2017/12/02 - 2017/12/02
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旅人のくまさんさん
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JRを利用しての滋賀の彦根城と京都の二条城巡りです。往きはJの快速電車を利用し、京都から名古屋への戻りは新幹線を利用しました。彦根城は国宝の天守閣を持ち、二条城は世界文化遺産のお城です。
- 交通手段
- 新幹線 JR特急
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名古屋駅を7時発のJR快速電車で出発し、米原駅で乗り換えて目指す彦根城の最寄り駅の彦根駅に到着しました。その駅構内にあった案内地図です。以前にも同じコースで見学したことがありますが、駅から彦根城までは、西に向かって10分ほどの直線コースです。
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現在時刻は8時50分頃です。駅前の観光案内所に立ち寄ってみましたが、まだ開いていませんでした。9時からの開店のようでした。目的は、彦根市内の観光案内図の入手でした。
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振り返って眺めたJR彦根駅の駅舎光景です。1階部分が工事用のシートに覆われていましたから、改築工事の最中のようでした。
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イチオシ
背丈を低く、平らに剪定された街路樹の紅葉です。ドウダンツツジ(満天星躑躅)のようでした。彦根駅前の緑地帯を埋め尽くしていました。赤色よりも、オレンジ色に近い色付きでした。
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彦根駅に向かう途中の彦根市街光景です。誇根城に向かう東西の通りの南に面した角地には、滋賀銀行の建物がありました。
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彦根駅に向かう途中の彦根市街光景が続きます。前方、やや左奥に彦根城天守の姿が見えてきました。
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通りに面した場所にあった、『彦根市ガイドマップ』の光景です。上部に見えているのが琵琶湖、北の方角は右上方面になります。現在地が彦根城の下側(東側)に記されていました。
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東西の通りの北側に面した場所にあった建物光景です。改修工事中の市庁舎のようです。ネット情報では、耐震化工事のため、仮庁舎に引っ越しをして業務が行われていると紹介されていました。
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広い道を挟んで両側に敷地を持った石屋さんの光景です。それぞれに石造の仏像が展示されていました。道を挟んで展示された金剛力士像のようです。
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石屋さんの敷地内に建てられていた、『国宝・彦根城』のタイトルの立看板の光景です。彦根城の天守は、大隈重信の上奏により破却を免れたことなどが紹介されていました。大隈重信(1838~1922年)は、元佐賀藩士、政治家で教育者です。早稲田大学の創始者としても名を残しました。
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右手奥に見えているのは滋賀県護国神社の木の鳥居です。その手前に神社らしい七五三詣りの案内表示がありました。
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彦根市庁舎の建物の一部のようです。本庁は、耐震化工事中でした。街路図には、滋賀県湖東合同庁舎などが記されていた場所です。
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広い通りを西に渡って、護国神社の前に来ました。先程の木の鳥居が正面に見えています。左手方面が彦根城の入口方面ですが、その前に右手方面に折れて、埋木舎に向かうことにしました。
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観光案内標識の光景です。目的地の埋木舎と旧池田屋敷長屋門が左向きの矢印で表示されていました。彦根城と玄宮楽々園は、Uターンで表示されていました。
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ヤツデ(八つ手)の花の光景です。ウコギ科ヤツデ属の常緑低木です。八つ手の花は、冬の季語になります。また、『天狗の羽団扇(てんぐのはうちわ)』の別名を持ちます。羽は~9裂するようです。
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イチオシ
彦根城のお堀に到着しました。その堀越しに眺めた隅櫓と白い長塀の光景です。鏡のような堀に姿を映していました。
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イチオシ
右が彦根城の堀と長塀、左が埋木舎の白壁の光景です。『埋木舎(うもれぎのや)は、井伊直弼が青春時代を過ごした学問所です。『世の中をよそに見つつも 埋もれ木の埋もれておらむ 心なき身は』と直弼は和歌を詠み、自ら『埋木舎』と名付け、文武両道の修練に励みました。
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旧池田屋敷長屋門が残る建物光景です。彦根城のかつての第三郭に建つ池田屋敷は、50~1000石の中級武家屋敷跡とされます。現在は、長屋門が残されているだけです。
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旧池田屋敷長屋門の正面光景です。池田屋敷に住んだ池田太右衛門家は、江戸時代の初期の慶長15~16年頃(1610~1611年)、井伊家第二代当主の直孝に、『伊賀者』として抱えられたと伝わります。
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旧池田屋敷長屋門の正面にあった、『旧池田屋敷長屋門』の解説プレートの光景です。先程までに紹介したことなどが記されていました。初代と二代目は100石取りでしたが、三代目で250石に加増され、明治維新時は180石であったことも紹介されていました。彦根市指定の文化財であることから、彦根市の教育委員会名での紹介でした。
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池田屋敷跡の建物光景です。石垣とその上の白塀も、長屋門と同様、昔の儘の姿のように見えました。戸が閉まっていましたから、池田屋敷跡の見学はこれでおしまいです。
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彦根城の隅櫓と、波一つ立っていない、鏡のような堀の水面の光景です。内堀ではなく、その外側にある二重目の堀のようでした。
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次は、幕末の江戸幕府の大老を務めた井伊直弼が若い頃に学んだとされる、埋木舎の紹介です。門は閉まっていました。
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埋木舎の白い外塀の光景です。お城の堀に沿って、まっすぐに伸びていました。高すぎましたので、上の方はカットになってしまいました。
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埋木舎の門の周りの光景です。造りは質素で、創建は宝暦9年(1759年)頃とされます。井伊家の十四男として生まれた井伊直弼が、13代彦根藩主となるまでの不遇の時期、天保2年(1831年)以後15年を過ごした屋敷です。
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『井伊直弼学問所・埋木舎』の墨文字が記された表札の光景です。その上の表札は井伊氏ではなく、大久保氏でした。この建物は明治4年、払い下げによって大久保氏の所有になり、現在の当主は、駒澤大学教授の大久保治男氏(1934~)とされます。同氏は、1991年(平成3年)に『埋木舎-井伊直弼の青春』を出版されています。この屋敷に住んだ若き日の直弼は、半面では世捨て人のような諦念を抱きつつも、半面では『余は一日4時間眠れば足りる』として文武両道の修練に励んでいて、苦悩と屈託の多い青春であったようです。直弼の日記として『埋木舎の記』が残されました。
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彦根市が設置した、『埋木舎』の説明看板ですが、読み取り難くなっていました。井伊直弼との関わりが記されているようでした。
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こちらの説明プレートのタイトルも『埋木舎』でしたが、同じように読み取り難くなっていました。直弼がこの住まいを自ら、『埋木舎』と呼んだ謂れも簡単に説明してありました。
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埋木舎の塀の中の楓の黄葉です。紅葉する楓とは別種のようです。部屋住み時代の直弼は、のちに腹心となる長野主膳に国学を、さらに曹洞禅、儒学、洋学を学びました。禅では『有髪の名僧』と呼ばれるほどであったとされます。書、絵、和歌のほか、剣術・居合・槍術・弓術・ 砲術・柔術などの武術、乗馬、茶の湯など多数の趣味に没頭し、特に居合では新心流から新心新流を開きました。
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中央奥に見えるのが池田屋敷、右側が埋木舎の光景です。井伊直弼は、茶の湯では『宗観』の名を持ち、石州流を経て一派を確立しました。著書『茶湯一會集』巻頭には有名な『一期一会』があります。彦根城博物館では、直弼手造りの大久保家伝来の竹茶杓(銘・洲鶴:しまのつる)等を見学することができます。
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