2019/09/28 - 2019/09/28
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kojikojiさん
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お昼ご飯が終わってバスに乗り20分も走ると「日月潭」の湖畔道路に出ました。高度が上がるにつれて天気が悪くなってきて「文武廟」に到着する頃には雨が降り出してきました。湖の眺めは今一つでしたがじっくり参拝した文武廟はとても興味深い建築様式や風水や天子南面思想と、祀られている「関聖帝君(関羽)」や「岳武穆王(岳飛)」と三国志に由来する登場人物、「孔子」を元に孔門十哲などなど…。時間があればもっと詳しく読み解けて行けたのにと思うと少し残念でした。今回の台湾周遊ツアーの観光の部分は時間や立ち寄る場所も少なくちょっと残念ではありました。文武廟を見学すると日月潭の観光は終わりで一路高雄を目指します。特にガイドさんの説明もありませんでしたが、過去にテレビ番組で知ったジオパーク的な台湾の地層の成り立ちをバスの車窓から眺められたのも楽しかったです。夕暮れ時に高雄市内手前の左営の「蓮池潭」に到着し、風情のある「龍虎塔」を参拝できました。興味深かったのは時間が遅くて塔に登れなかったのは残念ですが、その分時間が余ったので「春秋閣」にも足を延ばせました。少ない自由時間でも自分なりに学んできたことで、より深く台湾を知る事が出来て良かったです。
- 旅行の満足度
- 4.0
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 鉄道 観光バス タクシー 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
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日月潭北側の山に位置する「文武廟」は日月潭の開拓と深いかかわりがあるそうです。1932年に日月潭の水をダムに引くことになりましたが、これによって水没の危機に瀕した水社の「龍鳳廟」と卜吉社の「益化堂」が「文武廟」として現在の位置に移設され再建されます。
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こちらの「文武廟」の始まりは1934年になり、中国北朝時代の宮殿様式を取り入れた現在の廟は1969年に完成します。
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「牌坊」(はいぼう パイファン)も中国の伝統的建築様式の門の1つです。廟の湖面側に向かって建てられています。地図で見ると日月潭の北側に位置し、廟は南に向いているのだと分かります。柱4本の間に3つの空間がある「四柱三間」様式です。
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古代中国や日本には天子(皇帝)は南に面して君臨するという「天子南面思想」があり、北極星(不動の存在)を中心に見立てた思想といわれます。左優位(東優位)の序列はこの位相を軸に太陽の動きを敬ったものとされ、左右の位置的意味を「天子南面」と「臣下北面」の相対的な視点でこの廟が建てられているのが分かります。
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建物は湖畔のある山門側から奥に行くほど高くなっていて、順番に「拝殿」「式聖殿(正殿)」「大成殿(後殿)」の3層構造になっています。一番手前の「拝殿」は主要な祭祀を行う場所で、その次の「式聖殿」に三国志などでおなじみの「関聖帝君(関羽)」や「岳武穆王(岳飛)」が祀られており、一番奥の「大成殿」には儒教の創始者「孔子」が祀られています。
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日本人の感覚からすると一緒に祀るのだろうかと不思議な感じですが、台湾の廟では1つの場所に何種類もの神様や本尊が祀られていることは結構多いようです。
「雲龍階石」と呼ばれる北京の故宮博物院の宮殿にも見られる龍と玉の彫刻が見られました。 -
「雲龍階石」の上には福を願う「祈福風鈴」が涼しげな音を奏でます。
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この文武廟は中国北朝時代の宮殿様式の建物としては台湾最大だそうです。建物は「三進三殿、両馗両廊」という構成で配置されています。軒の彫刻は「結綱」と呼ばれる南方形式特有の装飾です。
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「拝殿」から1段上がった「武聖殿」です。扁額の「忠義千秋」は三国志で有名な関羽が蜀の皇帝である劉備に忠義を尽くしたことに由来します。関羽は戦に敗れて魏の曹操に捕らわれ、曹操の家臣に成るよう促されますが劉備に忠義を尽くすためにこれを断ります。
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正面には三国志などでおなじみの「関聖帝君(関羽)」や「岳武穆王(岳飛)」が祀られています。
