2011/10/22 - 2011/11/06
109位(同エリア384件中)
kojikojiさん
- kojikojiさんTOP
- 旅行記1760冊
- クチコミ1205件
- Q&A回答73件
- 3,461,653アクセス
- フォロワー169人
真っ暗な道をモンマルトル駅まで歩き、事前に日本で予約してあったTGVでトゥールに向かいました。プレムスのeチケットを使うのは初めてだったのでチョットドキドキでした。思い返せばTGVに乗るのも二十数年前にモンペリエからパリへ移動したとき以来で、昔のオレンジ色の車体が懐かしいです。列車は音も無くホームを離れ、すぐに車窓の景色は街中の建物から牧歌的な景色に変わります。そのうちに車掌さんの検札が始まりましたが、周りを見回すとみなさん同じA4の出力したチケットを持っているので安心しました。「ボンジュール!」と声を掛けられチケットを渡すと日本で言うQRコードの様な物を機械で読み取って「メルシー!」と返してくれて心配は消え去りました。早朝7時にモンパルナス駅を出た列車は午前9時にはトゥールセントラル駅に着いてしまいました。荷物を持って表に出ると予約してあったグランドホテルもすぐ目の前にありました。当然チェックインは出来ないので荷物を預かってくれるようにお願いすると気持ち良く預かってもらえました。身軽になった所で駅前広場の反対側にあるツーリストインフォメーションに行って必要なパンフレットなどをもらいました。翌日から予約してあるミニバスツアーについても教わったので安心です。後は駅に戻ってお昼の列車でブロアに行き、夕方戻ってくる列車の往復切符を買ってから市内観光に出掛けました。大聖堂からロワール河に出て旧市街から市場までをざっと散歩しただけでしたがこの町がとても住みやすそうなのは分かりました。結果トゥールには3泊して周辺の古城を10か所廻りましたが、まだ幾つか行きたい所も残りました。でも子供の頃からの念願だったロワール渓谷の古城巡りができて大満足な旅でした。また、ラ・マシン・ド・リルの本拠地が近いと分かり、4日目にはナントまで行けたのも思い掛けない収穫でした。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 観光バス 船 徒歩
- 航空会社
- 中国国際航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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ホテルを出て真っ暗なモンパルナス墓地の脇を通り、午前7時に到着したモンパルナス駅です。こんな早い時間なのにと思うほどの旅行客の多さでした。回転式の列車の出発掲示板がパタパタと音を立てるのが妙に懐かしいです。ベンチに座ってコーヒーとデニッシュを食べて時間をつぶしました。
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掲示板にホームのナンバーが表示されたのですぐに移動しました。出発までは20分ほど時間がありますが、20両連結の先頭車両なのでかなり歩かなければなりません。プレムスのeチケットなのでヨーロッパの駅によくあるチケットの打刻機を通さないのが妙な気分です。
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妻は初めてのTGVの乗車です。私もフランスの国鉄に乗るのは20年振りくらいでしょうか。最後はスイスのレマン湖からシャモニー・モンブランへ最終便で戻った正月の寒い夜でした。
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約2時間でトゥール・セントラル駅に到着しました。トゥール駅は幹線から外れた終点駅なのでナントなど先に行く列車は1つ手前のサン・ピエール・デ・コール駅で降りてシャトル列車での移動になります。
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駅舎は後にオルセー駅(現在のオルセー美術館)の建設に関わることになる建築家ヴィクトール・ラルーの設計で建てられました。外観の柱や2つの大きな窓などが特徴的な美しい駅舎です。
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4体の彫像が建物のファサードを飾っています。ボルドーとトゥールーズの寓意の2人は彫刻家ジャン・アントワネ・インジャルベールによって造られ、リモージュとナントの寓意の2人は彫刻家のジャン・バティスト・ユーグによって造られました。
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駅前はバスターミナルを兼ねた広場になっていて、駅を背にした左手に予約した「ル・グランドホテル」が見えました。右奥にツーリストインフォメーションの建物と横にショッピングセンターが見えます。まだ午前9時でしたが、チェックアウトもひと段落したフロントで荷物を預かってもらい観光に出かけました。
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このホテルの内装は1900年代に国際的に有名であったインテリアデザイナー、ピエール・シャローに、ホテルの内装や家具デザインを依頼しています。アール・デコ様式の家具インテリアデザイナーとして名を馳せたピエール・シャローの作品は、日本の東京国立近代美術館で収蔵されています。
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駅から正面の特徴的なキャノピーの建物はショッピングセンターやシネコンが入った施設でした。「ヴァンシ インターナショナル コンベンション センター」の右手にツーリストインフォメーションがあり、ロワール周辺の古城の情報などがここで手に入ります。また数社あるミニバスツアーもこの建物の前から出発になり、出発の15分前にバスが来て、バンの後ろの扉を開けてそこが受付になります。
