2018/10/04 - 2018/10/11
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ミズ旅撮る人さん
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「コーカサス3国」は、カスピ海と黒海に挟まれた旧ソ連の国々です。
アゼルバイジャン共和国・ジョージア(グルジア)・アルメニアの3ヶ国を訪れました。
4回目は、アゼルバイジャンの首都バクーのツアー観光です。
フレームタワー・殉教者の小道・シルヴァンシャー宮殿及び旧市街・乙女の望楼と廻り、郊外の拝火教寺院を訪れて、空港へ移動します。今夜はジョージアへ飛行機で向かいます。
石油資源に恵まれたバクーは、同時に天然ガスも豊富です。1950年代に火をつけて以来、ずっと燃え続けている場所もあるそうです。こうしたこともあって、拝火教(ゾロアスター教)が紀元前から信仰されていました。
今回がアゼルバイジャンの最後となります。今回も猫がいっぱい出ます。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
-
正午にホテルを出発して、これからツアーでの市内観光になります。
バクー郊外の高台にあるホテルから、中心部に向かうには、かつてソビエトに支配されていた時代に建てられた建物群の前を通ります。
その象徴的な建物がこれです。如何にも、「鉄のカーテン」を思わせる「東欧」の建物です。
歴史的価値は高いと思うのですが、アゼリー(アゼルバイジャン人)にとっては、目の上のたん瘤。さっさと撤去したいのだそうです。 -
高台を南に向かってバスは走ります。この辺りは新興市街地なので、ちょっと奇妙なデザインの建物が目立ちます。
なんだか、魚の干物のようなデザインのアパート。 -
昨夜も来ましたが、フレームタワーの真下です。
フレームタワー (Flame Towers) は、 「火の国」アゼルバイジャンにちなみ炎(フレーム)をモチーフにした3棟のタワーで、高さは約190mです。2012年に完成しました。
夜のライトアップが素晴らしいので、バクーの観光の目玉になっています。
名前の通り炎の揺らぎを表したり、国旗になったり、それを振る人だったり。
バクーでは1泊しかしませんでしたが、たっぷり見られて良かったです。「アゼルバイジャン(2)」参照。フレーム タワーズ 建造物
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フレームタワーは、全面ガラス張りなので、周りの風景が反射して見えます。
私が立っている場所からは見えないカスピ海がタワーの表面に写っています。
こうした「遊び」がおもしろいです。 -
フレームタワーに写っていたモスク。右側の低層のガラス張りは、ケーブルカーの頂上駅です。
ケーブルカーは0.5マナト、30円ちょっとです。バクーの交通機関はとにかく安いです。 -
「殉教者の小道」と呼ばれる犠牲者の追悼モニュメント(Shahidlar Khiyabani)です。
ここには1990年1月20日のソ連軍の侵攻による犠牲者や、1991年から1994年のナゴルノカラバフ紛争の犠牲者のための墓地があります。
ナゴルノ・カラバフ紛争とは、アゼルバイジャン領内でアルメニア系住民が居住するナゴルノ・カラバフ自治州をめぐるアゼルバイジャンとアルメニアの紛争のことです。
1994年5月にロシア及びOSCEの仲介により停戦が合意され、OSCEミンスク・グループ共同議長国である米・仏・露の仲介により和平の努力が続けられていますが、解決の見通しは立っていません。現在も当該地はアルメニアの支配下にあります。殉教者の小道 散歩・街歩き
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墓石には、顔写真が彫り込まれています。
地面に墓石のない墓は、遺体が収容できなかった人や、ここに埋葬されることを遺族が望まなかった人だそうです。 -
「殉教者の小道」を抜けると広場にモニュメントが建っています。
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中では、炎が燃えています。この国は元々、炎に対する信仰心が篤(あつ)いので、よくマッチしています。
このモニュメントを東側から見ると、隙間からテレビ塔が見えます。それを写し込んだ写真が多く投稿されているので、私も一枚撮りたいなと思っていたのですが、ツアーのおじいさんが最初から最後までそこで撮影中。
うまく撮れないなら適当な所で諦めて他の人に譲って欲しいものです。 -
この広場は、素晴らしい展望台になっています。カスピ海に臨むバクー沿岸部を一望できます。
先ずは、東側から。振興開発地域で、どんどん新しいビルが建っています。
中心部の旧市街と、それを取り巻く古いヨーロッパ調の町並み、その外に造られる雑多で奇抜なデザインのビル群。
バクーの歴史が一望できます。 -
真下に見える「Caspian Waterfront Mall」というショッピングモール。
すぐ隣に絨毯博物館があります(左端に建物のは切れ端が見えます)。 -
臨海部のヨーロッパ調の建物は高級ホテルやブランド店で、その後ろの低層の建物群が旧市街。これから向かいます。
中央の青銅色の屋根がフォーシーズンズホテルです。 -
旧市街の左端に玉ねぎ型の屋根が林立しているところが、シルヴァンシャフハーン宮殿です。
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手前の黄色い建物がコンサートホール。旧市街の後ろに建ち並ぶヨーロッパ調の建物群。バクーの魅力です。
バクーは、2025年に行われる万国博覧会の開催地に立候補していました。
本日2018年11月24日に大阪に負けてしまいました。
バクーは、これから拓けて行く若い人の多い楽しみな都市です。
こういう都市にチャンスを与えてあげたかったな。結局、国力とお金のある都市になってしまうのが、残念です。 -
「Baku Eye」という遊園地の観覧車。人気のデートスポットなんでしょうね。
バクーは、とても情報が少ない都市なので、がんばって多くの写真を掲載しています。
「Baku Eye」は、観光客が行く場所ではないですが、ありのままのバクーを紹介します。 -
