2019/08/20 - 2019/08/20
7位(同エリア12件中)
SUOMITAさん
- SUOMITAさんTOP
- 旅行記2711冊
- クチコミ3096件
- Q&A回答61件
- 3,099,035アクセス
- フォロワー64人
1222 岩窟墳墓からシェフサーデ博物館に向かうが,閉まっていた.その後,Hazeranlar Konauを探してさ迷い歩く 反対側のホテルで聞いてやっと場所がわかる.民家を改造したオスマントルコ時代の裕福な民家を見せる博物館だ.1865年に,アマスヤの会計係であるHasan Talat Efendiによって建てられた.ハゼランラルマンションは、オスマン帝国時代の地元の土木建築作品の特徴を反映した最も美しい建物の1つとのこと.特に印象的なのは女性たちの服装が華やかなこと.家の中でおしゃれするんだね.1248 見学終了 トルコの地方の裕福な家の様子を垣間見ることができた.むかしボスニアヘルツェゴビナやブルガリアでオスマン征服時代のトルコ人の家を見たことがあるが,調度品などは一緒だが,ここは大きいし,さすが地元,洗練されていた.入場料は7TL 他の博物館と同じ入場券だった.
その後川沿いに歩いていく.アマスヤを治めることが,スルタンに行く道だったようだ.「アマスィヤがオスマン帝国のバヤジット1世に併合されてから、代々スルタンは自身の子供を教育のためにアマスィヤに送ったために、アマスィヤは教育の中心として重要度が増した。将来統治者となるための準備の一環として、スルタンの後継者達にはアマスィヤの統治者の地位と責任が与えられた。将来のスルタンとなる14世紀末のバヤジット1世から16世紀のムラト3世に至るまでが、若い頃にアマスィヤで教育され、アマスィヤの統治を行った。」Wikipedia スルタンたちの肖像や,またアタチュルクがこの街で軍隊を設立してトルコ共和国を建国する計画の最終的な会合を行った場所だ.
さらにローマ時代の地理学者ストラボや悲恋のFerhatとSirinの像など,この街がトルコどころか,アナトリアの長い歴史を体現している街だということがわかる.
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 徒歩
- 航空会社
- ターキッシュ エアラインズ
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
1222 岩窟墳墓からシェフサーデ博物館に向かう
-
途中に水場があった
-
残念やっていない
-
次にHazeranlar Konauを探してさ迷い歩く 反対側のホテルで聞いてやっと場所がわかる
-
この古いHatuniye Mosqueの壁の手前を入る
-
あった
-
1225 Hazerlander Konagi(Mansion) 民家を改造したオスマントルコ時代の裕福な民家を見せる博物館だ
-
ここからも岩窟墳墓がよく見える 西側の墳墓だ
-
前庭 小さな井戸がある
-
イチオシ
-
-
手前のも水道が
-
中に入る 当時のドレスかな
-
認定証かな
-
二階に 四隅とその奥に部屋があり,真ん中がホールになっている
-
1865年に,アマスヤの会計係であるHasan Talat Efendiによって建てられた.ハゼランラルマンションは、オスマン帝国時代の地元の土木建築作品の特徴を反映した最も美しい建物の1つとのこと
-
ホールの川沿い
-
-
ここは女性の部屋かな 家の中では女性は非常に着飾っていたようだ.オスマンの時代の雰囲気がわかる
-
-
-
ここも女性の部屋
-
寝室だが,娘の部屋かな
-
ホールの端にはトイレ
-
19世紀のモスクにあった礼拝用のじゅうたんが展示
-
-
調度品
-
ホールの北西側には
-
客間のようだ
-
イチオシ
-
隣も大きな部屋
-
男どもが談笑するところだろう
-
小さな部屋
-
昔の写真が飾ってあった 川から写した写真だ
-
このように各部屋の上には用途が書いてあるが,よくわからない部屋もある
-
リビングルーム
-
イチオシ
-
ここは夫婦の寝室だ
-
イチオシ
寝室
-
家具
-
ノブがおもしろい
-
ホールの北側
-
ここにも19世紀にモスクで使われていたじゅうたん
-
-
このように書かれている
-
女性がお茶をしている部屋
