2026/01/31 - 2026/01/31
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akitaineさん
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1月の最後の日に、水仙と梅を求めて、生駒山系南部を柏原から高安まで縦走しました。
お目当ては、登り始めの高尾山斜面にある柏原水仙郷と下山時にある玉祖神社の水仙と梅(花香郷)。
水仙は丁度良い8分咲きで、良い香りにつつまれました。
時折小雪ちらつく寒い日でしたが、静かな尾根歩きと大阪平野と奈良盆地の景色を楽しみました。
最後に訪れた玉祖神社は、パワースポットとして有名なのだとか。確かに、少し変わった神社でした。
神社と背後の山のパワーをいただき、今年はさらに良いことあるような予感がしました。
歩行時間:約7時間
歩行距離:約13㎞
行程:近鉄・堅下駅ー鐸ヌデ比古ヒコ鐸比賣ヒメ神社ー柏原水仙郷ー高尾山ー信貴変電所-柏原市斎場ー近畿自然歩道生駒縦走路入口ー恩智峠ー高安山霊園ー信貴山公園墓地ー近鉄西信貴ケーブル高安山駅ー気象レーダー観測所(大阪レーダー)ー高安城址(667年白村江敗戦後の侵攻防御に)ー高安山487.4mー立石越ー十三峠(大坂より伊勢参宮ルートの安全に地蔵石仏1765年建つ)ー水呑地蔵院(836年地蔵菩薩安置のお堂建立)ー十三峠道(二体組の石仏が並ぶ史跡の道)ー玉祖オヤ神社ー近鉄・服部川駅
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 私鉄
-
出発駅は、近鉄・堅下駅。
-
駅から北東にある生駒山系に向かいます。
堅下は古い街で、古墳時代にはこれから登る高尾山に古墳が作られ、近くにある高井田には、多くの横穴古墳で有名な高井田古墳があります。
律令制以降は河内国大県郡に属し、今通るこの地域の地名は「大県(オガタ)」です。後世になり東西に「東高野街道」、南北に「奈良街道」が出来、交通の要衝となりました。
クラシックな立派な日本家屋が時々見えます。
明治以降は、ぶどうの栽培が盛んになり、現在もワイナリーがあり「河内ワイン」として有名です。とてもフレッシュなワインがいただけます。
山の斜面一体はブドウ畑。
一本道の終点にあるのは; -
鐸ヌデ比古ヒコ鐸比賣ヒメ神社(御神体は高尾山、鉄製の鈴を「鐸」or「銅鐸」)
茅の輪がありました。 -
これまで、時折神社で茅の輪を見てきましたが、あまり知識がありませんでした。
茅の輪のそばに解説があったので、マジメに読んだ。なるほど。災いを免れるためですね。
ちなみに、「蘇民将来」伝説や習慣は各地で見ますが、今気づいたこと。
「蘇民将来」と「巨旦将来」は兄弟です。名前が先で苗字らしきものが後。当時は苗字という概念がなくて、地名や一族を表すものとして使われたのでしょうか。これは、属性より個人が先に出ていて興味深い。
近代になると、通常は「今川村の太郎」とか言うようになりました。 -
鐸ヌデ比古ヒコ鐸比賣ヒメ神社の横から100mほど坂道を上がると、山道に入ります。
奥にはブドウ畑。 -
10分ほど山道を登ると、水仙が出てきました。
柏原水仙郷に行く道は、左の谷越えの道を取ります。 -
かなり咲いています。
-
さらに15分ほど登り、柏原水仙郷に到着。
こんな感じで斜面いっぱいに咲いています。
先ほどの水仙より少し標高が高いせいか、5分咲きです。 -
水仙郷の道を少し登ると自動車道路に出て、高尾山の登り口に出会います。
下にある鐸ヌデ比古ヒコ鐸比賣ヒメ神社のご祭神は、この高尾山。 -
5~6分登ると山頂。
近くには大岩があります。 -
眼下には大阪平野、左に見える黒い塊は、古市古墳群の一部です。
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高尾山からしばらく自動車道路を歩き、生駒山を縦走する近畿自然歩道入り口です。
ここから山道。 -
恩智峠。
右の道から下りてきました。 -
恩智峠、高安山霊園~信貴山公園墓地を経て、近鉄西信貴ケーブル高安山駅(山頂駅)に到着。