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最初に「サン・ガシアン大聖堂」に向かって散歩を始めます。朝の清々しい空気の中、天気も良くて観光をするには最高の日よりです。「フランソワ・シカール庭園」の先に大聖堂の鐘楼が見えたので中を通り抜ける事にしました。
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「サン・ガシアン大聖堂」の脇に「トゥール美術館」の案内があったので先にそちらに入ってみます。ここの庭はとても綺麗で大きな杉の木が目を引きました。これってレバノン杉?と思うと、果たして看板があってその通りだったのでちょっと嬉しいです。高さ36メートルで樹齢は200年を超えていました。この庭園にはナポレオンが植えたと言われる杉の木があるそうですが、それについての記載はありませんでした。
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こんな巨大な木ですが、高さ40メートルくらいまで育つそうです。良質の木材であるので、古代エジプトやメソポタミアのころから建材や船材に利用されていました。レバノンに住んでいたフェニキア人はこの木を伐って、ガレー船建造や木材や樹脂輸出を行って全地中海へと進出していきます。
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美術館の中を見学している時間は無いので「ミュゼ・デ・ボー・アール庭園」を散歩することにしました。きれいに手入れされた植栽が出迎えてくれました。
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幾何学的なフランス式の庭園の周りには野草を寄せ植えたようなイングリッシュガーデンが広がり、その対比が面白かったです。
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「サン・ガシアン大聖堂」に隣接して建つ大司教の館を改装した「トゥール美術館」は1910年に開館しています。ガイドブックには詳しい案内がされていなかったので見学しませんでしたが、後で調べてみたらアンドレア・マンテーニャの「キリストの復活」と「オリーブ園のキリスト」をはじめ、フランドル絵画でもルーベンスやレンブラント、ロダンやブールデルなどの彫刻も収蔵されているのが分かりました。
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トゥールには3泊して、ロワール渓谷の古城を8つ巡る4つのミニバンツアーに参加して、ブロワ城とその周辺の観光とナントのラ・マシン・ド・リルと町歩きを考えていましたが、トゥール市内の観光があまり時間が取れず終いでした。
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一番奥の石積みの壁の蔦が紅葉してとてもきれいでした。
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庭園の片隅にはダリアが綺麗に咲いていました。ダリアを見ると雲南省と四川省の省境にある濾古湖の里務比島を思い出します。中国語でダリアは「大麗花」ですが、和名の「天竺牡丹」という言葉が良く似合うと思います。
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四角く刈り込まれたフランス式庭園の植込みの足元にはイギリス庭園風の植込みがプラスされていました。これは季節季節で植え込まれたもののようです。
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ちょうど我が家でも花が咲いていたランタナも植えられていました。今回の旅で3週間家を空けてしまいましたが、枯れずに待っていてくれました。和名の「七変化」は花の色が変化することに由来します。
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パリの喧騒から離れると何かほっとした気分で、ようやくヨーロッパに来たと思えました。大きな都市にいると普段東京にいるのと同じような気分です。
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「サン・ガシアン大聖堂」に到着しました。周囲に高い建物も無く青い空にゴシックのファサードが美しく映えます。トゥールの最初の司教である聖ガティエンに捧げられ、現在の大聖堂は1170年から1547年の間に建てられました。
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12世紀から16世紀までのフランスの宗教建築の完全な調和を感じる事が出来ます。塔の基礎部分とバットレスはロマネスク様式であり、彫刻などの装飾は純粋なゴシック様式で、両方の塔の上部は16世紀初頭のルネッサンス様式です。
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パリの「ノートルダム大聖堂」のファサードと同じような入り口が3つ並んでいます。曲線が多く使った燃え盛る炎のようなモチーフが特徴的なゴシック・フランボワイアン様式の15世紀に作られたファサードの迫力に圧倒されます。
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見上げるような高さの建物です。そして埋め尽くされた彫刻の細かさに圧倒されます。
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それに対して内陣は非常にシンプルな石造りでした。ファサードの間口に対して内陣が狭く感じるのは、左右の身廊とバットレス(建物を支える梁)の設置が必要だったからだと感じます。日差しが強くなってきた表から堂内に入るとヒンヤリして気持ち良かったです。
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右側にある南のバラ窓はキリストに捧げられたステンドグラスで、13世紀末の作品と言われます。パイプオルガンは16世紀にマルティン・ド・ボーヌ大司教によって寄贈されたと伝えられていますが、これは文書化はされおらず、木製のスタンドの南側の底に残されているそうです。
