2013/01/06 - 2013/01/21
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motogenさん
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その13からの続きです。
とにかく名所には行っておかないと・・・
自転車を借りてビエンチャンの街を走りました。
転ばないこと、自動車にひかれないこと、それがこの日の最大の目標でした。
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 自転車 徒歩
-
朝焼けを見ようと早起きした。
通りは静かで、朝の空気は冷たかった。
堤防に登ってみた。
誰もいなかった。
すごく良かった。 -
東の空が少しピンク色に染まっていた。
南に歩くと巨大なモニュメントが光っていた。
こんな所に、このような物があったのか。
朝焼けの空を背景にして、美しく輝いている。
夢でも見ているような朝の景色だった。
-
近づくと、左手に刀を持ち右手を上げている銅像だった。
ラオスの王様なのか、戦いの英雄なのか。
インドシナの王様は、屈強な戦士だ。
兵士を引き連れて、勇敢に戦ったのだ。
銅像の下に、バイクでぶらついている男がいた。
強盗かと警戒したが、すごすごと去っていった。 -
東の空がしだいに明るくなり、太陽が顔を出した。
夕焼けよりもこの空の方が、ずっと素敵だと思った。
早起きしたかいがあった。
ビエンチャンに来たかいがあった。 -
ホテルのロビーの奥から日本語が聞こえてきた。
ぽっちゃりした日本人のおじさんが、ホテルの従業員と話をしている。
ラオス語と英語と日本語のチャンポンだ。
目と目が合うと、その日本人は旧知の仲であったかのように気軽に声をかけてくれた。
関西系のアクセントだった。
髪はだいぶ白くなっているが、喋り方や動作ははつらつとして、ラオスのことは俺に任せろといって自信満々と顔つきだった。
日常着にサンダル、お金持ちの観光客ではなさそうだ。
この日本人をSさんと呼ぶことにする。 -
Sさんが安くて美味いラーメンを知っているというので、一緒について行った。
すぐ近くだと言ったのに、予想外に遠かった。
Sさん歩くことを厭わない人だった。
足も丈夫そうだ。
着いた店は、小汚い店で、ラオス人でうまっていた。 -
Sさんは目ざとく席を確保して、勝手に注文してくれた。
麺は白っぽかった。
米粉の麺とも違い、タイのバミーとも違っている。
変なラーメン・・
薄味だった。
卓上の調味料を加えて食べた。
一人前80円だった。 -
Sさんはホテルに住んでいると言う。
部屋代を聞くと、観光客が知ると怒るから言わないと言った。
食事はホテルのキッチンを借りて自炊だそうだ。
今日の昼食は日本のカレーを作るから、ご馳走しようと誘ってくれた。
そのまま、材料を市場に買いに行くことになった。
名の知れたタラットサオではなく、庶民の生鮮市場トンカンカムだ。
名前は聞いていたがまだ行ったことはなかった。 -
Sさんの口から出るのは、ラオス人にたいする愚痴が多い。
言うこととやることが別だとか、仕事ぶりがいいかげんだとか、嘘でごまかしてばかりだとか、そんな話だ。
ラオスという国は、日本の援助ばかりに頼っていて、自国の産業を創設しようとせず、全てが輸入品ばかりでなので物価が高いと、ラオスを嫌っているようにも見えた。
「なぜチェンマイなどのタイに住まず、ビエンチャンなの?」
そう聞くと、返事はあいまいだ。
ラオスの悪口は言うけれど、本心はきっとラオスが好きなのだと、私は確信した。
中国で働いている日本人は中国を悪く言い、タイで働く日本人はタイ人を悪く言う。
そんなことをたくさん見てきたからだ。
その国に深入りすると、あらが見えてきてぐちを言ってしまうが、:ぐちを言うほどその国に愛着を感じているのだと思っている。 -
トンカンカムはかなり遠かった。
国立競技場を超え、東に歩き、北に歩き、東に歩きと、帰り道で迷いそうな場所にあった。
ごたごたした、市場特有の臭いが充満している。
広い市場で、野菜売り場、魚売り場、肉売り場と、それぞれに分割されていた。 -
Sさんは市場の中を慣れた足取りですたすた歩き、ジャガイモやニンジンなどの野菜、幾種類かの肉を買い込んだ。
