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 来週に迫った知人の箏曲演奏会にお祝いの品をと先ずは八尾市内の桃林堂へ。小量なら当日でも間に合わせてくれるそうですが、纏まると事前にと云われておりました。演奏会当日の21日に受取に行くと云うことで30個を注文です。それは、写真でもお分かりかと思いますが「小鯛焼き」です。whiteday仕様もあるということですが、尾っぽにホワイトチョコレートをまぶしているようです。たい焼きとは似て非なるモノと云えば「鯛」には失礼かも知れないが、こうも上品な味に仕上がるものですな。百草園という付属の庭には、椿と沙羅(?)でしょうか、可愛く咲いています。これから、もっと咲かせますと桃林堂では仰っていました。<br /> 桃林堂は風土菓という意匠で、五智菓という野菜の砂糖漬けやもなか大坂が有名です。

八尾柏原銀輪散歩「桃林堂から柏原船まで」菓子と花そして歴史の川沿いを行く

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2018/03/06 - 2018/03/06

162位(同エリア214件中)

旅行記グループ 愉快な銀輪行

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河内温泉大学名誉教授

河内温泉大学名誉教授さん

 来週に迫った知人の箏曲演奏会にお祝いの品をと先ずは八尾市内の桃林堂へ。小量なら当日でも間に合わせてくれるそうですが、纏まると事前にと云われておりました。演奏会当日の21日に受取に行くと云うことで30個を注文です。それは、写真でもお分かりかと思いますが「小鯛焼き」です。whiteday仕様もあるということですが、尾っぽにホワイトチョコレートをまぶしているようです。たい焼きとは似て非なるモノと云えば「鯛」には失礼かも知れないが、こうも上品な味に仕上がるものですな。百草園という付属の庭には、椿と沙羅(?)でしょうか、可愛く咲いています。これから、もっと咲かせますと桃林堂では仰っていました。
 桃林堂は風土菓という意匠で、五智菓という野菜の砂糖漬けやもなか大坂が有名です。

旅行の満足度
4.5
  •  演奏会プログラム、ほとんどが新作ですが「春の海」はこの時期の定番ですね。大嶽氏は両親が箏曲家でその家元を継いで五十年後進の指導や新作発表に努めてこられた。大坂の陣四百年を記念した「誓いのとき」は記念事業実行委員会の委嘱を受けて作曲した最新作。他に大和川付け替えを記念したものなど、郷土史に関わる楽曲も手がけています。

     演奏会プログラム、ほとんどが新作ですが「春の海」はこの時期の定番ですね。大嶽氏は両親が箏曲家でその家元を継いで五十年後進の指導や新作発表に努めてこられた。大坂の陣四百年を記念した「誓いのとき」は記念事業実行委員会の委嘱を受けて作曲した最新作。他に大和川付け替えを記念したものなど、郷土史に関わる楽曲も手がけています。

  •  百草園の「椿」です。

     百草園の「椿」です。

  •  沙羅ですかね?

     沙羅ですかね?

  •  white day versionです。

     white day versionです。

  •  桃林堂・陌草園<br /> 大阪府八尾市山本町南8-19-1 Tel 072-923-0003<br /> 平日:午前8時30分~午後6時<br /> 日曜・祝日:午前9時~午後6時<br /><br /> 四月末には見事な桜草の段飾りも見られました。

     桃林堂・陌草園
     大阪府八尾市山本町南8-19-1 Tel 072-923-0003
     平日:午前8時30分~午後6時
     日曜・祝日:午前9時~午後6時

     四月末には見事な桜草の段飾りも見られました。

  •  玉串川の桜です。ただし昨年の四月です。今年は堤の修復をしていますので、斯様な桜が楽しめるかどうかは疑問ですが。

     玉串川の桜です。ただし昨年の四月です。今年は堤の修復をしていますので、斯様な桜が楽しめるかどうかは疑問ですが。

  •  玉串川脇にはお湯場も。

     玉串川脇にはお湯場も。

  •  もう一枚、水辺と桜はよく似合いますね。

     もう一枚、水辺と桜はよく似合いますね。

  •  ここで長瀬川は左玉串側、右長瀬川と分流します。

     ここで長瀬川は左玉串側、右長瀬川と分流します。

  •  長瀬川の桜、旧帝国キネマ撮影所付近。

     長瀬川の桜、旧帝国キネマ撮影所付近。

  •  玉串川と長瀬川の分流地点付近の水車です。何故水車がここにあるのかは大した意味はありません。修景には役立っている程度とお考え下さい。<br /> 脇の工場は「岡本製油」といって、江戸時代の大和川付け替え後に河内で始まった綿作りの成果品「綿実油」を絞る工場です。<br /> 流域ではこの他に「九桜印」柔道着で有名な早川繊維など、綿に始まりをもつ企業群が立地しています。

     玉串川と長瀬川の分流地点付近の水車です。何故水車がここにあるのかは大した意味はありません。修景には役立っている程度とお考え下さい。
     脇の工場は「岡本製油」といって、江戸時代の大和川付け替え後に河内で始まった綿作りの成果品「綿実油」を絞る工場です。
     流域ではこの他に「九桜印」柔道着で有名な早川繊維など、綿に始まりをもつ企業群が立地しています。

