2013/01/06 - 2013/01/21
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motogenさん
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その2からの続きです。
チェンセンの魅力を女房に伝えたく、ローカルバスに乗って出かけました。
こじんまりしたこの町には、私の胸を躍らせるメコンの流れがあり、小さな遺跡が散在しています。
この町にやってくると、なぜかほっとするのです。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
-
初めてチェンセンを見た時の驚きと、弾むような高揚感を思い出す。
町のあちこちに崩れかけた小さな遺跡があった。
民家が建ち並ぶ隙間にも、上半分を失ったレンガの塔が建っていて、そこは柵もロープも張ってなく、まるで空き地のように状態なのに、悪戯されたり壊されたり、私用に使われることもなく、ありのままに姿で保たれているのだった。
こうした遺跡は永い時代を人々と共に経過してきたはずなのに、雨風には耐えられなかった部分はあるが、人の手で故意に破壊されることはなかったようだ。
重要な遺跡は遺跡公園として保守管理されているけれど、「あれっ、こんな所に・・」という町の中に、小さな遺跡が多数散在していて、それが私の心を熱くさせてやまなかった。
(画像:旧バスターミナルから出ているチェンセン行きバス) -
遺跡の説明板を読んでみると、タイにある遺跡の中では最古のもののようだ。
タイにできた最初の王朝は、クメールの流れを受けて、ここチェンセンに都を造営したのだと、私は勝手に解釈している。
この感銘を女房に伝えたい。
そんな思いがあって、是非ともチェンセンを訪れなければと決めていた。
チェンセンはチェンライから北東にあり、メコンの沿岸にある小さな町だ。
ローカルバスに乗れば1時間ほどで行ける。
街中の旧ターミナルからは一時間おきくらいにバスが出ていて、朝食を食べ終えると早速それに乗り込んだ。
バス代は一人37バーツだ。
(画像:出発を待つバス内) -
バスは北に向かいメーチャンの町に入り、そこから東に向きを変える。
年代もののさびの浮いた小さなバスだ。
扉は開けっ放し、窓もうまく閉まるかどうか不明、トラックのようにガタガタ振動するバスであるが、これが私を幼年時代に戻してくれ、懐かしい気持ちにさせてくれる。
目的地に意味はあるのだが、旅はその途中にもそれに劣らない意味があり、効率や快適さばかりを追求してはだめだと、これらの乗り物を通じて私は知った。
途中で乗り込んでくる大きな荷物を抱えたおばあさん、赤ちゃんを抱いたお母さん、降りていくニキビだらけのお兄ちゃん、そんな人たちの表情やしぐさの一つ一つが、私の想像を膨らませ、日本から脱出した開放感を運んでくる。
メーチャンからチェンセンへの道は、7〜8年前までは道幅も狭く舗装も痛んでいて、拡張工事が始まったのはかなり前のことだ。
道路の両側に拡張するための土地は備わっているのだから、用地買収や立ち退き問題が起こるはずはないのに、工事はなかなか進まなかった。
それがやっと完成したようで、道幅は拡張され、車線も増えて立派な道路に生まれ変わっている。
快適に走れるようになった代わりに、土ぼこりを舞い上げながらガタゴト走る田舎のバスのイメージは薄れてしまった。 -
チェンセンの町の入り口でバスを降りた。
遺跡公園はこの入り口にある。
以前には何もなかった場所に、きれいな建物が建ったいる。
道路も何倍にも広くなり、観光都市として着々と体裁を整えていた。 -
入場料(50バーツ)が必要だと思うのに管理人が見つからず、「えいっ、入ってしまえ!」と思ったら林の中から現れた。
-
他に人の姿はない。
ここは常にひっそりしている。
このひなびた寂しさが、崩れかかっている遺跡に似合っていて、規模や個数はたいした遺跡ではないのに、えもいわれぬ良い雰囲気をかもし出している。 -
遺跡の文化価値や歴史にうとい私が楽しめるのは、唯一この雰囲気だけなのだが、知ったかぶりしながら女房を案内する。
-
はじめてタイの遺跡に接する女房。
-
大講堂の柱の跡だ。
これらを調べて元の建物の姿を再現できる考古学者は、すごいものだと思う。 -
修復された部分はあるけれど、ほとんどは崩れたままに放置されている。
いずれかは、これらの遺跡もアユタヤやスコータイのように修復が進むのだろうか。 -
中心通りを東に進むとメコンにぶつかる。
その途中にいくつかの遺跡があり、立ち寄ってはみるが、「すごいね!」としか口に出せない。
道路の反対側には高い塔のそびえるワットが建っている。
チェディルアン。
有名なワットで高い塔がそびえている。 -
この境内にも遺跡が残っている。
欧米人や中国人の観光客の姿がちらほら見られる。
マイクロバスでやって来ているツアー客が多く、ガイドの説明を聞きながら一通り回り終えると、いそいそと他の場所に移動していく。
自分の車でやってくるタイ人も多い。 -
横断幕に似た黄色の布が広げられていた。
マジックペンが用意されていて、観光客が布にサインをしている。
近づいてみると、何箇所かに漢字や平仮名が混じっていた。 -
『良き一年になりますように』
新年のあいさつが読めた。
ここには日本人もたくさん来るんだ。
ちょっとびっくりした。
私たちの仲間がいたようで嬉しくなった。 -
私もマジックを手に取り、旅の日程を記しながら名前を書き、箱の中に寄付金を投じた。