買う時にはラオス人の顔になり、しっかり値切った。
「ホテルのスタッフはメロンが大好きだから、カレーのデザートにして一緒に食べようか。
良かったら買って行ってあげなさいよ。」
そう言われてメロンを二つ買った。
野菜や肉は安かったのに、メロンはかなり高かった。 -
帰り道、メロンを入れたビニール袋が手に食い込んで、手が痛くなってしまった。
女房はトイレに行きたいとあせっていたが、トイレは見つからず、ホテルまで我慢した。
ホテルまでは距離があった。 -
パリの凱旋門に似せたパトゥーサイ、金色に輝く塔のタートルアン・・
ビエンチャンの名所だけは女房に見せておいてあげよう。
たいした物ではないが、初めて見たときは感動するものだ。
そう考えて、ホテルの近くで自転車を借りることにした。 -
交通事情を熟知してないとバイクは怖い。
トクトクを借り切って連れていってもらうのは、途中の自分勝手な行動ができない。
そうなると最善は自転車か。
しかし女房は自転車に乗れるのか。
聞くと、高校の時は乗っていたそうだ。
もう昔話だ。
しかも田んぼの中の田舎道。
この大都市の交通状態の中で、大丈夫なのか。 -
女房の短い足が地面に届く自転車を探すのに苦労して、まずは試し乗り。
ふらふら、ぐらぐら、あっ転んだ。
走り始めが難しい。
車やバイクが走る道路の端っこを、ふらふらと蛇行しながら走っていく。
交差点では自転車から降り、車が来ないことを確かめて、自転車をひいて渡る。
女房の前を走って先導したり、転ばないかと後から監視したりして、戦々恐々と進んでいった。 -
遠くにパトィサイの影が見えてきた。
道はまっすぐだけど、油断はできない。
右側通行は難しいのだ。 -
この辺りに来ると、車の往来が少なくなるのが救いだ。
首都といってもバンコクと違い、車は圧倒的に少ない。
排気ガスも少ない。
自転車にも慣れてきて、サイクリングが楽しくなってくる。 -
パトゥサイにやって来た。
「案外小さいんだね。」と女房。
「だけど、登るのはけっこうきついんだぞ。」と私。
これはフランス人が作ったの?
本物のパリの凱旋門は見たことないけど、本物はどれくらい大きいだろう。 -
入場料を払ってかび臭い階段を登っていく。
ドームの天井に絵が画かれていて目にはとまるが、スタスタと登っていく。
この絵は見る人が見れば、きっと素晴らしいものなんだろう。
怪しげな売店の階を越え、狭い階段を登って展望台に向かう。 -
今走ってきた大通りが、まっすぐに延びている。
立派な道路だ。
高いところは怖いけど、高いところから眺める景色は大好きだ。
ビエンチャンの街には高層ビルがない。
古都がそのまま残っているようで、貴重な町だと思えてくる。
何度見ても感心する。
こうして見ると、ビエンチャンの町は綺麗だ。
日本の京都もビルがなければ、いいのにと思う。
この凱旋門はパリの凱旋門より小さいはずなのに、この町の中では雄大な建築物だ。 -
高層ビルがないのは国の政策なのか、それとも高層マンションや商業施設を作る財源基盤がないためか。
海外からの投資が入ってこないのか、意図的に受け入れないのか。
私には分からないが、政策なのだとすれば、歴史に残るすごく立派な政策だ。 -
展望台を移動して、これから向かうタートルアン方面を眺めてみる。
遠く右手方向に金色の塔が見える。
真下にある公園はきれいに整備され、公園らしくなっている。 -
パトィサイから東はしだいに道が細くなる。
道端には車や荷物が置いてあり、走りにくい。
運転が下手なのに平気な顔で女房は走るが、私ははらはらし通しだ。
危険に対する察知力が劣っていると、よけいに心配になる。
しかしサイクリングは楽しかった。
色々なものが目に飛び込んできてわくわくした。
外国の首都を走っている。
それだけで気持ちがたかぶった。 -
安全な近道を利用しようと思ったが、タートルアンの周辺の道路状況が変化していて、入り口を探すのに少し迷ってしまった。
境内は無料だが、金色の塔に近づくには入場料が必要だ。
門をくぐって入ってみる。
大きいなあ、高い塔だなあ、金色に輝いているなあ、立派だなあ・・・
感心はすれど、結局はそれでおしまいになってしまう無教養な自分。
3回目となると、ますます感動は少ない。
その分、女房には感動してもらおう。 -
公園内(境内)は広い。
あっちこっち歩いてみる。
これが本堂?
