2017/07/14 - 2017/07/14
960位(同エリア1806件中)
旅人のくまさんさん
- 旅人のくまさんさんTOP
- 旅行記6398冊
- クチコミ0件
- Q&A回答0件
- 5,398,191アクセス
- フォロワー204人
旧東海道の名城巡り、小田原城の展示品の紹介です。後北条時代の名残でしょうか、多くのかわらけの遺物のほか、青磁壷もありました。江戸時代の色鍋島の焼き物も残されていました。(ウィキペディア、日本百名城・公式ガイドブック、小田原城関連公式サイト)
- 交通手段
- 新幹線
-
『19世紀代の陶磁器』
〇小田原市教育委員会蔵
〇幕末から、明治時代にかけての陶磁器です。 -
『19世紀代の陶磁器』
〇小田原市教育委員会蔵
〇幕末から、明治時代にかけての陶磁器です。
〇日用品のほか、青磁風の高級品も展示されているようでした。(同上) -
イチオシ
『鍋島焼』
〇白地に、紅葉らしい赤い葉が鮮やかです。磁器皿です。
〇白地の皿を補修をせずに、青い皿の上に破片を纏めてありました。
〇小田原市教育委員会蔵、鍋島焼は、17世紀から19世紀にかけて、佐賀藩(鍋島藩)において、藩直営の窯で製造された高級磁器です。(同上) -
『鍋島焼』の表示プレートです。
〇記憶があいまいですが、色絵の皿の表示プレートだったようです。
〇小田原市教育委員会蔵、鍋島焼の藩窯が、有田や伊万里の中心部から遠く離れた山間の大川内に置かれたのは、情報漏洩を防ぐためでした。藩窯の製品の質を常に高く保つため、藩内の他窯の職人も、藩窯に出入りすることを禁じていました。(同上) -
左下に『鍋島甕器』の名前が記されていました。『甕』の文字は、『シ、ジ、いしやき、かめ』等の読み方があり、きめの細かく堅い焼き物のことです。『甆』などの異字体もあります。磁器風の風合いを感じました。花火か花をデフォルメしたような、軽やかな文様です。(同上)
-
イチオシ
〇19世紀時代の陶磁器
推測ですが、青磁風の色合いをした深底の容器です。厚めにガラス系の釉が塗布されているようでした。縁の部分が白くなった箇所は、本体が欠けたり、釉薬部分が剥がれた跡のようです。八角形の容器の内面に草木らしい文様がありました。高級品として大切に扱われてきた焼き物らしく、割れを修復した跡もありました。(同上) -
『焼き継ぎされた陶磁器』
〇小田原市教育委員会蔵
〇中央に置かれた、伏せられた碗や、その右側の碗の破片等も、焼き継ぎされたもののようです。(同上) -
『焼き継ぎされた陶磁器』
〇小田原市教育委員会蔵
〇中央に置かれた、伏せられた碗や、その右側の碗の破片等も、焼き継ぎされたもののようです。(同上)
〇正面から少しズームアップの予定が、同じ写真になってしまいました。(同上) -
『輸入陶磁器』(上二段の5点)
〇中国製の壷、皿と碗。
『国産陶器』(最下段の3点)
〇国産品の皿(中と右の2点)と、碗(左の1点)です。(同上) -
白地に青絵が描かれた、深皿か、鉢のような容器です。濃淡を生かして、草木などが描かれているようです。容器に厚みを感じさせる造りは、磁器ではなく陶器の質感でした。描かれているのは、牡丹か芍薬のようでした。(同上)
-
『簪(かんざし)』
〇材質が異なる複数の簪の展示です。
〇簪は、結髪後に束ねた髪に挿して髪型を保持したり髪飾りに用いる日本の伝統的な装身具です。日本におけるかんざしの始まりは、縄文時代ごろまで遡ることができるようです。(同上) -
『小田原城の発掘調査』のタイトルがあった説明パネルです。3枚の写真で紹介されていました。
〇上の一番大きな写真:小田原城は、銅門(あかがねもん)、住吉堀、馬出門(うまだしもん)、馬屋曲輪(うまやくるわ)、御用米曲輪などのの発掘調査が行われました。
〇下の左端の写真:住吉堀等の発掘調査状況です。
〇下の右側の写真:御用米曲輪の発掘調査状況です。(同上) -
『小田原宿のにぎわい』のタイトルの説明パネルです。
〇右側のイラスト群:出土品をイラストで紹介したものです。上から古い年代順に5つの大区分で纏められていました。一番古い時代が北条氏時代、一番新しい時代が大久保氏時代です。
〇左側は、小田原宿の賑わいを表した絵図と、その説明文です。(同上) -
『小田原城を取り巻く城下の暮らし』のタイトルの説明パネルです。