「Bayraq Meydani」
世界で2番目に高い国旗掲揚塔。高さ162m、国旗の大きさ35mX70mで重さ350kg。とグーグルマップにはありました。
その先端にあるのが「Baku Crystal Hall」です。
カスピ海には、小さな平たい島が見えます。Boyuk Zira島です。 -
とても可愛らしい少女が記念写真を撮っていました。
ちゃんと顔の写った写真もあるのですが、遠慮して、顔に掛かった髪を避けた瞬間の写真にしました。
風が強いので、記念写真もたいへん。 -
さあ、フレームタワーに別れを告げて、降りて行きます。
-
展望台の外れからは、一気に降りる階段があります。Lermontov Streetに降りられます。
ここで、待っていたバスに乗って旧市街へ移動します。 -
城壁を右手に見ながら西側から東側へと進み、シェマハ門のそばのSabir Bagi公園でバスを降りました。
写真は北側から城壁を見ていて、左に行くとシェマハ門があります。城壁にはいくつも入り口があります。
右に行くととても長い階段を上がって旧市街に入ることになるので、左にある門から入ることをお勧めします。 -
この門から旧市街に入ります。これはシェマハ門ではありません。
グーグルマップには車が出入りできるような大きな門しか表示されませんが、結構あちこちにあります。
旧市街は、シルヴァンシャフハーン宮殿のある西側が一番高く、シェマハ門が低くなっています。
シェマハ門から宮殿を目指すと上り坂ばかりになりますので、前回の旅行記(3)のように、地下鉄でアクセスした方が歩くのは楽です。 -
旧市街の観光の前に昼食です。城壁を入ってすぐのところにあるCiz Biz Resturantです。
外観は前回の旅行記(3)を参照してください。 -
前菜でチーズの盛り合わせが出て来るのは、アゼルバイジャンではよくありました。
ただ、残念なことに、どれもかなりしょっぱいのです。初日で懲りた皆様は、結局ほとんど手つかずで終わりました。 -
ケバブです。柔らかくて美味しかったです。
最後に無料で紅茶が出ます。アゼルバイジャンの紅茶は、とても美味しいです。これはツアー参加者共通の意見でした。
香りは強すぎず、ふんわりと花のようないい香り。飲むたびに「しあわせ」と感じるようなお茶です。 -
スーパーで購入したアゼルバイジャンの紅茶「AZERCAY」です。
ダージリンとかアッサム・セイロンのように世界的に有名な紅茶とは違い、まったく商売っけなしのパッケージ。
紙の箱に入ったティーバッグも剥き出しのままです。
種類もおそらくこれだけ。それなのに、香りは極上です。
もちろん笑えるほど安いです。お土産に大量購入しました。
写真は100個入りですが、25個入りのものもあります。とにかく「柔らかい香りの紅茶」です。 -
さて、旧市街のメイン観光地シルヴァンシャフハーン宮殿です。
いきなり宮殿内部ですが、周囲の様子は(3)を参照してください。
旧市街(イチェリシャハル)は、2000年に「城壁都市バクー、シルバンシャー宮殿、および乙女の塔」の名称で世界文化遺産に登録されました。シルヴァン シャフ ハーン宮殿 城・宮殿
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黄色い部分が宮殿本体。一段下がって霊廟とモスク、一番下にハマムがあります。
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1918年3月31日から4月2日。アルメニア人によりバクーを含むアゼルバイジャンでは、12,000人の一般市民が虐殺されました。壁の銃痕は、その証人です。
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シルヴァンシャー宮殿(Shirvanshakhs Palace)
15世紀に建造されたアゼルバイジャン初の世界遺産です。
ディワンハーネ、ハーレム、ハマム、そしてモスクなどから形成され、16世紀までこの地を支配したシルヴァンシャー朝の王宮として使用されていました。シルヴァン シャフ ハーン宮殿 城・宮殿
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王家の系譜です。地図の黄色い部分がアゼルバイジャンです。
2000年のバクー大地震により一時は危機遺産となりましたが、
その後の復旧工事が行われ危機遺産リストから脱しています。
現在、1920年に改修された宮殿部分が、博物館として一般に公開されています。シルヴァン シャフ ハーン宮殿 城・宮殿
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宮殿の模型が置かれた部屋。正面の写真は、おそらく前大統領のヘイダルアリエフ。
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電気の点いている部分がシルヴァンシャフハーン宮殿です。
手前の玉ねぎ屋根の2棟がモスクと霊廟です。 -
博物館の陳列品はとても少ないです。
様々な国によって支配された歴史があるので、歴史的な遺産はあまり残らなかったのでしょう。シルヴァン シャフ ハーン宮殿 城・宮殿
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玉座の前には大量の絨毯。アゼルバイジャンは、絨毯づくりが盛ん。大きな絨毯から、小物まで売っています。
シルヴァン シャフ ハーン宮殿 城・宮殿
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玉ねぎ屋根の内側はこうなっていました。
シルヴァン シャフ ハーン宮殿 城・宮殿
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細かい絵が刻まれた盆。
シルヴァン シャフ ハーン宮殿 城・宮殿
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馬具はわかりやすく展示されています。
シルヴァン シャフ ハーン宮殿 城・宮殿
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かつて宮殿を彩ったステンドグラス。
