2013/01/06 - 2013/01/21
70位(同エリア499件中)
motogenさん
- motogenさんTOP
- 旅行記391冊
- クチコミ1件
- Q&A回答3件
- 440,670アクセス
- フォロワー44人
その3からの続きです。
いよいよラオス入り。
前回の反省を生かして、今回はゆっくりとフェイサイの町を散策することにしました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
-
ラオスへは、チェンコンの船着場からメコンを超えて入国できる。
対岸のラオス側の町はフェイサイだ。
チェンコンへのバスは旧バスターミナルから出ていて、朝食を食べ終えた私たちはそのバスに乗った。 -
1時間ほどで到着するはず。
前回はフェイサイに着くと、そのままルアンパバーンに向かってしまったので、チェンコンやフェイサイの様子はほとんど記憶に残っていない。
今回は時間をかけてゆっくり観光してみよう。 -
バスには私たちのような観光客が多いだろうと思いきや、みんな地元の人たちだった。
-
バスの終着点はチェンコンの南のはずれで、船着場は北のはずれ。
だいぶ距離がある。
待ち構えているトクトクに乗れば簡単だが、それではチェンコンの町を観光できない。
体力強化を兼ねて、歩くことにした。
リュックを背負い、キャリーバッグを転がしながら、炎天下の道を意気揚々と歩きはじめる。
(画像:バスの執着点。向かう先に橋が見える。) -
大きな橋を渡ると賑やかな通りに入った。
雑貨屋、金物屋、薬屋、銀行、郵便局、修理屋、部品屋、お菓子屋、いろいろな店が軒を並べている。
汗がふき出してきて、そのたびに水を口にする。
女房の息があがり、足の運びが遅くなってきた。
それを励まし慰め、休息をとる。 -
やっぱりトクトクにすれば良かったと後悔の念が沸き起こってくるが、「もう少し、もう少し」と声を出し続けた。
-
船着場に降りていく。
陸路での出国や入国は、女房にとっては初の体験だ。
興味と不安が顔に表れている。
進入路には障壁となる柵もゲートもなく、警備員も監視員もいない。
イミグレ事務所の受付窓口が坂道の脇にあるだけだ。
並んでいる人はまばらで、バスポートと出国カードを見せただけで、いとも簡単に手続きが終わってしまった。 -
ボートが待っている。
浅瀬を踏み超えてボートにたどりつき、エイッとばかりに乗り込むと、舟がグラグラ揺れた。
靴や足がぬれている。
こんな雑な渡し舟があるのかと、女房はあきれ顔だ。 -
乗客が集まるのを待って、船は出発した。
目のわずか下に水面が見える。
タイが離れ、ラオスが近づいてくる。 -
対岸の船着場が見える。
その奥の高台にお寺が建っている。
-
対岸に着いた。
川に落ちないように、おそるおそる足を伸ばして岸辺に降りる。 -
上陸するとゆるやかな上り坂が伸びていて、その先に繁華街の道路が見えている。
ラオス側もタイ側と同じようなものだ。
遮断機もなければ、柵もゲートもない。 -
イミグレ事務所は通路の脇にあるが、荷物検査機も身体検査機もなく、見張りもいない。
その気になればフリーパスで通過できてしまえそうだ。
窓口ではろくな審査もせずにパンパンとパスポートにスタンプを押してくれた。
そんなイミグレだから、強引に手続きを代行しようとおどす者はいなく、うるさくつきまとう者もいない。
(道路の向こう側にある石段を登った場所がイミグレ事務所) -
フェイサイは小さな町だ。
メコンに沿って道路が一本走っていて、そこにごちゃごちゃと建物が並んでいるだけの、至極分かりやすく、そしてちょっとばかり寂しい町だ。
小さな町なのにゲストハウスはたくさんある。
食べ物屋も多い。
あちこちにトクトクが客を待っている。
荷物を積んだトラックや、派手な看板や飾りで色彩は豊かだが、歩いている観光客は数えるほどしかいない。
ぽっかりと空虚が広がっているようなのどかな町だった。 -
あらかじめ目星をつけておいたゲストハウスに入ってみる。
『サバイディ・GH』
よくある名前のゲストハウスだ。 -
キーを渡されたのは二階の一番奥の部屋で、窓からメコンが見えた。
きれいな部屋で、12ドル。 -
エアコンもあるけど、川沿いで涼しいから必要なし。
温水シャワーがついていれば、それで満足。
寝るだけなんだから。 -
荷物を置くとラオス料理を求めて外にとび出した。
目につくのはピザ、ステーキ、サンドイッチ、コーヒー、ビール・・
私たちは顔を見合わせ、「ウ〜ン」とうなりながら歩き続ける。