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宗教戦争の間に損傷を受け、その後何度か修復がされますが、1620年頃に現在の形になりました。現在のスタイルはこの時代の特徴だそうです。
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見事なパイプオルガンには天使の彫刻が幾つも飾られています。
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この大聖堂はフランスの主要なゴシック様式の大聖堂の一つとされてはいませんが、例外的にステンドグラスの窓のコレクションは有名で、礼拝堂と合唱団の高い窓を飾ります。これはヨーロッパに存在する13世紀の最も完璧なアンサンブルの1つで、14世紀のバラ窓だけでなく15世紀のファサードのバラ窓、南側の礼拝堂を飾っています。
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題材は新約聖書の物語やトゥールの司教だったサン・マルタンの奇跡が描かれています。
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フランスでステンドグラスと言えばパリのサント・シャペルですが、1100を越える聖書の場面を1度に見られる訳も無くて圧倒されますが、これくらいの量だと穏やかに鑑賞できます。
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細かい題材まで見ている時間はありませんが、ぱっと目に付くだけでも20くらいの聖書の世界の場面が理解できました。
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チャールズ8世とブルターニュのアンの2人の子供の墓が置かれてありました。ミケランジェロも愛用したイタリアのカララ大理石で造られたこの墓は純粋なルネッサンス様式です。黒いテーブルの上に横たわっている2人は、フランス王家のユリの花の紋章とドーファン(イルカ)が散らばったドレスに身を包み、王子のクッションと紋章を支える4人の天使を伴っています。
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ポルトガルのアルコバサのペドロ王の墓を思い出しました。同じように枕元には天使が座り何か囁いているようでした。ドン・ペドロとイネスの悲哀の修道院に安置された棺は最後の審判で起き上がった時にお互いが最初に向かい合えるような位置に向かい合って安置された気持ちに胸打たれました。
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天使はフランス王家のフルール・ド・リスの紋章とフランス国王の法定推定相続人(王太子)の称号を表すドーファン(ドルフィン)の紋章を掲げています。
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バラ窓の下には左から焼き網を持つ「聖ラウレンチノ」と自らの首を抱えた「聖ドニ」、竜の入った盃を持つ「聖ヨハネ」と「聖母子」、「洗礼者ヨハネ」と3人の大司教の姿が見えます。
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石積みのシンプルな聖堂ですが、ステンドグラスが驚くほど綺麗でした。しかも分かりやすい題材で絵も素晴らしい物でした。「東方三博士の礼拝」の場面では左から養父ヨセフに聖母子、王冠を置き膝まづくのはカスパールで、手には没薬を持っています。その脇にはメルキオールが壺を持ち、黒人の姿のバルタザールの姿があります。
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春にプラハの「聖ヴィート大聖堂」のムハのステンドグラスを彷彿させる感じがしました。
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7つの封印が付された本の上に横たわる「神の子羊」はイエスキリストを指す表現のひとつです。
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エスカッシャンと呼ばれる盾の形の中は十字のパーテーションで仕切られ紋章で埋め尽くされていますが誰の物か浜では分かりませんでした。
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キリストの洗礼の場面なども美しく描かれ、多少の聖書のストーリーを理解しているだけでも興味深く場面を追うことが出来ます。ヨルダン川でイエスが洗礼者ヨハネから洗礼を受ける場面です。
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とてもリアルな磔刑像が脇の礼拝堂に飾られていました。我々以外に訪れる人も無くとても静かで穏やかな時間が過ごせました。右脇にはロンギヌスの槍による傷跡も見る事が出来ます。
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「トゥール城」の外観を見学してロワール河畔に向かいます。
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城の脇のあまり人が通らないであろう所の植栽も手を抜かれることはありません。
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ロワール川の河畔の街路樹のプラタナスの木はまだ色づいていませんでした。
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初めて見るロワール川の対岸は建物も少なく、町はずれの風景は美しく黄葉が始まっていました。