-
1階に キッチン
-
イチオシ
-
入口にパントリーがあった
-
その中
-
なんとお土産が自動販売機
-
1248 見学終了 トルコの地方の裕福な家の様子を垣間見ることができた.むかしボスニアヘルツェゴビナやブルガリアでオスマン征服時代のトルコ人の家を見たことがあるが,調度品などは一緒だが,ここは大きいし,さすが地元,洗練されていた.入場料は7TL 他の博物館と同じ入場券だった
-
来るとき渡った橋の一つ下流.Hazeranlar橋を渡る 下流側
-
Hazerlander Konagi(Mansion)もみえる上流側
-
岩窟墳墓とAmasya城 いい景色だねえ
-
イチオシ
真ん中にHazerlander Konagi(Mansion)
-
橋の街側
-
イチオシ
ひるがえって岩窟墳墓側
-
シェフサーデ博物館の建物が見える
-
渡ったところにAmasyaのランドマーク
-
Ziya Pasa通りを川沿いに西へ
-
これはなんだろう 実は「アマスィヤがオスマン帝国のバヤジット1世に併合されてから、代々スルタンは自身の子供を教育のためにアマスィヤに送ったために、アマスィヤは教育の中心として重要度が増した。将来統治者となるための準備の一環として、スルタンの後継者達にはアマスィヤの統治者の地位と責任が与えられた。将来のスルタンとなる14世紀末のバヤジット1世から16世紀のムラト3世に至るまでが、若い頃にアマスィヤで教育され、アマスィヤの統治を行った。」Wikipedia
ここにはさらに5人のスルタンの名前が刻まれる -
ムラド3世 1546-1567アマスヤ統治 1574-1595年スルタン
-
セリム1世 アマスヤで1470年に生まれる 1512-1520年スルタン
-
バヤヅィト2世 1454年より27年間アマスヤ統治 1481-1512年スルタン
-
ムラド2世 1404年アマスヤ生まれ 1415年アマスヤ統治 1421-1444,1446-1451 スルタン
-
メフメト1世 スルタン1412-1421年 アマスヤ統治は1389年から 1402年アンカラの戦いでティムールに敗れ,国が分裂したが,1413年オスマンを再統一
-
バヤヅィト1世 ムラト1世の子 1386年にアマスヤを領土に加える 1389-1402年スルタン
特別な地であったことがわかる -
国家と独立の決意を示した碑 アタチュルクの言葉が刻まれる このアマスヤは1919年にムアタテュルクが軍隊を設立してトルコ共和国を建国する計画の最終的な会合を行った場所だ.
-
Yesilirmak川を上る
-
これは..
-
地理学者ストラボという人らしい 古代ローマの人 アマスヤ生まれ BC63-23 Pontus王国が滅んだ直後の人 Pontus王国の有力者の子孫だ
-
イチオシ
そして悲恋のFerhatとSirinの像
-
Ferhatは勇敢な人で,町の中心までトンネルを掘って水を通した
-
Sirinはスルタンの娘 結婚を許してもらえなかった そしてスルタンは娘が死んだとうそを言う 嘆き悲しんだFerhatは身を投げ,それを知ったSirinも自殺するという話
-
渡った橋 Madenus 橋に近づいた.
-
1305 橋のふもとに着いた これから博物館に行こう
-
パンフ アマスヤ博物館でもらう
-
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
旅行記グループ
【海外70】2019.8トルコの知人を訪ねる
-
前の旅行記
2019.8トルコの知人を訪ねる22-Pontus王国 紀元前2-3世紀の岩窟墳墓
2019/08/20~
アマスヤ
-
次の旅行記
2019.8トルコの知人を訪ねる24-Beyazıt2世の複合施設,アマスヤ博物館
2019/08/20~
アマスヤ
-
【海外70】2019.8トルコの知人を訪ねる1-TK54エコノミーでイスタンブール新空港,知人の車でIzni...
2019/08/15~
イスタンブール
-
2019.8トルコの知人を訪ねる2-D150,D595号線をIznik(ニカイア)へ.遠い山の上のホテル
2019/08/16~
イズニック
-
2019.8トルコの知人を訪ねる3-イズニックエコツーリズムファシリティバンガローハウスで朝食,レフケ門,イ...