  •  関西線を越えると奈良街道です。この道しるべは、東から奈良街道へ入った地点に建っています。東からのこんな狭い道に、と思うほどの幅員ですが、往時はこれでも立派な幹線道路だったのでしょう。

     関西線を越えると奈良街道です。この道しるべは、東から奈良街道へ入った地点に建っています。東からのこんな狭い道に、と思うほどの幅員ですが、往時はこれでも立派な幹線道路だったのでしょう。

  •  次に目に付くのが「柏原神社」です。この街道にして斯様な立派な神社と思いますが、財力があったのでしょう。

     次に目に付くのが「柏原神社」です。この街道にして斯様な立派な神社と思いますが、財力があったのでしょう。

  •  本殿側から街道方向です。脇に見えるのが「寺田家住宅」ですが、神社と同じ奥域をもっていますね。

     本殿側から街道方向です。脇に見えるのが「寺田家住宅」ですが、神社と同じ奥域をもっていますね。

  •  奈良街道には江戸時代の旧家が点在しています。中二階のような建物がその時代のものと云っていいでしょう。特に目に付くのが「寺田家」です。庄屋で屋敷の中には能舞台があります。明治天皇が行幸の折、皇后が当家を本陣とされ、駅近くだというのに臨時停車場を作ったと云います。寺田家も柏原船の株を持っていました。

     奈良街道には江戸時代の旧家が点在しています。中二階のような建物がその時代のものと云っていいでしょう。特に目に付くのが「寺田家」です。庄屋で屋敷の中には能舞台があります。明治天皇が行幸の折、皇后が当家を本陣とされ、駅近くだというのに臨時停車場を作ったと云います。寺田家も柏原船の株を持っていました。

  •  明治天皇の皇后などと云う説明板に書かれています。先代御当主寺田元三郎さんの案内で、能舞台などを見学した覚えがあります。

     明治天皇の皇后などと云う説明板に書かれています。先代御当主寺田元三郎さんの案内で、能舞台などを見学した覚えがあります。

  •  更に進むと、はす向かいに「三田家」の屋敷です。大阪市内との舟運を開設した三田承久の子孫が住んでおられて、重要文化財指定です。ここも先代当主三田章さんに案内をしていただいたことがあります。重要文化財に住むというのはコンセント一つ付けるにも許可が必要とか、何かと不自由があると仰っていました。

     更に進むと、はす向かいに「三田家」の屋敷です。大阪市内との舟運を開設した三田承久の子孫が住んでおられて、重要文化財指定です。ここも先代当主三田章さんに案内をしていただいたことがあります。重要文化財に住むというのはコンセント一つ付けるにも許可が必要とか、何かと不自由があると仰っていました。

  •  三田家の裏を流れるのが了意川(下流では平野川とも呼びます)でここを柏原船が行き来しました。関西線が通じるまでは大阪から奈良への主要物流の動脈でした。柏原で陸揚げされた荷物が陸路奈良へ入ったのです。大坂からの荷は主に北海道で採れた干鰮。これを畑に撒いて肥やしにしていました。先ほどご紹介した綿作りには肥料が大量に必要だったそうです。<br /> ちなみに、付け替え後の大和川本流を使った舟運も明治期までありました。堺港から木津川を通り、難波付近まで通じていました。しかし、これも関西線の開通で廃れました。

     三田家の裏を流れるのが了意川(下流では平野川とも呼びます)でここを柏原船が行き来しました。関西線が通じるまでは大阪から奈良への主要物流の動脈でした。柏原で陸揚げされた荷物が陸路奈良へ入ったのです。大坂からの荷は主に北海道で採れた干鰮。これを畑に撒いて肥やしにしていました。先ほどご紹介した綿作りには肥料が大量に必要だったそうです。
     ちなみに、付け替え後の大和川本流を使った舟運も明治期までありました。堺港から木津川を通り、難波付近まで通じていました。しかし、これも関西線の開通で廃れました。

  •  柏原船の痕跡はあまり残っていませんが、三田家の少し上流にある中二階のように見える建物が、船の行き来を記録するための見張り台です。更に先にある川脇の公園の縁が曲線に見えますが、ここで船を回転させた船だまりの痕跡です。<br /><br /> 二階にしては少し低いですね。この位置からだと、積み荷がよく見えたそうです。

     柏原船の痕跡はあまり残っていませんが、三田家の少し上流にある中二階のように見える建物が、船の行き来を記録するための見張り台です。更に先にある川脇の公園の縁が曲線に見えますが、ここで船を回転させた船だまりの痕跡です。

     二階にしては少し低いですね。この位置からだと、積み荷がよく見えたそうです。

  •  左側が湾曲していますが、ここで船の方向転換をしました。柏原船を伝える貴重な遺跡ですね。

     左側が湾曲していますが、ここで船の方向転換をしました。柏原船を伝える貴重な遺跡ですね。

  •  演奏会のチケットです、沢山の聴衆が来られたらと思います。<br /> 五〇回記念と云うことで、仲間内でささやかなお祝いの品などを考えて下ります。

     演奏会のチケットです、沢山の聴衆が来られたらと思います。
     五〇回記念と云うことで、仲間内でささやかなお祝いの品などを考えて下ります。

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