2017/04/26 - 2017/04/26
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ハッピーねこさん
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アルターマルクトから歩いて45分。
「ツェツィーリエンホーフ宮殿」へ辿り着きました。
バスを逃した時はどうなることかと思いましたが、
道すがら素敵な街並みにも出会え、お天気がよかったのも幸いし、
今思えばいい経験でした。
ですがやっとの思いで到着した宮殿は修復の真っ最中。
外観はもう涙もの・・・。敢えて表紙にしました。
日本では「ポツダム会談」が開かれた場所として知られ・・・
いえ、「ポツダム会談」は知っていてもこの宮殿の名前は
私は知りませんでした。
1990年に「ポツダムとベルリンの宮殿群と公園群」のひとつと
して世界文化遺産に登録されています。
以下、今回の旅程です。(☆印がこの旅行記です。)
4月22日(土) 福岡~関空~フランクフルト
4月23日(日) フランクフルト~ワイマール~デッサウ
4月24日(月) デッサウ~ベルリン
4月25日(火) 終日ベルリン
☆4月26日(水) ベルリン~ポツダム~ベルリン
4月27日(木) 終日ベルリン
4月28日(金) ベルリン~マイセン~ドレスデン
4月29日(土) 終日ドレスデン
4月30日(日) ドレスデン~プラハ
5月 1日(月) 終日プラハ
5月 2日(火) プラハ~ニュルンベルク~ヴュルツブルク
~フランクフルト
5月 3日(水) フランクフルト~フロイデンベルク~ジーゲン
~マインツ~フランクフルト
5月 4日(木) フランクフルト~ブーツバッハ~フランクフルト
~夜便でフランクフルト空港より帰国
5月 5日(金) 羽田~福岡
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
アルターマルクトから歩いて45分。
やっと目指す場所「ツェツィーリエンホーフ宮殿」に到着しました。 -
そうそう、ネットでさんざん見た外観。
こちらの建物で間違いありません。 -
前方右手(南側)には新庭園が広がります。
ゆっくり散策できたらよかったのですが。 -
そして辿り着いた正面入り口。
え?何、この無残な姿・・・。
絶賛修復中でした。
歴史的建造物にはよくあることですが、やはりがっかりしますよね。 -
こちら側はまだ無傷。
本来は正面入口もこのような矢羽模様の木組みが施されています。
修復でどのように生まれ変わるのでしょうね。 -
では、中へ入ります。
-
入口のレセプションで予約票をプリントしていたものを提示し、
入場チケットを発券してもらいます。
予約は以下のサイトから。
ですが、ここ「ツェツィーリエンホーフ宮殿」の予約はしていませんでした。
「サンスーシ宮殿」との共通チケット「サンスーシプラスチケット」を
購入しており、「サンスーシ宮殿」のみ時間予約を。
こちらへは入館時間に来る予定でしたので予約は不要かと踏みました。
https://tickets.spsg.de/
ベルリンウェルカムカードを持っていたので、予約をせずに入場するなら
その際に割り引きがされるようなのですが、入場者の多い「サンスーシ宮殿」
では目当ての時間に入りたいので大事をとって予約を。
ネットからの予約ではベルリンウェルカムカードでの割引は適用されません。
が、ここは割り引きより確実に入場できる方を選択しました。 -
展示を見る前にお手洗いに、と思ったら場所は別棟でした。
また外へ。 -
お手洗いの入口は中庭に面していました。
ここもこんな姿で・・・。(泣) -
さ、いよいよ中へ。
オーディオガイド(日本語あり)を借りて、早速を写真を
撮ろうとすると係員さんから「写真撮影には別料金が必要ですよ。」との声が。
あ、そうだった。
私もうっかりしていましたが、レセプションで言ってくれてもいいのに~!