「ラオスに来て、こんなもの食べてもね〜」
おまけに昼時だというのに客の姿はほとんどない。
そんな時、軒先のテーブルに7〜8人の客が集まっている店を発見した。
服装からして地元のラオス人のようだ。
道路に面した調理場からは白い湯気が上がっている。
客のどんぶりを覗くと、中は野菜たっぷりの白い麺だった。
これぞラオスのフォーらしい。
客たちは「うまいぞ!」といったしぐさをして、満席に近いテーブルに私たちの座る場所を作ってくれた。 -
運ばれてきた麺には辛そうな味噌だれがかかっていたが、それほど辛くはなかった。
一緒に付いてきたざるには、レタス、もやし、その他名前のわからない葉っぱの野菜が山のようにもられている。
ダイエットに凝っていて、野菜ばかり食べている女房は大喜び。
でも味は中途半端で、パンチに欠けていた。
テーブルに乗っている調味料を自分で加えて食べるのが常識なのだろう。
ラオスの旅は始まったばかり。
よし! もっと美味い店を探すぞ。 -
通りを歩くと学校や幼稚園があって、子供たちが遊んでいた。
子供たちの姿が面白くて、足をとめる。 -
子供たちが集まってくる。
子供ってこんな可愛い笑顔を見せるんだ・・・
こんな優しい気持ちになれるのは、久しぶり。 -
撮影した子供たちの画像を見せると、キャーキャーと笑い騒ぐ。
ラオスではまだデジカメが流行ではない。
昔のタイもそうだったと、その頃を思い出す。 -
フェイサイからルアンパバーンまでの旅は、メコンを下るボートで移動するのが通常の観光ルートのようだ。
しかしボートは満席で身動きできないという情報もあり、ボートから見る景色は退屈だという情報もあって、私はあえてバスに決めていた。
しかし後学のため、ボート乗り場は見ておこう。
どんなボートなんだろう。
あちこちで場所を聞き、寄り道しながら歩くこと30分、船着場はかなり北の方にあった。 -
大きなトレーラーが荷物を満載してゆっくりゆっくり坂道を上がってくる。
赤土がむき出している狭い道、土ぼこりがもうもうと舞い上がる。
船着場には巨大なフェリーが接岸していて、トラックや乗用車が荷物を積んだままフェリーの甲板に乗り移っている。
フェリーといっても動力なしの平らな板だ。
桟橋と間違えてしまいそうな形をしていて、どこにそんな浮力が発生するんだろうと不思議に思える。
動力を持った小型舟が連結し、大きなフェリーを動かしている。 -
ルアンパバーン行きのスローボートも停泊していて、船員が手入れをしていた。
「明日だよ。出発は明日の11時だ!」
元気な声をかけてくれる。
ボートは幅は狭いが前後に長い、メコンでよく見るあの川船だった。
この椅子に一日中乗り続けるのは、なかなか大変に思えた。 -
この町の最後のしめは、丘の上のワットからの夕日ビューと決めている。
頃あいを考えてイミグレ船着場の対面にある階段を登り始めた。
たいした石階ではないのに、フーフーと息が荒くなる女房。
でも頑張っている。 -
登りきるとわりときれいなお寺が建っていた。
観光客は見えない。 -
ゆっくりと一巡りしていると、どこからともなく小坊主さんたちが現れて、ほうきで枯葉を掃除したり、井戸端で水浴びしたり、庭のすみで火をたきながらご飯を炊いたり、スープを作りだす。
-
覗いてみると汚い土器の中に、葉っぱのような野菜がお湯に浮いている。
焚き火から上がる灰や土ぼこりも混入している。
でも、楽しそう。
「これ、美味いの?」
「美味い、美味い・・」
純朴で愛らしい笑顔がはじける。
この子たちが今日の炊事当番らしい。 -
太陽が沈むにはまだ時間がありそうだ。
撮影場所を求めてあっちこっち移動してみる。
境内の木々が視界をふさぎ、雄大な景色を隠している。
塔に登ると、フェイサイの町並やメコンや対岸の山々がうまく写りそうだった。
登りかけると、坊さんから注意されてしまった。
まだ若い坊さんだ。
数人の小坊主たちが家来のようについている。
「ここ、だめ?」
「すみません。ここは、登らないでください。」
たどたどしいが日本語をしゃべった。 -
礼儀正しく慎ましく、親しみの沸いてくる坊さんだった。
きれいな英語を喋る。
英語にあこがれている女房は、ぴったりとこの坊さんにくっついて、スヒードラーニングで習い始めたへんてこな英語を、この時ばかりと試し始めた。
私は片言のタイ語で、女房は日本語なまりの片言英語で、坊さんは片言日本語で、それでもなんとか会話が成立していく。
まだ18歳だという。
12歳の時、貧しい家庭からこのお寺に預けられたらしい。
日本が大好きで、しきりに日本のことを聞いてくる。
