2020/01/16 - 2020/01/16
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旅人のくまさんさん
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2020新年の大須巡りです。慶長15年(1610年)、徳川家康の命により名古屋城が築かれ、碁盤割りの城下町が形成され始めました。それ以前は、東国と西国を結ぶ唯一の交通路の鎌倉街道に沿った、松原続きの平原で小さな集落や神社仏閣が散在する農村に過ぎず,日置の荘と呼ばれていました。
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北側から眺めた、『華精の鐘(女人梵鐘)』と呼ばれる、鐘楼の光景です。右後方に仁王門が見えています。大須観音では、毎年、大晦日の24時から撞き始め、108回の除夜の鐘の音が響き渡り、新年を祝います。また、元日午前10時から新年初護摩祈祷が執り行われます。初詣客は、例年約50万人程とされます。
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イチオシ
『華精の鐘(女人梵鐘)』と呼ばれる鐘楼のズームアップ光景です。108回の除夜の鐘は、事前申し込みで、一般の人出も撞くことができるようです。ネット情報では、1撞き千円と紹介されていました。名古屋市内の初詣数ベスト5は、1.熱田神宮(熱田区)、2.大須観音(中区)、3.城山八幡宮(千種区)、4.山田天満宮(北区)、5.椿神明社(中村区)とされます。
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『扇塚』の文字が刻まれた石碑の光景です。大須観音の公式HPには、『舞踊などにご愛用された扇を奉る塚でございます。芸道上達をお祈り下さい。11月には「扇供養祭」がこの碑の前で執り行われます』と紹介されていました。下痢処尾張名古屋らしい『扇供養』です。
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『扇塚建立由来』の文字が刻まれた石碑の光景です。名古屋舞踊協会が、古扇に対して感謝、報恩のために、1962年(昭和37年)に建立した供養碑です。連立発起人の筆頭位には、会長・西川鯉三郎氏の名前があります。1983年に亡くなられた二世・鯉三郎氏です。4代西川扇蔵の門弟だった西川仁蔵が名古屋へ移った際、初代・西川鯉三郎(1825~1899年)を名乗ったのが始まりの名跡です。
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『大須(真福寺)文庫』のタイトルがあった、名古屋市教育委員会名の説明立札の光景です。貴重な文書類が水難を免れるよう、慶長17年(1612年)に徳川家康の命により、岐阜県羽島市大須からこの地に移されたことが紹介されていました。日本最古、世界唯一という貴重な書物が多く含まれ、今も保存されています。
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『大須(真福寺)文庫』を蔵する真福寺の入口光景です。大須観音は、国宝『古事記』を初めとする古典籍の宝庫の『大須文庫』を持ちます。大須観音の所蔵品は、国宝4件、重要文化財37件を含む平安から室町までの仏書、典籍類が1万5千点を超えます。まさに中世日本の『知』の世界を伝える貴重な遺産です。これまでに、火災や空襲など多くの危機を乗り越えてきました。
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本殿正面の東側の石段脇の光景です。仏像が並んでいました。その周りを、寄進者が記されているらしい石標が取り囲んでいました。この一角も、手向けの花が絶えない人気の場所のようです。
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石段東脇に祀られた『地蔵菩薩』の立像光景です。サンスクリット語では『クシティガルバ』と言います。『クシティ』は『大地』、『ガルバ』は『胎内』、『子宮』の意味です。意訳して『地蔵』と呼ばれています。また『持地』、『妙憧』、『無辺心』とも訳されます。
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石段東脇に祀られた仏座像の光景です。『十一面観音』のようです。観音菩薩の変化身(へんげしん)の一つであり、六観音の一つでもあります。六観音は、六道の衆生を済度する六体の観音です。真言系では聖観音、十一面観音、千手観音、馬頭観音、如意輪観音、准胝観音を六観音と称し、天台系では准胝観音の代わりに不空羂索観音を加えて六観音とします。
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頭部に11の顔を持つ菩薩の『十一面観音』のお顔のズームアップ光景です。六観音の役割では、阿修羅道の衆生を摂化するとされます。十一面観自在菩薩心密言念誦儀軌経によれば、10種類の現世での利益(十種勝利)と、4種類の来世での果報(四種功徳)をもたらすと教えます。顔の数の由来など、起源の明確な根拠が少ないですが、ヒンドゥー教の影響下に7世紀ごろ成立したとされます。
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東南側から眺めた本堂方面の光景です。唐破風の屋根が、正面玄関になります。真言宗智山派の別格本山で、開山は能信上人です。ご本尊は弘法大師作の聖観世音菩薩とされます。
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正面から眺めた本堂光景です。大須観音は、既に紹介しましたように、国宝の『古事記』の最古写本『真福寺本古事記』をはじめ、貴重な古典籍を多数所蔵しています。『真福寺文庫』(大須文庫)と呼ばれ、『仁和寺』、『根来寺』の文庫と合わせて本朝三文庫とも称されます。
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大須観音の境内光景です。今はがらんとしていますが、市が拓かれる時などには、境内一杯にお店が立ち並びます。毎月18日と28日に大須観音の境内で、骨董市が開催されます。また、毎年10月には『大須大道町人祭』が開催されます。
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大須観音の鳩さん達です。専用の餌も販売されているようです。オリーブの枝を咥えた鳩は平和のシンボルとされますが、そのルーツは、旧約聖書のノアの方舟にあるようです。洪水が収まったかどうかを調べるために、ノアが方舟から放った鳩が、オリーブの小枝を持ち帰ったことで水が引いたことを知りました。世界にこれが広まったのは1949年パリ国際平和擁護会議でピカソのデザインによる鳩のポスターが作られてからです。