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水面は色づいた木々の色で染まり、中州では川鵜が羽を広げて秋の日差しの中でのんびり日光浴をしています。
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何十年と思い続けてきたロワール渓谷の古城巡りが午後から始まるかと思うと感無量の思いです。
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トゥールはルイ11世の時代にフランスの首都が置かれていたという歴史があるので、当時の面影を残す建造物が数多く存在します。この辺りの伝統的な木造住宅はこのような造りになっています。元々は強度を増すために作られた筋違が美しい意匠になっています。
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このような建築は「ハーフティンバー様式」といい、ハーフは半分でティンバーは丸太とか木材とかいった意味です。ハーフティンバーというのは、建築工法の手法のことで、様式としては16世紀イギリスのチューダー様式と関係があります。この当時のヨーロッパでは木材も貴重であったと思われ、細い木を組み合わせて強度を確保している工夫が感じられます。
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もう一つは天然スレートを張り付けた鱗のような外壁です。このスレートは翌々日に行ったシャンボール城の屋上の尖塔群にもアクセントとして使われていました。天然スレートは玄昌石(げんしょうせき)など粘板岩という種類の石です。
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細長い「フォワール・ル・ロワ広場」には古い水飲み場も整備されていました。
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ここからコルベール通りに入って散歩を続けました。
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こちらの外壁はシンプルですが、色使いと彫刻が見事でした。だいぶリノベートされていますが昔の面影は充分に残っています。1階の左側はChez Gasterというトゥールでも人気のビストロで、右側は日本の浮世絵を扱うギャラリーが営業しています。
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15世紀のファサードには見事な彫刻が施されています。王族や貴族の館では石の彫刻で覆われるところですが、市井の人々の家はそれを模した木彫になっています。
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多分この建物が建てられた時のこの家の人々の物語があるのでしょうが、今になっては意味を知る人もいないのかもしれません。
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不思議な動物がランタンを持っています。
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「グアン館」と呼ばれる考古学博物館の前を通り過ぎました。往時を偲ばせる立派な門と塀に囲われています。この邸宅は15世紀に建てられ、シャルル7世の資産会計係であったジャン・ド・コインコーイングの家で、その後にトゥール出身の絹商人の子孫であるルネ・ガルデッテの資産となり、16世紀の修復でファサードは初期のルネッサンス様式のポーチとロッジアが左翼に追加されています。
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美しいルネッサンス様式の建物です。ブロア行きの列車の切符を買ってしまったので市内の観光に使える時間は限られているので先を急ぎます。
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旧市街のプリュムロー広場に到着です。ちょうどカフェがオープン準備中で、綺麗に並んだ椅子には誰も座っていません。
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まだ椅子が積んだままのカフェもありますが、積まれた椅子もきれいに見えてしまいます。
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広場の植込みのカエデが綺麗に紅葉していました。フランス旅行中に黄葉する木は多くみられましたが、紅葉する木は少なかったように思います。
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「プリュムロー広場」の周囲の建物はハーフティンバーの建物が多く、中世の町に迷い込んだような気分になります。
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夜にライトアップした広場を期待して行ってみましたが、ほとんど照明は無く残念な夜景でした。観光客向きというよりは地元の人が多く集まるエリアといった感じでした。
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おとぎ話に出てくるような街並みです。1階はみな改装されてレストラやバーになっていますが、上階は住宅になっているようでした。
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ハーフティンバーの筋違の間に詰める煉瓦の積み方が家々によって違うのが面白かったです。煉瓦を詰めた家はこの辺りでしか見られませんでした。ただ、規模的には旅の終わりに行ったレンヌの旧市街の方が規模が大きくて見応えはありました。先にこちらに来て順番的には良かったと思います。
