2017/12/02 - 2017/12/02
244位(同エリア1206件中)
旅人のくまさんさん
- 旅人のくまさんさんTOP
- 旅行記6398冊
- クチコミ0件
- Q&A回答0件
- 5,412,948アクセス
- フォロワー204人
滋賀と京都の名城巡りです。彦根城の太鼓門櫓の内供が公開されていましたので、入場して見学しました。建物内部の光景のほか、眼下の掛橋や遠くの景色も眺望できました。
- 交通手段
- 新幹線 JRローカル
-
大堀切に架かる『掛橋』の上から眺めた彦根城内と、かつての城下町の光景です。城下町の先には琵琶湖が見えていました。彦根城の西側の埋立てが行われる以前は、もっと近くに琵琶湖があったとされます。
-
同じく、大堀切に架かる『掛橋』の上から眺めた、かつての城下町と、その先に見える琵琶湖の光景です。雲が出て来ましたが、直ぐに雨模様になりそうな気配ではないようでした。
-
長浜城の大手門を移したとの記録が残る、『天秤櫓』の城門の中の光景です。現在は国の重要文化財に指定されています。琵琶湖湖畔の長浜城は、織田信長配下の時代の羽柴秀吉、後の太閤・豊臣秀吉が最初に築いた居城でした。
-
扉が開かれた、『天秤櫓』の城門の中から眺めた光景です。鉄や銅の金属を表に装備した鎧戸ではなく、木材の木地そのままの門の表の光景でした。『掛橋」を落としてしまえば、この門への厳しい攻めは緩和されるとの考えかも知れません。因みに、黒鉄門は信長が築いた安土城には既に使われていたようです。その名前が安土城跡に残されています。謙信の居城の春日山城にも黒鉄門の名があります。
-
開け放たれた扉のもう片方も紹介しておきます。殆ど同型でしたが、乳金物の数だけが違っていました。先程は二つ、こちらは四つです。乳金物は、門扉の釘隠しとして打つ乳房形の金物のことです。饅頭(まんじゅう)金物とも呼ばれます。
-
『天秤櫓』の城門の中の光景です。櫓構造ですから、もし、敵が攻め入った時には、天井の上から攻撃できる構造にされているかも知れません。二階からの攻撃には、槍が使われることが多かったようです。
-
『天秤櫓』の城門を潜った後の石垣光景です。右端方面には、積み直されたらしい形跡がありました。かなり大きな石を使った鞭込み接ぎでした。
-
『天秤櫓』の城門を潜った後、次に向かったのは『太鼓門櫓』ですが、その前に『天秤櫓』に入場して内部見学ををしました。中央奥に見えるのが、『天秤櫓』近くから眺めた『太鼓門櫓』の光景です。
-
イチオシ
平成29年(2017年)3月から12月10日まで彦根城一帯で開催されていた、『国宝・彦根城築城410年祭』に因んだ天秤櫓内の飾り付けの光景です。
-
『天秤櫓の壁』のタイトルがあった説明パネルです。大堀切に面した側は、銃弾に備えて二重壁に造られていて、全体の厚さは30センチと紹介されていました。防火や銃弾に備えた土壁で、外面の仕上げは白漆喰です。
-
天秤櫓から見下ろした『掛橋』の光景です。掛橋の先が『鐘の丸』になります。この橋を落としてしまえば、敵方が天秤櫓の城門に至るには、城門の下の高石垣を登るしかありません。
-
あまり変わり映えしませんでしたが、少しだけズームアップした、天秤櫓から見下ろした『掛橋』の光景です。彦根城は軍勢により攻められたことはありませんから、この『掛橋』が非常時に外されたことはないようです。
-
イベントの展示品です。真っ黒な頭部の彫刻作品が二つが並べられていました。浅野健一氏作の『古の闘神』の作品名が付いていました。木彫のようでした。セットでの作品のようです。
-
浅野健一氏作の『古の闘神』の説明パネルの光景です。初期の3Dゲームにヒントを得た、仁王像と紹介されていました。浅野健一氏は、2006年(平成18年)に愛知県立芸術大学を卒業後、仏像修復の仕事に携わりながらからくり人形を研究し、日本の古典彫刻に触れる傍ら、幼少時から愛好していた漫画やゲームの影響から古典技法で遊ぶをコンセプトに活動している彫刻家です。
-
イチオシ