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天井は細かい彩色木彫で覆われています。これらが道士なのか羅漢なのかまでは分かりませんでしたが極楽まで登って行けそうでした。
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成都の「武侯祠」の像も見事でしたが、この廟の像も立派でした。
成都「武侯祠」「前出師表」:https://4travel.jp/travelogue/11130087 -
「岳武穆王(岳飛)」は若い頃に母の手で背中に「尽忠報国」という四文字の入れ墨を刻まれたエピソードがあります。尽忠報国とは「忠義を尽くし、国の恩に報いる」という意味で、父の教えを忘れないよう身体に刻みつけたわけです。杭州の旅をしたときに「岳廟」を参拝したことを思い出します。また「武候祠」に納められた「前出師表」を書いたことでも有名です。
杭州「岳廟」:https://4travel.jp/travelogue/10353812 -
「関聖帝君(関羽)」は蜀漢の創始者である劉備に仕えてその人並み外れた武勇や義理を重んじたため、敵である曹操や多くの同時代人から称賛された人物です。見事な鬚髯(鬚=あごひげ、髯=ほほひげ)をたくわえていたため、諸葛亮からは「髯(ひげ)」殿と呼ばれ、三国志演義などでは「美髯公(びぜんこう)」などとも呼ばれます。
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「関平太子」は三国志演義では河北の住人である関定の次男として登場します。182年に出生したと設定され、兄は関寧となっています。曹操に徐州を追われ、散り散りになった劉備ら三兄弟の再会した関定の屋敷で初めて登場し、関定が関平を随行させてほしいと頼み込んだため劉備のとりなしで子がいない関羽の養子となります。
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劉備の養子である劉封と行動をともにする場面が多く、新野に夏侯惇が攻めて来た際や益州の地を取りに行くと称し劉備を殺そうとした周瑜を防いだ際、また益州攻略戦への従軍などで描かれています。関羽に従い襄陽攻めなどで活躍しますが、呂蒙に攻められ関羽と共に首を斬られています。 三国志演義での描写により関帝(関羽)を祭った関帝廟の随神として周倉と共に祭られています。
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「周倉将軍」は元黄巾党の賊徒で、同僚の裴元紹らと臥牛山で山賊をしていました。 裴元紹によると出身は関西地方(涼州)であり、両腕に千斤の怪力を有し、鉄板のような厚い胸板に渦を巻くような形の縮れ髭の容姿の持ち主とされます。
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黄巾の乱で関羽を目撃してその勇姿に惚れ込み、彼に仕えることを夢見ていました。 そして関羽が劉備の夫人を連れて劉備の元へ帰参する途中に出会い、子分を裴元紹に預ける事を条件に同行を許されれます。以後は関羽の側近として仕え、彼の息子の関平とともに行動しています。
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三国志の大まかな登場人物を知っていると、中国や台湾の廟を参拝していても楽しいと思います。
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更に一段上がった「大成殿」に向かいます。
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ここに置かれた彩色された「雲龍階石」がフォトジェニックです。
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とはいえ北京の故宮の彫刻の見事さとは比較できません。
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「大成殿」は「文」が祀られ「武聖殿」では「武」が祀られ、合わせて文武廟となるわけです。扁額の「萬世師表」とは魏の文帝が孔子を褒め称える言葉として「師表」を使ったのがもっとも最初といわれといわれ、清朝の康煕帝が孔子廟に「萬世師表」の額を贈ったことから広まります。
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「孔子」は紀元前552年(一説には前551年)に、魯国昌平郷辺境の現在の山東省曲阜(きょくふ)に生まれます。春秋時代の中国の思想家で哲学者とされ儒家の始祖です。氏は「孔」で諱は「丘」で字は「仲尼」で「孔子」とは尊称です。この像は北京紫禁城国廟の像の複製だそうです
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孔子を初めて知ったのは諸星大二郎という漫画家の「孔子暗黒伝」という作品で1977年の高校生の頃でした。以降何度読み返したか分かりませんが、作品の中に出てくる顔回や子貢にも興味を持つことになりました。
曲阜「三孔」:https://4travel.jp/travelogue/10357866 -