シルヴァン シャフ ハーン宮殿 城・宮殿
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宮殿を出て、周辺の施設の見学に行きます。
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見事なイスラム彫刻です。宮殿内にはあまりこうした見事な彫刻は残っていません。
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シルヴァンシャフの家族の墓です。1435~1436年。
建築家ムハンマドによってシルヴァンシャフ・ハリルラ1世の母と6歳の息子のために建てられました。
妻やその他の息子もここに埋葬されました。シルヴァン シャフ ハーン宮殿 城・宮殿
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ハマムです。あまり外に出ることのない女性が唯一その素顔を見せる場所であることから、お嫁さん探しの場所であったと言われます。
(もちろん、男女別ですから女性親族が物色するわけです)
ハマムは15世紀のもので、1939年に行われた発掘の際に発見されました。
タイルで内側と外側両方が装飾されていました。
お風呂の水は地下貯水槽から供給されました。
貯水池の建設は1436~38年にシルヴァンシャフ・ハリルラ1世によって行われました。 -
お風呂は、スチームサウナ方式で、床下から発生させた蒸気を浴びていました。
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中庭です。この格子窓から、女性たちは人知れず外を伺っていたのでしょうか。
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これらの文字?は、バクー周辺のカスピ海の島で発見されました。
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シルヴァンシャフハーン宮殿は、王朝が1539年にイランのサファビー朝によって滅亡したため、オスマントルコのトプカプ宮殿のような規模や豪華さはありません。
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砂岩であっさりとした印象の建物に、むくげが色を添えます。
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広場の一角にイスラム教の僧侶セイード・ヤフヤ・バクヴィの霊廟があります。石造りの墓石が一つあるだけでした。
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広場には、何故かフレームが立っています。おそらくはこうして使うのでしょう。
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シルヴァンシャフハーン宮殿から見るフレームタワーは、2本しか見えません。
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イチェリ・シャハル(旧市街)と書かれたマンホールの蓋。
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宮殿の外に出ました。正面は宮殿のモスクと霊廟です。
右に曲がって真っすぐ門をくぐって城壁の外に出ると地下鉄イチェリ・シャハル駅に行かれます。
今朝のフリータイムで来たコースを逆行しています。 -
バクーの、特に旧市街は猫との遭遇率が高いです。
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旧市街の中を東に向かいます。
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時折、玄関先でフルーツを売る店を見掛けます。ぶどうやザクロが目立ちます。
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鍋はないけど、猫鍋状態。気持ち良さそう。
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旧市街は斜面になっているので、路地の中にはこんな工夫もされています。
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ムハンマド・モスク(Muhammad Mosque)。
11世紀に創建された、城壁内最古といわれるミナレットを持つモスクです。
このモスクは城塞都市の一部として、ユネスコの世界遺産に登録されています。 -
旧市街の中でも、改装した豪華な邸宅があります。
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「乙女の望楼」に向かって歩いています。
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スイスの領事館がありました。地下鉄駅のそばから城壁内に入ったところにもイタリアとクロアチアがありました。
アゼルバイジャンの外交官ナンバーは、赤なんですね。 -
ゲームに興じるおじさんたち。
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このモスクのミナレットの下には公衆トイレがあります。
右側の路地を入って、ミナレットの手前に女性用の入り口が、ミナレットを回り込んだ奥に男性用の入り口があります。
中にはチップおばさんらしき人がいるそうですが、意外に他の観光客は無視して入っても怒られていなかったらしく、絶対に有料という訳ではないみたい。 -
女性用は、壁の入り口をくぐるとモスクの側面に沿って奥へ進み、突き当りにトイレの入り口があります。
男性は扉の前を素通りして、突き当りを左へ。 -
私は利用していないので、聞いた話ですが、礼拝のために身を清める場所になっていたとのことです。
入り口に置いてある箱にお金を入れるようですが、「寸志」なのかな?