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ケーブル駅近くの展望所から大阪方面を見る。
あいにく晴天ではなかったため、遠目がきかないが、生駒山系の先は京都方面の山々。雪雲らしきものがかかっています。 -
ケーブル駅をあとにして、さらに尾根道を進むと、気象レーダー観測所。
白い大きな建物は、電車からも見えます。そう、あそこが高安山ですね、と。 -
気象レーダー観測所の敷地には、もう一つ碑があります。
ここは、高安城址です。西暦667年天智天皇の時代の城跡。
当時、百済支援のため朝鮮半島に出兵し、白村江の戦(唐と新羅連合軍との戦い)が行われましたが、敗戦。逃げ帰り、唐の侵攻にそなえた城でした。大阪湾から来る船が見えるこの地に城を設けた。
今回は行きませんでしたが、近くには、食糧備蓄倉庫の跡があります。 -
気象レーダー観測所の少し先にある高安山。眺望はありません。
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高安山を下り、信貴生駒スカイラインと並行している山道に来ました。
少しお天気が良くなり、大阪平野の先に遠く六甲山も見えます。 -
生駒縦走路を進み、十三峠までやってきました。
古くから大阪と奈良を結ぶ峠です。
ここから東側に下山します。 -
15分ほど下ると水呑地蔵院。
地元の方が管理しているようで、きちんと清掃されているお寺です。
名前のようにお水が豊富です。 -
水呑地蔵院は、休憩所兼展望所にもなっていて、大阪平野、その先の大阪湾、明石海峡が見渡せます。(だから、天智天皇はこの上に城を作ったのですね)
丁度、お昼時でしたが、この日はとても寒くて、休憩して食事する気にはなれませんでした。 -
十三峠から玉祖神社へ下る道は、古い街道で、在原業平の逸話があります。
玉祖神社に行った折、高安に見初めた女性ができたため、この道を通ったとか。
この碑によれば、娘が手づかみでご飯を食べた姿を見て興覚めしたとのことですが、娘が「ご飯を自分で盛って食べていた」から興ざめした。当時の貴族は、自分でご飯を盛ることはしなかったため、という説もあります。また、さらに別の説では、(興覚めしたかは触れずに)いったん業平は高安の女性に恋をしたがその後心変わりをし通うことが絶えた。しかし高安の女性はいつまでも業平を忘れなかった…。
確かに、この道を登り十三峠を経ると奈良側の竜田に行きつく。本当に在原業平はこの道を通ったのでしょう。
ちはやぶる 神代も聞かず 竜田川 からくれなゐに 水くゝるとは(在原業平) -
その後、どんどん下り、まもなく玉祖神社に到着しました。
710年周防国玉祖神社から分霊勧請の高安11 村生土神で玉造氏の祖を祀る、古い神社です。先ほど申し上げたとおり、在原業平も来ていたとされる神社です。 -
玉祖神社には、長鳴鶏がたくさん飼われています。(鶏舎3つもあった)
一声百福の常世長鳴鶏~天然記念物で天の岩戸前で鳴かせ夜明けを報せた、めでたい鶏です。一部の鶏は放されて境内を自由に歩き回っていました。
鳥居の両側には、狛犬ならぬ狛鶏。びっくり。 -
入り口にある太いクスノキ。樹齢はどのくらいでしょうか。大阪府天然記念物。すごいパワーあります。
-
神社由来。
社殿1725年再建、大阪市玉造起点の十三街道が通る交通の要所でした。 -
境内には、いくつもの祠があり多くの神様が祀られています。
奥には神様=山そのものから流れ出る一条の滝があります。ここはパワースポット。 -
山に向かって、パワーをもらうお立ち台があります。
事前にネットでチェックしていた。
ちょっと恥ずかしい気がしましたが、多くの人がやっているので、では私も。
手を大きく広げ山そのもののパワーをいただきます。 -
神社のすぐ下には、地元の方が長年育てた水仙、梅、桜の庭園~花香郷があります。
1月だというのに、もうこんなに咲いていました。 -
花香郷から大阪平野を望みます。
-
楽しかった1日の歩きも、ほぼ終わり。
玉祖神社から近鉄・服部川駅まで30分くらいの道のりです。
これまで歩いた生駒山塊の尾根を見ながら。
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