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以前ギリシャ北部の山間部にあるカストリアという町へ古い教会のフレスコ画を見に行ったことがあります。博物館の男性の車で街中の有名な教会を見学させてもらった際に、煉瓦の積み方でキリストグラムと呼ばれるシンボルについて教えてもらいました。そんな旅のことを思い出しました。
カストリアの旅行記:https://4travel.jp/travelogue/10422237 -
1983年に設立されたLa Touraine Gourmandeは料理人やレストラン経営者や料理を職業とする人々を擁護する協会です。
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この日は水曜日だったので週に2回の市場が開かれる日でした。毎週水曜日と土曜日に開催されるそうです。隣に大きな常設市場もありますが、この日ばかりは露店の市に人気があるようです。どっかで見たようなキノコと名札を見ると「SHII-TAKE」でした。
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周辺の農家が持ってくる新鮮な野菜がてんこ盛りです。フランスではBIO(オーガニック)が流行っているので表示には必ずと言ってよいほど書かれています。
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リンゴが木箱で売られているのを見ると懐かしく思います。昔はもみ殻の中にリンゴが入っていて、それを掘り出すのが楽し買ったのを思い出しました。木箱でリンゴを送ってくれた母方の祖母ももいません。
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「サン・マルタンバジリカ聖堂」に着きました。ここの地下にはサン・マルタン(聖マルティヌス)の墓があるので巡礼地でもあるそうです。トゥールのマルティヌスはキリスト教の聖人で、殉教をせずに列聖された初めての人物で、ヨーロッパ初の聖人でもあります。
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元々はローマ軍の軍人でしたが、所属する連隊がガリアのアミアンに派遣された時に「マントの伝説」が起こります。アミアンの城門でマルティヌスは半裸で震えている物乞いを見て、彼を気の毒に思いマントを2つに引き裂いて半分を物乞いに与えました。この物乞いはイエス・キリストであったといわれ、これが受洗のきっかけとなります。
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フランクの王朝「カペー朝」はマントを意味する「cape」にちなんで、礼拝堂を意味するチャペルも元々はマントを保管した場所という意味が語源です。ローマへの最後の訪問の後マルティヌスはカンドに行き、その地で81歳で没します。彼の遺体はトゥールに埋葬され、その上に質素な礼拝堂が建てられます。
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通りを挟んだ先にはシャルルマーニュの塔と1つの大聖堂の中を道路が通っているという不思議な造りになっています。大聖堂は1014年に拡張されましたが、1230年に火災で焼け落ちます。その後さらに拡張され巡礼の中心地となるも、宗教改革により破壊されました。教会法にのっとり復元されたものの、今度はフランス革命で大部分が取り壊され、聖堂の跡地には道路が造られました。その後聖堂はマニャン大司教により、小ぶりながらも再建されて現在に至ります。
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T字路の交差点に立っていますが、今通ったバジリカが右後方で、正面が塔、左手には時計塔が見えますが、往時はこれ全てが1つの建物だったということが分かりました。
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左手の時計塔までの距離を考えるととてつもなく巨大なバジリカだったことが分かります。
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この一角全部が1つの建物で、その中を道が通っていると思うと不思議な感じがします。
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「トゥール歌劇場」の前に到着しました。この劇場はコルデリアの古い教会を改修して建てられ、1796年にこの教会は800席の劇場に改装されました。1867年に元々の建物は取り壊され、パリのオペラガルニエの建設に触発され、建築家レオン・ロハルドによって設計された新しい劇場が建設されました。
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1883年の火災で建物の大部分は破壊され、ファサードと4方の壁だけが残されました。建築家ジャン・マリー・ハーディオンは再建を担い、その後スタニスラス・ロワソンに引き継がれ、装飾はジョルジュ・クレアリンに託されています。この2番目の劇場は1889年に完成します。
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ファサードは後期新古典様式のギリシャ建築の特徴とバロック様式の雪中のような印象を受けます。残念ながら内部の見学は出来ませんでしたが、パリのオペラ・ガルニエを彷彿させる豪華な内装だそうです。
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劇場の建物はとても立派でトゥールの街がいかに繁栄していたかが分かります。ファサードの最上段では翼を持った姿のギリシャ神話の神アポロンが月桂冠(ダフネ)を被り、竪琴を奏でています。そしてその足元にはギリシャ喜劇と悲劇の仮面を持つ天使が遊んでいます。そして劇場のプレートの下にはトゥール市の紋章が見えます。