20ゲピクは、0.2マナト。バスの1乗車と同じ約13円です。 -
「乙女の望楼」は、旧市街のメインの観光地なので、土産物を売る露店もたくさんあります。
このマトリョーシカは、ちょっと飾る気にはならないけど、流行りなのかなあ??? -
土産物は、あまり魅力的なものは見当たりません。買ったのは、ザクロの形の小物入れだけ。
コーカサスでは、ザクロのモチーフの土産物が特に多かったです。 -
「乙女の望楼」に到着。
「グズガラスゥ」の名で親しまれています。紀元前5世紀に拝火教寺院として建てられました。
塔は要塞の役割も果たしていました。
高さ30mの塔は12世紀に建て直されたので、途中から様式が異なります。
塔の名前の由来には望まない結婚を強要された少女がこの塔からカスピ海に身を投げたため、など諸説があります。
内部はバクーや塔の歴史を展示した小さな博物館となっていて、屋上からはカスピ海と町の様子を眺められます。 -
アイスクリーム、食べたいの?
「乙女の望楼」の前は猫がいっぱい。 -
チケット売り場の台の上にいた猫は、ふいに立ち上がるとアイスクリームの猫のところにちょっかいを出しに行きました。
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さて、「乙女の望楼」に上ります。
乙女の望楼 建造物
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いくつかのフロアに分かれて展示品があります。中央の展示台は「乙女の望楼」の模型になっていました。
乙女の望楼 建造物
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階段は狭いので、対向者がいる時は手前で待たなければなりません。
乙女の望楼 建造物
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階段と階段の間に、炎を捧げる手が映し出されていました。
「乙女の望楼」は建設当初は拝火教寺院だったことを示しているのでしょう。 -
屋上は何もない展望台になっています。
旧市街が低層の建物ばかりなので、さほど高くない望楼からでも展望は開けています。
これは、北東方面を見ています。「乙女の望楼」は、城壁の一角なので、目の前の町並みは既に旧市街の外です。
更に奥の高台に新市街が開けています。乙女の望楼 建造物
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(4)の表紙は、ここ「乙女の望楼」からの展望でした。
交通機関の1乗車が0.2マナトなのに、ここの入場料はなんと10マナト(660円)です。乙女の望楼 建造物
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しかし、この眺めを見るために、やはり観光客は上ってしまうでしょう。
アゼルバイジャンを訪れる観光客はロシア人が一番多く、日本人はわずかだそうです。
来年2019年にアゼルバイジャン航空が直行便を飛ばしたら、訪れる日本人は増えるでしょう。
美味しい紅茶と、美味しいホワイトチェリーのシロップ漬けを買いに、また行きたいなあ。 -
望楼から降りて来たら、猫たちは揃って丸くなっていました。君たち夜行性なの?
そこは、チケット売り場の踏み台なのに、よく寝ていられるね。 -
この辺りは、魅力的な風景が隠れています。
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それは、上方にだけとは限りません。足下にも、ほら!