『古の闘神』の作品が展示された『天秤櫓』の室内光景です。彦根城築城410年記念行事の作品展示のようでした。
-
『天秤櫓のみどころ』のタイトルがあった説明パネルです。7項目が箇条書きで説明してありました。更に要約して7項目を紹介します。
①表坂、大手坂、鐘の丸からの敵に対応したコの字の城門と続櫓。
②城門を中心に左右対称に見えて、実は非対称。
③両端の二重櫓は、右(東側)が江戸を向き、左(西側)が京都向きの正面。 -
『天秤櫓のみどころ』の7項目の紹介の続きです。写真は天井の木組み光景です。
④窓の格子木は、敵を見やすいように菱形。
⑤櫓門の下からの梃子を防止の『蹴放』、扉の持ち上げ防止に『もくさ』を装備。
⑥堀切を利用した、落とし橋の構造。
⑦武器庫の機能を保有。 -
『重要文化財・天秤櫓』のタイトルがあった説明パネルの光景です。下部に立面図が添えてありました。天秤櫓は大手門からの道と表門からの道が合流する、要の位置に設けられた櫓であることなどが紹介されていました。嘉永7年(1854年)の大修理では、建物だけでなく、石垣も積み直されています。築城当時の『牛蒡積み』と、修理のあとの『落し積み』を目にすることができます。
-
『天秤櫓』の内部見学を終え、『太鼓門櫓』に向かう途中の城内の光景です。右奥に見える石垣は、天守の北東部にある着見台のようです。江戸時代には、2階建ての着見櫓がありました。着見櫓の石垣は上部と下部で異なる積み方とされます。彦根市教育委員会の調査結果によれば、上部の石垣が修理された際に築かれたことがわかり、築城当時から櫓が建っていたことも確認されました。
-
『太鼓丸』から眺めたかつての城下町、彦根市街の光景です。この方角には、街を守るような小高い山が連なっていました。高層ビルの姿がなく、落ち着いた雰囲気の街並みでした。
-
イチオシ
同じく、少しズームアップした、たかつての城下町、彦根市街の光景です。背後の小山が半分ほど紅葉していました。その背後には、さらに高い山並みが見えました。かつて、佐和山城があった佐和山です。麓の城址標識も読み取れました。井伊直政も石田三成の後に一時入城した城です。琵琶湖とは反対側の東側方面になります。琵琶湖と山並みで、南北の通路が狭められた地形に見えました。
-
『太鼓丸東土塁の調査と補修』のタイトルがあった、写真と図面入りの説明パネルの光景です。平成23年(2011年)11月に試掘調査が始まり、平成25年(2013年)8月に補修が終了した内容紹介でした。発掘調査で出土した軒平瓦から、佐和山城を通じて秀吉が築城した伏見城との繋がりが濃いことが窺える貴重な発見がありました。
-
『太鼓門櫓』に向かう坂道の登り口付近から眺めた、『天秤櫓』方面の光景です。天秤櫓が、『コの字』に造られていることが目視できました。櫓の方角が90度異なっていることも、よく分かりました。
-
『ムクノキ・ニレ科』の名札があった古木の光景です。ムクノキ(椋木、椋の木、樸樹)は、アサ科ムクノキ属の落葉高木です。『ムク(椋)』や、エノキに似るため『ムクエノキ(椋榎)』の別名を持ちます。熟したムクの味は非常に甘く、美味です。
-
『エノキ・ニレ科』の名札があった古木の光景です。エノキ(榎)は、ニレ科(APG植物分類体系ではアサ科)エノキ属の落葉高木です。雌雄同株で、高さは20メートル以上、幹の直径は1メートル以上になります。東アジアに分布し、国内では本州、四国、九州に分布します。
-
茶屋の近くにあった鐘楼、『時報鐘(じほうしょう)』の光景です。茶屋は井伊直弼時代に築かれた『聴鐘庵(ちょうしょうあん)』を改造したものです。太鼓門櫓に向かう登り坂の途中にありました。
-
『時報鐘』の中に吊るされていた梵鐘のズームアップ光景です。12代藩主の井伊直亮(なおあき)公の時代の弘化元年(1844年)に鋳造された鐘です。直亮公は、江戸幕府の大老でした。井伊直弼(なおすけ)の兄であり、直亮公に実子がいなかったため、家督を継がせるための養父でもあります。
-