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トゥールもクリスマスシーズンに入るようで、いくつかの商店ではモミの木の枝が飾られていました。そろそろブロワへ行く予定の列車に乗るためには駅に向かわなければならず、トゥール市内の日中の観光はこれで終わりです。重ね重ねトゥール美術館へ行く時間を取っておけばよかったと後悔です。
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夕方ブロアから戻って、フロントに預けた荷物を持って部屋に入るととても大きくて綺麗でした。最初の1週目のパリのホテルの部屋が狭かったので何よりです。朝食付きで1室7,000円代で泊まれましたから如何にパリの物価が高いか分かります。
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最近改修されたばかりのシャワールームも清潔で良かったです。バスタブはありませんが、10月下旬の日中はまだまだ暑い時期でしたのでシャワーで充分でした。この後に経営も変わって改装が行われ、1泊40,000円くらいの高級ホテルに変わっています。
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ホテルの隣には大きな食品スーパーがあるので飲み物などの買い物には便利でした。部屋に冷蔵庫が無いのが少々不便でしたが、窓の表に置いておけばビールも良く冷えていました。またホテルの右手には繁華街があり、その裏側にはパサージュがあり、パン屋さんがが美味しそうだったのでキッシュのハムやチーズ入りのものを買ってみました。その場でオーブンで温めてくれるのでアツアツが持ち帰れれて食べられます。
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シーザーサラダと冷えたビールはスーパーで買い、アツアツのパン類は裏で買い、軽い夕食にしました。
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ハムとチーズ入りのパンが熱々ですから美味しくない訳がありません。全部で10ユーロもしない晩御飯でした。
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デザートはミニバンのツアーで立ち寄ったトゥール郊外のワイナリーの野摘みのブドウです。小さい粒ですが濃厚な味でした。
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翌朝の朝食のレストランです。パリのカフェだったら1人12ユーロ位しそうな朝食がいただけました。コーヒーも淹れたてで美味しいし、フレッシュなオレンジジュースも美味しいです。
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このホテルは駅に向かって三角形の土地に建っていて、レストランはその角にあるので変形なレイアウトです。我々は大きな部屋でブッフェの食事でしたが、ツアーで宿泊されている方は別の部屋で簡単なセットメニューが出されていました。
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このホテルのエレベーターはクラシックなデザインでかっこよかったです。階段周りの手摺と一体化したアイアンワークは美しいアール・ヌーヴォーのデザインです。
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フロントのスタッフの方々もとても気さくで、滞在中も何度かお世話になりました。
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安い予約だったので部屋は駅とは反対の内側でしたが、快適な滞在が出来ました。
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トゥール2日目と3日目は早朝からミニバンツアーに参加します。朝の駅もきれいだったので少し立ち寄ってみました。
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総長は近郊への通勤時間だったようでたくさんの人が近郊線のホームへ向かっていました。
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駅前広場は「レオナルド・ダ・ヴィンチ庭園」という名前でしたが、特にダ・ヴィンチに関連するものは無かったように思います。中心にはこんな噴水がありましたが、地下のトップライトを兼ねているようでした。駅前の地下は駐車場になっていました。
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ミニバンツアーはショッピングセンターの横のツーリストインフォメーションから出発でした。
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旧市街へ食事に行く前に通った「トゥール市庁舎」の建物です。美しくライトアップされた姿は威風堂々として、一時ではありますがフランスの首都になった街だなと感じました。
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ただ市庁舎の建物は1896年から1904年に、建築家のビクター・ラルーによって設計されました。トゥール駅の設計も現在はオルセー美術館になっている建物もラルーの設計になります。
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ファサードにはフランソワ・シカールの彫刻による4人のアトランティアン(屋根を支える寺モーン屋アトラス)がいます。時計の左右には昼と夜を表す2つのカリアティード(女性柱)が置かれ、時計塔を支えています。こちらはエミール・ジョセフ・ネスター・キャリエの作品です。
