2009/07/17 - 2009/07/20
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kojikojiさん
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翌日は城外のホテルから旧市街の散歩に出ました。ツアーの出発は8時30分なので5時過ぎに出発しました。城壁の中はほとんど人影も無く小雨に煙る城門などはとても風情のある景色でした。
全員集合した後に訪れた孔府と孔廟は人も多くて同じ所とは思えませんでした。朝早く散歩に出て良かったと思います。すぐ近くの闕里賓舎であればもっと良かったのですが。最初に孔子の墓地である孔廟を見て、孔子の一族が住んだ孔府の見学です。子孫が住んでいた邸宅は主も無く寂しい限りです。七十七代の主は昭和二十三年に国民党政府の台湾へ亡命し、そして昨年亡くなったそうです。
孔子一族の墓所である孔林(皇帝の墓は陵、政治家の墓は林、一般人の墓は墓です。)は広大で、電動カートでなければ見学できません。林の中に林立する墓標も寂しい感じがします。一番奥にある孔子と子と孫の墓も立派ではあるけれど現実味が無いと言うか、遺跡として見るのか個人の墓として見るのか良く分からない所でした。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 3.5
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 3.5
- 交通
- 3.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 観光バス
- 航空会社
- ANA
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
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ホテルは大同路の南のにありました。早朝5時頃に土砂降りの雨になりましたが、霧雨に変わったので散歩に出ました。中国らしい風景が続きます。
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故城の門までは20分程でした。
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昨晩は城門がライトアップしているのが見えましたが、流石に疲れていたので出掛けませんでした。
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立派な城門です。
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さあ入りましょう。
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雨が降ってきました。
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鼓楼です。ここを中心に鼓楼北街と南街に分かれます。
第一町人発見。この人の姓は孔さんだと思います。 -
この人の姓も孔さんだと思います。
街の住人の五分の一は孔子の子孫だそうです。 -
まだ観光客もいないのでお休み中です。
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孔府の方へ曲がります。街路樹の花が雨に打たれて落ちていますが奇麗です。
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孔府の入口です。開門までは3時間はあります。赤と黒のコントラストが奇麗な門です。
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孔子は聖人として祀られているので聖府です。
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大きなお屋敷を想像させる佇まいです。
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隣が孔廟の出口です。
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黄色い瑠璃瓦が高貴な建物と思わせます。
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日本語には無い漢字です。
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孔廟の正面に回ってみます。鼓楼が見えます。毎朝6時に鐘が鳴ると聞きましたが気が付きませんでした。
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孔府のレンガ塀です。雨に当たって美しい色を出しています。
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通りの名前がホテルの名前になっていると分かります。
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孔廟の正面に着きました。
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金声玉振とは、孟子が「孔子は学問を集大成したが、これは音楽に例えると鐘を鳴らす事から始まって、玉を打って終わるまで乱れの無い状態。」のような意味だそうです。孔子への賛辞の言葉が幾つもの門に刻まれています。
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これは浅学の私が見ても分かります。どんな位の高い人もここで馬を降りなさいと言う事でしょう。
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ここに至る城門は半円形になり、城壁に上がればさぞ良い眺めだろうと思いました。脇に城門に上がる階段がありましたが、時間が早くまだ閉まっていました。団体行動の予定には入っていないので見ることは出来ないでしょう。
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城門を潜って旧市街を後にします。
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表には掘割が続いています。
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ホテルへの帰り道、小吃屋や麺屋が店を開き始めていました。美味しそうな店が幾つもありましたが先を急ぎます。
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ホテルで朝食を摂って8時30分に出発です。他の皆さんは既にバスに乗っていました。1分の狂いも無く出発です。戻ってきた道を進み、孔廟から見学が始まります。
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檽星門。乾隆帝の書だそうです。
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歴代皇帝と同じ中央の参道を進んで行きます。
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北京の紫禁城と同じ三本並んだ橋まであります。
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床の煉瓦が苔むして風情を醸し出します。
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先に進みます。
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これは龍の5番目の子供です。名前は贔屓。重い物を背負う事を好む性格とされているそうです。顔は龍、背は亀、足は鷹です。名前からも分かるように諺の「贔屓の引き倒し」で、その由来は柱の土台である贔屓を引っぱると柱が倒れるからです。
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十三牌亭。石碑を保護する建物ですが贔屓の巣にも見えます。
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老柏の樹皮が不思議な形です。
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石碑が何故黒いのでしょう。拓本を取るためです。現在は禁止されているそうです。
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杏壇です。昨晩観た「杏壇聖夢」の由来はここから来ています。
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孔子の弟子たちの学問所でもあります。
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大成殿に到着です。ここは中国三大宮殿の一つです。第一に北京の紫禁城、第二にここ大成殿、そして泰安の泰廟がそれにあたります。
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大成殿の中に祀られた孔子像です。内部には入れません。
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見事な装飾です。
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特に12本の列柱は紫禁城よりも豪華なため、皇帝が参拝する時には黄色い布を巻いて隠したそうです。とても深く彫ったレリーフが見事です。
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北京郊外の東清陵にも同じような物がありましたが、西大后の陵だったか乾隆帝だったか?
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次は孔府、孔子の一族が代々住んだ邸宅です。七十七代まで昭和二十三年までは直系子孫が住んでいたそうです。
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太湖石と女の子。
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何とも言えない歪み方です。この家は緑と黒のコントラストが奇麗です。
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歴代の妻は直系の男の子を産む事を必定とされ、その裏では妾との確執や毒殺など生々しい話が沢山残っているそうです。
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バスに乗って孔林へ移動です。ここは孔子一族の墓所で、同一氏族としては世界最大だそうです。
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参道が延々と続きます。
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巨大な森のようです。
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入口です。
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門を潜ると別世界が広がります。
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林の中に墓標が点在しています。ほとんど木と同じくらいの数に見えます。広大な敷地なので電動カートで移動しました。これは別料金で一人20元でした。実際乗って廻った方が便利でした。
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所々に大きな墓所があります。歴代の皇帝の縁者が嫁いでいたりすると立派になるそうです。
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カートから後ろ向きに撮っています。
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孔子とその子供と孫の墓所に着きました。
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最初に弟子の子貢が植えた楷(カイノキ)です。
別名クシノキと言い、この木が代々植え継がれていることに由来しているそうです。科挙試験に合格した人に楷の笏を送ったことから学問の木になったらしいです。 -
阮翁仲像は孔子の墓所の入口にあります。
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孔子の子供は孔子より先に亡くなったそうです。
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孔子の墓です。一番下の字は王と書かれていますが、離れて見ると干の字に見えます。
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趣のある所です。
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孔林からバスに向かいます。この後団体ツアーお決まりの土産物店に立ち寄りがありました。ホテルの中の店だったので、絵ハガキを買って切手を貼ってビジネスセンターで投函をお願いしました。時間は有効に使わなければなりません。ところで岐阜県の名前の由来をご存知ですか?中国の故事から織田信長が命名したそうです。周王朝が起こった岐山と曲阜から作ったそうです。阜とは丘の事だそうです。
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