と、またレセプションへ戻り、3ユーロを支払ってやっと入場。
入るまでにあれやこれや時間を要し、この最初の写真を撮ったのが10:18。
10:05に到着してから13分後。
予定より押していますので、ちょっとだけ急ぎ足で見学を。
写真を撮り忘れましたが、ここで購入した写真チケットは
「サンスーシ宮殿」でも使用できます。 -
さて、やっと見学開始です。
この時は、日本語のオーディオガイドのお陰で解りやすい!と
喜んでいたのですが、半年以上も経った今、ほとんど
記憶に残っておらず、この度改めてネット情報などに頼りながらの
旅行記作成とあいなりました。悪しからず。
この写真はヴィルヘルム皇太子とその家族のメモリー。
そもそもこの宮殿は1917年に当時皇太子であった
ヴィルヘルム・フォン・プロイセンのために建設。
皇太子妃はツェツィーリエ・フォン・メクレンブルク=シュヴェリーン。
メクレンブルク=シュヴェリーン大公家の公女で、この宮殿は
皇太子妃の名に由来しているのですね。
(昨年訪ねた美しい街、シュヴェリーンを思い出しました。) -
お二人が結婚したのは1905年、ベルリンに於いて。
その年の最も華々しい国家行事で、ブランデンブルク門から
披露宴の行われたベルリン王宮まで、道路は莫大な費用をかけて
美しく飾られたそうです。
夫婦仲は良好で互いを愛情深く尊敬しあったとか。
4男2女を儲けこの宮殿を拠点に幸せな暮らしを築いていた
わけですが、皇太子はドイツ革命によりオランダに亡命し、
ファシズムに傾倒してヒトラーを支持し、敗戦後にはホーエンツォレルン城に軟禁され・・・。
激動の一生を送ったようです。 -
写真パネルを見ながら最初に辿り着いたのがこの部屋。
-
船旅が好きだった皇太子夫妻のために船室をイメージして造られたのだそうです。
確かオーディオガイドで、部屋の入口も船室を模して敷居を高く
設計されていると聞いたような。
ですがその写真は撮っていませんでした。 -
こちらはお二人が旅された客船だったでしょうか。
部屋の入口にありました。 -
先へ進みます。
1939年。ポーランド侵攻。
ドイツ軍とその同盟軍であるスロバキア軍が、続いてソビエト連邦軍がポーランド領内に侵攻。
ポーランドの同盟国であったイギリスとフランスが相互援助条約を元に
ドイツに宣戦布告し、第二次大戦が始まるのですね。 -
1941年~独ソ戦。
ポーランドを共に占領していたドイツとソビエト連邦でしたが、
突如ドイツ国防軍がソ連に侵入。
当初優勢だったドイツ軍もロシアの降雪に難航し、
互いに消耗戦となったようです。
一方、日本も12月8日にハワイ真珠湾を攻撃し、
第二次大戦に参戦。(写真左下)
その翌日にチャーチル英国首相は日本に宣戦布告します。 -
1942年。
上部右から2枚めの写真はチャーチルとスターリン。
連合国側の第二回モスクワ会談です。
北アフリカ戦線の開始、北フランスへの上陸などが議論されたとか。 -
テヘラン会談。(1943年11月28日~12月1日)
左からスターリン、ルーズベルト、チャーチルの「ビッグスリー」。
3首脳が一堂に会した初めての会談。
ヨーロッパ大陸でのナチス・ドイツ包囲網の形成や、フランスへの
連合軍上陸などの戦争上の諸問題から、戦後処理問題へ議論が移っていった
最初の会談となったそうです。 -
右端の写真はヤルタ会談。(1945年2月4日~11日)
これも3首脳チャーチル、ルーズヴェルト、スターリン。(左から)
第二次大戦が終盤に入る中、ソ連の対日参戦、国際連合の設立に
ついて議論。
しかし大戦後の国際関係の枠組み問題から東西冷戦の発端となった会談です。 -
ドイツ国土を東側陣営(ソビエト連邦)と西側陣営(イギリス・フランス
アメリカ合衆国)で共同管理することが決議されたのです。
そして日本に対しても、ソ連は日ソ中立条約を一方的に破棄、
対日参戦となった。
その後5月にドイツが無条件降伏、8月9日にはソ連の満州侵入、
千島列島と樺太の占領と続き、翌8月10日大日本帝国は
「ポツダム宣言」受託・・・と歴史は流れていきます。 -
お部屋へ入ります。
窓を大きく取った明るい部屋です。 -
白い壁も更に室内を明るくしています。
-
応接に使われた部屋でしょうか。
-
さて、壁の展示もいよいよ「ポツダム会談」へ。
ナチス・ドイツ降伏後の1945年7月17日から8月2日、
ソ連占領地域となったここポツダムに、イギリス、アメリカ、
ソビエト連邦の3首脳が集結。
第二次大戦の戦後処理を決定するための会議でした。 -
左からソ連、アメリカ、イギリスへ準備された宿舎だそうです。
-
そして確かこのあたりは各国首脳の控室。
-
どこがどの国の部屋だったかは記憶になく・・・。
-
暖炉もある立派な控室でした。
-
部屋の間にはこんなパネル。
-
ソ連が領土を広げようとする風刺画も。
-
そして3首脳が現れて・・・
-
いよいよこちらが会談のあった本会議場。
-
テーブル中央には3国の国旗が。
-
天井の木枠。何だか日本家屋の雰囲気を感じます。
-
会談の円卓を頭上から写した写真。
-
ビッグスリーと各国の外相や参謀長などが出席。
-
部屋の隅には階段が。
-
この上部からの撮影でしょうか。
-
会議は各国が提案した様々な議題で盛りだくさんだったそうですが、
特に紛糾したのがポーランド問題、賠償問題、旧枢軸国に成立した
各政府の扱い。これらをめぐって英ソが強く対立したとか。 -
7月26日には日本政府に対して日本軍の無条件降伏などを求める
表明がされたそうですが、会議の公式日程において対日問題は
協議されなかったとのこと。 -
スムーズにいった会議かと思いきや、各国の思惑が錯綜し
期間中にチャーチルは一時帰国し、宣言発表時にポツダムに
いた署名者はトルーマンのみなど、調べると驚くような展開でした。 -
でも私が見聞きしたのはほんの一部の情報でしょう。
歴史とはそんなものなのでしょうね。 -
こちらも恐らく首脳控室。
-
執務机もありました。
-
白い天井には美しい彫り。
-
大きな出窓に囲まれた一角。
-
そしていよいよここへ辿り着きました。
太平洋戦争の終結とあります。 -
7月16日、トルーマンに原子爆弾実験の成功が伝えられます。
その前日にスターリンから対日戦参戦の確約を得ていたのですが
原爆実験が成功した今、ソ連の参戦は必要ではないと考えるなど
どこまでも腹の探り合いです。 -
結局、多くの議論は協定には達さず、この会談の成果は乏しいものとの
評価が多いようです。
そんな中で、この2つの恐ろしい兵器を日本に投下するという決定が
トルーマン大統領によってこの会談期間中になされたとは
何とも腹立たしいもの。
写真上が8月6日に広島に落とされた「リトルボーイ」。
下が8月9日長崎に投下された「ファットマン」。 -
判ってここへやって来たわけですが、長崎県出身の私としては
やはり苦々しい歴史の確認となりました。 -
こんな緑美しい環境のこんな美しい宮殿で、
酷い歴史の決定がなされたとは何とも残念。 -
ですが、訪ねたことはいい経験でした。
-
予定より遅い到着でしたので急ぎ足の見学となりました。
この皆さんはこれから入館かしら? -
なんだか複雑な気持ちでここ「ツェツィーリエンホーフ宮殿」を後にしました。
さ、気を取り直して次の場所へ!