内陣の左には「孟子」と「曾子」の像が納められています。「子」は先生という意味で、どちらも孔子の教えを受け継ぎ、孟子は儒教では孔子に次いで重要な人物です。そのため儒教は別名「孔孟の教え」とも呼ばれます。十三経の1つ「孝経」は、曾子の門人が孔子の言動をしるしたと称されます。孔子の孫の子思は曾子に師事し、子思を通し孟子に教えが伝わったために孟子を重んじる朱子学が正統とされ、顔回と曾子と子思と孟子を合わせて「四聖」と呼ぶようになります。
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孔子像の右側には「顔回」と「子思」の像が並びます。顔回も魯の人で孔門十哲の1人で、随一の秀才と言われます。孔子にその将来を嘱望されますが、孔子に先立って没してしまいます。顏回は名誉栄達を求めずにひたすら孔子の教えを理解し実践することを求め、その暮らしぶりは極めて質素であったと言われます。 「論語」には顔回への賛辞がいくつか見られ、孔子が「顔回ほど学を好む者を聞いたことがない」や同門の秀才である子貢が「私は一を聞いて二を知る者、顔回は一を聞きて十を知る者」と述べたと記載されています。
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顔回は孔子から後継者として見なされていただけに、早世した時の孔子の落胆は激しく、孔子は「ああ、天われをほろぼせり」と慨嘆させます。「子思」は幼くして父と祖父を失ったため孔子との面識はほとんどありませんが、曾子の教えを受けて儒家の道を極めます。その後各国を遊学したのちに魯の穆公に仕えます。孟子は子思の学派から儒学を学んだとされます。
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1番奥の「大成殿」では更に屋根の上に登ることができる階段もありました。雨の中を頑張って登っていくと、写真のような文武廟の美しい屋根越しの日月潭という絶景を拝むことができました。
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嫌がる妻に立ってもらって記念写真を1枚。晴天の日月潭も素晴らしいのでしょうが雨の日月潭も風情があってよかったです。
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天気が良かったら湖を遊覧する船にも乗ってみたいところです。また近くにある九族民族村には以前から来てみたいと思っているのですが、なかなか願いは叶いません。
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廟の最上段には「櫺星門」と呼ばれる石門があります。
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古いものではありませんが見事な彫刻で覆われています。「玉取獅子文」とは中国の伝統文様で、「繍珠」と「獅子」が戯れる様子を文様化したものです。「獅子」は邪気を払う魔除けの意味を持ち、「繍珠」は雌雄の獅子が戯れるうちに毛が玉になり、中から獅子の子供が生まれるとされます。その2つを組み合わせた「玉取獅子文」は、強い男子を得る吉祥文です。
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北京の紫禁城の天安門の前にも同じデザインの「華表」が建てられています。一般的に台座と蟠龍柱(とぐろを巻く龍)、承露盤とその上の蹲獣像で構成されます。華表は建築シンボルの1種であり、すでに中国を象徴するものの1つでもあります。宮殿や陵墓へ続く参道の入り口両側に置かれ、神道柱や石望柱などとも呼ばれます。
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屋根は中国北方の「重櫓歇山頂」という建築様式で、別名「九脊殿」とも呼ばれ、大棟があってその下に棟があって、更にその下に四方に出る棟があります。北京の紫禁城に見られる様式で、皇帝や孔子にかかわる建物にしか使えないとされます。
軒には先頭に霊鳥に乗った仙人、最後に厳めしいヒゲの龍(旁吻または倉獣という)、その間に神獣(脊獣または走獣という)が数体並んでいます。この神獣の数は1、3、5、7と建物の格によって違ってきます。これらの飾りは屋根の四隅(隅棟)に配置されます。 -
屋根の上の展望台から一度降りるとさらに雨がきつくなってきました。妻は雨にあたりたくないので先に戻ってしまいました。
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この「雲龍階石」は見事でした。現在ではトラックで運んでクレーンでもなんでも重機を使って設置できますが昔は冬になると道路に水を撒いて凍らせ、その上を滑らせて運んだそうです。
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噴水の龍も9頭なのはお約束です。竜生九子(りゅうせいきゅうし)なんて言葉もあります。それらは中国の伝説上の生物で、竜が生んだ九匹の子を指します。「贔屓の引き倒し」の贔屓も竜の子供のことで、重たいものを運ぶのが大好きです。背中に石碑を背負った亀のような像を見ることがありますがこれが贔屓です。
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「玉取獅子文」玉と遊ぶ5頭の獅子が生き生きと彫られてあります。