〇『鍋島焼:肥前佐賀藩の高級磁器』:上の2枚の色絵皿:以前に見学した無傷の色鍋島の大皿(1枚)は、ロールスロイス数台分の価格とお聞きしたことがあります。億単位の世界です。著名なコレクターで、資産家で、経営者の方でした。
〇『焼き継ぎ:江戸時代のリサイクル技術』:8点の写真が紹介されていました。すでに写真紹介したものもあります。(同上) -
『かわらけに見る小田原北条氏の世界』のタイトルの説明パネルです。
〇右側のイラスト群:北条氏の1500~1590年の間を4つの世代区分に分けて、かわらけの特徴が説明されていました。かわらけに関する形状的な専門分析でした。
〇左側の写真は、出土したかわらけの破片です。『かわらけ(漢字表記は土器)』は、中世から近世(平安時代末~江戸時代)にかけて製作・使用された素焼きの土器です。その中でも特に碗・皿形の器種を指す語です。古墳時代以来の土師器の系統に連なるため、土師質土器や、中世土師器などとも呼ばれます。(同上) -
『かわらけと餐宴』のタイトルの説明パネルです。4枚の写真と説明文です。左上の古文書には、『北条幻庵(げんあん:1504/1521~1589年)の文字が見ます。玄庵は、初代・北条早雲の末子で、2代・北条氏綱の弟として生れた戦国大名です。幼くして僧籍に入り、のち箱根権現社別当となりました。早雲から箱根や久野の広大な所領を相続し、まし甥にあたる玉縄城主・北条為昌の死後、三浦衆と小机衆も統率しました。ほかの3枚の写真は、かわらけの(同上)発掘・出土状況です。(同上)
-
『舶来品へのあこがれ』のタイトルの説明パネルです。右上の青磁壷には、『小田原城出土』らしい文字が見えました。後北条時代に舶来した青磁壷かもしれません。左上の古文書の説明文には、1577年らしい文字がありましたから、後北条時代の松木近くになるようです。カ変の角碗も青磁片のようでした。(同上)
-
『小田原城を取り巻く城下の暮らし』のタイトルの説明パネルの個所で既に紹介した、『焼き継ぎ:江戸時代のリサイクル技術』の部分の再掲です。『焼き継ぎ』は、割れた茶碗や皿の破片の割れ口に「白玉粉」と呼ばれる鉛ガラスの粉末を塗布し、元の形状に固定します。次に、加熱することで、陶磁器の割れ口に塗った鉛ガラスを熔かし、破片同士を接着します。(同上)
-
『「鶴岡八幡宮社参記」の図を再現したかわらけの使われ方』の説明写真です。鶴岡八幡宮は、神奈川県鎌倉市雪ノ下にある神社で、鎌倉八幡宮とも呼ばれます。11世紀後半に、源氏の守り神として創建されて依頼、鎌倉武士の守護神となりました。割れたかわらけや、箸も展示してありました。(同上)
-
『16世紀後葉のかわらけ:手づくねかわらけ』
〇中世に入って登場したかわらけ は、土師器本来の製法を汲む手づくね式の土器です。主として祭祀用として用いられました。
〇下段の2枚は、『手づくねかわらけ』の中の表裏の見本セットのようです。(同上) -
『16世紀中葉のかわらけ:ろくろ成形のかわらけ』
〇16世紀中葉に造られた、ろくろ成形のかわらけです。 -
『16世紀前葉~中葉のかわらけ』
〇16世紀前葉のかわらけ:小田原かわらけ:左から2列
〇16世紀中葉のかわらけ:右から2列 -
『16世紀前葉のかわらけ』
〇左上:『金箔かわらけ』
〇左下:『天文廿二月七日銘かわらけ』
〇右2列:『小田原かわらけ』(以上) -
作者名か、作品名が正面に記してありましたが、この写真では文字が小さくて、よみとることができませんでした。生け花のようですが、生花よりも凝った容器の方が主役のようでした。(同上)
-
『北条五代』イラスト風の肖像画のようです。一番右の図に『北条早雲(伊勢宗瑞)』、その左の図に『北条氏綱』の文字が見えました。以下、三代目の『北条氏泰』、四代目『北条氏政』、最後になる五代目の『北条氏直』と続いているようです。早雲に始まる北条氏は、『後北条氏』とも呼ばれます。(同上)
-
平成28年(2016年)にリニューアルオープンした『常盤木門SAMURAI館』の展示コーナーだったようです。公式サイトでは、『小田原城天守閣で収蔵する武具をはじめ、日本甲冑武具研究保存会会員の所蔵品など、甲冑や刀剣類の優品を展示』、と紹介されていました。(同上)
-
かつての天守の屋根を飾っていた『鯱(シャチ)』でしょうか、あるいは、無傷の綺麗な状態でしたから、現在の天守が再建されたときに予備で焼かれた瓦製の鯱かもしれません。確認していませんので、勝手な推測です。照明で陰影をつけて、展示されていました。(同上)
