:阿』は全く妨げのない状態で口を大きく開いたときの音、『m:吽』は口を完全に閉じたときの音とされます。
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鳥居に向かって左手の、吽形の獅子像です。口を閉じた雌獅子です。サンスクリットの梵字の字母の配列は、口を大きく開いた『a:阿から始まり、口を完全に閉じた『m:吽』で終わっていて、そこから『阿吽』は宇宙の始まりから終わりまでを表す言葉とされました。宇宙のほかにも、『a:阿』を真実や求道心に、『m:吽』を智慧や涅槃に例える場合もあります。始まりと終わりの解釈は、 キリスト教の『A』と『Z』の例えによく似ています。
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『針名神社』の扁額と鳥居のズームアップ光景です。青竹に沿わせて、まだ新しい注連縄も張られていました針名神社の引っ越しが行われたとされる慶長年間(1596~1615年)は、日本史の時代区分では安土桃山時代と江戸時代を跨いでいます。この時代の天皇は後陽成天皇と後水尾天皇、江戸幕府将軍は徳川家康と徳川秀忠でした。
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鳥居を潜ると、直ぐに急傾斜の石段になります。この急傾斜では、表参道にするのは難しいようです。慶長時代の初めの頃の2年(1597)年1月には、慶長の役が始まり、慶長3年(1598年)8月に豊臣秀吉が死去したことで政権内の主導権争いが顕在化し、 10月に秀吉の死は秘匿されたまま、五大老による帰国命令が発令され、慶長の役は終焉しました。
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慶長4年(1599年)に徳川家康は大阪城西の丸に入り、翌5年8月には、『関ヶ原の戦い』の前哨戦となる『伏見城の戦い』が起きました。宇喜多秀家を総大将とする西軍により伏見城は陥落、守将鳥居元忠以下1800の将兵が戦死しました。天下分け目の関ヶ原の戦いが起きたのは、慶長5年(1600年)9月15日のことでした。暫く、慶長時代の主な出来事を紹介します。
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参道脇の立札の光景です。『名古屋市野鳥保護区・針名神社』の赤い文字がありました。名古屋市緑政土木局名の看板でした。先ほど見学した、名古屋市農業センターなどと一括して指定されているかも知れません。慶長8年(1603年)2月12日、徳川家康は征夷大将軍に任じられ、江戸幕府を開府しました。一方、同年4月22日 、豊臣秀頼が内大臣に任じられました。
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外側から眺めた、針名神社の『神門』の光景です。『神門』の正面に『社殿』があります。慶長10年(1605年)4月16日、徳川秀忠が江戸幕府2代将軍に就任しました。慶長11年(1606年)9月23日、江戸城本丸が完成し、慶長12年(1607年)閏4月26日に、家康の九男の徳川義直が清洲城主になりました。家康は、甲信及び東海道の要として、天下普請の名古屋城を築き、清洲から移しました。
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慶長19年(1614年)11月15日、『大坂冬の陣』がはじまり、慶長20年(1615年)4月26日には、『大坂夏の陣』はじまり、同年5月8日 に大坂城が落城し、豊臣氏は滅亡しました。同年閏6月13日、一国一城令が出され、7月7日、武家諸法度制定、
7月13日、元和に改元されました。慶長時代は、大地震や大噴火が度々起きています。その主なものを次に紹介します。 -
◎慶長2年(1597年)3月1日及び同3年(1598年)4月8日:浅間山噴火
◎慶長9年(1604年)12月16日:慶長大地震、太平洋沿岸で津波被害
◎慶長10年(1605年)9月15日:八丈島が噴火
◎慶長10年(1605年)11月:浅間山が噴火
◎慶長16年(1611年)8月21日:会津地震、若松城が半壊。(紹介が続きます) -
『式内・針名神社由緒記』のタイトルがあった石製の解説板の光景です。主祭神をはじめ、末社を含めたすべての祭神が紹介されていました。針名神社の創建から1100年ほど経っていますが、慶長年間(1596~1615年)に、800メートルほど北の元郷地区から、部落ごと引っ越してきたと紹介されていました。多分、家康の命による引っ越しでしょう。
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◎慶長16年(1611年)10月28日:慶長三陸地震。大津波が発生し、死者多数
◎慶長19年(1614年) 10月25日:大地震(震源不明、従来は高田領大地震)
なお、『文禄』から『慶長』に年号が改元されたのは、文禄5年10月27日(グレゴリオ暦1596年12月16日)ですが、その理由は天変地異などの災異のため改元でした。文禄5年に立て続けに起きた地震も、この後紹介しておきます。 -
『針名神社』の金文字が記された社殿の扁額の光景です。
◎文禄5年閏7月9日:慶長伊予地震。薬師寺の本堂や仁王門、鶴岡八幡宮が倒壊
◎同年閏7月12日:慶長豊後地震、豊後国で大地震と大津波、瓜生島が海中没
◎同年閏7月12日から13日:慶長伏見地震、畿内一円で大地震、伏見城や方広寺の大仏殿が倒壊 -
木彫の『五三の桐』の社紋の光景です。3枚の桐の葉の上に、桐の花を左右に三つずつ、中央に五つ配した紋所です。当初は菊紋章とともに皇室専用の家紋でした。慶長の跡の約10年が『元和(げんな)』でしたが、大きな天変地異は起きていません。針名神社の引っ越し理由は、岡崎と名古屋を結ぶ街道の整備だったようです。家康自らが踏査したとの説もあるようです。