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そして、裏手にも。「乙女の望楼」の裏手には、1912年築のハジンスキー邸があります。
1944年にフランスのドゴールは、ソビエトのスターリンと会談する際に、この邸宅に滞在したそうです。
1940年6月15日にパリはドイツ軍により陥落、ロンドンに亡命政府「自由フランス」を結成しました。
1944年連合軍によるノルマンディー上陸作戦が成功。ドゴールは祖国に戻って自由フランス軍を率いて戦い、同年8月25日にパリを解放しました。 -
旧市街を出て、海岸通りの地下道を通って対向車線側に移動します。
バスに乗って、いよいよバクーともお別れです。
これから拝火教寺院に立ち寄ってから空港に向かいます。 -
途中、不思議な光景に出会いました。線路を跨いで人々は商店に出入りしています。
どうやら、鉄道の運行本数が少ないらしく、人々は好きな場所で線路の上を歩いています。
この先でバスは(ちゃんと)踏切を渡り、その先にある拝火教寺院に到着しました。 -
駐車場からは、先ずはかつてキャラバンサライ(隊商宿)だった建物が土産物屋になっている広場を通ります。
-
石壁に囲まれた中が拝火教寺院(Ateshgah Temple)です。壁の上に炎が燃えているのが見えます。
拝火教寺院 寺院・教会
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寺院の敷地は、変形五角形になっています。中央に主祭壇があります。
-
入り口から右方向を見ます。丸い基壇の祭壇には炎があります。
拝火教(ゾロアスター教)は、B.C.7世紀ころにペルシャから広まった宗教です。 -
主祭壇です。
イスラム教に排斥されて、教徒たちはインド西北部に逃げて行きました。
インドの地でヒンズー教の影響を受け、17~18世紀に戻って来た拝火教徒たちが、この寺院を建てました。
そのためなのか、グーグルマップには「ヒンズー教寺院(Fire Temple)」と表記されています。
いくらFire Templeと書いていても「ヒンズー教」ではないでしょうに・・・ -
左側です。ぐるっと囲んだ壁の中は、食糧庫などになっていました。
-
見取り図です。
-
主祭壇には、信仰の対象である炎が燃えています。
かつては、天然ガスが自然発火していたようです。
しかし、周囲で石油採掘が始まり、同時に天然ガスも採掘されると消えてしまいました。 -
19世紀には、ガスパイプを引いて祭壇に火を灯すようになりました。
その遺構が祭壇の向こうの地面に展示されています。 -
インドでは、拝火教徒のことをパー(ル)シーと呼びます。これは「ペルシャから来た人」を意味します。
彼らはムンバイに多く居住しています。パーシーたちは商売上手で経済的に豊かな人が多く、数は少ないながらもインドの経済に重要な影響力を持っています。
拝火教では、火だけでなく空気、大地、水といった自然を大切にするため、土葬や火葬をしません。
鳥葬という手段で、不浄な遺体を自然に還すのです。そのための場所として「沈黙の塔」と呼ばれる施設を作ります。
かつてムンバイを訪れた際に見ましたが、教徒以外は入れないので、木立の中に石造りの塔が建っているのがちょっと見えただけでした。 -
ガラス張りの遺構の上に上がる猫。いつも散歩しているのか、好き勝手に歩き回っていました。
-
煙突から聖なる火が立ち上っています。
なんの加工もしていないのに、ドロッとした液体のような感じに撮れました。
炎を撮るって、おもしろいものですね。 -
炎のある所で遊ぶのは程々に。尻尾を焦がさないようにね。
-
主祭壇の屋上の四隅にも、聖火が灯されていました。
これが、アゼルバイジャンでの最後の観光になります。
これからヘイダル・アリエフ空港に向かいます。 -
ヘイダル・アリエフ空港です。夜がこんなに綺麗だなんて、着いた時には思ってもみませんでした。
写っているのはアゼルバイジャン航空の旅客機です。
これから、ジョージアに行くのに、これに乗ります。
アゼルバイジャンは、世界で一番強いパスポートととなった日本にビザを要求する数少ない国です。
2016年から、空港で入国をする場合、日本人のビザ取得手数料は無料です。
しかし、今回のツアーは査証取得手数料 5,400円と査証実費 3,600円が徴収されました。
団体で取得するので個人での取得は禁止でした。同時に入国した他の大手旅行会社では、全員が空港で取得手続きをしていました。この差が納得できない点です。 -
ヘイダル・アリエフ空港は、美しい空港のコンテストでも上位に入ったそうです。それはよくわかります。
それでは、アゼルバイジャンの旅行記はこれで終了します。次はジョージアです。 -
おまけ:ホワイトチェリーのシロップ漬けです。
レストランで食事をすると結構な確率で供されます。
ホテルの朝食にもありました。その写真を撮って、スーパーで店員に見せるとこれを教えてくれました。
大きな瓶だったので逡巡しましたが、もう1瓶買って来ればよかった。
そのまま食べるとすごく甘いです。でも味は抜群で、ヨーグルトに混ぜると絶品です!!
ツアーのおばさまたちは一口食べて「甘い」の一言。
それだけで食べようとしなかったけれど、ハチミツと同じと思えば甘いのは当然。マーマレードなら喜ぶのに、どうして嫌うのかわかりません。
味の分かる人にだけお勧めします。
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