広島や長崎の平和運動を知りたい、福島の原発事故には心を痛めていると顔を曇らせた。
その一言一言に、落ち着きと誠実感がこもっていて、とても18歳などとは思えない。
まるでラマイ・ダマのようだ。 -
もっと日本語を勉強したいので教えて欲しいと頼まれた女房は、このちょっと可愛い坊さんがいっぺんに気に入ってしまったようだ。
手帳を取り出して、ひらがなとアルファベットを織り交ぜて何やら書き始め、楽しげに日本語の先生になってしまった。
それにしても吸収力のすごい坊さんだ。
私など中学、高校、大学と長年英語を勉強してきても、何の力にもなっていない。
右の耳から入ってきても、すぐに左の耳から出ていってしまっている。
この坊さんとは大違いだ。
このような環境でこんな生活をしていると、人間はそうなるのだろうか。
嫌々勉強させられるのではなく、心の中を純粋にし、雑念を排して無欲に学べば、こうなるのだろうか。 -
いつの間にかカメラを構えた観光客が増え、夕陽が山に沈みこもうとしていた。
まん丸の真っ赤な太陽がメコンに写っている。
私のように塔に登ろうとして、同じように注意されている欧米人もいる。
そんな観光客たちと一緒に、小坊主さんたちもみな、嬉しそうに太陽を眺めていた。
女房も隣の若い坊さんも、夕陽に染まって赤くなっている。
あっ、その集まりの中に日本人の夫婦がいる。
歳の頃は、私たちと同じくらいだ。
その5に続きます。
※ 現在は国際友好橋が完成し、外国人のこの渡し舟での国境越えはできなくなってしまいました。
私たちはよい時期に行けたと思っています。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
旅行記グループ
ラオスの山々を縫って
-
ラオスの山々を縫って その1 はじめてのベトナム航空
2013/01/06~
その他の都市
-
ラオスの山々を縫って その2 チェンライへ
2013/01/06~
チェンライ
-
ラオスの山々を縫って その3 遺跡の町チェンセン
2013/01/06~
チェンセーン
-
ラオスの山々を縫って その4 フェイサイの夕日
2013/01/06~
その他の都市
-
ラオスの山々を縫って その5 ウドムサイへの陸路
2013/01/06~
その他の都市
-
ラオスの山々を縫って その6 リベンジ・ルアンパバーン
2013/01/06~
ルアンプラバン
-
ラオスの山々を縫って その7 ルアンパバーン・嬉しい出合い
2013/01/06~
ルアンプラバン
-
ラオスの山々を縫って その8 思い出のバンビエンへの道
2013/01/06~
その他の都市
-
ラオスの山々を縫って その9 バンビエン到着
2013/01/06~
その他の都市
-
ラオスの山々を縫って その10 あの道をバイクで・バンビエン
2013/01/06~
その他の都市
-
ラオスの山々を縫って その11 気球を追って・バンビエン
2013/01/06~
その他の都市
-
ラオスの山々を縫って その12 ラオスの子どもたち
2013/01/06~
その他の都市
-
ラオスの山々を縫って その13 変わるビエンチャン
2013/01/06~
ビエンチャン
-
ラオスの山々を縫って その14 自転車楽し・ビエンチャン
2013/01/06~
ビエンチャン
-
ラオスの山々を縫って その15 ちょっと寄り道・ノンカイ
2013/01/06~
ノーンカーイ
-
ラオスの山々を縫って その16 ウドンタニ・バンコク・帰路
2013/01/06~
ウドーン・ターニー
旅行記グループをもっと見る
この旅行記へのコメント (1)
-
- trat baldさん 2015/11/23 21:18:24
- キャリーバッグ同伴、気合と根性(^o^)
- 何処でも同じの言葉にmotogenさんがアジアの肝を掴んだ気がする、観光客が悪くするとは思わないけど観光客が居ない所は彼らの日常が維持できている。
波の穏やかなメコンは速度さえ望まなければ自動車の渡河は艀の方が効率が良いネ!人間様は足が有るからルア・ヤーオ・ハーンで十分、文明人は濡れと汚れを気にしますが(^o^)
大型バスのフォグランプを見てボルボかな?日本の自動車製造技術はやはりガラパゴスかぁ、、、、
最愛の妻のガンバリの方が記事に張りを持たせてる(^o^)
Ps.謎の三発機は僕の掲示板に書き入れました。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ ラオスの山々を縫って
1
33