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『針名稲荷社(はりないなりしゃ)』の赤い鳥居列の光景です。御祭神は、『宇賀能美多麻神(うがのみたまのかみ)』で、日本神話に登場する穀物神です。『延喜式』の祝詞では、『屋船豊宇気姫命』という神に『是は,稲の霊なり。俗の詞に宇賀能美多麻といふ』との説明があるほか、『日本書紀』の神武天皇の巻に『厳稲魂女』という神名があり、『うか』が穀物を意味する語であるとされます。
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同じく、『針名稲荷社(はりないなりしゃ)』の赤い鳥居列のズームアップ光景です。『日本書紀』の保食神や、『古事記』の豊宇気毘売神の『うけ』は、『うか』が転じたものとされます。古い文献に『うか』、『うけ』を含む神名が多数あるのは、穀物神、穀霊が方々で祀られ、それに応じて種々の呼称が存在したためのようです。
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年代物の『狛犬』の光景です。拝殿に向かって右側の『阿形』の雄獅子の光景です。かなり厳めしい顔つきに見えますが、年代を経て丸くなったようです。
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同じく、年代物の『狛犬』の光景です。拝殿に向かって左側の『吽形』の雌獅子の光景です。こちらの獅子像は、丸くなったのを通り越え、表情そのものが消え去りかけていました。
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『神明社』の社光景です。神明社には次の神々が祀られています。
◎神明社(しんめいしゃ):天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)、◎知立社(ちりゅうしゃ):鵜葺草葺不合神(うがやふきあえずのかみ)、◎山神社(やまじんじゃ):大山祇神(おおやまつみのかみ)、◎御鍬社(みくわしゃ):豊受毘売神(とようけひめのかみ)、◎洲原社(すはらしゃ):菊理比売神(くくりひめのかみ)、◎金刀比羅社(ことひらしゃ):大物主神(おおものぬしのかみ) -
イチオシ
菅原道真公所縁の『みちびきの牛』です。公式HPには、『学問の神様の天神様の神使として菅公をみちびいた「牛」の銅像があります。牛の頭をなでた手で自分の頭をなでると頭が良くなるという言い伝えがあります。試験や受験などの前になでて下さい』と解説されていました。
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本殿の右(東)側に祀られた境内摂社の光景です。左側の社の『天王社(てんのうしゃ)は、建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)が祀られ、疫病送り・伝染病・流行病にかからない神様とされ、右側の『針名天神社(はりなてんじんしゃ)』には菅原道真公(すがわらみちざねこう)が祀られ、進学・合格・学問の神様とされます。
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『絵馬掛け』の光景です。受験シーズン前に懸けられた合格祈願がほとんどのように見受けました。ピンク色の全開の桜の花がその目印です。学問の神様の菅原道真公へのお願いのようです。(元写真は、4トラの検閲により削除)
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境内側から眺めた『神門』の光景です。神社に設けられる門が『神門』と呼ばれますが、『鳥居』も神社などにおいて神域と人間が住む俗界を区画するもの(結界)であり、神域への入口を示すものですから、一種の『門』とされます。
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御神木の杉の木です。公式HPでは、『1300年以上もの歴史のある神社の御神木として名古屋市指定保存樹の市内最大のスギの木。木の生命力にあやかろうと頭をくっつける方もみえます』と紹介されていました。
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御神木の杉の木の根元付近の光景です。『保存樹・スギ』の白い標柱がありました。側面には、『指定番号(天白)第六号』の文字もありました。幹の名札には、『スギ(杉):ヒノキ科(旧スギ科)』の法事がありました。スギ属の日本原産の常緑針葉樹です。
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現在の『社殿』の建物は、『昭和50年1月よりご造営をなし昭和51年11月6日に竣功したもので、本殿は神明流造で大唐破風造りの向拝、に続き拝殿、祝詞殿、渡殿、本殿の棟が連なる壮大な建物群で構成されております。 拝殿の広さは66㎡、冷暖房も完備されておりますので季節を問わず快適にお参りがいただけます』と、公式HPで紹介されていました。
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本殿の建物かと思いましたが、『参集殿』の表札がありました。神社の『参集殿』とは、参拝者の待合所や休憩所のことです。同社の公式HPでも、『社務所』と『参集殿』を一括りで紹介されていました。
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針名神社の社務所の建物光景です。同社の公式HPでは、『御札・御守りの授与、御祈祷のお申込み、ご相談等ございましたら社務所までお越し下さい』と紹介されていました。
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右手に見える、まだ新しい木製の標識には、『第70回全国植樹祭記念植樹』と『天皇皇后両陛下御即位・愛知県行幸啓』の文字が記されていました。公式HPでは、『令和元年6月2日(日)、天皇皇后両陛下の御臨席を仰ぎ、愛知県尾張旭市と名古屋市守山区に広がる愛知県森林公園をメイン会場として「第70回全国植樹祭」を開催しました』と紹介されていました。
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