2019/08/16~
イズニック
-
2019.8トルコの知人を訪ねる4-アヤソフィア,ハジュ・オズベク・ジャーミー,街歩き
2019/08/16~
イズニック
-
2019.8トルコの知人を訪ねる5-イェシルジャーミイ,地域テレビの取材,市立ファミリーティーガーデン,イス...
2019/08/16~
イズニック
-
2019.8トルコの知人を訪ねる6-ローマ劇場跡,スーパーなどによった後,キョフテジユスフで夕食,山の中のホ...
2019/08/16~
イズニック
-
2019.8トルコの知人を訪ねる7-イズニックエコツーリズムファシリティバンガローハウスの夜と朝,Iznik...
2019/08/16~
イズニック
-
2019.8トルコの知人を訪ねる8-Boyalicaからイスタンブール新空港へ,機体トラブルで2時間以上の遅...
2019/08/17~
イスタンブール
-
2019.8トルコの知人を訪ねる9-Sivas空港からTurhalへ,結婚パーティ,Grand Ali'n ...
2019/08/17~
その他の都市
-
2019.8トルコの知人を訪ねる10-エンギンさんの今の職場,友人宅の表敬訪問,トマトピューレつくり,はたけ...
2019/08/18~
その他の都市
-
2019.8トルコの知人を訪ねる11-Tokatへ 14世紀の墓など 隊商宿跡Tashan
2019/08/18~
その他の都市
-
2019.8トルコの知人を訪ねる12-Turhalに帰る.Selaleレストランで夕食
2019/08/18~
その他の都市
-
2019.8トルコの知人を訪ねる13-TurhalからAlacahoyuk(アラジャホユック)137kmドラ...
2019/08/19~
ボアズカレ
-
2019.8トルコの知人を訪ねる14-Alacahoyuk(アラジャホユック)遺跡
2019/08/19~
ボアズカレ
-
2019.8トルコの知人を訪ねる15-Alacahoyuk(アラジャホユック)博物館,あこがれのHattus...
2019/08/19~
ボアズカレ
-
2019.8トルコの知人を訪ねる16-Hattusha(Hattusas)ハットゥシャ遺跡1 大神殿,ライオ...
2019/08/19~
ボアズカレ
-
2019.8トルコの知人を訪ねる17-ハットゥシャ遺跡2 イエルカプ,スフィンクス門,王の門,ニシャンテペ,...
2019/08/19~
ボアズカレ
-
2019.8トルコの知人を訪ねる18-ボアズカレ博物館のスフィンクスと神の頭部像
2019/08/19~
ボアズカレ
-
2019.8トルコの知人を訪ねる19-ヤズルカヤのレリーフに息をのむ
2019/08/19~
ボアズカレ
-
2019.8トルコの知人を訪ねる20-BogazkaleからTurhalに帰る.ホテルの階上レストランで夕食
2019/08/19~
ボアズカレ
-
2019.8トルコの知人を訪ねる21-Amasyaへのドライブ
2019/08/20~
アマスヤ
-
2019.8トルコの知人を訪ねる22-Pontus王国 紀元前2-3世紀の岩窟墳墓
2019/08/20~
アマスヤ
-
2019.8トルコの知人を訪ねる23-Hazeranlar Mansion博物館,Yesilirmak川沿い...
2019/08/20~
アマスヤ
-
2019.8トルコの知人を訪ねる24-Beyazıt2世の複合施設,アマスヤ博物館
2019/08/20~
アマスヤ
-
2019.8トルコの知人を訪ねる25-AmasyaからTurhalに帰る,Turhalの街をぶらぶら,夕食を...
2019/08/20~
アマスヤ
-
2019.8トルコの知人を訪ねる26-Turhalの木曜バザール,Sivasへ出発,Tokatへ
2019/08/21~
その他の都市
-
2019.8トルコの知人を訪ねる27-Tokatのメヴレヴィーハーネによる,D850号線をSivasに向かう
2019/08/21~
その他の都市
-
2019.8トルコの知人を訪ねる28-Sivasへ.ブルジエ神学校でチャイ,チフテミナーレとシファーイエ神学...
2019/08/21~
スィワス
-
2019.8トルコの知人を訪ねる29-ギョク神学校,Sivas空港よりIstanbulへ
2019/08/21~
スィワス
旅行記グループをもっと見る
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 【海外70】2019.8トルコの知人を訪ねる
0
79