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ジャン・アントワンヌ・インジャルバートの手によるロワール川とシェール川の寓意を表す彫刻もあります。両翼の左には「勇気と力」を表すジャン・バティスト・ヒューズの彫刻と右には「教育と警戒」を表すアルフォンス・コルドニエの彫刻もあります。装飾の残りのすべてはアンリ・バレンヌによるものです。
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トゥールには3泊しましたが、初日と2日目は疲れすぎてしまいホテルの隣のスーパーや近くの惣菜店で買ったもので済ませてしまいました。旅も中盤に差し掛かり疲れも溜まってきたので、この日は中華料理店を探すことにしました。
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内部の見学は出来ませんが、市議会の部屋はジャン・ポール・ローレンスによってジャンヌ・ダルクの生涯を表すトリプティク(三連祭壇画)で飾られています。
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市庁舎は綺麗にライトアップしていました。この脇のロワール川へ続くトラムの走るメインストリートにはギャラリー・ラファイエットやエルメスなどの高級店も並んでいます。
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2011年の秋はタンタンの映画が封切りされたばかりで、本屋にはタンタングッズがたくさん置いてありました。
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とりあえず「プリュムロー広場」に行ってみました。広場に面した店はとても混み合っていて、テラス席もほぼ満席でした。
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ところが一歩脇に入ると落ち着いた雰囲気になります。
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昼間写真を撮れなかった古い建物の写真も撮ることが出来ました。旅をした2011年当時はヨーロッパの景気があまりよくなくて、観光客も少なかったですが、閉まったままの店舗も多かったように思います。
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魚の鱗のように建物を覆うスレートもきれいでした。また1階の店舗の入り口をカバーする板戸も年季が入って、それだけでもきれいでした。
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「プリュムロー広場」の先に中華料理店があったと思い、先へ進んでみます。
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伝統的なハーフチャンバーの建物の1階が中華料理店なんてミスマッチが面白いです。
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かなり本格的な中華料理店なので安心して入れます。お店もかなり混雑していて、地元の人に人気があるのが窺えます。初めてフランスに入ったのはマルセイユからモンペリエでしたが、入った中華料理店は英語は全く通じず、メニューもフランス語だけで、注文するのに苦労したことがありました。
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セットメニューもありましたが、アラカルトでいただきます。トロミのある溶き卵とコーンのスープは味も濃厚で美味しかったです。
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妻は海外で疲れてくると必ず酸辛湯を飲みます。この店の酸辣湯はかなり本格的だったので、続く料理に期待が持てます。
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ワインのつまみに蒸し餃子も頼んでみましたが本格的なお味です。
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これはとっても美味しかったです。見たままの甘辛い味付けの木耳と筍と豚肉の細切り炒めです。ちゃんと中国の材料を使っているなと感じました。
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ヨーロッパでレモンチキンを注文するとほぼ100%クリスピーチキンにレモンソースが掛かった物が出てくるので安心していたら鳥のささ身に葛を引いたものでした。一瞬えっと思いましたが味は最高でした。ズッキーニも中華料理に合うなと感心しました。
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パラパラのチャーハンも薄味だったのでおかずと一緒に食べられてよかったです。体力をつけておかないと旅はまだ1週間以上続きます。
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面白かったのはこの店ではジャスミン茶に砂糖がついて来ました。試してみるとこれが疲れた体には美味しかったです。これでチップ込みで50ユーロ、当時のレートで5,500円ほどでした。
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帰りはぶらぶら散歩しながらホテルへ戻ります。レオナルド・ダ・ヴィンチなんて名前のレストランもありましたが閉まっていました。晩年のダ・ヴィンチはフランス羽1世の招きでこのロワール地方に住んでいたので名前の力を借りたお店が多々ありました。
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「サン・ジュリアン教会」も夜はライトアップされてとても綺麗でした。この教会は6世紀に遡る古代ベネディクト会修道院です。第2次世界大戦のドイツ軍の爆撃で教会があるトゥールの市内中心部の大部分が破壊されました。奇跡的にサン・ジュリアンは被害も少なく修復されました。破壊された修道院部分は「プロスパー・メリメ広場」となりました。
