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久しぶりに上洛したので、お気に入りの京都の西北 紅葉の名所といわれる栂尾 槇尾 高雄の寺々を訪れる事にした。この寺はデューク・エイセスの「女一人」にも歌われている高山寺である。<br /><br />大学時代(1955~1959)から大好きな場所で、この山の上の愛宕山や月輪寺にも登っている。卒業以来上洛する度に何度か訪れたがその後は仕事に忙しく、60年ぶり、まさに「Alt Heidelberg」であった。<br /><br />ネットで調べたら紅葉シーズンは観光客が多く、道路も渋滞するので早めのバスで行くようにとの書き込みがあり、JR京都駅前 7:15のバスで出かける事にしたが、日曜日とあって、すぐに満員となったのには驚いた。

京都/栂尾山 高山寺

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2017/11/12 - 2017/11/12

2750位(同エリア4651件中)

旅行記グループ 国内旅行等

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Berg Heil

Berg Heilさん

久しぶりに上洛したので、お気に入りの京都の西北 紅葉の名所といわれる栂尾 槇尾 高雄の寺々を訪れる事にした。この寺はデューク・エイセスの「女一人」にも歌われている高山寺である。

大学時代(1955~1959)から大好きな場所で、この山の上の愛宕山や月輪寺にも登っている。卒業以来上洛する度に何度か訪れたがその後は仕事に忙しく、60年ぶり、まさに「Alt Heidelberg」であった。

ネットで調べたら紅葉シーズンは観光客が多く、道路も渋滞するので早めのバスで行くようにとの書き込みがあり、JR京都駅前 7:15のバスで出かける事にしたが、日曜日とあって、すぐに満員となったのには驚いた。

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
同行者
一人旅
交通手段
高速・路線バス 新幹線 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • 拝観券 デザインは当寺所蔵の国宝 「鳥獣戯画」から

    拝観券 デザインは当寺所蔵の国宝 「鳥獣戯画」から

  • 高山寺の寺号は鎌倉時代初期 建永元年・1206年 妙恵上人が後鳥羽上皇よりこの地を与えられ、「日出先照高山之寺」(ひでてまずこうさんをてらすのてら)の勅額を賜ったときからである。<br /><br />(以下・コメントは当寺パンフレットからの抜粋が多い)

    高山寺の寺号は鎌倉時代初期 建永元年・1206年 妙恵上人が後鳥羽上皇よりこの地を与えられ、「日出先照高山之寺」(ひでてまずこうさんをてらすのてら)の勅額を賜ったときからである。

    (以下・コメントは当寺パンフレットからの抜粋が多い)

  • 高山寺のパンフレットに依れば、創建は奈良時代末 宝亀5年・774年 光仁天皇の勅願に依って開かれ、「神願寺都賀尾坊」と称したと伝えられている。<br /><br /><br />

    高山寺のパンフレットに依れば、創建は奈良時代末 宝亀5年・774年 光仁天皇の勅願に依って開かれ、「神願寺都賀尾坊」と称したと伝えられている。


  • 高山寺中興開祖である明恵上人は、華厳宗興隆を実践し、その徳行は皇族・公卿・武士など多くの人々の信仰を集めた。

    高山寺中興開祖である明恵上人は、華厳宗興隆を実践し、その徳行は皇族・公卿・武士など多くの人々の信仰を集めた。

  • 表参道入口 「鳥獣人物戯画絵巻」に代表される数多くの文化財が高山寺に集積されていった。

    表参道入口 「鳥獣人物戯画絵巻」に代表される数多くの文化財が高山寺に集積されていった。

  • 国宝 石水院の門

    国宝 石水院の門

  • この様な歴史的な場所を長い間維持管理していくのは並大抵な事ではないと推察する。

    この様な歴史的な場所を長い間維持管理していくのは並大抵な事ではないと推察する。

  • 1960年頃訪れた時には門の入口に竹筒の貯金箱の様なものがかかっていて、その中に参詣の人達は何がしかの喜捨・布施を入れるようになっていた。おそらく二人で200円入れたような記憶がある。高度成長期の前で大学での初任給が10000~12000円の時代である。<br /><br />微かな記憶に依れば、その竹筒はなにか柴垣のような入口にあったような気がするが、もしかするとそこは茶室の遺香庵の入口であったのかもしれない。

    1960年頃訪れた時には門の入口に竹筒の貯金箱の様なものがかかっていて、その中に参詣の人達は何がしかの喜捨・布施を入れるようになっていた。おそらく二人で200円入れたような記憶がある。高度成長期の前で大学での初任給が10000~12000円の時代である。