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4本爪の龍は皇帝ではなく貴族を意味します。右手に王の文字を持ち、左手に筆を持っています。何か意味がありそうですが…。
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見事な彫刻の龍です。台湾では三峡の清水厳祖師廟の龍柱は見事でした。中国三大宮殿の第1が北京の紫禁城、第2が孔廟の大成殿と言われますが、あまりに劉柱が見事なので皇帝が参拝するときは布を巻いて隠したと言われるほどです。そんなことを思い出しました。
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さらに雨がきつくなってきたのでそれまでたくさんいた観光客の姿も見えなくなりました。
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壁には三国志など戦いの場面が見事に彫り込まれています。集合場所に戻る前にいくらかの寄付をしてミネラルウォーターを1本頂いてきました。これは父の仏壇に供えるためです。
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台湾の廟だとこれは「石獅」とよばれる獅子で、文武廟のものは高さが6メートルもあるそうです。獅子は玉が好きですね。
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最後に文武廟の全景を眺めてバスに戻ります。台北出発が午前7時20分だったので、ここまで観光してもまだ午後2時40分です。
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バスの中ではしばらく映画が上映されました。この先3時間かけて高雄まで移動します。
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後方のモニターが故障していたのもあって、バスの車窓の景色を楽しんでいました。
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台湾の中央部を南北に通る中央山脈の山の深さを感じます。ガイドさんの説明では1日で亜熱帯から熱帯モンスーン気候まで一気に走り抜けます。
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台湾北部ではフィリピン海プレートがユーラシアプレートの下に潜り込んでいるのに、台湾南部では逆にユーラシアプレートがフィリピン海プレートの下に潜り込んでいると説明されました。南部では軽いはずのプレートが重いプレートの下に潜るという一見おかしな現象が見られ、フィリピン海プレートとユーラシアプレートが衝突し押し合っているそうです。そのため地層を眺めているだけでも楽しいです。
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3時間の移動ですので途中でトイレ休憩がありました。東山服務区という「南仁湖」の近くのサービスエリアです。
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高速公路3号線を高雄に向かっているのが分かりました。旅行中はホテルの無料wifiだけが頼りなので、こういった地図を見ないと現在位置が分かりません。
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「銀海棠」という名前の椰子の木です。実のならないヤシの木はどれも同じに見えます。
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台湾の高速航路を走っていて感じたのは大きな川が多いということでした。西海岸は河原に草木が多く、銀色のススキの穂がきれいでした。一転東海岸は山が海岸線に迫っているからなのか岩がゴロゴロしている印象です。
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ガイドブックには載っていない大きな寺院をいくつも通り過ぎました。
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始めて来たのに懐かしさを感じる風景も続きます。
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太陽が西に傾いてきたところで、ガイドさんから高雄に着いてからの予定変更が告げられました。予定表では「寿山公園」に行くのですが、翌朝行く予定だった「蓮池潭」の「龍虎塔」に行くことになりました。
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高雄港の夕暮れを見るよりはライトアップした塔を見たほうが良いと思いました。多分そんな理由なのだろうと思います。
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車窓から見えたのは「泥岩」地帯で、トルコのカッパドキアみたいな風景がしばらく続きました。後で調べてみると台湾にはいくつかある「月世界」と呼ばれるエリアがあるようで、この辺りは高雄の西北部にある「田寮月世界」の近くだと思います。