歴史文化を知らず、勉強もしてなくて、表面的なものしか見ることができない。
しかし写真だけは何枚も撮った。
お堂の壁や天井や扉に画かれている絵や図まで撮った。
これらの写真、後で見ることがあるだろうか。 -
本堂で行儀悪く寝転んでいる人がいた。
ヨガなのか?
天井の絵を鑑賞しているのか?
行儀が悪いのではなく、この価値が分かる人なのだ。
私も真似をして寝転んでみた。 -
立派な天井。
美しい天井。
分かる人にはかけがえのないほど価値ある天井。
ラオスの重要文化財。 -
ホテルに帰ると1時を過ぎていた。
おなかがすいていた。
カレーはどうなったんだろう。
奥からSさんが出てきて
「遅かったねぇ。まだカレー残っているかなぁ・・」と言う。
スタッフのお姉さんが、まだあるよと生ぬるくなったカレーライスを皿によそってきてくれた。
量は少なかった。
久しぶりの日本味のカレーと、日本の白いご飯を食べた。
カレーは家で作る方が美味かったが、久しぶりに食べる日本のご飯は美味かった。
突き合せはメロン。
水分が少なく、メロンというより瓜だった。
後日女房がぼそっと言った。
「あのメロンいくらしたっけ? 高いカレーになったね。」 -
その後も自転車で堤防を走った。
こんなに広い道路なのに、一台の車も走っていなかった。
自分だけの堤防道路だった。
贅沢そのもの。
こんな場所を走るサイクリングは最高に楽しい。 -
川下に見えていた背の高いホテルの近くにも行った。
5年前、ここで国際会議(?)が開かれていて、周辺には警護のポリスが銃を構えていた。
私が自転車で通りかかると、みすぼらしい観光客と思ってか、即座に排除されてしまった。
高級車で乗り付ける客には丁寧に対応している。
ばかにされたようで、私はこのホテルが好きでない。 -
南へ南へと走ると、道路工事が行われていた。
進もうとすれば進めそうだが、ここで引き返すことにした。
進めば友好橋まで行けるのだろうか。 -
公園に戻ると、フランス人の親子がベンチに座っていた。
観光客ではなく、大使館関係の家族のようだった。
偉い人たちなのだ。
欧米人の子どもは人形のように可愛いかった。 -
この日の夕焼けは綺麗だった。
まん丸の赤い太陽が、絵のように地平線に沈んでいく。
じわりじわりと沈んでいく。 -
太陽が沈んでしまうと、空も暗くなってきて、対岸のタイの家々の灯りがまたたき始めた。
いつまで見ていても、飽きなかった。 -
-
-
この夜も『チャンタゲストハウス』に出かけた。
安くて美味い店なのに、なぜかお客は少なめだ。
応援してあげなくてはと、野菜サラダと烏賊炒めを注文した。
ホテルに戻る途中、別の日本食レストランでSさんを見かけた。
日本人仲間と一緒だった。
ビエンチャンでリタイア後の生活を送る日本人は、Sさん一人でないことを知った。
Sさんよりも年上の人もいたし、若い人もいた。
お互い助け合ってこの町で生きているようだった。
その15に続きます。
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この旅行記へのコメント (5)
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- oterasanさん 2015/12/16 17:30:39
- ラオスの旅はいかがでしたか
- TO MOTOGEN 様
ご夫婦で海外旅羨ましいです。
私は13年前妻を亡くし、基本一人旅で一年の内9カ月働き、3カ月自由旅を楽しんでいます。
来年1月30日〜3月4日の34日間、タイとラオスを計画中。
MOTOGENさんのラオス旅を参考にさせていただきます。