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初日の午前中に通った家を見つけました。きれいにライトアップされているので昼間見るよりもきれいに思えました。
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ファサードの彫刻たちも日中よりも雄弁です。この彫刻の由来や意味は色々調べてみましたが分かりませんでした。
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駅に戻る道を曲がり損ねて少し先の「サン・ガシアン大聖堂」まで行ってしまいましたが、綺麗なライトアップを見ることが出来たので良しとします。
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ゴシック様式のファサードもとても美しいです。そして塔の上に上がるにしたがって時代が新しくなりルネサンス様式へと変化していく過程が分かって面白いです。
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日中太陽光線の下で見るよりもライトアップされた方が彫刻も細かいディティールまで確認することができます。
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こんな綺麗なのにだれ1人いません。宵っ張りのパリの町に比べて、地方の都市は夜が早いように思いました。
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夜の駅も半円のガラス窓から光がこぼれて綺麗です。ポール・デルヴォーの絵を思い出すような雰囲気です。16世紀のマニエリスト達が描いたような女性像や、独自の夢とノスタルジーの世界を築く不思議な画家です。
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ポール・デルヴォーの絵に出てくる要素の「古代の神殿」や「電車」「街灯」といったイメージが重なったのかもしれません。唯一「同じ顔をした裸婦」だけはどこを見てもいませんでした。
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4日目の朝は早い時間に駅へ行かなければならないので、開店と同時にレストランに入りました。さすがにまだ誰もいません。
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ホテルのダイニングはとても綺麗でした。大きめのカップが印象に残っています。スタッフの動きも機敏で、いつ入っても誰かの食べ後は見つけられないくらいにすぐ片づけてしまいます。一番良いのは奥の円形の部屋でした。
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駅に向かっての敷地の三角形の頂点にあたる場所です。
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大きな窓からはトゥール駅が見えます。ロワール渓谷を旅したのはサマータイムが終る前の10月下旬だったので、感覚よりも周囲が暗い印象を受ける午前8時です。
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この日も移動と観光の予定をきっちり組んでいるのでもしかするとお昼は食べられないかもしれないのでしっかり食べておきます。
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念願だったロワール渓谷の古城を9つ見る事が出来て大満足でした。この日はナントまで移動して、やはりどうしても行きたかった「ラ・マシン・ド・リル」と市内観光と10個目の古城「ブルターニュ公爵城」にも立ち寄ってパリまで戻らなければなりません。
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この旅行記へのコメント (3)
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- 大目付さん 2011/12/15 09:31:19
- 綺麗なステンドグラスですね
- フランスは何回行っても良いところですね。kojikojiさんの旅行記は美術館、博物館などでの工芸品や絵画などの写真が沢山アップされているのでそう言うものを見るのも楽しみです。当方も美術館や博物館、世界遺産を見に行くのが大好きなのであちこち出かけています。
〜大目付〜
- kojikojiさん からの返信 2011/12/15 11:54:05
- RE: 綺麗なステンドグラスですね
- 大目付さん
いつも旅行記を見ていただきありがとうございます。
私も自分が行った事のあるところだと感情も移入してついつい見てしまいますね。大目付さんの旅行記も拝見させていただきました。ロワールの古城は2日掛けて9か所ほど回りましたので大目付さんが行かれたシュノンソーなども出てきますのでまたお立ち寄りください。写真が多いのでお城ごとの旅行記になると思います。年末でいろいろ忙しいのですが年内には終わらせたいと思っています。
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- 大目付さん 2011/12/15 09:22:44
- kojikojiさんお早うございます。
- 何年か前、レストランでの夕食後、友達とここまで片道4kmほど歩いて夜のトゥール駅とTGVの写真を撮るためにここまで来たことを思い出しました。
〜大目付〜
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旅行記グループ 2011 ロワール渓谷とノルマンディーの旅
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