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バスの運転手が少々道に迷い、降り場を間違えたお蔭で、板塀の昔ながらの家並みを、”湯尾神社”まで徒歩で引き返す。<br /><br />2階の窓と一階の瓦屋根の僅かな壁に、茶褐色のタイル製唐草模様飾りが巻かれている。<br /><br />よく見ると模様のデザインは違うものの、似たような飾り壁を施した家があちこちの見られ、古い街並みにモダンナ感じを与えている。<br /><br />湯尾神社の境内を通り抜け、裏に出たところに”湯尾峠入口”の案内柱があり、小道が森の中に吸い込まれるように登っている。<br /><br />”湯尾峠”の標高は200mとたいしたことは無いはずだが、杉林の曲りくねった坂道は意外にきつい。<br /><br />峠の頂上には疱瘡治癒にあらかたといわれる小さな祠の”孫嫡子神社がある。<br /><br />昔からここには厄除け信仰があったが、醍醐天皇が疱瘡を患い、この神社に祈願し、治癒したという伝えがあり、疱瘡の神として広く信仰を得ることになる。<br /><br />さらに奥の高台に、僅かに石垣を残す湯尾城跡がある。<br /><br />ここは旧北陸道の要衝の地であった為、幾多の戦乱の舞台ともなった。<br /><br />戦乱に纏わる遺跡も多い。<br /><br />一方交通の要地であったため、最盛時には4軒の茶屋が並んでいたという。<br /><br />芭蕉もこの茶店で一休みしたのであろうか。<br /><br />芭蕉の句碑が立っている。<br /><br /> 月に名を 包み兼ねてやいもの神  芭蕉<br /><br />碑の裏に、奥の細道の1節と、上句は芭蕉が”湯尾峠”で詠んだ句と紹介した文が刻まれている。<br /><br />森の木々の間から、今庄の町が垣間見え、、一休みには絶好の場所であったろう。

奥の細道を訪ねて最終回(第16回)06旧北陸道の要衝だった”湯尾峠”

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2012/10/19 - 2012/10/19

55位(同エリア67件中)

    57

    バスの運転手が少々道に迷い、降り場を間違えたお蔭で、板塀の昔ながらの家並みを、”湯尾神社”まで徒歩で引き返す。

    2階の窓と一階の瓦屋根の僅かな壁に、茶褐色のタイル製唐草模様飾りが巻かれている。

    よく見ると模様のデザインは違うものの、似たような飾り壁を施した家があちこちの見られ、古い街並みにモダンナ感じを与えている。

    湯尾神社の境内を通り抜け、裏に出たところに”湯尾峠入口”の案内柱があり、小道が森の中に吸い込まれるように登っている。

    ”湯尾峠”の標高は200mとたいしたことは無いはずだが、杉林の曲りくねった坂道は意外にきつい。

    峠の頂上には疱瘡治癒にあらかたといわれる小さな祠の”孫嫡子神社がある。

    昔からここには厄除け信仰があったが、醍醐天皇が疱瘡を患い、この神社に祈願し、治癒したという伝えがあり、疱瘡の神として広く信仰を得ることになる。

    さらに奥の高台に、僅かに石垣を残す湯尾城跡がある。

    ここは旧北陸道の要衝の地であった為、幾多の戦乱の舞台ともなった。

    戦乱に纏わる遺跡も多い。

    一方交通の要地であったため、最盛時には4軒の茶屋が並んでいたという。

    芭蕉もこの茶店で一休みしたのであろうか。

    芭蕉の句碑が立っている。

     月に名を 包み兼ねてやいもの神  芭蕉

    碑の裏に、奥の細道の1節と、上句は芭蕉が”湯尾峠”で詠んだ句と紹介した文が刻まれている。

    森の木々の間から、今庄の町が垣間見え、、一休みには絶好の場所であったろう。

    同行者
    一人旅
    交通手段
    観光バス 新幹線 JRローカル
    利用旅行会社
    ツアー(添乗員同行あり)

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