-
小田原城の公式サイトで紹介されていた、『小田原城天守閣で収蔵する武具をはじめ、日本甲冑武具研究保存会会員の所蔵品など、甲冑や刀剣類』、とされる展示品になるようです。渋い色合いながら、上級の武士、あるいは城主クラスの甲冑かもしれません。右手に采配を持っていました。采配は、戦場で軍勢を率いる際に用いた指揮具です。1尺ほどの柄に千切りの紙片や獣毛ましなどを細長く垂らしたもので、振って合図を送るために用いられました。(同上)
-
イチオシ
先程の甲冑に比べますと、随分と派手な色合いで、造りも見せるためのようでした。四目菱が中央に置かれた兜の飾りや、赤い胸飾りなども、城主クラスの最高指揮者のもののようです。ネット情報では、四目菱紋は、『佐々木、椎屋、斎藤、亀井、京極、朽木、宗、本庄、能勢、吉野、高山、馬場などの各家で使用された』、と紹介されていました。小振りな采配も、派手な赤色系でした。(同上)
-
最後に紹介する甲冑は、実践的な造りに見えましたが、やはり上級武士の使用したもののようです。全凝った細工細工が施してありました。兜の上の飾りは、願い事を籠めたような不思議な造りでした。頭部だけでなく、顔の前面を覆う防具もセットになっていました。『面頬(めんぽお/めんぼお)』と呼ばれ、平安時代末期頃から使用されたようです。(同上)
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
旅行記グループ
2017夏、東海道の百名城巡り
-
前の旅行記
2017初夏、旧東海道の日本百名城(6/14):小田原城(6):天守閣、刀剣、兜、脛当、腹当
2017/07/14~
小田原
-
次の旅行記
2017初夏、旧東海道の日本百名城(8/14):小田原城(8):常盤木門、甲冑、歴史見聞館
2017/07/14~
小田原
-
2017初夏、旧東海道の日本百名城(1/14):小田原城(1):新幹線で小田原、歩いて小田原城
2017/07/14~
小田原
-
2017初夏、旧東海道の日本百名城(2/14):小田原城(2):常盤木門、天守閣、展示室
2017/07/14~
小田原
-
2017初夏、旧東海道の日本百名城(3/14):小田原城(3):歴代城主、天守模型、出土品
2017/07/14~
小田原
-
2017初夏、旧東海道の日本百名城(4/14):小田原城(4):天守閣の展望、木組み模型、胴着
2017/07/14~
小田原
-
2017初夏、旧東海道の日本百名城(5/14):小田原城(5):天守閣展示室、馬具、甲冑、刀剣
2017/07/14~
小田原
-
2017初夏、旧東海道の日本百名城(6/14):小田原城(6):天守閣、刀剣、兜、脛当、腹当
2017/07/14~
小田原
-
2017初夏、旧東海道の日本百名城(7/14):小田原城(7):カワラケ、青磁、色鍋島
2017/07/14~
小田原
-
2017初夏、旧東海道の日本百名城(8/14):小田原城(8):常盤木門、甲冑、歴史見聞館
2017/07/14~
小田原
-
2017初夏、旧東海道の日本百名城(9/14):小田原城(9完):郷土文化館、銅門、柏槇
2017/07/14~
小田原
-
2017初夏、旧東海道の日本百名城(10/14):駿府城(1):静岡、巽櫓、東御門、紅葉山庭園
2017/07/14~
静岡市(葵区・駿河区)
-
2017初夏、旧東海道の日本百名城(11/14):駿府城(2):紅葉山庭園、築山、桔梗、百合
2017/07/14~
静岡市(葵区・駿河区)
-
2017初夏、旧東海道の日本百名城(12/14):駿府城(3完):東御門、内堀、弥次喜多像、外堀
2017/07/14~
静岡市(葵区・駿河区)
-
2017初夏、旧東海道の日本百名城(13/14):掛川城(1):掛川駅から掛川城、天守と太鼓櫓
2017/07/14~
掛川
-
2017初夏、旧東海道の日本百名城(14/14):掛川城(2完):木造で再建の天守、二の丸御殿
2017/07/14~
掛川
旅行記グループをもっと見る
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
小田原(神奈川) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 2017夏、東海道の百名城巡り
0
30