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最近は日本でもジオパークとかジオサイトと呼ばれる場所が観光地として脚光を浴びていますが、台湾は地理的にもそんな場所が沢山あると知りました。
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夕日を追いかけるように高雄に到着しました。
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少し離れた駐車場でバスを降りて全員で「蓮池潭」まで歩きます。ここでの時間は40分くらいで30分くらいが自由時間になります。
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湖畔では高雄熊がで出迎えてくれました。気のせいか妻がスマートになったように見えます。一見熊本のキャラクターを思い出させますが、くまモンが台湾へ行ったり、高雄熊が日本に来ていたりなど交流があるそうです。「ロボット・テコンV」とマジンガーZは絶対に友達にはなれないので、こういった交流は良いと思います。
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まずはガイドさんの説明を聞いて、それぞれ記念写真を撮ってから塔の見学に移ります。中国の庭園でよく見ることが出来る「九曲橋」を渡るので、先へ進むのに時間がかかります。古代中国においては人が死んで埋葬する前に室内に安置しておくと、夜になって突然動きだし、人を驚かすことがあると言われていました。それが僵尸です。「僵」という漢字は死体が硬直すると言う意味で、何かの拍子ですぐまた元のように体がこわばることから名付けられたそうです。
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中国湖南省西部よりの出稼ぎ人の遺体を道士が故郷へ搬送する手段として、呪術で歩かせたのが始まりと言われます。昔流行った「霊幻道士」という映画に出てくるキョンシーも道士に顔に貼られた護符で操られていました。また真っすぐしか進めないので、このような九曲橋を渡ることが出来ません。
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つまり魔除けの意味があり、悪いものが塔へ進めないようになっている訳です。何年かに1度妻を中華圏の国に連れてくる事によってキョンシーになっていないか確かめることが出来ます。龍虎塔のもう1つの約束事は龍の口から入って虎の口から出るということです。台湾では十二支の中で龍は最も善良な動物とされ、 虎は最も凶暴な動物とされており、 龍の口から入り虎の口から出ることにより、 自分のこれまでの悪戯が清められ、 さらには災いも消えて無くなると考えられているからです。
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龍の体内には親孝行の模範「二十四孝子」や悪人が地獄で受ける「閻魔大王審罰刑図」などの陶器製の塑像が並んでいます。「二十四孝子」は古代中国で大変親孝行だった24人の人の話を絵にしたものです。中国では親孝行が大変大事なことと考えられており、飾られた壁画を通して親を不幸にしないようにという戒めを訓示しています。個人的に気に入ったのは「閻魔大王審罰刑図」の方でしたが。
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龍虎塔の足元まで行きましたが午後5時30分で扉が閉められていました。両方の塔に登ることが出来ません。湖畔には「五里亭」と呼ばれる東屋と北を司る神様である「北極玄帝」が望めました。神像は高さが約22メートルもあるそうです。北極玄帝は道教の神様で、右手には剣を持ち左足では蛇と亀を踏みつけた勇ましい姿だそうです。
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塔に登れないのはショックでしたが、そのまま虎のお尻から中に入ります。
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虎の体内は「玄天上帝與三十六天將」の像が壁を覆っています。これらの神像は「北極玄帝」へ向かう橋の上にも彫像が置かれているそうです。
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北極星を中心に36神を配した台湾の道教に基づく神像のようです。どれもが台湾の交趾と呼ばれる釉薬のかかった陶器で造られてあります。神像の波打つ衣や動物の眉や髭までもが一体になっているので、非常に高い技術を感じます。
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辛元帥は獅子に騎乗し殷元帥は三面四臂の憤怒の姿で、月と日と喇叭と鐘を手に持っています。
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紀仙姑は鶴に騎乗し倒海大将は海の中を進める龍の背にまたがっています。時間があれば全部読み解いていきたい気分です。これを見ていて思い出したのが、シンガポールの虎豹別野(ハウ・パー・ヴィラ)を思い出しました。