周囲の崩れた遺跡には、すでにサインで埋めつくされた黄色の幕が巻きつけられていた。 -
『メコン』と聞くと、私の中にユサユサとしたさざなみが立ち、急にロマンが沸き上がってくる。
『メコン』はドキュメンタリー番組や、バックパッカーの旅の本や、図書館の写真集に数々登場し、私の妄想を作りあげている魅惑そのものなのだ。
そのメコンがチェンセンにある。
いやメコンによって生まれた町がチェンセンで、今なお町の中心はメコンだ。
中心通りを東に歩くと道は堤防にぶつかり、そこにメコンの雄大な流れが現れる。
(画像:道路の先にメコンの流れがある) -
車が往来する道路が走っているが、特筆すべきはメコンに沿ってゆったりとした遊歩道が整備されていることだ。
夜になればここに沢山の露店が並び、野外レストランに変わる。 -
川面を吹き渡ってくる風を受けながら、メコンの流れを眺めていた。
水は茶色に濁り、けっしてきれいな川ではないが、水量豊かな流れは今の日本の河川には見られない。 -
対岸のラオスとの間に何艘もの渡し舟が行き交い、上流の中国との貿易船が停泊し、荷物の積み降ろしが行われている。
-
-
遊歩道を散歩し、町中に散在する小さな遺跡を巡り、市場にも足を入れ、バミーを食べる。
トクトクをチャーターして上流に足を伸ばせば、有名なゴールデントライアングルも見学できるが、今回は諦めてチェンライに戻ることにし、バスの出発を待った。
それはまたの機会のお楽しみに残しておこう。
国境の町メーサイ、桜とお茶の秘境メーサロン、湖のほとりの町パヤオなどは、チェンライを基点に周遊でき、この地域には再びやって来ることだろう。 -
新しい時計台の近くに3〜4軒の、タイの大衆料理を出す食堂が並んでいる。
惣菜を入れたバットが並んでいて、惣菜名が分からなくても指差しで注文できる安心の店だ。 -
これがなかなか美味くて安く、私のお気に入りとなっている。
女房も満足してくれたようで、朝夕3回も出かけてしまった。
(画像:惣菜3品とご飯2つ、水、これで140バーツ) -
客はみんなタイ人ばかりで、観光客はたまにしか見ない。
-
その行き帰りに通る時計台は、長い間工事中だったのについに完成していた。
夜の7時、8時、9時になると観光客や地元の人たちが集まってきて、ショーが始まる。 -
きれいな音楽に合わせて時計台全体が赤、青、黄色、緑と多彩に変化し、台座の扉が開いて人形(?)が回転したりする。
それが西洋のオルゴールや日本のからくり人形にも似ていて、数分の短い間、集まった人たちをメルヘンの世界にいざなうのだ。
この夜もナイトバザールのたこ焼きおばさんの店で遊び、土産物屋をひやかし、絵描きたちの技術に感心し、時計台ショーを楽しみ、歩き回った果てにベッドに倒れこんだ。
その4に続きます。
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この旅行記へのコメント (2)
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- trat baldさん 2015/11/22 08:38:17
- 大きな川+お寺+樹齢の長い木=遺跡の痕跡。
- motogenさんの姿(想い)がベールを一枚づつ剥ぐ様に見えて来る気がする。
なぜか日本人のお好みは北部なんですよネェ〜、、、、
Ps.新ノイバイは外に出て左に行くとバスの駐車場が有ります、ミニバンも大型バスも停車です、あからさまに団体と思えない連中が三々五々乗り込むのを見た事が有ります。参考までに、、、、
- motogenさん からの返信 2015/11/22 13:35:32
- ありがとうございます。
- コメントありがとうございます。
近いうちにハノイやその周辺を歩いてみようかと考えています。
私が海外旅行に関心を持ち、思い切って飛び出してみたきっかけは、年甲斐もなく恥ずかしいのですが、当時テレビで放映していた『電波少年』でした。
『猿岩石』の二人がヒッチハイクでアジアを放浪するという番組です。
食うや食わずでバンコクに辿り着いた二人が、トンカツ屋に拾われ、下働きの手伝いをしながら何とか空腹を満たし、旅立つ時には従業員のお兄ちゃんやお姉ちゃんから、集めた餞別をもらうなんてシーンには胸が熱くなりました。
『アンコールワットへの道』という企画もありました。
日本でくすんでいる若者などを集めて、その当時は舗装もなくでこぼこだらけのアンコールワットに続く道を、重機も使わずにツルハシやシャベル、一輪車で整備していくという番組でした。
脱落していく若者、仲間割れする若者、現地の人に助けられる若者、頑張り通し人生観を変えていく若者、さまざまでした。
そのまね事ぐらいならできるかな、できなくてもそんなアジアに行ってみたい、と思わせる番組でした。
そのうちインターネットで情報が集まるようになり、格安航空券も買えるようになり、バックパッカーといわれるような人の本も手に入るようになりました。
これが私の原点なので、海外に保養に行く、リッチな気分を味わいに行く、といった紳士淑女の人たちとは違っているかと思います。
空港に行くとみんな大きな荷物をキャリーに乗せ、それなりの服装でいます。
私はといえば、百均の腕時計に百均のベルト、980円の運動靴に色の落ちかけたTシャツ姿。
私は本流ではなく、本流の脇をそっと歩いている、いまだ大人になれない変り者だと思っています。
そんな私ですが、よろしくお願いします。
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