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この旅行記へのコメント (3)
-
- コットングラスさん 2017/12/04 20:16:51
- こんにちは
- ハッピーねこさん
東ドイツ旅行記、楽しませてもらっています。
ツェツィリエンホーフ宮殿の詳細を写真と解説付きで詳しく知ることが出来、有難うございます。
宮殿はシュヴェリーン大公家出身の皇太子妃の名が由来なんですね。
シュヴェリーンいいですね!
今は入場料の他に3ユーロを払うことで、サンスーシー宮殿も含め写真OKなんですか。
私が行った時(旅行記2008年ドイツ・オーストリアの旅 ドイツ《ベルリン⇔ポツダム》にはツェツィリエンホフ、サンスーシー、新宮殿ともすべて写真は不可でした。
ベルリンもポツダムも空襲は受けているはずですが、宮殿は外されていたんでしょうかね。そうでなければポツダム会議をツェツィリエンホフ宮殿ではできなかったはずですから。
宮殿の中庭の芝生の中心のゼラニューム?は当時からソ連に気を使った赤い星形が続いているようですね。
続くサンスーシー宮殿も楽しみにしています。
コットングラス
- ハッピーねこさん からの返信 2017/12/04 23:59:23
- ご無沙汰しております。
- コットングラスさん、こんばんは。
ご無沙汰しておりました。
コメントを頂戴しありがとうございます。
記憶もおぼろげな半年以上も前の旅の記を、なんとか少しずつ書いております。
いつもご訪問いただき恐縮です。
ツェツィーリエンホーフ宮殿ももっと中身濃く書ければよかったんのですが、
何とも付け焼刃でお恥ずかしいです。
中庭のゼラニュームが赤い星形に植えられていたことにもにも気が付いていませんでした。
私の写真ではわかりにくいですが、コットングラスさんの2008年の
ご旅行記を拝見してよくわかりました!ありがとうございます。
当時はここもサンスーシ宮殿も内部は撮影不可だったのですね。
時と共にそういうことも変化するのですね。
ポツダム会談があの場所で行われたのは、ベルリンに比べ大戦による被害が少なかったのが理由との記述を何かで読みました。
でも、先に訪ねたアルターマルクトにあった教会は被災して再建されたようですので
ポツダムもそれなりの戦災を受けたのでしょうから、コットングラスさんの
おっしゃるように宮殿は回避されたのかもしれませんね。
かなり牛歩的な私の旅行記ですが、どうにか続けていきますので
どうぞまた覗いていただけましたら幸いです。
寒くなりましたのでどうぞご自愛のほど。
ハッピーねこ拝
-
- コットングラスさん 2017/12/04 20:11:36
- こんにちは
- ハッピーねこさん
東ドイツ旅行記、楽しませてもらっています。
ツェツィリエンホーフ宮殿の詳細を写真を解説つきで詳しく知ることが出来ました。宮殿はシュヴェリーン大公家出身の皇太子妃の名が由来なんですね。
シュヴェリーンいいですね!
今は入場料の他に3ユーロを払うことで、サンスーシー宮殿も含め写真OKなんですか。
私が行った時(旅行記2008年ドイツ・オーストリアの旅 ドイツ《ベルリン⇔ポツダム》にはツェツィリエンホフ、サンスーシー、新宮殿ともすべて写真は不可でした。
ベルリンもポツダムも空襲は受けているはずですが、宮殿は外されていたんでしょうかね。そうでなければポツダム会議をツェツィリエンホフ宮殿ではできなかったはずですから。
宮殿の中庭の芝生の中心のゼラニューム?は当時からのソ連の赤い星形が続いているようですね。
続くサンスーシー宮殿も楽しみにしています。
コットングラス
いるようですね。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
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