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十二支・干支の守り本尊が祀られた『普門殿』方面の光景です。鳩が平和のシンボルとされる考えが世界中に広まったのは、1949年パリ国際平和擁護会議で、ピカソのデザインによる鳩のポスターが作られてからとされます。ピカソが描いた一枚の鳩の絵が人々を感動させたことで、ヨーロッパ以外の国々でも鳩は平和の象徴であると認識され始めました。
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境内に立ち並ぶ白い幟の光景です。幟には、赤い梅鉢の寺紋と、『南無聖観世音菩薩』の文字が記されていました。その中間辺りの奥に、『大須仁王門通り』の大きな文字と、仁王の顔が描かれていました。マンションの壁に直接描かれているようです。
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イチオシ
境内側から眺めた、大須観音の『表参道』の光景です。ネット情報では、『少し寂れた感じの表通り』の表現に出遭いますが、フィギュアスケートの『真央ちゃんチャーハン』で有名なお店の『互楽亭(ごらくてい)』はこの通りにあります。
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『普門殿』に祀られた十二支・干支の守り本尊の光景です。その一部です。『十二支(じゅうにし)』は、子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥の総称です。『干支(かんし、えと)』は、十干と十二支を組み合わせた60を周期とする数詞のことです。暦を始めとして、時間、方位などに用いられます。
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大須観音の北側に位置する門の光景です。上部に渡り廊下がありました。正式な門ではなく、扉のない通路になっていました。手前に、車止めの黄色いポールの列が見えていました。
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大須観音の東門付近から眺めた本堂方面の光景です。先に紹介した『大須観音略縁起』には、『仁王門』と『西門』か記してありませんでしたから、東側には、正式紋はないかも知れません。江戸時代に描かれた『尾張名所図会・大須観音』にも、仁王門以外には、はっきりした門は描かれていないようでした。
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『華精の鐘(女人梵鐘)』と呼ばれる、鐘楼の光景です。『華精の鐘』の呼び名の命名者は、名古屋市長を3期務めた『杉戸清氏(1901~2002年)』です。東京帝大工学部土木工学科を卒業し、1926年(大正15年)4月に名古屋市役所に入り、水道局長などを務めた土木の専門家でした。四選目は、革新系の教育学者だった『本山政雄氏(1910~2009年)』に敗れました。
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西側から見上げた、大須観音の『本堂』の建物光景です。大須観音の移転後、周辺が本格的に賑わいを見せるようになるのは、七代目藩主・徳川宗春の時代です。江戸では八代将軍吉宗が、質素倹約を良しとする政治を行っていました。それに対して、宗春は芝居や芸事を奨励し、消費促進、開放政策を行いました。その結果、名古屋の街は繁栄を取り戻しました。
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大須観音の北に隣接する『北野神社』の光景です。赤い幟と鳥居が林立していました。創建は1324年(鎌倉時代末)とされる古社です。この神社が、元々は大須観音の本体でした。そのことは、『大須観音』の正式名称が、『北野山真福寺宝生寺』であることからも想像できます。
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大須観音の北側に隣接する『北野神社』の拝殿光景です。江戸時代に著わされた『尾張名所図会』には、真福寺と北野天満が同じ境内に描かれています。元々一体でした。京都市上京区にある天満神社の旧称は北野神社、福岡県太宰府市の太宰府天満宮とともに天神信仰の中心とされます。
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『北野神社』のご祭神は、菅原道真公、その道真公に因む牛さんです。牛は天満宮において神使(祭神の使者)とされています。その理由は、『道真の出生年は丑年である』、『亡くなったのが丑の月の丑の日である』、『道真は牛に乗り大宰府へ下った』、『牛が刺客から道真を守った』、『道真の墓所(太宰府天満宮)の位置は牛が決めた』など、多くの伝承があるためです。
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大須商店街の入口の一つ、『観音通』の光景です。大須に立寄る理由の一つは、アメ横街でのパソコンの消耗品の購入と、万松寺の『五代目橋本』の和牛ランチを楽しむためです。グラス1杯だけの赤ワインも楽しみにしています。
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大須商店街のアーケード通りの光景です。大須商店街の公式HPからの紹介です。『名古屋市中区大須2丁目~3丁目付近のことで、若宮大通、伏見通、大須通、南大津通の四つの通りに囲まれた区域を言います。 鶴舞線・大須観音駅付近は西の端、名城線・鶴舞線上前津駅は南東の端になり、ちょうど街全体が二つの駅に挟まれています。 このエリア内に約1,200の店舗・施設があります』
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大須観音に近い場所にある『富士浅間神社』の鳥居光景です。同じく、大須商店街の公式HPからの『大須の由来』の紹介です。『尾張地域の中心は織田信長が居城としていたこともあり、長い間、清洲城とその城下町でした。 しかし、関ヶ原の戦い以降の政治的な問題や、水害に弱い地形上の弱点があることなどから、徳川家康は名古屋城築城を決定します』、この出来事は『清州越し』と呼ばれます。
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大須観音に近い『富士浅間神社』の境内光景です。『清州越し』では、清洲から名古屋へと武家屋敷、神社仏閣、橋、町屋、門などあらゆるものが移され、現在の大須界隈は名古屋城下の南寺町として、神社仏閣の多く集まる場所となりました。『清州越し』は、慶長15年(1610年)の名古屋城築城開始に伴い、慶長17年(1612年)頃から始まりました。
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現在、普請の寄付金集めが行われている『富士浅間神社』の拝殿光景です。 慶長17年(1612年)には、徳川家康の命により犬山城主成瀬正茂が現在の岐阜県羽島市桑原町大須にあった真福寺(大須観音)を現在地に移転しました。周辺地域は大須観音の門前町として発展し、大須と呼ばれるようになりました。 寺町『大須』の誕生です。
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