『時報鐘と聞鐘庵』のタイトルがあった説明看板の光景です。少し拾い読みしますと、この鐘は12代藩主の飯井直亮公が、弘化元年(1844年)に鋳造させたもので、最初は『鐘の丸』に置かれていましたが、鐘の音が届かない北部の区域があったため、この地に移されたと紹介されていました。
-
『天秤櫓』の城門を潜ったあと、本丸に向かうには、『太鼓門櫓』を潜る必要があります。その『太鼓門櫓』への登り道の光景です。高石垣の上に『太鼓門櫓』が見えていました。
-
同じく、『太鼓門櫓』への登り道の光景です。坂道を登った右手に、『太鼓門』が見えています。『太鼓門櫓』は、『天秤櫓』と同様に国の重要文化財に指定されています。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
旅行記グループ
2017暮、滋賀と京都の百名城巡り
-
前の旅行記
2017暮、滋賀と京都の日本百名城(3/17):彦根城(3/11):登り石垣、彦根城博物館
2017/12/02~
彦根
-
次の旅行記
2017暮、滋賀と京都の日本百名城(5/17):彦根城(5/11):藪椿の古木、太鼓門櫓、天守閣
2017/12/02~
彦根
-
2017暮、滋賀と京都の日本百名城(1/17):彦根城(1/11):JRで米原経由彦根、彦根城へ
2017/12/02~
彦根
-
2017暮、滋賀と京都の日本百名城(2/17):彦根城(2/11):埋木舎、佐和口の枡形
2017/12/02~
彦根
-
2017暮、滋賀と京都の日本百名城(3/17):彦根城(3/11):登り石垣、彦根城博物館
2017/12/02~
彦根
-
2017暮、滋賀と京都の日本百名城(4/17):彦根城(4/11):大堀切、天秤櫓、佐和山遠望
2017/12/02~
彦根
-
2017暮、滋賀と京都の日本百名城(5/17):彦根城(5/11):藪椿の古木、太鼓門櫓、天守閣
2017/12/02~
彦根
-
2017暮、滋賀と京都の日本百名城(6/17):彦根城(6/11):天守閣の眺望、伊吹山、琵琶湖
2017/12/02~
彦根
-
2017暮、滋賀と京都の日本百名城(7/17):彦根城(7/11):天守、西の丸、西の丸三重櫓
2017/12/02~
彦根
-
2017暮、滋賀と京都の日本百名城(8/17):彦根城(8/11):楓紅葉、西の丸、西の丸三重櫓
2017/12/02~
彦根
-
2017暮、滋賀と京都の日本百名城(9/17):彦根城(9/11):西の丸三重櫓、観音台、山崎郭
2017/12/02~
彦根
-
2017暮、滋賀と京都の日本百名城(10/17):彦根城(10/11):槻御殿(楽々園)、玄宮園
2017/12/02~
彦根
-
2017暮、滋賀と京都の日本百名城(11/17):彦根城(11/11):玄宮園、二季咲桜、天守眺望
2017/12/02~
彦根
-
2017暮、滋賀と京都の日本百名城(12/17):二条城(1/6):二条城、大手門、唐門
2017/12/02~
二条・烏丸・河原町
-
2017暮、滋賀と京都の日本百名城(13/17):二条城(2/6):二の丸御殿、二の丸庭園
2017/12/02~
二条・烏丸・河原町
-
2017暮、滋賀と京都の日本百名城(14/17):二条城(3/6):本丸、本丸御殿、本丸庭園
2017/12/02~
二条・烏丸・河原町
-
2017暮、滋賀と京都の日本百名城(15/17):二条城(4/6):本丸御殿、切込み接ぎ石垣
2017/12/02~
二条・烏丸・河原町
-
2017暮、滋賀と京都の日本百名城(16/17):二条城(5/6):公孫樹の黄葉、堀、銘椿の花
2017/12/02~
二条・烏丸・河原町
-
2017暮、滋賀と京都の日本百名城(17/17):二条城(6/6):紅葉と黄葉、清流園、北大手門
2017/12/02~
二条・烏丸・河原町
旅行記グループをもっと見る
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 2017暮、滋賀と京都の百名城巡り
0
30