    微かな記憶に依れば、その竹筒はなにか柴垣のような入口にあったような気がするが、もしかするとそこは茶室の遺香庵の入口であったのかもしれない。

  • 朝8時過ぎではあったが既に何人かの人々が訪れていてそれぞれ静かに寺と廻りの紅葉した山々の雰囲気を楽しんでいた。

    朝8時過ぎではあったが既に何人かの人々が訪れていてそれぞれ静かに寺と廻りの紅葉した山々の雰囲気を楽しんでいた。

  • 1960年訪問時(大学卒業の翌年)、私共二人の他は誰一人参詣客はいなかった。ふと見ると小座敷に井上哲次郎(哲学館 のちの 東洋大学創設者 東洋哲学者)の扁額が掛かっていた。少しばかり哲学や思想史に興味があったので、折から見えられた当寺のおばあさんに「何か博士と関係があるのですか?」と尋ねたところ、「お茶でもどうぞ」と小座敷に招かれ、寺に纏わる様々なお話を小さな火鉢を前にして伺った。扁額について寺の人に今でもあるかと伺ったがよく知らないとの事。おそらく先々代のおばあさんであったであろうと。この方のご主人も哲学者であったそうだ。(ただこの座敷ではかったと記憶)<br /><br />※ 写真は中村正直の書 1832~1891 明治時代の啓蒙思想家 教育者

    1960年訪問時(大学卒業の翌年)、私共二人の他は誰一人参詣客はいなかった。ふと見ると小座敷に井上哲次郎(哲学館 のちの 東洋大学創設者 東洋哲学者)の扁額が掛かっていた。少しばかり哲学や思想史に興味があったので、折から見えられた当寺のおばあさんに「何か博士と関係があるのですか?」と尋ねたところ、「お茶でもどうぞ」と小座敷に招かれ、寺に纏わる様々なお話を小さな火鉢を前にして伺った。扁額について寺の人に今でもあるかと伺ったがよく知らないとの事。おそらく先々代のおばあさんであったであろうと。この方のご主人も哲学者であったそうだ。(ただこの座敷ではかったと記憶)

    ※ 写真は中村正直の書 1832~1891 明治時代の啓蒙思想家 教育者

  • そこに二人の青年を伴って小柄で気品のある老人が訪れて来た。その青年の一人が当寺のおばあさんに「この方は 元の海軍大将の高橋三吉さんです」と紹介されたのには驚いた。高橋三吉と言えば私が生れた頃 1936年頃の 連合艦隊司令長官ではないか!! こんな穏やかなしかも小柄な老人が 大日本帝国海軍七万の将兵の指揮をしたのかと驚愕した記憶が今でも強烈に残っている。<br /><br />太平洋戦争開戦当時の連合艦隊司令長官の山本五十六大将(没後元帥)も小柄な人であったそうだ。

    そこに二人の青年を伴って小柄で気品のある老人が訪れて来た。その青年の一人が当寺のおばあさんに「この方は 元の海軍大将の高橋三吉さんです」と紹介されたのには驚いた。高橋三吉と言えば私が生れた頃 1936年頃の 連合艦隊司令長官ではないか!! こんな穏やかなしかも小柄な老人が 大日本帝国海軍七万の将兵の指揮をしたのかと驚愕した記憶が今でも強烈に残っている。

    太平洋戦争開戦当時の連合艦隊司令長官の山本五十六大将(没後元帥)も小柄な人であったそうだ。

  • 石水院の庭も見事に秋の装いをなしている。<br /><br />ここに明恵上人の掛け軸や子犬像(鎌倉時代 重文 伝湛慶作)などあったが暗くて写真がピンボケとなってしまったのは残念。

    石水院の庭も見事に秋の装いをなしている。

    ここに明恵上人の掛け軸や子犬像(鎌倉時代 重文 伝湛慶作)などあったが暗くて写真がピンボケとなってしまったのは残念。

  • 花梨の実も葉を落とした枝に輝いていた。

    花梨の実も葉を落とした枝に輝いていた。

  • 紅葉もピークには少しばかり早かったのかな?

    紅葉もピークには少しばかり早かったのかな?

  • 京都の紅葉も アルプスの山岳地帯の紅葉と違ってそれなりに風情がある。<br />大学山岳部時代1956年秋 常念岳からの下山道での紅葉の素晴らしさは晴天ともあって今でも脳裏に焼き付いている。(晴天を我々は スカテン といっていた)

    京都の紅葉も アルプスの山岳地帯の紅葉と違ってそれなりに風情がある。
    大学山岳部時代1956年秋 常念岳からの下山道での紅葉の素晴らしさは晴天ともあって今でも脳裏に焼き付いている。(晴天を我々は スカテン といっていた)

  • 参道 昔はこの先の正面 表参道から登って来たが、現在はバス停から裏参道から登ってくるようになっていて、途中に拝観受付の小屋があった。

    参道 昔はこの先の正面 表参道から登って来たが、現在はバス停から裏参道から登ってくるようになっていて、途中に拝観受付の小屋があった。

  • 我が国最古の茶園<br /><br />明恵上人は臨済宗開祖の明菴栄西から、宋より持ち帰った茶の種を贈られ、日本で初めて茶を栽培した。その事から、高山寺は「茶の発祥の地」とされている。

    我が国最古の茶園

    明恵上人は臨済宗開祖の明菴栄西から、宋より持ち帰った茶の種を贈られ、日本で初めて茶を栽培した。その事から、高山寺は「茶の発祥の地」とされている。

  • ひぐらしや ここにいませ 茶の聖  (作者判読出来ず) 

    ひぐらしや ここにいませ 茶の聖  (作者判読出来ず) 

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