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昔香港にあったタイガーバーム・ガーデンを造った胡文虎と胡文豹の不思議な世界で、三島由紀夫からは「美に逆らうもの」と言われていますが。
虎豹別野:https://4travel.jp/travelogue/10897371 -
龍と虎の胎内くぐりを済ませたので、何かご利益があると良いのですが。
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塔には登れませんでしたが、観光客の少なくなった黄昏どきも風情があってよかったです。「たそがれ」は江戸時代になるまでは「たそかれ」といい、「たそかれどき」の略です。夕暮れの人の顔の識別がつかない暗さになると誰かれとなく、「そこにいるのは誰ですか」「誰そ彼(誰ですかあなたは)」とたずねる頃合いという意味が大好きです。あまり朝早くに行動しないので、夜明け前を表す「かわたれどき(彼は誰時)」はピンときません。
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「龍虎塔」と対峙するのは医者さんの神様を祀る「慈済宮」です。夕焼けに浮かぶ赤い提灯と屋根に飾られた「剪黏」のシルエットが美しいです。この宮のおみくじは処方箋の形をしているそうです。
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「慈済宮」の屋根の「剪黏」とは割った陶器の破片を使って龍や吉祥動物などを形造る伝統工芸で、福建省が発祥と言われます。華僑の方々に伝わり、シンガポールやマレーシア各地の中国系の方の住む地域の寺院などにも残されています。これについて詳しく知ったのはマレーシアのペナン島の張弼士古宅(チョン・ファッツイー・マンション)でのことでした。
張弼士古宅:https://4travel.jp/travelogue/10899857 -
次は歩いて5分ほどで到着する「春秋閣」と「啓明堂」に向かいます。まずは白い観音菩薩が目を引く春秋閣から。中国風の春秋閣は、目の前にある啓明堂によって1953年に建てられました。九曲橋の両側にあるのが「春閣」と「秋閣」です。この2つを合わせて「春秋閣」というわけです。こちらも龍虎塔と同じように入る順番と出る順番が決まっています。向かって左から入って右から出ますが、龍虎塔に比べて龍の体が長いのが特徴です。
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残念ながらここも5時30分を過ぎているので中に入ることは出来ませんでした。楼閣の形が1900年前後にヨーロッパの各都市で開かれた万国博覧会のパビリオンみたいな感じがしました。
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最初に参拝した「龍虎塔」の龍とはまた違ったキッチュな感じがします。日本だとキッチュは良い意味にとらわれますが、ドイツ語の「kitsch」は「俗悪な、毒々しい」などというネガティブな意味で使われます。
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龍の背中の上に観音様が乗っていますが、これは龍の上に観音様が乗って現れたと言う伝説を現し、騎龍観音と呼ばれています。騎龍観音は三十三観音の一尊で龍頭観音が元といわれています。龍の力を自在に操ることが出来て「慈悲を持って救いの手を差し伸べる」といわれています。
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「春秋閣」と対峙するのは「啓明堂」です。啓明堂は1899年に建てられた「明徳堂」が起こりで、1903年に名前が改められました。現在の啓明堂は、1976年にできたもので、關聖帝君(関羽)が中心に祀られています。
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バスに戻る時間が迫っているので足早に戻ります。途中川海老釣りの釣り堀がありました。これも一度やってみたいと思いながら、台北でもバンコクでも願いが叶っていません。蘇州近くの陽澄湖で上海蟹を釣りに行ったことはあるのですが。
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バスに戻りながら近くのお土産物屋さんで絵葉書を買い求めました。うまい具合に木っても売っていたので6枚買いました。ちょうど10元の切手が6枚しか無くて、店のおばさんと「ちょうど売り切れだ~!」なんて大笑い。集合時間1分前に何とかバスに戻れました。
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「蓮池潭」は高雄の北側にあるのでしばらくバスで移動しました。「巨大」(GIANT)は台湾の自転車メーカーだったなんてことを思い出しました。
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市内に入るとすっかり日が暮れてしまいました。
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1日かけて台湾を縦断したのでかなり疲れました。午後6時をまわり、まずは晩ご飯を食べにレストランへ向かいます。
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