帰国後は旅のブログ更新をしたいと思います。
今後もお互い情報交換をして楽しい旅にしましょう。
FROM OTERASAN
- motogenさん からの返信 2015/12/16 20:05:11
- RE: ラオスの旅はいかがでしたか
- ありがとうございます。
『ベトナム・いなか街をさ迷う旅日記』を読ませていただいて、刺激を受けて、3月頃に私もベトナムに行ってみたいと思っています。
バスを乗り継ぎ乗り継ぎ、ハノイからダナン。
ベトナムは宿泊代が安そうで、いいですね。
アリヤンさんによると、田舎町ではぼったくりが多いようですが。
oterasanのページに、フォローしている人を紹介していますね。
私にとってそれが大変役に立っていて、その方々の旅行記を読んでみると、なかなか素晴らしいものがあって楽しいです。
今後ともよろしくお願いします。
-
- trat baldさん 2015/12/14 20:30:02
- バイクでなくて自転車ですか、、、、
- 海外で日本人と知り合う難儀を存分に味わいましたね(^o^)一方はベテラン過ぎて附いて行けない、もう一方は甘ちゃん観光客で相手出来ない。
特に前者は厄介です、アンタに取って普通でも我々には無理っぽいみたいな、、、、
僕の滞在するトラート市内にも2〜3人の日本人が暮らして居る事を確認してますが彼らは決して表に出てきません。
ユックリ走るならバイクの方が簡単で安全の様な気がします、免許証が無くてもパスポートが有ればOKの地域は多いですよ、次回の参考の為に(^o^)
- motogenさん からの返信 2015/12/15 20:25:02
- RE: バイクでなくて自転車ですか、、、、
- 毎回コメントありがとうございます。
以前、マレーシア在住の日本人と出合い、しばらくお世話になったことがありました。
その方、私が貧乏人であると分かったのか、私にはしませんでしたが、他の日本人観光客と仲良くなると、その方に勘定を押し付けたり、借金をしたり、たかったりして何かとトラブルを引き起こしていました。
マレーシアでは事業に行き詰まって困っているようでした。
そんな人もいましたが、親切で常識もあり、何かと現地の事情を教えてくれた恩人のような人もいて、世の中面白いものだと思いました。
個性ある変わった人に出会うことも、旅のアクセントで、楽しいものだと思っています。
私の日常生活では、頭コチコチの、世間体と外聞、名誉や地位、つまらない常識にとらわれている人が多いですから。
軍事政権になってから、バイクの取り締まりか強化されていませんか?
パタヤでは欧米人のバイク運転、減っています。
無免許運転でどんどん捕まってしまうようです。
私もその現場、何度も見ました。
- trat baldさん からの返信 2015/12/16 08:18:23
- ノーヘルが原因か?と思う(罰金200B)
- 軍の支配力が強くなった分だけ警察が緩くなりました、都会はともかく田舎では襟章が金色か専門交通警官以外は英語が読めません、パスポートと国外免許を提示してもタイの免許証を要求するお茶目な新米警官が居ますが(^o^)
欧米の一部の国はタイに対しての有効な国外免許を発行していません、パスポート(+当該国の免許)だけで乗っています、レンタルバイク屋がOKなら警察もOKみたいな感覚で彼らは乗っています。
車に幅寄せされても避けれる速度で逆行(合法)車に注意すれば結構便利に使えます、ただし二人乗りは緊急時に転ぶ危険が有ります、単独乗りが原則です。
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